雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

Encounter

2019-11-28 00:20:23 | 面白い...パワスポ寺社
ウイウイウイウイー。。

みんな席に着いてねー。

授業始めるよぉぉーーー(。・o・。)ノ

おしゃべりはやめてねー。

はいぃ!

そこ!

ガスト君!

ジョナさんも!

おしゃべりやめてねー。

いくよー。

始めるよー。

じゅぎょーだよー。よろしくぅー。

この「朝ラー」と「Mayoika」以来の授業ですからー。
ちゃんと聞いてねー。
えーーーーーっと、今日の授業はですねぇ......
こちらですね。

「UFOなんているわけないの心理学」

ですねー。
Unidentified Flying Object。
アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト。
未確認飛行物体。
エイリアンクラフト、の心理学。
では早速、テキストの78ページを開いてくださーい......
ページのタイトルは、

「宇宙人はスコッチとコーラが好き!」

ですねー。。。
ハイ!ソコ!ロイヤル君!
これに関してどー思う!?んん?
留学生のデニーズ君は?どう?
カリフォルニアでもナカナカ進んでいない問題ですよね?
そーですよね?
えーーーーっと、答えはですねぇ......

「イエス!in お台場 & みなとみらい」

ですね。ええ。ええ。
関東の都心部に関しては、どーも、
UFOさんはこの二ヶ所に集まることが多いのですね。
全国でダントツは、もちろん!の富士山ですけど。はい。
それでですね、UFOさんにもお好みのモノというのがありまして。
基本は何よりも貴重なる「水」なのです。ええ。
宇宙では水というのは大変貴重なもののようで。
地球で言うところの金?とか、ダイヤモンド?
的なイメージでしょうか、ね。はい。はい。
それで、その「水」に次いで喜ばれるのが「スコッチ」と「コーラ」なのです。
スコッチに関しては、
北極圏の水が含まれているのがとてもお好みらしいのです。
ブレンデッド系よりシングルモルト系がとても喜ばれます。
先生もですね、最近UFOさんズにお呼ばれしまして。
「お台場」や横浜の「みなとみらい」の隅の公園に
スコッチなどを持って行ったのですけど。
例えば、個人的に大好きな「グレンフィディック(Glenfiddich)」さんとか、



「グレンモーレンジィ(Glenmorangie)」さんとかでしょうか。
モーレンジィさんはオレンジと合わせるとひじょーに美味しいのです。
ええ。ええ。



どちらも香り高き「シングルモルト」というものですね。
ま、テキストには持込み現場の写真なども載っていますが......





こんなふうに夜とか、昼とか......
特に家族やカップルも多いオシャレスポットのお台場に、
まっ昼間からスコッチの瓶とコップを持って現れる、
サワヤカなおにーさんを装っているおじさんとかがいたら?
どう思います?ん?
ヤバイ?
キチ◯イ?
変態!?ってか?
そーですね。そーです。
ココスちゃん。正解です。
マジ変態です。ええ。ええ。
ホント、先生もいつも変態に思われない工夫を一生懸命しちゃうのですね。
ちなみに「みなとみらい」に関しては、
インターコンチネンタルというホテルの向こう側にある、
芝生公園あたりが最高のスポットとなっておりますので。ええ。
テキストにある写真の通り、
海に向かって降りている階段のところとか凄く良いです。

ハイ、ココッ!

テストに出ますよーーーーーー( ̄∇ ̄)

いいですかーーーー。

出ないかもしれませんよーーーー。

心理学ですよーーーーーー。。( ̄∀ ̄)

ええ。ええ。
どうです?
こんな馬鹿げたお話。
デニーズ君。
どう思います?この話。
わかります?日本語。
分からないところあったら言ってくださいね。
遠慮無く。

さて、それで、ですね。
何光年もの彼方からいらっしゃるUFOさんたちは、どーも、
少し疲れたりすることもある様なのですね。
そうすると、そんな時にコーラなどを差し上げると、
コレがけっこー喜ばれるというか。
疲労回復液と言いますか。
コーラの持つスッキリ感とタップリの糖分とが
長旅の疲労にはとても合う様なのです。
即効性がある様なのですね。はい。

ココまではイイですかぁーーー!?

皆さぁーん?

ついてきてますぅ?

大丈夫です?

今日はハーバード大学の入試問題レベルの難しいお話しですから。
ええ。ええ。
わからなくなったらいつでも手を上げて質問してくださいねー(^^)
都合のいいことだけ答えますのでー。

それで、と。
そーですね。
心理学ですし、学問ですから、
データの方もしっかりと皆で把握しておきましょう。
早速、そのデータページにいきますねー。
ページはちょっと飛んで......巻末の136ページです。
いいですかーーー、先ずは、と......
「星系別」データですねー。

えーっと、

一番多いのはタイゲタ星。
「プレアデス星団」の星です。

次にシリウス。「おおいぬ座」。
元々、太陽系にあった惑星にいた方々が多く移住しています。
この惑星の名前は「ラップ星」とだけ聞いているのですが、
この星が粉々になった時に移住したようなのですね。
タイゲタに向かったという方々や、
近場の地球に来ちゃいまちた♪という方々も多いようです。
鞍馬徒然 2」という参照記事に詳しいでしょうか。ええ。
ここでまた、全体像がパズルの様にハマって見えてくるかとも思います。

続いて北極星、ポラリス。
ですが、コレは一つの星系グループとなっていて、
近くにある「こと座」のベガも含まれます。
「琴座」は英語で「Lyra」と書き、
「リラ」「ライアー」とも読まれます。
なので、全体では
「リラ系」「リラ星」などと語られたりもしているようですね。

そして、リゲル、ペテルギウス、ベラトリックス、ミンタカ、
アルニラム、アルニタクなどの「オリオン座」の星々がここに続きます。
こちらも北極星系同様、
「オリオン」の名のもとにひとまとまりとなっていて。
コチラには「馬頭星雲」や「オリオン大星雲」なども含まれます。
オリオンの中心は馬頭星雲......
別名、暗黒星雲だとも聞いておりますが。ええ。ええ。
参照記事はこちら
ニコニコ(^^)BAR 2」「ニコニコ(^^)BAR 7
あたりでしょうか。

さらに、アークトゥルス。「うしかい座」。
先生はこの星が大好きです。ええ。
ハワイ諸島では真上に輝く星です。

それと、レナ星。
どーも、射手座にあるらしいです。

最後に、ラナ星。
コチラは「アンドロメダ銀河」にあるらしく。
まだ正式に名前が認められていない
「エリダヌス座」のラナ星とは違うみたいですね。
アンドロメダの方にあるので学会から名前が認められないのか?
どうなのか、わかりませんけど。

あとは......
そうですね、星系の数自体も大事でしょうか。
グラフには、この星に飛来するUFOさんの「主な」星系数は......
「7」とありますね。ええ。
これ、虹の色と同じですねー。
青き炎 大和編」という参照記事のコメント欄にも書いてありますけど、
虹は7つの星系の皆さんの調和の印かもしれませんねー。

ココ!

テストに出ます!

なぁーーーんちゃって!

出ないかもよぉぉーー( ̄▽ ̄)

ナニ?華屋与兵衛(はなやよへい)君。
なんで「七」なのか!?って?

うーーーーーーんんんん。。。。。

先生もわかりませーーん(^^)b

それは、将来、
与兵衛さんが発見してノーベル賞をとるかもしれませんねー。
関東に集中しているチェーン店をもっと広げられるかもしれません。
すごい楽しみですねー。
頑張ってくださいねー。
ちなみに8個目を考えるとした場合は、やはり「太陽」星系でしょうか。
まだ未発見の「ニビル」という星もあるとか、無いとか。
当然、地球もこの中に入ってます。
「8」というのは出口のない数字ですから、
牢獄的な地球にはピッタリ!?の数字かも!?みたいな。ええ。
そのあたり、
詳しくは「8を巡る旅」という参照記事の方で確認をしてもらえればと。

あとは、っと......えーっと、ここ、ですね。ここ。
データ的に飛来機体は大きく二つに分かれる、と。
一つは母船系。もう一つは偵察機系。
目撃者さんの多くはこの偵察機系が多いようです。
138ページにあるいい加減な統計データによると、
偵察機系が目撃者全体の80%を占めているよーですね。
偵察機は小さな白い光の点に見えることが多く、
それらが沢山固まってギャンギャンに飛行している形が多いそうです。
母船系は大抵「雲」としか見えないので、まぁ、
見えているのに見えていない、
見えているのに意識されていない、
ということになるのでしょうか。ね。ええ。
このあたりが心理学の難しいところですねぇ......













さて、そんなUFOさん達ですが、

えーーー、、

実際のところ、、、、、、

いません。

そんなモノ。

いるわけありません。

当たり前ですよね?
そりゃそーです。
そんなバカな話あるわけありません。
コレは最初に話した通り「心理学」ですから。ええ。
みんさんはもう一度、その部分を心に留めておいてください。
いいですか?
いいですね?ええ。
宇宙には太陽の様な恒星も星系も途方も無い数があるのです。
当然、地球の様な惑星も沢山あるかもしれませんし。
そんな中で地球にだけ生命があるなんて、
とてもじゃないですが、それは言い切れません。
そうですよね?
いいですか?
なので、UFOなんて、
そんなもの、、、、、、

いません( ̄∇ ̄)

はい。

いるわけありません。

この言い回しこそが心理学です。ええ。
心理学は深いですねー。泣いちゃいそーです。先生も。
このクラスの皆さんはちゃんと、冷静にいて欲しいですね。いつも。
先生はそう思いますよ。
そうするとヘタレな占い師やレーノー者さん系にもダマされませんから。
強い子に育ってほしいのです。いいですね。
間違ってもウカツに銀行からお金を振り込んではいけませんよぉぉー。
レディYUさんのように、
ハワイ、オアフ島にあるBARのカウンターとかで、マスターに

「UFO見ちゃったんだけど......」

なんて話し出した日には、もう、目も当てられませんから。
そんなおポンチキな体験談はコメント欄までどーぞ。どーぞ。
遠慮なく。

さ。皆さん。

ここまででなんとなくわかりましたか?
お台場とみなとみらいとスコッチとコーラとUFOの関係。
母船と偵察機と雲と水と白い光と虹の関係。
コレが心理学です。
ソレゾレちゃんと復習してマスターしてくださいね。

ここ!

テストに出ますよぉぉー(*`・ω・*)ゞ

ハーバードですよー。

それでは、今日はココで終わりますが、次回は......
えええ~~~っと、コレですね。これ。98ページ。

「ユニクロのヒートテックを買い替える目安はなにか?の社会学」

イイですかー。
予習は忘れないようにしてくださいね。

では!

今日はココまで。

この後は......お昼ですね。そだね。そだ。そだ。
じゃぁ、みんな、食べすぎないでねぇー。
午後の授業寝ちゃうからねー(^^)


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コメント (9)

谷根千徒然

2019-08-24 00:04:23 | 面白い...パワスポ寺社
「根津神社って行ったことありますか?」

というラインが、
しばらく前にポンチキーズのみゆきちゃんから入ってきて。

「325回ぐらい行ってるかな。スサノオさんが降りるとこよ」

と返すと。

「325回ですか!」

と。真っ直ぐなお返事が......

「あ......も、もちろん、その回数わ、う、ウソ、、でちゅけど......」

と言える雰囲気はマッタク漂っておらず......
ラインの上には僕さんの汚れた大人の空気だけがプカプカと.......

「さ、さすが、ピュア一直線のみゆきちゃんやな.....
コリわジョーダンのセンスが問われるな......」

と、汚れた僕さんはラインを見ながらどう返すのか?戸惑っていました。
すると、すかさず、

「この間、来てほしいって感じたんですけど、すっかり忘れていて、
さっきテレビでまた根津神社とカキ氷が流れてきたのでラインしました!」

とのお言葉が。そこで僕さん。
根津神社のおすすめスポットの写真をいくつか見繕って返信をしつつ、

「ここ一年行ってないなぁ。。
みゆきに来て欲しいのでわ?
チビ龍さんもいるよ。
かき氷は、ココ、だよ。
ブームになってからは行ってないけどね。
1時間並ぶぐらいになっているらしい」

と、昔よく通っていた大好きなかき氷専門店
秘蜜堂(ひみつどう)」さんのコトを記していた、
このブログの過去記事アドレスもコピペで送りました。
その時に、改めて記事の日付を見てみると、2012年となっていて。
まだこのブログを記し出した頃のもの。
他にも根津神社や近くのお散歩スポットなどを送ってあげようかと
過去記事を検索してみたのですが、
カヤバ珈琲」のこと以外は全く見当たらず......

