船で天津へー3- 2007年6月2日
朝は7時に船内放送が鳴る。最初に中国語で、次に日本語で、
「皆様お早う御座います。本日は6月2日土曜日で御座います」。
続いて英語で同じことを放送するが、上手な発音だ。船の従業員
は全員中国人で、だいたい日本語は通じる。特に上手い子も居る。
男の船員で私が日本人と判ると英語で返事してくる人も居る。
それと、所謂外人のお客さんが数組居た、バックパッカーで男女
の2人連れだ。天津を上陸地点にして中国を旅するのであろう。
日本人バックパッカーも男子が5-6人、女子が1人、男女の組が
1組居た。
まだ日本の領海内だからであろうか、時間は日本時間を使用して
いる。日本の7時は中国の6時だ。部屋を出てレストランに行って
みると、朝食は8:00からとなっている。それなら日本のコンビニ
お握りを食べてしまおう。冷たい缶ビールと一緒に保存してある
が、もう保存の限界だろう。自前の朝飯を食べて、パソコンを
いじっていると、船内放送で、朝食は8時からレストランで用意
してあります。無料ですとのこと。そういうことは早く言いなさい。
船内を歩いてみると、自販機が多いので、便利だ。缶ビールが
人気で、2日目の朝にして、売り切れの赤ランプが点いてるのが
多い。缶、ビンのジュース・コーヒー、カップ麺もある。お湯が
自由に使える。私の部屋にはポットが有るのでこれに入れて、
部屋でお湯が使える。但し湯飲みが無かったので、レストラン
から貰ってきた。カップ・コーヒーのサーバーもあって、black
から砂糖ミルク多目まで選べる。但し1杯150円と高い。
自販機はベンダーが日本の業者なのであろう、方式から商品まで
日本と同じだ。ビールはキリンとアサヒで中国製は入って無い。
レストランの営業中に、ビンビールを頼むと「青島」が出てくる。
先ほど対馬沖を通過したと放送が有ったので、今頃は済州島沖の
筈だが何も見えない。外は雨である。時々貨物船が遠くに見える。
下部甲板に卓球室とゲームの部屋があるがゲームマシンは動くの
どうか判らない。放置してあるようだ。その更に下のフロアーに
風呂とサウナがあることになっているが、午後3時に開くとの
ことで、今は鍵がかかっている。
レストランの傍に、麻雀部屋があり、3卓置いてあった。いつで
も自由にできるようだ。船室内は全て禁煙なので、ロビーとか
自販機前のテーブルではタバコが吸える。そこで、トランプを
しているグループもある。
お孫さんを連れた中国人のお婆さんから話しかけられ、暫く話し
ていたら、え?日本人ですか?中国語が上手ですと言われた。
まんざらでもない。って言うか、私は中国人と間違われるようだ。
船内の地図を見ていたら、今頃ここを走っているよと、中国人の
爺さんに話しかけられた。応答すると、すぐ日本人と判ったよう
だ。どこから来たのかと聞かれたので、横浜と答えると、彼は
東京から来たとのこと。そして彼は、東京から神戸は遠いよ、夜行
バスできたが、横浜・東京から中国へ行く船は無いのか?と聞いて
きた。私は無いと思うと答えた。それから、年は幾つだと言う話に
なり、お互い1938年生まれだと判り、一気に親密になった。彼は
天津に着いたら、黒龍江省まで汽車で故郷に帰ると言っていた。
昼食近くになって、進行右側に島が点点と現れてきた。きっと
韓国の領海内に入ってきたと思い部屋のTVを点けてみると、案の
定、韓国語が飛び込んできた。昼食の案内放送があり、レストラン
に行く。スープ一椀50円、ご飯は取らずに饅頭(中身の無い、白い
蒸しパン2個)50円、にんにくの芯と豚肉の細切れを炒めたやつ
450円、梨1個50円、合計600円で安い筈だが、私の心は既に天津
モード、物価の基準が天津になっているので、高いよと、口には
出さずに叫ぶ。
昼寝をして、3時になったのを確かめて風呂場に降りる。先客が
一人居る。風呂場には誰も居なかったがサウナに居た。畳三畳程の
サウナに2人で入ってるから話さない訳には行かない。私の方から
温度が低いねーと話しかける。彼は、ここでは調節できないと言う。
仕方が無いので、80度位の間の抜けたサウナに入り続ける。日本
人か?そうだよ。何処へ行く?天津。そうか私は大連に帰る。
天津は仕事?いや、もう退職して仕事は無い、旅行で行く。何歳?
