雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

朝ラー

2017-02-27 00:00:08 | 美味しい...パワスポ寺社
ハイハイハイー。。

みんな席に着いてねー。

授業始めるよぉぉーーー(。・o・。)ノ

おしゃべりはやめてねー。

はいぃ!

そこ!

ケンタッキー君!

モス子ちゃんも!

おしゃべりやめてねー。

いくよー。

始めるよー。

じゅぎょーだよー。よろしくぅー。

今日はですね、
「寒い地域の社会学」
ですねー。よろしくねー。

ではテキストの38ページを開いて下さーい......
ページのタイトルは、

「寒い日の朝はラーメンが食べたい!」

ですねー。。。

ハイ!
ソコ!

モス子ちゃん!

これに関してどー思う!?

んん?

留学生のマッ君は?どう?
フロリダでは分からない感覚ですよね?そーですよね?
えーーーーっと、
答えはですねぇ......

「イエス!in 青森!」

ですね。ええ。ええ。
雪に覆われた、真っ白い冬の青森市にいるとですね、どーもね。
五臓六腑に染み渡るラーメンが美味しいのですよ。
それでですね、青森市には沢山の美味しいラーメン屋さんがあってですね、
有りすぎて有りすぎて、しまいには、

「朝食もラーメン食わせましょーかね!」

なんて事になってですね。

「朝ラーメン」

略して

「朝ラー」

なるモノが生まれたというわけですね。ええ。ええ。
とてもチャーミングですね。
ん?どう?マッ君?どう思います?

それでですね、
豊かな漁港や田畑を持つ青森県ではですね、
ラーメンスープの出汁となる食材もたっぷりとあってですね、
それで、胃に優しい魚介系ダシの美味しいスープなどもたーっくさん作れるのです。
一部「津軽ラーメン」なんて呼ばれていたりもしてですね。
それがまた「朝ラー」企画ともとても良いマッチングだったというわけです。ええ。
必然、というわけですね。ええ。
ソコへ来て青森の冬は寒くて長いですから。
朝から暖かいラーメンを食べるというのもこれまたケッコウハマッタ、というわけですね。

ココまではイイですかぁーーー!?

皆さぁーん?

大丈夫です?ついてきてます?

今日はハーバード大学の入試問題レベルの難しいお話しですからね。ええ。ええ。
わからなくなったらいつでも手を上げて質問してくださいねー(^^)
都合のいいことだけ答えますのでー。

さて、その朝ラー。
実際の写真を見てみましょうか。ええ。
コチラ。青森駅前の「長尾」さん。





コチラの「朝ラー」はですね、ちょっとしびれることに、なんと!
朝からご飯がよそりホーダイ!



いいですねぇ。スゴイですねぇ。ええ。ええ。
やっぱりこうでないとお腹をすかした若者達は納得しませんから。ええ。ええ。
青森山田高校の強さの秘密がここにあるかもしれませんね。(^^)b
ご飯をヨソル楽しみはナニモノにも代えがたいですし。ええ。
そしてですね、今日、先生の授業で更に知ってもらいたいことがですね、これ!
なんと!朝ラーに......



納豆!(。゚ω゚)/
スゴイでしょ!
どう?モス子ちゃん?魅惑的でしょ!?
どーやって食べるかというとですね、
基本は勿論、自由なのですが、先生としてはこんな感じで......
先ずはしっかりと混ぜ混ぜして。納豆の粘り気を引き出してですね......
かけちゃう!ご飯に!(d ̄▽ ̄)



ええ。ええ。
そしたら......お次は......
おもむろに食べ終わった後のラーメンのスープをですね......



かけちゃう!
ご飯に!(●´∀`)b 
ショーゲキで。ええ。ええ。



出来上がり!
レンゲで食べるというのが、コリがまた、ナカナカ。ええ。ええ。

後はですね、青森市にはもう一つマークしたいラーメンがあるのですねー。いいですかー。
ソレが、今や全国区の知名度を誇るというこの......
味噌カレー牛乳ラーメン!バター乗せ!!



お店の名前は、青森なのに「味の札幌 大西」さん!



このラーメンの生みの親さんなのですね。コチラが。
味はそのまんま!名前の通り!牛乳にカレーに味噌にバター味!
一瞬ヒイてしまうネーミングも食べてみれば一口でご納得!という味でですね。
みなさんも食べたいですか?どうですか?

はい!?
ナニ?ロッテリ君。
味濃すぎじゃね!?って?

うん。うん。。

せーかい!

ごめいとー!(^^)

しかし、その味の濃さがこそが冬の青森でキューンとしちゃうのですね。心身が。ええ。
寒いところでは味は自然と濃くなるってなものなのです。ええ。ええ。

それでは!最後に!
社会学ですから。
ちゃんとデータもですね、しっかり皆で把握しておきましょう。

いいですか!ココ!

ココですね!

テストに出ますよーーーー。。

なぁーーーんちゃって!出ないかもよぉぉーー(^^)b

では、そのデータいきますねー。
ページはちょっと飛んで......78ページです。いいですかー......

全て都道府県別のデータですね。ええ。ええ。
先ずは、と......
平均寿命!
都道府県別で一番長寿なのは......沖縄県!
流石!ですね。ええ。ええ。
そしてココがポイントですね。ええ。最下位です。最下位。
平均寿命のワーストワン!
人が一番早く死んじゃうの!という県ですが......


青森県!


ですね。はい。はい。イイですか。
ここテストに出ますから。ええ。
続いて!
カップラーメンの消費量全国一位の県は......


青森県!


そして、喫煙率の第1位!


青森県!


飲酒習慣者率、第1位!


青森県!


食塩消費量第一位!


青森県!


あとは、「ガン死亡率」ですね。ええ。
そのワーストワン!の都道府県は.....


青森県!


次!
一人あたりの平均運動時間!ワーストワン!は!


青森県!


どうですか?皆さん。
どれも毎年青森が一位というわけではありませんが、
だいたいトップクラスには入りますね。
なんとなく、わかりましたか?
美味しいラーメンと寒さと雪と豊かな食材との関係。
コレが社会学です。ちゃんとソレゾレで考えてくださいね。

ここ!

テストに出ますよぉぉー―(*`・ω・´*)ゝ

ハーバードですよー。

それでは、
今日はココまでですが、次回は......えええ~~~っと、
コレですね。これ。56ページ。

「安かろー悪かろーの社会学」

イイですかー。
予習は忘れないようにしてくださいね。

では!

今日はココまで。

この後は......給食?
そうですか。お昼ですね。そだね。そだ。そだ。
じゃぁ、みんなで!
食べすぎないでねぇー。
午後の授業寝ちゃうからねー(^^)



先日お仕事で訪れた青森県、青森市。
綺麗な街のど真ん中にある「善知鳥神社(うとうじんじゃ)」さん。
ここは何を隠そう、あの松尾芭蕉が憧れた、「奥の細道」の終着点。
芭蕉は生涯、この地を夢見ましたが、辿り着くことは叶いませんでした。
境内入り口にはその「奥州街道終点記念の碑」があります。





祭神は宗像三女神さん。日本屈指の漁港の街の神様らしく、航海の女神さま達(^^)
社殿はピンク。



境内には綺麗な湧水池や川、弁天社も。





「善を知る鳥」と書いて「うとう」。
島の祠で祝詞とお酒を振る舞うと......突然!
目前に舞い降りて来たポッポーズがピタリ!三羽!
欄干の上で上から三女神を見守っているのは当然!
お父上のスサノオさん(^^)流石っす。
4羽揃って、境内を出るまでずーっとスグ側にいてくれました。
何度も頭に止まろうと試みて来たのは絶対!
タゴリひめさんのハズです。ええ。ええ。間違いなく(; ̄ー ̄A アセアセ......



