雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

Chopin

2017-07-29 00:05:20 | 素敵...映画&音楽&珈琲
ショパンが好きなのです。

「Fryderyk Franciszek Chopin=フレデリック・フランソワ・ショパン」

嫌いな人などいない!?とも思われますが。

ご多聞にもれず、僕さんも好きなのです。



ちょと体や耳が疲れた時とか、フト、聞きたくなったりして。
そんな時は大抵、エリック・サティさんなどとセレクトを迷ったりもするのですが、
ショパンを選ぶ時は、ちょっと、どこか閉塞感(へいそくかん)が強くある様な時で。
そんな憤り(いきどおり)にも似た感情とのマッチングがやけに良いのが
彼のピアノだったりするのかなぁ......なんて。
今週はそんな感じの自分!?なのでしょうか......
ショパンの美しく繊細な旋律というのは、そんな自分にどーにも優しく、処方箋的で。

不思議なことに、

ピアニッシモが鮮烈で。

フォルティッシモが心地よく。

閑さや岩にしみ入る蝉の声......しずか(け)さや いわにしみいる せみのこえ.....

松尾芭蕉のこの歌によく似た感覚とでも言いましょうか。

遣る瀬の無い心には、特によく沁み込んで来ちゃうのでございます。

スッと、自然に、体の中に入り込んで来るのでやんす。

水の様に、空気の様に、スムーズに。サラサラと。

気がつくとその音世界に心が漂い出して......

いつの間にか心地よい草原の中に、海の波の上に、南国のプールの上に、

プカプカと寝そべっている様な、そんな感じ。

ベートーベンを情熱的で激しいゴッホとして、

宮廷的で絢爛豪華な天才モーツァルトをピカソとして、

そうするとショパンは......

革新的で偉大でオールラウンンダーでありながら、

どことなく庶民的で身近な存在でもあるモネ、みたいな。

ルネッサンスの三大巨匠の中ではラファエロ、みたいな。

個人的に特に好きなのは......この辺りの曲で......


エチュード 第3番 作品10−3 通称「別れの曲」



ノクターン 第2番 作品9−2



ワルツ 第6番 作品64−1 通称「子犬のワルツ」



エチュード 第15番 作品25−15 通称「雨だれ」



そんなショパンのピアノを想う時、
もう一つ、思い出してしまう個人的に忘れられない漫画作品というのがあって。
それが「一色まこと」さんの「ピアノの森」という作品。



物心ついた時から、森に捨てられたピアノを唯一の友達として育った
一ノ瀬海(いちのせ かい)を主人公とした漫画。
最初にこの漫画を読んだ時、
僕はメジャーレーベルのど真ん中で音楽制作のタクトを振るっていて。
時に商業主義的な濁流に飲み込まれそうになることなども沢山あって。
この漫画はそんな当時の自分に突き刺ささり、
つい忘れそうになる大切なことを思い出させ、気付かせもしてくれた作品でもあって。
それで、読んでいて涙が溢れてきて止まらない様なこともありました。
僕にとってはそれくらい「かけがえの無い」、愛おしい作品であったりもします。
そんな漫画の中で印象的だったセリフを少しだけ、ココにも記し残しておこうかと。
上のリンク曲を聴きながら書いちゃったりして。
今宵は、なんとなく、そんな気分なのでございます(^^)


————————プロを目指しているヤツにだから...
遠慮せずに本当のことを言おう
キミは...
もっと自分のピアノを好きになった方がいい!


————————こういうピアノを聴いていると...
多少のミスを騒ぐことがバカバカしくなる


————————少しもカンペキなピアノじゃないのに...
こんなにも...こんなにも...愛おしい


————————他の曲はちゃんとした音が出るんだ
だからピアノのせいじゃない
ショパンだけが弾けなんだ


————————君自身の言葉で...ショパンを語るんだ!!
そうすればきっと他人の心に届く
きっと届く


————————誰でも当たり前に...
みんなが僕と同じくらいの努力を...
努力とも思わずにやっている...


————————繰り返しを繰り返すんだ


————————僕のピアノには...
何か他に取り柄があるんだろうか?


————————わかってる?
キミがピアノに命を与えるんだよ!


————————いちばん辛いのは雨に打たれることではなく...
縛られていることではなく
あまりにも自分が...
無力であること


————————ごめんなショパン
こんな目に合わなければ自分とは結びつかなかったなんて...


————————ああ...
僕は今僕のピアノを弾いている
このピアノと繋がる感じが
これほど幸せだなんて...知らなかった


————————ああ
僕は確かに今...ピアノと魂が...つながっている


————————じゃあピアニストの材料は何だろう?
うーん、例えば一つは感情...
嬉しい、悲しい、すごく頭にきた、殴られてくやしい、泣きたいけど我慢した
たくさんあるよ
生きてるだけでイヤなコトにたくさんあう...
辛いこと、苦しいこと...たくさんあるな
大切な人を失くしたり、大切なモノを失くしたり
でも楽しいことも嬉しいこともあるだろう?
どうしても傷つきたくなかったら?
一生誰ともかかわらないで、たった一人で隠れて生きるしかない
そんなことできねーし...
だってご飯食べなきゃ死んじゃうもの
辛いことは心を強くする...
楽しいことは心を豊かにする
きっとその両方が人を成長させていくんだと思う
全部材料にしてしまえ!
ピアニスト「一ノ瀬海」にとって...きっとムダなことなど一つもない


————————誰にもわからないだろうけど...僕にはわかる!
カイくん。これは...森のピアノだね!
今キミはあの森でピアノを弾いているんだね


————————どうして?
どうしてカイのピアノは違うんだろう?
技術とか...好き...嫌いのレベルではない...
他のピアノとどこが違うんだろう...


————————キミは...
恵まれた日本のまるで闇の部分のような劣悪な環境の中で生まれ...育った
人々から蔑まれるあの場所を押しつけられたかわりに...
何を引き換えにもらったと言うんだ


————————救いなのはピアノがまったくブレていないということだ!


————————どうして...
どうしてこのピアノは心に響くんだろう!?
どうしてこんなにも遠慮なく...
人の心の中に入ってくるんだ!?


————————これは...
おまえにしか出せない音...
森が教えた...おまえだけの音色だ


————————与えたものより
もらったモノの方が...ずっと多い


————————だからもう...「どうせ」とか「俺なんか...」とか言うな
忘れたのか?
おまえは「森のピアノ」に選ばれたヤツなんだぞ


————————下を向くなカイ!
堂々としろ!
他人がおまえがどう見ようと
おまえの価値はおまえが自分で決めるんだ!


————————その森から...
今こそ出るんだ!!


————————どうしてこんなに...
優しい音が出せるの?


————————カイ!
ここを出て...ピアノを弾くのよ
ココを出て自由になるの


————————俺のピアノを...弾いてやる!


————————ああ...音楽は
音楽はこんなにも...自由だ!!!自由だ!!


————————はは...
さぁどうする??ボンクラ審査員ども!!
お前らにこのピアノの値打ちがわかるのか!!??


————————あ...コレ...
コレ...俺の音だ


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南知多徒然 6

2017-07-25 00:00:21 | 不思議...パワスポ寺社
さて......と......



遊んでる人達とか、近くの家やペンションのベランダの人達とか、



人目がケッコウあるけど......



脱ぐ!?



かな......



ズボン......




脱いじゃった♡(●´ω`●)

上の写真は鳥居のトコからmikoちゃんズが撮っていてくれたものなのでやんすが、
どーやら海の中にチビっと見えてる人が僕のようでやんす。
海から上がると、僕さんは皆にヒトシキリ笑われて、
毘沙門さんからもらったタオルでいろんなとこ♡をフキフキしたりして。
それで、いよいよ、宮司さんと神職の息子さんを中心に皆で鳥居の下に並びました。
すると、宮司さんに突然、荒熊の神様が降りてきて、神がかった状態になって。
集まった皆に丁寧なお礼の言葉ナドをいただいて。

「道が通ったぞ!」

とも、太い声で言ってくれて。
しかししかし、約束したことは果たさねばなるまい......と、
宮司さんも脚が不自由にも関わらず、
そのまま鳥居の下にシッカリと立ち、残ってくれて。
神社のスタッフの皆さんもちゃんと宮司さんを支えてくれて。そうして、
神職の息子さんとねーさんと僕とで神社から持ってきた三つの鈴を
頭上高くに掲げて、「つぶて浦」にその音色を響かせてみました。
鳴らし終えると、鈴はそのまま下に置き、僕は皆さんとアマテラス祝詞を唱え、
今日という日の喜びを伝え、最後に、荒熊の神様ご指定の!
「越の誉=こしのほまれ」という新潟のお酒を「つぶて岩」に注ぎ、捧げました。
この時のつぶて浦の空には、それはもう、沢山の神々や眷属の皆さんが集まり、
飛び交っていた様に思います(^_^)



鋭い視線を感じて見上げた鳥居上の空には、お約束の日輪さん。
この写真の左上には、アノ神様!?の大胆なワッハッハッ顔も......!?



