雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

スターフルーツと珈琲 2

2014-10-29 00:02:52 | 素敵...映画&音楽&珈琲
......そんな国武さんのお話はもう少し続きます。。



実は、
ハワイのコーヒー農園のうち70%以上は日系人の経営する農園なのだそうです。



時代は江戸幕府の末期から明治にかけて。
「産業革命」を成し遂げた欧米を中心とする「列強国」が世界中に植民地を有し、
広大なプランテーション(単一作物の大規模農場)事業を推し進めていました。

いわゆる「帝国主義」と呼ばれる時代。

世界大戦前の時代。

不足していたのは拡大するプランテーションで働く労働力。
イギリスのバックアップを受けハワイ諸島を統一した
カメハメハ大王から連なる王族が治めていた当時の「ハワイ王国」でも
欧米列強国主導の「サトウキビ」プランテーション事業が展開され、
慢性的な労働力不足に陥っていました。
そんな中、当時からその勤勉さと誠実さが世界中で評判となっていた我々日本国には
労働力を必要とするそんな国々から「移民要請」が沢山届くようになります。

正式にハワイからも届いたそうです。

ハワイからの移民要請が最初に届いたのは倒壊寸前だった末期の江戸幕府。
幕府は移民を了承しましたが、その直後「明治維新」が起こり、
日本国は新たに「明治政府」となったため、
新政府は幕府がハワイと結んだこの移民契約は

「いったん無し!」

としました。
それでもハワイ移民の斡旋者であった在日ハワイ領事官ユージン・ヴァン・リードは

「正式な契約は済んでいる、、、」

と、強引にハワイ移民を決行。
1868年。明治元年。
153人の日本人が最初の移民としてハワイに渡ります。

世に言う「元年者」とはこの最初のハワイ移住者のこと。

コレ以降も多くの移住者がハワイに渡りましたが、
当時日本からハワイまでの道程は船の旅だったそうです。
チープな船の狭い船室にギュウギュウ詰めにされて、
太平洋の荒波を揺られ揺られて......だいたい11日以上の時間がかかったそうです。
船は一旦オアフ島、ホノルルに着いて、
そこからさらに小さな船に乗り換えて、
また一昼夜かけてハワイ列島のソレゾレの島へ出航していきました。
サトウキビのプランテーションは港からさらに離れた遠い内陸地にあって、
上陸してからも大きな荷物を担ぎ、徒歩で長い距離を歩かされたと言います。

「もう日本には帰らない。
船で何日も酔って、歩かされて、、こんなに辛い旅はもう嫌だ。。」

農場に着いた時にそう思った人も沢山居たといいます。

国武さんのお爺さんとお婆さんもこの頃移住した人達でした。
「安定した収入!」「暖かい楽園生活!」「夢の移民生活!」
などと謳った移民募集の広告は、
明治維新前後の不安定な日本社会で多くの人達を魅きつけたそうですが、
イザ!ハワイの農場に着いてみるとソコでは過酷な労働地獄が待っていました。
何処の農場でも労働は朝六時から夕方五時まで。
休憩は昼食時のわずか30分ほど。
南国ハワイの炎天下の中「11時間労働」が当たり前の世界だったそうです。
それでも手に出来る賃金はわずか数ドル。
全てがギリギリの生活。
それでも多くの日経労働者は家族を養うために過酷な農場仕事を切り上げた後も
裕福な白人家庭のアルバイトを月数ドルで請負ったりしていたそうです。
それは「夢の移住生活」とはほど遠い「奴隷」に等しい扱い、生活だったようです。
過労で倒れたり、栄養不足で病気になったり、亡くなったり......
それでも祖国は遠く離れ、助けや援助も届かず、
幾人か帰国出来た人々もいたそうですが、多くの移民は
祖国に帰ろうにも全財産をつぎ込んでの移住だったので旅費を工面することも出来ず、
逃げる事も戻る事も出来ず......そんな毎日を送っていたそうです。

その後、市場動向と価値に大きな影響を受けるプランテーション事業は
ハワイではサトウキビからより人気の高まった「珈琲」に変わり、
その珈琲プランテーションも市場での浮き沈みを繰り返しながら
1900年初頭には市場価格の暴落によって壊滅的な状態に陥ります。
すっかり「厄介物件」と化してしまった「珈琲農園」は
投資家や裕福なオーナー達から小規模に分けて安く叩き売りされるようになりました。
この時、日系移民の方々は

「小さくても、タダの労働者から自分の畑と出来るのだから。。」

と、働きながら少しづつ貯めたお金で小分けされた農場を買い取り、
自分の農場としていきました。

これが現在の日系の皆さんが営んでいるている珈琲農園のスタートとなります。

言い方を変えれば、
コーヒー農園を無くさずに、危機から立て直したのはそんな日系移民の方々だったのです。

世界大戦を始め様々な世界情勢に左右されながら世界のコーヒーマーケットは
その後も乱高下を繰り返しましたが、
その度に日系移民の方々が買い取って、家族で経営する小規模農場の数は増え続け、
それで今ではハワイのコーヒー農園の70%以上が
日系の方々の経営になっていると言うわけです。
ココまでの詳しい話しの全てを国武さんから聞いたわけではありませんが、
前回記したお店で交わした会話の中で僕が国武さんから感じたメッセージは



「ソレだけコナ・コーヒーを好きだったら、コーヒーの歴史も良く知って欲しい。。」



コナ・コーヒーがこれだけ美味しいのは、我々日系移民の多世代にわたる長き努力や苦労、
そして農場やコーヒーに対する強い思いがあることも知ってほしい。。」



というようなことでした。



「異国で根を張って生きると決めた日本人の強い覚悟と決意。思い。
それでも失わなかった愛国心。そんな事も分かってほしい。。」



僕とコニャ(奥さん)はそんな国武さんとひとしきりのお話をした後、
自慢の「カントリーサムライ」珈琲を幾つか買って、そして、
国武さんと約束した通り、
ホテルに戻ると頂いた無農薬のライムとスターフルーツを切って、添えて。
ビールと一緒にいただきました。



「ハワイにいる間分あげるよ!(^。^)」
とペーパーバッグに沢山入れてくれた国武さんのライムとスターフルーツは
ハワイ島からオアフ島に移ってからも毎日食べれるほど。



海が見渡せるテラスに座り、
スターフルーツをかじり、ライムをたっぷりと絞ったビールを飲んでいると
国武さんが話していた言葉が耳にコダマして来ます......



