雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

「青き炎」首塚編 4

2018-04-27 00:03:49 | 凄い...パワスポ寺社
そうして迎えた参詣当日は、とても良い天気で。

朝早くに起きた僕は「萬寿」を掴み、いつものダカインのスモールリュックへ詰め込んで。

もう一度、気を引き締めて。家を出て。

青き炎の様に晴れ渡った空を見上げながら、皆の待つ東京、大手町の首塚へと向かいました。




皆との待ち合わせ時間より、少々早めに現地に着いた僕は、早速.......

「ゲロゲロゲェェーーーーーーー*・゜゚・*:.。..。.:*・'_:(´ ཀ `):'・*:.。. .。.:*・゜゚・*」

と、首塚近くのビルのトイレでブチかましていました。
駅に着いた途端、圧倒的な陰気の渦が身体中にのしかかって来た......
というわけなのですが......そんな体調をなんとか整えようと、僕は一人、
トイレの個室でゲーゲーの苦闘をしていました。
しばらくすると、なんとなくそんな状況の体にも慣れて来て、
クラクラしていた目もしばしばと瞬きが出来るようにもなり、

「なんとかイケるかな。これで、、」

と。そんな感じでトイレを出て、再び皆の待つ首塚(将軍塚)へと歩いて行きました。
その短い道すがらも喉が閉まりまくってゲーゲーな感じではありましたが、
全て、予測の範囲内ということもあり、特に慌てることもなく。心はかなり平静で。

そうして、

見事に!

遅刻!

しちゃったりなんかして。ええ。ええ。

せっかく早く着いたのに。ええ。(*´ω`*)申し訳ないっす。

現地に着いてみると、わざわざ名古屋から来てくれた今日の主人公、
将門さんの分霊を宿す「O」さんを始め、既に全員が揃っていて。
そこにプラッと遅れて現れた僕さんのタダならぬ妖艶さと!?
ウルウルポンチの涙目を見て取った皆さんは、
会うなり口々に心配そうに声をかけてくれました。

その時、とても不思議な事に、

それまでの苦しさは何事もなかったかの様にスーーーーーーッと、消え失せ。

首塚の御敷地に入るとそのスッキリ感は益々冴えて、

止まっていた頭も回り始めました。

このコトは僕的にも予想外のコトだったのですが、

「イケるな。。」

と。

僕はここで今日の全てを!?確信し、

そのまま皆に声をかけながら神様と約束していた諸事を始めました。

多分、本当は、

ココで全てが完結していたハズなのです。

この先、別段、お供えやら参拝やら、祝詞やらお経やらをあげなくとも、

このメンバーが、それぞれ、少しづつ無理をして、

神々と自分と他人への思いやりを等しく持って、

この日、この場所にこうして会したことで、

それで今回の宿題の殆どは達成出来たのだと思うのです。

いつも、本当は、

だいたいそんな感じの様に思うのです。

しかしながら、やはり、やる事はしっかりとやって、始まりと終わりは仕切るべきかと。
僕はそのまま首塚の中に入り、皆と共に諸事の下準備を進めました。
塚の回りは大きな工事だらけで、塚を取り囲んでいたビルも建て替えの真っ最中。
それでも休日ということもあってか、予想通り首塚には人々が引っ切り無しに訪れます。
僕らは人の切れ間を待ち、ベストのタイミングを見計い、
先ずは頼まれていた油揚げと赤ワイン......コレは皆の血の代わりなので、
其々の指先を通してカップに注ぐ「カタ」をとりましたが......を、塚の前に供えました。
そして、将門さんの大好きな久保田の「萬寿」も供え、準備万端。
僕等は再び周囲を見渡し、並び、誰もいないことを確認。
イザ、神々ご所望のアマテラス祝詞と般若心境とを奏上させてもらうことにしました。

「O」さんはこれまで心経を唱えた事はない、とのことでしたので、
僕がその部分の代理もやらせてもらい、事前に用意して来た、
呪文的部分を除いてエッセンスだけを抽出したショートバージョンの
般若心境を祝詞の前に唱えました。
そして、祝詞へと入ります......



この間、



Oさんは、涙をこぼされていました。



後でその事を聞くと、



自分は決して不思議な能力があるわけでは無いのだけれど、



この時は、ハッキリと、



目前に平将門さんが立っているのが見えて、



穏やかな笑みを投げかけて来てくれたのだと。



それで、思わず、万感の涙が溢れて来て止まらなかったのだと。



そう言っていました。



彼は、彼の役を一つ、成し遂げた様です。



良かったっす(^ω^)



僕等は、そんな諸事をコンパクトに終えて、
その場でプリリンねーさんに降りた言葉通りに、塚に捧げた油揚げに赤ワインを注ぎ、
その所作をもって狐さんを無事、居処へと返し、
その後全ての捧げ物を綺麗に撤饌(てっせん)。
コップに注いだワインとお酒はその場で皆で少しづつ分けあって飲んで、その後、
神々の為に適当な所に蒔いて、全て、何も残さず仕舞いました。
美味しそうだった油揚げはmikoちゃんが持ち帰って料理をして食べたようです( ´ ▽ ` )
赤ワインの残りはOさんがそにまま家に持ち帰り、萬寿は僕さんがお持ち帰り。
塚を出る前には僕は敷地内のベンチで少し休み、
ちょっと良い気分で皆と一緒に首塚を後にしました。
久々に訪れた首塚には、以前見なかった新しい木が植えられていて......



この木が、息抜きのストローのようにもなっていて。

以前の息苦しさと黒々さは薄れていた様にも感じられました。

恐らく、この地は今、良い方向へと向かっているような感じもして、

去り際に、僕はその事を皆に話しました。

そして、もう一つ。

僕には決めていたことがあって。

それが、コトの仕上げに皇居のアル場所に寄ること。

ソレも以前、この地に始めて訪れた時に後悔していたことであって、

皆に余計なモノモノを憑けて帰らせない為にも必要なことと考えていました。

その場所が、こちら。

江戸城、天守閣跡。



僕には、この場所が首塚とつながっている場所のように感じられていたのです。

首塚を陰とすれば、こちらが陽。

こちらを天とすれば、あちらは地。

エナジーのプラスとマイナス。

二つ繋いでこそエナジーは回り、相互補完のバランスも整う。

この地は、首塚に対してそんな場所ともなるのでしょうか。

時間帯や日によっては入場が出来ない様な場所なのですが、

この日はタイミングよく入ることが出来ました。



心地よし(^^)江戸城を作った人はこの地の力を知っていたのだと思います。
皇居の方にもこんな場所があるとは思えますが、勿論、
そちらには入れないので、とりあえずはココで......