僕らはその後、荒熊神社さんの社務所兼、御祈祷所でもある宮司さんの自宅に戻り、
初めてきたメンバーを中心に「フルベの鈴」を宮司さんの御祈祷と共に頂きました。
ちょうど僕さんも、
前回頂いた鈴が魔物さん達と戦ってグチャグチャに割れてしまっていたので、
(機会あれば、またいつか記そうかと......)
また新しい、特別バージョンで頂いちゃいました(^_^)



この時、そんな社務所にも沢山集まって来ていたりして......



またまた、の日輪も......



社務所では皆でお茶を飲みながら色々な話をしていたのですが、僕が

「昨日まで鞍馬にいて、今日はそこから来たのですよ。
先週とか異様に激しくせかされたりしてて......ええ。ええ。」

ナドと言ったところ、宮司さんは昔、お師匠さんと命がけの修行をしていた頃、
マサニその鞍馬の山に幾度も篭っていたという話をしてくれたのです。
そして、神職の息子さんも鞍馬にはよく通っているそうで、
特に大杉大権現社はとても惹かれ、気に入ってもいる場所なのだ、と。
そんな話をしてくれました。

「なるほど......この荒熊さんの鳥居の件もあって、それで......だったのか......」

と、僕は思わず唸ってしまいました。
この南知多の道を通すには、宮司さん所縁の地の神々の力やお師匠さん、
眷属の皆さんの力も必要だったのか、と。
伊勢神宮へ道を通すには、アレ程強い宇宙的な力が必要だったのか、と。
改めて感嘆もさせられました。

やがて、そんな風変わり!?トークも一息ついて、
僕らは荒熊神社さんがワザワザ押えてくれた、
すぐ近くにある温泉ホテルさんにチェックインさせていただきました。
お部屋は伊勢湾を広く見渡せる最上階の一番良いお部屋で。
温泉も、これまた海を見渡せる心地よい露天風呂。
お陰様でこの日は、皆、最高に寛いだ時間を過ごすことができました。
荒熊神社の皆さんや、この南知多の地に住まい、集う、
全ての方々の暖かい人柄が、どこからか心身に染み込んでくる様な、
そんな心地の良い時間が流れていきました。
ホテルのロビーには時折、僕らの話を聞きつけた方々が訪ね来てもくれて。
名古屋のMidさんとか、荒熊の宮司さんが病気や困りごとなどを色々と助けてくれた......
という様な奇跡と感謝のお話などを聞かせてくれたりもしました。

「......ハァ、おパンツで海に入ってよかったなぁ......in フルヌード露天風呂」

そして、実は、今回のハイライトは昼の天空の様子だけでなく、その日の夜に、
ちょっと意外な形でやって来たのでした。
時刻は深夜12時近く。やたら心がざわざわとして目が覚めた僕さん。
それはみんなも同様で、それぞれベランダに出て夜の海を見ていました。
心地よい海沿いの高層階のお部屋から見渡す深夜の伊勢湾。
その真上には、図らずも満月が浮かんでいました。

月は笑みを湛えた様な穏やかな空気感で、透明で温かな色味を帯びていました。

その時、これから日付が変わろうかという、まさにそんな時刻ピッタリに、
ハッキリと、月の周りに超巨大な光の輪が浮き出て来たのです。
太陽の日輪のお月様版、とでも言いましょうか。
月の輪、月輪(げつりん)が、深夜の伊勢湾上空に、しかも、
伊勢神宮があるであろう場所の真上で、満月とともに浮かび上がってきたのです。



これまでも月の周りに出ている様な月輪は幾度も見たことはありましたが、
空いっぱいの大きさの月輪、しかも満月で......という形など、
僕は見た事がありませんでした。
あまりに美しく、見事な月の輪に、僕らは時が経つのも忘れ、しばし......
かなり長い時間......見とれていました。
伊勢湾の上には月の光の道も綺麗に映しだされ、照らされていました。
それこそ、まるで、荒熊さんから伊勢への道の様で......
スマホの写真しかないのが悔やまれる(T . T)ひと時......



この時僕は、月輪の中心、満月ソノモノの中に時空の歪みの様な力を感じていました。
それはそのまま、ゆがんだ時空の先、遠い宇宙にも繋がってもいる様にも見えていて。
ユラユラと揺らめく摩訶不思議なトンネルの様にも見えていました。

あの先は......どこだ......

鞍馬や月読(ツクヨミ)さんのチカラが加わると、こーなる、のか......

スゲーな......

その時空の穴は、
物理学的な言葉で言えば「ワームホール」とでも言えるものなのでしょうか。
不可思議なトンネル空間からは、何やら色々なモノモノが......出入りし始めた......
ように......も、見えていました......
この時に皆が撮った写真も、なんだかそんな感じで......





翌日の朝。僕らはこの奇跡の一夜の興奮を荒熊神社の皆さんにお伝えし、
僕だけは、朝イチからのお仕事があったので、素晴らしい一日を頂いたお礼を一言、
その時にいた沢山の皆さんに述べさせて頂いて、そのまま、
真っ直ぐに蒲郡(がまごおり)という所へと向かいました。

が、その途中。

強い力を感じて空を見上げると、

またもや......



最早、グウの音も出ず。



その日は1日、お仕事の間中こんな感じの空でしたが、
荒熊神社さんの方では大勢の氏子さんや荒熊さんの信者さんが集まって、
プリリンねーさんのお話を聞く会なるものが催されていたとのことで。
なので上の写真もリアルタイムで皆さんにお送りもして。
ねーさん達はお話の後、集まった皆さんの個別相談タイムもとっていたとのことで。
守護霊やら神様やら、前世!?やら体調やら.....と、
ソレゾレに色々と答えてあげていたらしいです。


ちょっとした、ねーさんフェスですな( ˙-˙ )チーン


ま、何かとフォローに回っていたmiko & ikuちゃん、宮司さん達をはじめとする
荒熊神社の皆さんの尽力も大変であったろうことも容易に想像がつく次第で。
お疲れ様でございます。
暑中お見舞い申し上げます。

アチキもですね。

いちおーね。

お仕事頑張ってまちたの!

お金稼がないとね!

暮らせないのでぇぇぇぇ!(`・ω・´)/



オマケ。
今回皆に降ろされた神々の言葉を、少しばかり。
プリリンねーさんの監修ということで(^_^)



———荒熊の神———
清水(宮司さん)から電話がいっただろう。
鳥居が建ったので、私はうれしいよ。
対岸の二見浦(ふたみがうら)からの道が通ったからな。
知多半島と渥美半島は、サナの神がいたのだよ。
サナの神は、今は出雲の浜にいるだろう。
壊れてしまったからだよ。連携が出来なくなってしまったからだ。
私も封じられていたからな。手伝っていたのだが.......
夏に来てくれないか?鳥居の仕上げをしたいのだよ。
uzmetが感じていた通りだよ。
鳥居の前でふるべの鈴を鳴らしてほしいのだ。
来るものは、伊勢の猿田彦だよ。猿田彦とサルメが一緒に来れるのだよ。
7月くらいでいいよ。
国之常立之神(ナセの神)も来てくれると言っているから、頼んだよ。



———サナの神———
荒熊の神が言っていた通り、私は知多半島と渥美半島の港にいたのだよ。
ずいぶん前のことだな。
スメラの神と言われていたのは、シュメールから来たからだ。
シュメールは、メソポタミアの文明だな。
お使いがあったのだよ。ターーーイーーーゲーーーターーー星のお使いだよ。
夜に話したらいいよ。ツクヨムとね。
満月の夜から待っているからな。



———荒熊の神———
鳥居は上塗りしていないが、素晴らしい物だ。
知る人ぞ知る荒熊神社だったが、
清水が頑張ってくれたので、罪穢れは祓われていたよ。
今回、鳥居が建ったので猿田彦も来れるようになったのだ。
タマヒメも喜んでいるので、話してやってくれ。



———タマヒメ———
伊勢の廃材で作ってくれたので猿田彦が来れるようになったのです。
今までも来られたのですが、鳥居から入れるようになったので、パワーが増したのです。
猿田彦は、鳥居から入って豊受姫のところに寄って、
上に行く道が出来たので喜んでいるのです。
今までは、一旦ツカに行ってからだったのですよ。
ツカは、山の上のことです。
道が大事なのですよ。伊勢からの道がね。
毘沙門天のところの眷属(けんぞく)も起きたので、シネの土台が出来たのですね。
私のいる羽豆岬(はずみさき)から、
渥美半島の伊良湖岬(いらこみさき)に行く道も出来ましたよ。
古代は線で結ばれていたのです。
ネーサンが行ってくれたので繋がりました。ありがとう。
伊良湖岬、羽豆岬、二見浦の道ですね。
民達は知らないと思いますが、絶たれていたのです。



———関連過去記事———
南知多徒然
南知多徒然 2
南知多徒然 3
南知多徒然 4
南知多徒然 5
コタツとミカン
ぷりーず!
貴船徒然
もこもこ......な日常
鞍馬徒然
鞍馬徒然 2


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南知多徒然 5

2017-07-21 23:07:49 | 不思議...パワスポ寺社
鞍馬徒然」から続くこの話は、2016年の秋に愛知県の知多半島にある
「荒熊神社(あらくまじんじゃ)」という所を訪れたこところから始まります。
以下は、その時のことが書かれている関連過去記事のリンクです。

南知多徒然
南知多徒然 2
南知多徒然 3
南知多徒然 4
コタツとミカン
ぷりーず!