「―――――――私の両親やお爺ちゃん、お婆ちゃん、本当に凄いのね。
だから。
日系の先祖達は凄いのね。だからだね。うん。皆ハワイで苦労した。
とても辛い思いした。
だから凄いのね。うん―――――――
―――――――この歳でやっと日本に行けた!これからも沢山行こうと思ってる!
―――――――天皇陛下に会った時は、だから私とても感動した。
だから写真はズットお店に飾ってる―――――――」



そんな風にして飲んだビールは、
ハワイの風景を今迄とはマッタク違ったものにしてくれました。
それは、今まで僕が見たことの無かったハワイの風景で、
今まで知らなかった味がしました。



「starfish and coffee/PRINCE」=「スターフィッシュ & コーヒー/プリンス」
この記事を書いている間中ズット頭の中で鳴っていた曲♪
ロック史に燦然と輝くアルバム!
「SIGN "O" THE TIMES/サイン・オブ・ザ・タイムズ」に入ってます(^^)

♪If U set your mind free, baby
Maybe you'd understand
Starfish and coffee
Maple syrup and jam

もし君が心を自由にしたならば、
きっとわかるよ。
スターフィッシュとコーヒー。
メイプルシロップとジャム♪♪


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スターフルーツと珈琲

2014-10-25 17:50:28 | 素敵...映画&音楽&珈琲
日系の国武(くにたけ)さんが丹精込めて栽培している美味しいコナ・コーヒーは、
「国=Country」「武=Samurai」で、
「カントリー・サムライ・コーヒー=Country Samurai Coffee」と名付けられています。
ハワイ島、カイルア・コナの港には小さな珈琲豆店を構えています。



パッケージの裏は、お客さんが豆の品質をよくチェックできるように、と、
透明でよく中が見えるようにもなっています。



国武さんは、僕らコナ・コーヒー好きの間では元々有名な方でしたが、
最近は色々なガイドブックやテレビなどに登場することも増えて来て、
知っている方も多いかと思います。
そして、なぜ?国武さんのコーヒーがコーヒー好きの間で有名なのかというと、
それは、珈琲の栽培の仕方に理由があります。

多くの場合、ハワイでも世界のコーヒー農場でも、
珈琲の実の収穫は機械で行うことが多いのですが、
それは広大な敷地に広がるコーヒーの木のコトを考えれば至極当然のことであり、
とても合理的な事です。
ただ、機械で摘むことのデメリットとして、
実を摘む際にコーヒーの木が少し傷ついてしまうということがあるのだそうです。
勿論、健康な木であればあるほどソコに成る実は美味しくなるので、
一部の農園では木にかかる負担や傷を最小限に抑えられる「手摘み」を行っていて、
それが一部のコナ・コーヒーを特別なモノにしていたりもします。
さらに加えて、天候に収穫が大きく左右されるリスクの大きい
「無農薬栽培」を取り入れている農園もコナには多くて、
そんなことがハワイ島のコナコーヒーブランドと品質を支える
大きな要因になっていたりします。
そして、こんな途方も無い!?
手間暇をかける農法を一つの方法として確立させていった人達が、何を隠そう!?
明治期に我々日本国からハワイに移住していった日系移民の方々なのです。
美味しいコナコーヒーの魅力というのは、実は、
移住した日本人の持つ仕事へのこだわりと、根気強さ、繊細さと丁寧さ、
優しさにその秘密があるのです。

国武さんの作るコーヒーというのは、勿論、
そんなとてつもない手間暇のかかる「無農薬栽培」で「手摘み」ではあるのですが、
更に他と違うことがあって、それは、
通常の手摘み系農園ではその「摘み作業」がしやすいようにコーヒーの木を
人の背丈ほどの高さに切り揃えたりするのですが、
国武さんの農場ではそれを全くせず、
木を自由に大きく伸ばさせて栽培をしているというところ。
なので、国武さんの農場の木は他の農場の木よりストレスが無く、大きく高く育っていて、
そんな国武さんの農場の木から実を摘む時は「脚立」まで使うこととなります。
「木」本来の形や生命力を削ぐことなく、無農薬で自由に伸び伸びと育てて、
そして木への負担も最小限にする手摘みで収穫をする。

それが国武さんのコーヒー。

「カントリー侍コーヒー」を特別なものにしている理由です。

そんな国武さんのお店というのは、あくまでコダワリの農作業が中心となるので、
常に11時~17時でキッチリ!バッチリ!と開けて閉められます。
故に、いつも朝早くからフラフラと島をドライブした後に訪ねるような僕の場合、
過去2度ほど行った全てが閉店ガラガラで入れずじまい。(T . T)
つい先日も大好きな珈琲豆を買いにコナの農園を幾つかプラプラとしていたのですが、
ふと「カントリーサムライ珈琲」のことを思い出し、

「今回も時間ギリギリやな......また間に合わないだろなぁ......」

などと思いながらのダメモトの訪問を決行。
すると今回は、閉店前に無事滑り込み!が出来て、
初めて国武さんのお店に入ることができました(^.^)
店内には有名人などと一緒の写真がアチコチに飾られていて、ちょっとミーハーな感じ。
幾人かのお客さんもいて、けっこう賑わっていたのですが、フト見ると、
カウンターにはそんなマニア向けの噂の人物、オーナーの国武さんがいらっしゃいます。



上の写真にチラリと映っているのが国武さん。
まるでセルジオ越後に出会った時のような気持ち......( ̄ー ̄)ジミニジィィーン。。

国武さんは幾人かのお客さんの会計を済ませると、
店に入って来た僕とコニャ(奥さん)を見つけ、
突然キャッシャーカウンターを出て僕らの方にツカツカと歩いて来ました。
国武さんは僕等に近づくなりタドタドしい日本語でこう言いました。



「二人!(^。^)どこから来た!?にほん!?ね?どこ?」

「トーキョーです♪とーきょー」

「そう!やぱりね!わかるよ。わかる(^。^)
私福岡ね!九州!
いいね!
二人いいね。
よく来た。
味見する?今持ってくるから。ココいて。ココ!」



と、突然の強引なトーク&展開。
スグに煎れたての美味しいコナコーヒーを紙コップで持ってきてくれて、
僕らは嬉しげにソレを飲んでいたのですが......
別に僕等は夫婦とも何とも言っていないのに、
国武さんはこんな話をし出しました......



「奥さんイイね!イイ!
カワイイ!よく来た!また来る!
でもね、ダンナ、
顔悪い!
関係ナイ!顔悪くてもイイね。関係ない人だよ!」



な!?
ぬぅぁあにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?( ̄◇ ̄;)
顔悪いだぁぁっ!?
ぁあああああああああああああああーーーーーーーーっ!?
わかってますけどぉぉーーーーーーっ!(; ̄ェ ̄)
でもよ!
なんだよ!
初対面で!
しかも客だぞ!!
こるあぁぁぁぁーーーっ!
ナンダコノやろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
ンダッ!?てめぇぇぇぇぇ!!!(♯`∧´)
やんのか!コラぁあああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!
上等だぁぁぁーーーーーーっ!!
とてもサワヤカな気候の表にでも出やがれぇぇぇーーーーーーっ!!!o(`ω´ )oプンスカ!



......っと、言いそうになったその瞬間、



「ああ!違うね!間違ってるね!ダンナさん間違ってるよ。その顔!
そうじゃないよ(^。^)」



な!?
なにが間違ってる!だとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!
顔が間違ってるだとぉおぁぁぁぁーーーーーーーっ!?
このジジィィィーーーっ!
言わせておけば次から次へとぉぉぉぉ!(♯`∧´)
目の前のとてーーーも美しい海にドップリプリリンと沈めてやろうかぁぁぁっぁーーーっ!