「江戸の地と海と首塚と、東京湾と香取の海に棲まいます全ての神々の皆さん。
眷属の皆さん。尊き御霊(みたま)の皆様。
本日はありがとうございました。
皆で頑張りましたので、後はひとつ、よろしくお願いしますのです......(^^)」



後日知ったコトなのですが、伺った時に激しく工事中だった首塚の周りのビルは、
近々、こんな沢山の木々に囲まれた公園広場へと整備されるようです。
見れば、以前はビルで完全に遮られていた江戸城、天守閣方面は開けた公園広場となる様で。
首塚はその公園広場を通しそのまま皇居とも面することが出来る計画ともなっていて。
塚のすぐ横には待望の水場も出来て。木々も沢山植えられる様で......
この地は本来こうあるべきなのです......



どうやら、



ポンチキな用事で参拝する輩も僕らが最後となる!?のでしょうか......



それで呼ばれたのか......?わかりませんが、



真の意味での新しい東京は、



この公園広場が完成した後から始まるのではないかと。



完成が待ち遠しくもあります(^^)





設計・製作工場の社長さんであるOさんの素敵な自宅には、
荒熊神社の祭祀進行役も務める彼らしい、立派な神棚やお札が置かれている様なのです、が、
それ等の前に飾られていた幣(ぬさ、紙垂、しで)という神具が、
首塚から帰った翌日に、突然、両方ともこんな風になってしまったのだそうです。
知っている方も多いと思いますが、紙垂(しで)の形というのはこんなふうで......



コレが明らかに!華やかに!?めくれて膨れ上がってしまっている様で......( ̄O ̄;)
まるで花が咲いたような形......
Oさんはこれ迄で初めての出来事!ということでとても驚いていました。
将門さんからの喜ばしいメッセージ?でしょうか......ね(^^)
そんなこんなで、今回のお話の最後は、
プリリンねーさんに後日降りた皆へのメッセージを幾つか記し残しておこうかと思います。



「平将門だ。
昨日は、Uzmetに祝詞を聞かせてもらった。死ななかった首が、やっと浄化できた。
◯◯稲荷のキツネも、普通のキツネになったよ。
ワインは、血の代わりだった。
忘れないでという念が、渦巻いていたが、昨日カスミのようになって、消えていったよ。
Oには、私のカケラが入っていた。カッカカッカしていたのは私のカケラだよ。
変わらないのだよ。
Oは、わずかに変わったはずだよ。

Uzmetは今まで何度か来てくれたのは、知っていた。
乱暴なところがあったから、跳ね返されていたな。
昨日も来て欲しくない悪い気が襲っていたよ。悪い気は、浄化されたくなかったのだ。
悪い気同士、仲良くしていたからな。
飛んで行ったのは、Uzmetが言った通り、木が植えられたからだよ。
飛んで行って、吸ってくれたのは、空に沢山いた神達だよ。
天守閣のところまで、連れて行ってくれたからな。
ありがとう。もっと、掛かると思ったのだよ。萬寿も嬉しかったよ。

(中略)

タチが悪いキツネも、昨日の油揚げとワインで、◯◯稲荷に帰って行った。
◯◯稲荷は、場所が変わったので、住みにくくなったのだよ。
でも、普通に戻ったので大丈夫だろう。
合わない場所にいるのは居心地が悪いから、神がいなくなる神社は多いのだよ。
つーーーーちーーーーがないと、木がないと、やっぱり居づらいからな。
平将門の首塚は、いつもキレイにしてもらっている。
せーーーーんーーーーぞーーーー(先祖)は、大事にしてくれと、言っているのだが、
ずっと思うことで、縛りが出来てしまうのだ。
縛りが絡まって、浄化出来ないのだよ。
霊障は、自分次第だと私も思う。
霊界がなくなったので、ずいぶん減ったと思うけどな。
先手が取れて良かったよ。(後略)」



ツカヘイです。
昨日、「萬寿」飲みました。おいしかったです。
豚カツもおいしかったです。(僕らが食べた昼食。家から飛んで来て一緒に食べていました)
済んだことは、水に流すことが出来なくなったのが、東京の埋め立てです。
だーーーーかーーーーらーーーー溜まってしまうのですよ。
悪い気は、悪い気同士ついていきますからね。マイナスの感情ですから。
◯◯稲荷のキツネも、だからいたのです。今は黄色のキツネになって良かったです。
Uzmetは、またやり遂げて、会心の出来でした。
仲間がいるということですよ。マルです」



☆「青き炎」シリーズ過去記事☆
青き炎」「2」「3」「4
大和編
海賊編」 「2
番外編
氷川編
素粒子編
首塚編」「2」「3


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「青き炎」首塚編 3

2018-04-23 00:15:49 | 凄い...パワスポ寺社
「来い!って......か......( ̄ー ̄;」

僕さん、朝の玄関前でしばし熟考......

「マジで将門さんの助太刀に行くのであれば、それ相応の準備がいるな.....
こうなったら、もう、腹を決めて、ソレしか無いか......」

僕は、みゆきちゃんやねーさん達みんなに朝の日輪写真をリアルタイムで送りつつ、

「了解。行くことにします。」

と、返事を入れました。




首塚(将軍塚)へ行く日は、名古屋から来るOさんのスケジュールに合わせ、
この日輪が出た日から約2週間後の週末にするとのことで。
当日集まるメンバーは、Oさんの他、
いつもの仲良し三人ムスメーズであるネーサンとmikoちゃんとikuちゃんとになると。
そして僕さんは、というと......

「首塚に行くまでに打てる手は打っておかねばなんねーぞ......」

と。

「俺にとっては甘いところでは無いからなぁ......」

と。

2週間、個人的に出来る首塚への準備をやれるだけやることにしました。
今回に関しては少々思うところもあり、先ずは古代富士王朝の中心地、
関東統一国家始まりの聖地、三鷹の森の「旗神社」さんへ。
幼い頃、暴れ回る僕さんの命を幾度となく救ってくれた
恩義あるアメノウズメ(天鈿女命)さんにご挨拶をせねばなんねーべ、と。
ウズメ・カラーのお花を持ってイソイソと......





僕なりのいつもの掃除もしたのですが、
近頃ではもう、いつ来ても綺麗な花や水が添えられていて。
社(やしろ)の周囲も常に綺麗で。しかも!すぐ横には!
癒やされる小川のセセラギまで造成されちゃったりなんかしていて......(●゚д゚●)ホヘェ......