話のオサライを少しすれば、はるか昔に、
とある呪(しゅ)によって一部自由を奪われてしまっていた
荒熊の神様のお手伝いをするべく、
たまたま神様と繋がってしまった僕とプリリンなおねー様は、呼ばれるがまま、
これまで一度も耳にしたことのない神社さんに辿り着いてしまったのでした。

アマテラス祝詞とお酒、それと、拝殿で二人並んで神社の鈴を鳴らしてほしい......」

荒熊神社の神様から頼まれたのことというのは、そんな感じのことで。
問題は、荒熊神社さんに行くまでに立ち寄らなければいけない場所と
順序というのもがちゃんとあって、また、
その通りに事を進めなければ呪(しゅ)も上手く解くことが出来ないであろう......と。

その作業の順列というのは、先ずは、何は無くとも熱田神宮......それも、
境内各社を正しく回るべし、と。
その次は、知多半島の付け根、碧南市というところにある妙福寺。
次に、南知多、伊勢神宮の対岸にある「つぶて浦」という鳥居の立っている入り江。
そこに立ち寄って、
鳥居の下にある「つぶて岩」と呼ばれる大きな岩にお酒を注ぎ、祈りを捧げる。
そして、豊受姫さんと狐さん達がいる乃野神社にも寄って、そうして初めて、
伊勢湾を見渡せる小高い山の上にある荒熊神社の本殿に上がり、
お酒と祝詞を捧げ、二人一緒に鈴を頭上に掲げ、鳴らすのだ......と。そんな手順。作業。

驚いたのは、
全く知らなかった神社さんとお寺さんが神様の言葉通りに本当にあったということ。
グーグルマップで検索して出てきた時はねーさんも僕も正直、鳥肌が立ちました。
さらには、
「鈴というのもなんのことやら??」
と。
「賽銭箱前の綱のついた鈴のことなのか!?」
「いや、それだと頭上に高くあげる......という言葉の意味がちょっとわからないな......」
と。
しかし、
「とりあえず、行けばわかるべ」
と、本殿に行ってみると、まさかまさか!の、その鈴が、
拝殿中央に大きいのと小さいのと二つ並べて!置いてあって。
御丁寧に「ふるべの鈴」という名前までついていて。



こんな感じで、最初に行った荒熊神社の旅というのはとにかく驚きの連続でした。
しかししかし、最後にトコトン驚愕した!という様な事があって、
それが、90歳を超えるという神社の女性宮司さんから聞いたお話。
よくよくお話を聞けば、コチラの宮司さんは自叙伝本も出していて、
霊能者としても日々多くの人々の相談にのってらっしゃる様な知る人ぞ知る御方。
そんな方が、今年に入ってから、
自らが仕える荒熊の神様にずっと言われていたことがある......と、そう言うのです。


「今年、東から、私を助けるものが来る......と。
そう、荒熊の大神様は仰っていたのです......」


僕等が関東、東京の地から来たということを知った直後に、
マジマジと見つめられながら話して頂いた宮司さんのその御言葉。
僕ら二人はソレをどのように受け止めるべきか?少々戸惑いながらも、僕は僕で


「ここの神社はとても大事な神社なのです。それと、
古くなっているつぶて浦の鳥居も、この神社にとって如何に大切なものかと言うと......」


ということを、その場に集まる神社の皆さんに切々と話してみました。
するとこの時、
今度は同席してくれていた宮司さんの息子さんがお話をしてくれて、
それがまた少々驚かされることだったりもして......


「長年この神社を運営してきて、今回初めて、
伊勢神宮さんから遷宮の廃材をもらう事が出来まして。
それで今年、とても痛んでいたつぶて浦の鳥居をやっと再建することができそうなのです。
それは長年の僕の夢でもありました。
それが......もう少しで建てることが出来そうなのです.....」


ということ。
そして今回。僕らが改めてこの地を訪れることになったのには、そんな夢を語ってくれた
宮司さんの息子さんから頂いた一通のメールがキッカケとなりました。
そのメールは今年の4月に、このブログのメアドに届きました......


=====================================
ご無沙汰しています。
つぶてケ浦の鳥居ですが、あれからいろいろありましたが、やっと、
建て替えることができました!
人間の都合で、神様の念願されていた建て替えがなかなか出来ず、
この時期まで延び延びになってしまったことを申し訳なく思っています。
以前立っていた鳥居よりも一回りほど小さくなりましたが、
神々しさは問題にならない感じです。
uzmetさんたちとの建て替えの約束が守れてよかったです。
まずは写真を見ていただきたいと思います。



=====================================


僕は思わず返事をしました。


=====================================
やりましたねーーーーー!!(*゚▽゚*)

おめでとうございますーーーーー!!

凄いっすーーー!

感動しました!

本当にすごいことです!......
=====================================


実はこの時。僕には一つだけ心に引っかかっていたコトがあって、
それは、この時点ではまだ荒熊神社の皆さんには話していないことであり、
この返事の直後に、プリリンねーさんにだけソッと話しておいたことでもありました。


「ねーさんや。新しい鳥居の写真見たのだけど......
何かが足りない気がするのだよ。まだ。
きっと、あの下で鈴を鳴らさないと完全には通らないと思うのだな。伊勢からの道も......」


そんな会話の後、荒熊の神様からねーさんに降ろされた言葉というのが、
マサにこの通りのコトだった様で。
その言葉を受けたねーさんは、早速、それを僕や荒熊神社さんにも話してくれて、
宮司さんも鈴の貸し出しを快く了解してくれました。

そんなこんなで今回。晴れて!?
新!鳥居開通記念式典!ポンチキ・バージョン!?を行うために、
僕らポンチキーズ御一行は荒熊神社さんを再訪する事になったのです。

今回の旅もまた、強力な巫女力のあるメンツが必要の様で、
いつものmikoちゃんikuちゃんがしっかりとサポート、同行もしてくれました。
僕的にはちょうど、仕事で入っていた京都と、
名古屋の仕事との合間の1日を使うことが出来るスケジュールとなっていて、
なので皆と名古屋駅で合流。いざ!つぶて浦の鳥居へ!と、
レンタカーを走らせたのでした。

ただし、前回同様今回も、やっぱり順序があるようで、
僕らの旅路は朝イチの熱田神宮からスタートしました。











その後、勿論、妙福寺へ。
今回、妙福寺の本堂の中にはお寺のスタッフさんや家族の方達?もいらっしゃっていて、
僕らはソコで、美味しいお茶までご馳走になってしまいました。





奥の方、毘沙門堂では何やら住職さんが法要を務めていらっしゃいます。
僕らは広いお堂でかなりくつろいでしまっていて、
お寺の皆さんと和やかなお話も出来て、前回このお寺に来た時の話や、
今回来てみたら、その時とあまりに違う、
明るく抜けた感じになった境内の素晴らしさなどを話していました。
そうしていよいよ、帰ろうか、という時に、突然、
法要を終えた住職さんが顔を出してくれて、

「本日はありがとうございます。どうぞお持ちください(^^)ニコニコ......」

と、柔らかい微笑と共に妙福寺オリジナルの毘沙門天タオル!をスッと、
僕に差し出してくれたのでした。



実はこの瞬間まで、僕は車を運転しながらズーーーット、
同行メンバーには言わずに一人迷い考えていたことがあって。
それが、つぶて浦についてイザ!鈴を鳴らそうか!というその前に、
今回ばかりは、キチント、
綺麗な鳥居前の海で心身を洗う......禊ぐ......方が良いのかなぁ、どうなのか、な......と。

でももももも、もも。

僕さん、海パンとか持ってきてないし。当たり前だし。

明日も仕事だし。

ん?

パンツ?

女子達の前で?

おパンツ一丁で海に?

いやいやいやいやいや......

そりわ、やりすぎでちょ。無理っす。そんなの。

普通の人だし。わちき。お祭りワッショイ!でもないし。ホンジツ。

でも、やっぱり、

禊いだ方が......いいのか、な!?......荒熊さんだし。

どーなんだろ......

なんていう、そんな迷い。悩み。

それが、この時。
住職さんが差し出してくれたタオルでもって完全に!
腹を決めさせられたのでした......

「......わかったよ。
入ればいいんでしょ。入れば。海に。
生おパンツで。
わかりまちたよ。
このタオルで拭きまちゅよ。やりまちゅよ......毘沙門さん。りょーかいっす。。(*´-`)」



そうしてたどり着いた美しき「つぶて浦」
建ったばかりの真新しい鳥居。対岸の伊勢神宮の山々も、
孤島、神島も、綺麗に見渡せます。
すげーっす。
サイコーっす。
大切な鈴も、宮司さんをはじめとする荒熊神社のみなさんがワザワザ、
海岸まで持ってきてくれたのでした。



さて......と......