.......と、またも言いかけたその刹那、



「そうね!違うよ!日本語難しい。
私ね、日本語チャンと習ったことないの。
こうやってみんなと話してるだけで覚えた。
言いたいのは、ダンナの心広い。大きい。
顔で人を絶対見ない人ね!顔悪い良い関係ない人ね!心見える!
心で生きてる。それ凄い!心見える人!顔は関係ない!
奥さんわかる!?ね?
この人とても大きいね。
そういうことだよ。間違えてるよ。そいうことだよ(^。^)」



へっ!?(・・?)
な、なにさ、
初対面で何よ?
誉め殺し!?
ココは占いの館?
新宿の母?父?
褒められてんの?
チャカされてんの?
なんだよ?この人。。んん??( ̄O ̄;)??
ああ大きいさ!
大きいともさ!(*`へ´*)
でも色んなところがちっちゃいぞ!特にみえないとことか!
少なくともそんな人になりたくて毎日頑張ってんだい!
なんだい!
どーせ客商売のお世辞やろ。このヤロ!



......と、
心中で黙々と怒鳴り散らしつつそのままオッチャンの話を聞いていると......



「私はね、日系3世。
タダのファーマーね(^。^)
手を見て。手。ひどいでしょ。傷だらけね。。汚い(^。^)」



と言って、国武さん。
今度は僕らに手を差し出してマジマジと見せてくれました。



「どう?ただのファーマーよ。毎日土と木を触ってるだけの人。ね。傷だらけ(^。^)」



確かに傷だらけでゴツゴツとした分厚い大きな手。
でも、なんだか美しい手。
光り輝いてます。



「良いじゃないっすか!
とても良い手じゃないですか。これぞ手!って感じで。イイじゃないっすか( ̄▽ ̄)」



と、僕。すると、



「そう!?でも美味しいコーヒー作れるよ。
ちょと待って!
今いいものあげる!!」



と、まだコーヒーも買っていない僕らに突然の嵐のような連続した絡み技......
コニャもなんだか面食らっていて、二人して顔を見合わせていると、
また戻ってきた国武さんが手にしていたのは......



「コレ!知ってる?
スター・フルーツ。美味しいよ!
あとコレ!
らいむ!全部無農薬だから。本当に美味しい。
コーヒーと一緒に私が作ってる。
食べる?美味しいから。ちょと来て!」



と、今度は入口のレジの方に連れて行かれ......
どこからかマジックのように取り出した果物ナイフと新聞紙をレジカウンターに広げて、



「これね、切るとホラ!
星の形。スターフルーツ。甘いよ!食べてみて!
どう?美味しいでしょ?
あげるよ。何個いる?
3っつぐらい?

あとね、これ!ライム!
色悪いけど、無農薬だから。
これも私が作ってる。美味しい。
ビール飲む?今夜?ホテルどこ?飲む?
飲む!あっ、そぉ。。
ナイフ有る?ある!そう。
これね、、こう切って、、、」



と、今度はライムをシャットに切る国武さん。



「でね、これ、アップルジュース。
ビールないから、これ、ビールの変わり。
ライムをね、一個じゃなくて沢山、これにギュッと絞って。。飲んでみて!(^。^)」

「う、うまい!!*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜*何これぇぇ!?♪」

「でしょー(^。^)
美味しいの。
もっと絞ると、もっと味変わるから、、、どう?」

「うめめめめめーーーーっす♪───O(≧∇≦)O────♪また味がちがぅぅぅ」

「そう!でしょ!ビールに半分ぐらい絞ってね、飲みながらもう半分も足していって、
一個全て使うと良いね(^。^)」

「はい!今晩飲んでみます!( ´ ▽ ` )ノ」



気がつくとスッカリの国武ペース......



「じゃ、ライムもあげるね。何個?幾つでもいいよ!」

「いや!3個ぐらいで十分っす!」

「そう?じゃ5個入れとく。
これ飲む!元気でる!間違いない!美味しい!無農薬ね!
タダのファーマーのライム(^。^)」



......で、
こんな突然の嵐のようなノリと会話の間に数人のお客さんが入ってきてましたが、
皆出て行ってしまって、なんだか、僕らの貸切状態。。



「国武さん!まだコーヒー買ってないから見ていい?棚」

「うんうん(^。^)好きなの選んで。大丈夫。
アッ!
これ見た!?写真!
これ!」



と、またコーヒーを見る前に話を振られた僕らは、
店内に飾ってあった幾つかの写真の中で、
一番大切そうに飾られている写真の前に連れて行かれました。



「コレ!天皇陛下(^。^)」

「今上天皇(きんじょうてんのう=現在の天皇陛下)ね。わかるわかる。
スゴイですね。こんな近くの写真(^_^)

「そうそう(^。^)
わかるね。あなたわかるよ。
あなた天皇のことよく知ってる。わかるよ。うんうん(^。^)」

よく知ってるけど、、、会ったこともないし。。俺。。(´・_・`)小市民だし。。
オッちゃん変な人やな。。」

「あと!!誰か写ってる。わかる?誰?よく見て!」



と、写真をよく見るように僕らは促されました。。
その飾られていた写真はポスターサイズの額縁の中に
沢山の様々なサイズの写真が隙間なくコラージュ的に散りばめられたモノで、
全て今上天皇夫妻がハワイ島を訪れた時に撮られた写真達。
国武さん自らが撮影したものもあれば、
沢山の新聞記事や雑誌の記事などから切り取られたものもあります。



「誰か分かった!?」

「......コレでしょ!」



と僕は、額の中に散りばめられた沢山の写真の中から1枚の写真を指差しました。
それは公式のパーティーの様な場で天皇がある男性と和かに談笑している写真。



「そう!これ!
私ね!これ。私。
凄いでしょう(^。^)」



そう言って国武さんは子供のような笑顔をしました。



「わかりますよ。
でも、、凄いっすね。
天皇と公式の場で謁見するなんて......ああああ!?
アナタモシカシテ!?とても偉い人なんちゃうのぉぉ!?」

「違う違う!
私、ファーマーね。ただのファーマー(^。^)
手を見て!手!
でもちょっと大学の教授もしてたから、
あと、私の両親やお爺ちゃん、お婆ちゃん、本当に凄いのね。
だから日系の先祖達は凄いのね。だからだね。うん。皆ハワイで苦労した。
とても辛い思いした。
だから凄いのね。うん。
天皇陛下に会った時は、私とても感動した。
だからズットここに飾ってある。
私の宝物。(^。^)」



国武さんはそう言って、閉店前のひと時、
僕らにカントリーサムライ珈琲農園の歴史を話してくれました。
そして、その後、こんな事を言いました。



「私達とても苦労してきた。
本当ね。
それで、やっと、やっとだよ!この年で!
最近、やっと日本に行けた。
その後も行った。
嬉しかった。とても嬉しかった。
日本、憧れね。
東京とか、北海道とか、九州とか、やっと行けた。
来年も行こうと思ってる。
子供達も育って、これからたくさん日本に行こうと思ってる。
日本すごいね。大好き.......」



この時気付いたのが店内に飾られている沢山の写真のこと。
それは最初ミーハー的に感じられていたものですが、よくよく見ると、
それらは全て日本人との写真でした。

......そんな国武さんのお話はもう少し続きます。。


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ウナギクライシス 5

2014-10-21 01:55:04 | 美味しい
この「雲完」ブログに時たま登場する友人の Jさんは、
マーケッターで大学教授で知的で、
いつも優しくて、
腰は悪いけど性格は良くて、
カメラとパワーポイントが上手で、
とてもジェントルマンな感じの人。
ただ、いつも思う「モヤット」ポイントがあって、
それが「食」に関しての無頓着さ。



別にいいんだけどね。(゜ω゜)そんなの。



ただ!ですな。



「なんか美味しいものが食べたいですねぇ~。。(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



なんて言う時もあってですな。
そんな時にアチキのお気に入りの美味しいお店(常にB級俺だし)に連れて行くと



「美味しいですね~。。(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



......って.......
言うのですよ。
確かに。ええ。
確かに言うさ。
J さんわ。
笑顔で。



でもね......