青森というのは本当に豊かな地なのだなぁ......と、思います(^^)


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (10)

特別だと、思ってます。

2017-02-23 00:17:31 | 感謝
ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、オランダ語、英語......
ヨーロッパではお隣の国と言語が全く違うということが当たり前のようです。
日本で言えば、隣り合う都道府県で公用語が違う、と言った状態でしょうか。

そんな地域において作られるプロダクトというのは必然的に多言語や多文化を
マーケットとしていくこととなり、
それは様々な背景を持った人々にも直感的に理解出来て、
使うことも出来る様なデザインが生まれ、育って行く土壌ともなり得ます。

例えば、ヨーロッパ車のスイッチ類のアイコン・デザインなどはとても典型的で、
見た瞬間、そのスイッチの意味や使い方等が直感的に理解出来る様になっています。
最近では日本車もそうなってはいますが、アメリカやヨーロッパの車においてはもう、
かなり前から、そういったデザインが完成されていた様に思います。

そんなヨーロッパのグローバルでユニバーサルなデザインの潮流は近代に端を発していて、
その時期のヨーロッパではフランス革命を初めとする市民革命が各地で相次いで起こり、
王侯貴族の階級的社会から市民主導の社会が広く構築されていきました。
すると、それまで一部特権階級の人々のモノであった贅沢品や、
様々なモノモノが一般にも広く行き渡る様になっていき、そこで、
沢山の人々に受け入れられるプロダクトやデザインが求められるようにもなっていきます。
そんな時にトドメ!とも言える「産業革命」なるものも起こりました。

産業革命によって機械化されたプロダクトメイクは、
それまでの一部特権階級が好んだ華美な虚飾が省かれ、簡素で合理化されたデザインとなり、
無機質化もしていきます。
やがて、その合理的で無機質なプロダクトにおいても
「デザインの力によって様々なアクセントや付加価値を加えよう......」
という動きが高まっていき、
シンプルなデザインの中にも「美」や「思想」「センス」を込めたモノも生まれて来ました。
デザインにおけるそんな流れは、アートシーンにおける「抽象画」や「ポップアート
などのムーブメントともリンクして、一部のプロダクト等は高尚な「芸術作品」
とも呼べるような領域にまで高められていったのです。

これが所謂「モダンデザイン」という潮流。

この流れは「バウハウス」などによってミッドセンチュリーに栄華を極め、
今に至るまで続いているデザインの一大潮流でもあります。コレを

「大衆のための大量生産可能な家具」

と言ったのはドイツの家具職人トーネットさんですが、この言葉も、
モダンデザインの「一部分」を的確に表現していると思います。現在、その流れは一部
「ユニバーサルデザイン=Universal Design」
というものにも引き継がれていて、他にも「ピクトグラム」と呼ばれる
「絵文字」「絵単語」的デザインなどにもその影響が見て取れます。
わかりやすく言えば標識とかスマホアプリのアイコンデザインなどもそうです。
無駄が省かれた、直感的でシンプルなデザイン。





「モダンデザイン」「ユニバーサルデザイン」「ピクトグラム」......
アートにおいては「ポップアート」......
それらには、多くの人に瞬時に理解されやすいという利点とともに、当然、
相反的に抱えるリスクもあって。それは何か?と言えば、
上記もしたようにシンプルで合理的、直線的な部分も多いデザインなので、
コピーされやすかったり、無機質で温かみがないものになってしまいがち......
ということでしょうか。
作者の思いや表現したいことなどが限りなく入れ込みづらくもなります。
それは、アートからは遠くなりがちなものにもなりやすい......ということでもあるのしょうか。



僕が愛してやまないミッフィーさん。またの名は「うさこ」ちゃん。
ミッフィーとは、キャラクターでありながら、実は、
この様なデザインやアートの潮流の中にあるモノだったりもするのです。

ただし!

です。

個人的にはミッフィーは特別だと思っています。

愛してやまない、それなりの理由と凄みを僕は感じていたりするからです。

ただの」子供向け絵本、キャラクターなどではではない!と思っているのです。

それはきっと、見た人全てが本能的に感じていることではないか......と、
僕には思えているのです。



まるで一筆書きのようにシンプルな線で描かれているミッフィー。
それはまさにモダンデザインのよう。
しかし、実は、ミッフィーには一つとして「直線」は存在していません。
それは、絵の全てが「手書き」で描かれているからであって、
手書きにしても、物差しや定規などの道具は一切使われていないためです。
もちろんコンピュータも使っていません。

そして、そんな線は、よく見てみると、
手書きであるが故に輪郭がギザギザと、ユラユラと、不規則に波打っています。
人の手というのは何かを書く時にも必ず揺れているからです。
さらに、その手の揺れがシッカリと線に滲み出る様に、
こだわり抜いた筆やサインペンを選び、使い、描かれています。
だから波打っているミッフィーの線の輪郭とは、
描いている人の「手の揺れ」そのものなのです。
印刷ものやコンピューターソフトで描かれる綺麗でまっすぐな線の輪郭とは
全く違うものなのです。

そういう意味でも、

ミッフィーには一つとして「直線」は存在していないのです。

シンプルな線を軸に描かれているのに、です。

自然界に直線は「ほぼ」存在しません。

ミッフィーもそうなのです。

合理的で無機質になりがちなモダンデザインの悪いところを、
「手書き」「筆」というシンプルな絵画的魔法でもって、どこか温もりのある、
どこか手触り感のある絵に仕上げているのです。
心のこもったそんな線を何本も何本も書き直しながら、
その膨大な数の線の中からしっくりくる一本だけを選び、仕上げられているのです。







想像してみてください。
定規で線を描かれたミッフィーを。
線の輪郭が揺れていない、ピシッ!としたエクセルシートの様な線のミッフィーを。

それはミッフィーではありません。

偽物です。

ライツコントロールの甘かった昔は、時たまそんなニセ・ミッフィーを見かけましたが......

そして、その色使いも、線の描き方と同様にいたってシンプル。
しかし、自由で自在な組み合わせ方。使い方。
色環標における対色、補色、同系色、中間色......
色使いの基本とも言えるような形をしっかりと踏まえながら、
時に驚くような意外な組み合わせや崩し、壊しもあります。
色使いの基本がしっかりと印象付けられるベースがある故に、
その「崩し」は時に驚くような効果を生み出したりもします。

一度だけ、ミッフィーの誕生日のお話の回で、
オシャレして柄物の服を着ているミッフィーが登場します。その衝撃たるや.....
「み、みっふぃーが、、が、ガラモノの服を着てる......」



あまりに似合わなくて!?なのか?作者もそれ以降二度と描いていないのですが......
僕らマニアはこれを「ガラミッフィー」と呼び、伝説として祀り上げました。。
しかし、そんな衝撃もシンプルな色使いや考え抜かれた構図あってのもの。
それらにおいてミッフィーは教科書的な価値や輝きすらも持っているのです。
それは、本当に完成されていて、一分の隙もない完璧さ。
僕には感動的ですらあります。



だから、僕は、デザインのアイデアに迷った時、悩んだ時は、ジーーーっと、
ミッフィーを見つめるのです。
それは、そこに、多くの答えがあるからです。
ミッフィーは、いつも、僕に必ず何かを気づかせてくれます。
何かを正してくれます。



いいかい。
物事はシンプルでなくちゃいけないよ。
みんなにわかりやすくなければいけないよ。
でもね、そういう方向を突き詰めすぎると無機質で冷たいものになっちゃうんだ。
それもダメだよね。
合理だけだと悲劇も沢山生まれるんだ。
そういう合理化されたシンプルさの中にも必ず温かさを入れないと。
心を入れないと。
魂を入れないと。
ダメだよ。
自然にはならないよ。
完成されないよ。
完全にならないよ。
完全ってね、崩しも含まれてこそ完全なんだ。
ユガミをさ、ユガミと見せない形。
歪みを美と魅せる形。
歪みもあって完成されているということ。
uzmetさん。そーなってる?
あなたの今作ってるものは、ちゃんとそーなってる?
自然、自ら然(しかり)となっていく、そんなふうになってる?
その作品は生きてるのかな?
大丈夫?
頑張ってね!



