雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

お、お、おぱんつが!

2018-06-10 00:35:06 | セツナイ
ゴシ、ゴシ、、、ってね。ええ。(*´ω`*)

ゴシ、ゴシ、、、っと。

お風呂場の水桶でおパンツ君を洗ってるのでやんすよ。ええ。ええ。

手洗いでやんす。

豪勢でましょ!?

モミモミ、、、ってね。

自分のやつを。大量に。ええ。ええ。

ゴシ、ゴシ、、、って。ええ。(*´ω`*)



この所、3週間ぐらい海外のスケジュールが立て込んでしまって、
ソレで洗濯物がたまっていたのでやんす。
行っていたのはカナダギリシャ辺りだったのですけど、
その二国間のインターバルがたった20時間ほどしか無くて。
カナダから戻った僕さんは家に着くなり疲れて爆睡をしてしまい、
頼みの綱だったコニャ(奥さん)は、
ギリシャの方には一緒に行く予定だったので、
そのための準備に追われてしまっていた様で。
僕さんが家に着いてからコニャと一緒に再出発するまでの怒涛の10数時間の中では、
洗濯まではとても手が回らなかったみたいなのです。
なので、お家の洗濯機の横にはコンモリ♡とおパンツ君達が放置プレイとなって......
そんな中での出発となり、二人してギリシャから戻った時には、
ほぼ3週間分の洗濯物が溜まってしまっていた......と言うわけなのでやんす。



ソレで、



ですよ。



問題はココからなのです。。(´。` )



早速、そんな溜まっていた洗濯物を一挙に洗おうとしたわけなのです。
お仕事も目白押しですし、



「ココで一気にやっつけておかねばなんねーど!」



ってな感じで。



「替えのおパンツも靴下もサスガに無くなっちゃってるし、、、」



ってコトで。
ドカッ!とですね、
おパンツ君を中心とした大量の汚れた選手たちを洗濯機に送り込んだわけでやんすよ。
グルグル......グルグル......っとね。
洗濯機さんは元気よく回ってくれていたわけなのでやんす。ええ。



そしたらですよ。



いよいよ「すすぎ」に入ろうかというその時に!



ですよ。



洗濯機が!ですよ。



壊れたんす......(*´ー`*)



......



洗濯槽の中の水が外に流れ出て行かないのです。どーにもこーにも。
なので「すすぎ」の作業にも移れないまま、
洗濯槽の中では脱力感満点のおパンツ君達がフニャフニャと浮かんでいる......
なんていうわけなんす。汚れた水の上に、ですよ。ええ。プカプカと。



「恥ずかしいシミとかもあるんじゃね!?まだ!?」



みたいなところで排水機能が壊れちゃったらしいのです。どーも。
まね。まね。もう10年以上も使っているオールドな洗濯機さんですし。
確かに最近音も変だったのです。



「寿命かなぁ、、そろそろ買い替えよーかなぁー。。」



なんて、考えてもいた所でしたし。
でも、ですよ。
なにも!ですよ。



「このタイミングで壊れなくてもいいのでは!?( ̄▽ ̄;)」



と。ね。
マッタク。もう。
なんなんでしょ。このタイミングわ。
取り敢えず、何をするにも先ずは洗濯槽の水を外に出さないと何も進まないし。
早々にメーカーさんの修理部隊さんに電話をして。
その間、買換えモデルなんぞをリサーチしたりもしつつ......



で、

「ゴシ、ゴシ、、、」

というわけなのですよ。

お風呂場で。

お風呂に入りがてら。

必死にやってるんすよ。

手洗いを。

僕さんフル◯ンですよ。

間違って◯ン◯ン洗っちゃうとこですよ。

ヒリヒリですよ。

「いやんなっちゃぅぅーーーー、、(*´ω`*)。。」

ってね。ええ。



僕さんがですね、
これだけは唯一!人に自慢できるコトとしては、ですね。
「平和な我が家」
ってなコトがあるのですよ。ホントに。これだけわ。
本当に平和なんす。僕さんち。
もう、ボケの花が咲き誇るくらいのボケ嫁がいらっしゃいますし。
平和ボケなんす。ホントに。時々酔っ払いボケで。
僕さんにはそれぐらいしか自慢出来るようなことなんて無いのですけど。ええ。
なので、今回の
「洗濯機壊れちゃった!事変」
というのは、もう、ラテンでボケってる我が家においてわ歴史的大事件なのでやんすよ。ええ。
今回の事件に匹敵するような記憶に残る惨事としては、
この「流れない。。」と言う記事で記した
「うん◯君が流れてくれない!大戦」
ぐらいなものでしょうか。ええ。ここ数年では。
しかも、帰ってからの日本はなんだか雨の日が多いですし。



ヒリヒリですよ(*´ω`*)

ゴシ、ゴシ、、ってね。

あれ!?

これ!?

し、シミじゃね!?

は、恥ずかしいやつ!?もしかして?ええ?

キャァァーー!。・°°・(>_<)・°°・。

洗え!早く洗うのよぉぉぉーーー!激しくぅぅーーーっ!。・°°・(>_<)・°°・。

ってね。

そんな気だるい数日なのでやんす。

ええ。

御愁傷様なのです。

秋風が身に染みるのでやんす。

梅雨入り前ですけど。ええ。

御愁傷様でございます。。。(*´ω`*)



新しい洗濯機君を物色ちうなのでふ......

でも洗濯機って.......

た、高くね!?( ̄◇ ̄;)


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天網恢々

2018-06-06 00:56:11 | セツナイ
10代をどう過ごしたか?
が、20代の自分を決め。
20代をどう過ごしたのか?が30代の自分を決め。
30代を如何に生きたか?が40代の自分を創り。
40代を如何に生きるかによって50代の自分も見えてくる......
そして、50代をどう生きたかによって......



......なんて、



最近の様々なニュースに出てくる人達を見ていると、



そんなことを考えている自分がいます。



社会的に地位も力もあって、お金も持っていて。



しかし、恐ろしく醜い。



「みにくい」というのは、勿論、外見の話などではなく。



その人が内側に持っているもの。



本性。



生きて来た中で作り上げられてきた価値観や人生観。人間性。



そんなモノモノが本人も自覚出来てないところで隠しようも無く浮き出て来る......



その浮き出ているものがヒドク醜い。



恐ろしく醜い。



これまでのことが、今、表れる。



そして、



「これから」は、



「これまで」が創り上げる。表れる。



悪質なタックルをしてしまったアメフトの選手さんも。
選手がそんなコトをせざるを得ない環境を作ってきた監督さんも。
コーチさんも。
その大学の理事長さんも。
そんな大学の記者会見を仕切っていた元マスコミの広報司会者さんも。
そんなアメフト・クラブのある大学そのものも。
日本のアメリカンフットボール競技世界だって。
突然解任になったサッカー日本代表監督さんだって。
新しく就任した監督さんにしても、選ばれたW杯代表選手の皆さんにしても。
芸能や音楽の世界にしたって、
解散してしまったスマップさん達だって。
厳しい状況に晒されてしまったTOKIOの皆さん一人一人も、きっと。
未だ解決していないのに、忘れ置かれた様になってしまっている放射能汚染だって。
その発電所を作った電力会社だって。
怪しい賃貸業と知りながら、長きに渡り大金を融資し続けて来た大手銀行だって。
国に益など無い話を延々と繰り返している国会や議員さん達だって。
そんな事ごとを許してしまっている社会も国も人々も。
メディアの皆さんの言動だって。
きっと、そうなる。



いわんや、



僕だって。



「天網恢恢疎にして漏らさず」



「てんもうかいかい そにして もらさず」



名著「老子」にある一節。



今こそ、



この言葉の意味を深く考える時なのでしょうか?



天が張り巡らしているこの世の網は、なんだか結構目が粗く。
穴だらけで。
一見すると悪事だろうが悪人だろうが、
どんなことも目の荒いザルのように悠々と通り抜けさせてしまい、
消し流しているようにも思えるけれど。
しかしその実は、全くもって何事も、何物も、
一つたりとて漏らさずに捉える網となっていて。



それが分からないコトこそが疎(そ、粗)なることなのだ!と?



老子はそんなコトが言いたかった?のでしょうか......



果たして、



老子はどんな意味でこの言葉を残したのでしょうか。



老子の言葉は常に曖昧で。
余白や余地が沢山あって。
孔子の「論語」に比べれば実用性と説得力を欠き。
多くの人から批判的な捉え方をされることも多く。
「社会や生きることに対して積極性を欠いているのではないか?」
とか、そんな感じで。



ただ、



闘い過ぎは、闘わないことと同じにも思え。



では、「闘う」とはどういうことなのか?



と。



良き闘いとは?積極性とは?



如何なるものなのか。形なのか。



もしかしたら、



心のよりどころなどもうけないことだ!



......なんて事の様にも......思われ......



それでも生きていられるということが強いということなのだ!



と。



老子の言葉からはそんな響きも聞き取れもして......





今、僕の眼前に広がるギリシャの海はただひたすらに青く。



その青さはどこまでも真っ直ぐで。



己を溶け込ませることがとても自然に出来るような紺碧さ。



どこか......



大切なことを教えられているような気も......します。



こんな青さを持つ者達がいたとして、
そんな者達の前では、この所の......いや、もうずっと続いている、
日本という国の権力者的大人達が繰り広げるメディア・ショーなどは、
見るも無残な、淀んだヘドロのようにしか見えていないのではないだろうか......と。
酷く燻んだ、限りなく黒い灰色にしか見えていないのではないだろうか......と。

もう、僕等は。
そんな言葉を聞きたくはないのだ、と。
そんな質問や疑義も見たくはないのだ、と。
もっと話さなければいけない真実や、
大切で大事なことがあるのではないのか?と。

僕等に聞こえているのは、
見えているのは、
そんな言葉と姿の後ろ側に大きく横たわっている、
気持ちの悪いナニカなのだ、と。

恐ろしく歪み、
恐ろしく汚れた、
とてつもなく尊大で、
無駄に大きく、
虚構的で、
私利と私欲だけで育ってしまった巨大な化け物や醜い組織の姿が見えているのだ、と。
貴方のこれまでの生き方が見えているのだと。
そして貴方は、
皆ちゃんとそんな事を分かっているのだ......というコトも、
分からない大人なのであろうか?と。



もう一度。



いや、いつも。



青き水ととは、この手の中に澄んだままで持っておきたく。



どうか、善き人となれます様に。



強き大人になれます様に。



死の直前まで頑張れる自分でいれます様に。


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未熟

2017-12-16 01:19:29 | セツナイ
ノーベル平和賞を団体受賞したサーロー節子さんが、
先日開かれた同賞の記念講演でスピーチをしていました。
様々なニュースでも取り上げられていたので目にした人も多いと思いますが、
備忘録的な意味あいも含めて、その内容を以下に記し残しておこうかと。

ソースは「朝日新聞デジタル」さん。
長いスピーチ文なので少々「略」を入れさせてもらっていますが、
全文を読みたい方はネット検索をすればアチコチから沢山出て来るとも思います。
なので、そこは何卒のご容赦を。

痛みと、希望と、絶望と、やるせなさと......切なる願いと、諦めない闘志と。

通常、ノーベル賞のスピーチともなると、喜びと感謝に満ちていることが多いのですが......
今回の節子さんのスピーチからは、そんなこととは違ったものを感じられて、
僕の中に強く残ってもいるのです。



=========================================
——————(前略)

私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。

——————(中略)

私たちは、被害者であることに甘んじていられません。
私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。
私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと
無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。
私たちは立ち上がったのです。
私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。
核兵器と人類は共存できない、と。

今日、私は皆さんに、この会場において、
広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。
皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、
25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。
その一人ひとりには名前がありました。
一人ひとりが、誰かに愛されていました。
彼らの死を無駄にしてはなりません。
米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。
私はその朝のことを覚えています。
8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。
私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。
静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、
私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。
私は死に直面していることがわかりました。
私の同級生たちが
「お母さん、助けて。神様、助けてください」
と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。
そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は

「あきらめるな!(がれきを)押し続けろ!蹴り続けろ!
あなたを助けてあげるから。
あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう?
そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」

と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。
その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。
私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。

幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。
恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、
膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。
肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。
飛び出た眼球を手に持っている人たち。
おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。
人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。
このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。
住民のほとんどは一般市民でしたが、
彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。
その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。
その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、
放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。
今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。

広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。
彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。
彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。
私にとって彼は、
世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。
毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、
私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。
私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。
私たち被爆者は、苦しみと生き残るための真の闘いを通じて、
灰の中から生き返るために、
この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。
くり返し、私たちは証言をしてきました。
それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。
彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた
「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。
この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。

9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、
この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。
核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、
国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。
核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。

———————(中略)

核武装国の政府の皆さんに、そして、
「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。
私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。
そうすれば、必ずや、あなたたちは行動することになることを知るでしょう。
あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。
私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。

世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。
核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。

私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、
前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。
今、私たちの光は核兵器禁止条約です。
この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、
広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。

「あきらめるな!(がれきを)押し続けろ!動き続けろ!
光が見えるだろう?そこに向かってはって行け」

今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、
核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。
どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、
この光を分かち合い続けます。
この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。
=========================================



核兵器はこの惑星の弱さの象徴の様でもあり。
国家があるのは搾取のためかと思う様なこともあり。
宗教が無くならないのは、貧困が無くならないことの表れの様で、
そんな貧困とは、必ずしも「富」の相対的概念だけを指すのではないと思うわけで。

全ては、
知的生命体に付随する精神というものの未熟さ故のことなのか?

