雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

宝の川の日

2018-05-09 00:18:54 | 感謝...パワスポ寺社
宝川温泉、汪泉閣(おうせんかく)の湯。
群馬県のみなかみ町(水上町)というところにあります。







宝川という谷川の両岸にある露天風呂はとにかく広大で。
露天風呂だけでも470畳以上あるとのこと。
コンコンと涌き出でる温泉は4本もの源泉からの掛け流し。
毎分ドラム缶10本分以上のお湯が涌き出ているらしく。とても贅沢な温泉。
泉質の方も素晴らしくバランスのとれた透明な湯。まさに宝の川!?的な(*´ω`*)



温泉につかりながら聞く心地よい川の流れの音も、一帯の風情も、秘湯感満点。
野趣度も野生度も120%。温泉を包む気は清々しくもあって安らぎます。
昔は温泉で飼っている熊さんと一緒にお風呂に入れたらしいのです。マジで。
今は色々あってNGらしいっす。残念!?その熊さんは今も庭の檻の中で飼われています。



「日本一の大露天風呂」なんてクレジットが。



関東には利根川という大きな川があって、僕さんはこの川の傍で生まれ育ちました。
流域面積は日本一。長さは信濃川に次いで2位という大河川。
そんな川の源流域がここ、群馬県の「みなかみ町(水上町)」。
両親のいる埼玉の実家からも車で一時間ぐらいで行けちゃいます。
この温泉のある山の向こう側は新潟県。日本海側との分水嶺の地。
そんな場所にある温泉です。





ここ迄の写真を見てピン!と来た方はとてもスルドイのです。
そーなのでちゅ。
コチラは映画「テルマエ・ロマエ Ⅱ」のロケ地だったりもするのです。
阿部寛さんと上戸彩さんが再三絡んでいた場所がココなのでつね。ええ。
お風呂の中に潜ると古代ローマに行けちゃうのです。
何と言っても!混浴ですし......(*´ー`*)ええ。ええ。
勿論、女性風呂もちゃんとありますけど。
ただ、とても安心出来るのは、
あまりに大らかな雰囲気とお風呂の広さでもって、エロい雰囲気など全く無いのでやんす。
時折、男性諸氏がプラプラと揺れるものを見せつけてくる可能性は否定出来ないのですが。
そこわ悪しからずで。ええ。

なんでも、海外の有名旅行雑誌などでは日本一の温泉に選ばれたり、
ロイターの選ぶ「世界の10大温泉」で6位に選ばれたりとか、
最早、温泉好きさん達の間ではメジャードコロとなっているのかも知れません。

僕さん的には、この温泉自体がパワースポット的な場所となっている感もあって。
火と水の交わるところ、神あり......ってな感じで。
特にこの「摩訶の湯」と呼ばれる湯にある、大きな不動明王さんの石像と正面で向き合って、
水面下で手を合わせ、目を閉じ、静かな心でお湯に浸かっていると......



滝行的な効果も味わえると思われます。素晴らしいっす。ツエーッす。ここ。マジで。ええ。





冬の全てをスキーに費やしていた大学生の頃。
「僕さんメンバー」達はこの辺りのスキー場に来ると、
時折コチラに寄っていたりもしていたのですが、
僕的にはその頃以来の久々の登場!となるでしょうか。
雪に囲まれた季節にしか来たことがなかったので、
新緑が目に染みるこの時期の感じは僕にはちょっと新鮮で。
でも秘湯感はそのままで、この季節でも爽快で心地よい事もわかりました。

今回こんな感じで久々にプラッとお出掛けすることにしたのは、GWに
「ドライブとか温泉とかに行きたい......」
と言う両親と弟一家のガイドをしてやろうか......ということだったのでやんす。
上にも記した様に両親のいる実家から高速で一時間程で着いちゃいますし。
御老体な両親にも楽チンであろうかと。ええ。
バカデッカイ混浴なので、女子孫のいる弟一家と全員で同じお風呂に入れちゃいますし。
そんな感じのセレクトで。
正月に親父に買ってあげた車の乗り心地も試せましたし。
つーか、自分がほしいっちゅーの。車。。(´ω`)
もうかれこれ2台目じゃん。車あげるの。ムカつく。オヤジ。ニャロォ!