ミッフィーはオランダで生まれて、
世界中で多くの人々に受け入れられたキャラクターでもあります。
絵本としても一級品。
キャラクター、商品としても一級品。
デザインの観点から見ても一級品。
自己表現をどこまで突き詰められるか?
といった領域にある「アート=美術、芸術」の観点から見ても一級品。

そんなものって、世界にどれだけあるのでしょうか?

ネズミーランドやチビ猫さんなど、キャラクターとして一級品のモノは沢山あると思います。
四次元ポケット猫だって、あのアニメだって、あの漫画だって。。
でも、ミッフィーは立っているステージが違うように思っています。
これを生み出した人は、きっと、そんな次元で生きていた人ではないかと、そう思うのです。
ミッフィーは、いつも僕に、そんな生みの親の話を聞かせてくれるのです。



つい先日。2月16日。
ミッフィーの生みの親、作者のディック・ブルーナ(Dick Bruna)さんがこの世を去りました。
89歳だったそうです。



お会いする夢は叶わなかったのですが、
これまでも、これからも、そばにミッフィーがいる限り、彼の絵や本がある限り、
僕は毎日ブルーナさんの教えを受けていくのだと思います。

ブルーナさん。

ミッフィーは傑作中の傑作です。

少なくとも、僕1人だけでも、そう思っています。

宝物をありがとうございます。

心から感謝をしています。

どうか、少しユックリと、お休みください。



生まれたてのミッフィー。最初はこんな感じだったのですね(^^)
そして......以前も載せましたが、ミッフィーの絵本達の中でもひときわ大好きな1ページ。



抽象画の巨匠、「ピエト・モンドリアン」の絵の前でたたずむミッフィー。
少しだけ首を傾けて、何か、考えています。
ブルーナさんはピカソやレンブラント、マティスにも強く影響を受けたと語っていましたが、
ミッフィーに関しては、モンドリアンとの並びがとても合うように思えます(^^)
どちらの絵も、抽象化を推し進めたシンプルさの中に魂を込めた作品。
相反する要素を高次なところでまとめ上げている作品。
そんな二つが一緒に描かれている貴重な1ページ。
ミッフィーがアートの魂も持っていることを表している絵のように、僕には思えているのです。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (4)

網走徒然 2

2017-02-19 00:16:03 | 凄い
次回。昭和の大名優、高倉健さんの大ヒット映画「網走番外地」ゆかりの地へと。。
つづくのです......



「わしゃぁ、不器用ですけん。。」
......なーーんていう朝一番の網走市役所でのミーティングを終えて、その後、
市役所の方々がセットしてくれた網走刑務所へと、一路、向いまする。。



正確には「博物館 網走監獄」と言うのだそうです。
刑務所施設としては日本最古、同木造では世界最古となる建物は放射状に作られていて、
中央の「見張り小屋」から全ての練を見渡せるように作られています。



ちょっと、ホテルにフィットするような設計思想。
こんなホテルあってもいいなぁ。。ナドと、思ったりなんかして。実際、案内の方に聞くと、
どこかの刑務所がホテルにリニューアルされてオープンするらしいのですけど。。ほぉぉ......







こら!o(`ω´*)o おまいら! 夜中に騒ぐんじゃねー!。。みたいな。





全国の刑務所の約一割が集まるのが北海道。なぜに?と聞くと、昔、政府の指針もあって、
受刑者は道内の土地の開墾や街造りの労働力として考えられ、送還されてきたのだそうです。
それで北海道には刑務所が多いらしく。。



こちらは「鏡橋」。刑務所の外塀に沿って流れる網走川に架かる橋。
受刑者にとっては、収容される時と出所の時と、必ず渡ることになる橋だそうで。
それで、誰彼となしに、
「川面に我が身を映し、襟を正し、心の垢をぬぐい落とす目的で岸を渡るように」
などと言い出したところから「かがみばし」と呼ばれるようになったのだそうです。
しかし、個人的にこの地で一番印象的!だったのは、この掲示板で......



「破獄」という有名小説のモデルで、テレビドラマにもなっている昭和の大脱獄王
「白鳥由栄(しらとりよしえ)」さんの言葉だそうです。



「人間の造ったもは、必ず壊せるんですよ」



なんだかキュンキュンします。
キュンキュンしたので、ココにしか置いてないという彼の人生を書いた伝記小説
「脱獄魔」を買いました。本のコピーは
「読むのはいいが、入っちゃなんねぇ」
キュンキュンです。。



26年間の服役中に4度もの脱獄を成功させた人。
脱出不可能と言われたこの網走刑務所では、食事で出される「味噌汁」を密かに乾かして
作った塩で、半年かけて牢の金属を錆びさせて壊していった......と。

最後は東京で
「もう疲れました。。」
と、逃げることもせず捕まったのだそうで。

地球というもしかしたら牢獄!?みたいな星と、
この刑務所が少し重なって見えてきたりして......

「プリズンブレイク」的で「ショーシャンクの空」的な心象風景......

いつか、広い世界にでてやる!

いつか、この重力から解き放たれてやる!

......って、ね。。

最近の刑務所のモデルルームも。今や冷暖房完備。こんな綺麗......



ここに住みたくて戻ってくる人も!?いるとか!?いないとか!?
「監獄歴史館」内にはシアターもあるのですな。色々と観光設備も充実してるでやんす。



次の移動前にランチを、と。未だオープンしたばかりだという「監獄食堂」なるレストランに。



現在の刑務所で出されているものと同じメニューだという「監獄定食」なるものを。



その後、天都山という山の頂上に在る真新しい博物館、「オホーツク流氷館」にも伺い、
館長さんに御挨拶。



その館長さんがやたらめったらおすすめするコチラの流氷ソフト!をご馳走になり......
オリジナル!で作っているそーなのですが......



確かに!Σ(●゚д゚●) なんじゃこれ!? メタクタ美味しいやんけ!
ただでさえ美味しい北海道牛乳のソフトクリームに、とても淡く溶け込んでるキャラメル。
そこに青い色をした天然塩がパラパラと降りかけてあって.....なんだこれ!?
斬新な美味しさ!オススメするのわかるわんわん!

そんなふうにワンワン!もしちゃう網走徒然。

いちおーですね。。ま、僕さんですから。
この日の早朝。市役所打ち合わせの前。みんながまだお布団にくるまっている頃。
この地を守護する「網走神社」さんに、チョイと、お呼ばれしてまして......
お酒を持ってご挨拶を、と。ええ。ええ。



祭神は海の守護神、宗像三女神(むなかたさんじょしん)さん(^^)
大好きなタゴリ姫さんも。真っ白な雪がとてもよく似合う素敵な神社さんで。



早朝で、だーれもいませんの。。「北海鎮護」!



山海の幸!と言えば......隣の護国神社さんの方には七福神さんもいて。
後々の時代に加えられた信仰でしょうか。。



さてさて、ここまででお気付きの方もいらっしゃるとは思いますが......
刑務所内の写真は結構キツイっす。。ダメな人には本当に申し訳ございません。。
載せたものは軽めのものにしてはいますが、何卒のお許しを。

まぁ、しょーじき。「刑務所」から戻って五日間は微熱が出っぱなしで、全然下がらず。
24時間寒気が止まず。アチコチ体も痛みまくりで、声も出ず。目も半開きのヘロヘロぷー。
もう、ずーっと、家では寝込んでいたのです。
でも風邪じゃないんですよね。これ。しょーじき。

刑務所を出る時、橋の真ん中では僕さんの真上に沢山の鳶さん?鷲さん?が集まって来ていて。
完全なるお見送り.....で。
その時はそんなことをスタッフさん達にも冗談的に、然りげ無く言っていましたけど......
彼等は犯罪者であったかもしれませんが、きっと無念にも、内地......
本州以南の家や故郷に帰れないままに、会いたい人にも会えないままに、苦しく、
ヤリキレナイ思いを抱えたまま網走の地でこの世を去った御霊(みたま)さん達がかなり
多くいらっしゃって。それがケッコー、沢山。ついて来ちゃって。アチキに。ええ。ええ。
「やっと本土に!ついて帰れるヤツが来やがった!!」
なんてワケでやんすから、こりわ、まぁ、
自分に出来ることはなんとかせねばなんねーどー......と。
まぁ、そんな御霊さん達が抜けて行くまで背負ってるツーのがまた、
ケッコー大変でして。ええ。