遊んでる人達とか、近くの家やペンションのベランダの人達とか、



人目がケッコウあるけど......



脱ぐ!?



かな......



ズボン......



......つづく......


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鞍馬徒然 2

2017-07-17 01:08:51 | 凄い...パワスポ寺社
......と、そんなことを記していたら、やっぱり。鞍馬寺。
こんなブログ1回ナドではとても無理なスケールで。

「ゴーーーーー---ォォォォンンン♪」

と、次回へと続かせていただきたく思うのでございまする。
次回はサナート・クマラに纏わるお話や、義経さん。弁慶さん。そして、実は、
このお話はそのまま「南知多徒然」の続編へと続いていくのでございまする。




鐘撞堂から先のいわゆる「奥の院参道」というのはイカにも、な登山道で。
ゼイハーゼイハーしながら上り下りしている人も見かけたりします。
しかし、ココから「僧正が谷」までの一帯は鞍馬山の気がさらに強まる神聖なるエリア。
気が抜けません。ええ。天狗さん達もビッチリと眼を光らしております。
「霊峰殿」という鞍馬寺の博物館を過ぎて、色々と気になるポイントもあるのですが、
次の大きなポイントとなるとココになるのでしょうか。大杉権現社。



鞍馬名物!?「木の根道」もこの神社さんに向かう道としてあります。古い写真ですが......



僕さんは絶対に!意地でも!
根を踏まないで社(ヤシロ)まで行っちゃいます。ええ。怒られちゃうので。ええ。
僕さんも足を踏まれたら嫌なので。踏まないように頑張るのでやんす。
するってーと、飛び跳ねるようにして歩くことにもなって、
義経さんのやっていたトレーニングの一端も味わえるってな感じで。
俊敏性や足腰も鍛えられそう!?これも天狗さんの修行法?( ̄^ ̄)ゞ
義経さんを鍛えた鬼一法眼(おにいちほうげん、きいちほうげん)さんの
ドリルの一つなのかな?なんて。そんな事も思うのでする。ええ。修験の山ですし。
個人的には、この大杉社さんが鬼一法眼さんのエナジーを一番強く感じるところで。
お寺の入り口付近にある法眼さんのヤシロはどちらかというと理知的な法眼さんで、
こちらの法眼さんは勇ましい武人の法眼さん。
となると、法眼さんのトレーニング場の本拠はこちらではないのかな、と。
義経さんを鍛えていた道場の中心もココだったのではないのかな、と。
そんな厳しくも理知的なコーチングは、
後に人々から「鞍馬天狗」ともあだ名される様なことともなって。
しかししかし、その大きな器の人柄のせいか、この社の一帯は鞍馬でも珍しい
「ホッ......」
とできるスポットともなってもいて。
そーーーんなイメージが僕の感じる大杉権現社さん一帯に漂う空気感。
社の後ろの折れた大杉は、天に向かう立派な龍神さんの様でもあるのです(^ν^)



そんな大杉権現社さんを後にすると、
ココからは貴船に向けて一気に降りていくイメージになります。
次のポイントとなるのは不動堂さんでしょうか。
御堂手前の地面には本殿前と同じ様に紋様が描かれています。
鞍馬山全体が京の街の「陰の気」の象徴ではありますが、
その「陰の中の陽」を本殿前の金剛床として、
その相対となる「陰の床」がここではないでしょうか。
金剛床の太陽に対して月をイメージできる床です。
真ん中にはやはり金剛床と同じ「六芒星」。この中心の丸いところに......
「どぞどぞーー。お酒お持ちしやしたー( ̄^ ̄)ゞ」



この紋様の横にmikoちゃんズが露払いをしてくれた池もあって、その上の方には義経堂。
時折、義経さんが降りられたりするのでしょうか。



ココからさらに下ると、鞍馬山最奥のパワースポット。魔王殿。
金星から舞い降りた!?と伝わるサナート・クマラさんの御堂。



このクマラさんの名前が捻れてクラマ(鞍馬)になったという話もありますが、
同じ様に捻れて伝わっているのがクマラさんのやってきた星の話。

きっと、

金星なんかじゃありません。

僕が神様に伺った話や、ポンチキ感性、

プリリンねーさんを始めとするチョットプルプルな方々の話も纏めた上で考えてみると......

地球に降りる前のクマラさんの故郷はもうチョットちょっと遠くでして......

下のwikiにある太陽系図の中の細かい点々が散らばってるエリア......



火星と木星の間に散らばる「小惑星帯」と言われるゾーン。アステロイドベルト。
ココに、ムカーーーシ、ムカシ、おじいさんは山に芝刈りに、
おばあさんは川で洗濯をしている頃、今はない惑星があったハズで。
太陽系を周る各惑星の軌道間隔を素直に見ても、
火星と木星の間は他に比べて少々、異様に空き過ぎでして。
そこにダケこんな粉々な小惑星帯がなぜあるのか?
図を見ながらチョイト想像してみてもいいわけでして。
するってーと、実は、この小惑星ベルトや、木星軌道のトロヤ群は、
このゾーンを回っていた惑星が砕け散って出来たものではないのか?と。
クマラさんはこの星が砕け散った時に、そのカケラと共にこの鞍馬の山に舞い降りて。
異様な力を持った異星から来た存在として暮らしていった......



なーーーーーーーーーーんつって!(*゚▽゚)ノ



信じた!?



信じたの!?



信じないほーがいいかもよぉぉぉぉーーー( ̄▽ ̄)



おまかせだよぉぉぉ。。



金星は生命が文明を育むには少々熱いかもよぉぉぉぉ。太陽近くってぇぇ。



そんなこんなの鞍馬徒然。
この先はハレて「貴船徒然」という過去記事に繋がっていくのでございまする。
鞍馬山から貴船神社前に降り立った瞬間、この日はパラパラとした天気雨が降ってきまして。
流石に水の神様のヤシロ。鞍馬の火と合わさって、
火水=かみ=神ってなことともなるのでしょうか。
貴船神社、奥宮の手前「思ひ川」では美しき女神様......磐長姫さん......が(^ν^)



ツカヘイさんもやって来たので、彼の好物、貴船神社特製ラムネ!をグビグビッと。





帰り道には叡山鉄道の始点、出町柳駅で虹も見せて頂きまして。
火(陽、鞍馬)と水(雨、貴船)が交わるところ、虹が出るってなもので。
電車に乗っている時に降り出した豪雨と降りた時の晴れ間。
それに続く一瞬の虹だったので、
「ホゲーーッ...... (゜¬゜) 」
と、感動至極で見ていたら、直ぐに消えていって。
慌てて写真を撮ろうとスマホを取り出したのですが、もうギリギリで。
でもうっすらと、
正面の山の頂上から立ち昇る感じで残り写っていますでしょうか(^ν^)







さて、「鞍馬徒然」の最後に、次回記事に繋がるさらにトンガった!?お話を、もう少し。
今回の鞍馬は前回記事の通り、最初は九萬坊大権現(九万坊)という「金沢版鞍馬」
の様な地に行ったことから始まった様に思っていたのですが、
その後に続いた神々からの異様な催促は、これも記した様に、
街中で何度か倒れそうになるくらい強烈な力で、
時に呼吸困難に陥る様なこともあったりと、正直、
仕事どころか日常の生活も大変な状況でした。その自分の体の異様な状態に、僕は

「それだけのコトでもないな......」

と、そうも思っていました。

後々解ったその理由は、大きくは「二つ」あった様なのですが、
そのウチの一つは、今回の鞍馬に行く日の朝にスッキリと解けました。

今回京都に向かった日......七夕の日の早朝には、東北、岩手県、
中尊寺の地から弁慶さんのエナジーが突然!僕のところに飛んできて、
僕と一緒に鞍馬に詣でることとなりました。
それで、なのか、今回久々に鞍馬の地に足を踏み入れた時に、
僕は自分でもよくわからない涙が止め処もなく溢れ出て来てしまいました。
鞍馬でこんな事になるのは初めてでしたし、むしろ、いつもビビって!?
いた様な所でしたし。

弁慶さんはきっと、義経さんに逢いたかったのだと思います。

そして、そんな弁慶さんは、実はサナートクマラさんのお気に入りでもあったようで、
この世界で活躍している時はクマラさんと一心同体だった様でもあります。
それは僕も、今回初めてよく分かりました。
おそらくは、鞍馬の地で修行していた義経さんを気に入った鞍馬の主、
サナトクマラさんは、義経さんの成そうとすることや、その存在を護ろうと、
直近の弁慶さんに憑いて守護していたのだと思います。
当時の義経さんを護る場合、その方がやりやすかったみたいで。
そんなクマラさんの力もあって、
弁慶さんは強力無比な力でずっと義経さんを護衛できたのかもしれません。