「ETCのカードは?」

「それよくわからん。使ってない」

「場所はナビに入れたら?」

「このナビはマダよくわからん」

「モニター、テレビにしていい?」

「このナビはテレビも見れるのか!?綺麗に映るな。わからなかった」

「.......」

「CDのかけ方がよく分からん」

「これ、モニターがスライドするんだよ。その奥にCDスロットがあるから」

「そうなのか!?どうやってモニターをスライドさせるんだ?」

「インパネの表示も色々と変えられるんだよ。これ」

「変わるのか!?すごいな。知らなかった」

「オヤジ!それパッシングだから!弟の車アオってどうすんだよ。ウォッシャーはこっち!」



行きの車中はそんなポンポコな状況で......温泉前に疲れ切る僕さん......
疲れた体に染み入るのは水上名物!?「ダムカレー」。湯上りの一皿(●´ω`●)



ダムとなっているご飯をエイヤ!とスプーンで決壊させて、
濁流となって押し寄せるカレーさんと混ぜ混ぜして食べるのでやんす。ええ。
笑っちゃうのでやんす。味は普通っす。
最近水上町は「はぴねす計画」なんて施策を推進しているらしく、
温泉への道すがらには何やらお洒落なお店やカフェも増えまくっていて。





「GARBA cafe 本店」さんのチョコレート・バームクーヘン。なかなか美味しいっす。
まぁ、出不精極まりないオヤジも、新しい車の効果でアチコチ出かけだしているみたいで。
よしこ(あちきのおかーさま)もアチコチ行けるのがとてーもご機嫌らしく。
そこわオイラの狙い通りの展開!?となっているのでわないかと。ええ。ええ。
老化防止☆勝手にアチコチ作戦。
案の定、罠にはまってやがるな!( ̄  ̄)単純アホアホ頑固オヤジめ。
普段から主人らしく家の人間の幸せを考えやがれっ!てんだ。ちゃんと。まったく。
こーでもしねーとなかなか家庭や親戚サービスとかせーへんからな。ヤツわ。まったく。
まぁ、後日弟にメールが入ったらしいんスけど......ガラケーから......

「とても感慨深い日になった。ありがとう」

......って、

俺にも言えってんだぁぁ!

こりゃぁぁぁーーーー!! ハ~ッρ(`O´*)チョームカツクー!

いつも間接的にコソコソとホザキおってからにぃぃぃーーーーーーっ!

またデッカイ不良になってやるぞぉぉぉぉーーーーーっ!こらぁぁぁ!

でも!今夜わわ!

とても眠いのだぁぁぁぁーーーーーっ!

おやちゅみなちゃあぁぁ〜いぃぃ......(●´ω`●)......



☆温泉関連の過去記事はこちらっす☆
・コタン温泉(北海道、弟子屈)———【鍔とアイヌ
・砂湯(北海道、弟子屈)———【鍔とアイヌ
・丸駒温泉(北海道、千歳)———【丸駒温泉
・恐山温泉(青森県、恐山)———【恐山徒然
・十和田湖西湖畔温泉(青森県、十和田)———【十和田湖徒然
・矢櫃温泉 瑞泉閣(岩手県、一関)———【邪馬台国徒然
・山王山温泉 瑞泉郷(岩手県、一関)———【邪馬台国徒然
・ほったらかし温泉(山梨県、笛吹川)———【イチロー備忘録
・伊香保温泉(群馬県、伊香保)———【榛名徒然
・富士眺望の湯 ゆらり(山梨県、鳴沢)———【此花咲耶姫
・もえぎの湯(東京都、奥多摩)———【鳩ノ巣徒然
・天山湯治郷(神奈川県、箱根)———【箱根徒然
・縄文真脇温泉(石川県、真脇)———【巫女姫の太鼓
・みくりが池温泉(富山県、立山)———【立山徒然
・須佐温泉(島根県、須佐)———【青き炎
・玉造温泉(島根県、松江)———【猿田彦ミステリー
・たまて箱温泉(鹿児島、指宿)———【かんぱかぱーん


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コメント (8)

日比谷徒然

2018-04-07 00:47:43 | 感謝...パワスポ寺社
最近、東京、日比谷が騒がしいのです。

騒がしいので、パトロールなのです。

だって悪いヤツがいるかもしれねーじゃないっすか((=゚Д゚=))ノ!?ね!?

行ってくるでヤンス!

鬼退治じゃ!えいえいおーーっ!



むむ!?どーやらコヤツ様がその犯人様のようで。



「東京ミッドタウン日比谷」。オープンホヤホヤとな......





ワルイやつなのか!?



ふーーむむむ......「レクサス・カフェ」なんてものもあるのでやんすね。



特に......悪そうなモノモノはいなく。驚く様なところもなく。
全体的には茶系なゴールド感と石々さと太くて高い柱さん達とで、
高級さと重厚さを醸し出していて......
お隣の帝国ホテル同様の「日比谷ゴールド」とでも言いましょうか......





どことなく、かつてこの地にあった伝説のダンスホール「鹿鳴館」の雰囲気を狙って!?
いるのだろーか......「アールデコ」ベースってヤツですかね。きっと。
エンパイア・ステートビル的な。



ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむむむ。。



あ!