しばらくボロボロだったんす。アチキ。(T 。T)ぶぇ。

流石のチカラを持つみゆきちゃんなどからは、アチキは何も言ってないのに

「uzmetさんの体調大丈夫ですか?
私は凄い顔の人達が見えて怖かったので晴明水に入りました」

......なんて、心配メールなどを頂いちゃったりして。流石でございますのね。
mikoちゃんやプリリンねーさんからも
「寒気が止まらない、、」
なんてメールが来てたし、会社の敏感女子さんからも
「uzmetさん!見たこと無いくらい真っ黒なんですけど!?どーしました!?」
なんて言われちゃうし。。まぁ、こーなることはわかっていたので、
今迄、網走は個人的にはスルーして来た地なのですけど......
今回ばかりは何かの役周りなんだろーなー......と。頭から覚悟はしていました。
しかし、この尋常でない体の震えから察するに、
きっとみんなスゲー寒かったのだろうとは思うのです。
体の痛む箇所を思うに、きっと労役も大変な過酷さだったのだとも思うのです。
こっぴどく働かされて、温かい風呂にもロクに入れず。。
ちなみに僕さん。東京に帰ってから五日間「全食!お蕎麦だけ!」を食べてました。
皆さん、何より、暖かくて美味しいお蕎麦を食べたかったみたいでして。。

そんな感じでグズグズとしながら、毎日少しづつお帰りしていただきつつも、
中には、おそらく、この世を去られた時、
お経や真言をマトモに上げてもらえなかったであろう御霊さんたちもいて。
そんな方々にはドドーーン!と、沢山の大太鼓や笛や法螺貝までも合わせまくった
「こんなの聞いたコト無いやろーーっ!ちょーぜーたくやでーっ!!」
ってなくらい派手なプレイをビシッ!っと聞かせてあげようかと。
しばしスケジュール調整の時間を頂いて、深川不動さんに行くことにしたのですが......



流石!の不動さん。
慈悲深き法力。真言。般若心境から御護摩修行まで。ビシッ!と。ありがたく。
お護摩中は自分の意識とは無関係に涙がボロボロ......と溢れ落ちていました。
皆さんとても安心してそれぞれの帰るべきところへ帰られた様で(^ω^)本当に良かった。
スグ近くの隅田川からは晴れやかに神がかったサインも頂いたので、確信もいたしました......
「おぉぉーーい!頑張ったよぉぉーーー!じぶぅぅーーーん!(σ´Ο`)σ」



ってな時に、またまた流石のみゆきちゃんメール、パート2が......

「故郷に無事に帰れたと思います!辛くて悲しくて寂しくて......行き場所のない
どうしようもない思いがまるで自分のことのように伝わってきて苦しかったのですが、
スッキリしました。」

アッパレでやんす。。(@_@)
さらに同時にプリリンねーさんからも......

「◯◯◯の神曰く、、
uzmetに憑いてきたのは100くらいいたよ。今はいなくなった。」

なんてメールも。
二人ともアホウでやんす( ̄◇ ̄;)流石でやんすけど。良い医者を紹介するでやんす。

そんな感じで、このブログを見てくれている方々の力もしっかり借りて、少しづつ、
それぞれの帰るべき、帰りたいところに帰る事が出来た様なので本当によかったのでやんす。
他にも、この記事を見てくれている幾人かの方々が、本人無意識でも、
重荷を分け合ってくれていたこともしっかりと感じております。
そこのアナタ!にアナタ!に、あなたぁ〜〜んん♡
とても感謝しております。ありがとうございます。

北海道をもっと発展させるには、
あの様な御霊さん達を大地に放っておいてはいけませんのです。
それが基本で最初のことです。
負の念が正の念を上回ってはなかなか盛り上がってはいけません。
大地を悲しみに染めてはいけないのです。
何人たりとも、そんな、大地を汚す権利などありませんのです。
今回の御霊さん達は、あの地に最後の最後まで残っていた、ワケありの、
責任感のあるレベルの高い御霊(みたま)さん達だった様にも感じています。
みゆきちゃんの言うように顔はめっぽう怖いですけど。不動明王さんのようなもんです。
網走の雰囲気もこれからまた変わっていくのではないのかなー......なんて......

しかし、勿論、網走の地の本当の神様は蝦夷の神。
アイヌ。ウィルタ。さらにはニブフ(ニヴフ)の民。
オホーツク文明を築きあげた皆さん。
フト見つけたアイヌのお守り、ミニチュア「ニポポ」さんもリスペクトでお買い上げ。
こちらはでっかいニポポさん。



体の痛みと熱に悶える中、蕎麦屋で鴨せいろをすすりながら改めて強く思わせられたのは、
僕らは、深い歴史の上に今を生きているということなのですね(^^)





東映!ドーン!( ̄∇ ̄)/


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (10)

網走徒然

2017-02-15 00:03:55 | 凄い
「......もう、ココには戻ってくるなよ」



「ヘイ......お世話になりやした。。」



そんなこんなの「網走徒然」( ̄^ ̄)ゞビシッ!



......しばらく前、

「あ、どもども。札幌のWですぅぅー。お疲れ様ですぅー。
uzmetさん。ちょっと相談があるんですけど、、、カクカク、シカジカ、、で、
網走(あばしり)に来てもらえませんか?」

「へ?( ˙-˙ ) あばしり!?」

「ええ。すごく寒いですけど。今。でも、ちょっと会って頂きたい人がいまして。
行ったことあります?」

「網走に?......うーんと、夏とかに、幾度か通ったぐらい。。かなぁ。。」

「そーですか。あの、今回は流氷船の会社の社長さんなんですけど。一度どうかと」

「りゅ、流氷っ!?( ̄◇ ̄;)って?」

「ええ。今しか見れないんで、是非とも。ちょっと色々とお話もありまして」

「はぁ......りゅ、りゅうひょうぅってぇーーーーーと、、、
かなりお寒いですわよね!?なう( ̄▽ ̄;)? な、なんか、こ、腰が引けちゃうぅぅ......」

「そうですねー、、昨日あたりはマイナス11度でしたね(^O^)」

「ま、マイナス!?じゅういち!?どぉぉ!!?.......:(;゙゚'ω゚'):......」

「氷が着岸するかどうかは未だわかんないんですけど、、もっと寒くなると思いますし。
とりあえず少し先でスケジュール組んでもいいですか?」

「は、はぁぁ。。お、おまかせいたしやすぅ。。( ̄◇ ̄;)」



流氷ドーーーーーン!。。









特別に船長室に乗せてもらったのでやんす。。ブンブン。





船の先端には、これまた特別な許可をいただいたウチのカメラクルーが
機材をセットしてるでやんす。。すげーっす。頑張ってるっす。
海がどこまでも白いっす。。



幸運なのか?どーなのか。
薄氷状態から「見事な流氷着岸!」という形になったのは、
僕らが訪れた前日からだったそうで。。
はるかシベリアから!?アザラシくんも乗って来てるのですな。



船内にはクリオネさんもいたりしてね。



港に戻る時......幻想的な光でごわす......神様......っす。。3柱。。ええ。オーロラ的な。。



僕さんにはこんなふうに見えていたのですけど。。ええ。ええ。
不思議な空でございまちた。。



砕氷船「オーロラ号」の船長さんによると、
この頃は毎年とても荒れた天気が多くて、流氷が漂着している時に、ピーカン!
とは言わないまでも、こんな感じで晴れやかに見渡せる様な日は、
昨年途中から考えても今日が初!ということらしく。
一年以上ぶり!のようで......すげーっす(゚ω゚)

シベリア大陸を流れる世界第8位!の長さを誇るアムール川の水がオホーツク海に出ると、
その膨大な量の真水によって海の塩分が一部薄まるらしく、
そんなふうに真水に近くなった海水というのは氷結温度が格段に下がり、
それで、寒い冬は海を流れるうちにドンドンと凍っていって流氷となってしまうのだそーです。
それが海流に乗ってはるばる北海道の北岸に迄流れ着く......ということらしいのですが、
北海道の地というのは、そんな流氷が観れる北半球最南端の緯度となるのだそうです。

ほーーーー。。

初めてで。なんか。。ほげーーっと。カンドーする。。

この不思議な感動の「感触」は一体なんなのだろーか?.....と。
ちょっと船の上で沈思黙考してみたのです......