弁慶さんがあちらの世界に旅立った後は、クマラさんは弁慶さんを離れ、
義経さんの御霊と融合して鞍馬の地を変わらず護っている......
この国の大切なものを義経さんと融合した強大な力で守護している......
という風にも感じられました。
それは、弁慶さんの御霊が降りて来た時に僕の内側から訴えて来てもいた感覚です。
弁慶さんの強さ、暖かさ、優しさ......も心身に染み渡りました。
「かたじけない」
と、そんな言葉も聞こえて来ました。

そして、もう一つの「それだけではないな.......」という感覚は、
それが次回から記そうと思っている過去記事「南知多徒然の続編」のお話しとなります。
どうやら僕は、南知多にある荒熊神社さんという素晴らしい神社さんの
新しい鳥居の開通式の準備をするために、この鞍馬の地に来た様でした。

荒熊神社さんの伊勢の海に向かう新しい鳥居に必要な縁あるエナジーを運ぶために、
僕は九萬坊、鞍馬、貴船、と周った様なのでした。
故に鞍馬では、個人的に、普通に行った時では間違いなく足を踏み入れることはしない
本殿地下の回廊 for 毘沙門天さん、と、霊宝殿 for 弁慶さん、そして......ココ。
お寺さんが立ち入り禁止としている鞍馬の絶対の聖地、
山頂直下の龍神池(竜神池)for サナート・クマラさん......に行くことになりました。



面白いことに、電車に乗る時に買った手作りの「おむすび」は、
一個だけどうしても食べる気が起きず、この龍神池に持って行きました。
お米は......天狗さんたちはしばらく食べていなかった様です。勿論、当初から
「持って来てねーーーんd( ̄  ̄)」
と言われていた日本酒もあったのですが、
この時はおむすび用の「ほうじ茶」も持っていて。
僕はそれらを鞍馬の聖地に無事に捧げることができました。



ココこそが、以前から記して来ている通り、
太古の昔に隕石が落ちた場所ではないか?と個人的には感じているトコロになります。
この池......窪んだ地の底の底の底......の方には......
今も貴重な隕石が眠っているとも思います。

遥か、火星と木星の間の軌道からサナートクマラさんとともにこの星に落ちて来た隕石。

僕はこの地で、神様から言われた通り、
アマテラスさんから降ろしていただいた貴重な祝詞......これが必要だったのでしょうか......
を捧げました。
まるで武道館ライブの様に幾千!?
とも言える天狗の皆様や精霊の皆様の鋭い視線を全身に浴び、感じながら、
竜巻の様な風と光が渦巻く中で、全身鳥肌とお涙ちょちょぎれで、
本当に「命懸け」で約束を果たしまちた。

「だからっ!コンナ事でもなければココには来ないのにぃぃ〜
一人対何千って、長渕剛じゃないっつーノォォーー...ビェェーーン...(ノД`)・゜・。」

と。それが何の役に立ったのか?いつも通り!?今もよく分かりませんが、
少なくとも翌日、南知多半島の荒熊神社さんに伺った時に、
もう一つの理由の方もとても明瞭になりました。
あくまで個人的な心境としての話にはなりますが、
このタイミングで鞍馬の龍神池に行った意味を
僕は南知多の地でとてもスッキリと解くことができて

「良かったなぁ......」

と、今はそんふうに思っています(^ν^)

ということで次回から、その「南知多徒然」の続編をココに残しておこうかと思っています。

何卒。よしなに。

以下、関連過去記事まとめです。おヒマな時にでも。ええ。ええ。

南知多徒然
南知多徒然 2
南知多徒然 3
南知多徒然 4
コタツとミカン
ぷりーず!


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鞍馬徒然

2017-07-13 23:56:19 | 凄い...パワスポ寺社
鞍馬山に行く流れが出来たのは、金沢で「九萬坊大権現=くまんぼうだいごんげん=九万坊」
という強烈な天狗さんの里に行った時からで。
その流れは、その後、友達のために「貴船徒然」という記事を記した際に決定的となって。
決定的ということを確信させられた僕を取り巻く状況も、
その後の記事「もこもこ...な日常」に書いた通りではあるのですが、その時に
「鞍馬の話もお願いでぇーすっ!(^^)/」
というメールやコメントなども幾つか頂いたりもしまして。

そんなこんなで、先日。

鞍馬にちょいと行って参りやした。

偶然!?にも、貴船記事の直後には京都の仕事が入っちゃったりして。

そんなお仕事終わりの帰り道に山の中をひとっ走り。

鞍馬から貴船に抜ける異世界トレッキング・ロード。

貴船ではにわか雨を、帰りの駅では虹まで見せてもらいまちた。

そうなのです。

宇宙に縁ある星の地で、7月7日の七夕に。織姫と彦星が出会う、そんな日に。

鞍馬徒然だったのです(^_^)



最初に、上記した二つの記事の一部をコピペしておくと......


============================
もう一つ。忘れてはいけないのは貴船の地を更に特別にしているお隣のお山さん。

鞍馬山(くらまやま)。

不思議なのはこの山は水の貴船に対し、火の気配を持っている様に感じます。
それが、まぁ、不思議なことに、火山と言う意味での「火」の気配ではないワケで......
どーも、特殊案件でして。ええ。ええ。
おそらく、告っちゃうと!?
ココは昔、大きな隕石が落ちた場所ではないかと。ええ。ええ。
その時に山は赤々と燃えまくったろうし、火柱は立つは、煙はボンボン出るは......で。
この山に漂う「火の気配」というのは、そんな、宇宙から来た「火の力」の気配なわけです。
そんな力が隣の貴船の地中深くまで連なっている水脈構造を通し、
地球のマグマとも繫がるコトが出来ているのではないのか......と。それが鞍馬山。

暗い魔の山。クラマ。

一部フシギーズ?な皆さんの間でこんなことを言われるというのもとても良くわかりますが、
やはり、スピリチャルな文脈だけで語ってはいけない場所なのだなぁ......と、
僕さんはシミジミと思うわけなのです。
============================


============================
それでもって鞍馬の神様ですから、ホント、もう、
側に来て頂いている時の力強さというのは痛烈で、
宇宙的なパワーだったりもするのでございます。
その日、僕さんなんか何度倒れそうになったことか......
朝は朝で、空は龍神さんのヒットパレード模様でしたし。
仕事帰りの電車に至っては、窓近くに立って乗っていた時に
「ドン!」
という感じでお背中方面に登場!してくれまして。
同時に!「流石のみゆきちゃん」からラインが飛んで来るなんていう事態......

「uzmetさんに来て欲しいのだと思います!」

そのラインが届いた時にはもう、背中、右下の方に強烈な痛みが走っていて、
思わずお辞儀の様な深い前かがみになってしまっていたのですが、
そこはとっさに肩にかけていた仕事バッグの中身を探っている様なふりをして、
それでなんとか怪しまれない様にしつつも......
あの状態がもう数分続いていたら、僕さんは駅を降りてちょっと横になって......
ぐらいのエグイ力だったりするわけです。鞍馬の神様は。
告っちゃえば、それは、
源義経(みなもとのよしつね)さんとサナート・クマラさんなのですが。
ホント。特別に強い二柱さんなワケでございます。
大抵は一心同体の姿!?形!?で現れますし。
本来は別だと思われますが、ええ。合わさって強さも倍増っす。
=============================


そんな鞍馬に向かう叡山電鉄に乗る前に、駅でおにぎりとお茶を買いまちた(^^)



鴨川の辺りで仕事終わりの腹ごしらえさん。



神様の日本酒も買ったし。鳥さんもいるし。ええ。ええ。



早速到着ぅぅ!どでーん!と入り口。仁王門。



先日訪れていた友達さんズ(mikoちゃんず)が、
七夕の露払い的に不動堂前の池にお酒を捧げてくれていたせいもあってか、どーなのか。
鞍馬にしては心なし、柔らかい雰囲気。

門を潜った先にはケーブルカーの乗り場もあって、
それを使えば本殿までスルスルっと上がれちゃうのですが、ここわ、一つ。
青春真っ只中の僕さんとしてわ、見栄張りまくりのテクテク歩き☆ということで。
「枕草子(まくらのそうし)」の作者、清少納言(せいしょうなごん)さんは、
鞍馬の参道を

「遠きて近きもの くらまのつづらをりといふ道」

などという風に綴っていて。
つづらおりとは「九十九折」と書くのだそうで。なんだかオシャレさんです。
僕さんはそんな参道をテクテクと、放生池(ほうじょういけ)や
吉鞍稲荷社(よしくらいなりしゃ)さんにもご挨拶しながら登ります。
そしてっ!身体も心も汚れまくっているアチキが途中、
外すことが出来ない場所というのがコチラ。
鬼一法眼社(おにいちほうげんしゃ、きいちほうげんしゃ)と「魔王の瀧」。



入口の鳥居のところには「白姫龍神」さんと「白長龍神」さんも(@ 。@)ぴーー!



神社で言えば「祓戸の大神=はらえどのおおかみ」的場所。
ココで禊がないとコノ先には登れない!?ってなワケでやんして。ええ。
というか、元はそうだったろうし。ここで
「水に打たれちゃう♡」
というような礼儀正しい人もイルやもしれません。
アチキ的には龍神さんにご挨拶を。お酒もちょろりと。本日はよろしくお願いします......と。



そして!素晴らしき由岐神社(ゆきじんじゃ)!