悪いやつだ!



ココにもいた!悪いヤツめっ!



おりゃ!うりゃっ!
やっつけてやるぅぅ!!o(`ω´ )o 負けちゃうけどぉぉぉーーーっ!
あああっ!にゃにおぉーーっ!?
インキュベーション施設だとぉぉ!?
「BASE Q」とな!?



にゃんと!ホールにノマドオフィスまで!









カフェまでも!もしや悪いヤツじゃないのかぁぁ!?
おりゃ!こりゃ!エイエイっ!\٩(๑`^´๑)۶////テラスまであるってか!こりゃ!



皇居も見えますな......エイエイッ!



しかし、どこを見ても何処かで見た事のある、既によく知っている様な感じで。
近年、既に完成されている一つの「型」そのままでもあるようで。
常に「保」と「利」に回ってしまう意識が作るものとなると、
コンナ感じになっちゃうのですかのぉ......
大きな不動産会社さんの感覚と広告代理店的クリエイティブの匂いが完全に充満していて......
そこに官僚的で政治的な隠し味なんぞもキチッと効いてもいて。
全てがソツなく。批判など全く湧いてこない。
当たり障りも未来も過去もワクワク感も湧いて来させない優れた一般作!
なんて!?ところでしょうか。
近江八幡の「ラコリーナ」さん辺りを見てもらいたい......なんて思っちゃうのですけど。ね。
アチキの体にはあまり入ってこない感じかもしれませぬ。
新しい映画館はとてーも入りたい!と思うなり!ですが。ええ。お好きなIMAXでしたし。

(*´ω`)すんすん......

そんな肝っ玉の小さい僕さんにとっての日比谷といえば、
日生劇場、東京宝塚劇場、シアタークリエ、東宝映画館......それとコチラ!
ビルのテラスからも見えていた日比谷公園!
いわゆる「野音(やおん)」と呼ばれる日比谷野外音楽堂のある公園。
この公園には帝国ホテルの前にある、
日比谷花壇さん横の入口から入るのが好きなのです(^^)





なんと言っても!公園の中にある松本楼!



相変わらずクールでごわす。
1903年、明治期にオープンしたという洋食レストランの老舗。
日本洋食界の草分け的存在ではないでしょうか。
水用タンブラーのセレクト一つをとってみても只者ではない感が漂います。



カレーさんがすこぶる美味しいのです(^^)こちらは「季節の野菜カレー」





ゆったりコーヒーさんもゴキゲン(^^)



そして、コチラのレストランの目前にはゴールドに輝く素敵な神様が一柱おられまして。
それがコチラの「いちょう」さん。



通称「首かけイチョウ」



おひけぇなすって。おひけぇなすって。( ̄^ ̄)
コチラが伝説のイチョウさんでごぜーやす。
話題の女子レスリング方面の方とわまた違った銀杏さんでわごぜぇますが、
どちらも金色が似合うのでごゼェます。
「日比谷ゴールド」の元の感覚を司っているお方でごぜえます。
樹齢400年はくだらねぇと、そう聞いておりやす。おひけぇなすって。



なんでもこのイチョウさん。
もともとは江戸城の中にあったようなのですが、ある時、
決定された道路拡張工事の為に伐採されようとしていたのを

「なんとしても助けるのだ!」

と頑張った方がいて、それでこの地に移植されたのだそうです。
その「助けの親!」というのが、この日比谷公園の生みの親でもあり、
後に明治神宮の森も作ることになる「本多静六(ほんだせいろく)」さんという方。
林学博士でもあり、類まれなる投資家でもあり、日本の公園事業の父と言っても過言ではない
彼の進言と尽力によって切られずに移されたのだそうです。

「自分の首にかけても移植させる!」

と、この時、静六さんは皆に言っていたのだそうで。
それで「首かけイチョウ」と、そう呼ばれるようになったとのこと。
奇跡のイチョウさん。

おひけぇなすって!(* ̄O ̄)ノ

僕にとっての日比谷と言えば沢山の劇場や映画館。
それに野音と、この公園となるのでしょうか。
新しいビルも興味深くはありますが、僕の徒然なるココロはそんな感じなのです。