サーローさんの言葉に、
そんな由無し事が僕の中に浮かんでは消えていきます。

そして、どういうわけか?
「全体責任」という言葉がヒタヒタと僕を追い詰めても来るのです。

そうして僕は———息が詰まってしまうのです。

息が詰まると、
また全てを他人事のように思う自分が現れてきて。
こんなこと、目前の生活には全く関係の無いことなのだ、と。
影響など殆ど無いことなのだ、と。
そんな自分に変わり流れてもいって。

そうして僕は、また息を吹き返すのです。

しかし、せっかく吹き返した息の中には、
汚れの様なものがこびりついていて。

「お前は、善人のふりをして、上手くやり過ごしていくのか?」
「何かを殺しながら生きるのか?」
「迷子と知りながら歩くのか?」

そんな汚れは、落とそうにもなかなか落ちてはくれなくて。
やがて、息をする度に苦しさみたいなものが紛れ込んでもきて。

本当は、

本当は、

本当は、

「......お前に、真の痛みなどあるのか?わかるのか?」

お前は、お前に出来ることをちゃんとやっているのか?

いつか誰かに言われたそんな言葉が、

再び僕の心を巡り出すのです。



光、あれ。



闇よ、生め。



光と闇と。闇と光と。

光とは、闇の中で輝き。

闇とは、光の内にあるようで。


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砂場

2017-07-09 13:57:22 | セツナイ
6月30日。先月末。
東京で一番古い歴史を持つお蕎麦屋さんの一つが閉店してしまいました。
お店の名前は「巴町 砂場」=「ともえちょう すなば」
そのお店に行くと、いつも僕が好んで頼んでいたメニューさんというのがこれ。
「趣味のとろろ蕎麦」



先ずは、とろろの中に隠れているタマゴさんをプチッ♪と割るのでやんす。ええ。



とろろ汁をつけてススルってなもんで。ええ。ええ。( ´ ▽ ` )江戸っ子だってねー。



ご飯を別で頼むのが礼儀ってなもんで。ええ。ええ。(`・ω・´)俺って埼玉出身やんけー。



蕎麦を食べ終わったとろろ汁をカケちゃうなりよーーー♪ってなもんで。
お茶の器もナンカ好きーってなもんで。( ̄▽ ̄)



最後はもちろん。トロロが少しくっついているつけ汁にホンの少しだけ出汁を足して......



蕎麦湯ゴ〜〜〜!っと。





「砂場」さんと言えば、更科(さらしな)や藪(やぶ)と並ぶ江戸三大蕎麦!
江戸蕎麦御三家!と言われる暖簾(のれん)グループさん。
中でも一番古い歴史を持つのがコノ「砂場」さんとなるのですが、
「巴町 砂場」さんと言うのは、そんな「砂場グループ」の中でも最も古く、
家元の一つとも言える蕎麦屋さんでした。という事は、東京では最も古い蕎麦屋さんの一つ。
記録に残るところでは、江戸時代、1815年には既にあったようで、
この時の店名は「久保町すなば」。
その後、1839に現在の地に移転し「巴町 砂場」と名前を変えたそうです。

そして「砂場」という暖簾(のれん)や名前自体の歴史を辿ると、
その起源は「ハッキリと実証されてはいない」ながら、
あの豊臣秀吉が大阪城を建て始めた1583年頃にまで遡れる可能性もあるようなのです。
もしそれが本当であれば、今から420年以上も前!
というトンデモなく長い歴史を持つ暖簾となります。



そんなお蕎麦屋さんが「砂場」なのです。



一部の資料が示すところでは、ちょっと不思議な感じもする「砂場」という名前は、
どうも、一番最初にできたお店が大阪城建築時の資材置き場の中の
「砂置き場」だったから......だそうで。
勿論、当初のターゲット!?は大阪城の建築関係者の皆さんだった様です。
それが、その後、「大阪 砂場」として江戸(東京)に移転。
程なくして巻き起こった空前の江戸っ子蕎麦ブーム!?にも乗って大ブレイク。
「暖簾分け(のれんわけ)」という形で次々と同名、同盟の店舗を増やしていき、
現在に至るまで一大「砂場チェーン」的世界を築き上げて来た......と言うことで......



面白いのは、
江戸を代表する食文化的にも思われる「蕎麦」の最初の名店が大阪発祥であったという点。



当時、様々な文化や先進的なモノモノというのは、
江戸時代に先立つ平安の昔から栄えていた関西の方で生まれ、育っていることが多く、
そんな時代の最新トレンドは「関西=上方=かみがた」の方から東に流れてくる......
といった形が定番だったそうです。そんな風に最新流行が東に流れてくることを
「下る=くだる」
と言い、その流れに乗れず、
江戸や東の国にまで下ることができないようなダッサイ!?モノモノは
「下ることが出来ないモノ=くだらない」
といわれていたそうで、
今でもしょっちゅう使われる「クダラナイ」「くだらねー!」という言葉の語源というのは、
実はこんな感じらしいのです。
お蕎麦好きが高じて、いっ時、蕎麦の歴史を勉強している時に身についた
仕事に全く役に立たない情報なのですが。ええ。ええ。
くだらねー。。( ̄3 ̄)話でして。ええ。
くだらねーB級野郎としてはこんな本も持っていたりするのでやんす。
「蕎麦屋の系図/岩崎信也」



さてさて......冒頭の写真さん達は、
そんな由緒深い「巴町 砂場」が閉店してしまう間際の日に、一人、
なんともいえない複雑な心境で、大好きな「趣味のとろろそば」を食べに行った時のもの。
お店は、近代的な新しいビルの一階にあって、最早そんな歴史がある店......
という感じには見えない雰囲気でもあるのですが、そんな店の看板も、
心なしかちょっと寂しがっているような気がしました。



このお店に思い出があった人って......

これまで......

どれくらいいたのでしょうか......

また一つ、ささやかな灯りが、
歴史という時間の中に溶け込んでいくようにも思えました。

僕はただ、黙って蕎麦を噛みしめるだけ。

ありがとうございます、と、ただ黙って見送るだけでした。



こんな気持ちを理解してもらえそうな友人の一人、天下のグルメ人「K様」に
「巴町の砂場が閉まるの知ってるー!?」
とメールをしてみました。帰ってきた返事は
「知ってた!俺も今日のランチ、全く一緒(笑)......寂しい」
流石のK様。
「なんだ、最後にコイツと食べに行けばよかったなぁ......」
と。なんとなく、後悔もしたのでした(^^)



上の記事にも出てきた今に続く「砂場」暖簾のもう一つの家元とも言えるお店。
「南千住 砂場総本家」
東京、荒川区の三ノ輪という駅のほど近く。
「ジョイフル」と言う昔ながらの下町アーケード商店街の中にあります。
記録確認が出来る創業年は1848年。その時の店名は「糀谷七丁目砂場藤吉」
此方からは、現在の虎ノ門にある「虎ノ門 砂場」も分家しているようです。
こちらがその「虎ノ門砂場」さん。



南千住系の砂場さんは比較的古き佇まいを残しているお店が多いようで、
B級の僕にはたまらんポンチなのでございます(^^)かしこ。


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欲求

2017-07-01 03:29:15 | セツナイ
3月末を決算としている会社においては、この時期、
決算関係の作業を一通り終えて、前期の業績や来期の事業計画の発表なども兼ねた
株主総会を開いたりするタイミングだったりもします。
そして、そんな諸事の裏側では、
社員や雇用スタッフさん達の年間報酬に関しての面談などが延々と行われていたりもします。
それはちょうど、プロ・スポーツ選手の契約交渉と似た様なものであったりもするのですが、
そんな面談を通しては面談をする方も、される方も、色々なことを思ったり、
考えたりもする様なことにもなって。毎年ナニカと、意外と、忙しい時期でもあって。



すごく思うのは、
人は他人の努力を半分ぐらいに見てしまうのではないのかな......と。
また、逆に、自分の努力は自分自身、
他人の感じている倍ぐらいに思っているのではないのかな......と。
よって人は、自分の努力や苦労は倍に見せたくなったり、言ったりもしてしまう......
なんて構図ができてしまったりするのではないのだろうか、と。



だからこそ、人は、一生懸命頑張っていても
なかなか認めてもらえないなぁ......
などと感じてしまうことも多いのではないかと。



だからこそ、本人の自覚としては
「命がけでやってるよな......これ......」
みたいに思えている様な状況で、それで初めて、
やっと人様に認めてもらえるようなコトになる気もします。



「これだけやってて、これ、、なの、、、!?」



なんていう思いは、
そんな諸事が絡み合って生み出される気持ちや出来事かもしれなくて。
ま、それは、あくまで「一般論」的な話とはなりますが。あくまで。ええ。あくまで。
有名なマズローの欲求段階説によれば、
「承認の欲求」というのは上位に位置する欲求の様ですが、
人に認められるということは、自己アイデンティティの確立ということに対し
とても重要なことなのだろうとは思います。
苦労を人に話したくなるのも、誇りたくなるのも、
そんな承認欲求の裏返しの感情であって。
それを誠意を持って聞いてあげる行為やスタンスというものも、
人にとってはとても大切なことの様にも思えますし。



皆、認められたいのだと思います。



僕さんも。



皆に認めて欲しいのでございます。



きっと。



いつも、いつ、いかなる時も。



生きている証が欲しいのだと思います。



生きた証を残したいものなのでしょうか。



人なんて、そんなものなのでしょうか。



思うのは、そんな人の世の中で、
ひたすら誇らず、語らず、驕らず。嫌気も持たず。
そんな風にして生きている方を目にした時のなんとも言えない心奥から湧き上がる気持ち。
尊敬の様な、嫉妬の様な。
自らに対する恥ずかしさ。



恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい......



ダメなジブーーーン......



我、欲は、どこから来るのか?



コンプレックスなのか?



劣等感なのか?



それを覆い隠したいがための欲なのか?



承認の欲求?



食欲、物欲、性欲......人は自らの足りない部分を埋めるために走り回るのでしょうか。



欠落した部分をありとあらゆる手段で埋めようとするのでしょうか。



でも、



それで......



埋まるのだろうか......



本当に足りないものとは......なんだ?.......心?



心が埋まらない限り、人はその足りない部分を物欲、食欲、性欲、名誉欲......的欲望で
埋め続けていくのでしょうか。



そんなことがわかっていたとしても、わかっている人でも、
「周りの人がみんなそうだから」
同じ様なことをやり続けてしまうのでしょうか。



地獄って......そういうことでしょうか?



地獄から抜け出すって、どういうことなのでしょうか?



難しいことなのでしょうか?



認めたくないコンプレックスと、
それを覆い隠すための欲求にまみれた自分。
そんな自分と向き合うこと。
それがいつしか、
そんな自分を肯定するために向き合っている様なことになっていたとしたら、
それは既に自分と向き合うことでは無くなっている様な気もします。
本末転倒とはマサにソノことだ!とも思えます。

寓直に自己肯定すれば劣等感などなくなる......なんて、本質的にはありえない論理でしょう。

引き出しの奥にしまって、無いモノとして扱えば無くなる......なんて、
ただの嘘つき......かもしれません。

そんなことでこの世の春を謳歌できたとしたら、
「みんなの上に立ってマーーース♪( ̄∇ ̄*)b 」
なんて思っていたのだとしたら......それこそ、幻!?偽物!?かもしれません。
恐ろしい事なのかもしれません。



多くの人との面談や会食、
業務目標や売り上げ目標、組織目標や個人目標、それぞれの夢やヤリタイこと......
などの打ち合わせがひたすら続くこの時期に、
僕の胸を走り抜けるのは、そんな秋風にも似た感慨で。

どうやらそれは、自分自身、自ら気づいていない、
引き出しの奥にしまっている隠していた何か......欲求、感情、コンプレックス......が、
あるからなのでは無いのか、とも。

もう少し自分をピカピカ玉に磨きあげるためにも、
そんな心に湧き出る感慨の秘密から逃げずに、ちょいとばかり、また、
立ち向かってみようかと思っています。



勝負、です。



我、欲するは真の自由なり。



先ずは......