DE・MO・NE......



伝わんないのよ(´・ω・`)



なぜだか。



伝わらないのですよ。
美味しさへの感動が。
ユーわ。いつも。
今ひとつ伝わってこないですのよ。。(´。` ) =3
でね。先日お仕事で京都に行った時に、



「お仕事終わったし、東京に戻る前にご飯でも食べてこうか?」



ってんで



「なにか食べたいものある?」



なんて聞くとね、
J さんはいつもの決まったフレーズを返してくるんですよ。ええ。
いつもの。
毎度。



「僕はなんでもいいですよ!。。(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



(´。` ) =3 そーですのね。。



「僕食べ物にはあんまりコダワリないんですよ~。大丈夫ですぅ(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



「パワーポイント食べてますから~(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



......それでですね、僕はですね、



「京都だし折角だから美味しいものでも食べようよ!ね!」



なんて言ったわけでやんすよ。その時。ええ。
折角ですから。せっかく。
するってーとヤツは珍しく!
こう答えたのでやんすよ!



「うなぎがいいですね~(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



えっ!?Σ(-`Д´-ノ;)ノ!?
京都でうなぎ!?
アホちゃいまっか!?
その発想!?
ええ!?
熱あんの!?



......という気持ちを押し殺してですね、
迂闊にも私もウナギ大好きでやんすから、晴れて!
「ウナギクライシス5!」
となったワケですよ。ええ。今回。
ウナギさんは絶滅危惧種ですけど。
シリーズ化されている過去記事はコチラの方で。ええ。

」「」「」「

と。ええ。
それで京都市内のど真ん中でウナギと言うと新京極にある老舗「かねよ」さんの
「きんし丼」が浮かんでしまうのですが、

「ちょっと一芸に欠くかな......メジャー過ぎて......うーーむ......」

などと無駄なことを考え出してしまった僕様は、

「どーせなら自分も食べたことの無いお店に行きたいなーー......」

なんてことも思い出し、それで、スマホでリサーチした結果!
帰りの新幹線駅にも近いしココに!
行くことにしましたのです......



京都、九条、東寺にある「美登利=みどり」さんヽ(´▽`)ノワーイ♪
入ってみると......何やら有名人さんなども時折訪れるお店だそうで。
なかなか美味しそう。
カウンターで腕を振るうお店の大将に



「誰が一番来ます!?」



って聞いたら



「シズちゃん(* ̄o ̄)」



って言ってました。。



で、これがうなぎさーーん♪
ご飯大盛りでウナギ少なめがお好みなのぉーー(^^)やすいしー。B級だしー。



正直ですな......マジウマいっす( ̄ー+ ̄)
穴場。最高。大正解。
特に!お米。ブリリアント。
あまりに美味しいので



「ドコのお米ですか?」



ってカウンターの大将に聞いたら



「お米屋がテキトーにもって来てくれるんだよな(* ̄o ̄)」



って言ってました。。
まぁ、会計の時に女将の奥さんから



「今日は近江米ですの。
いつもその時々で一番美味しいお米を卸しさんが選んで持って来てくれるんです」



って教えて頂きましたが。ええ。



それでですね、
忘れてはいけない!のが肝心の J さんですよ。
わざわざココへ来たのも J さんたっての希望!だったんですから。ええ。
満足していて欲しいわけですよ。
連れて来たアチキとしたら。



「ウナギ食べれてとてーーも幸せですぅぅぅーーっ♪」



となってて欲しいわけですよ。勿論。
それで目の前に座る J さんに聞いてみたんですよ。感想を。当然。



「 J さん!これさ、ウマくね!?感激だよ!美味しい!やったね!当り!」



すると J さんはニコニコしながら予想通りこう答えてくれましたのですね......



「美味しいですね~。。(´ ▽`)ポヤヤヤーン」



.......



.......



.......



まったく伝わらん。。( ̄ー ̄)



何故これほどまでに伝わって来ないのだ。。



ちょっとムカつく。。


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2014-10-17 03:03:21 | 感謝
T部長さんは

「某メジャー系エンターテイメント会社の人のイメージを描いてみて下さい......」

というお題が出された時に、
きっと描かれるであろう人物像そのままの人。

「いわゆるエンタメ系のギョーカイ人ってどんなイメージ!?」

なんて質問の答えの見本の様な人。プロミスのCMに出したいくらい。。。

「キャスティングまってるおっ!(=゜ω゜)ノ 」

パーマがかった茶髪でロン毛で大柄で、チョット異国感のある顔の濃さ。
ソレ等を上回るトレードマークの浅黒い肌は
日焼けサロンで丹精込めて日々丁寧に焼き上げられています。
切れ込みのないタキシード風の襟を持つジャケットや薄手のヒラヒラ系コートを好みます。

「おそらくEXILEを意識してるおっ(=゜ω゜)ノ 」

女子にも決して訴えられることのないエロエロ系トークも得意技。見事。素敵。
夜な夜な繰り出すダンス系クラブも大好きで、
時々早起きしてはゴルフもやっちゃいます。
暑い夏の日にはリゾート感満載!のショートパンツでスネ毛をヒラヒラと見せつけながら
颯爽とオフィスに現れます。
人事部の不評を買うパンツルックながら一部マニアの間でついたアダ名は

「すね毛部長 ( ̄ー ̄) 」

敬愛すべき、される、キャラクターでございまつ。。
そんな大学サークルノリのライフスタイルがとても眩しいT部長さんが、
つい最近、大きな組織改編に伴い部署を移動することになりました。
ある程度の規模を持つ会社などではしょっちゅう起こることで、
こんな時の僕の心持ちというのは以前記したこの「女神の言葉」のような感じで。。。

「よし!ミンナでT部長とT部長チームの感謝食事会をやるっぺよ!(=゜ω゜)ノ」

「任意で隠れプレゼント有り!高い値段は禁止!T部長には内緒!」

「ヒラヒラコートは入場禁止!のドレスコードで!」

と、相成りました。
そんな送別会にはT部長を慕う沢山のメンバーが集まり、
任意だったのに全員が持ってきた!
心温まるチープハッピーなプレゼントも盛り沢山。
タクシーのトランクに詰め込まないと持って帰れないくらいの量。
そして、そんな会も終盤となりました――――――