新橋の先、「汐留(しおどめ)」という所にある「日比谷神社」さん。
これまで幾度か伺っていて、ワケあってつい最近もお邪魔したばかりのところですが......
高いビルの谷間にチョコンとあるこの神社さんは幾度か移転を繰り返していて、
その元を辿ると、今回記した日比谷公園に行き着きます。
それで、日比谷神社さん。
日比谷公園のある場所には、昔、「大塚山」と呼ばれる「塚」があった様です。
そこに鎮座していたのがこの神社さん。塚とは、きっと大きな古墳だったと思われます。
相当古い神社だということです。
この日比谷神社さんには豊受大神さんと、都内ではとても貴重な
「祓戸四神(はらえどよんしん)」と呼ばれる祓いの神々が揃って!祀られています。
一般的に知られた!?その四神の名前は

「瀬織津比売(せおりつひめ)」
「速開都比売(はやあきつひめ)」
「速佐須良比売(はやさすらひめ)」
「気吹戸主(いぶきどぬし)」

この内「ハヤサスラヒメ」に関しては大きな秘密があります。
本当の名前は別にある......姫神様です。
名前をよーーーく見てみると......分かる人は分かるでしょうか。
そんな四神の力は移動しても尚、輝いているようです。
東京を護り続けてきている貴重な神社さんです(^^)


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コメント (13)

コタツとミカン

2017-01-06 00:03:35 | 感謝...パワスポ寺社
そーですねぇ......


例えば、ですよ。


例えば、海の無い南の島を想像してみてください。。


......


......


ソレ!(=゚ω゚)ノ


ソレですよ!


コタツの無い冬って。


僕にとってわ。ええ。ええ。


ソレですよ。。(*´ω`*)うむうむ......


さむーい外から帰って来て、
服をユタ〜リとした部屋着に着替えて、暖房入れて、
ソレで、コタツのスイッチを入れて。
コタツの側に置かれたお気に入りの大きめの
鮮やかなライトグリーンのフカフカ座椅子に一目散に潜り込むワケですよ。
冷え切った足を爪先までピィィ〜〜〜ンとコタツの中で伸ばして。
そうすると、ですよ......


ええ。


モチロン......


動けないんすよ!(=゚ω゚)ノ


一歩たりとも!(=゚ω゚)ノ


わちきはヤドカリ!


でんでん虫!


一生このコタツ貝の中で暮らすの!(=゚ω゚)ノ


ってね。
ええ。ええ。
何かに逆らう気など全く起きて来ませんの。
とてーも健全な気持ちで。
ソレで、コタツテーブルの上にアイスクリームと
お気に入りのコーヒーなんぞを持ち込んだ日にわ......ええ。ええ。


もしかしてココが!?


ネズミーランド!?(((( ゚д゚)))))))


ってね。
もう大変な楽園騒ぎで。
スターライトパレードで。
コタツさえあれば僕の冬は常夏なワケでやんすな。
コタツでは何を食べてもウマイわけでやんす。ブクブクと馬肥ゆる冬なわけです。
それでですね、そんな風に肥えまくっていた昨年末に、
コタ通な僕に届いた、時ならぬ!?神様からの贈り物というのがありまして。
そりが、これ。
南知多徒然」という記事で記した「荒熊神社」の力のある宮司さんと、
その氏子の皆さんから頂いた貴重なる「利屋郷ミカン=とぎやごうみかん」さん!
我が家のコタツに完全フィット!なんですの。感激。。(´∀`*)





荒熊の神様から宮司さんに降ろされていた予言通りに、本当に!
訪れてしまったポンチキな僕とプリリンねーさんを気に入ってもらえたようでして。
その後も、
このブログをプリントして氏子会などで配ってくれたりもして頂いてるそうで、
それで、そんな氏子の方々が経営している、知多半島では最早たった四軒!
ともなってしまった貴重な元祖「知多半島ミカン」を産地直送で送ってくれたのでやんす。
伝説の大岩金右衛門さんのミカンを今に受け継ぐ希少なミカンさんなのですね。
販売、卸元はこれまた伝統とコダワリを感じる「紋右エ門」さんというお名前。



ダンボールを開けると、幾重にもなっている上蓋の一枚一枚に、
そんな知多半島の「みかんの歴史」が物語のように書かれているというパッケージング。
希少感がドップリと伝わって来ます。。
ありがたいよぉぉぉ.....(TωT)うるる...





