私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

能く終りぬ

2010-02-16 20:39:12 | Weblog
 蕃山先生が古河に移られた次の年に、その夫人イチも亡くなられております。その夫人が亡くなられる時の逸話が伝わっております。

 元禄元年8月です。夫人が病に罹り危篤に陥られた時の事です。先生が奥様の枕もとにお座りになって「心静かに終わられよ」と言われたのだそうです。奥様は「常にのたまふ所を心得たれば気遣したまうな」と、答えられたのだそうです。
 「あなたが日頃言われていることが分かっているので、そんなに御心配してくださいますな」
 そんな夫婦の最後の会話があったのだそうです。「生きる」という事を、この夫婦は一体どう話していたのでしょうか。でも、「心静か」といい「気遣したまうな」といい、臨終の場で二人ともよく言えたものだと感心せずにはいられません。心静かなる最期だったと思います。
 そして、奥様が安らかに息を御引き取りになった時、蕃山先生は哭して
 「能く終りぬ」
 と、言われ、心色はいつもの通りであったといわれています。
 この言葉は、蕃山先生の奥様に対する深い愛情の表れであり、心静かに終わった奥様の死に対する[ああよかった。何という静かなる死であるか、わしもその内行くよ、待っていてくれ」という安堵の心が詰まっているように思われます。更に、この言葉は、人の死という何物にも代えがたい最大の悲しみを通り越した、ここまで二人で伴に歩んできたこれまでの生に対する感謝の念すら伺えるように思われます。なんと清々しい人生の終焉の場面でしょうか。奥様55年の生涯でした。でも、先生もやはり人の子です。哭して言われたのだそうです。人間としての蕃山先生の姿をそこに見いだせます。