階段が真ん中を貫いている珍しくて美しい拝殿は重要文化財。
「由岐=ゆき」とは弓の「矢」を入れる入れ物のことで、「かぶら」とも言うそうです。
神様にお願いゴトをする時にこの「ゆき」を奉納していたことからこの名前がついたとのこと。
時々の国を治める人々がそんなお願い事をするくらい!
ココは凄い力を持った神社さんなのです。鞍馬の要(かなめ)の様にも思います。
特に階段途中にあるコノ圧倒的なご神木さんと.....



境内の隅にある「三宝荒神社=さんぽうあらじんじゃ」さん。



此方からは、かなーーーり、空海さんや陰陽師さんの足跡を感じちゃったりするのです。ええ。
京の都の「魔」的なモノモノを鞍馬の強力な力を使って封じている様な雰囲気も感じます。
強烈です。空海さんスゲ〜!という感じでございます。お疲れ様なのです。

そんな由岐神社の先を登っていくと「火」の山を表している様なオブジェさんもあります。
「いのちの像」と言うらしいです。



源義経公供養塔なども。





他にも綴れ織りの山道に沿っていくつかのスポットが並びます。特に、
「ココからが鞍馬寺の本番だよっ!」
ってな感じで現れる中門。



その手前にある清水場。
僕さんはココの水で手を洗い、お腹に自信があるので、口をゆすぎ、
一口だけ飲んで上がっていきまする(^_^)



そして本殿......のすぐ手前に現れる「巽の弁財天社=たつみのべんざいてんしゃ」さん。
境内に上がる前にココで水琴窟の音に心と耳を澄ますのでございます。
その後で本殿に登るというのが良い感じで(^^)
ココもお大事スポットではないかと思います。



イヨイヨ現れた御本殿。七夕飾りもイカしちゃうぜ!ドーン。



「阿吽の虎」さんの片方さん!どーん!(ケッコー昔の写真)



言わずと知れた本殿前。魔法陣的な金剛床(こんごうしょう)。



と、翔雲台(しょううんだい)



金剛床は六芒星ですな。中心は。ええ。ええ。パワースポット的な。
ココの真ん中に立つ人が多いのですね。空から力が降り注ぐ感じなのでやんス(^^)
みこちゃん達はここで日輪が出たと、そうラインが来ましたが、



日輪とまでは言わなくても、ココで陽が差してきたら
「シメたもの!」
なのでございます。記したように「火」のエレメントを持つお寺さんですので。

翔雲台(しょううんだい)の石さんの方は、元は写経入れの蓋石だったそうです。
こちらも強い力を放っていまする。

それでもって本殿の中に入って参拝して......基本、万人に合うことでは無いのですが......

「折角だから地下回廊にも行っちゃう!」

なんて、そんな強気な方達は向かって左。
西入口の方から地下に降りると興味深いと思います。
出る時は向かって右、東の方から出てくる......と、すると、
地下から上がった所にはちょうど!
「閼伽井護法善神社=あかいごほうぜんじんじゃ」へ向かう出入り口があるので、
そのまま本殿から明るい世界へとと出て行けちゃう!のです。
東から入って回っちゃうと日が没んじゃいますので。ええ。ええ。何卒、お気をつけを。
個人的には地下回廊はちょっと欲求の念が強くて苦手なんスけど。
祈願の「髪の毛」が捧げられ、居並ぶ回廊なんてとこで......ブルっちゃいますの。



本殿横にある、その護法善神社さんの天井には見事な龍神さんが刻まれていて、
ソレも見上げてあげるとナニカと良いかと思います(^^)
水のエレメントを持つ貴船神社さんとも繋がっているポイントな気がします。



そして!イザ!奥の院へ!
ココからは更に、まだまだ色々とあるのが鞍馬の凄さなのですが......
奥の院の参道で絶対に外せないのが、入ってスグ。右上に在る小さな鐘撞堂(かねつきどう)。
ここ。スゲー力あります。昔の写真ですが。



鐘(かね)の下には反響を強めるために瓶(かめ)が埋まっていて、
この瓶をまたいで上半身を鐘の中に入れたりなんかして、誰かに鐘を突いてもらうと......

アノ世にいけます( ̄ー+ ̄)ニヤリ

チ◯チ◯がプルプルしちゃいます(・ω・)

「程よい力」が肝心で。優しく、柔らかく。静かに

「ゴーーーー---ォォォォン♪」

と。でないと本当にあの世行きで。
僕さんなんかこの時は一人ポッチで行ったので、自分で突いて、
そのまま瓶を跨いで頭を突っ込んで、静かに佇んでいたのですが......もし誰か見ていたら......
救急車呼ばれますのな。ええ。人目が無いときしか出来無い御業でもありまして。ええ。
いいメーワクで。
......と、そんなことを記していたら、やっぱり。鞍馬寺。
こんなブログ1回ナドではとても無理なスケールで。

「ゴーーーーー---ォォォォンンン♪」

と、次回へと続かせていただきたく思うのでございまする。
次回はサナート・クマラに纏わるお話や、義経さん。弁慶さん。そして、実は、
このお話はそのまま「南知多徒然」の続編へと続いていくのでございまする。

しばし、お時間をいただければと(^^)何卒。
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砂場

2017-07-09 13:57:22 | セツナイ
6月30日。先月末。
東京で一番古い歴史を持つお蕎麦屋さんの一つが閉店してしまいました。
お店の名前は「巴町 砂場」=「ともえちょう すなば」
そのお店に行くと、いつも僕が好んで頼んでいたメニューさんというのがこれ。
「趣味のとろろ蕎麦」



先ずは、とろろの中に隠れているタマゴさんをプチッ♪と割るのでやんす。ええ。



とろろ汁をつけてススルってなもんで。ええ。ええ。( ´ ▽ ` )江戸っ子だってねー。



ご飯を別で頼むのが礼儀ってなもんで。ええ。ええ。(`・ω・´)俺って埼玉出身やんけー。



蕎麦を食べ終わったとろろ汁をカケちゃうなりよーーー♪ってなもんで。
お茶の器もナンカ好きーってなもんで。( ̄▽ ̄)



最後はもちろん。トロロが少しくっついているつけ汁にホンの少しだけ出汁を足して......



蕎麦湯ゴ〜〜〜!っと。





「砂場」さんと言えば、更科(さらしな)や藪(やぶ)と並ぶ江戸三大蕎麦!
江戸蕎麦御三家!と言われる暖簾(のれん)グループさん。
中でも一番古い歴史を持つのがコノ「砂場」さんとなるのですが、
「巴町 砂場」さんと言うのは、そんな「砂場グループ」の中でも最も古く、
家元の一つとも言える蕎麦屋さんでした。という事は、東京では最も古い蕎麦屋さんの一つ。
記録に残るところでは、江戸時代、1815年には既にあったようで、
この時の店名は「久保町すなば」。
その後、1839に現在の地に移転し「巴町 砂場」と名前を変えたそうです。

そして「砂場」という暖簾(のれん)や名前自体の歴史を辿ると、
その起源は「ハッキリと実証されてはいない」ながら、
あの豊臣秀吉が大阪城を建て始めた1583年頃にまで遡れる可能性もあるようなのです。
もしそれが本当であれば、今から420年以上も前!
というトンデモなく長い歴史を持つ暖簾となります。



そんなお蕎麦屋さんが「砂場」なのです。



一部の資料が示すところでは、ちょっと不思議な感じもする「砂場」という名前は、
どうも、一番最初にできたお店が大阪城建築時の資材置き場の中の
「砂置き場」だったから......だそうで。
勿論、当初のターゲット!?は大阪城の建築関係者の皆さんだった様です。
それが、その後、「大阪 砂場」として江戸(東京)に移転。
程なくして巻き起こった空前の江戸っ子蕎麦ブーム!?にも乗って大ブレイク。
「暖簾分け(のれんわけ)」という形で次々と同名、同盟の店舗を増やしていき、
現在に至るまで一大「砂場チェーン」的世界を築き上げて来た......と言うことで......



面白いのは、
江戸を代表する食文化的にも思われる「蕎麦」の最初の名店が大阪発祥であったという点。



当時、様々な文化や先進的なモノモノというのは、
江戸時代に先立つ平安の昔から栄えていた関西の方で生まれ、育っていることが多く、
そんな時代の最新トレンドは「関西=上方=かみがた」の方から東に流れてくる......
といった形が定番だったそうです。そんな風に最新流行が東に流れてくることを
「下る=くだる」
と言い、その流れに乗れず、
江戸や東の国にまで下ることができないようなダッサイ!?モノモノは
「下ることが出来ないモノ=くだらない」
といわれていたそうで、
今でもしょっちゅう使われる「クダラナイ」「くだらねー!」という言葉の語源というのは、
実はこんな感じらしいのです。
お蕎麦好きが高じて、いっ時、蕎麦の歴史を勉強している時に身についた
仕事に全く役に立たない情報なのですが。ええ。ええ。
くだらねー。。( ̄3 ̄)話でして。ええ。
くだらねーB級野郎としてはこんな本も持っていたりするのでやんす。
「蕎麦屋の系図/岩崎信也」



さてさて......冒頭の写真さん達は、
そんな由緒深い「巴町 砂場」が閉店してしまう間際の日に、一人、
なんともいえない複雑な心境で、大好きな「趣味のとろろそば」を食べに行った時のもの。
お店は、近代的な新しいビルの一階にあって、最早そんな歴史がある店......
という感じには見えない雰囲気でもあるのですが、そんな店の看板も、
心なしかちょっと寂しがっているような気がしました。



このお店に思い出があった人って......