知多の天然湧水で育てられたミカンさん。
味は天然感満載のワイルドで自然な甘さと、
実を包む薄皮がしっかりとハリがある感じが特徴でしょうか。
なんだか本当に神様から頂いたような感覚で。
とても嬉しく。誇らしく。ええ。ええ。
ノーベル賞並みな気分でございまする。
もらったことないからわかんないけど。ええ。ええ。



そして、この貴重なミカンをもらってすぐ、
東京、世田谷八幡宮にいらっしゃるという荒熊の神様の弟神さんにお呼ばれされまして。
このミカンを持って行ったのでございまする。
だいたい、
こんな貴重なミカンがわちきのよーなポンチキヤローにタダで来るハズなど無いワケで。
それで昨年末に合間を見つけて持って行きましたのです。近所ですし。
きっと、そーいうことだろうとも思いまちて(^^)ええ。ええ。
此方の神様は色々あってチョイと不自由をしていたようなのですね。長いコト。
そこに復活した兄神様と繋がれるミカンパワーと、少々の力添えを......と。



長い間眠らされていて、思うように動けなかったという荒熊の神様の弟神さん。
許しを頂いているのでその名を明かしますと「ツナネの神」という神様。
おそらく「綱根」と書くように感じます。世田谷八幡宮の「真の祭神」であり、
古代富士王朝の時代からいらっしゃる関東の地における重要な神様の1柱。
この時は、
同じく荒熊神社の宮司さんからミカンを頂いていたプリリンねーさんにも一緒に来てもらい、
神様からの言葉を正確にトレースしてもらいつつ、伝えられた通りにあった!!
境内の隅にヒッソリとある大きな岩に僕らは濁り酒と貴重なる荒熊の神様のミカンをお供えし、
コレまたお願いをされていた秘伝のアマテラス祝詞物部のフルのコトを
人目につかないようにヒッソリと唱えて......
そしたらまたその直後、例によって例の如く、空模様が大変なことになっていって......
大きな日輪と、その周りに三つの虹が......(@ 。@)



カンのヨイみゆきちゃんからも全く同じタイミングで流石の写真が届いていたり......



イラストなども......



毎度ながら、天候を動かしてしまう神々の力には驚かされるのでやんす。
せっかく本物の神様から頂いた貴重な力を持つミカン!?さんですから、
おすそわけで何人かの会社スタッフさん達にもあげて、それと、
お正月に実家に帰った時に両親にもあげて、ご先祖様のお墓にもお供えしたのでやんす。



やっぱり神様の力が詰まっているミカンのようで、
お掃除をして、お供えをして手を合わせていたら、
上空から光の柱が立ち降りて来て......コニャ(奥さん)もビビってましたのね( ̄ー ̄)
ご先祖様たちもとても喜んでいたように感じられました。

まだ、もう少しだけコタツテーブルの上に残っているので、
しっかり食べきって、2017年の仕事を始めたいなぁ......と思っておりまする。なう。

敬礼! (`・ω・´)ゞ ビシッ!


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あの時の気持ち

2016-10-14 00:07:01 | 感謝...パワスポ寺社
Yさんは男性ロックアーティストで、ミュージシャンで、
少し前まで沢山のヒットアーティストを生み出していた某キー局の某深夜音楽番組の
企画制作とナビゲーターも長く努めていた人。
僕にとっては、もう、とても古いお付き合いになる先輩でもあるのですが、

「僕らの新しいプロジェクトにちょっとお力を貸していただけねーでしょーか?」

なんていうことで、
少し前からプロジェクト宣伝用のインタビュー取材をお願いしていました。

その後、某、美味しい焼肉屋さんで快く一発了解!( ̄+ー ̄)を頂き、
先週には撮影も含めたウチのインタビュースタッフさん達との取材を
無事完了することが出来ました。
そのインタビューの時、
僕さんは御礼の挨拶も兼ねてノソノソと邪魔モノ的に顔を出して、
空き時間ではインタビューアーさんも含めて皆でアーダコーダ......と、
本筋から逸れたとめどもないお話をしていたのですが、そこで彼は、
デビューから今に至るまでの面白話やチョッとした苦労話もしてくれました。



「いやー、このプロジェクトって、クリエーターにとって
待ちに待っていたサービスだと思うんだよね。本当に。
最近のアーティストとかにもバッチリハマると思うし。
だってさ、周りにいる最近のアーティストとかってさ、
やっぱ、世代が違うな、、て感じめちゃくちゃするもん。
こういうシステムの方がいいんだよ。きっと」

「だしょー!(・Д・)だしょ!だしょーー!」

「でもさ、話逸れるけど、その今の連中ってさ、ハングリーさとかが全然違うわけ。
満たされている世代っていうか。
あ、もちろんアレだよ!
俺もさ、幸せな世代だけどさ、何か不自由があって育ったわけではないからさ。
でもさ、また、それとも違うんだよね。全然」

「ウムウム......(・ω・)」

「うまくいかないとさ、変な執着もないから音楽なんてすぐに辞めちゃってさ、
まぁ、音楽ってもう食えない職業に近づいてるしね。時代的に。ソモソモ。
趣味的なんだよ。より一層。職業感がないわけ。
すぐ親元や実家に帰っちゃったり。仕事変えちゃったり。早いのよ、転身が。
すげーと思うわ。そういうとこ。俺とか無かったもんなー。そういう感じって。
何としても成功しないとダメだ!って、めちゃくちゃ悩んでたもん。
このまま故郷には帰れねーって。さ。カッコわりーし、なんとかしたいって」