おっ!?

なんだか、一見全てが停止しているかのような、死の世界にも見えるようなこの風景が、
実はとても豊かな生命のエネルギーやエッセンスを宿しているからだ.....
北極だろうがシベリアだろうが、ロシアだろうが中国だろうが日本だろうが、
みんな繋がって影響を与え合ってる自然の循環を感じてるからだ......
と、そんなふうなことに思い至りました。
この荒涼たる風景の中にはとても大切な「ナニカ」が沢山!含まれているからだ。。と。
その見えているものと見えていないものとの「相反する二つの印象の暗黙の交錯」が、
僕の心に不可思議なざわめきを喚起させているのだ......と。



スタッフのWさんにオススメされた「流氷ドラフト」。
流氷の水で作ってる発泡酒なんですって。青いビールなのですな(●゚д゚●)ホフゥー.....



夜は札幌から大きな会社の重役さんもいらしてくれて、
地元の名店「寿し安」さんでオホーツク海の幸をいただきましたの。。



お通し的に、いきなり!のビッグな「茶碗蒸し」さん。ウマママ!(*゚0゚)



「おいちーですなぁ。社長さぁーーんん。。」

「そーですか(^^)良かったです。
次は.....とても貴重なイバラガニの内子(うちこ)の握りなのですけど、、
食べごろがあるので合図しますね。これは東京ではマズ食べれないと思いますよ」

「食べごろ!?って!?マジッスカ!?Wさん!どーなのさ!やばくね!?」

「おいし〜ですね〜。。(^^)こっちは、オホーツクきんきの煮付けです。やばいです。」



イバラガニの内子寿司は写真を撮ることすら忘れてしまうほど幸せなお味でしたが......
この夜は、みんなで網走と北海道の未来に関してカンカンガクガク......と、
とても熱い意見を交わしていましたのです。
うちのスタッフさんたちも含め、とても情熱的な人達に囲まれて、
僕にはなんだか心地よい時間が流れていったのでございます。。



「そうそう。Wさん。明日のスケジュールはどんなでしたっけ?」

「明日は先ず、朝一で網走市役所の観光課に挨拶に行きます。
そこで少しミーティングをして、その後、網走刑務所にもちょっと行ってみましょうか。
既に話も通してありますので」

「あやや!?Σ(●゚д゚●) あの!? ケンさんの居た!? 網走刑務所?」

「そーです(^^)高倉健さんの。網走番外地。」

「ケンさんいるかな!?(●゚д゚●) 」

「どーでしょうか(^^)」



次回。昭和の大名優、高倉健さんの大ヒット映画「網走番外地」ゆかりの地へと。。
つづくのです......




東映、ドーン!( ̄∇ ̄)/


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (6)

香取徒然

2017-02-11 00:37:53 | 凄い...パワスポ寺社
「突然ですが、妻が、いつものごとく、突然 “佐原の香取神宮に行く” とほざきまして、
来週末行くことになりました。どこをお参りすれば良いか、アドバイスあれば......」

......なんていう質問が来まちて。先日。
ほーほー。。
そーとーカンの鋭い奥様ですのー。
本人の自覚は至って薄めのようなのですが、実わ!?
いま香取の神様は動きまくっておりまする。確かに。
チョー珍しいことですけど。ええ。ええ。
奥さんは香取さんに縁が深いのですなぁ......きっと。ええ。ええ。

しかし、香取ですか。。

それわまた、トンデモなくレベルの高いところで。。

ならば!

香取徒然!

今週末わ、このページを横目で見ながら巡っていただければとぉぉー(^^)



下総国(しもふさこく=千葉県北部)一宮。香取神宮(かとりじんぐう)。
「鹿島神宮(かしまじんぐう)」「息栖神社(いきすじんじゃ)」と合わせ、
「東国三社」と言われる神社のうちの一社。
起源は明瞭でないくらい古い神社さん。
祀られる神は「国譲り」という日本神話で活躍する経津主大神(フツヌシノオオカミ)さん。
先ずはこの神社が創建されたであろう、はるか古代のこの辺りの地形を、
必殺の「Google Flood Maps=グーグル・フルードマップス」で......



これ迄も幾度か記してきてますが、縄文期、
現在よりかなり温暖だった地球の海面は今より10メートル前後高かったと予想されます。
すると上記のように、「浦=海」と名の付く「霞ヶ浦」は湖でなく、まさに海となり、
香取神宮の目前も銚子から連なる海であったであろうことがわかります。
これを「香取の海」と呼びます。

香取の神様はその海から今の神社のある地へ登り、
広大な関東平野における中心的な貿易港として造成していきます。
そんな入江の両端を押えるのは軍事的には常のこと。いつ敵が
「港や荷物を奪わん!」
「トランプ大統領に見つからないよーに密入国だ!」
とやってくるやもしれません。



どーも、香取の入江に関しては地形的に北と南の岬を抑えるのが良さそうです。
北の岬の方は上の地図の通り「鹿島神宮」として。
南の岬は「香取神宮」として。
この二つはセットで港を守る要害として......と、今に伝わるわけではないかと。
関東平野の様々なお宝を日本中や外世界へと送り出していこうと、
世界の様々なお宝を陸揚げしちゃおうかと、そんな肝心要(かんじんかなめ)の港。
そんな港を開き、守りもするメッポウ強い武神。
それが香取の神様です。

なので巡り方としましたら「可能であれば」ですが、神様が最初に登られた海岸.......
それは今は利根川の土手の辺(べ)となっていますが、そこにある「一の鳥居」......
「津宮浜鳥居」と呼ばれるところに一度立ち寄るとなかなか良い感じだと思われます。
そこから本殿まではかなりの距離があるので、再度車などで移動して頂き、
本社に到着!なんて言うのが良いのではないかと。ええ。ええ。
そして、入り口、ドーン!( ̄▽ ̄)



参道も美しかりけりぃぃーーー(^ν^)









本殿前鳥居をくぐって......



御手洗をして、そのまま本殿入口へ......と思いきや!
その逆の方!すぐ左横!ココ!ポイント!
そこに最初に挨拶をすべきいくつかの社(やしろ)と「木母杉」と呼ばれる大木さんがあります。
ココは絶対に外せません。なぜかって......スサノオさんだからん!( ̄^ ̄)ゞ



その後、真っ赤な気品が溢れ出している門を潜り、本殿境内に入ると......



ど頭にある写真の様な、光る黒!と金!を纏った、そりわそりわ......
美しすぎる本殿が現れるのでございます。
そんな黒と金色に混じって所々アクセントで入る緑色の壁が......タメ息ものの美しさなのです。







この独特の色合いと建物とのバランスは「スタイリッシュ!」とでも言いたくなる様な感じ。
モダンさをも兼ね備えた美麗さとでも言いましょうか。
正直、「洗練されたデザイン」という意味においては、
個人的には日本一の社殿ではないかともおもーちょりますばい。ええ。ええ。
そんな美麗でスタイリッシュな本殿参拝後は、左から本殿を回り込み......
三本杉......馬場殿神社......匝瑳神社(そうさじんじゃ)......