腹ごしらえ!( ̄∇ ̄)ニヤリ



うちのスタッフさんが運営しているお店で特別に作ってくれた「冷やしスダチ蕎麦
とても美味しかったのでする☆感謝なのでする☆ぽんぽん。



此方は東京、品川区、荏原中延駅近く、井田商店さんの特醤油ラーメン。



すこぶるおいちいのです。。(*´ー`*)不自由ですなぁ。。この体。。


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アマ、フル

2017-05-26 00:31:07 | セツナイ
その黒髪の少女は、標高四千メートルの世界に生まれ、住んでいました。
富士山よりも高い世界。酸素も薄く、高い木も育たない世界。
周囲を見渡すと、岩に覆われた高い山々の峰が天に向かい並び立っていて、
その山肌にはいつも白く美しい雪が積もっています。
雪は夏でも溶けず。太陽の光の元で白銀色に輝き、まるで鋭い剣のようにも見えます。
少女の住む地もまた、一年の殆どが雪に覆われてしまう、そんな世界。
そんな世界を包む空気は常に清廉で、冷涼。
夜、輝く星々も手を伸ばせばスグに届いてしまいそうなくらい近くにあります。



天(アマ)、降るような星空。



そこは、山麓の平地に住む人々からは「神々が住む地」と謳われているところ。



少女は、そんな世界で咲く、一輪の小さな華のようでした。



少女の家は遊牧を営んでいて、
沢山の羊やほんの少しの牛達をそんな自然のままの山間の原野に放ち、
慎ましく、そして、一切の無駄が無い、
自然の呼吸と同化しているような生活を営んでいました。
住んでいる家も、ちょうどモンゴルのゲルの様なもので。
動物の皮と布で覆われた円錐形のテントのような家は、また、
ネイティブ・アメリカンの家のようでもあって。
その簡素な作りは、草地を求めていつでも土地を移動できるようにもなっています。

そんな少女の家族に大切に育てられる「羊」の乳は、美味しい、贅沢な飲み物で。
発酵させればヨーグルトともなり。
必要な分だけ最小限に屠られる肉は大切な食料であり。
皮は家の壁となり、家族の服となり。
暖かな体毛もまた、少女達を包む衣服とも、家の断熱材ともなり。
屠られる時に流れ出る真っ赤な血液は、しかし、大地に一粒もこぼされることは無く。
スグに皮製の容器に入れられ、飲まれ。
時に煎じられ、薬ともなり。ゼリーともなり。
骨は道具となり、家を補強する用材ともなり。飼い犬の餌ともなります。
削いで湯茶に入れれば、大切なカルシウム源ともなります。



少女の住む世界では何一つ捨てられるものなどなく。
何一つ役に立たないものはなく。
全てが大切なものとして存在していました。



少女に不足はありませんでした。



いえ、



正確には、



少女は、不足という言葉の意味をあまり良く理解してはいませんでした。



少女は、そんな家の後を継ぎ、私も立派な遊牧の民になるのだと。
そんなふうに、物心ついた時から思っていました。



少女が14歳になったある日。
少女の住む村に、大きなバッグパックを背負った若い、二十歳ぐらいの、
大柄な白人の女性旅行者がふらり......と、訪ね入ってきました。
その若い女性は金髪で、端正な顔つき。スタイルも良くモデルのような印象も抱かせます。
どうやら彼女は、ヨーロッパの大きな都市からはるばるやって来たキャンパーの様でした。
彼女は自分が生まれ育った世界とは全く違う、
黒髪の少女の住むこの世界を一目見たくて、
都会の息詰まる日常から少し開放されたくて、
この地に来たようでした。

彼女は広く美しい平原の中で野営をするのに程よい場所をみつけ、荷を降ろし、
小慣れた手つきで小さなテントを張り、そして、ホッ......と、一息つきました。
そしてバッグの中から持ってきたアウトドア用のコンパクトなガスバーナーを取り出すと、
おもむろに火を付け、次いで取り出した小さなヤカンに水を入れ、湯を沸かし、
大好きなコーヒーの粉をセットし、淹れ、大きめのマグカップに注ぎ込みました。
それは彼女にとって最高に寛げるひと時のようで、しばらく、
満たされた表情で時を過ごしていました。

フト、彼女は、コーヒーカップから立ち上る湯気の向こうに、
コチラに走り寄って来る1頭の羊の影を見つけます。
よく見ると、その羊の後ろには、羊を追って走ってくる小さな少女の姿も見えました。
追いかける少女を無視するかの様に走り寄ってくる羊。
どうやらその羊はコーヒーを飲んでいる彼女に向かってきている様です。
群れから外れてしまったのか?どうして?なのか。
羊の好奇心なのか?いつもの家族と間違えているのか?
羊はそのまま彼女の前まで来て、急に、ピタリ!と、足を止めました。
走り寄って来たその羊は、ふと我に返った様に、
何事もなかったかの如くうつむき、彼女のそばにある草をむしり食べ出しました。
羊の後を追って来た少女は、やはりそのまま、
コーヒーを飲んでいた白人の彼女の前に来てしまいました。
金髪の彼女は、その時、その少女の可愛らしさにいたく感心し、
そして、とても自然に声をかけました。



「こんにちわ(^_^)」



キョトン、とする少女。
少女には彼女の言葉がわかりません。
そして、なぜだかとても恥ずかしい思いがこみ上げて来て、
少女は何とは無しに、うつむいてしまいました。
その姿を見た彼女は、
この地に来るまでに勉強して来た少女の国の言葉でもう一度話しかけます。



「こんにちわ(^_^)」



少女は、その見知らぬ白人女性の言葉に少し驚きながら、しかし、
うつむいたまま、しどろもどろになりながら小さな声で答えました。



「こ、こんにち、は、、」

「あなたの羊さん?」

「......」

「元気な羊さんね(^_^)」

「......」

「ここに住んでるの?」



少女はその言葉に、黙って、うつむいたまま、自分が走って来た方向を指さしました。



「あっち、、なんだ(^_^)そう。あそこに住んでるんだ」



少女は少し顔を上げ、白人女性にわずかに頷いて見せました。



「そう(^_^)イイところね。私好きよ。ここ。」



少女は、また少し顔を上げ、今度は、女性の目を見つめながら頷きます。



「うん。。」

「羊を飼ってるのね(^_^)」

「うん。。」

「へぇー。すごいね。こんなところで(^_^)羊、好き?」

「......」

「君は幾つ?」

「......14歳」

「そう。可愛いわね(^_^)お口とか。特に。まだお化粧とかはしないんだ?」

「......」

「あ、ね、これ、私の口紅だけど......(^_^)」



白人の女性はカタコトの言葉でそう言うと、
持っていたバッグからスタイリッシュなデザインの、
高価そうな美しい口紅を取り出しました。



「あなたも持ってる?」



少女は、その時、初めて口紅というものを見ました。
母親も持っていない様なもの。
キラキラと太陽の光に当たって輝く長細くて小さい、その物体は、
少女の目にはまるで、未知の宝物の様にも見えました。
少女は思わず、その物体に小さな手を伸ばしたくなる衝動に襲われます。
しかし少女は、その強い衝動をぐっ、と、押さえ込み、でも、ジッと、
その初めて見る美しい、不思議なモノを見つめていました。



「......ナニ?......それ......」

「そっかぁ。知らないんだぁ(^_^)
これね、私の住んでるところの女の子はみんな持ってるものなのよ。
口紅っていうの。こうしてね、唇に塗るものなの。ちょっと見てて、、」



そう言って、白人の彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、
その画面を鏡代わりにして、自分の唇にその口紅を軽く引きました。
細い綺麗な筒からニョキニョキと出て来た赤い塊が少女にはやけに鮮やかに見えて、
血のようだな......とも思いましたが、
それを塗られたその白人女性の顔は、なんだか、さっきまでとは全く違った人に......
いつも両親に聞かされていた神様のようにも......女神様のようにも......見えました。
少女は少しの間、時を忘れて、その金髪の女性の顔をジッ......と眺めていました。



「どう?綺麗かな?(^_^)」



我を忘れて彼女の顔に見入っていた少女は、
その言葉でフッ、と我に返り、慌てて彼女から目をそらしました。



「あなたもつけてみようよ(^_^)」



少女はその言葉にとても戸惑いながらも、少し考えてみました。
でも、それは本能で、特におかしなことでもなく、
それに目の前の彼女はとても信頼出来る人だとも思えている。
それで、少し間を置いてから、少女は黙ってうなずきました。



「じゃぁ、やってあげるね(^_^)」



白人の女性は少女の小さな唇にその鮮やかな赤色をした口紅を、優しく、
そっと塗ってあげました。
そして、今度はテントの中から化粧用の小さな鏡を取り出して来て、
その鏡で、紅を塗った少女の顔を写して見せました。



「......」



少女は、ナニも言いませんでした。
言葉が出なかった、という方が正しいでしょうか。
目の前に映る自分の顔は、自分でも自分ではないくらい別人に見えて、
そして、綺麗、と、彼女はそう思いました。
自分で自分をキレイと思う。
そんなこと、今まで、一度でもあったろうか?
この気持ちって、なんだろう?
これはいったい、なんなのだろう.......



この時から少女の中には「口紅」というモノが住み着きました。
それは、異国から来た美しい女性が少女の住む地を去ってから後も忘れられなくて。
思い出すと、不思議と甘美で嬉しい気持ちが溢れても来て。
忘れたくても忘れられない。
そして、いつか、もう一度、あの口紅を塗ってみたい、と。
少女の心にはそんな気持ちが華の種のように植えられました。

この種は、いつか芽を出すのだろうか......

いつか華を咲かすのだろうか......

1つだけハッキリしていることは、

少女の住む世界は昨日までとは全く変わってしまったということ。

口紅が無かった世界は、今や、もう、少女の中には存在しませんでした。

少女の住む世界は口紅のある世界。

そんなものが、この世界のどこかに在る......という、世界。



少女は、いつか、口紅を手に入れに.......



高原を降りる......



のでしょうか......



少女が見上げた高原の空は、どことなく、以前と違っているように......見えました......



オーストラリア。世界遺産の熱帯雨林高原「キュランダ=Kuranda」。
その村で一番美味しい!と言われているジェラート屋さん。
イチロー!とか、オッパッピー!とか話しかけてこない方のお店!さん。
このおいちさわ、やめられまへんな!ヾ( ̄∇ ̄=ノ



可愛いカンガルーの子供さんも
「ジェラートのない世界なんて、もう考えられまちぇーん!」
などと!?言ってるのでやんす( ̄∇ ̄)ええ。



イケマセンな。ええ。ええ。


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カルテ

2017-02-07 00:07:33 | セツナイ
「3年ぶり、ですか。。ほぉ。。」

と、白衣の女医さんが、
久方ぶりの健康診断面接で僕のカルテを眺めながらつぶやく様におっしゃっております。
そこにツッコンでいく僕さん......

「ええ。ええ。そーなんですよ。ええ。」

「まぁ、あまり感心はしませんけど。出来れば毎年ちゃんと受けて欲しいですね」

「ええ。ええ。
会社のそーむ部のおねいさんにもそー言われましたのです。ええ(*´ω`*)
こっぴどく怒られまちて。いい歳こいて。ええ。ええ。
おっしゃるトーリで。すいません。ええ。ええ。」

「ソレで、っと、、うーーーん、、、、」

「どっすか?アチキの体。良い感じですか?(`・∀・´)ダイジョブっすかね!?」

「いやぁ、、素晴らしいですね。完璧です」

「マジッスカ!?お喜びでぇぇぇーーっ!(=´∀`)人(´∀`=)」

「そーですね。。」

「実わですね!
体は定期的にキッチリとチェックチェックしてもらってんるんすよ。
スゲー知人がいまして。幾人か。その道の。ええ。ええ。
その人達にもこの前 “なんの問題もないです。完璧です” って言われてたんすよ( ´ ▽ ` )
ええ。ええ。
そんなこともあって、ツイツイ検診をサボっちゃったりしてまして。
ごめんちゃいで。ええ。
ま、よかったっす。頑張ってるんす。これでも。ええ。ええ。
身なりは汚いっすけど体はニシキ!( ̄▽ ̄)/ ってね!ええ。ええ。」

「そーですか、、、それはいいことです、、、が、
一つだけ気になるところがありまして、、、」

「えっ!?Σ(゚д゚lll)」

「この、内臓周りの音波写真なんですけど。。。」

「ええええええええええええーーーーーーっ!?((((;゚Д゚)))))))
ヤダっす!ヤダっす!
こえーーっす!
そんなの見たくないっす!
ナンカあるんすか!?
マジ問題っすか!?MMDっすか!?
死ぬなら死ぬと言ってくださいね!コッチにも準備ってもんが!
ええ!?ええええええっ!?
こええええっす!?
なんなんすかぁぁ!?ヽ(;▽;)ノ
イキナリの暗雲たれこめまくりでぇぇぇーーーっ!」