「あら!?谷根千(やねせん)って、書いたことなかったのね。根津神社も.......」

と、いうことで。
今回は「谷根千徒然」と相成ってしまったわけでございます。はいー( ̄^ ̄)ゞ



谷根千とは、東京の下町さんで。
谷中(やなか)、根津(ねず)、千駄木(せんだぎ)の頭文字を取った呼称。
エリア的には動物園や美術館や公園で有名な上野のすぐお隣となります。
いわゆる古き、良き、下町。
そんなエリアの中心地は、やっぱり!?の、根津神社さん。
勿論!?主祭神はスサノオ(素戔嗚、須佐男)さん(^^)
とにかくツツジの庭園で有名。
雰囲気ある神社さんです。







ズラリと並ぶ乙女稲荷(おとめいなり)さんの鳥居も、
今や東京を訪れる外国人さんに大人気の様で。





カンのある人には、一部、あまり心地良くないであろう!?
スポットもありますが、まぁ、普通は気にしなくて大丈夫ではないかと。ええ。
で、僕さんや幾人かのお友達達に愛されてきたマニアックポイントがこちら。
小さな龍さんが宿る桜の木。
境内向かって右にある社務所の前を出たところにポツン、と、立ってます。





縦イチの写真はみゆきちゃんから送られて来たものですが、
特に女性に優しいんす。このチビ龍さん。なぜか。
大きな龍神さんになるために!?修行中みたいっすけど。ええ。ええ。



ワケあって、僕らポンチキーズが必死に行こうとしていた羅臼&知床の旅。
その直前に、みゆきちゃんがスサノオさんに
「皆に渡してあげなさい......」
と言われて貰ってきてくれたこの花御札(はなみふだ)なるものも、
この根津神社さんのもの。皆の旅の守護をしてくれました。
正式には月例花御札(つきなみはなみふだ)と言うらしく、
12か月、毎月違う札があるそうなのです。
全部揃えちゃう人もいるようなのですが、ヤベーっす。本当に力あります。
鋭すぎてまいっちゃう〜ん☆の凄腕トレーナーのIちゃんは写真を見ただけで

「何か光の玉みたいなのに包まれてる感じがします。
凄いお札ですね」

と。さすがスサノオさん。サスガIちゃん。流石みゆきちゃん。
お陰で羅臼も知床も無事に廻れましたし。
戻っても大切にさせてもらってますし。ええ。



個人的に根津神社の次に好きなスポットがこちら。
「夕やけだんだん」
谷中銀座というノスタルジー極まりない商店街の突き当たりにある、
ただの階段なんですけど。
名前が凄い。
場所のエナジーも心地よい。
なんだろ。ここ。すごく好き。
東京にビルが立ち並ぶ前はここから美しい夕日と富士山が見えたそうです。
それで名所だった、とも、今に伝わっているようです。

「もう一度ここから富士山が見える様になったら最高だろーなー、、、」

なんて。ここにいるといつも思っちゃうのでやんす。
何もないところっすけど。ええ。大好きっす。
そんな「だんだん」の前を通る谷中銀座といえば、こちら。
「肉のサトー」さんの「谷中メンチ」の食べ歩き☆
みゆきちゃんも寄ってくれた様で、写真も送られて来まちた(^ν^)



お隣には「肉のスズキ」さんもあるのですけど。ええ。ええ。
ツカヘイさんの大好きなラムネも買って、
商店街をそぞろ歩いちゃったり。ええ。



あとは、例のかき氷屋さんを横目に見ながら、
住宅街の方へと歩いたところにある静かな一軒家カフェ。





「HAGISO(はぎそう)」カフェ。
ここからかなーり古いガラケー写真になっていっちゃいますけど、
根津神社鳥居手前ぐらいにある讃岐うどん屋さん。
「根の津」さん。今も健在っす。美味いっす。



あとわ、猫さんがプラプラそぞろってる根津銀座通り。



猫が沢山いるゾーンには昔よく行っていたカフェ「猫町カフェ29」さんが......
あったのですが、今はもう無くなってしまったようで。
秘蜜堂さんがかき氷専門店のハシリだったのと同様に、
いわゆる「猫カフェ」における初期のお店だったのではないでしょうか。
肉球も今では「299」と表現される様になりましたし。ええ。ええ。アチコチで。
でも店の横の「あかじ坂」という坂道は、いつ行っても味のある坂道なのです。



こちらも今や名前が変わってしまったカフェ「蒼い月」さん。



最初は、根津に住んでいたアーティストさんに連れて行ってもらって、
それから気に入ってしまい、よく通っていたのですが、
今は「COUZT CAFE(コーツト・カフェ)」という名前になっている様です。
この名物カレーも、店内の柔らかい雰囲気も健在とのことで(^^)



こちらは、銭湯を改造!した美術館
「SCAI THE BATHHOUSE(スカイザバスハウス)」。こちらも健在。



よくドラマなどに登場する「谷中のヒマラヤ杉」さんの三叉路スポット。
往年の「みかどパン店」さんも元気の様です。



名前は忘れたけど、よく行っていた、
ブランコのある庭からワンさんが寄ってくるギャラリーと一緒になっている一軒家カフェ。



あとは......

あーーーーーーーーーーーーーー、、、、、

キリがない。

谷根千は深いっす。

「へび道」とかも含めて、とても一回では書ききれないっす。

また、いつか。ということで。ええ。ええ。

それまでに雲完ならではの!?マニア向け情報をば、最後に......

谷根千の地というのは、
地下に東京の重要な水脈の一つが通っていると思われます。
特に根津神社の辺りはその水脈の中心で、
秩父辺りから荒川や隅田川を経て来た水が伏流水として南北に走っている感じ。
この地下水脈の上には、根津神社を始め上野の不忍池や東京大学の心字池。
湯島天満宮(湯島天神)から湯島の聖堂。その先にはお茶の水、神田、皇居
中でも、湯島天神さんの境内裏手にある摂社「戸隠神社」の辺りなどは、
根津神社に次いで重要なスポットという感じ。
皇居から先は日比谷公園を通り、烏森神社(からすもりじんじゃ)、日比谷神社、
浜離宮恩賜庭園(はまりきゅうおんしていえん)辺りで東京湾に流れ込む、
海に染み入る......という感じでしょうか。
この水脈は強力なエナジーの脈でもあり、感覚的に辿ってみるだけで、
東京の街を下支えする大切な脈道であることが感じられます。
歴代のチカラある方々は、数千年に渡り、
この脈道を清浄に保つために様々な力を注いできました。

現在の人々は......どうなのでしょうか。

偶然なのか?

汐留辺りには妖艶な企業の一団は見受けられますが......

「守」なのか、「利」なのか......

根津神社というのは、そんな東京の大切な地下水脈......「龍脈」の一つを守る、
とても重要な神社さんではないかと思われます。
そんな要所を強固に護るべく、スサノオさんがいらっしゃるのではないかと。
僕にはそんなふうにも感じられるのです。はい(^^)


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コメント (2)

寒川徒然 4

2019-06-21 00:01:11 | 面白い...パワスポ寺社
つづくぅぅぅぅーーーーーーっ!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆



この終わりかたわぁぁぁぁーーーーーっ!



きらわれたぁぁぁーーーーー!?



もしかしてぇぇぇーーーーーーーっ!?( ˙-˙ )






少し前までは禁足地であったこちらの神嶽山神苑(かんたけやましんえん)。
神嶽山(かんたけやま)と呼ばれる小高い塚は、やはり、古墳、でしょうか。
寒川の神様の塚の様に思えます。



その古墳のフトコロには湧水池があり、その中に、
しめ縄のかけられた細長い、八角形の石塔が立っています。
ここだけは写真撮影は絶対に禁止!というスポットになっているので、
神苑の中にある資料館で購入したパンフレットに載せられていた写真の
キャプチャーを載せると、こんな感じ......



神苑に入るとすぐに見えてくるこの石塔の上に、

お見事!

寒川の神様が腰掛けておられました。

一同!

背筋ぴーーん!視界はユラーーン。空気もグニューン。

全員!整列!

気をつけ!礼!

ありがとうございまつ!

ポチポヤポヤ〜〜〜。。。

と。ね。

ええ。

感謝感激でございます。

僕さん、この時からナニカト、色々と、

寒川の神様に講義を受けながらの神苑巡りとなりまして......

こちらの神様は、どーも、古く、深く、叡智の塊の様な方でして。

宇宙的で難解なお話などもチラリホラリ。

いただくイメージや響いてくる言葉は見事な表現であり、
深淵なる美しさも感じさせられるものであって。
その全てが少々砕き噛んで、考え、整理することが必要となる言葉達。
様々な角度から幾度も自問自答をして受け止めるということが必要になる言葉達。
神苑では、僕はそんなことに心身を委ねながら歩いていました。



「後ろもしっかり見るのだ」

「人の目は前についておるからの。大抵は目の前の二つ三つの選択を選択と思っておる」

「どういうわけか、人は後ろの方を、後退する、間違っている、
などという言葉に置き換えておる」

「後ろも前も、一つの方角であることに違いはなく。
ましてや正誤の話とは違うであろう......」





「御主は植物の生をそう考えているのか?儚い命?短い命?だと?」

「よいか、植物は全て、1年で枯れようが、1000年を生きようが、
永遠の時間を生きているのだ。
陽の射し込む方。水のある方。希望のある方。枯れ、落ちる時。
目前の状況に対し、完全に素直な対応を、
常に全力でひたむきにしているからだ。
永遠の時間であれば1年と1000年に違いなどなく、どちらも等しく同じ時間。
主らはどうだ?
過ごしている時間は長いのか?短いのか?それとも消えているのか?
永遠の時間を生きているのか?
そう、言えるのか?」

「永遠の時間とはどういうことか......」



麗しき庭園を望む茶室「和楽亭」も素晴らしく。
プチ、京の都、的な趣。抹茶の和菓子セット(^^)





ここぞ!と飛び込んでくるツカヘイさんたち。
流石でございまちゅ。チャンスを逃さないのですな。( ̄▽ ̄;)ええ。



こちらの御祖神社(みおやじんじゃ)さんもかなりのスポット。
そして、「方徳記念館」という方位に関してのエトセトラな資料館もあって。
入ってみると陰陽道と風水と、易や占術などの知見がまとめられていました。
中でも、僕らにとって衝撃的な展示物があって......それが、奈良県、
キトラ古墳の内部解説や天空図の解説、四神図や様々なモックアップ.......



「それで、、寒川の神様は、普段はキトラにいる、、、と、言ってたの、か......
二つの地は、この神様で繋がっていたのか......」




神々との関係の全てが、このキトラ古墳から始まっていたであろうねーさんは、
この場でしばし佇み、様々な思いが織り込まれているであろう涙を流していました。
彼女にとっては、この地が一つの巡りの終わりであって、
また、始まりともなる?のでしょうか......