再起動以来、今や近所の皆さんにもとても愛されているようで。感激してしまいます。
神様に導かれ、地図にも載っていなかったこの社(やしろ)を最初に探し当てた時は、
汚れ朽ちていて、見る影もなかった社だったのに......本当に凄い事です。
去年には「あおばさん」のファインプレイ!で、Google マップに迄載りました。
その時のコトの詳細は「ぷりーず!」という衝撃的な!?
過去記事とコメント欄にもありますが、此処に来る度に、
僕には何やら深い感慨みたいなものが込み上げても来るのです。
あとは宮崎駿さんあたりが!?三鷹市あたりに口を利いて頂いて!?
自治体予算とか寄付金とかでヤシロの立て替えが出来ちゃったりなんかしたら!ね!?
サイコーなんすけど。ええ。ええ。アチキも寄附しまちゅち。
して!この時も!ウズメさんからのサインを頂いちゃって......o(TヘTo) くぅぅ ......



「頑張ってみるでおま。体が痛いのでおま......(*´ω`*)また護って頂けたらとぉー、、でおま」

続いて別の日には、絶対に外せない!武蔵野国の一宮、大宮氷川神社さんへと向い、
青き炎」の主、大王スサノオさんにもシッカリとご挨拶......

「お力添えを、よろしくでおま......(*´ω`*)」





境内の「神池」の中に佇む宗像三女神さん達にも......



「どーか、ひとつ、なにとぞぉぉ......(*´ω`*)」

そして今回は、最近綺麗に整備され、解禁されたばかりの禁足地!
大宮氷川神社発祥の地とも謳われる「蛇の池」さんにも本腰を入れて御挨拶。
神池の水源でもあり、瀬織津姫(せおりつひめ)さんのエナジーも宿る場所......





「たすけて頂けるとありがたいのでおま......(*´ω`*)」

さらに、念には念を入れて、古代「香取の海」最強の門番!鹿島神宮さんへGo!



「なにとぞでおま......(*´ω`*)」

台風で崩れた時からかなり復活してきた御手洗池にも顔出しさん。ちょっと安心(^ω^)



そして勿論!香取神宮さんにも。しかし今回は、
一般にはあまりにもマニアックな「津宮浜鳥居(つのみやはまとりい)」さんがメイン。
以前記した「香取徒然」という記事では記していなかった場所なのですが、
利根川の河川敷にある「香取の海」における重要地なのです。





この鳥居は太古の昔は「香取海」の中に立っていたであろう鳥居さん。
香取神宮へ参るには、本来、船で海からやって来て、
最初にこの鳥居をくぐって御宮に行っていたハズなのです。由緒正しいトテモ重要な場所。
今回の首塚参詣に関しては、みゆきちゃんに降りたビジョンも含め

「ココは絶対に外せないな.....
昔はココを知らずに首塚に行っちゃった、って感じでもあったし......」

と。そう思っていた場所。
神宮の主祭神であるフツヌシさん(布津主神)が最初に香取の地に上陸した場所でもあり、
香取神宮本来の「一の鳥居」であり、表参道でもあるわけです。なのでこの鳥居の先の道には
古代神宮と縁の深い沢山の古墳や神社さんがズラリと並んでいたりもします。
特に露払い的な宮となる、この沖宮神社さんとか.......



イザナギさん(伊奘諾命)を祀る忍男神社(おしおじんじゃ)さんとか......塩みたいっす......



中でも、ココ......神道山古墳群(しんとうやまこふんぐん)。その中の......



頂上の円墳の中にある祠(ほこら)と、



古墳裏の桝原稲荷神社(ますはらいなりじんじゃ)さん......稲荷では無いのです......けど......



今回の「お呼ばれ」しての首塚参拝は、僕的には将門さんは勿論、
将門さんが背負い続けている香取の海と、
そこから繋がる古代東京湾一帯に暮らしていた多くの人々の
残留思念的御霊(みたま)の為でもある事だとも感じていて。
であれば、古代の要所と参道を正しく辿らねばと、そんな気持ちでの香取神宮参拝。
最後の仕上げは勿論、香取神宮さんの本殿や奥宮さんで......



「全て、無事に出来ますよーにー、、でおま......(*´ω`*)」

こんな感じで、僕は前回記事の地図にも載せた香取の海から東京湾一帯にかけての要害地に、
自分なりの気持ちを示しに行き、ソレナリの準備をしました。
その間、神様からは、そんな動きに答えてくれるかの様に、
当日必要となるアイテムに関するメッセージ等が幾度となく降り来てもいました。
Oさんやねーさん達の方では、僕やねーさんの所に邪魔をしに来て、
そのまま居所に帰れなくなっているチョット困った!?大狐さん用の油揚げと、
皆の「血の代わり」となるであろう「塚に注ぐ赤ワイン」とを用意して来てくれるとのことで。
特に赤ワインに関しては「邪馬台国徒然」の時の様に、

「誰かの、思わぬ血が流れてしまう.....」

なんていう事態を避けれるよう、神々が僕達に配慮してくれたアドバイスであったとも思え。
そして僕さんの方では、神々御所望のアマテラス祝詞と、念の為、
般若心経をお願いされているOさんのフォローアップ用に、
経(きょう)から大事な部分だけを抜き出したショートバージョンも用意。
普通に上げると、本来抜きたい「アノ部分」の言葉も挙げてしまうかもしれないし、
それでは、表裏一体の仕掛けがある心経が「般若の面」ともなって、
元も子もなくなるわけで。しかも都会の真中にある首塚は、
僕が時折見かける限りいつも人々がひっきりなしに訪れていて。
普通の時間に行ったのではきっと祝詞も二回が限界であろうと。
更に長い般若心境に至っては間違いなくフルで唱えることなど不可能だろうと。
真摯に訪れる人々に絶対に迷惑をかけてはいけないし、そういう事も予測出来るので、
それらに全対応出来るコンパクトさで準備しなければ......と、そして、最後にもう一つ、
将門さんが大好きだという久保田の「萬寿(まんじゅ)」というお酒も用意して......



「これで、やれる準備は出来たのかな、、」

首塚に「行く」と決めてから2週間。僕は一人、こんな参詣準備をしていました。
約束の日の前日には、家のベランダや近所から見上げた空に、
勇気付けられるいつものシルシが......





「此方の準備も整いましたよ......」

と。僕にはそんな風にも見えて来て。

今回、事前にこれほど動いたのには訳もあって。やはり、
昔味わった首塚での苦い個人的経験が、
トラウマの様に僕の心身にこびり付いているからであり、
首塚とはある意味、「関東最重要地の一つ」でもあろう所。
その力は今以て皇居や丸の内を下支えしているほど強大で。
しかし、巧妙に書かれた神武東征(じんむとうせい)神話や、
後の世の人々の土地の埋め立てなどによって、
歴史の教科書からも、
子供教育の現場からも、
現代の人々の記憶からも、
全てから消されてしまった、
不本意にも全てがボヤかされてしまった......
そんな関東の王国にいたモノモノ達の「嘆きの聖地」でもあって......