ナドナドに手を合わせつつ......ココ。本殿ど真ん中の裏。
この場所でも是非、手を合わせたく。ええ。



そしてその斜め後ろに、もう一つ。
末社「桜大刀自神社(さくらおおとじじんじゃ)」
ご祭神は「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」さん。
何故かって?......日本一の山、富士山を背負いたいわけなのですな( ̄+ー ̄)

その右横には鹿島新宮社(かしましんぐうしゃ)もあって、
ペアとも言える鹿島の神様にもここから遥拝できます。
このさらに奥、境内を裏側に出ると、そこには鹿さんの庭などがありますが......
鹿島神宮と違って、特にこの辺りは寄らなくても大丈夫っす。

そして鹿島新宮社から本殿前に戻り、お土産やら何やらを買いつつ、その授与所では、
この後の参拝のために「境内地図」をもらっておくと良いかもしれません。
地図をもらったら境内右隅にある「祈祷殿」にも軽く会釈、その前を通り過ぎると、
そこからも本殿境内の外に出れます。そこを出た所にあるのが諏訪神社。
祭神は勿論「建御名方神(タケミナカタノカミ)」。
コチラも挨拶マストの社(やしろ)でございまつ( ̄^ ̄)ゞ

諏訪神社の立つ所は既に本殿の境外。
もらった地図を片手にそのまま入り来た正面入口を右手に見ながら歩きつつ、
本殿前の道をまっすぐ、民家の見える方に向かって歩きます。
その道は完全に境内を抜け、数段の階段を降り、細い道を左に曲がると、
こんな場所が見えて来ます。



「要石(かなめいし)」です。



鹿島神宮の要石とも繋がっていると言われる、アノ!要石。
地震を押さえている!?とのことで。。
詳しくは以前記した「鹿島徒然」を。何卒。

ここでは要石のトイメンにある小さな社にも挨拶して、
要石も「ジッ......」とひとしきり見つめたら、
その奥に広がる空間の真ん中にある「護国神社」にも参拝。
そにまま社殿が向いている方に進んでしまうと入り口の参道に戻ってしまうので、
そこからはまた元来た要石の方の細道を戻り、民家の並ぶ道に出て、もう少し奥に進みます。
すると、飯篠長威斎(いいざさちょういさい)さんという剣豪さんの墓所が見えて来て、
そのすぐ横に、この香取の地、最大のパワースポット!
とも言える「奥宮」が、ひっそりと、鎮座しています。





ここまで来る人はナカナカいません。
いつも閑散としている場所ですが、本殿以外では、ここに、
フツヌシさんは時折降りられます。すげー場所です。聖地です。降りてます!?



もし、本殿、神職さん以外にお酒などを捧げるにしてもここが良いかと。
その時は、封を開け、参拝し、
「お召し上がりください......」
と。その後は適当に大地にまいて、器はちゃんと持ち帰るのが良いと思いまする。
決して!荒らすべからず!で!( ̄^ ̄)ゞ

参拝が終わったら、そのままテクテクと奥宮沿いに下って行く道を歩いていけば......
あーら不思議!入り口の鳥居前。駐車場の真横に出ちゃうのです。
なんなら、そのままブイッ!と帰れちゃいます。
ただし!お帰りの前に!
拝殿に向かい感謝の一礼と、参道の「亀甲堂」さんというお茶屋さんにある名物
「厄落とし団子」だけは!是非とも!食べて頂きたく思いますのでやんす。
スコブルおいちいっすの。これ。ええ。ええ。(^ω^)



香取神宮。
神話にも登場する偉大な神「フツヌシノカミ」を祀るこの神宮は、
平安時代に纏められ、今に伝わる最初の「公式神社辞典」、
「延喜式神名帳=えんぎしきしんめいちょう」という書物において、
全国2861の神社の中でたった三つだけに用いられた「神宮」の名を冠する神社でもあります。
他の二社は伊勢と鹿島。
それから江戸時代まで「○○神宮」を社号として記された神社はこの3社のみ。
皇居内、宮中で行われる「四方拝」において遥拝もされる威厳ある一社さんでもあります。
こんなトコロからもすこぶる特別な神社であることが感じ取れます。

そもそも経津主神(フツヌシノカミ)というのはこの時の記事でも記したように
「スサノオ=須佐男=素戔嗚」さんのお父さんと思われます。
かなり個人的な意見ですが。ええ。ええ。
信じなくてもいいですよって。ええ。ええ。自由奔放で。

そんな、かくも偉大なるスサノオさんのお父上様ともなれば、
かくも偉大なる日本国建国の御技に携わった神であることも間違いはなく。
場合によっては、スサノオさんは、
このフツヌシさんの意思を受け継ぎこの国を一つにしていったのかも知れなくて。

フツヌシのフツとは、刀が振られるときに空気を切り裂く音でもあって。

更にその「フツ」という名前の持つ響きをよくよく吟味してみると、
遠く、中央アジア、モンゴルの平原に生きる遊牧民の香りも漂ってきます。
馬に乗り、広大なユーラシア大陸を広く治めたモンゴル帝国の屈強な武人達の様な、
強き武力とチカラと意思と響きとを感じたりもします。
馬術や相撲の起源を思い計ったりもしてしまいます。

フツの神の剣(つるぎ)というのは、
高き馬上から振り下ろされる風の様な切れ味と力を持ったモノなのでしょうか......

「ブン!ブォッ!フッ!.......」

気高くも恐ろしい力を感じさせられもします。

そんな感覚と肌触り、イメージが、僕にとってのフツヌシさん。
クールで強く、決して誤魔化しが効かない切れ味を持った神様。
そんな神様が大きく動き出した今年。イロイロと思うこともあります。
少し前。ある古墳に行くために大阪に向かった時、その役の困難さから
僕を護ってくれるかの様にフツヌシさんがついて来てくれたことがありました。

ええ。

気のせいです( ̄+ー ̄)......

その時、大阪に向かう新幹線の窓を覗き込んで来たフツヌシさん。。



「先行ってるから、キオつけて来いやー。。大変だからなー。。」
って。大きな鋭い目でギロリ!と優しいことを言う、そーいう感じ。
ちょうど厚木を超えて、富士山が後ろに見えてくる大山のあたり。
この時の僕ちんは高速で走る新幹線の座席から1人窓に向かって手を振っているという、
おばかポンチ極まりない、とても話しかけたくない人。
すげーっす。どーでもいい話と思われますが。ええ。ええ。



さてさて。こんな感じの香取神宮巡り。
是非とも楽しんで、フツヌシさんに敬意を持って回っていただければと。
もしかしたら良いことが!?あるやも!?知れませぬ。
きっと。です。きっと。ええ。ええ。
今回メールをくれた貴方様!貴女様!どうぞ良き一日を!(^ν^)

よーーーーーく考えたら......質問を頂いた貴方様方が行くであろう本日は......

建国記念日!!

持ってますな!

奥さん!(*゚▽゚*)

鹿島神宮に関しての徒然はこちらまで。
鹿島徒然」「2」「3

記事中の素晴らしき写真は、
マケッターのJさんmikoちゃんからもいくつか頂いてます(^^)39!


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (4)

カルテ

2017-02-07 00:07:33 | セツナイ
「3年ぶり、ですか。。ほぉ。。」

と、白衣の女医さんが、
久方ぶりの健康診断面接で僕のカルテを眺めながらつぶやく様におっしゃっております。
そこにツッコンでいく僕さん......