神苑を出る時には、鈴と共に気になっていた禁足地の砂も頂いて。
富士山の噴火物が沢山入っている砂なのだそうです。
僕さんとてもゴキゲンのお喜び。♪(´ε` )
神苑のチケットをくれたKIKOちゃんには改めての感謝を。
本当にありがとう。最高のいただきものでした。
勿論、それはH嬢にも。
同行してくれたmikoちゃんにも。



最後に。こちらの神様の本当の御名前を記しまして、
徒然なるタワゴト記事は仕舞っちゃおうかと思います。

寒川の神様とは、彦でも、姫でもありません。
男性でも、女性でも、ありません。
独神......ひとりがみ......です。
だからこそ、隠す時に、綺麗に男女に分けて名をつけ、祀ったのだとも思います。
そして、と、いうことは、始原の神様です。
とてもエライ、この国の、星の、原初の神様の一柱です。
あえて、記紀神話に記されている名前を使うとすれば、

「うましあしかびひこぢのかみ(宇麻志阿斯訶備比古遅神)」

天地開闢の時に現れた始原五柱「別天津神(ことあまつかみ)」の内の一柱。

これは、幾人かの精鋭なる方々の審神者も頂きつつ辿り着いている答えではあります。
きっと!?でございます。
僕がその能力をリスペクトするMさんは、この神様のことをこう表現していました。

「他の宗教で言えばクロス(十字架)を意味する神。
または直線が交わった点に立つ神。
目が良くてカメレオンみたい。
同じく、同化したかと思えば急に現れるのも得意」

......なるほど。
やはり、それは、全国随一の「方位の神」「八方除けの神」とされるわけだ、と。
なかなか感じ取れないわけだ、と。
そんな特別な神様から後日頂いた言葉も。少しだけ。
この地に深い繋がりを持つプリリンねーさんの監修で。
一巡りしたねーさんの魂の旅路にも、敬意を込めて。(^^)





========================================
「タセツの神(うまし あしかび ひこぢのかみ)だ。
昨日は、ありがとう。
ウマシアシカビヒコヂの神と言われているが、本当の名前は、アストロンと言うのだよ」

「アストロンですか?」

「アストロンだよ。
私は、プレアデスのタイゲタ星から呼ばれて来たよ」

「誰にですか?」

「イラタの神(アメノミナカヌシ=天之御中主神)にだ。
イラタの神は、根源の神だからな。
私は、八方避けの神と言われていた。
昨日uzmetにも言ったが、人は大体二つの道で、選択するよな。
二つないし三つで選んでいく。
それは、前方にあるからだ。
後ろの道が見えるようになると、もっと広がりが出来るということだよ。
ねーさんは、境(さかい)のことが少しわかってくれるようになったからな。
境とは、境界のことだよ。
境界の上にいるのが、私だからな。
前に行くのか、右か左か、後ろに行くというのは、過去に戻るという訳ではないよ。
後ろにも、目を向けるというのが、なかなか出来ないのだよ。
シワがまた増えたな。脳のね」
========================================


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コメント (7)

寒川徒然 3

2019-06-17 00:10:39 | 面白い...パワスポ寺社
「な、なんか......
恐縮しちゃうんすけど......
ありがとー。。
と、とんでもなく、
嬉しいっす......(*´ω`*)」



熱海、上高地、と連ねてきた徒然話は、
寒川の徒然話へと綺麗に流れて来たようなのです。
続きます。




最終的に、寒川神社さんには日曜日に行くことになりました。
ガイドしたH嬢さんズの参拝から、わずか1週間後のこと。
急な話ともなったので、
スケジュールを合わせることが出来たのはプリリンねーさんとmikoちゃんのみ。
他のポンチキーズの皆さんにはグループラインでナニカト実況中継を
しながら向かうことにしました。
そして、プリリンねーさんが予め降ろしておいてくれた寒川の神様のお言葉わ......



「カツサンドが欲しいのぉ......」



「は!?(・・;) はぁ。。。」



神社に到着して、
誘導された駐車場が末社の宮山神社さんのすぐ隣だったということもあり、
今日はココからスタートするべきなのだろう、と、
先ずは宮山神社さんから露払い的な参拝。
上空には、寒川さんに着いた時から、
最早、圧倒的で当たり前ともなっている!?風景が.....



天に輝く日輪。
寒川の神様というのは、どことなく優しい感じでしょうか。
最近は日輪の微妙な違いまで分かる様になってきやした。ええ。
おおらかで、気品があります。
言うなれば、好々爺(こうこうや)......でしょうか。そんなエナジー。
好んで使われる、現される御姿は小柄な感じで。
髪型は見事な二つ分けでございます。



他にも2柱ほど。鋭い神気を放つ神様がおられます。
一柱はプリリンねーさんにとっては忘れ得ぬ、あの!?
キトラ古墳の女神様。
ここに現れてくれた意味は、後々よく分かることになります、が、
そんな中、宮山神社さんにも勿論!のカツサンドと濁り酒。



「まい泉」さんのカツサンドっす。
この地を守護する龍神さんにも。どぞどぞー。



本当は寒川の名店「水龍」さんのカツサンドにしたかったのですけど、
まだ開店してない時間帯だったもので。悪しからずなのです。
勿論、すぐに下げて僕らが頂いちゃいまちゅが。
汚さないのです。何事も。ええ。ええ。
でもって、本殿の方にもシッカリとご挨拶をして......



ちょーど御祈祷の始まりでつか!
寒川さん独特の鈴の音がイイですのー( ´ ▽ ` )



カツサンドっすうぅぅ。ゴーゴー。
無事、届けられたようでございます。再びのサインも......ありがたし。



そして、寒川の神様から言われていた通りの色分けで皆の御守りを買って。

アチキわ!

ニャンと!

昔からこの神社で特別に気に入っていた!

鈴!

おば!

思い切ってごこーにゅー!!

鈴ならお家に置けるかもぉぉぉーーーーーっ!(=´∀`)キャァァーー♡

と、

そんなこんなの後、イヨイヨ!のメインイベント。
長い間禁足地であった本殿裏の
「神嶽山神苑(かんたけやましんえん)」へと向かいます。
バッグから取り出したるは、穂高の神様の力添えも頂いて、
数日前に魔女っ子KIKOちゃんからいただいた貴重なる禁足地への入苑券。

スゲーっす。

タイミングがおかしいっす。

カンドーっす。

しかも今日は、いつもなかなかいない、
壮大でホワホワした寒川の神様が見事にいらっしゃる感じでして。
僕さんも初めて味わう本当の寒川さんの力をビッシビシ!
に感じさせて頂いてもいて。泣けてくるっす。(T . T)ぶぇ。



でわわわわわ!



イザ!



この門をおくぐり遊ばして!



寒川の神様にごあいさつおばぁぁぁーーーっ!



その神様の本当の名前わぁぁぁぁーーーーーっ!



つづくぅぅぅぅーーーーーーっ!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆



この終わりかたわぁぁぁぁーーーーーっ!



きらわれたぁぁぁーーーーー!?



もしかしてぇぇぇーーーーーーーっ!?( ˙-˙ )


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寒川徒然 2

2019-06-13 00:00:03 | 面白い...パワスポ寺社
今回のお話は、



「令和」最初の、



結構大きな、



神様の秘密のお話となるのでしょうか。



続きます。




H嬢は予定通り、僕と話したすぐ翌日に寒川神社を参拝したようでした。
その日の夜には彼女から無事に参拝できたというラインも頂き、見てみると、
時間があまりない中で行ったので、普通に参拝し、本殿裏の禁足地には入らず、
そのまま宮山神社や池を回って帰ってきたとのこと。
そして、そんなラインを頂いた次の日。土曜日のことでした。
僕は正午ぐらいに車で出かけることにしたのですが、
家から車で出ると、突然、異様に強い神様の力が体に差し込んできたのです。
その強烈な力に驚いた僕は、急いで車を道端に止め、そして、
力の差し込んでくる方向......頭上......を、車のガラスルーフ越しに見上げてみました。





そこには突然の日輪。
感じていた力は、今まで僕が感じたことのない種類の神気。
僕にとっては、の話ですが、初めて触れる神様の感覚。
でも、その初めての神様のイメージはすぐに明瞭に湧いてきました。
それは、昨日、H嬢にガイドをしていた寒川の神様で。
僕は少し興奮して、車を降り。頭上の写真を撮って、そのままH嬢にラインをしました。
その時のラインをそのまま転載すると......



「H嬢さ〜ん〜
電話できるー?
たいへんなんだよー
なう。
寒川の神様が突然来ててさー、、
ま、いいや、
H嬢さんズの動きのおかげで、近く寒川さんに行くことになりそーだよー」



少々コーフンしていた僕は、そのまま日輪の下でH嬢と電話でアレコレと話をし、
その後、ポンチキーズのグループラインにも同じ写真を送りました。



「なんだべー
寒川の神様らすぃーなー
キョーレツ。
理由に身に覚えあり。。。」



そして、翌日も翌々日も寒川さんからの強烈なサインは相変わらず続き......
どーもそれは、ちょっとした催促の?ようでもあり。
ポンチキーズのメンバーの方にも色々とメッセージが降りているようでした。
特にプリリンねーさんにとってはかなり意味深いこんな言葉も......



「普段は奈良のキトラ古墳にいるからな。寒川にはあまりいないのだよ。」



実のところ、ねーさんの霊能が開花していく最初のキッカケとなった女神様こそが、
まさに、この、キトラ古墳に理不尽に埋葬され、
封印もされてしまったアル姫神様からのメッセージだったのです。
彼女が神々の為に実際に動いた最初の場所というのも、
このキトラ古墳であった様ですし、
彼女にとっては特別な思いのある場所とも言えます。
そのことを知る僕としては、今回の寒川さんへの徒然旅というのは、どーも、
ねーさんと行くのが最善であろう、と。
そして、どこかしら「ひと巡り」の仕舞いゴトであり、
新時代に入り、また新たな巡りのスタートととなることでもある様な、
そんな感じを受けていました。



「では、いつ行けるのか?」



翌週の前半、僕はそのスケジュールを画策していました。
同じようにメッセージが降り続けていたプリリンねーさんの方には、



「ねーさんと一緒に行った方が良いなら日曜。
そうでなくても良いなら金曜。
神様からの意見待ちで。
降りたらまたおしえてくんろ。
体の変革がとてもだるくて大変。。
頑張らねば。。と。ね。」



というラインを送り、その後、
週の半ばには彼女からはこんな返事が戻ってきました。



「日曜に一緒がいいって。
寒川でお守りを求めて、羅臼と出羽三山に行け、と言ってた。
mikoちゃんとikuちゃんも誘う?



と、そんなラインをねーさんからもらった直後。
今度は、恐山事件でお馴染みの!?
敏腕マネージャーの「KIKO」さん
と新宿のカフェで打ち合わせをしていた僕に、
またもや驚くことが起こったのでした。
最初、そのカフェでは仕事の話や、そこから少し飛んで、
彼女のハワイ島滞在の話などをアレコレとしていたのですが、その時に、僕は何気なく、



「そー言えば、今度、寒川に行くことになりそーなんだよねー......」



と、ぽそりと口にしてしまったのです。
本当に、何の気なしに。



「......参拝もさ、禁足地の裏庭には御祈祷を受けないと入れないみたいなんだ。
でも、ご祈祷なんか受けちゃうとスゲーイロイロもらっちゃうでしょ?普通。ね?
俺の場合、今回特に祈願ごとがあったり、お札が欲しいとかではないし、
もらっても今の俺の家でどう置いたら良いかもちょっと難しいし。
ソコ、本当にすごく迷ってるんだよねー。。
ちゃんと祈祷を受けるか?どうするか?
多分、今回に関しては裏の禁足地に行かないとダメなんじゃないか、って。
寒川の神様ってさ、俺の感覚だと、気ままな感じで、いたりいなかったりが激しいんだよ。
だから余計、裏の池と山に行かないとダメなんじゃないか?って。
皆のスケジュールもそれぞれどこまで余裕あるかわかんないし。
今、ちょっと考え込んでるんだ......」



すると、その言葉を聞いたKIKOさんは明らかに顔色を変えて、
突然、僕にこんな話をしだしたのです......



「私ね、実はお家にお札を三枚だけ置いてあるの。
そのうちの一枚がその寒川の札だったのよ。メディア関係の仕事とかも多かったしね。
でも、今年はそれを穂高神社の札に変えたのよね。
いつも行ってる安曇野のおばあちゃんの家の神様だし、大好きな所だし。
この前も行ってたから。
それで、寒川の札はその時に穂高神社にお返して、
入れ替わりで穂高の札をもらったの。
それでね、これ......
去年、寒川に何人かで行った時に中で祈祷をしてもらったのだけど、
その時にお札以外にも色んなものをもらって、その中に入ってたものなんだけど......