この国の始原には我らの国家があったのだ!

都合の良い神話など、いい加減捨ててしまえ!

神話と嘘で色塗られたこの歴史こそが、

この国の不透明さと、常に憤る国家政治を生んでいるのだ!

いい加減に目を覚ませ!

世界に、国家起源がこれほど曖昧な国など無いのだぞ!

誇りはないのか!?恥ずかしくないのか!?

我等の叫びを聞け!

我等にも息をさせろ!埋めるな!

お前達は我らの子孫なのだ!子供なのだ!

我等はそれに気づいてほしいのだ!

我等の存在を認めて欲しいのだ!

我等を認めなくて、お前達も、大和国家も、認められるわけがないのだ!



そんな渦が色濃く巻きうねる場所に、思いやりの心も持たず、
軽いノリと好奇心だけで大した準備もせずに行ってしまった昔の自分の浅はかさと
軽率さを償う気持ちも強く。

「あんな間違いはもうしたく無いなぁ......」

と。

「たかが神社じゃん! タダの首塚だろ!? お気楽〜極楽〜♪」

......なんて、いつもそんな感じでいたいとも思うのですが、
自分の持って生まれたポンチキさ加減も含め、
そんな思いとは対極にある緊張感に添って過ごした2週間でもありました。



そうして迎えた参詣当日は、とても良い天気で。

朝早くに起きた僕は「萬寿」を掴み、いつものダカインのスモールリュックへ詰め込んで。

もう一度、気を引き締めて。家を出て。

青き炎の様に晴れ渡った空を見上げながら、皆の待つ東京、大手町の首塚へと向かいました。



......このお話はもう少しだけ、続きます。



☆「青き炎」シリーズ記事☆
青き炎」「2」「3」「4
大和編
海賊編」 「2
番外編
氷川編
素粒子編
首塚編」「2


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「青き炎」首塚編 2

2018-04-19 00:10:15 | 凄い...パワスポ寺社
「平将門の首塚って行ったことある?大手町にあるらしいけど」



僕はひと言、こう答えました。



「はかりかねる場所だな」




東京、大手町の高層ビルの谷間にひっそりと、ポツン......と在る首塚。
僕はその地に対する個人的な見解と経験とをプリリンねーさんに話しました。
ソレは前回の記事に記したとおりのことで......



「どうしてそんな所に俺が行かないといけないのだろうか?」



......個人的にはあまり気が進まない地なのです。



その時彼女から返ってきた説明を要約すると、どうも、
僕等と縁のある「荒熊神社」さんの祭祀進行役を務める男性が名古屋の方に住んでいらして、
名前は「O」さんと言うらしく。
その方とプリリンねーさんは、過日、
彼が東京に遊びに来た際に幾人かで連れ立って神田明神に参拝に行ったのだそうで。
どうして神田明神だったのか?と言うと、
Oさんは平将門の御霊(みたま)を宿しているという方らしく、それで行ったのだと。
また、それが荒熊神社とOさんとの深い縁の元ともなっているのだ、と。



————————荒熊神社の神様も、神田明神の神様も首塚も、青き炎......
スサノオ(須佐之男、素盞嗚)さんの御霊(みたま)の系譜だということです。
強い力を持ちながらも、時に理不尽に捻じ曲げられ、
消されもして来た魂達の象徴でもあるということです—————————————



その後名古屋に戻ったOさんは、どういうわけか?
今度はどうしても首塚(将軍塚)が気になりだし、
そこに行かなければイケナイ様な気がして仕方がなくなったのだとか。
それで、今度東京に行った時に必ず行こうと決心し、

「その際、神田明神の時と同じように付き添ってもらえないか?」

と、そんなお願いがねーさんに入ったのだそうで......
その話を聞いた時、ねーさんには平将門さんから言葉が降りて来たらしく、それが

「Uzmetも一緒に連れてこい......」

と。そー言うコトらしいのです。
この時の将門さんの言葉をそのまま記せば

「平将門だ。首塚に行ってくれるなら、連れて行かないとダメだよ。uzmetだよ。
一緒に行くならいいが、ネーサンとOでは危ないからな。
強い渦がある場所だよ。私というより、古代からの渦がある場所なのだよ。
戦争がいつもあったからな。
戦争は忘れてはいけないからだよ。
だから、あの場所は忘れないように残してあるのだよ。
来てくれるのなら、uzmetに一緒にと、頼んでくれよ。
のーーーーりーーーーとーーーー頼むよ」

ソレは僕がねーさんに話したコトと同じ内容ではありましたが、だから、故に、
二人だけでは後々大変なことになるから、と。危険だと。
僕さんを連れてくれば力のバランスが整い、そういうリスクも無くなる。
そして、首塚の地に鬱積している禍々しい黒い渦も少しは?綺麗にできるから、
それで僕を一緒に連れて来るのだ、と。
アマテラス祝詞もあげて欲しいのだ......と。
将門の分霊を宿す名古屋のOさんには般若心経をあげてもらいたいのだ、と。



さて......



予想通りというか。なんというか。



やっぱり、この時からしばらく、



僕さん大変で......(o´_`o)ハァ...



突然、背中や腰が痛みまくって仕事もまっとうに出来ず。
ヒドイ日は早退したりなんかして。
ソレが少し治まったか?と思ったら、
今度は「ある所」に住まう大きなキツネさんが飛んできて、

「首塚には行かせへんでーっ!」

ってな感じで数日に渡り右の肩を噛むわ噛むわ......なんて状況で。
ねーさんはねーさんで、家でコロンで、米びつに頭をぶつけ、米びつが大破。
米櫃がプラスチック製だったから良かったものの、もしカタイものだったら......的な......



「コレは......やっぱり、タダゴトじゃなくなってるなぁ.....」



と。



「やっぱり、気がすすまないなぁ、、」



と。



そんな行こうか行くまいか迷う日々の中、
今度は「ハイパーみゆきちゃん」からこんなラインが入って来て.....



「おはようございます☆
最近、夢で何度か透明な湖?と日輪を見ます!
支笏湖とか...北海道かなぁ(´ー`)」



ナルホド。これも僕さんへのメッセージなのか......
この時みゆきちゃんに返した返事と会話はこんな感じで.......



