雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

かの子さん

2016-03-28 00:01:13 | 感動
「この誇りを亡き一平とともにかの子に捧ぐ 太郎」



東京、世田谷区と、神奈川県川崎市との間をゆったりと流れる多摩川。
そこに掛かる大きな橋のほど近くにヒッソリと建っているこの独創的なオブジェの元には、
そんな文字が刻まれていました。



オブジェのタイトルは「誇り」
「太郎」とはこのオブジェの作者、言わずと知れた芸術家、岡本太郎さん。
「一平」とは、岡本太郎さんの父。
そして「かの子」とは、岡本太郎さんの母の名前。

このオブジェは岡本太郎さんが亡き母を想い、
母の生家のあった地に建てたものでした。

一見、何をイメージしているのかよくわからないような造形は、しかし、
その存在に気づいた瞬間、
他の岡本太郎作品と同様に見るものの心をザワメキ立たせ、そして、
月の様な、太陽の様な、不可視なる引力で作品に繋ぎ込まれてしまいます。
間近で目にすると、有機的で不可思議で、強く、妖艶な肢体。
真っ青な空に、
螺旋を描きながら勢いよく昇りゆこうとする真っ白な生き物のよう。
それは僕には鶴のようにも、蛇のようにも、油皿に灯る炎の柱の様にも見えました。
「こんな近所にあったのに......ちゃんと見たことは無かったんだなぁ......」
よく晴れた日の午後、僕はそんなことを思いながら、
しばし時を忘れ、このオブジェの元に佇んでいました。
ただジッ......と、見入ってしまいました。

どれだけ多くの人が知っているのかはわかりませんが、
岡本太郎さんのお母さんというのは優れた文筆家だったのだそうです。
実は、僕は彼女のベストセレクション的な短編集の文庫本を一冊だけ持っていたのですが、
買ったきりナカナカ読む事ができず、書棚の「まだ読んでいない本コーナー」に
多くの本とともにしばらく雑然と積み置いていました。



「岡本かの子 1889 - 1939」
少し前に、初めてオブジェをマジマジと見に行った後、
僕は未読のまま放置していた「かの子さん」の本を改めて書棚から取り出し、
そしてしばらくの間、時間をかけてゆっくりと読んでみました。
かの子さんの文章は昔の言葉遣いや文体のせいもあって、
読むのに少々苦労する......という部分もありました。が、しかし、
読み始めてすぐにわかったのはその表現力の異様なる高さ。孤高さ。
ちょっと......イヤ、かなり......圧倒されました。

「こんなスゲー人だったのか。。なんでもっと早く読んでなかったんだろ。。」

それが僕の最初の印象。
艶やかで惚れ惚れする圧巻の言葉センス。描写力。
そしてそんな言の葉が組み合わされ、紡がれる文章が放つ不思議な色香と、激しさ。
ページから色めき立って来る様な光、空気。。
とても感動させてもらいました。



【渾沌未分=こんとんみぶん】より―――――――――――――
こせこせしたものは一切投げ捨ててしまえ。
生まれたてのほやほやの人間になってしまえ。
向かうものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、
向かうものが事情なら、これ以上割り切れない種子のとことに詰め寄って、
掛け値なしの一騎打ちの勝負をしよう。
この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。
決して打算をしてはいけない。
自分の一切を賽(さい)にして、投げてみるだけだ。
そこから本当に再び立ち上げれる大丈夫な命が見付かって来よう。
今、なんにも惜しむな。
今、自分の持ち合わせ全部をみんな投げ捨てろ。一切合財を投げ棄てろ。



【金魚撩乱=きんぎょりょうらん】より―――――――――――
「意識して求める方向に求めるものを得ず、
思い捨てて放擲(ほうてき)した過去や思わぬ岐路から、
突兀(とつこつ)として与えられる人生の不思議さ」が、
復一の心の底を閃いて通った時、
一度沈みかけてまた水面に浮き出してきた美魚が、
その房々とした尾鰭(おひれ)をまた完全に展(ひら)いて見せると
星を宿したようなつぶらな眼も球のような口許も、はっきり復一に真向かった。
「ああ、真佐子にも、神魚鬘之図にも似てない......それよりも......それよりも......
もっと美しい金魚だ、金魚だ」



【河明かり】より―――――――――――――――
「川を遡るときは、人間をだんだん孤独にして行きますが、
川を下って行くと、人間は連れを欲し、複数を欲してくるものです」



【雛妓=すうぎ】より―――――――――――――
奥様のあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼に
お餞別(せんべつ)しようかと考えました。
わたくしは泣く泣くお雛妓(すうぎ)のときのあの懐かしい名前を奥様にお返し申し、
それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥様に差し上げて、
幾久しく奥様のお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。
ただ一つ永久のお訣れに、わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、
呼ばして頂きとうございます。
それでは呼ばせていただきます。
おかあさま、おかあさま、おかあさま―――   むかし雛妓のかの子より