「ええ。ええ。そーなんですよ。ええ。」

「まぁ、あまり感心はしませんけど。出来れば毎年ちゃんと受けて欲しいですね」

「ええ。ええ。
会社のそーむ部のおねいさんにもそー言われましたのです。ええ(*´ω`*)
こっぴどく怒られまちて。いい歳こいて。ええ。ええ。
おっしゃるトーリで。すいません。ええ。ええ。」

「ソレで、っと、、うーーーん、、、、」

「どっすか?アチキの体。良い感じですか?(`・∀・´)ダイジョブっすかね!?」

「いやぁ、、素晴らしいですね。完璧です」

「マジッスカ!?お喜びでぇぇぇーーっ!(=´∀`)人(´∀`=)」

「そーですね。。」

「実わですね!
体は定期的にキッチリとチェックチェックしてもらってんるんすよ。
スゲー知人がいまして。幾人か。その道の。ええ。ええ。
その人達にもこの前 “なんの問題もないです。完璧です” って言われてたんすよ( ´ ▽ ` )
ええ。ええ。
そんなこともあって、ツイツイ検診をサボっちゃったりしてまして。
ごめんちゃいで。ええ。
ま、よかったっす。頑張ってるんす。これでも。ええ。ええ。
身なりは汚いっすけど体はニシキ!( ̄▽ ̄)/ ってね!ええ。ええ。」

「そーですか、、、それはいいことです、、、が、
一つだけ気になるところがありまして、、、」

「えっ!?Σ(゚д゚lll)」

「この、内臓周りの音波写真なんですけど。。。」

「ええええええええええええーーーーーーっ!?((((;゚Д゚)))))))
ヤダっす!ヤダっす!
こえーーっす!
そんなの見たくないっす!
ナンカあるんすか!?
マジ問題っすか!?MMDっすか!?
死ぬなら死ぬと言ってくださいね!コッチにも準備ってもんが!
ええ!?ええええええっ!?
こええええっす!?
なんなんすかぁぁ!?ヽ(;▽;)ノ
イキナリの暗雲たれこめまくりでぇぇぇーーーっ!」

「これ、肝臓と腎臓が写ってるんですよ。
この黒っぽいのが腎臓で、この白くて大きく見えるのが肝臓なんですけど......」

「あ!?
あわわわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!((((;゚Д゚)))))))!!
か、かんぞーっすか!?ヤッパリ!
それ、知ってるんす!
一度、昔、肝硬変の寸前まで行ったことありますて!
そのときわわわ、あと何日か見るの遅れてたら黄疸でてましたよ!って!
おこられたんすぅぅぅーーーヽ(;▽;)ノ
そーむ部ばりにィィィ!
でも治してもらったんすすっすぅぅーーーっ!
それっすか!?
それっすね?
またですか!?
またですね!
うわわわわーーーーん!
いやや!いややぁ、、、そんなのいやややぁぁ〜、、、
せっかく治したのにィィィ!うわわわーーーーーンン(T ^ T)」

「うーんと、本来ですね、肝臓もこの腎臓と同じ様な色で写るんですよ。普通」

「はぁ。。そーですか。。グスン(T ^ T)」

「そーなんです。それで、なんで肝臓だけこんな白っぽく写るかというとですね、
どーも脂肪が厚くて、それで音波がはねちゃってこう写るんですよ」

「は、はぁ、、(/ _ ; )ぐずぐず......」

「要はですね、肝臓に栄養がつきすぎて肥大気味なんですよね。
いわゆるフォアグラってやつです」

「ふぉ、ふぉあぐら!?( ;∀;)」

「そうです。脂肪たっぷりの美味しいフォアグラ。
Uzmetさんのフォアグラはかなり食べ頃で、おいしそーですよぉー。。」

「お、おいしいのですか、、??(;ω;)」

「それでですね、原因は暴飲暴食かな!?とか思ったのですけど、
三年前のカルテがコレなんですけどね。
見比べてみると、やっぱり一箇所だけ目立つ数字があるんですよ」

「は、はぁ。。:(;゙゚'ω゚'):ドキドキ...」

「......ここ、ですね。ここ。体重。
体重が3年間で7キロちょっと増えてるんですよね。
他はなんの問題もないのですけど、むしろ全ての数字が良くなっていて。」

「た、たいじゅう。。ですか。。」

「そーです。」

、、こ、ココロあたりが、、、

「あるんですか?」

「あります(T_T)どーーん。。

「まぁ、ちょっと太り気味かもしれませんね。本来の体重より。」

「それでフォアグラなんスカ。。?(;ω;)」

「栄養がたくさん肝臓に蓄えられている状態ですね。
だからコレステロール値も高めになってますし。
カロリーをもっと使ってください。
運動とかしてますか?」

「そ、そりわちゃんとやってます。。少し、、な感じ、、ですけ、、ど、、」

「Uzmetさんてスポーツは沢山やられてた方ですか?」

「け、ケッコーハード系かもしれません。。ええ。ええ。。」

「そういう人がピタッと運動をやめちゃうと、本来、代謝のいい体のはずですから、
余計にこんな状態になったりするんですよね。普通の人より。そんな感じがしますが。
よくスポーツ選手が現役をやめた途端に激太りしたりするじゃないですか。
ああいう感じです」

「は、はぁ。。そーっすか。。」

「ええ。運動頑張って、痩せてください。それ以外は完璧ですし」

「あ、あのぉぉ。。。」

「ハイ?」

「よーわ、コレって、、、」

「???」

「コレって、、、」

「?」

「デブ病ですね!?ヽ(;▽;)」

「デブ病です。( ̄  ̄)キッパリ」

「ガガガがガーーーーーーン。。・゚・。 ( ;∀;); で、デブ病だったのか、、わちき、、」

「いけませんね」

「ま、またの名を、“顔がおっきくみえていく病” ですよね!?ヽ(;▽;)」

「そうです。d( ̄  ̄)」

ガガガがガーーーーーーン。。Σ(||゚Д゚||)

「ま、痩せましょう!それでダイジョーブですよ。( ̄  ̄)」



清々しい朝の空でございます。
この寒空の下、朝日に向かって走っていらっしゃるのです。

なんとしても!

今度のハリルジャパンの合宿には間に合わせないといけません。
いつハリルに呼ばれてもキレッキレで行かないといけません。
頑張ってまつ!(T ^ T)/


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (12)

「8」を巡る旅 5

2017-02-03 01:04:09 | 凄い...パワスポ寺社
ここまで記したので、
こんなポンチキ記事に最後までお付き合いして頂いた貴重なる皆様への御礼として、
おそらくネットだろうが、本だろうが、なんだろうが、
きっとどこにも記されていないであろう「神魂神社の穴」についての話を、もう一回、
次回の「5」で記しておこうかと思います......
この穴、なんかヤベェェーーー!?( ̄д ̄;)ッス。




この穴。「ビンカン」な人であれば誰しもが気になり、惹かれ、時におののき、時に畏怖し。
どこかしら暗く、強く、得体の知れない何かが潜んでいる!?
様にも感じられちゃうようで。。それで、
「この穴ってなんなのですか!?」
と神社の方々に聞いてみるも、答えは決まって
「意味はありません」「ただの穴です」「わかりません」
と帰ってくるのだそうです。
宮司さんや禰宜(ねぎ)さん、社務所の巫女さん......どなたに聞いても、だそうです。
となると、きっと、
「そう答えるように......」
という約束事にもなっているのだと思います。
ただ、そんな答えが逆に、尚更、多くの人の好奇心を刺激してしまう様でもあって、
この神社を訪れた方々の間では常にお決まりの話題ともなっている様なのです。
「謎の穴」「でもなんかズゲー!」「意味ありげ!」「なんなんだろ!?」
と。



この穴は境内の山肌に掘られている?のですが......この感じ......なんか、知ってる......
なんだったろ......コレ.......多分、知ってる......なんだったかな......
ジーーーーット.......見つめるに......感じるに......
一つ、ピン!と浮かんでくるモノがあります。アチキには。
それが、関東、千葉県、房総半島の突端にある安房国一宮(あわこくいちのみや)
「安房神社=あわじんじゃ」。その境内や神体山のあちこちにある穴。
ソコデ、なんらかの祭祀に使われていたであろう、色んな穴。
その在り様や神社との混じり方、アナの雰囲気や空気感がそっくりなのです。



御神木の後ろのほーに......いくつかの穴......







境内のど真ん中、厳島社も.....穴......



この道の先の穴は.....とてもカメラを向けれるシロモノではなかったです......