「むかーし、むかし、の東京湾かもね。それ。
みゆきちゃんからライン来ると思ってたよ。しにそー。。

「そーです!今朝も見ました」

「東京湾だろうな。昔は美しかったんだよ。。」

「昔の東京湾は透明だったんですか!調べてみよう( ゚д゚)
とっても綺麗でした☆」

「それはそーだべよ。世界中、どこもかしこも美しかったはずだよ。
みゆきちゃんが見たのはどーも、正確には香取の海ってやつだ。調べてごらん」

「はい、調べてきます(^_^)」

「湖みたいなもんだけどね。それが東京湾とも繋がっていたハズだよ」

と、下にある様な地図をネットで拾って送ってみると......これは貝塚の地図なのですが......



「見た瞬間、風が吹いたので香取の海で間違い無いと思います☆
昔はこんなに綺麗だったのですね...!」

「将門が来てるんだよ。今。
香取の海に住んでいた皆の代表として。。
とてつもなく重い。地球に沈みそう。歩くのも大変になって来た。。ぐぬぬ。。
何日かはまともに動けないな。コレ、、」

「なんか昔の光景が頭に浮かんで涙が出る(;_;)
平将門は重いですね。ずーんとします!」

「この国で一番重い御霊(みたま)だよ。
みゆきちゃんはあまり波長を合わせないほうが良いよ。
昔、ひどい経験があってさ、それから距離を置いていたんだけどね......
みゆきちゃんにまでコールがかかるということは、いよいよ、役が回って来たのかな。。」

上の「香取海」の地図を少しアレンジすれば、こんな感じにもなるのですが......





「香取の海」と呼ばれる、今の霞ヶ浦を数倍も大きくした関東平野の内海は、
現在で言えば茨城県沖の海......鹿島神宮のある所から内陸深くにまで入り込んでいて、
大宮氷川神社の辺りで東京湾とも繋がっていたと考えられます。
将門さんの首塚は、見た通り、
この頃から江戸時代以前ぐらい迄においては東京湾の入江の要害地。
武蔵野を流れる川の河口でもあり、江(こう)の戸口でもあります。

即ち「江戸」。

江戸とは本来、首塚の地を指す言葉なのかも知れません。

そして容易に想像できるのは、
埋め立てられる以前のこの辺り一帯は淡水と海水が入り混じる遠浅の海であり、
一面の葦原だったのでしょう。言ってみれば日本一広大な葦原の海。
記紀神話的用語を使うのであれば!?葦原中国(あしはらなかつくに)。
首塚の地というのは、そんな古代の東京湾や香取海沿岸に暮らしていた多くの人やモノ、
関東の王国にとっての重要地であったということも計り知れて来るというわけで。
色々な歴史が埋まっている地でもあるのかも知れません。

そんなモノモノの力なのか?重みなのか?
僕は数日に渡り強烈な体の痛みと戦っていたのですが、
みゆきちゃんとこんな会話をした日の翌日!の朝。
仕事に行こうと自宅の玄関を出て、フト、見上げた太陽が......



「来い!って......か......( ̄ー ̄;」

僕さん、朝の玄関前でしばし熟考......

「マジで将門さんの助太刀に行くのであれば、それ相応の準備がいるな.....
こうなったら、もう、腹を決めて、ソレしか無いか......」

僕は、みゆきちゃんやねーさん達みんなに朝の日輪写真をリアルタイムで送りつつ、

「了解。行くことにします。」

と、返事を入れました。


......続く。


☆「青き炎」シリーズ記事☆
青き炎」「2」「3」「4
大和編
海賊編」 「2
番外編
氷川編
素粒子編
首塚編


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「青き炎」首塚編

2018-04-15 00:24:26 | 凄い...パワスポ寺社
何かを「測ろう」とする時。
先ず縦、横、高さ、深さ、奥行き、色、触感.....等の大きさや外見。
そのモノ自体を構成している素材、内容物、匂い、味......等の内実。
そのモノ自体の重さや質量、動き、音......等のエネルギー。
そして、そのモノが在る、または置かれている、場所、時間......時空。
仕上げにカンや本能、心魂が反応する五感で知覚出来る外にある......何か。感情。思惟。
そんな物差し達を複合的に組み合わせて実態を掴んでいく......
というのが僕の中にある「ハカル」ということになるのでしょうか。



ただ、時折。



そんな「ハカル」ということがまったく出来ない、



限りなく見えない、わからない、



そんな物事に遭遇することがあります。



それは、



まさに、



「はかりかねるもの」



であるわけで。



東京、千代田区、大手町の一角にある「首塚」



将軍塚とも呼ばれ、有名な神田明神が元々座していた場所でもあり、
朝廷に謀反を起こした平将門の首を埋め、祀った場所......とも伝わっている所です。



もう10年以上も前の話し、ということではありますが、
この場所に初めて訪れた時に僕が抱いた印象というのがマサニそんな感じで......

「はかりかねる地」

少々ポンチキで空想的な感覚で表現しようとすれば、
この地にはどこまでも深い穴が開き、通っていて、その底がわからない。

暗く、重い。

しかもその穴は「黒くて強い渦」の強烈なウネリそのものの様でもあって。
渦は底の知れない地中から上空高くまで竜巻のように立ち昇り、
陰陽、正誤、モノ、人、獣など全く関係なく、
近寄ったり、縁のあるモノモノを強力に巻き込んで、
そのまま地の底へと落とし込んでゆく......

ブラックホール?とは?もしかしてこういうものなのか?」

とも思えてしまうような感覚。

恐らくは大地の「ツボ」のような場所。

東京湾の「ヘソ」のような所。

でも、そんな地というのは時々あるものなのです。日本中。世界にも。

ただ、この地に関しては底が知れなく。

混沌として全体のイメージも掴めない。ルツボ。坩堝。

それがまた畏怖心にも繋がってしまう。

更には、こんな地に付き物の龍神さんの影すらも見えないという異様さ。

龍神さんでも避ける様な地なのか?

東京湾とは......

げに畏怖すべき場所なのか......?