「これ、肝臓と腎臓が写ってるんですよ。
この黒っぽいのが腎臓で、この白くて大きく見えるのが肝臓なんですけど......」

「あ!?
あわわわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!((((;゚Д゚)))))))!!
か、かんぞーっすか!?ヤッパリ!
それ、知ってるんす!
一度、昔、肝硬変の寸前まで行ったことありますて!
そのときわわわ、あと何日か見るの遅れてたら黄疸でてましたよ!って!
おこられたんすぅぅぅーーーヽ(;▽;)ノ
そーむ部ばりにィィィ!
でも治してもらったんすすっすぅぅーーーっ!
それっすか!?
それっすね?
またですか!?
またですね!
うわわわわーーーーん!
いやや!いややぁ、、、そんなのいやややぁぁ〜、、、
せっかく治したのにィィィ!うわわわーーーーーンン(T ^ T)」

「うーんと、本来ですね、肝臓もこの腎臓と同じ様な色で写るんですよ。普通」

「はぁ。。そーですか。。グスン(T ^ T)」

「そーなんです。それで、なんで肝臓だけこんな白っぽく写るかというとですね、
どーも脂肪が厚くて、それで音波がはねちゃってこう写るんですよ」

「は、はぁ、、(/ _ ; )ぐずぐず......」

「要はですね、肝臓に栄養がつきすぎて肥大気味なんですよね。
いわゆるフォアグラってやつです」

「ふぉ、ふぉあぐら!?( ;∀;)」

「そうです。脂肪たっぷりの美味しいフォアグラ。
Uzmetさんのフォアグラはかなり食べ頃で、おいしそーですよぉー。。」

「お、おいしいのですか、、??(;ω;)」

「それでですね、原因は暴飲暴食かな!?とか思ったのですけど、
三年前のカルテがコレなんですけどね。
見比べてみると、やっぱり一箇所だけ目立つ数字があるんですよ」

「は、はぁ。。:(;゙゚'ω゚'):ドキドキ...」

「......ここ、ですね。ここ。体重。
体重が3年間で7キロちょっと増えてるんですよね。
他はなんの問題もないのですけど、むしろ全ての数字が良くなっていて。」

「た、たいじゅう。。ですか。。」

「そーです。」

、、こ、ココロあたりが、、、

「あるんですか?」

「あります(T_T)どーーん。。

「まぁ、ちょっと太り気味かもしれませんね。本来の体重より。」

「それでフォアグラなんスカ。。?(;ω;)」

「栄養がたくさん肝臓に蓄えられている状態ですね。
だからコレステロール値も高めになってますし。
カロリーをもっと使ってください。
運動とかしてますか?」

「そ、そりわちゃんとやってます。。少し、、な感じ、、ですけ、、ど、、」

「Uzmetさんてスポーツは沢山やられてた方ですか?」

「け、ケッコーハード系かもしれません。。ええ。ええ。。」

「そういう人がピタッと運動をやめちゃうと、本来、代謝のいい体のはずですから、
余計にこんな状態になったりするんですよね。普通の人より。そんな感じがしますが。
よくスポーツ選手が現役をやめた途端に激太りしたりするじゃないですか。
ああいう感じです」

「は、はぁ。。そーっすか。。」

「ええ。運動頑張って、痩せてください。それ以外は完璧ですし」

「あ、あのぉぉ。。。」

「ハイ?」

「よーわ、コレって、、、」

「???」

「コレって、、、」

「?」

「デブ病ですね!?ヽ(;▽;)」

「デブ病です。( ̄  ̄)キッパリ」

「ガガガがガーーーーーーン。。・゚・。 ( ;∀;); で、デブ病だったのか、、わちき、、」

「いけませんね」

「ま、またの名を、“顔がおっきくみえていく病” ですよね!?ヽ(;▽;)」

「そうです。d( ̄  ̄)」

ガガガがガーーーーーーン。。Σ(||゚Д゚||)

「ま、痩せましょう!それでダイジョーブですよ。( ̄  ̄)」



清々しい朝の空でございます。
この寒空の下、朝日に向かって走っていらっしゃるのです。

なんとしても!

今度のハリルジャパンの合宿には間に合わせないといけません。
いつハリルに呼ばれてもキレッキレで行かないといけません。
頑張ってまつ!(T ^ T)/


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オニギリの顔した...

2017-01-10 00:45:02 | セツナイ
「......正月って太るんだよねぇぇ〜(*´ω`*)
動かないで美味しいものばっか食べちゃってさぁー。。」

わかるわ〜。。つーか、美味いものに限って体に良くないしなー。。」

「だよな〜。体に悪いからウマイのかもしんねーしなー。。」

「おれなんかタバコもカナリ吸っちゃってさー。すげー本数なんだよ。コトシィ。
マダやめらんねーんだよなぁ。。」

「知ってる?〇〇さん糖尿病になっちゃったんだって。。」

「マジか!?怖いなぁ。。ゼータク病なんじゃん!?」

「最近やたら多くね?そーいうの。癌とか脳梗塞とかさ。
年々増えてるよーな気がするんだけど。なんとなく。。」

「だよな〜。せつねーなぁー。。でも、マズわヤセなきゃー。。」

「やせなきゃ〜。。( ´△`)」

「やせなきゃーーー(´。` ) =3」

「先ずは!走ろーか?」

「走るぅぇぇ!?......なんかやだなぁぁ......(´ω`)めんどーだなぁ〜おれぇぇ......」



なーんてポッテリな会話を数人でしていた時、
みんなの上にポッカリと大きな空間が空いてきて、
そこに天使「な」悪魔が顔を出して来ます。
そやつは何かと、オシャベリなのです—————————————



————————タバコだけはやめられまへんな〜(*´ω`*)

一日何十本も吸っちゃうのだなぁ〜......

お酒もやめられないしぃ。美味しいしぃ。

ビールさえあればスルメイカも焼き鳥も。おでんだって何個でもいけちゃう。

日本酒には肴(サカナ)ってなもんで。ワインにはチーズってなもんで。

ご飯は好きなものばっかりで。

だって、食べることが大好きなんだもももーん☆

食べれなくなくなったら生きてる楽しみなんて半分なじゃないっすかぁ〜。。

ケーキも好きだし。

コーラも好き。

ポテチも美味しいし、チョコレートなんてもうメッポウ好き。

パンケーキを食べさせたら右に出るものなどいませんの。

......美味しい美味しい美味しい。



じゃあ、なんで?



って。



なんでそんな美味しいものばかり「体に悪い!」ってことになっちゃうのさ。



体に悪いものが美味しいって......ちょと矛盾してね!?おかしくね?



美味しいものを食べ過ぎると病気になったり、太ったり。醜くなったり。
糖尿病やカッケが出てきたり、足が遅くなったり。
時に精神不安定になったり、短気になったり。お金まで無くなったり。
どーしてそんな矛盾溢れる世界になっちゃってんのさ!?
美味しいものはいくら食べても体にいい。
「良薬口にウマし!」
って、なんでそんなふーになってないのさ!?
おかしくね?
自分って本当に美味しいものがわかってないのかな?間違ってるのかな。味覚。
ナゼに良薬は口に苦いのさ?
神様っておかしくね!?



って。



バランスですよ。



人間の叡智とのバランス。



人類は病気を治せるようになっちゃった。
だから、そんな叡智とのバランス。
人間の持つ意志力の意味を失わせたく無いわけですよ。

そもそも、動物は病気を直せないもの。
だから病気にならないように生きることが彼らの唯一の医療法なんだもの。
自らの体のうちにある自然治癒力に任せるしかないんだもの。
だから動物はワズカな種類の食べ物で生きていけるし。
そんな体と脳にもなっているんだもの。
人間的な美味しいアレヤコレヤ......なんて、ちーーとも興味ないし。意味ないし。
彼らはそんなもの別に美味しくも感じないだろーし。
野生からハミ出しさえすれば、人に飼われさえすれば、
ゼータク化や人間化をしていく輩も時折、ケッコーいますけど。
でも、彼らの根本は、基本は、体が自然に求めるもの以外は食べないということだもの。
自然に生きている限りでは、食べ過ぎもしないもの。
胃腸薬なんていらないもの。
二日酔いなんてならないもの。
なったら木の皮とか草とか食べるもの。
奴らはグルメ番組なんて見ないし。作らないし。

運動会の日にお母さんの手作りのおにぎりなんて、お弁当なんて、
最近はあまり無いかもしれない!?
朝早起きしてそんなメンドーなことするんだったら、
忙しくて優しいおかーさんにそんな大変なことをさせるのだったら、
チョイとコンビニによれば美味しいおにぎりや美味しいお弁当がいくらでも、
いつでも、どのお店でも、手軽に買えるじゃない。
だから僕。ダイジョーブ。ソコのコンビニでお弁当買ってくよ。
運動会も。ピクニックも。山登りも。どこへででも。今日の夕飯だって。ダイジョーブ。



そう。



そんな手軽さと便利さを創り出した叡智に対して、
神々は医療の進歩と並び立つバランス攻撃を仕掛けてくるのですよ。



合成着色料。合成保存料。ph調整剤。マーガリン・ショートニング。リン酸塩。
亜硝酸塩。増粘多糖類。フェニルアラニン化合物。安息香酸。。。。。



バランスを取るために混ぜちゃうのです。



だって、そーしなかったら、人間、全部勝ち!じゃないですか。



だから叡智のレベルでは全勝への対抗策なんてモノも設けちゃうわけですよ。
ストイックに。なんてったって叡智ですから。
大切な、宝物のような「意志力」なるものを人類から奪い取るわけにはいかない!
というわけですよ。
病気になるもならないも、良しも悪しも、美味いも不味いも、
ちゃんと意志力でもってコントロール出来るようにしておかないといけないわけです。
意志力が自在に発揮できて、謳歌も出来る世界とチカラとバランスを、
決して失わないようにしなければいけませんから。
そもそも敵無しになって自惚れちゃったら、成長もナニも出来無いじゃないっすか。
肉体も。心も。魂も。地球も。星も。銀河も。この宇宙も。
だから、みな、
自然の摂理を変化させるようなものにはなんらかの副作用が設けられるわけです。
それらは自然の摂理を捻じ曲げるために開発されたモノモノや薬品ですから、
自然の摂理に生きる肉体に対して福作用が何も無い!
なんてことがあるワケ無いじゃないですか。
そんな細部にも、人が常に意志力を使えるように......と、神様は仕掛けてくるのです。

良い薬ができたし〜(^。^)

色々食べて病気になってもいいよー。

良いお医者さんに行ってね〜(^。^)

と。

美味しく便利な生活をして、病気して、治して。また病気して。
いっぱい治療費使って。得たモノとのバランスをしっかりとってねー。
頑張ってねー。。( ̄∇ ̄)/

ってね。

ところで!

意志力ってわかる?
摂理って知ってる?
叡智ってわかる?
バランスって理解してる?

頼んだよー( ´ ▽ ` )/

頑張ってねー。

みんな自由だからね〜。

それが神なる叡智、でしょう?



【合成着色料 各色】
有害リスク......発がん、不妊症、催奇形性

【イーストフード】
有害リスク......発がん、吐き気、嘔吐、下痢、うつ、めまい

【リン酸塩】
有害リスク......骨密度低下、治療力・免疫力低下、精神異常

【アスパルテーム L フェニルアラニン化合物】
有害リスク......発がん、失明・視力低下、内臓異常、うつ症状、てんかん発作、
ストレス増化、精子減少、体重漸増、パーキンソン症

【マーガリン、ショートニング】
有害リスク......アトピー性皮膚炎、動脈硬化、心臓病、ぜんそく、アレルギー性鼻炎

【亜硝酸塩】
有害リスク......発がん、遺伝子に悪影響、頭痛、記憶障害、うつ、めまい

【増粘多糖類】
有害リスク......発がん、胃潰瘍、食欲不振、衰弱、軟便、慢性的な腸の不調

【アセスルファムカリウム】
有害リスク......発がん、記憶力低下、だるさ、吐き気、うつ、頭痛、肝疾患

【ソルビン酸カリウム】
有害リスク......発がん、成長不順、腎臓肥大

【安息香酸】
有害リスク......発がん、精神障害、変異原性(細胞突然変異)、めまい、食欲不振



最近、アトピー性皮膚炎になっちゃったんだ。
今年からさ、突然花粉症になっちゃってさ。
最近、風邪ばっかで、なんか抗体力落ちてる感じがするんだよね......トシかな。。
あの人、若いのに、ガンになっちゃったんだよ。
脳梗塞で倒れたんだよ、突然。
なんだよ、ストレスって。やたら多くね?最近。
長生きしたってさ、ベッドに寝てるばかりじゃ、俺は嫌なんだよ。
死ぬ時はさ、ポックリと。楽にいきたいんだよね。おかしなこと言ってる?......る?

叡智とはなんでしょー?



そうですね〜。

イイですよ〜。み〜んなイイ感じですよ〜。

幻の世界を生きるって心地いいですよねぇー。

ところで、「」の意味ってわかります?

叡智は知ってるはずだよぉぉ〜( ´ ▽ ` )ノ

イイですねー。イイですよー。。

そもそも.....

みーーーんな、マボロシかもねぇぇーーー。。_φ( ̄ー ̄ ) ——————————



————————天使な悪魔は我が内の方からも囁いてくるのです。。


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開けた途端!