これまで......

どれくらいいたのでしょうか......

また一つ、ささやかな灯りが、
歴史という時間の中に溶け込んでいくようにも思えました。

僕はただ、黙って蕎麦を噛みしめるだけ。

ありがとうございます、と、ただ黙って見送るだけでした。



こんな気持ちを理解してもらえそうな友人の一人、天下のグルメ人「K様」に
「巴町の砂場が閉まるの知ってるー!?」
とメールをしてみました。帰ってきた返事は
「知ってた!俺も今日のランチ、全く一緒(笑)......寂しい」
流石のK様。
「なんだ、最後にコイツと食べに行けばよかったなぁ......」
と。なんとなく、後悔もしたのでした(^^)



上の記事にも出てきた今に続く「砂場」暖簾のもう一つの家元とも言えるお店。
「南千住 砂場総本家」
東京、荒川区の三ノ輪という駅のほど近く。
「ジョイフル」と言う昔ながらの下町アーケード商店街の中にあります。
記録確認が出来る創業年は1848年。その時の店名は「糀谷七丁目砂場藤吉」
此方からは、現在の虎ノ門にある「虎ノ門 砂場」も分家しているようです。
こちらがその「虎ノ門砂場」さん。



南千住系の砂場さんは比較的古き佇まいを残しているお店が多いようで、
B級の僕にはたまらんポンチなのでございます(^^)かしこ。


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マンハッタン徒然

2017-07-05 09:49:14 | 面白い...パワスポ寺社
「お疲れ様です。OSです。
ニューヨークの塔の名前を忘れてしまいました。
アンパイヤーストーンの場所も教えて頂けますか?
暴れる牛と3ヶ所は周れたら周りたいです。
何か良い事が起こりたいこの頃です。
すみません。」



と、少し前、ニューヨーク出張中のうちの女性スタッフさんからメールを頂きました。
OSさんはウチの部の新規商材の開発責任者で、
この時は、そのレセプション・イベントの為、弾丸ツアー的な、
かなりタイトなスケジュールでNYに行っていました。
彼女とは、彼女が日本を発つホンノ数日前に僕と一緒の食事会があって、
その席上でなんやらかんやらと皆でトリトメの無い話をしていたのですが、
その時に僕からNYのオススメ「ポンチキ・スポット」の話を聞いていたことを
シッカリと!覚えていたらしく、その際、

「このタイミングでこの話を聞いたのは偶然の必然!
なので行ったら行くべし!ちょーど何かと煮詰まってたし!」

......などとと思っていたのだそうです。
酒席だったので、彼女にそんなスポットの話をしていた事も僕はうる覚えだったのですが、
彼女からメールを頂いた時、その時のことを思い出しつつ、こんな返事をしました......



「良いことが起こるようなところでは無いのですが......
マンハッタン島を守るキー・スポットというものなので。
個人には働かないと思います。

もし行くのであれば、好きな人や世界、仕事への祈りを捧げてあげてください。
他人のために捧げた分が返って来ると思います。
聖地とは、そういうところです。
それでもよければ以下の通りです。

@メトロポリタン美術館裏、セントラルパーク内、オベリスク。
@セントラルパーク南端、アンパイアロック
~そのまま公園出口のコロンバスサークル、コロンブス像もセットで。
@バッテリーパークとウォール・ストリートの間、チャージング・ブル。」



すると、NYの彼女からこんな返事が......



「お疲れ様です。
調べて全部行きました!
コロンブスは抜かしてしまいました。残念です。
なんか、いろいろな思いもあり、滅多に無いチャンスなんで行って来ました!
あのタイミングでニューヨークの話がuzmetさんから出るのは運命感じましたし、
○○○○○○の成功を夢見て5年ぐらいやって来たので。
なんか、良い情報ありがとうございました。」



「いえいえ~
帰ったらご飯行きましょう。おみやげ話聞かせてください。何卒。」



「お疲れ様です。OSです。
なんか、すごく晴々した気持ちになって帰ってきました。
NYでパワーをもらいました。ご紹介ありがとうごくざいます。
是非、お食事行きたいのでよろしくお願いします。」



なんていう感じで先日、無事に帰国。
話を聞くと仕事の方もナカナカ良きモノと出来たようですし、では、近く、
そんな諸々の反省会でも催そうか!?と話しているトコロなのですが、
この時に彼女と話していた「NY=ニョーヨーク=New York」は「マンハッタン島」の
「徒然話」をば、今回、ここでも少しばかり。
サラサラと流し見ていただく程度で(*´ω`*)ええ。悪しからずで。



そもそもです。ニューヨークが何故?
アレほどまでに高層ビルが隙間なくビッチビチ!に並び立っているのかというと、
世界一の経済都市だから!......ということの他に、もう一つ、
とても大きな理由というのがありまして。
それが、マンハッタン島の地盤の話。

タモリさんなら一発で見抜く!?
であろうニューヨーク、マンハッタン島の地盤というのは、
島とはいえ、それはもう、古い古い、太古の地球の岩盤で出来ているのです。
しかもそれが、なんと一枚岩!で。強力。頑強。ガッチガチ。
高層ビルを幾ら建ててもビクともしない。
そんな強力な岩盤!地盤!となっているのでございます。
決して「ユルユルなハドソン川の中の島」なんてことでは無いのです。

しかも、硬さの証明ともなりそうな、あらゆる風化に耐えて来たソノ「古さ」と言ったら、
今から2億5000万年以上も前から地上に出ていた岩盤だそうで、その名も、
「マンハッタン片岩=Manhattan Schist」と呼ばれる雲母の結晶片岩。
言わば土地全体がパワーストーン!みたいな。
それは氷河期を幾度も経験した上に、その更に前の時代からある岩盤......
ということでもあって、
その頃はまだ、地球の大陸は今の様に幾つかに分かれていたのでは無く、
現在の全大陸が合わさった「たった一つの超巨大大陸」であったのでは......
と推定されています。

この太古の超巨大大陸は一般的には「パンゲア=pangea」と呼ばれていて、
名付け親は今や当たり前の学説となった「大陸移動説≒プレート・テクトニクス」の
始祖とも言える「アルフレート・ウェーゲナー」さん。
「パンゲア」とはギリシャ語で「全ての陸地」を表す言葉なのだそうです。
現在の大陸は皆、このパンゲアが分かれて、移動して、
そうして出来たものだと考えられています。

マンハッタンの地盤というのは、このパンゲアが造成された時に出来た岩盤だそうで。
ただ硬いだけでなく、太古に創生された地球地盤の持つ力こそが、
ニューヨークの地から湧き上がってくる「エ」も言われぬパワー感の源......
でもある......というわけでして。
これが、あれだけの、世界随一の都市の力の源ともなっていて、
成功を夢見て集まる人々を魅了してやまない原因とも!?
なっているのではないかと。個人的にはそんな事も思うワケなのでございます。

飲み会の席でOSさんに話したスポットというのは、そんな地盤の「抜け目」......というか、
ホンノわずかなスキマがある様なトコロだったりして。
そこから、このマンハッタン島全体に漂っている「地球のプレート力」的なモノが、
まるで渦の様に天に抜け出ている場所だったりもするのです。
勿論、個人的な眼......感覚では、という話でしてd( ̄  ̄)ええ。ええ。
おとぎ話です。もちろん。

東洋では「龍脈」とでも言えるものが、なんとなく、
マンハッタン島では南北に縦に連なっていて、
その縦の線のポイント、とも言える感じの場所さん達。
この線が南の海に抜けたトコロが......自由の女神さん......と言った感じでしょうか。
本当に、恐ろしいくらい強い地の力......岩盤の力を持った土地だと思います。
ニューヨーク。おそるべし。



第一のポイント......起点的なポイントは有名なメトロポリタン美術館の裏にあります。



正真正銘、エジプトから寄贈されたという本物のオベリスク。



ちょうどセントラルパークの真ん中あたり。
誰がここに立てようと思ったのか......わかってる!?んじゃ無いの!?
などと勘ぐってしまいます。
当然「メトロポリタン美術館」も世が世なら!?地が地なら!?
神社とかになるようなトコロ。いわゆる、パワースポットでしょうか......
何者かが!?わかってて美術館にしているのか?どーなのか......
ここで挨拶の祝詞を唱えると......