祈祷の後は、私は時間がなくてそのまますぐに帰ってきちゃったのね。その日。
だからこのチケットは次に行った時にでも使おうか、って、
そのままずっと長いこと財布に入れてたの。
でも、今年はお札も穂高のものに変えちゃったし、もう使わないかな、って。
っていうか、今、UZMETさんの話を聞いてよくわかったわ。
これ、きっと、あなたに渡すために持ってたのよ。私。
間違いないわ。
ピンときたもの。
今。
あげる。
使って。
役に立つなら。ぜひ。」



「う!?ぇぇ!?£※〆$&?$!々〒€!? Σ(・□・;)
か、かんたけやましんえん(神嶽山神苑)の入苑券......
き、禁足地の......ま、!?......まじっす?......か......
実わわ、こ、今週末に......行くつもりだったんだよ......ね.......
し、しかも、、、
ほ、穂高もさ、
つ、つい、最近、上高地の奥宮に行ってきたばかりなんだよ......マジな話......
なんだそれ......
このタイミングで、こ、このチケットって......
今週の話だぜ!?
もう、信じられん......
ちょっとショーゲキ。
固まる。ホント。
偶然とか、通り越してる。
穂高の神様と入れ替わり?って......
おかしいじゃん。その話も。
信じられん......」



「だからぁ、もらえっ!て、ことじゃない。
あげるわよ。
使って。
それが正しいと思うわ」



「な、なんか......
恐縮しちゃうんすけど......
ありがとー。。
と、とんでもなく、
嬉しいっす......(*´ω`*)」



熱海、上高地、と連ねてきた徒然話は、
寒川の徒然話へと綺麗に流れて来たようなのです。
続きます。


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寒川徒然

2019-06-09 00:23:28 | 面白い...パワスポ寺社
熱海に行く機会が多くなってから、
自宅から車で向かう際にいつも通る場所というのがあって。
それが、神奈川県の寒川町という地。
実のところ、
そこには「寒川神社(さむかわじんじゃ)」という有名な神社さんがあります。
寒川さんは相模国(さがみこく)の一之宮でもあって、
初詣などの参拝客の多さも全国屈指となるほどの大きな神社さん。
僕は、確か......8年ほど前?に、一度お伺いしているのですが、その時の印象が、



「あれ?なんだかスッカラカンの神社だな。。
確かに神気のレベルは異様に高い感じだけど、、、なんでだろ?
いないな。神様。今日がそういう日なのか?な。
いる時といない時の違いがチョット大きすぎるんじゃね?ここ。
この感じは......めったにいない感じもするし......」



と、そんな感触だったので、
その後は、僕個人としては特に伺う様なことはありませんでした。
ただ、こちらの神様が残しているタダならぬ神気の崇高さと、
境内の外にある末社「宮山神社」さんの異様な力に関しては
とても強く印象に残ってもいて。そんな神社さんを、
昨年の秋ぐらいから幾度も横目に見ながら素通りしてしまっていたので、
最近、改めて、



「もう一度、挨拶に行かないとかなぁ、、」



と、とても気になり出していたのです。
そんな時、つい二週間ほど前の話となるのですが、



「寒川神社というところに行きたいんだけど、ちょっと相談してもいい?」



という話が「出来る美女」H嬢から突然舞い込んで来たのでした。
彼女曰く、とにかく旦那さんが行きたがっているとのことで。
何かポイントなどがあったら教えてほしい、と。
僕的には、昔からテレビ局関係者の崇敬を受けている視聴率の神様らしいから、
脚本家で作家でタレントでもある旦那さんの職業にはとてもあっているのではないか、
という事と、本殿向かって右横にある天球儀の様なものの側に佇んで、
独特の形をしたしめ縄を見上げるととても良いよ、という事と、
そんな本殿挨拶の後は、必ず鳥居横にある噴水池と、
境内の外にある宮山神社という所に寄るべし、という事を伝えました。
特に、宮山神社さんにはお酒を持っていくと良いかと思うと。
そこからは本殿の奥にキッチリと繋がるので、と。
寒川さんはとても古い神社なので、酒は濁り酒があればそれが最高だと。
捧げたお酒は、下げた後に境内にある真っ白い龍神さんの木の傍に
適当に撒いてあげたらよいかと思うよ。と。
その木は君ならすぐにわかると思うから心配なく、と。
他の参拝者に不審に思われないように、迷惑にならないように、
さりげなく、上手くやってみて、と。

さらに、

最近、正式な祈祷を申し込むと、
拝殿裏の禁足地に入れる様になったみたいだから可能なら寄ってみたらどうか、と。
小高い山と池とカフェがあるらしいよ、と。
昔は入れなかった所だから凄いことだと思うよ、と。
俺は入った事はないのだけど、そこが寒川の地の中心だと思う、と。
そんな話をしました。



で、



ココからです。



思わず背筋が伸びてしまう様な出来事が、



僕の周りでギャンギャンと続く1週間が始まってしまったのです。



寒川神社の祭神というのは、



寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)



とされていますが、



実のところ、その通りではありません。



そして、もし、



そのことがわかっている方がいたとしても、



ネットなどでググりまくっても、



僕が知る限りではその正体を明確に理解している方は皆無!?



のようです。



ただ、1人だけ、



御自身の冷静なる感覚と霊的な経験と、



この神社を崇敬し、



幾度も訪れる中で見えていった見事な推論でもって言い当てている方がいて、



それにはとても感心しましたが.......



でも、それはそうです。



こちらの神様が僕の感じている神様だとしたら、



やはり、



この国の歴史観が変わるようなことでもありますし、



富士王朝の実在証明ともなりそうなことでもあるからです。



名前を変えられて当然。



隠されて当然。



そして、勿論、



僕の頼りないことこの上ない感覚だけでなく、



いつものように、



ちゃんと、



幾人かの優れた感覚の持ち主さん達と答え合わせをした上での見解ともなるので、



それは、結構、



確かな話ではないか?と思います。



今回のお話は、



「令和」最初の、



結構大きな、



神様の秘密のお話となるのでしょうか。



続きます。



H嬢にオススメしたスポットから見た寒川神社本殿。
天球儀は渾天儀(こんてんぎ)とも言うようです。
寒川神社さんは古来より全国唯一無二の「八方除け」「方位除け」のエキスパート神社!
として有名の様で、そんなことの理由も今回の徒然旅では解き明かせる!?
かと思います(^^)


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ひつぎ 2

2019-05-08 00:07:37 | 面白い...パワスポ寺社
「ひつぎ」などと聞くと、マニアな人などは有名な岡本天明さんの
「日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)」の日月のことじゃないのか?
などとも思われてしまいそうですが......
その辺のお話はまた次回へと続かせていただきましょうか。ね(^^)




「日月神示」とは、1944年から数年間にわたって岡本天明という方に降りた
神霊の言葉を自動書記で記した書物のこと。
その「日月神示」における「日月」というのは、もしかしたら?
本当は「日を継ぐ」という意味での「ひつき」「ひつく」だったのではないかと。

「天明よ、決して神の火を消すな......」

「どの様な世になってもこの国の日を、陽を、火を、継いでくれ......」

と。そういう意味でのメッセージであったのかもしれなく。
そもそも、天明さんが自動書記でもって神示を降ろしていた時期というのは
第二次世界大戦の終盤の頃であって、最早、誰の目にも日本の敗戦が色濃く、
まさにこの国が滅ぶか?どうか?の瀬戸際に立たされていた様な時勢で。
そんな状況も思い測りつつ日月神示に書かれている言葉達を注意深く感じ見てみると、
そこにはどこか、この国の祖たる神が敗戦後の人々を憂い、国を憂い、
日本国そのものや、精神や文化の存続のために役に立つことを、言葉を、
なんとか伝えたい......と。

「天明よ、この国をなんとか存続させてくれ......」

と、そんなモノが根底に含まれている様に僕には感じられるのです。
きっと、戦勝国は敗戦国の文化や歴史も全否定するであろう、と。
悲惨な戦争へと向かわせた思想や宗教的なものも、
背景にあるものも全て破壊するであろうと。
人民にしても、悲惨な戦争の戦犯探しを様々なところでしていくであろう、と。
そうなると、過去、占領された多くの国々がそうであった様に、
本来失われたくない民族や国家としての大切な部分迄も失われてしまうかもしれない。
この日本国もそんなコトをアジアの各国にしていたではないか、と。
それも正さねばならぬ、と。
そんな神々の心配を感じ取れたりもするのです。

天明さんに言葉を降ろした神様にしても、
国之常立神(くにのとこたちののかみ)や
天日月神(あめのひつきのかみ)とされていますが、
よくよく文面や言葉のニュアンスを見てみれば、これまでも記してきた様に
明らかに僕の知る国之常立神(クニノトコタチノカミ)ではなく、
殆どが「天日月神(あめのひつきのかみ)」であろうとも考えられます。
そう考えると、その神様の名前にしても本当は「天日継神?」「天火継神?」
ではないのか?とも......
もしそうであれば、日月神示が降ろされた千葉県、成田市の
「天之日津久神社(あめのひつくじんじゃ)」も、
本来は「天之日継神社」なのかも!?しれず。
更に言えば、その「天之日津久神社」のある「麻賀多神社(まかたじんじゃ)」も、
本当の名前は「勾玉神社(まがたまじんじゃ)」ではないか、と。



少々古い写真となりますが、
僕が何かとお呼ばれしていた頃の麻賀多神社(まかたじんじゃ)さんと、



その境内にある摂社「天之日津久神社(あめのひつくじんじゃ)」さん。



しかし、こちらの神様は間違いなく、
東日本一の大杉と言われる、この巨大な御神木におられると思います(^ν^)





気になる!?浮き出てしまっている顔の部分をアップにしちゃうと......



この木を見るにつけても、この神社に降りられる神は、
僕の中では絶世の美女神!である国之常立神さんではない感じでしょうか。
日月神示における二神のどちらか?となると、
「天日月神(アメノヒツキノカミ)」さんの方なのではないのかなぁ、と。
個人的にはそう思っているわけです。
そして、そんな天日月神というのは、
この地で遥か昔から暮らしてきた途方もなく沢山の人々の魂が積み重なり、
一体となったものの様にも感じられます。
縄文?の頃から継がれてきたこの地に縁のあった人々の幾多の思い。力。
元々は国之常立神を奉戴し、使えてもいた人々であり、
神々であったのではないか、と。
天明さんはそんなニュアンスを感じ取られていたのではないのか、と。
そしてそれは、この国の日や火を継いで(嗣いで)来た神々であり、
日の本の神々であり、
日月は「ひつぎ」で、
日嗣で、
火継で、
陽継なのだ、と。
日月の神は日継の神なのだ、と。
「日月神示=ひふみ神示」に関しては不遜にも!?
僕はそんなふうに捉えていたりもするのです。

さて。今回の皇位継承に際しては列島の「東」の力が増してきた様にも思います。
これまでなら奈良の「大神神社(おおみわじんじゃ)」か「石上神宮」に向かわされる?
ハズが、気がついたら秋田の天日宮(アメノヒノミヤ)の前に立っていたわけですし。
きっと、東北から北海道方面の力が戻り、強化もされていって、
古の日本国の東西バランスの様になっていき、
また新たな時代を造っていくのではないかと感じていたりもします。
一方で、平成の終盤、
皆でなんとか踏ん張って来た西側のリスクは少々上がっているようにも感じますが......
こんな話はポンチキ過ぎてポンチキーズとも話したことはないのですが、
これまでにねーさんが無邪気に降ろしていた!?
言葉の中から幾つかチョイスしたものを以下に置いておこうかと思います。
偉大なる国之常立神(クニノトコタチノカミ)の御言葉でしょうか........ね。(^ω^)



=======================================
私のことは、ナセの神と言えばいい。
国之常立之神(クニノトコタチノカミ)と言うと、
日月(ヒツキ)神示を信じている人が多いからな。
日月神示はヒツキの神が伝えたことだ。
私は初めだけ降りたよ。
(岡本天明は)魂がキレイだったからな。
ヒツキの神は、私の下の神だから伝わったことも間違いではない。
だが、もう昔のことなのだよ。
時代はどんどん変わって行くのだ。
それがわかっていない人が多いな。
私は何度も言うが「今」の神だ。
ミクネの神(天之常立之神)は「過去」の神だ。
イラタの神(天之御中主之神)は「生命」そのものだ。
司っているところが違うのだよ。
(中略)
スサノオノミコト(素戔嗚、須佐男)は「魂」の神だ。
魂は粒子からできているからな。
魂が無ければ生命もない。過去はあっても未来はないのだ。
話したな。沢山。
疑いのないねーさんだから、スムーズに話が伝えられるよ。
坐摩神社(イカスリジンジャ)に来てくれて、ありがとう。
だーーーわーーーしーーーていたよ。
わかってくれる人が来てくれることを。
=======================================


=======================================
シコツのねーさんは私の言葉を伝えてくれるから助かるぞ。
シコツの岡本天明はなんであんなに難しく聞いていたのだろう。
戦争は負けるに決まっているだろう、そう言っただけなのに回りくどく聞いていたな。

「麻多賀神社にいたのですか?」

いたぞ。千葉の神社だな。今は春日大社にいる。

「春日大社で奉っている神ではないですよね?」

そうだな。
四神を奉っていることになっているが、みんな私を畏れていなくなってしまったぞ。

「いつから、春日大社にいるのですか?」

太平洋戦争が終わってからずっといる。
=======================================


=======================================
ひふみ神示は、私の言葉を書いてある。

「◯◯じゃぞ。とか言う言葉ですよね」

そうだ。私が話したのは、あんな話し方ではなかったのに、
お婆さんの言葉になっているな。
=======================================


=======================================
私は国之常立之神なので見つからないように春日大社にいる。
=======================================


=======================================
ひふみ神示は私の言葉をわからない数字で書いたものだが、
スサノオノミコトの言葉も混じっているので、確かめられない。
見つかるとうるさいので隠れている。
=======================================





麗しき春日大社。令和のどこかで、
この神社のお話なども出来たらいいなぁ、と思っています。(^ν^)かしこ。


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ひつぎ

2019-05-04 18:11:15 | 面白い...パワスポ寺社
「令和」への移行の際に、個人的によくわかった!?コトがあるのですが、
世継(よつぎ)の次は、どうも「ひつぎ」の様なのです。
「ひ」とは「日?」「陽?」「太陽?」「火?」のことの様なのですが、
となると「ひつぎ」は「日継」なのか「陽継」なのか「火継」なのか、どうなのか。
平成の最後の最後に、神様からはそんな感じの言葉が降りてきて......
そして僕さん。
気がつくと神々からの用立てで、そんな「ひ」を継ぎに!?
はるばる秋田県、大仙市の片隅にある神社さんの前に立っていたりして......