2016-10-22 00:02:16 | セツナイ
帰り道にスーパーで食材を買い込んで、
1人寂しく、おうちで「お一人様専用ごはん」を作ろうとしていたわけです。
例によってうちのコニャ(奥さん)がいないもので。ええ。
どこで何をしているのやら。いつも。ええ。ええ。
放し飼いの放牧で。よー太っとりますわ|( ̄3 ̄)|ええ。
こんな日は週3日くらいはあるわけでやんすよ。
まるで一人暮らしなのです。ええ。

それで、買ってきた食材をキッチンにおっぴろげて、
アーダコーダと調理の下準備に励み、
余る分とか保存分とかをストックしようと冷蔵庫の扉を開けたのです。
おもむろに。



するってーと......



開けた途端!



焼肉のタレの瓶が落ちて来たのっ!((((;゚Д゚)))))))



タレの瓶は、
ドーニモ出来ずに口を開けたまま唖然と固まっている僕さんの目の前を
まるでスローモーションの様にタイル貼りの床に落ちていって、
ワンバウンドしてフタが飛び、
ニンニクと生姜がタップリと増量されたドロドロで美味しそーなニオイの液体が、
辺り一面にバシャシャシャシャシャァァァァァァーーーーーーーーーーン......と......



ショック......( ・∇・)......



部屋中が焼肉のタレのソソられる香りで満員御礼のカーニバル......



履いていたユニクロの靴下に染み込んで来る生姜ニンニクの強烈な風味......



ショック......(T . T)......



「れ、レーゾーコ、、い、いっぱい!?(・・;)やんけ。。」



足元に新しく誕生した、
渡り鳥が舞い降りて来そうな「焼肉のタレ湖」もそのままに、
僕さんわ改めて「モノを仕舞おう」という目で冷蔵庫の中を見てみたのです。
ソレはもう、なんだかよくわからない物々でいっぱいギューギューの満員電車。
あちこちに散らばるジップロック的な袋の数々。
やたらと居並ぶ小さな瓶詰品達。
森の木々のように林立するチューブに入ったなんやらかんやら。
奥の方にはなにやら、とても大雑把な感じでビニール袋に包まれた
得体の知れない不気味な物体もチラホラと......



「な、なんか......とてーもイヤな予感がする......」



で、そんな詰め込んで置かれているモノモノを取り出し、
ヨクヨク見てみると......案の定、



「賞味期限切れやんけ。。( ̄▽ ̄;)」



僕さんの頭にはいつかの「惨劇!」がよぎります。
世に言う「ホットミルク殺人事件」
そのフラッシュバック。




「ま、マタかいな......もしや、この瓶詰めも......

ああああああーーーーっ!((((;゚Д゚)))))))

期限切れやんけ!

やっぱり!

こ、これわわ!?

コレもか!

これもじゃねーか!

じ、じゃぁ、、このビニールの中に入っているモノはいったい何なんじゃ......

うえぇェェーーーっ!!?☆※$%&’#!=*&!!∑(〇Д◎ノ)ノ ヒィィィ!

か、カビがァァァァーーーっ!

変なチーズに明らかにオカシなカビがぁぁぁぁーーーーっ!

ええーンンン......色が怖いよぉぉーーー。・°°・(>_<)・°°・。

臭いがキツ過ぎて鼻が無くなっちゃうよぉぉぉーーーーっ!

しかも、また!

腐らせて作る納豆が腐ってるヨォォォーーー。・゜・(/Д`)・゜・。うわぁぁん」



もう、大惨事です。。



「あ、あいつ、、また!
“自然死に見せかけて俺を葬る計画” ......通称、オズマプラン!
を実行に移しているのだな......(; ̄ェ ̄)アワワワワ......
俺が迂闊に手にとって料理に使わせるように仕向けて、
あわよくば保険金を......という計画に違いない。間違いない。
あのヤロー。ゆるさん。
こんな危険なレーゾーコ、このままにしておけん。
ニャロー。
ブットばしてやるぅぅぅ!
おしおきだべぇぇぇぇーーっ!o(`ω´ )o」



そーしてわたくしめは、
準備を始めた食事支度もそのままに、
冷蔵庫のありとあらゆる物体を取り出し、キッチンに所狭しと並べ立て、
焼肉のタレで出来た新しい湖もそのままに、これ見よがし!
にコニャの帰りを待っていたのでございます。



「あのヤロー。
この惨劇を目にしたら少しは改心するだろう。まったく。
最悪の夕飯タイムじゃ。(`_´)プンプン!」



「ただいま〜(^O^)」



あっ!来た!
獲物が来た!



「タダイマァ〜。ご飯わ食べて来たよ〜(^O^)」



「コォオオオオリャァァァァァァァァァァーーーーッ!!!!!!!!!!!!!
ただいまじゃねーーーーーーーーーーーーんだよーっ!コリャーっ!o(`ω´ )o
♪食べて来たよぉーーーーーー♪
じゃねぇぇぇぇーーーーーんだよーーーッ!コラララーっ!
この惨状をどーしてくれるっちゃーーーーーーっ!?
こりゃぁぁーーーっ!
こぉーーの!かたずけられない女めぇぇぇぇーーーっ!
おまいさんをかたずけてやろぉぉかぁぁーーっ!ヽ(`Д´メ)ノ ギャンギャン」



まね。。いつものように、



「グスン(T . T)ごめんなさひぃ......」



なんてことでスマソートするオチなのですけどね。ええ。
コニャの場合。ま、ヒドイですのよ。本当に。
毒殺されるとこですよ。いつも。
我が家で生き抜くのわ大変なのですな。ええ。ええ。
サバイバルですわ。ええ。ええ。(´。` ) =3



キッチン周りの床は、我が家では外壁材にも使えるタイルを全面的に張っているのです。
この床だと水や熱湯をこぼそうが、油をドギツクこぼそうが、
焼肉のタレ湖が出来ようが、アッ!と言う間に綺麗に出来ます。
掃除も簡単だし汚れも全くつかない。
包丁を落としても、フライパンを落としても、何を落としても傷つくこともないし、
本当に助かってます(^^)
家を戦場のようにしてしまうウチのコニャにはピッタリの床なのですな。
命拾いっす。この床で。いつも。ええ。ええ。


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もうですかぁ。。

2016-10-10 01:03:33 | セツナイ
昨年末、「SIGNAL」という記事で
「サル年は “去る” と響いてきたりもするのです。。」
などと記していましたが......
今年は年初からあまりにも色々なモノゴトが去っていっている様な......気がしてます。



・2016/1月
不倫騒動でベッキーさんのアイドルイメージが......
解散騒動でSMAPさんの国民的アイドルイメージやジャニーズのイメージが......
障害容疑で逮捕された高岡蒼甫さんの俳優活動が......
贈収賄疑惑により甘利大臣さんが......
デヴィッド・ボウイさんがサヨナラで......(T . T)ぶぇ...

・2016/2月
覚せい剤逮捕により「野球人」清原さんの人間的なイメージが。
三角関係により狩野英考さんのお笑い芸人としてのイメージが。
不倫により「育休議員」宮崎謙介さんのイメージが。
収賄により、長年国際サッカー連盟(FIFA)会長だったブラッターさんが。
あの液晶のシャープが......
あの、モーリス・ホワイトさんが突然のサヨナラで(T . T)ぶぇ...

・2016/3月
不倫により桂文枝さんのイメージが。
ドーピングによりマリア・シャラポアさんのメダリスト・イメージが。
「なでしこJAPN」の佐々木則夫監督さんが辞任で......
読売、渡辺恒雄最高顧問さんが辞任で......
勝俣恒久元会長を始めとする東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死罪の強制起訴で。
学歴詐称によりショーンKさんのメディア露出が。
賭博事件により日本プロ野球のイメージが。
沢山の女性との不倫による乙武洋匡さんのイメージが。
不倫による「とにかく明るい安村」さんのイメージが。
「 報道ステーション」の古舘伊知郎さんが。
あの、ジョージ・マーティンさんがサヨナラで(T . T)ぶぇ...

・2016年/4月
電力自由化によって独占的だった電力マーケットが。
闇カジノでバドミントン男子日本代表、桃田賢斗、田児賢一、両氏のオリンピック出場が。
水泳、北島康介さんの現役姿が。
お笑い芸人前田健さんの突然のサヨナラ。
燃費偽装問題により、あの三菱自動車さんの信頼が。
「パナマ文書」のリークで色んな人の誤魔化しゴトが。
あのプリンスさんが突然のサヨナラ(T . T)ぶぇ...

・2016/5月
傷害容疑で逮捕された真木蔵人さんの俳優業が。
舞台演出家の蜷川幸雄さんがサヨナラ。

・2016/6月
イギリスがユーロを離脱!
不倫によるファンキー加藤さんのアーティスト・イメージが。
舛添要一さんの都知事体制が。
鳩山邦夫衆院議員さんのサヨナラ。
白川由美さんのサヨナラ。
AKB48から小嶋陽菜さんが卒業で。
覚せい剤の現行犯で高知東生さんが。
ハンマー投げの室伏広治さんの現役姿が。
モハメド・アリさんがサヨナラ。

2016/7月
大橋巨泉さんがサヨナラ。
元、千代の富士関、九重親方がサヨナラ。
中村紘子さんがサヨナラ。
永六輔さんがサヨナラ。

2016/8月
高畑裕太さんが婦女暴行で。
ソニア・リキエルさんがサヨナラ。

2016/9月
富山市議さん達や、各地の議員さん達が経費不正使用で。
漫画「こちら亀有公園前派出所」のジャンプでの連載が。
ベッキー以来、度重なる不祥事で川谷絵音さんとバンド「ゲスの極み乙女」が活動自粛で。
高速増殖炉型原発の「もんじゅ」の廃炉が実質的に決定で。
アーノルド・パーマーさんがサヨナラ。



「去る」というキーワードにかけて、
今年ここまでに話題になったコトを少しまとめてみるとこんな感じでしょうか。
天災や重大な事件、事故などのニュースを除いても既にこれだけのことが起こってきた年。

気がつくともう10月。

僕の働く世界ではもうクリスマスの話などが色々と進められていて、
ここ1年やたらと激しく加速していた神様のお使い!?シリーズも、
「星の神様」のいる茨城県の某所や知多半島辺りでの用事で、なんとなく、
ひと段落感が出ちゃったりもしていて。
改めて、ここまで、今年は色々と濃密で感慨深い年になっているなぁ......と。
個人的には思っていたりします。



なんか、今年の夏の終わりは年末みたいな感覚なのです。



上に記したニュースの中で、個人的にとても恐ろしく、
今後10年の世界の情勢や社会の倫理観を左右するのではないか?なんて思うものとして
「パナマ文書」のニュースあたりがかなり大きな意味があることの様に思えています。
この「星」には外国資本や外貨を獲得する為に意図的に税金を優遇したり、
無税にしたりする国や地域があって、
そこに多くの資産家や企業、著名人の預貯金がプールされているという実態。
一般的に「タックス・ヘイブン=租税回避地」と呼ばれる
そんな地域が存在しているという問題。
あらゆるメディアも、そのスポンサーや後ろ盾に関わる問題ゆえに触れることも、
表立った非難をすることも出来ず、
ただ義理と役割のみの精神で茫洋とした情報を出すことだけに終始している有様。現状。
日本の原発問題にもとても良く似た構造。
それが地球という星と社会のスケールで存在しているということの恐ろしさ。
こんなことが「立派な合法」であるという恐ろしさ。



これには心底身震いしてしまいます。



辟易もします。



真面目にやってるのが馬鹿みたいに思えてきます。



「それでも俺は真面目に働けるのか?真っ当に生きていけるのか?」



「俺も脱税とかちょーがんばっちゃおうかな!?みたいな!?」



なんていう、自問自答の心理戦まで展開しちゃいます。



多くの人が毎日、必死の思いで働いている「生きるための力」を、
「お金というシステム」にサラリと「当たり前のように変換」し、
それをその源となっている人々や社会や生まれ育った国にちゃんと「還元」することをせず、
幾人かの世界的権力者達が共謀結託して作りあげ、支え、
運営もしている小さな国と法律に合法的に守らせてしまう。

この場合の合法って?なんだろう。。

その中には某日本企業のトップの方達の名前も幾つかあって......
そんな人達の発する言葉やメッセージは、
もう空虚なるセルフイメージ操作の言葉にしか聞こえないようになってしまったりして......
僕らはこの先、この星の真実を目にすることなどできるのだろうか。
そんな真実なるモノなど、見ない方がいいものなのか。



恐ろしいことです。



この恐ろしい情報のリークこそが、
この恐ろしい情報の真偽の見極めに、世界中の人々が如何に動くのか?
それこそがこの星の未来を左右するのかもしれない......
「パナマ文書」のニュースは、僕にはそれほどのことの様にも思えているのですが。。
まぁ、そんな世界の片隅でジタバタとしかできない自分の無力さも含めて
ちょいと悲しい感じになってしまいます。