Yさんは元々広島出身の方で、もう長いこと東京で暮らしているのですが、
その地元広島では大きなホールを満杯にできるほどのアーティストでした。
僕はその当時、彼と一緒に広島を隅から隅まで走り回っていて、
エリアプロモーションのキーとしていたFMラジオのレギュラーも2人で一緒に、
パーソナリティとして長い間やっていたりもしていました。
沢山の苦楽を共にした戦友と呼べるような人の一人です。
その彼がその時、ウチの現場スタッフさん達に語りかけていました。



「......俺も辛いことってしょっちゅうあってさ。
つーか、そんなのいつもの様な感じだけどね。
でもそういう時にさ、
最後の最後で自分を助けてくれたものってあるのね。
あぁ、、もう全部やめちゃおーかなぁー、、、っていうドン底の時に
自分を支えてくれたものってあって。
ある時、ソレに気づいたんだよね。
ああ、俺、この気持ちでずっとこの世界でやってこれたんだ......って。
最後の最後はこの気持が俺を支えてくれてたんだ......って。
そういうものが、幸せなことに、俺にはあったんだよ。
でもさ、その気持ちが今の連中にはあまり感じられない様な気がしていてさ。
そんなことを思うことがあったのよ」

「......(゚ ω゚)」



その時、インタビューアーさんもウチのスタッフさんも、
この先の言葉に気持ちを集中させて聞こうとしているのがわかりました。



「その気持ってさ、
メジャーデビューの夢が叶って、
一番最初に東京に出てきたときの気持ちなんだ」

「......」

「結局さ、そこに戻るんだよね。
モウやめようかな......って思ったときに。
故郷を出て東京へ来たときの気持ちを思い出すんだよね。いつも。なぜか。
そうするとさ、やめれないんだよ。
頑張らなきゃ、、って、思うんだよね。
俺のときってさ、本当に色んなものや人を捨てて、家族とかもそうだけど、
それはもうスゴイ覚悟で東京に出てきたんだよ。
だから、こんな形で故郷に帰れないって、
顔向けれないって、
ホントにそう思うんだ。辛い時に。
故郷には絶対成功して帰るんだ!って。本当に強く思ってた。
その気持を思い出すとさ、俺、続けられたんだよね。音楽を。
ソレが東京の俺を最後に支えてきてくれたんだよ。
ある時、それがわかったんだ」



Yさんは、そう言ってニコニコとしていました。
その時僕らは、しばし、
それぞれに色々なことを考えていたように......思います(^^)





とても古い携帯写真ですが......
いつかの記事でも載せた、Yさんの故郷にある言わずと知れた世界遺産
「厳島神社=いつくしまじんじゃ」の写真。
昔、Yさんと広島で頑張っていた僕にとってはとても思い入れの深い神社さん。
この時は拝殿の向こうに突然の虹がかかって、
そのあまりの美しさに僕はしばらくボーーッとしてしまいました。



島全体が沢山の神々、仏様が祀られている神域ですが、その中心に佇む神社さん。
主祭殿には「宗像三女神」が祀られています。神社が美しいわけなのです(^_^)







この虹が出た日のことは今でも鮮明に覚えています。
なぜなら、僕も、上記したYさんの話同様に、今やっている仕事を
「もう辞めようかな、、」
と深く思い悩んでいた時に行った日の朝の出来事だったからです。
この時は、なんとなく、この神社に行ったら、答えが出せる様な気がして、それで、
朝イチのフェリーで港を渡り、一人で神社に伺いました。
そんな時に見せられた虹だったので、もう、涙目で眺めていた自分を覚えています。







コチラの三女神さんは
市杵島姫命=いちきしまひめ
「田心姫命=たごりひめ」
「湍津姫命=たぎつひめ」
さん。実は、大王!スサノオさんの麗しき三人娘さん達です。

母は......またいつか記そうと思いますが、
三姉妹神の総本社とされる福岡県の宗像大社さんでも、全国各地の祀られている神社さんでも、
はたまた様々な神話や書物においても、
この三姉妹の神名や長女、次女、三女の順番はグチャグチャになって伝わっています。
一応、総本社である宗像大社さんの並びを基本とするむきもありますが......
諸説あります。

この虹を拝殿前の舞台の真ん中で見ていた時、偶然すぎ!なのですが、
僕の他にキッチリ、三人だけ!可愛らしい女性の方々が居合わせてくれていました。
よく見ると上の写真にも彼女達の小さな後ろ姿が写っています。
平日の早朝。瀬戸内の島にある神社の境内には、
他には朝の務めに動く神職の方がチラホラと見えるだけでした。