唐松山天日宮(からまつさんあまつひのみや)
天の日を、陽を、火を、継ぐ宮!?なのか。
物部氏の御魂を継ぐ貴重な神社の「一つ」なのか。
以前もこの「鳥海山徒然」という記事で触れさせてもらっていた神社さんですが、
鎮座する場所は「唐松神社」という、
いわゆる、物部氏(ものべし)の「忘れ形見」的な神社の境内にあります。
僕さんにとってはとんでもなく畏れ多い神社さんであり、
未だ全文が明かされていないという、かの!
「物部文書」が伝わる神社としてもマニアには有名な?場所でもあるのでしょうか。



前日まで雨の予報だったのですが、見事に晴れわたっていただきまちて。
神社に向かう途中に見える名峰、岩手山も素晴らしすぎ。(^^)



到着した神社の参道には大きな木々が立ち並びます。



本殿前の鳥居では、心なし、とてもキンチョー......







こちらの神社さんの強烈な力をやっかんだ!?のか?
神社の前を偉そうに通ると落馬してしまう様な力を恐れた!?のか?
その昔、時の権力者に故意に貶められ、
移し置かれてしまった本殿の方は「下り坂」となっている参道の一番下にあります。
それは「出雲大社」的扱い方で......
マッタク。
ビビりすぎじゃね!?
みたいな。
しかししかし、こちらの神社さんの御神気は坂の下にあろうとも完全に天へと!?
放たれておりまする。
何と言っても天の神。
天降った(あまふった)神々。
名前に「アメノ」とつく神々の大ボス様もおられるところ。
どんな所に祀られようとも、その力はナニモノにも紛れはしませぬ。



僕さんとしては「鳥海山」のお酒が一番良いかと思い、そちらをお持ちしつつ。
最近の個人的トレンド!?でもある和菓子なども......



続いて、冒頭に記した肝心要(かんじんかなめ)の
「天日宮(アマツヒノミヤ)」にも......同じく......



いつものアマテラスさんの祝詞をあげると......



祝詞の後、空を振り仰ぐと、毎度毎度の!?えげつない日輪さんが......
いつものこと!?とはいえ、全くもって慣れない異様な神気とパワー......





こちらの神社さんは、元は近くの唐松山の頂上にあった様なのですが......
そちらの方にはあまり行かない方が賢明ではないかと思いまする。
たまに行く人がいるみたいなんすけど。ええ。

「パワースポットだからぁーーーっ!(`・∀・´)/」

なんて。そんな方は、
おそらく「なんかイイことあるハズだ病」に感染しておりまする。
冷静なる感覚と見識などをお持ちになった方が良いかと思われまする。ココでは

「血みどろの戦場では、冷静さは不可欠なのでございます」

とだけ記しておきまする。ええ。ええ。
と、そして、最後はこの地を纏めた神々の上陸地でもあった、
鳥海山が綺麗に見える日本海の方にも同じお酒を継ぎにいかなければいけない様でして......
どーん!と海!っす。(^^)



お酒を継いで、諸事ご挨拶を済ませると、今一度......の日輪さん......
全くもって慣れませぬ。ウルウル(T 。T)



えげつないっす。
右下あたりを頭に、渦を巻く巨大な龍神さんの御姿なども......
見えますでしょうか......!?



そしてそして、そんな日輪の向かい側には名前に「アメノ」とつく神々様が勢ぞろい......で......
「アメノ」神々がこれほど!全て!?揃うことは僕さんにとっても初めてのインパクトでして......



しかもその中心には、もちろん!アノ!アメノ神々のトップとなる神様が......
御顔までもクッキリと......横顔ですが......ビビります.......



背後の海には眷属さんたちが入り乱れる日輪を背負い、
正面にはアメノ神々が勢ぞろい.......もう、死んじゃうところでちた。本当に......
とても死んじゃいそーだったので温泉入って帰ることにしまちた。ええ。
御所湖のほとりにある温泉ですけど。ええ。
「シオンの像」なるものも美しく。





ひつぎ?日継?陽継?火継?となると、陛下においては、
宮中三殿に置かれている「八咫の鏡(ヤタノカガミ)」に関しての何かしらの儀があるのか?
あったのか?とも思いますが、今後は、
最終的には伊勢の神宮にある「大元の」八咫の鏡に対しての儀があるのではないかと思います。
それがこの先に予定されている「即位の礼」や「大嘗祭(だいじょうさい)」
のことでもあるのか?は、僕さんなんぞには詳しくはわかりませんが、とにかく、
一連の即位に関する儀式は、歴代天皇がズラリとおられ、
「八咫の鏡」も置かれている伊勢神宮にて完結されるのではないだろうか、と。
実際、テレビやネットなどで中継された「剣璽等承継の儀(けんじとうけいしょうのぎ)」や
「即位後朝見の儀(そくいごちょうけんのぎ)」では、
三種の神器のうち「八咫の鏡」だけは無いままに諸事が進められていましたし、
この時の映像などを見ていると、僕さんのポンチキな目には、
国の印である国璽(こくじ)や天皇の印である御璽(ぎょじ)が置かれていたところには、
本来、昔、は、鏡があったようにも感じられていて。
陛下に向かい合ってズラリと並ばれていた安倍総理を中心にした礼服の面々にしても、
僕の目には屈強な武人?や将軍?達がイカツイ剣を腰に下げ、ズラリ......
と居並んでいたようにも見え。
古(いにしえ)の陛下というのは、元はそんな「屈強な武人達の王」でもあったような。
並み居る武王達をまとめる最強の武人......でもあったような。みたいな。



眼科で目の検査でもしてもらおうかしら?
アチキ?
みたいな。



時代とは、

不思議でございます。

流れ流れ、

ゆらり、ゆられ、

移りゆく様々な出来事。形。人。文化。価値観。

神々......も、か......



「ひつぎ」などと聞くと、マニアな人などは有名な岡本天明さんの
「日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)」の日月のことじゃないのか?
などとも思われてしまいそうですが......
その辺のお話はまた次回へと続かせていただきましょうか。ね(^^)


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5月の始まり

2019-04-30 00:59:52 | 面白い...パワスポ寺社
——————最後にもう一話だけ、平成最後の記事へと続きます。
それはこれまで幾度か記して来た大好きな5月の話でもあって、
令和の話ともなるのでしょうか。


☆「5月」関連の過去記事☆
5月の海
5月の香り

☆「織部の唐津の酒呑童子」シリーズ過去記事☆
1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8



この記事は「織部な唐津の酒呑童子」の「9」としていたのですが、
記しているうちに、これは五月の話でもあるのかな、と。
そんなふうに感じられたのでタイトルも変えてみました。
続きとなるお話の方は、ここまで記してきたように、
酒呑童子でもあった唐津の神は上杉謙信であった時も含めて、
人として生きていた時は何かと戦いの多い生を送っていたようです。
そんな神様が、僕が黒織部の沓形茶碗を手にしたときに

「西尾の抹茶がいいぞ」

と言うのです。
......少し、考えてみると......茶の道を切り開き、磨き、
作ってもきた人は利休さんをはじめ多くの茶人であろうと思われますが、
その広がりと発展に大きく関与した人となると、多くの武人達ではなかったか?
とも思うのです。一番有名なところでは、利休さんを引き立て、
生涯後ろ盾ともなっていた織田信長がそうですし、
空前絶後の規模と言われる茶会を開いていた人物も、その織田信長を継いだ豊臣秀吉で。
伊達政宗も上杉謙信も多くの武将たちもとにかく茶を愛していたと伝わっています。

なぜか?

きっと、戦さで殺気立った心身を落ち着かせるために、和らげるために、
そんなことに効果があったのが「茶の湯」だったのではないかと、そう思えるのです。
今に残る記録などを見ても、
武人たちの多くは戦場にお気に入りの茶碗を持参して行ったりもしていたようで、
時に戦(いくさ)のお守りとしてもいたようです。
そしてそんな効能は現代でも同じなのではないかとも思えます。

仕事の合間の一杯。
遊びの合間の一杯。
人とリラックスして語らう時の一杯。
そんなお茶というものが、
コーヒーや紅茶というものが、
いかに人の心を落ち着かせてくれるものなのか。
そんな部分を武人は愛したのではないか?と、僕はそう思うのです。
コーヒー好きの僕が「黒織部の沓形」の茶碗を手にしようと思ったのも、
そんなことに対する好奇心もありました。
そして、イザ、見よう見まねで抹茶を立ててみると、
その味はやはり心落ち着くものであって。
どことなく静かな心持ちにもなれて。
癒されもしたりして。

気がついたのは、

それは僕の好きな五月の感触に似ているということ。

春先の荒れた空模様も散り去った桜の花々と一緒に一段落がついていて。

暑くも寒くもなく。

湿気も少ない空気に満ちていて。

そこ此処に夏に向かう希望とキラキラさとが満ちていて。

海も山も川も、どことなくホッとした穏やかな表情をたたえていて。

それがあまりに優しい感じなので、心の「隙」も安心して見せられて。

聞いて欲しいあんなことやこんなことも......誰かに打ち明けることもしやすくなって。

そんな五月には、

今年は、

新しい「令和」の時代が始まります。

カラツの神の胸の刻印から以降、激しくなったとり急ぎの神用も、

なんとなく一つのポイントにまで来れたのか......と。

故あって急いていた神々へのお手伝いも、なんとか、ここまではやりきれたのか、と。

その、一旦のお疲れさまのシルシとして「黒織部の沓形」なのであろうか?と。

そんな茶碗で飲む「西尾の抹茶」は、

僕にはどこか五月の香りと味がするのです。

それは過去記事でも書いていた通りの味で。

純粋で透明な味と香り。

僕の大好きな、色の無い、五月の味と香り。



そんな五月の直前。桜が満開に咲き誇っている頃。
新しい茶碗で飲む抹茶と満開の桜にあいそうな
「練り切り(ねりきり)」なる生和菓子をつい買ってしまったのですが......
......それはツカヘイさんが強引に勧めて来たもので。
その「練りきり」を、
コニャ(奥さん)と一緒に家の側を流れる多摩川の土手に茶立て道具と一緒に持っていき......
僕にとっては妙に心地よい時間ともなって......





こんな「黒織部の沓形茶碗」を最初に目にした東京、根津美術館では、
今度は「酒呑童子展!」が開かれることとなったようで......
そのタイミングにはまたまた驚かされつつ、
唐津の神からの招待も受けていたということもあり、
ねーさんと一緒にパトロールに......



そんなこんなの諸々の出来事の後、もう一つ、
神様からの強烈なのガイドを受けて導かれてしまった場所というのがあって......
それがここ、東京、九段下にある築土神社(つくどじんじゃ)。
あの首塚や神田明神とともに平将門さんを祀っている重々しくも由緒のある神社。
戦火で消失するまで将門さんの首桶が安置されていたのは、実のところコチラの神社さんで。
桜が満開の週にナント!3度も!通うこととなってしまったのです......







将門さんの好きな久保田の「萬寿」を持っていって。
「あれば嬉しい」
と言っていたおつまみも添えて。
境内で少しだけ、一緒に酌み交わし......



そのすぐ横には「世継稲荷」なんていう社(やしろ)が......
そうか......世継ぎ......か......



陛下が元気なうちに皇位を譲位されるというのは、
崩御とは違い皆が暗くなる様なこともなく、どこか明るく、希望に満ちた雰囲気があって。

「陛下は本当に英断をされたのだなぁ......」

と、深い敬意を抱いたり。
そして萬寿という歴史ある名酒には、箱を開けると小さなシートが封入されていて。
そこにはこんなことが書かれています......



世の中は平成から「令和」へと継がれていくようです。

僕の感じる令和の響はどことなくクールでエレガント。

エレガントとは?僕の中では「理知と良識を基とした美」という感じでもあって。

そんな美意識が大きくなっていく世となっていくのでしょうか。

そして、令和の「令」は、

僕にはどこか「霊」という文字にも見えてしまい。

霊の如く目に見えない領域での「和」とは、

それは嘘のない心からの和ということになるはずなのですが......