「T部長!最後に一言!......の前に......uzmetさん!なんか一言お願いっす!( ̄^ ̄)ゞ」

という司会者からの類稀なるイヤがらせ。。

「おぉ!?おーーーううぅぅ。。(◎_◎;)」

「ヨロシクっす!( ̄^ ̄)ゞ カモーン」



――――――それで、その後、
敬愛するT部長さんと仲間達に僕はだいたいこんな話をしました。
サブタイトルにある通り、ココにも記しておこうと思います。



「、、これね、Tさんと、
Tさんに象徴されるチームみんなに対するイメージの話しとして
聞いて欲しいことなんだけどね......
うんとね......
.......Tさんてさ、、、真っ黒!やんか。見た目。

でね。でもね。
俺が最初にTさんと会った時の印象ってね、
個人的にはマッタク違っていて、俺にはTさんて真っ白で、純粋で、ピュアっていうか、、
そんな感じに見えていたのね。
で、それはその時から今に至るまでズーーーーっと変わらなくて。
今でも真っ白で純白で。

でもそれって本来多くの人もそうだろうし、
幼い頃や若い時なんかそういう人はとても多いように思えるし。

それで、大人になって、社会に出て、働きだしたりなんかもして、
好きな人も、あまり合わないなーーと思うような人も、
一緒になって仕事したりなんかもして。
色んなコトが毎日毎日起こって、
辛いことも嬉しいこともナンダカンダと大変で。

気がつくと自分のどこかが汚れていたり、白じゃなくなっていたり。
だいたい白や純粋なモノってワザワザ汚しに来たり、
穢しに来たりする様な連中なんかも沢山いて。
相手にそんなつもりなど無いんだけど、そういうことになっていたりすることもあるし。
そんな世界で白や純粋さを保つことって本当に難しく思うんだよね。俺。

でね、俺のとても個人的な話をするとね、
10代で欲しかったもの、価値があったもの、憧れていたものって20代では違っていて。
20代でそんな風うに思っていたものは30代ではまた違っていて。
30代と40代ではまた違っていて。
コレから先も変るのかなぁ、、とは思うけど。
40代になって俺が一番欲しかったり大切に思えるものって、
実は「人としての強さ」なんだよね。

でね、「強さ」ってさ、
どうも腕っ節が強いとか、ケンカが強いとか、
自分の弱さを見せれることが強いとか、
優しさこそが強さだとか、
いろんなこと言われたりするけど、
俺は今はこんな風に思ってるんだよね。

白さや純粋さを失わないまま働くことも社会的な生活も出来ているのか?って。
お金もちゃんと稼いで生活も出来ているのか?って。

“ 強さ” って今はそんなふうに思ってるんだよね。

子供の頃の純粋さや想いを保ったままいっぱしの大人生活が出来ているか、どうか。
そんな「白」さを失わないまま頑張れてるか?って。
ソレが出来ている人ってさ、
俺にとってはとても “強い人” に思えるんだよね。
この世知辛い世界でその純粋さと白さを保ってることがとても強いことに思えるんだよ。

だからね、
俺はTさんはとても強い人に思えているのね。

とても強い。

その強さってさ、コレから先も、移動した先の職場なんかでも、
きっとソコにいる人達や職場の空気なんかに必ず素晴らしい影響を与えていくと思うんだよね。
コレ迄もそうだった様に、
コレからもきっとそうなると思うんだ。
Tさんはそんな強さを持ってると思うんだ。
そんな強さを持っているTさんは大好きだし、俺はとても尊敬出来る人だと思ってます。


俺はTさんを尊敬してます。


これからもその強さで多くの人に素晴らしい力を与えていって下さい。
色々とお疲れさまでした!」



この夜、僕がTさんに 贈ったプレゼント。
マニア向け!貴重なるミッフィー60周年記念ステッカーも付けたのだ!



勿論!
ミッフィーわ大切な仲間にしかあげない珠玉のプレゼントなのだ!
何と言われようとそーなのだ!(*'へ'*)ナノダヨ!


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「朱」の女神 3

2014-10-13 19:09:19 | 面白い...パワスポ寺社
神秘に満ちた真言密教。高野山。
そしてその開祖であるスーパースター「空海」がさらに崇め、称え、祀った神こそ高野山の神。
朱を産む「丹」の女神様でもある丹生都比売さん。

それは、美しき「赤色=生命力」に満ちた「朱の女神様」でもあります。

ココへ来て「朱の女神様」の話しは当然のコトながらその高野山へと......続いていきます。
歴史の深淵に流れている物語へと続いていくのです。




高野山に入ればきっと誰もが訪れるであろう「壇上伽藍=だんじょうがらん」
真言宗総本山の寺院「金剛峰寺=こんごうぶじ」と一緒に括られることもありますが、
壇上伽藍はスーパースター空海さんが高野山で最初に開いた寺院。
高野山の元であり基でもあります。











広い境内に散らばる沢山の密教施設には誰もが圧倒されると思います。
中でもこの「根本大塔=こんぽんだいとう」と呼ばれる宝塔......



......の中に有る「立体曼荼羅」など見ちゃったひにわ......
感嘆!満タン!(=゜ω゜)ノ 100%!で。

そして、
そんな壮麗なる境内をよ~く見ると一つ興味深い場所があることに気付きます。
この広い壇上伽藍の境内の中で一箇所だけ、高い盛り土がなされ、
全ての建物より一段高い場所に大切に建てられている建物があるのです。

その建物は高い場所にあるのに関わらず、
意識と気付きを持って歩み寄ろうとした人にしか分からない敷地内の一番隅っこ、
大きな寺院建物の陰に隠れるようにしてヒッソリと建てられています。
ヒッソリと......ですが、しかし、
近くに行けばその何とも言えない凛とした高貴なるオーラに
誰もが背筋が伸びてしまうと思います。



勿論 、ココが高野山における丹生都比売さんの社(やしろ)。
あの空海さんが高野山を開くときに、
何よりも先に建立の許しと寺院の末永き発展と加護を願って建て祀った
「朱」の女神様の社になります。

前回記した高野山の奥地に佇む「丹生都比売さんの総本宮」からの勧請という形なので、
姫さんからすると出張所!?人々が沢山集まる場所に建てたオフィス!?
的な位置づけとでも言えるのでしょうか。。
実家然とした総本宮と比べると何やら少しヨソ行きの姫さんが感じられます。

総本宮が部屋着でくつろぐ姫さんのイメージなら、
コチラは綺麗なドレスを纏ったパーティーチューン!的姫さんのイメージ。

それともう一つ面白い事実があって、
何本かある高野山に至るまでの山道というのは勾配もキツく、曲がりクネリ、
マサに「修行の山」と言った厳しい道であることでも有名ですが、
実はこの丹生都比売さんの総本宮「丹生都比売神社」に先に寄り、
そこから高野山に向かうと、驚くことに、
とても緩やかで心地よい、隠れ里を縫うようにして進む道となるのです。
その道筋はまるで......