そして、さらにもう一つ。
そんな神魂神社(かもすじんじゃ)と
安房神社の穴のイメージと重なってくるものがアルことに気付かされます。
それは、沖縄を始めとする列島南方の島々特有の聖地の在り様。
イワユル「御嶽=うたき」なるもの。
有名どころでは世界遺産でもある斎場御嶽(セイファウタキ)などもそうです。
巨大な岩壁や、山のえぐれた部分や穴の中、その前に祭壇が設けれれている様な姿。その空気。



例によって古い携帯写真ですが......





沖縄本島の中央、浜比嘉島の「シルミチュー」などは深い洞窟になっていて、もう、
とてもじゃないですけどシロートのワタクシメには入る気すらも起きません。
沖縄や宮古島には他にも沢山そんな聖地が点在していますが、
「カモスの穴」はそんな聖地の穴や構造にも似ている気がします。



ここまで記すと、もうお分かりの方もいるかとは思いますが......
これら全てに共通するもの。それは......



「忌部氏(いんべし、いむべし)」



天太玉命(アメノフトダマ ノ ミコト)を祖神とする古代朝廷の祭祀を司っていた一族。



神魂神社(かもすじんじゃ)は、ある時期以降、一時期......おそらく今も、
だと思いますが、この忌部氏との関わりが深い神社の様に思います。
境内の「穴」からは、僕はそれを感じるのです。



忌部氏(いんべし)とは記紀が編纂(へんさん)されていた頃の古代大和朝廷において、
祭祀関連の権限を中臣氏(なかとみし)と二分する力を持っていた一族。
古代天皇の側近中の側近。「斎部」とも書きます。
祭祀関連とは、今で言えば総務省、外務省、財務省、文部科学省、農林水産省、
経済産業省、宮内庁......などの省庁をひっくるめた様なもので、そこに占術までついてくる。
その長ともなれば、まさに内閣官房長官的なもの。
物部氏などの軍産複合派閥、省庁で言えば防衛省、警察庁、国土交通省......
などの体育会系!?グループと双璧をなす文化系最重要ポスト。
その権力の座を巡り中臣氏と長い間争い続け、徐々にズルズルと後塵を拝していき、
その後「藤原氏」となって栄華を極めて行った中臣氏の影の様な存在となっていった氏族です。
歴史の表舞台に沢山登場する豪華絢爛たる藤原氏の面々とは対極の地位に甘んじていたため、
その功績は教科書ナドにもナカナカ書かれたりもしないのですが、
とても偉大な氏族さんなのです。



ソモソモ、列島に稲作が広まる前からこの国にあった重要な穀物「ひえ=稗」「アワ=粟」
その栽培方法なども忌部氏が教えた、伝えたとされています。
更に、その他多くの作物の栽培法から着物の原料であった麻や綿、絹の作り方、
服の織り方や作り方に至るまで、
民の暮らしに深く関わるあらゆる産業をリードしていた氏族だとも思われます。
なので忌部氏の祖先は、多くの人々から敬われた農業や産業、
商売の神様ともなって行きました。
全国各地で開かれる「酉の市=とりのいち」などは、元を辿れば、実は、
天日鷲神(あめのひわしのかみ)という忌部氏の祖先神の一柱に辿り着き、さらには、
伊勢神宮のある地を古くから護ってきた「度会氏(わたらいし)」や、
あの「織田信長」さん迄も、この忌部氏の血統が後ろにチラつくのです。

記紀(きき)の神話においても、
かの有名な「天岩戸(あまのいわと)」において、岩戸に隠れてしまった太陽神、
天照大神(アマテラスオオミカミ)を外の世界に引っ張り出す時に、
中臣氏の祖先である天児屋命(あめのこやねのみこと)と太玉命の二人で鏡を差し出した......
と記されています。

神話では、双方の祖先神の活躍がとても重要な立ち位置で記されています。

このあたりにも国家祭司職を巡る二氏族のライバル関係の匂いが漂い、
もっと深く読み込めば、記紀神話(古事記&日本書紀)というのは、
この二氏族が話し合いながら書き上げていったのではないか?という様な感じもしてきます。

そして、そんな見識を持った上で「記紀」の内容を見てみるに、
先行する「古事記」を記していた頃は、まだ中臣、忌部の両氏は諸事をしっかりと二分し、
コミュニケーションも密に計りながら編纂をしていた様に感じますが、
後発の「日本書紀」の頃には、そのバランスは大きく中臣氏に偏って編集されたようです。
「古語拾遺(こごしゅうい)」という古書が在りますが、それは、そんな「日本書紀」に
対抗するために斎部広成(いんべひろなり)が独自に記したものでもあります。

しかしながら、
強大であった忌部氏の足跡は今も日本各地に神社や地名などでシッカリと残っていて、
氏族の大きな拠点としては「出雲(島根県)」「紀伊(和歌山県)」「阿波(あわ、徳島県)」
「讃岐(香川県)」「安房(あわ、千葉、房総)」あたりでしょうか。
それらの本拠として奈良県、橿原市の地にも忌部という名前が残っています。
この中で、出雲と奈良に関しては天皇や朝廷の命に従ったり、
付き添う形での移住だとも考えられるので、その他の地域をよくよく見てみると、
忌部氏が列島にやってきた経路が浮かび上がって来ます。
それは明らかに、太平洋側、
黒潮の海流に乗って移動して来たであろうことが手に取るように浮き出ても来るのです。
ちなみに、中臣氏は......長崎県、対馬との繋がりが深い様にも思います。

......戻りますが......

そんなワケで、沖縄を中心とする列島南方の島々に見られる祭祀の形が
忌部氏に縁のある神社には「所々」見て取れるというわけでして。
その辺りから忌部氏が「ひえ」や「アワ」などの穀物の知識も詳しく持っていて、
海洋航海技術などもとても優れていた......ということにも納得がいくのです。

忌部氏の移り住んだ場所の地名に「アワ」とう名前がつけられている要因も
穀物の神というコトでよく分かりますし、神話の中にも
「アワシマ=淡島」は神々が最初に造った島と書かれていたりもします。
古事記の編纂者として今に伝わる「稗田阿礼 (ひだのあれ)」の苗字部分が
「稗(ひえ)の田」となっているところにも、
この人物が忌部氏の関連であろうと、僕には想像出来るのです。
神話において忌部氏の祖先神が英雄的に書かれていることも理解できるのです。

この国の文化、文明の「礎」の部分には、
遠く南方洋から伝わってきたモノモノも色濃く組み合わされていたりすると思うのですが、
それらは忌部氏の影響がとても大きい様に思えます。
沖縄の創造神、太陽の女神がアマテラスと似た名の「アマミキヨ」だったりするのも、
なんとなく、神話作家陣の一部でもあった忌部氏との関係性を思い計ったりもしてしまいます。



記録では、忌部子人(いんべおびと、いんべこびと)という人は、朝廷から「出雲守」として、
征服した出雲の民が反乱を起こさぬように、
出雲で謀反の動きがアレば早めにチェックするように、と、
いわゆる「朝廷のお目付け役」として出雲に派遣された、と記されています。
その時に住んだ場所が、今の松江市「忌部町」であって、
移り住んだ後、すぐにその地域の最重要社であった神魂神社を押さえ、
ソコに自らの祭祀の流儀を被せながら管理もしていった。
そんな痕跡が神魂神社の穴......なのか。。



全て、数奇なるおとぎ話の個人的想像譚。
ですが、静謐(せいひつ)なる神魂神社(かもすじんじゃ)の穴の前に立つと、
その穴の奥から、僕にはこんな物語が流れ出してくるのです。
きっと忌部氏もまた、古代日本、「8を巡る旅」における「」の旅人なのではないか?
などと思っていたりします。

しかし、今回のこの記事......書くのがメタクタ大変で......色々と......飛んで来て!?。。

「8を巡る旅」シリーズはこちらで。
メンドくさくて胡散臭い、難解な記事を最後まで読んで頂き、本当に感謝です。
ありがとうございます。おやすみなさい(^^)
8を巡る旅」「」「」「4


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (8)

リンクバナー