こちらの三女神さんの中でも「田心姫=タゴリヒメ」さんは僕にとって特に縁のある神様で、
個人的にも大好きな女神様。
この時の虹も、そんな縁あるタゴリさんや三女神の皆さんが見せてくれたものだと、
今でも思っていたりします。



「まだ辞めれないな。。」



それが虹を見た時に僕が出した答えでした。
今思うと、大好きなタゴリさんの背中押しがあったようにも思えています。



タゴリヒメさんと言うのは、実は、
三女神の順番がぐちゃぐちゃになってしまっている理由の張本人!張本神!?だったりもして、
三姉妹中で最も過激!?でアグレッシブ!?個性的!?な美女神様。。
僕の感覚では真ん中の次女さんだと思うのですが、気分次第で!?
長女にも、美しき末娘「いちきしまひめ」さんにも成りすませる!という特技!?
も持った、全くもって掴みどころのない自由人(神)系の?
大胆でヤンチャ系?の個性を持った女神様。
そんな大胆さを優しく許容している器の大きな長女神さんと、
おしとやかで控えめな末娘女神さんの支えがあってこその自由さなのだとも思いますが、
本当にインパクトのある女神様です。

近くに来るといつも......

「クチナシの花」のとても良い香りがします(^^)

本当にうっとりする香り。

ソレがタゴリさんのしるし。

大好き。

そんな梔子(くちなし)の香りが、

花もないのにどこからともなくしてきたら......

ソレは、

もしかしたら、

麗しきタゴリ姫さんかもしれません。

何か迷いゴトなどがある時に、

男らしく!?

スジを正し、背中を押してくれるのかもしれません(^^)


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コメント (4)

スイマセン、スイマセン

2013-01-28 00:02:48 | 感謝...パワスポ寺社
「すいません......」をあまり軽く言うな。
おまえは何か悪い事でもしたのか?
スイマセンはスミマセン。
本当は自分が間違った事をした時に使う言葉だ。
軽い「スイマセン」は癖になるから止めろ。
言葉はちゃんと選んで、考えて使え————————————



新卒で入ったレコード会社で突然の大阪勤務を言い渡され、
名刺交換やら挨拶やら電話のとりかたやら、
そんな一般常識的な研修を受けた後大阪に赴任。
赴任したその「大阪支店」の支店長がNMさん。
体がとても大きくて顔も強面。普通に街を歩いていたら先ず関わりたく無いタイプ。
なのに......心根はとても優しい。
僕と入れ替わるタイミングで東京本社に移動する事になったNMさんは、
長年京都エリアの媒体も全て取り仕切っていて、それを引き継ぐ事になったのがその時の僕。
社会人として現場の一線で明確な「担当」と「責務」を持たされた最初のことでした。
そのNMさんに最初に説教されたことというのが冒頭に記した言葉。
NMさんの業務や取引先相手、関係者を引き継がせてもらっている最中に言われた言葉。
確か「KBS京都」という放送局で一通りの挨拶を済ませた後での説教......だったと思います。
烏丸通り沿い、京都御所を取り囲む長ーーーい石垣の横を歩きながら怒られました。



新入社員。
仕事も良く解らない。
京都なんて街も良く知らない。
友達もいない。

「だいたいなんで俺はこんなとこにいるんだ?
しかも支店長でもある人からの業務引き継ぎだなんて、、ちょっと重くね!?」

......そんな心持ちでの引き継ぎ行脚で、どーも僕は会う人会う人に

「すいませんが、、」
「スミマセン、、」
「すいませんが、よろしくお願いします。。」

などとむやみやたらと言っていたようです。
しかし......たいした事、話しでは無いし。
しかもNMさんが言っている事が正しいのかどうか、それだってちょっと曖昧な話しだし。

「スイマセン......なんて、ただの枕詞じゃねぇか、、、」

その時は

「この人なんてこまけぇーーーんだ!?」
「うざくね?」
「目つきワリーんだけど」

なぁーーんてチビッと思いつつ。
不思議ですが、それでも、この時の話はその時の僕の心にとても深く響きました。
そして今でもこうしてちゃんと心に残っています。
何故でしょうか......