「本来高野山にはこの道から入るんだよよよーーーーーん( ̄3 ̄)」


と言われているような気がしてしまいます。


「空海さんも辿った道なんだよーーーーん」


「姫さんを運んだ道なんだぴょーーーん」


などと、言われている気がします。


高野山は本来、空海さんと同じように先ずは丹生都比売神社さんにご挨拶をし、
その後隠れ里の道を辿り、寺院に入る。
寺院境内に入ったならばまた改めて、一段高い小山にある
空海さんが勧請したパーティーチューンの丹生都比売さんにご挨拶をする......
そこからワンサワンサ......と広大なる高野山巡りをしていく。
僕の高野山巡りというのは実はそんな感じなのです。
そんな高野山徒然というのは、
空海の足跡と彼が大切にした「朱の女神様」をとても身近に感じることが出来るような旅路。
そして、初回に記した

「塗料を顔料と書くのもここに起因します」
「女性の口紅、化粧、メイクの起源もここにあります」
「七五三で幼き娘さんに母親がそっと紅を差してあげるのにもこんな理由があります」
「本来、メイクは、紅は、魔を避けるものです」
「神社の敷地結界を示す鳥居が赤いのもここに理由があります」
「魔の侵入を防ぐには、強力な生命力を持つ “赤” で封じるのが最強......とされたのです」

というコトにさらに付け加えれば、

「還暦のお爺ちゃん、お婆ちゃんに赤いちゃんちゃんこを着せる」
厄除けで有名な寺院は空海の開いた密教系の寺院が多い

というようなこともあって、
それら全てがやはり初回に記したこの理由に帰結されるのです。


――――――本来「生命力」こそが厄に立ち向かう最強の力なのだと。


――――――そんな生命力の象徴である「血液」の色、
「赤=紅=朱」の色こそが厄に強いモノなのだと。


高野山の奥地にヒッソリと佇む「朱の女神様」の総本宮
「丹生都比売神社=にうつひめじんじゃ」
そこに主祭神として祀られている丹の女神「丹生都比売」
「朱」の女神様の御神徳、御利益はこの地ではこう書かれています。


「諸々の災いを祓い退け、一切のものを守り育てる女神。不老長寿、農業、養蚕の守り神」


「朱の女神様」のお話というのは神秘なる高野山の深淵に流れる物語なのです。



高野山の最重要地「奥之院」入り口。
2キロ!にも渡る長い参道の突き当たりの院には今もって開祖「空海」が座し、
人々を救う御技と修行をしている......とされている聖地。
空海没後千数百年以上の月日が経った今でも、
高野山の修行僧たちによって毎朝「弘法大師」空海への食事が運ばれていきます。
その毎日の食事を運ぶという儀式は伊勢神宮の神に対する様式も思い起こさせます。
長い参道の両側は

「日本史を彩る全ての人のモノがあるんじゃね!?(; ̄O ̄)」

......とすら思えてしまう様な錚々たる偉人達の「巨大な墓碑」が連なり、
その周り、奥の院一帯にはこれまた!我が目を疑わん!?程に
見る者を圧倒する杉の巨木が連なっています。
歴史に名を残す様な人々の死してナオ溢れ出る万事を圧する意志力!?欲?
の強力なエナジーは「時空」をも超えて空間に漂い出していて、
そんな強力な「モノの気=もののけ」を吸収し、
浄化するにはこれほどの並外れた巨木達、自然、山一個!?が必要なのか?どうなのか......
空海さんという人にはそんなコトもちゃんと見えていたのか!?
「奥の院」ではそんな「気」対「木=気」のせめぎ合いも感じられて......
それはもうパワー対パワーのワンダーランド。もし、

「わたしも異界とか妖界とか見てみたぁぁーーい!(=゜ω゜)ノ 霊感とか全く無いけどぉ!」

......ってなキルオシティ・キルド・ザ・キャットな人がいたら、
僕は真っ先にコノ高野山「奥の院」の地を勧めちゃったりもします。
観光バスのように2キロに及ぶ参道をすっ飛ばして最終地点からの参拝をするのではなく、
「入り口から往復する」ような「奥の院」参拝を勧めちゃいます。


ココは地上に稀なる異界の一つです。


魔境の一つです。


エグいっす。


写真なぞ、撮る気にもなりません。


看板だけ、かろうじて、ね。お許しを頂いて。



これが、やっと。ええ。
そして
「流石!空海さん!(;゜0゜)。。」
と感嘆し感服してしまうのは、
その居並ぶ巨大な墓碑に刻まれた偉人たる人々を全く意図なく、区別なく、
置きたい人々の自由に置かせていると感じられること。

上杉謙信も武田信玄も、
北条氏も毛利氏も、
織田も徳川も豊臣も、
明治維新の豪傑たちも江戸幕府側の偉人たちも、
パナソニックもシャープも、
みーーーーーんな、
この奥の院では敵も味方も無く、上も下も無く、お隣同士、
ご近所同士におかれていたりします。

そこには天皇家の敷地までも!あって、
空海さんの奥の院はその天皇家の御敷地よりもさらに奥に!!!!!!!有ります。
世が世なら......いや、空海さんの時代であればなおのこと国賊、打ち首獄門!
となるような配置。。でも。。許されている。天皇家にも許されている......


「どんだけスゲーンだよ。。空海。。(;゜ロ゜)」


これが僕が空海さんを「スパースター」と呼ぶ由縁。
そんなスーパーな空海さんが今も居る!?という奥の院は


「死んだらさ、みーーーんな同じじゃん。イガミあってても意味ないから。
お金も物も体も栄誉も名誉も権力も、勝ちも負けもアッチの世界には持っていけないんだし。
人はみんな同じ魂が分かれた兄弟の様なものなんだし。
一緒に仲良くこの国を見守りましょうよ。ね。
みんなさ、同じ様に人生を全力で生き抜いた仲間には違いないんだからさ。
ヨロシクね!( ´ ▽ ` )ノ 」


......というスーパースター空海さんのメッセージのように、
僕には感じられたりもするのです。


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「朱」の女神 2

2014-10-09 00:02:56 | 面白い...パワスポ寺社
だから僕はこんな珍しい「真っ赤」な杉を目にした時にこう考えるのです......


「......もうかりまんな( ̄+ー ̄)キラーン」



古代、様々なモノへのメッキや装飾、金属の精錬や赤色の塗料、
不老長寿の薬「仙丹」の原料にまでなっていた水銀。
その原料である「真っ赤」な鉱物である辰砂(しんしゃ)は、
当時の日本においては「丹=たん=に」と呼ばれ重宝されていました。


「丹=たん=に」とは辰砂と同じ意味であり、
それ自身の色である「赤=朱」と同じ意味でもあります。


そしてそんな「丹」を自在に扱う技術や知識は前回記した「錬金術」の中でも特に
「練丹術=れんたんじゅつ」とも呼ばれ、
「練丹術師」は時の権力者からも手厚い保護や待遇、利益も得ていました。
そんなこともあり、莫大な富を生む「丹」の価値を知る者は当時、
その鉱脈を求めて日本の隅々まで駆け回っていたと思われます。
現在でも地名に「丹」と名のつく所は昔、
そんな「丹」が採取されていた貴重なる地であったりもしますし、
時にそんな鉱脈を持つ山から流れ出す川は丹を含んだ赤色になることも有り、
「丹生川=にうがわ=にゅうがわ」「丹川=にがわ」などとも呼ばれていました。
そしてこの貴重なる「丹」を産み出す大地や山川を護る神様というのもちゃんと存在していて、
その神様こそが「丹生都比売=にうつひめ」の神。
ヒメと名のつく通りの女神様になります。
全国で約180社以上あると言われているこの丹生系の神社で祀られる神様は皆
この丹生都比売さんであり、
その社(やしろ)の有る地の多くは丹の産地でもあった......という事にもなります。


丹の神様。
朱の神様。
丹生都比売。


丹を生む都の姫。


前回の記事で写真と共に記した、
真っ赤な杉の大木がパラパラと聳え立つ地というのは、実は、
その丹生都比売さんの「総本宮」でもある別格!の由緒正しき神社の境内。
神社の名は「紀伊国=きいこく=和歌山県」第一の宮、
「丹生都比売神社=にうつひめじんじゃ」

そして、

この場所......