そんな地の力の影響が何千年もの長い年月に渡り続いていくと、
引き寄せられ、飲まれていったモノモノが幾重にも地層のように分厚く折り重なっていて。
それらが混然一体となってウネリ、塚の周囲にただならぬ気配と力を放ってもいる様で。
その力の強さは地下鉄......特に「半蔵門線」で通りかかった時などには、
電車の中からでも鳥肌が立つくらいに感じられるものともなっていて。
昔、ポンチキ力に長けた、アル親しい音楽アーティストさん(♀)などからは

「大手町を地下鉄で通る時がいつも怖いのです。
息苦しくなったり......なんででしょう?
幼い頃からずーっと気になっていたのですが......uzmetさんならわかるかと思って......」

なんていう質問をされる様なこともあったり。
ただ、その範囲は決して広くはなく、ピンスポットの穴のような感じでもあって。
それでヘソっぽいと言うか、なんというか。
近づかなければそれ程影響を受けるわけでもなく。
と言いつつ、見ていると、そんな力を感じてなのか?どうなのか?
人々がひっきりなしにチョコチョコと訪れてもいて。特に霊能者風情の人達とか......
かく言う僕も引き寄せられて、ついつい訪れてしまったというワケではありますが......
その、最初に行った時は、その日以降、しばらくは辛い出来事のアメアラレ、で。

「いっそのコト、全てを捨てて沖縄にでも逃げちゃおうかっ!?」

なんて思うくらい精神的に追い込まれるところまでいっちゃって。
思い出すのも嫌な記憶なのですが......

「恐ろしいところだな......オレではちょっと、測りかねる......」

東京、大手町の「首塚」とは、僕にとってはそういう場所でした。

「こう言う場所ってあるんだな......ホントに......」

と。

常に適当と思われる距離をとって来ていた場所でもありました。



あくまで個人的見解として、ですが。
この地の異様さの根幹にあるのは、恐らくは、
世に語られているような平将門さんの怨霊とか、
そう言った次元のものでは無いように思われます。
どんなに強い怨念的エナジーであっても、たった一人の人間のモノだけでは、
これほど底の知れないエナジーのルツボにはなり得ません。
その源泉は、きっと太古の昔。この地がまだ東京湾最奥の入り江であった頃。
この辺りは東京湾一帯に暮らす多くの人々にとって自然の恵み的にも交通的にも交易的にも、
コミュニティの防衛的にもとても大事な場所であったのだと思われます。
その重要さから常に色々なモノモノが集まり来ていて、
長い間に渡り多くの供物や祈りも捧げられて来てもいて。
地域の王の古墳の様なものもあったでしょう。
そんな有象無象のモノモノが長い年月に折り重なって、
当初は現在の神社の様なポジティブな力で輝いていた時期もあったとも思われます。

それは言ってみればスサノオ(素戔嗚、須佐之男)さん的な力。

根元的で強力に圧縮もされた「青き炎」の力。

この地のベースには明らかにそのエレメントがあると思われるのです。

しかし、そんな青き炎の地には往々にしてよく起こる事ではあるのですが、
いつの頃からか、この東京湾における「最重要地」は、
人々の都合と欲によってドンドンと埋め立てられていき、
特に江戸時代以降は、その行為に気遣いも思い遣りも無くなっていって。
ただひたすらに「人間の利と益のためだけに」土地が改造されていった様で。
やがて大地のツボは塞がれ、ヘソは無くされ。
さらに追い討ちをかけるように上から色々なものを置かれたり、建てられたり。
そんな行為に罪などは無いかも知れませんが、
太古の昔より折り重なって積まれて来たモノモノには光が届かない状況になって行き。

息も苦しく。

いつしか大地のヘソ的エナジーは陽から陰へ。陰から怒り、負の電荷を帯びていき、
その負のエナジーがまるで重い漬物石で発酵させられるかの如く、
さらに芳醇なものへと!?醸造、変化をしていって。
やがて混沌たるエナジーが地の底から揮発されまくる......
的な物語で僕には見えて来るのです。
平将門さんは、本来は超強力な陽の人であり、民衆の揚力であったのにもかかわらず、
理不尽に虐げられ、封印もされ。それは神話におけるスサノオさんの様に......
そんな中で、よく似たエナジーとしてこの地に取り込まれ、その象徴ともなって。
気がついたら一番上に据えられてしまってもいた......
この地の代表者的な役割と看板を背負わされてしまった......
将門さんもソリャ大変......であろうと。

江戸氏は、地の利は勿論のこと、
この地のこんな見えない力をも自らに取り込もうとココに江戸城を建てたのかも知れなくて。
「塚」の力の利用と流入は今以て皇居の根源的で強い陰力の一端となっているようにも思え、
それが皇居の大きな陽力をも産み出しているようにも感じられます。
東京駅やこの周辺にある日本や世界を代表する金融会社達にしても同じかも知れません。
首塚とは僕にはそんな地のように思えていたのです。



今年の2月。とある日の午後。
そんな個人的に距離を取っていた地への招待状が?
デジタル極まりないラインという形で、突然、僕の意図しないところから届いて来ました。
それは例によって?ポンチキ預言者のプリリンねーさんからの招待状で......



「平将門の首塚って行ったことある?大手町にあるらしいけど」



僕はひと言、こう答えました。



「はかりかねる場所だな」



......続く。



☆「青き炎」シリーズ記事☆
青き炎」「2」「3」「4
大和編
海賊編」 「2
番外編
氷川編
素粒子編


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正体

2018-04-11 00:17:12 | 願い
その朝食は、幸せなものだろうか?

ソコは君の居場所だろうか?

幸福の在りかは、整った部屋の中なのか?

落ち着きのない空の上なのか?



なぜ君はソコにいる?



君は何を理解している?

何を知っている?

何かを知ったらソレで幸せなのか?

ソレで安心なのか?

知ったら知ったで不幸ではないのか?

なぜ知りたがる?

なぜ生きたがる?



この朝食は幸せなのか?



誤った世界で決めたことなど忘れてしまえ

汚れた手で手にしたものに価値などあるのか?

奪われたから奪うのか?

傷付けられたから傷つけるのか?

全てはなりゆきで

流されれば楽々で

ソレで良ければソレで良し

今日も元気で

明日ものんきで

生き残れればそれでよし



あの音は何だ?



誰がいなくなった?

ヤツだけが辞めたのか?

誰かのせいにして勝ったつもりか?

消したつもりか?

残ったつもりか?

全てが見通されていても

それでも通り抜けれればイイってか?

醜い

汚い

下劣

下等

すべて背負って進むがいい

誰も言葉になんかしやしない

面と向かって言いもしない

安心するがいい

安らかに進むがいい

逃げて逃げて逃げまくれ!

やがて星の丸さに気づくだろう

己からは逃げれないことに気づくだろう

正義など風の中の塵

闇の中の幻

語るに落ちる犬の遠吠え

責任取れよ

お前が取れよ

それじゃあ、よろしく、こんにちわ

神などいないさ、さようなら



頭にくることだらけだろ?

心が痛むことだらけだろ?

希望なんて幻で

幸福なんてまやかしで

搾取という名の社会

青過ぎて見えない本当のソラ

牢獄という名前の星

重力という名の鎖

そこに繋がれた君は

いったい何をしようというのだ?

しってるかい?

ここは宇宙の僻地だぜ?