多分NMさんが伝えたかった事は言葉の「額面通り」のことではなくて、きっと、

「ちゃんと自分と仕事に誇りを持て。営業だろうが宣伝だろうが仕事は全て対等だ」

というその時の僕の「心持ち」部分に対するコトなのだろうと思います。
それで、そんなメッセージがNMさんからちゃんと伝わって来たので、僕は素直に

「そうだなぁ、、」

と聞き入れていたのだと思います。
それは、その後の僕の仕事においてとても大切なことでした。
時が経てば経つほど、仕事を覚えれば覚えるほど、
その言葉の裏に有ったNMさんの真意の大切さや正しさを感じるような事が沢山ありました。
僕がこの仕事に就いて最初に教えてくれた人がもしこのNMさんでなかったら、
もう少し違う人間になっていたかもしれません。
決して今の自分はまっとう......と言う意味ではありませんが。



今でも時々この話しをされた時の京都の風景を思い出す時があります。



京都の街の中心にある京都御所。
その広い広い皇居は普通の人の身長と同じぐらいの低い石垣の壁で取り囲まれていて、
その壁の上の方には石垣に沿って濃くて美しい碧の葉をたたえた大きな木々が沢山、
青い空に高々と並んで突き出しています。

明治時代迄天皇陛下が住んでいた場所は「お城」などではなくて、
だからなのか、取り囲む石垣の高さも「近所のお金持ち......」より低いくらいの造り。
重層的に取り囲む石垣の内側にある、
黒い屋根瓦を載せた美しい土塗りの「塀」もそれほど高くありません。
勿論「お堀」なんてものも全く無くて......それは、必要なかったのかもしれません。

そんな所に為政者と民衆との「この国本来の距離感」を感じたりなんかもして。
そんなところがとても好きで。
そんな石垣沿いの道をCDが沢山入った大きな紙袋を
両手に幾つも持ちながらテクテク......と歩いていく。

石壁の所々にある門の所にはいつも警備員さんが黒い服と帽子をかぶって立っていて。
タマに京都らしい着物姿のお姉さんが通りかかったりなんかして。
木々の葉の緑の匂いと、お姉さんの華のような匂いが合わさって、
僕の目の前をそよそよとした風とともに抜けていく。。。
両手が塞がっている僕は何も出来ずにタダ見送るだけ......(T.T)



「まってぇー!おねぇさーーん!ヽ(´o`」



そんな風景とともに今でもNMさんの話しを思い出してしまう時があります。
そんな時というのは「スイマセンにチグハグさ」を感じ取ってしまった時。



NMさんの声が聞こえて来ます。。



「そのスイマセンは Excuse me だろ。I’m sorryじゃない。
申し訳ないという意味で使うのなら、もう少し心を込めて言いなさい。」

「悪い事をしたんだ。ちゃんと謝れ。
スイマセンじゃない。ごめんなさい!だ。ちゃんと謝れ。」

「いいか、、だからスイマセンというのは本当は簡単に使わないんだ。癖になる。
使い過ぎていると謝る気持ちと精神が一緒になって来る。
そうすると何かがおかしくなって来る。
悪い事をしたらスミマセン。ごめんなさい。
ちゃんと言え。
そうでなければ正しい言葉でちゃんと話せ。」



京都という街は大好きな街で、
僕にとっては沢山の仕事の経験も、
辛い事も楽しい事も、色々な事が刻まれている愛しい街です。
いつだったか宣伝用のCDが沢山入った紙袋を片手に3つづつ、6袋も持って、
それが余りに重たくて京都駅の中央改札で「持ち紐」が切れてしまい、
200枚ぐらいのCDを沢山の人が行き交う改札の真ん中に
バラまいてしまったことがありました。

「スイマセン、スイマセン、、、」

と言い続けながらソレを拾っていた時は
情けなくて悔しくて......涙がこぼれたりもしました。

「こんな事する為に俺はこの会社に入ったわけじゃない......」

なーーんて。
そんな京都駅の改札を通るたびに思い出すような事も沢山。
大切な人も沢山。
こんな話しをしていたらまた、
お気に入りの場所に出掛けたいなぁ......なんて、思ったりしてしまいます。
京都は僕に「仕事」と「誇り」を教えてくれた街。
NMさんがとても大切にしていた街です。



世界文化遺産「下鴨神社=しもがもじんじゃ」=「賀茂御祖神社=かもみおやじんじゃ」
その一番奥にヒッソリと佇む「御手洗社=みたらしのやしろ」
京都市内で僕が一番好きな所。
祭神は「瀬織津姫=せおりつひめ
崇高なる水の女神。
ココから湧き出る水は世界遺産「糺すの森=ただすのもり」を抜けて鴨川へ流れ出ます。
ここの社の前。清水の流れに面した石段に坐って眺める景色はこんな感じ。
良く座り込んで物思いにふけってました。



ココが「みたらし団子」発祥の地......と言われてます(^^)
直ぐ傍にある「加茂みたらし茶屋」のみたらし団子は絶品!今度改て紹介します。


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