秋風ビュービュー。



願わくば、世界的なお金持さん達は、どうか、
その力を生み出した基となった人や世界が良くなるような形で、
その富を還元してもらえないかなぁ......なんて、庶民感覚で願っていたりします。
成功者像の満足線みたいなものをどこかに引けないのかな?みたいな。
成功者イメージの衝撃的革命!とか出来ないかな!?みたいな。

でも、そんな欲望や満足に線を引けるタイプの人だと、
この営利社会でパナマ文書に載るまでのお金持ちにはならないような気もしますし......
なんだか、切ないのですな。。
この辺の人達や企業トップの人達の言動や「夢ソノモノ」が変わったりなんかすると、
アッ!と言う間に世界は変わっちゃうのではないかな......なんてことは思うのですけど。

本当は資本と政治的権力は牽制しあえないといけないのだろうけど、それもままならず。
やっぱり、まだまだ、この星の文明というのは宇宙から見たら思春期レベルで、青々しく、
遅れている感覚なのかもしれないなぁ.....なんて、
不本意にも、悲しくも、そんなふうに感じたりなんかもしちゃいます。

大義や名分や夢を美しく、麗しきものとして見せ、伝え、掲げ。
その裏で実を取り、自己還元のご褒美を際限なく増やし続けるという人間が沢山存在する限り、
存在ができてしまう社会である限り、
前進、成功のための精神的エネルギーソースを新たなものに変革できない限り、
僕らの未来はまだまだ厳しい道のりとなるのかもしれません。
大勢の人の心のエネルギーソースが変わったら、
現実社会のエネルギーソースも化石燃料などから変わる様な気もするけど......
様々な「サル」も、まだまだ続かないといけないのかもしれません。



不思議です。。



なんか、今年の秋は年末みたいな感覚なのです。。(* ̄ω ̄)う〜ん



今年の濃密さは圧倒的で。もう一年が終わったような感じが。。



はぁ......
もうクリスマスの話かぁ......



せつねぇぇーーーーーーっ!( 」´0`)」オォォーーーイ!



こんな秋の夜は小田和正さんのベスト盤でも聞こーかなぁぁーーんん。。
「あの日あの時」( ̄ー ̄)せつねー♪


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縁結び

2016-08-23 00:01:23 | セツナイ
「えんむすび」

結ぶのであれば、
切らなければいけません。

多くの場合、
人はその時の自分に持てる目一杯のものを持っていたりします。

スーパーなどの「タイムセール!袋につめ放題!」に参戦した時、
袋一杯に詰め込まないような人はそうはいないように思います。

なので、新たな縁を求める時は、
手持ちの何かを捨てて、その空いたスペースに持てる縁を結ぶしかありません。

宿るには、
綺麗に祓(はら)わなければいけません。

縁結びの神様......とは、
実はそんな神様でもあります。

間違ってはいけません。
あまり甘くは......無いようです。

縁結びに行ったのに縁を結べない......
という時は、もしかしたら「潜在的な意識」では今の自分を結構肯定していて、
何も失わないまま、このまま新たな縁を結べたらいいなぁ......なんて、
そーいう時かもしれません。
もしくは、
縁結びと思って行った神社やパワースポット!?が、
実は看板とは違う神様や存在が棲んでいるところだったり......

縁結び祈願に行った早々!縁を結べました!なんて人は、
祈願をした時には大切な何かを失っていた状態だったからなのかもしれません。
もしくは、
片手が空いていたから、神様はお土産を持たせやすかったのかもしれません。



祓ってこその縁結び。



縁切りや祓いは時にリセットでもあり、
何かに行き詰まっているからこそのリセットでもあり。
行き詰まるということは、
どこかで道を間違っていたからかもしれないということでもあり。



お盆明けから台風が3つも。いっぺんに。。
「今までこんな天気図を見たことがあったかなぁ......」
と、僕はちょっと考え込んでしまいました。
3つの台風は「三つ巴」の神紋にも......見えなくはないのですな......なんとなく。

先週あたりから列島へかかる祓(はらい)の力の異様さに関しても考えていました。

僕の感覚では、ここしばらくは相当な大掃除感があります。

とても綺麗な「気」になりつつあることもよくわかります。

しかし、何をそんなに祓わなければいけないのだろう......

そういうタイミングなのだろうか......

お盆明けからかなり考え込んでいました。

原発の再稼動はどーなんだろ。

皆の「四苦八苦」の気とかも多くなりすぎてるのかな......

縁結びじゃないけど、人の願掛けの「気」も多すぎるのかな?今、この国って.....

「願掛け」は「眼欠け」で。

努力無しで願いが叶っても眼が欠けちゃったり。

いろんな意味での眼、目、め、だけど......

ちゃんと思わぬツケを回されていたりね。

ちょっと怖い話で。

霊能の間違った使い方をしてる人なんて本当に眼が欠けちゃったりするし......

特に左目......なんてね。慢心、洗心の要注意で。

そんな掃除なんかもあるのかな......

なんなんだろな。このツヨイ祓い感わ。。

そんな「祓の気」が強いせいなのか?どうなのか?わかりませんが、
僕に関してもここ最近祓(はらい)的なキツイことがとても多く続いていて......
ある部分綺麗になるのはいいのですが......かなりメゲテいたりもします。
ここ数週間。ええ。四苦八苦。
なので、一層、そんなことを深々と考え込んでいたわけなのです。
ま、自分というより、エゴなる自分がメゲテいるのだとは思いますが......
それでも、本当にキツイ。
嫌なことばかり続けざまに起こりあがってきやがります。。(o´_`o)ハァ...

特に、自分との因縁が深かった場所などに行ったり、
真に力のある神社さんに訪れたりした後などには、
とても強い「禊=みそぎ」的なものが立て続けに訪れたりして。
それは訪れた意味や効果がちゃんとあったからこその出来事なんだとは思うのですが......

きっとイイことなのだ......

良いことにつながるために必要なことなんだ......

と、自分を納得させようとはしますが、ナカナカ、
エゴ多き自分という生き物は理解してくれませぬ......



キビチイのね......(T 。T)ぶぇ



僕の場合、こんな時、
パターンとして一番多く起こる出来事が警察や国家権力周りとのトラブルで。
特に自動車免許周りのトラブルなどは頻発したりして。
すぐ停止とか、簡易裁判とか。
ひどい時には取り消し!になってしまったこともありますし。
もちろん基本は自業自得なることではありますが、ま、時に、
あまりに理不尽なケースなどもあって......

「こ、これって、、意味わかんないんすけど!!?!?!?」

みたいな。
そういう納得感の薄いものが立て続けに起きたりもします。
こんなことが起こる時は大抵「因縁系」の禊ぎ(ミソギ)がらみだったり......

他にも、何かと、イロイロと......

仕事ではなくプライベート的なことが多いのでやんすけど、
それは多くの場合、自分の一番侵されたくない領域や、
大切にしているものに対してチャージがかかってくるように思えます。

なぜよ!?

ええ!?

なぜそんなに意地悪なのさ!

祓いなの!?

ええ?

なんでしょ......

マッタク......

俺が......

いったいナニをしたっていうのだーーーっ!

おおおおおおぉーo(* ̄○ ̄)ゝーいぃぃぃぃぃぃ!

阿部マリオーーーーっ!

って。

そんな感じで。ええ。

ま、こんな「祓い」でもって、
また新たな縁などを結べるものなのでしょうか。
新たな道が切り開けてくるものなのでしょうか。
新しい自分に進化することができるのでしょうか。

わかりませんが。

僕さんに関しては、ここ数週間、じっと、
三つの台風と共に耐えなければいけない期間が続いているように思えています。
こんな期間、あまり長く続いて欲しくはないのですが、でも、
何とか踏ん張らねばいけません。。



ま、そんなに急ぐことはなかろうに。



物事はそんなに早くは進まんからのぉ。



焦ったって別にいいことはないぞぉー。



祓の後は綺麗な空じゃ。



ってね。



頑張れ!



じぶぅぅぅぅぅーーーーーん!! ( 」´0`)」オォーーーーイ!



天気図を見ていて、
何だかいろいろと考えてしまう最近の僕さんなのです。

あ、そうそう。
女子の皆様わ!
「縁結び」にはお気をつけあそばせるのよぉぉーーー(゜|□|゜)ーーーぃ!

利用されちゃうかもよーーー!?

台風にも引き続きのお気をつけをーーーっ!


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組織とチーム

2016-08-19 00:13:29 | セツナイ
女子レスリングすごいっすね〜
三階級すべて金だなんて。。( ̄O ̄;)ほへ~
これで吉田沙保里さんも金だったりしたら......
ツルピカヘッドの監督でもありコーチでもある栄和人(さかえかずひと)さんも
とても嬉しそうで。
選手の幾人かは吉田沙保里さんのお父さんの教え子でもあったらしく、
今は亡き吉田さんのお父さんの力もとても強く感じたりしました。

しばらく低迷していたシンクロナイズドスイミングも
乾さんと三井さんのペアが銅メダルで。
とてつもなく厳しいことで知られる女性ヘッドコーチの井村雅代(いむらまさよ)さんが
離れてからはずっと低迷していた日本シンクロ界でしたが、
その井村さんが代表コーチに復帰して早々のメダル獲得。
その手腕にはとても感じいるところがあります。

柔道でも、実は、監督の井上康生(いのうえこうせい)さんの男泣きの映像に
個人的に一番ウルウルときていました。
こちらも前回大会でドン底まで落ちてしまった日本柔道界を託され、
今大会、見事に!立ち直らせたその手腕と実績は尊敬に値することだと思います。
アノ涙には......いろいろな思いと苦労が詰まっていたのでしょう。
とてもカッコ良かったっす。

卓球も男女ともに感動的だったし、スポーツの良い所が沢山見れて......
スポーツ嫌いな人にはあまり意味のない話だとも思いますが......
今回のオリンピックもなかなか良いもんですな(^ω^)



ポイントは「チーム」なわけです。



個人種目にしても、
それを支えるコーチやトレーナーさん達がいて。監督さんがいて。
チームとはそういう「同じ目的を持った人」の集まりなわけです。
見ている僕らの多くも、目的を共有出来ているわけです。



そんな「チーム=TEAM」を日本語にすると多くの辞書ではこう書かれています。



「組」
①何本かの太い糸をより合わせたひも。組みひも。  
②いくつかの要素を集め、一つのまとまりにくみ立てる。
③組合のこと。



僕はこれまで沢山の楽曲制作、コンサートやツアー、夏フェス、
スタジアムやアリーナライブ、イベント等をプロデュースさせてきてもらいましたが、
その中でこの「チーム=組」ということに関しては色々な思いをしてきました。

チームという言葉には特別な思いもあります。

例えばライブ系の仕事では、終わった後に必ず「反省会」というものをやります。
参加人数は時々の形、規模によって様々ですが、
各所の責任者......音(PA)、映像、特殊効果(特効)、カメラ、照明
大道具、小道具、演出、アルバイト、チケット、舞台監督、助監督、
バンド、ダンサー、演者本人、マネジメント、スポンサー......ナドナド、
それぞれの「持ち場」の責任者が集まってアーダコーダと意見を出し合って、
反省をし合います。
そして、そんな場で時折起こるコトというのがあって、
それはソウソウにあることではありませんが......時たま......

一部スタッフの間で「吊し上げ」と呼ばれるような事態。

ステージの出来を左右してしまったミスや事故に対しての原因や責任を、
その責任者に対し過度に追求したり詰めていったりしてしまうような事態。
酷いことを言ってしまったりするような事態。
そんな時の空気というのは、
起きてしまったコトの重大さによってはかなり殺伐として悲惨な状況に
なってしまう様なこともあります。
それでも、ライブは続いていくわけで。
お客さんがいる以上コンサートは無くせないわけで。
そんな、こんなところではとても書ききれないような過酷な状況や空気の後に、
それでもなぜ?尚、皆が一丸となってライブができるのか?というと......



それも、



目的や目標が一緒だからです。



メンバーが共に同じ目標を持っているとき、目的共有が出来ているときは、
必ずチームは立ち直れます。
志(こころざし)が同じ人間同士であった時は、どんな酷いことを言い合ったとしても、
必ず仲直りできます。



互いのミスも許し合うことが出来ます。



逆に、目的が同じでなかった時は、
そんな人はいなくなったり、そのチーム自体が崩壊したり......
二度と修復できない様な事態になります。



それがチームです。



チームのように同じ目的を共有できる範囲、大きさというのは、
ある程度、物理的な制限を受けます。
人が多くなればなるほど、その目的や価値観、判断は多様になっていきますので、
目的に関してもその分、多くのバリエーションが生まれてきてしまいます。
先に書いたライブなどでも、小さなクラブでやるのと、
アリーナ、スタジアムなどでは、その目的の共有化作業には天地の違いが生まれます。
仕切り方も全く変わります。
しかし、エンタメやスポーツ関連の現場においては、
どこまでも「チーム」感覚であるように僕には思えています。
それはきっと、お客さんの笑顔のために、満足のために、勝利のために、
それが自分の満足でもあるから、
それが自分の勝利でもあるから、夢でもあるから......と、その目的は比較的端的で、
個と「組」とで違ってしまう様なことが「本質的に」無いからです。
要素として少ないからです。
ライブ・ショーやスポーツに関しては、その場に集まる人々の目的や動機が
大きく違ってしまう様なことはあまり無いということです。



問題は「組織」というものです。



組織という化け物です。



組織の「織」という部分です。



「織」(シキ、ショク)
①機で布をおる。
②織田氏のこと。
③おる。組み立てる。組織。



組織とは目的を共有するチーム=組が複数集まって出来たものです。
チームを織り上げて出来たものです。



そこで重要視されるものはチームとは変わってきます。



チーム=組、では、それは記してきたように「目的」です。



組織において、それは......