全ての人の霊性が磨かれ、発露もされ。

ようやく現実と見えない世界とが完全一致をしていき。

それは霊現一致のリセットであるのでしょうか。

「令」にはリセットという意味での「零=れい=ゼロ」という言葉も含まれているのでしょうか。

すると、そっち系?で大きな利得を得ていた様な人は?かなりの罪を問われそうでもあり。

その罪は、実はどんな犯罪よりも重いものであったのだということも......

思い知らされもするようで......

数ある宗教にしても......そういうものかも?しれません......

そんな時代を前にして、

とても強く、上位の神でもあるハズの「カラツの神」は、しかし、

こんなことを言っていました。



「今日も頑張ります」



もうすぐ、

僕の大好きな五月が始まります。


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織部な唐津の酒呑童子 8

2019-04-26 00:01:42 | 面白い...パワスポ寺社
思えばこの時から、これまで以上に、
神々の用事でアチコチを飛び回るということが激増しました。
——————続きます。




胸にカラツの神の刻印が入った後からは、日本は勿論、海外まで、
降ろされる神用の数は明らかに増えてしまいました。
それは日々懸命に働いている身としてはかなりハードな毎日であり、数年間でもあって、
ねーさんやポンチキーズの面々にとっても同じくのことで。
特にアノ、東日本大震災の後からは、神々はどうも時間を気にかけている感じが強くあり、
このブログを書き始めることになったのも、実のところその辺が関係してもいて。
それはきっと、今回年号の変わる2019年の5月前ぐらいまでには、なんとか、
主要なことは皆でやり遂げて欲しい、と。
それには大切な意味があるのだ、と。
お前にはそれは分からなくてもいい。
でも、とにかくやってくれ。急ぐのだ、と。
神々からのそんな急かしみたいなものも僕はずっと感じてはいて。
なのでとにかく余計なことは考えずに、ただ無心に、
縁あって頂く神々の言葉に対してはしばらくは真摯に対応し続けてみようと、
僕はそんな決意でこの数年の月日を過ごしていました。

——————人の世のことは、人でなければ出来ないことがあるのだ。
——————我々には支えることしか出来ないこともあるのだ。

途中、こんなところではとても記せないような神々の切羽詰まった理由に気づくこともあり、
それは背筋が凍るようなことだったりもして。
その重々しい理由は、
今まで個人的に避けていた場所に行かなければならなくなる様な事ともなって。
ココでも記していたような部分......それはごく一部の話ではあるのですが......で言えば、
例えば北海道のシャクシャインさんの居城や、
佐藤愛子さんの別荘があることで知られる地や襟裳岬。
網走や稚内、利尻島。湖の点在する北海道の東エリア。
長野の諏訪周辺。
熱海を中心として、伊豆半島や半島に連なる島々。
将門さんの首塚や古代「邪馬台国」の中心地。仙台や東北のあちらこちら。
安土桃山や剣神社。秀吉廟。大徳寺や堺。京都や奈良、琵琶湖のあちこち。
大阪や神戸の周辺。
金沢や能登半島を中心とした石川のあちこちや、東尋坊や福井のあちこち。
知多半島や渥美半島、浜名湖の周辺。
房総半島や三浦半島のあちこち。筑波山や富士山
三鷹を中心とした関東のあちらこちら。
四国や中国地区、山口の出雲のあちこちも。
九州のあちらこちらや、世界遺産登録が発表される前の五島列島や天草の教会......などなど、
とても多くて書ききれませんが......
様々なイワクもあって、時に血に染まってもいたような場所に足を踏み入れる時に、
僕がいつも明瞭に感じられていたことは、
カラツの神からもらった胸のタマが邪なる力から強烈に心身を護ってくれていたということ。
人々から鬼と呼ばれ、恐れられもした神の、
その鬼たる所以の力を僕は時々で強く思い知らされてもいたのです。
僕の体は使いパシリ用に?知らず知らずのうちに霊的に強化もされていたのでした。
以前も記したように、
強固な「牛の呪」を一発で祓ってくれた時のカラツの神の力などは本当に驚くべきもので。
そしてそんなカラツさんの胸の痕跡は、

「鬼などというモノはこの世にいないのだ」

という教えでもありました。
酒呑童子は捨てられた子供達をまとめあげ、皆が生きていける様に頑張っていた子供でした。
シャクシャインはアイヌ民族を権力者の搾取から守る為に立ち上がった勇者でした。
平将門もそんな戦いをしていました。
古(いにしえ)の亡国の地では

「神のため、、」
「皆のため、、」

といわれ、生きたまま埋められたり、
生贄や人柱にされたりしていた巫女さん達や人々も沢山いました。
神たるものが存在するとして、そんなことを望むはずはないのです。
奈良や京都、諏訪や出雲、東北でも、政治的理由や、
異端や異能を怖がられ、疎まれ、封じられてしまった人達が沢山います。
このブログに登場するねーさんはそんな魂の生まれ変わりでもあります。
桃太郎の鬼退治伝説のある岡山、吉備の地にしても、
古(いにしえ)の王の地であったはずで。
縄文時代最も栄えていた村の痕跡が残る東北の地というのは、
本当に未開の地だったのでしょうか?
蝦夷(エミシ)は政府の敵でも、ましてや鬼などではないハズです。
彼らにも正義や守るべき家族はありました。
熊襲(クマソ)も隼人(ハヤト)も。土蜘蛛(ツチグモ)も山窩(サンカ)も。
網走の地では、罪を犯した人間とはいえ不当な扱いを受けていた人が沢山いたかもしれません。
もしかしたら、そんな人の中には無実の人もいたかもしれないのです。

「故郷に帰りたい、、」

と、そんな悲痛な叫びは、一体、僕はどこに届ければよいのか?
戦争に散った人々や、災害で失われた人々の叫びは?どうしたらいいのか?
富士の地でも、長い間封じられ、史実から消されもしてきたモノモノや、
鬼とされている神々がいるのではないのか?国があるのではないのか?
富士山はなぜ記紀神話に一言も記されていないのか?
日本各地のあの地にもこの地にも。
アメリカやカナダのインディアンだって。
エスキモーの皆さんだって。
オーストラリアのアボリジニだって。
ハワイ島カウアイ島の彼の地にだって。
バリ島にだって。ギリシャの島々にだって。
まだ記していないアソコもココも、全て、

鬼などいない!

という、そんな話ばかりです。

いるとしたら、それは、

生きている人間なのだ!

と、そんなことばかりです。

——————最後にもう一話だけ、平成最後の記事へと続きます。
それはこれまで幾度か記して来た大好きな5月の話でもあって、
令和の話ともなるのでしょうか。








佐賀県、唐津市の唐津神社。
カラツの神がよくいらっしゃるところです。





プラリと行ったら、宮司さんがヒマ!?だったらしく、
するっと拝殿にあげてくれて(^^)
普段の感謝の気持ちをお酒と絵馬とともに置いてきました。





これが頼光さんの兜の上に載っているカラツの神(^^)



唐津神社が所轄する巨大な曳山(ひきやま=だし)なのですが、
唐津の神はよくこの曳山に降りると言っていました。
でも酒呑童子は鬼では無いのですね。ええ。本当は。
いつも頼光さんを全力で守っていたようなのです。(^^)ええ。
不思議と、ヤッパリ!?上杉謙信の曳山もありました。



☆「5月」関連の過去記事☆
5月の海
5月の香り

☆「織部の唐津の酒呑童子」シリーズ過去記事☆
1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8


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織部な唐津の酒呑童子 7

2019-04-22 00:01:43 | 面白い...パワスポ寺社
そして、このお話の中で、僕にとって本当に不思議で印象深いことというのは、
実のところ東京に戻ってから起きた出来事なのです。
それは、数年経った今もこの体に明瞭に刻まれていることでもあるのです。
——————もう少しだけ、続きます。




自宅に戻った僕は、その夜、ゆっくりお風呂につかろうとバスルームに入り、
大きな鏡の前でお服を脱ぎ脱ぎ♡あそばせました。
と、その時、鏡に映った自分の裸の上半身を見てみると、フト、気がつくことが......
あるのです......
ちょうど胸の真ん中、よく見ると中央よりほんの少し左に寄ったところ、に、何か?
直径5ミリぐらいの黒い点があります。
バスルームでは毎日、何十年と見続けてきた自分の体です。
いつもと違うことに気付かないはずはありません。
しかもとても目立つ胸の真ん中。毎日、顔とともに必ず目が行くところ。
そこに黒ずんだシミができているのです。最初は



「ゴミか虫でも付いているのかな?」



と思ったのですが、手で触ってみても全く変わらず。
なんだかホクロのような感じ。それでも



「......何かの拍子に出来てしまったアザか何かかな?」
数日もしたら消えてなくなるだろ。別に痛くもなんとも無いし、、」



と、そう僕は思いました。
そしてその日から毎日、お風呂やシャワーの度に気になるその黒いシミを見ていたのですが、
それがいっこうに消えてくれません。
むしろ、時間が経つにつれしっかりと黒くなっていって、
ますますクッキリと黒い点になっていくのです。



「むむむむむむ、、、、、シミかな?そーだな。シミだな。
オヤジになると良くできるぅ♡なんていうしな。きっとそーだ。
でも、この位置はなんだか目立つな。ウルトラマンじゃないんだから。
ピコピコ♪とか鳴っちゃうんじゃね!?このホクロ。全く。
もう消えないのかなぁ.......ビミョーなお年頃だのぉぉぉ、、(●´ω`●)むーん。。」



などと、僕はそのシミの様なホクロの様なものがかなり気になっていたのです、が......



「あああああああああああああああああああああああああああああ!・:*+.(( °ω° )).:+



も、もしやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!



コリわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!((((;゚Д゚)))))))」



首塚から戻ってちょうど1週間ほど。
僕はどこかその胸のシミと首塚の関係を疑ってはいたのですが、
しかし一方で、そんなバカなことはあるわけはない、とも思っていて。
しばらくはアザの様なものだと思い様子を見ていたのです。
しかし、時間が経ち、明らかに消えない黒いシミとなってしまったことを理解した瞬間、
改めて首塚での一件を思い出したのでした。



「そーいえば!喉から飛び込んできた!あの強烈なタマ!わ!

確か胸の方に降りていったな!最後。そーだ!

きっとそーーーだぁぁぁぁーーーっ!

ねーーーーーーーーーさぁぁーーーーーーーーーんんんん!

てーへんだぁーーーーーっ!

僕さんのお胸にぃぃーーーーーっ!

黒いホクロができちゃったよぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!

女子にきらわれちゃうよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!(T o T)

コリわいったい!?

なんなんだべかぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?

責任とっておしえてくんろぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!?

からつさぁぁぁぁぁーーーーーーーーん!

ぷりーーーーずぅぅぅぅぅぅ!」



そうして僕は事の真相を確かめようとプリリンねーさんや、
いつものポンチキーズのメンバーに胸の写真を添付したラインを送ったのです。
ハズカチィ......(*/∇\*)キャ



「この、胸の真ん中、
わずかに左に寄った所に出来たホクロのような黒ずみは一体なんなんだべ?
場所的には完全に心臓の真上なんす。だから気になっちゃうんす。
やっぱ首塚の呪い!?死んじゃうんだろーか!?おいら。
どーなんすの?でしょうかね。
多分、唐津さんのタマのハズだとは思うんすけど......乳首わ見ないでね♡」



すると、皆からは揃ってこんな答えが......



「このホクロ、なんか鬼の顔に見えるよぉぉーーーー。
でも恐くなーい(^O^)フシギー」



唐津の神は、僕が認識している限りのことで言えば、
神界でもトップクラスにいる神様です。
なぜ「唐津の神」かというと、
主に北九州の唐津というところを守護してきた神だからであって、
この地は近代に至るまで、長きにわたり日本国防衛の要(かなめ)の地でもありました。
元々、鬼!とも呼ばれた神だけあって神々の中でも力もエナジーも大きく、
それでそんな役回りであったとも思うのですが、
それがいろいろなところで疎まれてしまう様なことも多くあったり。
神とは言え決して順風満帆な神様ライフを送っていたわけではなかった様なのです。
特に神になったばかりの頃は色々なことであちこち飛び回ってもいて。
海外で地震があった時なども援護に駆けつけていたり、
奈良公園のあまりにマトマラナイ鹿の世話や守護をしていた時期も長くあったりもした様です。
それは神とは思えないくらい地味できつい役割でもあったようですが、
それでも唐津の神は、最後、
海外の神々からも鹿さん達からも一目置かれるくらいになるまで勤め上げました。
さらには、住吉三神の一柱が消えてしまった時に、
その穴を埋めるべく兼務をしたりもしていて。
その兼務は今も続いてはいるのですが、
カラツの神というのはそんな色々なことを経てトップに駆け上がっていった神様なのです。
いわば、庶民の代表としての神といいましょうか。
空海さんとは全く違うタイプの神様なのですが、
共通点は異例のスピードでトップに座った神であるということでしょうか。
そして、そんな唐津の神様曰く......