68歳.いやー68には見えない、若い体をしている。いやいや、もう
歳だよ。
中国語が多少でも出来ると、こういうとき便利で楽しい。40分
ほど風呂を楽しんでから、冷えた缶ビールを買って部屋に戻り、
きゅーと一気に飲んだ。
夕食が済んで、カラオケタイムとなり、私は部屋で本を読んで
時間を潰した。夜の10時になり、営業時間の終了を告げる船内
放送の時に、「中国の領海に入りました。時間を1時間遅らせて
ください」とのこと。いよいよ明日は天津だ。
朝は7時に船内放送が鳴る。最初に中国語で、次に日本語で、
「皆様お早う御座います。本日は6月2日土曜日で御座います」。
続いて英語で同じことを放送するが、上手な発音だ。船の従業員
は全員中国人で、だいたい日本語は通じる。特に上手い子も居る。
男の船員で私が日本人と判ると英語で返事してくる人も居る。
それと、所謂外人のお客さんが数組居た、バックパッカーで男女
の2人連れだ。天津を上陸地点にして中国を旅するのであろう。
日本人バックパッカーも男子が5-6人、女子が1人、男女の組が
1組居た。
まだ日本の領海内だからであろうか、時間は日本時間を使用して
いる。日本の7時は中国の6時だ。部屋を出てレストランに行って
みると、朝食は8:00からとなっている。それなら日本のコンビニ
お握りを食べてしまおう。冷たい缶ビールと一緒に保存してある
が、もう保存の限界だろう。自前の朝飯を食べて、パソコンを
いじっていると、船内放送で、朝食は8時からレストランで用意
してあります。無料ですとのこと。そういうことは早く言いなさい。
船内を歩いてみると、自販機が多いので、便利だ。缶ビールが
人気で、2日目の朝にして、売り切れの赤ランプが点いてるのが
多い。缶、ビンのジュース・コーヒー、カップ麺もある。お湯が
自由に使える。私の部屋にはポットが有るのでこれに入れて、
部屋でお湯が使える。但し湯飲みが無かったので、レストラン
から貰ってきた。カップ・コーヒーのサーバーもあって、black
から砂糖ミルク多目まで選べる。但し1杯150円と高い。
自販機はベンダーが日本の業者なのであろう、方式から商品まで
日本と同じだ。ビールはキリンとアサヒで中国製は入って無い。
レストランの営業中に、ビンビールを頼むと「青島」が出てくる。
先ほど対馬沖を通過したと放送が有ったので、今頃は済州島沖の
筈だが何も見えない。外は雨である。時々貨物船が遠くに見える。
下部甲板に卓球室とゲームの部屋があるがゲームマシンは動くの
どうか判らない。放置してあるようだ。その更に下のフロアーに
風呂とサウナがあることになっているが、午後3時に開くとの
ことで、今は鍵がかかっている。
レストランの傍に、麻雀部屋があり、3卓置いてあった。いつで
も自由にできるようだ。船室内は全て禁煙なので、ロビーとか
自販機前のテーブルではタバコが吸える。そこで、トランプを
しているグループもある。
お孫さんを連れた中国人のお婆さんから話しかけられ、暫く話し
ていたら、え?日本人ですか?中国語が上手ですと言われた。
まんざらでもない。って言うか、私は中国人と間違われるようだ。
船内の地図を見ていたら、今頃ここを走っているよと、中国人の
爺さんに話しかけられた。応答すると、すぐ日本人と判ったよう
だ。どこから来たのかと聞かれたので、横浜と答えると、彼は
東京から来たとのこと。そして彼は、東京から神戸は遠いよ、夜行
バスできたが、横浜・東京から中国へ行く船は無いのか?と聞いて
きた。私は無いと思うと答えた。それから、年は幾つだと言う話に
なり、お互い1938年生まれだと判り、一気に親密になった。彼は
天津に着いたら、黒龍江省まで汽車で故郷に帰ると言っていた。
昼食近くになって、進行右側に島が点点と現れてきた。きっと
韓国の領海内に入ってきたと思い部屋のTVを点けてみると、案の
定、韓国語が飛び込んできた。昼食の案内放送があり、レストラン
に行く。スープ一椀50円、ご飯は取らずに饅頭(中身の無い、白い
蒸しパン2個)50円、にんにくの芯と豚肉の細切れを炒めたやつ
450円、梨1個50円、合計600円で安い筈だが、私の心は既に天津
モード、物価の基準が天津になっているので、高いよと、口には
出さずに叫ぶ。
昼寝をして、3時になったのを確かめて風呂場に降りる。先客が
一人居る。風呂場には誰も居なかったがサウナに居た。畳三畳程の
サウナに2人で入ってるから話さない訳には行かない。私の方から
温度が低いねーと話しかける。彼は、ここでは調節できないと言う。
仕方が無いので、80度位の間の抜けたサウナに入り続ける。日本
人か?そうだよ。何処へ行く?天津。そうか私は大連に帰る。
天津は仕事?いや、もう退職して仕事は無い、旅行で行く。何歳?
68歳.いやー68には見えない、若い体をしている。いやいや、もう
歳だよ。
中国語が多少でも出来ると、こういうとき便利で楽しい。40分
ほど風呂を楽しんでから、冷えた缶ビールを買って部屋に戻り、
きゅーと一気に飲んだ。
夕食が済んで、カラオケタイムとなり、私は部屋で本を読んで
時間を潰した。夜の10時になり、営業時間の終了を告げる船内
放送の時に、「中国の領海に入りました。時間を1時間遅らせて
ください」とのこと。いよいよ明日は天津だ。