「手段」であったりします。



これは、幾度と無くチームを率いてきた、
組織もしてきた僕がたどり着いた一つの結論であり定理です。
そして、とても嫌な思いも、つらい思いも、落ち込んだこともある定理でもあります。



「チームは目的を重んじ、組織は手段を重んじる」



この頑然たる事実の前に僕は幾度と無く膝をついてきました。



自分が慣れ親しんだチームの理論ややり方を組織に持ち込んでも、
手段を間違えると、いくらソノ目的が正しく、理があることでも、
全て破錠してしまうことがあります。
理不尽に否定され、潰されてしまうことがあります。
逆に、如何に間違っていることでも、理なき、愛なきことでも、
「組織としての手段」を間違えなければ通ってしまったり、認めてもらえたり、
うまく行ったりすることもあります。



この事実の前に僕は幾度も嫌な思いをしてきました。



チームは幸せを感じられることも多いです。
互いに厳しいことも言い合えます。
家族に近い存在にもなりえます。

組織は不幸せなことも多いです。
だから組織内にいる人とは友達にもなれないことも多いです。

でも、どちらもこの世界の実相なのです。

重力と同じように、好きとか、嫌いとか、
そんな次元で捉えることではないのだと思います。



オリンピックは幸せに思えることも多い様に思えます。
きっと、良いチームが多いからです。



うちの父親は自営業で、チームという感覚で運営してました。
だから父の仕事はいつも自分の身の丈を超えるようなことはありませんでした。
僕はそんな家で育ちました。

僕が働いてきた会社や幾つかのプロジェクトは巨大な組織構造を持ちます。
僕が育った環境とは全く違います。

プロ野球チームの監督業はオリンピックチームの監督業と同じで、
選手と目的を共有出来る人、する人、そうしなければいけないこと、
それが資格や手腕の一つであるように思えます。

中日ドラゴンズの落合監督は、
チーム監督から球団のGM(ジェネラルマネージャー)になりました。
組織の監督者になったということでしょう。
当然、これまでと違うことがある様に思えます。
記してきたことに即して考えると、
チーム監督と同じ哲学や手法や価値観では仕事が難しそうです。

うちの組織で最近課長職になった人がいて、今とても苦労しています。
その苦労は何に起因しているのか?

うちに、一つの組織の長となっていた部長さんがいて、
最近、突然、逃げるようにしていなくなった人がいます。
その人の問題の根幹には何があったのか?

チームと組織の融合とは?

なんでしょう?

それは可能なことなのか?

組織こそ目的が一緒になっているべきではないのか!?

アップルのスティーブ・ジョブスはなぜ一度、会社を追われたのか?

戻った後とそれ以前と、同じやり方だったハズは......ないのでは?

トヨタはどうなんだ。

フォルクス・ワーゲンは?

自治体と国は?

沖縄と日本は?

そうだ、

解散を発表したあのアイドルグループは?

グループはチームだったハズだ。

彼らにとっての組織とは?どこだ?どこから、なのか?

彼らのチームでは「どこからが」組織なのだろうか?

共有していた目的はドコカラ変わったのか?ドコデ変わったのか?

マネージャーさんは?



チームか。組織か。



僕は、この妖しい世界で美しきものを見つけられるのだろうか。
暗闇の中で明かりを灯せるのだろうか。
微かな灯りを......探せるのだろうか。
手を汚しても、綺麗でいられるのか。
時々、世界は泣けるほど妖しく、恐ろしいくらい美しく見えたりもします。





古い携帯写真ですが......以前ステージ・プロデュースをした香港スタジアムのライブ。
異国のスターから受けた依頼で、文化や考え方がまったく違う中、
本当に四苦八苦しながらやった仕事。
途中、受けたことを何度も後悔した仕事として強烈に記憶に残っています。

スタジアムライブのリハーサルなのに、
スタジオが音の取れない非常識すぎるガラス張りの部屋だったり。。
ガラスに残っていたステッカーを見たら「agnès b.」......アニエスベー......と......
連れて行った僕のチームのアメリカ人キーボードプレイヤーはブチ切れして

「帰る!」

と言って聞かなかったり。板挟みになった通訳は逃げちゃうし......
現地のミュージシャン・チームはステージよりホテルのアルバイトを優先してたり、
ダンサー達は「現場での通し日」まで一回もリハーサルスタジオに来なかったり、
楽器が注文とまったく違うものばかり届くし、電源は落ちるし、楽器は壊れるし......



香港は言わずと知れた風水都市で、
会場エントリー前には、定番の儀式として事務所のシャッチョさんと一緒に
マスコミと全スタッフの前でデカイ豚さんを切らされるし......( ̄ー ̄;)ち、血がぁぁ......



それでも、三日間のライブを成功させたい!という気持ちは皆一緒で。
最後は全員が、国籍も超えてチームとして一つにまとまっていました。



チームとは良いものです(^^)
打ち上げは......
思い出すのも恐ろしい......


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「創世記」11章 1-9節

2016-05-15 23:55:37 | セツナイ
高いところから見る景色というのは、
人の中にある幾つかの気持ちをよく満たすことが出来るのでしょうか。


毎日毎日、東京の真ん中に聳え立つビルの高層階で働いていると、
そんな人の中......自分の中......にあるエゴにも似た気持ちのことを、
なんとなく考えてしまったりすることがあります。
景色の良いタワーマンションの高層階などで暮らしているとしても、
これと似たような感覚などが湧いて来たりもするものなのでしょうか。。。


ソコは、ちょっとわかりませんが。


もしかしたら、
高い山から見渡す風景にも、
そんな山の登頂に成功した人の気持ちの中にも、
己の中に棲む「何か」を満たしてくれる様なモノが、
同じように含まれていたりもするのでしょうか。
時々、そんなことを考えてしまう時があります。


最近また一つ、僕の働くビルの目の前に大きくて高いビルが建ちました。


そのビルは、数ヶ月前迄は、
まだ遥か下の方で地面に穴を掘るような作業をしていたモノでしたが、
あれよあれよという間に、僕らの働くビルよりも高く伸びて、
僕の席から見えていた景色もドンドンと変えていきました。

少し前まで、フロアから遠くに綺麗に見えていた富士山は、
いつの間にかその目前のビルの外壁でもある薄いグリーンの窓ガラスへと変わり、
富士山の姿は、もはや、僕らのいるビルからは、
全体でも限られた場所からしか見ることが出来なくなってしまいました。


ただ、目の前の新しいガラス張りのビルからはとても良く見えると思います。


そして、ふと、そんな東京の街を改めて見渡してみると、
他にもアチコチに建設中の大きなビルやマンションが見て取れます。


きっと僕が今見ている景色も、またすぐに変わっていってしまうのでしょう。


これまでも、こんなことはあちこちでずっと繰返されてきましたし。


富士山が見えない「富士見坂」なんて、いくつあるのでしょうか。


そして、


見えなくなっているのは、


景色だけなのでしょうか。。


ちょっと、不安になるときがあります。


都市特有の「キツイ」アレコレの原因には、
建物の高層化や多層化ということも一部強く関係しているのではないかと思われます。
例えば、その土地が本来収容できる人の数を超えてしまったり。
その土地が本来養える人の数を超えてしまったり。
そんなことが、
時々恐ろしくも思える東京の満員電車の状況を生んでいるのだとも思います。

人同士の必要以上の摩擦や、
家賃や地価の上昇やバラツキを育んでいるかもしれません。
生活に必要な水も、湧水や綺麗な井戸水ではまかないきれなくなって、
塩素を大量に使った水道水に変化しているのかもしれません。

人々から「空=ソラ」を奪っている可能性も。
夜空の星を見えなくしている可能性も。
どこか遠くの地の自然を削らせている可能性も
「何かのバランス」を狂わすことになっている可能性も。

さらには、
高層建築や近代的な家々が見渡す限り隙間なく続いている東京の地に立てば、
時に方向感覚や土地の高低すらもわからなくなることもあります。
そこがどんな地形の場所なのか?よくわからなくなったりします。
正確には、

「そこがどんな地形なのか、意識もしない環境になっている」

ということだとも思いますが、そんな都市の中では、
自分が今いる場所が昔は川だったことも、池だったことも、海だったことも、
道の下にはコンクリートで覆われた暗い川が流れているというようなことも。
そんなこともわからなくなることがあります。
公園と思っていた場所が、実は巨大な古墳だったり、小さな墳墓だったり。
色んなことが見えなくなっているようにも思います。

それでも、そんな都市化や高層化が止まらないのは、
そんな諸事を遥かに凌駕する「メリット」や「合理性」、もしくは、
「人心を満たす何か」があるからなのだとも......感じられます。



「バベルの塔」



最近、僕の頭を巡る、世界中でよく知られた旧約聖書の一節。

「創世記」11章1-9節。
1. 全ての世界で、同じ言葉と同じ言語を用いていた。
2. 東の方から移動してきた人々は、シンアルの地の平原を見つけ、そこに住み着いた。
3. 彼らは「さあ、煉瓦を作ろう。それをよく火で焼こう」と話し合った。
   彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。
4. そして、彼らは言った。
   「さあ、天に届くほどの塔と街を作ろう。
   あらゆる地に散らされても、消え去ることのないように、我々は有名になろう」
5. 主は、人の子らが作ろうとしていたこの街と塔を見ようと降りてきた。
6. そして仰せられた。
   「なるほど、彼らは一つの民で、
   同じ言葉を話しているからこのようなことをし始めたのだ。
   おそらく彼らはこのこともやり遂げられないこともないだろう。
7. ならば、我々は降りて行って、
   彼らの言葉を混乱させ、互いに相手の言葉を理解できなくなるようにしよう」
8. 主はそこから彼らを世界に散らされたので、彼らはその街を作るのをやめた。
9. そんなわけで、この街はバベルと名付けられた。
   主がそこで全地の言葉を混乱させ(バラル)、
   そこから彼らを全地に散らされたからである。

聖書は、その原典とされるものはこの世界にありません。
代わりに幾つかの古い言語で記された「写本」を原典としています。
なので、同じ章や節でも、
様々な言語への翻訳過程で本毎に言葉やニュアンスの違いなどが生まれていたりもしますが、
「バベルの塔」に関しては「総じて」上のような物語となります。
そんな中、一般に最も広まっているこの寓話の「意」としては、

「人類が天にも聳える塔を作ったり、
高度なテクノロジーで天上の神に挑戦しようとしたので、神は怒り、その塔を崩した」

というものであって、多くの場合、人が神になろうとする様な傲慢さを持つことに対し、
戒めるような時に使われる寓話となっていたりします。

興味深いのは、上に記した様な原典訳を見ると、
神が人を懲らしめる......という様なことは決して書かれてもいませんし、
ましてや「神が街や塔を破壊した」などとは書かれていません。
なので、本来は、この物語に関しては僕的にはシンプルに、
「世界に沢山の言葉が存在している聖書的理由」
として読むだけで良い様な気がしていますが......


それにしても......


この章を読む限り......


神様ってヒドクね!?(;゜○゜)。。と。


モチロン、旧約と新約で神様のキャラクターもだいぶ違いますが、
この物語は世界中で多くの人の心にスルリと入り込んでしまうぐらい
不思議な力を持った話となっているようです。


そして最近、
この聖書の寓話が、
僕の頭をやたらグルグルと巡るのです。。



今公開中の映画「レヴェナント: 蘇えりし者=The Revenant」
鬼才「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ=Alejandro González Iñárritu」
監督の最新作。坂本龍一さんが久しぶりに音楽を手掛けた作品ということで、少し前に、
教授のマネージャーさんから映画の試写会を兼ねた、
教授のトーク&ライブに招待して頂きました(^_^)

しかし......

以前も記しましたが、イニャリトゥ監督の作品は毎度毎度、
個人的には驚かされる部分がありまして。今回も.......今作は!?