恐縮至極で。。(*´ω`*)



続いてマンハッタンのキー・ストーン的なものでしょうか......ラット・ロック=Rat Rock」
別名「アンパイア・ロック=Umpire Rock」



皆の憩いの場でもある草野球場の審判の立つ位置のすぐ後ろにあるので、
この名前が付いたのだそうで。



ここはすぐ近くにある「コロンバス・サークル=Columbus Circle) 」と
エナジー的には繋がっている様な感覚を受けます。





セットで回ると良いかもしれません。ええ。
特段、いいことなどないですけど。ええ。ご安心を。( ̄ー ̄)



僕さんの場合、この岩の上に「裸足」で登って......





アノ真ん中の石さんに水を差し上げるのでやんす。ええ。言われるがまま!?に......



太古の地球では真水は貴重で、大切なものだったのでやんすのね。
宇宙的にも水はもっとも貴重なものの一つなのだそうで。納得の捧げ物で。
するってーと......また、ね......



すごいっす......ありがたくて涙ものっす......(;_;)うるうる



そして、忘れてはいけない、ここが龍脈の中心点......心臓か。
グランド・セントラルステーション。





どどーん!と。大きく。



ご丁寧に天井には星座まで描きこまれています。





アップル・ストアも。ご丁寧に超パワフルな場所を陣取っちゃってます。



あとは、海へエナジーが抜け出るポイント......ということで、ここ。
「チャージング・ブル=Charging Bull」



立ち向かう女の子もいたりして。エナジーの抜け止め、的な。ブルも海を背にしているし。



ここも誰か!?わかっててココに置いたのか!?どーなのか......怪しいものでございまする。
なんてったて、すぐ側には、アノ、欲望に磨きをかけ、世界を取り仕切る金融街
「ウォール街=Wall Street」なんぞがあるわけでやんして......
深入りしない様にしよーっと。



そんなこんなのマンハッタン徒然。
こんな風にニューヨークの街を見ることはあまりないかとは思いますが、
僕にとってはこの街は、意外にも、遙かなる太古の地球の息吹を感じる場所なのでございます。
良きにつけ、悪しきにつけ、岩盤の上の街全部がパワースポット、とでもいいましょうか。
そして、アメリカの神様というのは、その元は......むかーし、昔、
日本から渡った神様なのではないか、と。そーも思うのでございます。
アメリカと日本の因縁の大元は、実はこの神様に帰結されるのではないか......とも......

......その名は......

「高御産巣日神=タカミムスビノカミ=高木神=タカギノカミ」

古(いにしえ)のアメリカ原住民さん達の間では「ココペリ」と、
そう呼ばれていたのではないか......と。

なので、日本における同名の神様の社(やしろ)や、その名を語るモノモノとかに関しては、
本物の能力者!?さん達の間では「空」に感じられたり、見えていたり......もします。
実は実態が見えない。怪しい。何者かがなりすましていたり!?とか。そんな感じ。
神職の友人、Mさんも昔から怪しんでる神様であって。

して、そのココロは!

アメリカに行っちゃってるから☆

なんてことだったりして♪d( ̄  ̄)ええ。ええ。

一部の人には!?
ショーゲキ的なことをサラリと言っちゃうのがこのブログの礼儀でやんして。ええ。

多くの人にはどーでもいい!?ことだったりもしますしね。ええ。ええ。

そこは何卒、お気軽に。

このお続きはまたあらためて!(^^)なのでございます。



オベリスクのところで待っていてくれた、あまり見ない真っ赤な鳥さん。
美人すぐる「クニトコタチノオオカミ=国常立大神」さんが乗ってる!?
ホレボレ......(^^)日輪と共に大空に飛び去って行きました。


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欲求

2017-07-01 03:29:15 | セツナイ
3月末を決算としている会社においては、この時期、
決算関係の作業を一通り終えて、前期の業績や来期の事業計画の発表なども兼ねた
株主総会を開いたりするタイミングだったりもします。
そして、そんな諸事の裏側では、
社員や雇用スタッフさん達の年間報酬に関しての面談などが
延々と行われていたりもします。それはちょうど、
プロ・スポーツ選手の契約交渉と似た様なものであったりもするのですが、
そんな面談を通しては面談をする方も、される方も、色々なことを思ったり、
考えたりもする様なことにもなって。毎年ナニカと、意外と、忙しい時期でもあって。



すごく思うのは、
人は他人の努力を半分ぐらいに見てしまうのではないのかな......と。
また、逆に、自分の努力は自分自身、
他人の感じている倍ぐらいに思っているのではないのかな......と。
よって人は、自分の努力や苦労は倍に見せたくなったり、言ったりもしてしまう......
なんて構図ができてしまったりするのではないのだろうか、と。



だからこそ、人は、一生懸命頑張っていても
なかなか認めてもらえないなぁ......
などと感じてしまうことも多いのではないかと。



だからこそ、本人の自覚としては
「命がけでやってるよな......これ......」
みたいに思えている様な状況で、それで初めて、
やっと人様に認めてもらえるようなコトになる気もします。



「これだけやってて、これ、、なの、、、!?」



なんていう思いは、
そんな諸事が絡み合って生み出される気持ちや出来事かもしれなくて。
ま、それは、あくまで「一般論」的な話とはなりますが。あくまで。ええ。あくまで。
有名なマズローの欲求段階説によれば、
「承認の欲求」というのは上位に位置する欲求の様ですが、
人に認められるということは、自己アイデンティティの確立ということに対し
とても重要なことなのだろうとは思います。
苦労を人に話したくなるのも、誇りたくなるのも、
そんな承認欲求の裏返しの感情であって。
それを誠意を持って聞いてあげる行為やスタンスというものも、
人にとってはとても大切なことの様にも思えますし。



皆、認められたいのだと思います。



僕さんも。



皆に認めて欲しいのでございます。



きっと。



いつも、いつ、いかなる時も。



生きている証が欲しいのだと思います。



生きた証を残したいものなのでしょうか。



人なんて、そんなものなのでしょうか。



思うのは、そんな人の世の中で、
ひたすら誇らず、語らず、驕らず。嫌気も持たず。
そんな風にして生きている方を目にした時のなんとも言えない心奥から湧き上がる気持ち。
尊敬の様な、嫉妬の様な。
自らに対する恥ずかしさ。



恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい......



ダメなジブーーーン......



我、欲は、どこから来るのか?



コンプレックスなのか?



劣等感なのか?



それを覆い隠したいがための欲なのか?



承認の欲求?



食欲、物欲、性欲......人は自らの足りない部分を埋めるために走り回るのでしょうか。



欠落した部分をありとあらゆる手段で埋めようとするのでしょうか。



でも、



それで......



埋まるのだろうか......



本当に足りないものとは......なんだ?.......心?



心が埋まらない限り、
人はその足りない部分を物欲、食欲、性欲、名誉欲......
的欲望で埋め続けていくのでしょうか。
そんなことがわかっていたとしても、わかっている人でも、
「周りの人がみんなそうだから」
同じ様なことをやり続けてしまうのでしょうか。



地獄って......そういうことでしょうか?



地獄から抜け出すって、どういうことなのでしょうか?



難しいことなのでしょうか?



認めたくないコンプレックスと、
それを覆い隠すための欲求にまみれた自分。
そんな自分と向き合うこと。
それがいつしか、
そんな自分を肯定するために向き合っている様なことになっていたとしたら、
それは既に自分と向き合うことでは無くなっている様な気もします。
本末転倒とはマサにソノことだ!とも思えます。

寓直に自己肯定すれば劣等感などなくなる......なんて、
本質的にはありえない論理でしょう。
引き出しの奥にしまって、無いモノとして扱えば無くなる......なんて、
ただの嘘つき......かもしれません。
そんなことでこの世の春を謳歌できたとしたら、

「みんなの上に立ってマーーース♪( ̄∇ ̄*)b 」

なんて思っていたのだとしたら......それこそ、幻!?偽物!?かもしれません。
恐ろしい事なのかもしれません。



多くの人との面談や会食、
業務目標や売り上げ目標、組織目標や個人目標、それぞれの夢やヤリタイこと......
などの打ち合わせがひたすら続くこの時期に、
僕の胸を走り抜けるのは、そんな秋風にも似た感慨で。

どうやらそれは、自分自身、自ら気づいていない、
引き出しの奥にしまっている隠していた何か......欲求、感情、コンプレックス......が、
あるからなのでは無いのか、とも。

もう少し自分をピカピカ玉に磨きあげるためにも、
そんな心に湧き出る感慨の秘密から逃げずに、ちょいとばかり、また、
立ち向かってみようかと思っています。



勝負、です。



我、欲するは真の自由なり。



先ずは......



腹ごしらえ!( ̄∇ ̄)ニヤリ



うちのスタッフさんが運営しているお店で特別に作ってくれた「冷やしスダチ蕎麦
とても美味しかったのでする☆感謝なのでする☆ぽんぽん。



此方は東京、品川区、荏原中延駅近く、井田商店さんの特醤油ラーメン。



すこぶるおいちいのです。。(*´ー`*)不自由ですなぁ。。この体。。


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