その朝食は幸せなのか?



その足取りは真実なのか?



正体を暴け



考えろ、考えろ、考えろ



考えるな、考えるな、考えるな



何言ってんの?

あんた、いったい、何言ってんの?

意味分かって言ってんの?

言う方も言う方で

受け取る方も受け取る方で

資格など海の底

とうの昔に失われてしまったライセンスと

そんなものにすがるイノセンス

やがて純粋さも消えるだろう

やがてこの世界も消えるのだろう



だから、せめて、朝食は



幸せであって欲しい



幸せな朝食であって欲しい



それで計るんだ



それで全てをはかるんだ







朝食は幸せな方が良いのです(^^)
普段はグレープフルーツジュースとオレンジジュースのハーフ&ハーフを
グラスに一杯飲むだけなんですけど。僕は。
旅に出ると人の三倍くらい!?食べちゃいます。
幸福だから?でしょうか......なんでだろうか......

どちらにしても今の所、幸せ、ではあるのでしょうか。

これから先もそうであれればいいなぁ、と、思ったり。



キラウェア火山の竜巻。島根地震。佐川国税庁長官辞任。
ハリルホジッチ、サッカー日本代表監督解任。ビートたけし独立騒動。
銃規制強化を求めた100万人の全米デモ。メジャー・リーガー大谷の活躍。
新たに発見された50以上のナスカの地上絵。
米露対立。米中対立。アメリカのシリアへの軍事介入示唆。
女性は土俵から降りて下さい!というアナウンス。
パスタは食べても太りにくい!という論文の発表( ̄+ー ̄)☆.......

様々なニュースが流れ、様々なモノモノの動きが出てきているから?なのか。

なぜだか今日は、昔聴き込んでいた斉藤和義さんの曲が頭を巡って離れないのです。





今歩いているこの道が正しいのか、正しくないのか。

今歩いているこの道が、いつか懐かしくなれば良いのだろうか。

ともかくも、朝食が幸せなものであればと、そう思うのです(^^)



This note is inspired by Kazuyoshi Saito “幸福な朝食 退屈な夕食”


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日比谷徒然

2018-04-07 00:47:43 | 感謝...パワスポ寺社
最近、東京、日比谷が騒がしいのです。

騒がしいので、パトロールなのです。

だって悪いヤツがいるかもしれねーじゃないっすか((=゚Д゚=))ノ!?ね!?

行ってくるでヤンス!

鬼退治じゃ!えいえいおーーっ!



むむ!?どーやらコヤツ様がその犯人様のようで。



「東京ミッドタウン日比谷」。オープンホヤホヤとな......





ワルイやつなのか!?



ふーーむむむ......「レクサス・カフェ」なんてものもあるのでやんすね。



特に......悪そうなモノモノはいなく。驚く様なところもなく。
全体的には茶系なゴールド感と石々さと太くて高い柱さん達とで、
高級さと重厚さを醸し出していて......
お隣の帝国ホテル同様の「日比谷ゴールド」とでも言いましょうか......





どことなく、かつてこの地にあった伝説のダンスホール「鹿鳴館」の雰囲気を狙って!?
いるのだろーか......「アールデコ」ベースってやつですかね。きっと。
エンパイア・ステートビル的な。



ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむむむ。。



あ!



悪いやつだ!



ココにもいた!悪いヤツめっ!



おりゃ!うりゃっ!
やっつけてやるぅぅ!!o(`ω´ )o 負けちゃうけどぉぉぉーーーっ!
あああっ!にゃにおぉーーっ!?インキュベーション施設だとぉぉ!?「BASE Q」とな!?



にゃんと!ホールにノマドオフィスまで!









カフェまでも!もしや悪いヤツじゃないのかぁぁ!?
おりゃ!こりゃ!エイエイっ!\٩(๑`^´๑)۶////テラスまであるってか!こりゃ!



皇居も見えますな......エイエイッ!



しかし、どこを見ても何処かで見た事のある、既によく知っている様な感じで。
近年、既に完成されている一つの「型」そのままでもあるようで。
常に「保」と「利」に回ってしまう意識が作るものとなると、
コンナ感じになっちゃうのですかのぉ......
大きな不動産会社さんの感覚と広告代理店的クリエイティブの匂いが完全に充満していて......
そこに官僚的で政治的な隠し味なんぞもキチッと効いてもいて。
全てがソツなく。批判など全く湧いてこない。
当たり障りも未来も過去もワクワク感も湧いて来させない優れた一般作!なんて!?
ところでしょうか。
近江八幡の「ラコリーナ」さん辺りを見てもらいたい......なんて思っちゃうのですけど。ね。
アチキの体にはあまり入ってこない感じかもしれませぬ。
新しい映画館はとてーも入りたい!と思うなり!ですが。ええ。お好きなIMAXでしたし。

(*´ω`)すんすん......

そんな肝っ玉の小さい僕さんにとっての日比谷といえば、
日生劇場、東京宝塚劇場、シアタークリエ、東宝映画館......それとコチラ!
ビルのテラスからも見えていた日比谷公園!
いわゆる「野音(やおん)」と呼ばれる日比谷野外音楽堂のある公園。
この公園には帝国ホテル前、日比谷花壇さん横の入口から入るのが好きなのです(^^)





なんと言っても!公園の中にある松本楼!



相変わらずクールでごわす。1903年、明治期にオープンしたという洋食レストランの老舗。
日本洋食界の草分け的存在ではないでしょうか。
水用タンブラーのセレクト一つをとってみても只者ではない感が漂います。



カレーさんがすこぶる美味しいのです(^^)こちらは「季節の野菜カレー」





ゆったりコーヒーさんもゴキゲン(^^)



そして、コチラのレストランの目前にはゴールドに輝く素敵な神様が一柱おられまして。
それがコチラの「いちょう」さん。



通称「首かけイチョウ」



おひけぇなすって。おひけぇなすって。( ̄^ ̄)
コチラが伝説のイチョウさんでごぜーやす。
話題の女子レスリング方面の方とわまた違った銀杏さんでわごぜぇますが、
どちらも金色が似合うのでごゼェます。
「日比谷ゴールド」の元の感覚を司っているお方でごぜえます。
樹齢400年はくだらねぇと、そう聞いておりやす。おひけぇなすって。



なんでもこのイチョウさん。
もともとは江戸城の中にあったようなのですが、ある時、
決定された道路拡張工事の為に伐採されようとしていたのを

「なんとしても助けるのだ!」

と頑張った方がいて、それでこの地に移植されたのだそうです。
その「助けの親!」というのが、この日比谷公園の生みの親でもあり、
後に明治神宮の森も作ることになる「本多静六(ほんだせいろく)」さんという方で。
林学博士でもあり、類まれなる投資家でもあり、日本の公園事業の父と言っても過言ではない
彼の進言と尽力によって切られずに移されたのだそうです。