......エグイ、エグイ、で。。

流石でございます。

ええ。流石という言葉しか見当たりません。
みんなにオススメ!!とは決していかないような感じで。ええ。
心臓の強い人には良い作品かもしれませんが。今回は。

でも、この作品でこの監督が言わんとしているコト、
描かんとしているコトというのは、やはり今作も、
僕個人としてはグウの音も出ないくらいとても大切なことなのではないか......
と思わさたりもします。

それは人間という存在を考える上で、語る上で、とても大切なコトなのではないかと。
そんなことも思うのです。
彼の作品はこれまでも全て見ているのですが、
それら全ての作品を貫くコトが、いつもそんな
「生きるってなんなんだ?人間てなんなんだ!?神ってなんなんだ!?」
というようなコトにも思えています。

中でも僕の一番のお気に入りが、アカデミー賞も獲得した「BABEL=バベル」

聖書の「バベルの塔」から起こされたモチーフで、
彼特有の切なく、厳しい響きで迫ってくる作品。
人種、性別、言語、国、文化、職業、立場、環境......
様々な「違い」によって生まれるミス・コミュニケーションが生む出来事、
悲惨さ、切なさ......時に、素晴らしさ......までもを描いた作品。


人と人、人と神との間にあるコミュニケーション。


2つの間(アイダ)。


真ん中を見定めるには......


右端と左端をわかっていないと出来ないのでしょうか。


正しさは、間違いが導き、証明してくれるような気もします。


自然と文明。野生と理性の間。


身につけた合理性と、失った野生のカン。本能。バランス。


失った満天の星空と、手に入れた星空のごとき街の明かり。


進化とは、本当は全てを進化させることでは無いのかもしれない。


何を進化させて、何をそのままにしておくのか。


右端に行って、左端に行って。


山の頂(いただき)に登り、海の底に潜り。


無駄を極めて、合理化を極めて。


そうでなければ、ド真ん中の正解などには、
進化や文化の真の正解などには、辿り着けないのかもしれない......


創世記の「バベルの塔」が、最近やたらと頭を巡るのです。


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紫の涙

2016-04-25 22:17:50 | セツナイ
人によっては、
あの「マイケル・ジャクソン」が亡くなった時以上の衝撃なのかもしれません。

僕は......

そっちの人.......かもしれません。。

「The Artist Formerly Known As Prince」

かつて「プリンス」という名で呼ばれていた音楽シーンの王が、一人、
この世界を去ったというニュースが、つい最近世界を駆け巡りました。



聞き込みすぎてボロボロのケースに入っているアルバム「Purple Rain=パープルレイン」
これでもケースは何度も取り変えているのですが......アーティストクレジットは
「Prince & The Revolution=プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション」
もはや、なんの説明も要らない、
ロックポップにおける傑作中の傑作となる一枚でしょうか。
1980年代のミュージックビジネスシーンにおいて、
マイケルジャクソンのスリラーに並ぶインパクトを放ったアルバム。
それは僕にとっても同様のことで、また、そんな人が沢山いたからこそ、
このアルバムが音楽史に燦然と刻まれているというワケでもあって。

勿論、彼の生み出したアルバムには傑作と呼べるものは他にも沢山あって、
そんなものを1つ1つ語っていたら、それはもう、大変な長さのお話になってしまうワケで。
だから、まとめて言えば、
プリンスは紛れもなく「スーパースター」なのだと、僕は心底思うのです。



音楽好きな人がよく見かける?であろうこのステッカー。
これは「ペアレンタル・アドバイザリー=Parental Advisory」と呼ばれる勧告ロゴで、
全米レコード協会(RIAA)が
「この作品は未成年者にはふさわしくない!」
と認定した音楽作品に添付するものとなっています。
今思えばこのステッカーも、一番最初に貼られた作品はパープルレインでした。

彼はこんな悪評があればあるほど人気が出ていって、
また、そうなるようにワザと色々な仕掛けを施していたようにも見えていて。
しかし、そんな「良識」へのチャージや、
マスコミやファンを煙に巻くようなことをすればするほど、
彼のスター度やカリスマ性は増していったように思えます。
それもこれも「真の実力がある人にしかできない」宣伝、ブランディング手法。
卓越したギタープレイヤーとしても、マルチプレイヤーとしても、
シンガーソングライターとしても、プロデューサーとしても、
とにかく才気あふれる人だったと、心底そう思います。
ダンスや身のこなしもキレキレでしたし。
そういう意味では、
エンターテイナーとしても凄い力量を持っていた人だったのだとも思います。

スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン、ジミ・ヘンドリクス、ジェームス・ブラウン、
ファンクの真髄やR&B、ヒップホップにフュージョンやジャズ、プログレに至るまで、
彼の音楽には僕がトキメク音楽の全てが溶け込んでいたようにも思えます。



寂しくて仕方ありません。



デビュー時、奇妙で下品な衣装やパフォーマンスで話題となっていたプリンスは、
多くの人々から「キワモノ」扱いをされていたようなのですが、
審美眼の高い業界の人々からは既に大きな注目を集めていて、
特に、あの「ザ・ローリング・ストンーズ」のミック・ジャガーは、
そんなプリンスをいち早く自分達のライブツアーのフロントアクト(前座)に起用しました。
それは、新人だったプリンスにとってはとてつもなく大きな
ステップアップのチャンスだったのですが、
いざ、ストーンズのステージに立った時、
観衆からは容赦ない大きなブーイングとバッシングを受け、
それが当時あまりにヒドかったらしく、
彼は途中で演奏を止めて帰ってしまったのだそうです。
そのまま故郷の家に籠ってしまったくらい傷つき、落ち込んだ彼を、
ミックはもう一度強く説得して、再度ステージに立たせたのですが、そこでまた、
今度は観客から腐った食べ物などまで投げ込まれるような事態となってしまったのだそうです。
プリンスはまたも傷ついて、ステージを降りてしまいました。
しかし、そんな観衆に向かってミックはステージからこんなことを言い放ちました。



「プリンスがどんなに凄い奴か、お前らには分からないだろう」



これは、今や、プリンスを語る時に絶対に欠かせないエピソードとして
僕らファンの間で語られる「伝説」でもあります。
この時のミックが正しかったということは、後に世界の隅々で証明されました。


とても寂しいことですが、
音楽界はまた一つ、大きな星を失ったように思います。


――――――パープルレイン、パープルレイン
僕は紫の雨に打たれている君を見たかっただけ
パープルレイン、パープルレイン
君に会いたい、君に会いたい
紫の雨の中で、君に会いたい―――――――――――――――――


しばらくは......


僕は紫の涙に暮れて過ごすことになりそうです。


プリンスさん。


スゲー音楽を届けてくれて本当にありがとうございました。


あなたの音楽は、僕にとってインスピレーションそのものでした。


あちらの世界にいる時ぐらいは、どうかゆっくりと、お休みください。



最近公開された3D大作映画「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」
最初から最後まで息をつかせぬエンターテイメントでしたが......
バットマンのテーマ曲といえば、僕はプリンスの手がけた
「バットダンス=Batdance」が最高だと、
今でも、そう思ってます。


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直会(なおらい)3

2016-02-25 04:16:07 | セツナイ
「面白いのがですね、
普通、誰かに食事とかを出す時って、用意が全て完了してから呼ぶものじゃないですか。
ごはんできましたよー。。って。
それが神様の場合、先に降りて来てもらってから用意を始めるわけですよ。
供物に関しては。おかしいでしょ?(^_^)
それと下げるときもですよ。
普通は相手がいるうちに食事を片付けたりはしないじゃないですか。
それが神様の場合、目の前で片付けちゃったりするんですよ。
帰ってもらう前に片付けちゃうんです。さっさと。
変ですよね?
それとですね、
どーも直会(なおらい)っていうのは、元に戻る、とか、正気に戻る、、
みたいな意味もあるようなんですよね。
それって、神祭や神事って、どっか狂ってて人が正気じゃない状態だって!?
ことを指してるような気もするじゃないですか―――――――――――」



意外や意外!?(o゜ー゜o)
コレ、もう一回ですな。。つづく~♪




神職で鋭い霊能を持つMさん。流石に面白い視点での話です。
聞きながら僕も思わず

「そーだねぇ......確かに。不思議って言えば不思議だねぇ。
今までそんなこと考えたこともなかったよ。。」

と考え込んでしまいました。
その後も、このことに関して2人で少し話し込んだのですが、
電話の向こうでMさんのカワユイお子さんがニャーニャーと泣き出してしまったので、
この話は一旦切りあげて、元の話に戻り、

「今週にでも近所の神社の宮司さんに張り紙をお願いをしてみるよ」

と、そんな感じで電話を切りました。
実は、この直会(なおらい)や式次第(しきしだい)に関してMさんが個人的に
不思議に思っているという話......

———————何故?神様の目の前で供物の準備をするのか。
———————何故?神様がまだ居られる前で供物の片ずけをするのか。

という話を聞いている時、
その理由に関して僕には一つ明確なイメージが湧いていました。
確かにこの次第(しだい)は、
お客さんや目上の人に食事を出す時の常識としては少々不思議な感じがします。
しかも相手が神様!というわけですから、それはもう

「失礼千万!もってのほか!」

なんていう不思議さを感じられるということも良くわかります。

ただ、この不思議さを感じない前提条件が一つだけあるのです。

例えば、親しい友人たちとバーベキューに行ってワイワイと楽しむ時。
食事を作る時も、食べる時も、かたずける時も。
バーベキュー場に行く前の食材の買い物すらもみんなでします。
中にはココゾ!と、腕の見せ所マン!が全てをやっちゃう!素敵!助かる♡
なんていうバーベキューもあるかと思いますが、多くのバーベキューは、
みんなで楽しくワイワイとやる感じではないでしょうか。
親しい友人とホームパーティーなどする時もこんなパターンがあるかもしれませんし、
親子で夕食を作る時も、夫婦で食事を作る時も、
作業や調理を分担して、片ずけも一緒にやる......みたいなことも多い気がします。
要は、親しく、身近かな間柄であれば、一緒に食事を作ったり食べたり、
片付けたりもすると思うのです。



実は、



神様って、



そういう感じなのではないのでしょうか。



本当は、



神様が望んでいることって、



そういう感じではないのでしょうか。



上も下も、左も右もなく。
人が想像し、固めてしまった神の形やイメージでもなく。
そういう意味での神や仏やジーザス様でもなく。



神様って、楽しくて、
人と一緒に時間を過ごせることが嬉しくて、
それをとても大切なことなのだと思っているのではないのでしょうか。



そういうことを誰かが神事の式次第に織り込んだ......
そんなメッセージも織り込まれている.......
そんなことを僕は思うのです。



お供物の準備や片付けも一緒にしてくれる神様というのは、もしかしたら、
お米や野菜、海のものや山のもの、
そんな食物を作ったり採ったりする時にも一緒にいてくれる様な気がします。
作物を作る時の苦悩や喜びや悲しみも一緒になって感じてくれているのかもしれません。
一緒になって草むしりをしてくれて、実の成る木の世話をしてくれて
矛盾と欺瞞に溢れた商売やオフィスの中でも、
同じように嬉し涙も悔し涙も一緒に流してくれている様にも思えます。



それが本当の神様なのではないでしょうか。



そういうことが、
この「直会=なおらい」の式次第の中に表現されているのかもしれない......な、と。
僕はそう思うのです。



万事セットされた食事テーブルにやってきて、

「どれどれ、、おーおー、おいしそーだな。ご苦労様ぁ。。」

なんて言いつついただいちゃって、

「ごちそーさまー。。オイシカッタよー。お片づけもよろしこーー( ̄▽ ̄)」

なんて上からスタンスだけを感じるような神様なんて、
もしかしたら神様ではないのかもしれません。
神様のふりをした違うものなのかもしれません。
人が勝手に神と崇め、創り出してしまったものなのかもしれません。



「祀り」は「祭り」である様に、
政治なんてものも、つい最近の江戸時代までは「マツリゴト」と呼んでいた様です。
もしかしたら政治というものにさえも、
祭りの様に賑やかで楽しい国創りをして欲しいのだと、
本当はそんな願いや意味が込められていたのかもしれません。
神のような「徳」を持つ人がタクトを振るったとしたならば、
そんな政治や国を目指して欲しいのだと、
そんな意味が込められていたのかもしれません。



神様って、
子供を育てる「真の愛」を持つ親の様に、
不本意ながら、時折子供に苦労させるようなこともあるだろうけれど、
そんな時は一緒になって苦しんでくれて、
一緒になって全てを享受してくれる、そんな存在なのではないかと思うのです。
直会(なおらい)へと流れていく神の儀式に潜む意味深いメッセージって、
実はそんなことかもしれないな......と、
僕はMさんと話していて思ったのでございます(^_^)



青森県、七戸で250年以上の歴史を持つ酒蔵「盛田庄兵衛」。
その「駒泉」ブランドの青ラベル「真心」。
紺碧のガラス瓶に入っています。
名前や色からなんとなくスサノオさんの姿が浮かびついつい買ってしまいました。
スサノオさんの様に?見かけによらず?
フルーティーな味と香り。直会で飲んじゃいました。
神様に捧げるものはいつも「真心」なのではないかと、僕はそう思うのです(^_^)


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