==========================================
私はuzmetが好きです。
キンピラ(ライスバーガー)もいつも食べてくれますね。



変わらない愛の人なのでねーさんさんもuzmetと話している時は楽しそうです。
世界広しと言えど、なかなかないことですよ。
今日はuzmetさんと一緒に(元伊勢に)行ってくださいね。

uzmetは、私のことがわかってくれました。「回る気」です。
uzmetには、私のタマを渡しました。 疲れ(=憑かれ)が取れると思います。

uzmetはうわついていないです。
ねーさんさんを助けてくれるからです。
私はねーさんさんが大好きですから、uzmetも大好きです。

変わらない愛のタマを渡しました。
永久保存だと言ってください。

タマはuzmetの心臓に入っています。
疲れ(=憑かれ)が取れると思いますよ。
ツカレはケガレからきています。人はケガレを持っていますからね。
食べたら出すもケガレですから。
本人というより、回りの人のケガレ(=気枯れ=穢れ=汚れ)ですね。
浄化していきます。

uzmetは手を振っていましたね。
パワーのある人が、ツカのことをわかってくれると、神達は喜ぶと思います。

フセの神とイラサトの神も待っていると伝えてください。
唐津神社で待っています。

uzmet は、私がいる唐津神社に来てくれました。
私は、唐津神社の酒呑童子の兜にずっといたのです。
私は、死が別つまで二人(ねーさんと僕さん)を守りますよ。

霊能は、使い方を間違えると、悪い気を呼びます。
悪い気は、増殖して病気になりますよ。
自分の考えが入ってしまうと、人は金に繋げようとします。
金に繋げると、欲にかられるので、霊能は、どんどんなくなります。
それが、神には許せないので、代々に影響するのです。
霊能は、ひとつの能力で、金に代わるものではありません。
==========================================



思えばこの時から、これまで以上に、
神々の用事でアチコチを飛び回るということが激増しました。
——————続きます。


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織部な唐津の酒呑童子 6

2019-04-18 00:04:53 | 面白い...パワスポ寺社
そんな辺り一帯には、現実感の消失した嘘のように静かな時が漂っていました。
——————続きます。




しばらくすると、
静かに両手を合わせて佇んでいた僕の周りに突然の突風が吹いてきました。
それはいわゆる「つむじ風」の様な風で、辺りをグルグルと激しく吹き囲み、
渦を巻いた気流はそのまま塚から真上の空の方へと立ち昇っていきました。
塚に鬱蒼と茂る木々もワサワサと大きく揺れて、
僕はかなり驚きながら、自然と



「わぁー、わぁーーー、、、あわわわわぁぁーーーーっ!?なんだこれーぇぇーーっ!?」



などと大声を上げていました。
このことは、この時リアルタイムで電話を繋いでいたねーさんから、
笑われながらかなりの突っ込みをされていたので、
相当情けない叫び声だったということだけは確かだと思われます。ハイ。
しかし、それくらい!
大声を出してしまうくらい!
この時の突風はすごくて。
しかもそれが鬱蒼とした森の中で塚の上にだけ吹いて来るのです。
普通はマズ信じてもらえない話だと思いますが、であるならば、
きっと僕はそんな白昼夢を見ていたのかもしれません。

そして、そんな回る突風の中で更に驚くことが起きたのですが、それは、
僕が風の真ん中で奇跡を感じ慄いて(おののいて)いる最中に、今度は!
自分の喉元に何か?
強力な力の玉みたいなものが?
外側からグン!と食い込んできて、
僕は一瞬息を詰まらせ、しかし、咳をすることも出来ず。
そのままその喉に入り込んできたナニモノか!?を必死にこらえ、
とにかくやり過ごそうとしていました。
しかしその力強いエネルギーの玉のようなものはそのまま僕の喉ぼとけ?甲状腺?
の辺りに入り込ん来て、気持ちの悪いことに!?
喉奥でグングンと広がっていきます。
すると、今度は口の中が何かとてもゴワゴワ......としてきて、
そうして僕は初めて少し咳込みました。
咳込むと、そのゴワゴワは口からまた喉元の方に戻って行って、
そこから更に体の中へと降りていき......
その感触はフワッと......胸のあたりで消えていきました。

それらのことは全て強烈なつむじ風が吹きすさぶ最中に起きていて、
つむじ風が木立の間から天に向かい抜けて行ったのと同時に、
喉から突然入って来たモノの違和感も消えていきました。
そして、そんな一連の出来事が収まると、僕はなにがなんだか?さっぱりわからない、
まさに狐につままれたかの様なキョトンとした状態になっていて。
気がつけば呆然として塚の前に佇んでいました。
やがて、フト、我に返った僕は柵の手前に置いていたスマホを手に取り、
この様子を電話越しに終始聞いていたであろうねーさんに今一度話しかけました......



「あ、も、もしもし!?き、きこえてた!?
ちょ、ちょっと、、、かなりヤバイんですけど、、、
つーか、なにがなんだか、、、
カラツさんの言っていたとおり、確かに回ってたよ。風が。ぐるぐると。。

「聞こえたよー。なんか叫んでたねー(^^)キャハハハハハーーー」

「風がすごかったからさ、聞こえたでしょ?風の音も。。
でさ、あのさ、なんか喉から入って来たんだよ。よくわかんないけど。
何か飛び込んできた。口に、じゃなくてさ!喉に直接!なんだよ。
なんだろか?よー分からん!!」

「えーーー!?ほんとー!?すごいねー。キャハハハハーーーッ」



この日、僕は東京に戻らなければいけなくて、
この後は電話から聞こて来るねーさんの高笑いに送られながらそそくさと首塚を出て、
一気に京都駅まで行き、そこから新幹線で帰りました。
そして、このお話の中で、僕にとって本当に不思議で印象深かったことというのは、
実のところ東京に戻ってから起きた出来事なのです。
それは、数年経った今もこの体に明瞭に刻まれていることでもあるのです。
——————もう少しだけ、続きます。



カラツの神はなぜか?モスバーガーが好きなのです。
鬼だったのに、ね。(^^)


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織部な唐津の酒呑童子 5

2019-04-14 00:30:30 | 面白い...パワスポ寺社
今に伝わる酒呑童子のお話は、こんなことがベースとなって形成されて来ていると。
カラツの神はそんなことを話してくれていたのです。
——————続きます。




そんなカラツの神の話を思い起こしながら、
僕は老ノ坂にある「首塚大明神」へと向かいました。
首塚へと向かう道は鬱蒼とした森の中にあって、途中、ゴミの不法投棄も散見されました。
投棄もされるような場所なので、昼間でも人っ子一人見当たらず、薄気味悪さも満点。

「やはり、来ない方がよかったかな......」

と、昔、頼光さん達に連れられて来た検め人(あらためにん)の気持ちも
よくわかる瞬間もありましたが、イザ着いてみると、
首塚のところだけは少し開けた空間となっていて、
キラキラとした木漏れ日も差し込み、意外にも明るい雰囲気でした。



塚の辺りには、そこだけ、
脅しの効いた、異様に大きい木々が門番のように立っていました。







「なるほど。確かにすごい地の力だ......悪い気は、しない、な......」

僕はそう呟きながら、深い森の中に突然現れた小高い塚の前に佇む鳥居をくぐり、
塚の上を螺旋を描くようにして作られている参道を歩き出しました。
参道を歩くとすぐに気がついたのですが、
途中までの無法地帯的な森の様相とは違い、この塚だけは明らかに誰かが?
地元の方々が?大事に掃除も管理もしている様で。
塚の周囲には金網も張り巡らされ、清廉に守られていました。
僕は意外にも心地よいそんな参道から、ねーさんに到着のメールを送りました。
実はここに来る前、カラツの神からは、

「この塚へはねーさんと一緒に来て欲しい」

とも言われていたのです。
勿論、この時のねーさんは横浜の方のいたので、ソレは「気持ち」の話ではありますが、
メールをするとすぐに電話がかかって来て、
僕は彼女と電話で話しながら塚の参道を登って行きました。
そしてこの時、にわかに信じられないことが起こったのですが、それは、
参道脇の背の高い草々がグルグルと、まるで狂ったかのように!?
激しく円を描くようにして回り出したのです。
それも、僕が歩いていくのに合わせて!?
塚の下から上へと順々に回る草々も移動して来るのです。
この様子は電話で話していたねーさんにも実況中継をしていたのですが、
実はスマホの動画も残っていたりもしまして......ただ、今見てもあまりに衝撃的な!?
映像なのでちょっと公には出来ない感じでもあり......( ̄ー ̄;)ウーン...
でも、その様子を表現してみれば上記した通りではあるのです。
カラツの神の言っていた「回る力」というか、上昇気流というか、なんというか......
そんな草花がグルグルと回りまくる、
不思議な気力に満ちた参道を通って僕は塚の頂上に着きました。
頂上にある社(やしろ)の前に立つと、ねーさんとの電話は繋げたまま本殿の前に置き。
静かに礼をして、手を合わせ、挨拶も交わし、もう一度電話をピックアップして、
ねーさんからはそのままカラツの神のガイドをもらいつつ、
僕は犬の首が埋まっている塚があるという社(やしろ)の裏の方へと回り込んでみました。



果たして、社の裏には本当にこんもりと小さく盛り上がった塚がありました。
塚の上には石礫(いしつぶて)や割れた鬼瓦?などが無造作に積み上げてあります。
ここで一つ明記しておきたいのは、この時、この地には、
首塚恐怖症!?であった僕は初めて足を踏み入れたのであって、
塚の細かい様子に関しては全くもって何も知らず。
ビジュアル的な予備知識なども殆ど無いまま来ていたのです。
ソレは電話の先にいたねーさんにしてもそうであって。
ましてや、本殿の裏にこんな塚があるなんていうことは知る由もなく。
そもそもその社(やしろ)裏の塚は社の前に立ってもまったく見えていない状態で。
イソイソと社の横を通り、わざわざ後ろに回り込み、
そうして初めて裏にそんな小さな塚があることがわかるのです。
さらにこの時、ねーさんは

「塚の上に岩がある」

と、この場所に来る前から明確に言っていて。じっとその塚を見てみると、
こんもりと盛り上がった土の上に積まれてる沢山の石や瓦のカケラの奥下の方に、
埋もれる様にして、なんと!確かに岩もあったのです。
ソレは決して大きなものではありませんでしたが、
沢山の石礫(イシツブテ)の中に混じる様にしてあったのです。



「さて、岩もあるね......奥に。
どうすればいい?祝詞とか?いるのかな?」

「ちょっと待ってね、、聞いてみる、、、
うーーんと、ただその塚の前で静かに立ってればいいって。そう言ってる。

「そう。じゃぁ、手を合わせて静かにしてみるよ。
電話は繋いでおくわ。唐津さんが言うように」



そうして僕は、大きな塚の頂上にポツンと置かれた社(やしろ)の、
そのまた後ろにある小さな盛土の前で背筋を伸ばし、静かに佇み、
心を研ぎ澄まして手を合わせてみたのです。
塚の側に置いたスマートフォンは先ほどと同様、
そのまま横浜にいるねーさんと繋がっています。
そしてこの時、気がつくと、あれだけビビっていた!?
自分の首塚に対する恐れは嘘のように綺麗に消え去っていました。
目の前には、森の深さを際立たせるような幾筋もの細い木漏れ日がキラキラと、
まるで白糸の滝の様に小さな石の塚の上に差し込んでいて。
両手を胸の前で合わせながら光源である真上の方を見上げてみれば、
そこには彼方の世界に繋がる錯覚が起きてしまう様な、
真っ青な、穴のような空がありました。
そんな辺り一帯には、現実感の消失した嘘のように静かな時が漂っていました。
——————続きます。


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織部な唐津の酒呑童子 4

2019-04-10 00:27:40 | 面白い...パワスポ寺社
「......アノ話の真偽?真相?とかも、行けば全て分かるだろ。この体で。
体感と経験が全てだ。俺にとってはソレが一番大事なことだ。ま、行ったるわ!」



僕はそんなコトを思いながら首塚へと車をドライブしていきました。
—————続きます(^ν^)




老ノ坂の「首塚大明神」に向かうことになるより前、
カラツの神が話していた酒呑童子(しゅてんどうじ)の物語とは、
大筋においては伝承通りの話ではありましたが、
その内実はこれまで全く聞いたことのないものでした。しかしそれは、