「自分の首にかけても移植させる!」

と、この時、静六さんは皆に言っていたのだそうで。
それで「首かけイチョウ」と、そう呼ばれるようになったとのこと。奇跡のイチョウさん。

おひけぇなすって!(* ̄O ̄)ノ

僕にとっての日比谷と言えば沢山の劇場や映画館。それに野音と、この公園となるのでしょうか。
新しいビルも興味深くはありますが、僕の徒然なるココロはそんな感じなのです。





新橋の先、「汐留(しおどめ)」という所にある「日比谷神社」さん。
これまで幾度か伺っていて、ワケあってつい最近もお邪魔したばかりのところですが......
高いビルの谷間にチョコンとあるこの神社さんは幾度か移転を繰り返していて、
その元を辿ると、今回記した日比谷公園に行き着きます。それで、日比谷神社さん。
日比谷公園のある場所には、昔、「大塚山」と呼ばれる「塚」があった様です。
そこに鎮座していたのがこの神社さん。塚とは、きっと大きな古墳だったと思われます。
相当古い神社だということです。
この日比谷神社さんには豊受大神さんと、都内ではとても貴重な
「祓戸四神(はらえどよんしん)」と呼ばれる祓いの神々が揃って!祀られています。
一般的に知られた!?その四神の名前は

「瀬織津比売(せおりつひめ)」
「速開都比売(はやあきつひめ)」
「速佐須良比売(はやさすらひめ)」
「気吹戸主(いぶきどぬし)」

この内「ハヤサスラヒメ」に関しては大きな秘密があります。
本当の名前は別にある......姫神様です。
名前をよーーーく見てみると......分かる人は分かるでしょうか。
そんな四神の力は移動しても尚、輝いているようです。
東京を護り続けてきている貴重な神社さんです(^^)


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うららか

2018-04-03 00:14:35 | 美味しい
「どん兵衛」買ってきまちた!(=゚ω゚)ノ
「きつねうどん」ってヤツですな。ええ。
それで......



お茶も買ってきました!(=゚ω゚)ノ
「伊右衛門」ってヤツですな。ええ。ええ。イエローモンキー。
それでもって、このお茶を鍋でシッカリと温めるのでやんす。



ホカホカに沸騰したところで、
買ってきたどん兵衛さんにトップリコと注ぐのでする。



待つこと数分...(*´ω`*)......すんすん...すんすん...
僕さんは常に固めのアルデンテ・マイスターさんでして。ええ。
硬いのが好き♡ってね。ええ。ええ。早めに開けちゃうのでやんす......



でけた!(●´ω`●)/

よいでわないかー、よいでわないかぁぁーーーー。。。

おいちい事この上なし。

最近知ったんす。この作り方。友達に教わって。

既に有名なコトらしいんすけど。

「お湯でなくて、ペットボトルのお茶を沸かして作るとうめーから。
やってみ。騙されたと思って」

「そんなの、騙されるだろ!」

......と思ったんですけど。うめーのです。噂通り......

おいちい!!

ゴキゲン!

出汁(ダシ)が妙に高級になった感じ。

体に良さそーな食べ物になったような気がする。

ケミカル感が無い。

きっと騙されてる!

的な。

ええ。

たまにわ良いかと。

こんな、めっぽうジャンクな!?青春フードをおもむろにズルズルするのも。

思春期ですから。ええ。



食後には毎度毎度の大好きなコーヒーさんを淹れちゃうのですけど、
今はグルメ馬鹿一代の「K様」から突然送られてきたコーヒーを飲んでるのでやんす。
ハワイコナさんからの若干の浮気期間中でして。期間限定、春のキャンペーン♡っすけど。ええ。



その名も!

ゲイシャ・コーヒー!

浮気にわバッチリなのかぁぁーーーーーっ!?ってね( ̄▽ ̄)



ホントに「ゲイシャ」って名前なのですね。
「芸者」ではなくて「GEISHA」という品種の名前のようなのでやんす。
今は主にパナマ産のものが出回ってる様なのですが、
元々はエチオピアの「ゲシャ=GESHA」と呼ばれる村で栽培されていた品種だったそうで。
それが世界をグルグルと回るうちに呼び名がナマッて「ゲイシャ」になったのだとか。
この品種の特徴としては、一本の木から取れる豆の数がとても少ないらしく。
それで次第にどの農家さんも栽培するのをやめていって、その結果、
今ではこの木自体が殆ど残っていないようで。この地球上に。ええ。ええ。
ソレを再発見して売り出したのがパナマの農園さんということで。
そんなワケでパナマ産の「ゲイシャ」が一番多いとのこと。
今やナカナカ手に入らない「幻のコーヒー!」的、貴重豆なのだそうです。

ちなみにこの豆を再発見して売り出した農園さんの名前は「ドンパチ農園」というらしいです。

ええ。

ドンパチさんとゲイシャさん。

ほーーー......

そーっすか。

スゲーっすね。笑っちゃうっす。

そんな豆を送ってくれてありがとう!K様!

相変わらずドンパチさんですな!

それでお味はですね......

ふーーむぅぅ......

実は......

これ......



以前も飲んだことあるのぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!(=゚ω゚)ノ



キライじゃないのよぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!(=゚ω゚)ノ



ていうか、おいちいよぉぉぉぉーーーーーっ!



先にコレを言うとK様が送ってくれなそーだったから言わなかったのぉぉぉぉ......(●´ω`●)



僕さん人間がちーせーのぉぉぉーーーー♪



ってね。ええ。ええ。
そんな、僕が芸者さんと始めて出会った場所というのがこちらさんでして。ええ。
「COFFEE BAR 東京ロビー」さん。
東京駅のスグ横にある「KITTE(キッテ)」というビルに入っているカフェ。







スマホ写真も残ってるのでやんす。アチキがゲイシャに詳しいわけなのでやんす。





時々に揃えられているいくつかの珈琲豆から好きな物を選んで淹れてもらう!
なんてシステムを持ってるカフェさんで。少々マニアック!(*゚▽゚)ノ
オススメ・メニューは「鉄鍋エッグベネディクト」!



よーわ、この「エッグベネディクト」という記事を書いていた頃に行っていたのでごわすの。

ま、

小市民道を邁進する僕さんの「春うららか」な一日はこんなウララカさんなのでございまつ。

うららかうららか。

あぁ、麗らかや。

うららかさん。

こにゃにゃちわ(^^)♪


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