何を隠そう!?

アノ、誰もが知っているであろう高僧「空海」さんが開いた「高野山」の奥に隠れ在る地。

高野山の中心からも、人里からも離れてヒッソリと存在する聖地......

そう......

ココは高野山を護る神が住まう地。

丹生都比売こそが高野山を守護する真の女神様なのです。

少なくとも僕はそう感じています。

知る人ぞ知るとても古く、美しい地なのでございます(^^)



とにかく古い感じの所です。。



空海さん以前、一体いつの頃から?崇められていた地なのか。。









大陸で密教や当時の先進の叡智を学んで帰って来た空海さんは、
ココに自生している真っ赤な杉を目にした時、
ソレが意味することは即座に理解出来たことでしょう。
ココを聖域とし、囲い、所有することでもたらされる莫大な利益も力も
容易に想像出来たハズです。

「......もうかりまんな( ̄+ー ̄)ニヤリ」

などという僕の様なB級な考えでは勿論なかったでしょうが、
少なくとも、
民衆に大切な教えを広めていく際に必要な盤石な資金基盤の確保は思い描いたと思われます。
高野山とは、実は、この国でも最も大きな「丹」の産地でもあったのです。
丹の女神の住まいがあったところなのです。
そして、現在に至る迄強大な権力と影響力を持ち続けて来た高野山の基盤となった力や財源は、
空海やその教えは勿論のこと、その一方で、
この山にあった豊富な「丹」が産み出していたということでもあるのです。
そうでなければ、
古の時代から今に至るまで「高野山」という途轍もなく大きな一大宗教施設や組織、
周辺に広がる人々が暮らす街迄も造営し続けられるはずがありません。



「朱」の女神様を巡る旅というのは、
実はこの高野山と空海の秘密を解き明かしていく旅でもあるのです。



神秘に満ちた真言密教。高野山。
そしてその開祖であるスーパースター「空海」がさらに崇め、称え、祀った神こそ高野山の神。
朱を産む「丹」の女神様でもある丹生都比売さん。

それは、美しき「赤色=生命力」に満ちた「朱の女神様」でもあります。

ココへ来て「朱の女神様」の話しは当然のコトながらその高野山へと......続いていきます。
歴史の深淵に流れている物語へと続いていくのです。


つづく。。


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「朱」の女神

2014-10-05 19:04:05 | 面白い...パワスポ寺社
「赤」は「紅」「朱=しゅ」とも表されます。

色の遷移を円形チャートで表す「色相環表」では「緑」に対して180度正対する位置......
いわゆる互いの色を引き立てあい、
補い合う色である「補色=ほしょく」の位置に置かれています。

野山に拡がる「緑」の中で、自らの種子を作り、
蒔き広げようと咲き誇る花さん達に赤系の色が多い理由もココにあります。
そこには、自らの命や種の大元である「タネ」を運んでくれる動物や昆虫さん達に
分かり易いようにと、補色の関係を利用し、
目立たせようとした植物たちの確信に満ちた進化!?神の叡智!?
をも感じられます。

そして、僕らの生命を運ぶ血液の色も「赤」です。

そんなところから古来「赤」は生命力の象徴となってきました。

古代の人々は猛獣と相対する狩猟に出かけたり、
避けられぬ戦などに出かけなければいけない時には武運や無事を祈り
顔に赤い顔料を塗ったりもしました。
その顔料に「赤」「紅=べに」が多かったのもこの赤い色が持つ「生命力」が
何よりもの「魔除け」になると信じられていたからです。

塗料を「顔料」と書くのもここに起因します。

女性の口紅、化粧、メイクの起源もここにあります。

七五三で幼き娘さんに母親がそっと紅を差してあげるのにもこんな理由があります。

本来メイクは、紅は、魔を避けるものです。

最近は男を惹きつけますが.......!?_φ( ̄ー ̄ )

神社の敷地結界を示す鳥居が赤いのもここに理由があります。

魔の侵入を防ぐには強力な生命力を持つ「赤」で封じるのが最強......とされたのです。

それで......

少し前に友人と訪れた地に立っていたこの樹。

この木々......







真っ赤です。
真っ赤に聳える大きな木。
大木の持つ生命力と赤の持つ生命力とが重なって異様な力と雰囲気を醸し出しています......
ちょっと不思議な感じ。
一般的に「赤い幹の木」として知られるのは「ヒメシャラ」辺りだと思いますが、
ここまでの大木になると屋久島あたりまで行かないことにはそうそうお目にかかれません。
ヒメシャラは幹もツルツルですし、この木は明らかに違うし。。
ということは......
すぐわかった方もいるかとは思いますが......
実はこの木、誰もが知っているであろうとてもメジャーな木......「杉」なのです。
「スギ」。スギちゃん。
ちなみに此方が普通のスギちゃん。



群馬県、榛名神社の千本杉。



茨城県、鹿島神宮参道の杉並木と、下は神奈川県、大山阿夫利神社登山道の杉林。



どれもマッタク同じ杉の木。
しかし、あまりに違う色をしています。
同じ杉同士並んでみてもその違いは一目瞭然。





「スギ」は「水の木」でもあって「すいのき」。
以前「進化論の絵図」と言う記事の中で触れた「戸隠神社の杉並木」の部分でも書きましたが、
杉は地中から大量の水を体内に汲み上げるような木です。
だから杉の大木は水が潤沢にある場所に多く育ちます。
その杉の木がこんな色をしているなんて.......
だから、こんな杉の木を見た時には僕はこう考えるのです。


「きっと......この地には、多くの “朱” が眠っているに違いない......」


デジタル化される前の体温計で使われていた銀色に輝く液体......「水銀」というのは
古代においてとても珍重されていた物質で、
何故かというと、
先ずは「常温で液体化する金属」という不思議な性質が見せる、
金属なのにウネウネとした蛇のような!?不可思議な動き......と、
何より、その原料となる鉱物「辰砂=しんしゃ」と呼ばれる岩石が
「真っ赤」な色をしていたというところ。
それは記したように自然界ではとても目立つ色でもあり生命力の象徴でもあることから、
古代中国や日本ではこれを飲むと不老不死の仙人になれる......
という思想も生まれました。

時の権力者が大金を出してでも欲しい薬。「仙丹=せんたん」

今考えると毒を飲むのに等しいこの行為。時代とは恐ろしいものです(; ̄ェ ̄)

さらに水銀は、貴金属業界や鉄工関係に従事している人であればよく知っているように、
古代においてモノに「メッキ」をする際に不可欠な物質です。
仏像を金ピカにしたい時、建物や鳥居を「長持ちする赤」で塗りたい時、
指輪を銀色にしたい時、色々な金属に装飾をしたい時......水銀が必要になります。
水銀は神社仏閣、宗教関係者からも垂涎の物質となります。
時の権力者からも宗教関係者からも、様々な工芸職人さん達からも、
とても必要とされる貴重なる宝が「水銀」だったのです。

水銀は言わば、古代における「お金のなる木」です。

コレを上手く扱える人は洋の東西を問わず時にこう呼ばれたのです......