「本当のところは、この通りなのだろうな、、、」

と、素直に感じられてしまうような物語でもあって、
個人的には強く感銘も受け、少々ホロリともしてしまう話でもありました。
以下には、カラツの神が語ったソノ物語を、
冷静なるプリリンねーさんが降ろした言葉で記し残しておきます。
少しだけ事前に補足をしておきたいことは、
カラツの神曰く、酒呑童子とはカラツの神自身のことであって。
カラツの神がこの世界に生まれ降りていた幾つかの生の内の一つであったのだと。
そして、カラツの神が酒呑童子として過ごしていた時代......平安時代というのは、
舞台や映画や小説、漫画などで描かれている様な煌びやかで華やかな貴族社会があった反面、
その実態は教科書などでもあまり書かれることの無い、
ひどく搾取的で悲惨な社会でもあった様なのです。
天候の不順さや自然災害も多く。それらを因とした作物の実りもとても不安定で。
それでも権力者達の搾取は厳しく。
農業を中心とする市井に暮らす多くの人々は普通に食べていくことすらも難しく、
常に飢えや病気や貧困などに向かい合いながら
必死に生きていかなければならない時代だったのだと。
人々は自分の子供すらも食べさせていくことが出来ずに、
まさに「食いぶちを減らす」ための子捨てなどが
当たり前の様に行われていた時代でもあった、と。
そして、そんな中、自分達が住んでいた場所は丹波の大江山の方だった......と、
カラツの神は、先ずはそんなことから話を始めてくれたのでした。



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私は生まれた時は悪い子供でした。
白毫寺(びゃくごうじ、奈良県)の住職の子供だったのです。
白毫寺は山の上でしたね。
閻魔大王は、私が悪い子だったので、変わってほしいと住職が奉ったのです。

変わらなかったのは、庶民の生活です。
子供は生まれると捨てられていました。
私は、ついに我慢が出来なくて、子供達だけの集団を作ったのです。
子供と言っても死なない程度にしていたので、いつも飢えていました。
貴族は優雅に暮らしていたので、盗めるものは盗んで生活していました。
貴族の子供は拐った(さらった)わけではないですよ。
楽しそうだから、パワーがもらえるからと集まって来たのです。
中には援助してくれる貴族もいました。
それがだんだん大きくなって、大人達は困ってしまったのです。
それで、大江山には鬼がいるとか、子供が拐われたとか言うようになりました。
私は集団の頭だったので、一番の悪者と言われていましたが、
やっと生きていたのです。

問題が大きくなったので帝(みかど)の命令で、
酒呑童子の討伐隊が組まれました。
それが、源頼光(みなもとのらいこう)が率いる
頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武)だったのです。

らいこう様は、私達の成敗に来ましたが、私達の話を聞きに来てくれたのです。
らいこう様に言われて私は集団を無くすことにしましたが、
私の首がないと帝(みかど)も納得しないので、犬の首を持って行きました。
犬の首は都の近くで動かなくなったといって首塚も作っていました。
私は、らいこう様が好きになり、仏門に入って修行をしました。

らいこう様はいい人でした。
私達を守ってくれたので、私はらいこう様のような大人になりたいと思いました。
「つな(渡辺綱)」も好きですよ。
「きんとき(坂田金時)」も、みんないい人でした。



フジワラの話です。
私は、大江山にいた酒呑童子でした。
その頃の都はフジワラの天下でした。
帝(みかど)は名ばかりで、いるだけでした。
せーーーーいーーーーかーーーつーーーーの為に、人々は苦しんでいました。
子供は、捨てられていました。
私は白毫寺(びゃくごうじ)を追い出されたので、大江山に暮らしていました。
私は、体が大きかったので、沢山食べたからです。

大江山には、子供達が集まってきました。
貴族の子供達もいましたよ。
それほど、人々は困っていたのです。
だから、変わらないということです。

食糧の確保の話ですよ。
ウガヤフキアエズの王朝も、それで滅びました。
茨城にも行くのですか?
ミカボシの神も同じでしたよ。
星のカガセオです。
未来がくるのは、固めないといけないのです。
待っているので、行ってくださいね。



ツカは魂を助けるところです。ツカがあれば助かるのです。
ツカとは、「海の下」とか「海の家」と書くのです。
スサノオノミコトの下という意味です。
悪いことが起きないように立てた物です。



今まで、酒呑童子の話を正確に聞いてくれた人はいなかったのです。
首塚にあるのは、犬の首だということも、わかった人はいなかったです。
uzmetもわかってくれたから、大好きですよ。
変わらないでいてくださいね。



老ノ坂のは、私のツカなのです。
ツカは人が来ると乱れるので、人が来ないようにしています。



信玄(武田信玄)と戦った謙信(上杉謙信)は私でした。
私はいつも、日本の歴史の中にいました。
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カラツの神によると、
老ノ坂の首塚には頼光さん達が切った犬の首が埋まっているらしいのですが、
その犬はかなり大型のものを選んでいたとのことで。

「京の都に不浄なものを入れるな!
と峠の道祖神が言ったきり首がその場から動かなくなった」

という頼光さんの報告を聞いた帝(みかど)は、
その首の確認を側近の者に言いつけたのだそうです。
頼光さん達はその者を連れて首塚に向かったのだそうですが、
その道中、頼光さん達は

「如何に鬼が恐ろしかったか、、」
「首塚は恐ろしいところで、本当はあなたを連れて行きたくは無いのだ、、」

などと、怖い話をその同行者に散々聞かせ。
しかも、塚を作った場所は薄暗い峠の、かなり不気味な場所でもあったので、
検め人(あらためにん)は相当ビビりまくった状態で塚に辿り着いたのだそうです。
塚に着くと頼光さん達は

「まともに見ると祟られますから......」
「また牙を向いて襲いかかってくるかもしれませんし......」
「とにかく気をつけてくださいね......」

とかなんとかダメ押し的に言いながら塚の土を掘り起こし、
その掘り起こしたところは、
ちょうど犬のただれた口と牙がむき出しになって見えるトコロにしたらしく、
土から現れたその異様な牙やそこに絡みつく長い体毛を見た検め人は、その瞬間!
飛び上がる様にして驚き、おののき、腰を抜かした?らしく。そのまま

「もう十分です!わかりました!」

と、都に戻り。帝には

「確かに鬼でした!」
「恐ろしい牙でした!」

と、首がどれほど恐ろしいモノだったかを力説して伝えたのだそうです。
今に伝わる酒呑童子のお話は、こんなことがベースとなって形成されて来ていると。
カラツの神はそんなことを話してくれていたのです。
—————続きます。


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コメント

織部な唐津の酒呑童子 3

2019-04-06 00:14:57 | 面白い...パワスポ寺社
勿論、時と場合と人にもよるとは思いますが、
その「悪い気はしない」ということの理由こそが、
この場所に僕が踏み込むことになってしまった理由でもあり、
唐津の神(カラツの神)から聞いた真の!?新の!?
酒呑童子の物語だったのです。
それは、これまで一度も語られたことのない、
聞いたこともない酒呑童子の物語でした。
続きます(^^)






もう数年前の話となりますが、トアル用事で、
僕は京都、福知山市大江町にある「豊受大神社(とゆけだいじんじゃ)」と、
「皇大神社(こうたいじんじゃ)」「天岩戸神社(ああめのいわとじんじゃ)」
を訪れていました。これらの神社は、
現在の伊勢神宮の元宮であるとの伝承から元伊勢とも元伊勢三社とも、
元伊勢皇大神宮とも、元伊勢内宮皇大神宮とも、
元伊勢外宮や元伊勢外宮皇大神宮などとも言われているような場所です。









この地のことは、またいつか記したいと思いますが......









この神社のある大江町は、前回記した通り、
酒呑童子伝説の鬼達が棲んでいたと伝わる地の一つ「大江山」のある地であって、
そんな場所を車でグルグルとしていた帰り道、
もう少し走れば京都の街へ入ろうかという、そんなところで、例によって!?例のごとく?
突然、僕の頭に天からの言葉が舞い降りて来たのでした.......
そのヒラメキ的な言葉が浮かんだ場所というのが......そう、なのです......アノ、
酒呑童子の首を埋めた場所と伝わる「老ノ坂峠」に差し掛かかろうかという辺りで。



「首塚へ寄ってみてくれ、、」



と。そんな感じの言葉が頭に響いて来たのです。
しかし、しかし!そんな!京都府民からも恐れられる心霊現象多発の場所になんて!



「ぜーーーーーーーーったいにイヤだ!
こりわなにかの間違いに違いない!
ぜーーーーたい!こんなのわ気のせいだぁぁあーーーーーっ!」



と、無言で叫びまくりながらも、しかし、もし本当に!?
自分が行くべき何事かがソコにあるのだとしたら、
それを無視するとなるとそれもまた神様を裏切ってしまうことにもなるだろうし......
などとしばし悩みつつ、



「そーか。こういう時はねーさんに聞いてみよか。そだそだ。そーしよ。」



と、僕は



「ソコは別に行かなくてもいいって言ってるよー(^ν^)キャハハハハー♪」



などと言われることを大前提!とした質問をメールでしてみることにしました。
すると!
そんなことを思った瞬間!
またまた驚くことに!
そのおねーさまの方から突然の電話がかかって来て......
実はこの日、彼女には僕が京都の山奥をグルグルしているということは話していて、
道中も何度か連絡をとりあったりしていたのです。が、しかし、
首塚峠越えのマサカのタイミングでの電話というのは、
まぁ、いつものことではありますが、やはり驚くという以外はなく。
僕はそんな驚きと若干の不安を!?抱えながら電話を取りました......



「あ、ねーさん?どーもー。。
まったく、このタイミングで電話とかもらうとかなりビビっちゃうんですけども。ええ。
ホントに。できればタイミングは考えてもらいたく。ええ。ええ。
チビッたパンツの替えとか持って無いんすよ。いつも。
モスバーガーちうですし。ええ。
で?なんですの?またどっか行った方がいいところなぞがあるんですの?
このタイミングだと、まさかの!?すぐ近くにある酒呑童子の首塚とか!?」



と、そんな感じの会話で。
そして、ねーさんから返って来た言葉というのが......



「うーん、、、今、カラツの神が言ってきてるのよぉ、、
とにかくそのまま伝えるね......
——————カラツの神です。
犬の首を埋めた首塚は近くにあります。
私は岩の上にいると言ってください。待っています————————
だって」



「だって!?だって!?とかポップに言っちゃってんの!?マジ!?
ソレはアノ!?首塚のことなの?峠の?恐ろしいという噂の?心霊スポット的な?とこ?」



と、僕は心でそんなことを呟きながら、ふーーん、、、などと言いつつ電話を切って。
その直後にもう一度、ビビりながらこんなメールをしたのです。
フォルダに残っているその時のやり取りをそのまま載せると......



「老ノ坂の首塚大明神て、京都有数の心霊スポットって書いてあるんだけど、、、
行くと呪われる!とかって.....マジダイジョーブなの?
カラツさん!?
こわひよー(; ̄ェ ̄)ダイジョーブ?」



「私は岩の上にいると言ってください。待っています。
岩には私がいて、疲れたUzmetに力を与えるからと言ってください。
自然の力ですよ。つまり “回る気” です。

——————Uzmetさんは、行っても大丈夫か心配しています。

大丈夫ですよ。
あまり、人が来ないようにしているのです。
人がが来ると、”回る気” が出来ないのです。

——————だって」



「だって!?だって!?とかピースフルに言っちゃってんの!?また!マジか!?」



.......と、このメールを受けた僕はまたもやそんなことをココロの中で叫びつつ、
ここはひとつ、いつも正確なねーさんの預かる言葉と、以前、
僕を強烈な「牛の呪(しゅ)」から救ってくれた
トンデモナイ力を持つ唐津の神様のことを信じて、

心霊スポットとして名高い、
老の坂峠(おいのさかとうげ)にある恐怖の「首塚大明神」を目指すことにしたのでした。
しかし、以前も記していた通り、
僕は「首塚」と名がつく場所ではあまり良い思い出が無く。
とにかくそのことが一番気になっていて、かなーりビビってもいたのです。
ただ、初めて聞いた「回る力」なる言葉への興味や期待の様なものも
ジワジワと膨らんできてもいて。そのせいか?
首塚までの道のりは思ったよりも軽やかな心で進むことが出来ました。
そんな道中で思い出していたのは、
以前よりカラツの神から聞かされていた酒呑童子の「真の」物語。
「犬の首」なる言葉もそのカラツの神の語ってくれた話に出てくるものであって......



「......アノ話の真偽?真相?とかも、行けば全て分かるだろ。この体で。
体感と経験が全てだ。俺にとってはソレが一番大事なことだ。ま、行ったるわ!」



僕はそんなコトを思いながら首塚へと車をドライブしていきました。
—————続きます(^ν^)


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