錬金術士=れんきんじゅつし

と。

地下から大量の水を吸って育つ杉の木が真っ赤に染まっている......
しかも、それが、一定範囲に広く、何本も何本も聳え立ち......ということは、
この地の水には赤い色が混じっていて、それが杉の表皮に出ている......
こんな山奥で、地中で赤や朱色を出すものといえば.......
辰砂......しんしゃ.......赤い石......
この地には沢山の辰砂が含まれているに違いない。
掘ればたくさん出てくるだろう......

して、

それは、

水銀の原料......

だから僕はこんな珍しい「真っ赤」な杉を目にした時にこう考えるのです......

「......もうかりまんな( ̄+ー ̄)キラーン」

つづく......


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Beauty

2014-10-01 00:14:37 | 勇気
「これ良いよ。とても。。」

と友人からfacebookで回ってきた動画が確かになかなか良かったのです。
ソーシャル・ラウンドを意識したこの手のモノは、
最近本当に色々なものが回って来たりしますが......コレは何というか......
そういうものとは少しだけ違う香りをまとっていたというか。
内容もそうですが、目の付け所やアイデアそのものに感心してしまったというか。
ジェラシーすら湧いてしまったというか。
2分そこそこのシンプルぷりりん!の動画ですが、
深海のような深さがありました。
「How The Blind See Beauty」なんだか良かったのですっ!(=゜ω゜)ノ



内容は、目の見えない完全盲目の4人の大人に「たった一つの質問」をするだけ。
その答えを普通に収録してるだけの動画。
そのたった一つの質問というのが......



「あなたにとって “美しい” とはどういうことですか?」



良かったのですっ!(=゜ω゜)ノ



勿論、ソーシャルモノですし、
既に沢山の人が知っているとは思いますが、ナントナク......
「自戒」と「備忘録」の意味でココにも残しておきたくなった次第です。



サングラスをした黒人男性の方はこんなふうに答えてました―――――

―――――Beauty for me is ......calm, Beauty for me is peace.

「僕にとって “美しい” とは...... 穏やかなこと。平和なこと」



白人の女性の方は―――――

―――――To me, Beauty is character, personality, the way people carry theirself.
Basically, its just the way the person is...... you know,
and some people could be very pretty and beautiful inside just by the way they......
they carry theirselves or help or concern about my situation and stuff.

「私にとって “美しい” とは、人柄や、個性や、みんながする、それ自体のこと。
つまり、その「人となり」のこと。
みんなの内面の美しさや、チャーミングなとこが見えた時に感じたり......
私を気遣ってくれたり、助けてくれたりしてくれた時とか」

―――――I have three babies.
uh......twelve and nine, and my daughter just turned 3, and to me they are all beautiful.
and I don’t even know what they look like.
they are beautiful inside, they are me......you know, they are me......

「私には3人の子供がいるの。12歳と9歳と3歳になったばかりの娘。私には皆美しいの。
子供達がどんな姿をしているのか私にはわからないけど、
私にはみんなの美しい内面が見えるの。
子供達は......そう......みんな私自身なの」



黒人の女性は―――――

―――――Going to the beach, and sitting by the shore, to me, is “Beauty”.
And just imagining what the ocean looked like right now,
and what the sky looked like, that’s Beauty for me.
At times, it could be overwhelming because when you blind,
your life just consists of nothing but feelings ?
Every day is a feeling.

「海岸へ行って、砂浜に座っているときが私にとっての “美しい” かな。
そのとき海はどんな感じなんだろう?
空はどんな風なんだろうって?って想像したりすることが私にとって美しいということ。
時に ”生きる” とはあなたにとっても圧倒的に見えないものであって、
“感じること” なんじゃない?
毎日は感じることなんだと思うの。

―――――I don’t really believe I need my eyes to enjoy beauty,
that’s beauty for me.

「 “美しい” を楽しむのに眼が必要だなんて本当に信じてないの。
それが私にとっての “美しい” ということ」



白人の男性は―――――

―――――I think “Beauty” is experience.
So, an experience, oh, I mean by that is, you know......
the smell of warm baked cookies, the the warm breeze against your skin,
and the feel of grass underneath your feet when you're......you know,
walkin’ in the front yard.

「 “美しい” とは体験のことだと思う。
例えばそれは、出来立てのクッキーの匂いや、あたたかな風が肌を撫でていく時や、
庭を歩いた時に感じる足下の芝生の感触であったり」

―――――I feel that losing my sight has been a blessing,
which means I don’t care what nationality somebody is,
I don’t care how tall somebody is,
I don’t care how big or small they are.
A person is beautiful because they are true to themselves.

「僕は目が見えないことは神の贈り物だと思っているんだ。
僕はその人がどの国の人かなんて気にしないし、
どのくらい背が高いとか、体が大きいとか小さいとか気にしない。
その人が自分自身に本当に素直であるということが美しいことなんだと思う

―――――But it’s also people being and doing what is right, what is good,
and caring about each other.
Beauty is an experience of living and you know......
finding joy, I feel like joy is the most beautiful thing in the world.

「人々がお互いのことを思い合ったり、親切にしたり。
“美しい” とは生きてることを実感して、喜びを見つけたりして、
僕はそういうことがこの世界で最も美しいことだと感じる」



――――――なんだか、
受け答えをしている人達から「深い豊かさ」みたいなものを感じたりして。
「美しい」と「幸せ」が近い言葉の様に思えてきたりして。
僕は幸運なことに目が見えるし、
視力に訴えかけて来る圧倒的な美」というものも否定は出来ないし。
だから、なんとなく、
「美しい」とは「生きることそのもの」のことなのかもしれない......と。
それが「一生懸命」であったりすると、それはもう、ピカピカに美しく。。
この人達の答えを聞きながらそんなことを思ったりもして。

「目の見えない子供さん達などはどんな風に答えるのかなぁ?」

とも......思ってみたり。

......それと......

毎日少しだけ......

目を閉じて「穏やか」に過ごす時間をつくってみようか......と。(^_^)



北陸、「金沢21世紀美術館」にある「タレルの部屋」

「ジェームズ・タレル=James Turrell」による空と天井が同一面に見える不思議な空間。

大好き(*´ー`)

穏やかに時が流れる、何も無いのにとても豊かな空間。

誰でも自由に無料で入れます。

写真にはポツンと金沢の友人も佇んでます。( ̄▽ ̄)

毎日こんな場所で、ゆったりと、目を閉じて、少しの時間、過ごしてみいなぁ......(●´3`)と。


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