岡本太郎さんの作品と人生、哲学に、
この母親「かの子」さんの存在がどれほど大きな影響を与えていたのか、
息子としていかに母を慕っていたのか......それが、とても良く解る作品群でした。
彼女なくして、岡本太郎の才能は開かなかったのだと思います。
そして、母、かの子さんの文筆家としての才能は、
息子太郎をも驚かせ、敬愛されていたことも良くわかります。

巻末には「太郎への手紙」と題された、
芸術家を志し、一人フランス、パリへ留学していた息子との手紙のやり取りが
幾つかまとめて載せられています。
ヨーロッパへの留学なんて、当時は今よりもっと貴重な事であったハズで、
経済的にとても苦しい暮らしを強いられていた中、
なけなしのお金をはたいて一人息子を修行に旅立たせた母「かの子」の想いが、
僕の胸を打ちます。



むす子はこのごろどう暮らしているの。
私はゆうべからすこしメランコリックになって泣いてばかりいるのよ。
慰めにってみんなが活動へ連れて行くところなの、
むす子のおばあさんである私の母をおもい出すのよ。
武蔵野のね、野菜の浄(きよ)らかに育つ処のね。
死んだお母さんを思い出すのよ。
だってむす子はどうせパリジャンだし私は追憶ぐらいしなきゃつまんないもの。



夏のはじめ来られるかい?



いい手紙をもらった。
まるっきりこの手紙をもらうためにお前を育てたと思われるほどいい手紙だ。
これは子が母へ対しての、
そして人間が人間へ対しての最もいい好意と同情と愛情のこもった手紙です。
静ですよ、私の世界は今、そしてこの静けさの底にシンと落付いている力がある―――



誰も太郎さんはと聞くよ。
ぐっと胸がつまるのでそれに反抗して反身(そりみ)になっちまうよ。
涙が出るから気どってごまかして、どうもかえりませんのでと前おきするよ。
そのあとの説明は推察しなさい。
パパおとなしいよ。いい子だよわり合いに、お前の事考えて時々ぼんやりしてるよ。
そして二人でとしよりみたいに子の無いことの愚痴を云うよ。察しなさいよ。



えらくなんかならなくてもいい、と私情では思う。
しかし、やっぱりえらくなるといいと思う。
えらくならしてやりたいとおもう。
えらくなくてはおいしいものもたべられないし、つまらぬ奴にはいばられるし、
こんな世の中、えらくならなくてもいいような世の中だから
どうせつまらない世の中だからえらくなって暮らす方がいいと思う。
あんたやっぱり画(え)かきになりなさい。画(え)と定めて今から専念しなさい。
年とるばかりだから。
俳優もだめ。音楽家というわけでも無かろうし―――ならばやっぱり画に専念しなさい。
でもね、この料簡(りょうけん)を一応持つと同時にまたほかの方面への関心を
自分に宛ててみて生活をするのもよろしかろう。



同じ芸術をやっている以上迷いの苦しみがよく分かれば分かるほど、
こちらも聞きながら苦しい。だが私は思うのよ。
製作の発表の場所を与えられれば迷いながらも一つの仕事を完成する、
そして世に問うてみ、自分に問うてみ、
また次の計劃(けいかく)がその仕事を土台にして生まれる。



タロどの
お前が展覧会へ出すについておとうさんおおよろこびですよ。



私ね。あんたのために今までことわってた仏教の雑誌に書くわ。
あんたに教えるためにと思って、あんたに読ませるために。



タロへ
大変な世の中になっちまったわねぇ。
お前もさぞびんぼうして苦しかろうけども、
こちらもね、それはそれはひっぱくした世の中なのよ。
私なんかかえってからたった単衣(ひとえ)のもめんを一反買ったぐらいで
出来るだけけんやくしているのよ。



ニセガネツカイ(贋金使い)の作者はりこうだがりこうが鼻につく、
理智の筆先はうまい。だがローレンスは永遠につながる詠嘆と詩がある。
エロはあの人の体質の予映にすぎない、
そんなところばかりめにつけてるのは安価なスケベイ人だ。
その奥のものを見よ。感ぜよ。



感情的でなしに必要以上にもお前に逢っていみたい。
お前のこの後の生活の方針についても話してみたい。
それにしてもお金がなければ、お金がほしいと思う。



この次の小説集はお前の画でかざりたいとおもってます。



オサケ。あんまり呑むと血圧が高くなるから養生して長生きしておくれよね。
太郎はなんと愛らしき太郎であるよ。しかも尊敬すべき太郎である事よ。
わが子ながら時々芸術では師のようにさえ感ずる。
立派な芸術家をたった一人子に持てる女性のほこりとよろこびと
幸福をしみじみ感じる。



―――――――――読んでいて、僕は、自然と涙が溢れてきました。



うつし世を 夢幻(ゆめまぼろし)とおもへども 
百合(ゆり)あかあかと 咲きにけるかな    ――――岡本かの子



かの子さんのところに行く時に、ちょっとオブジェに波長を合わせてみたところ、
「私、赤ワインが飲みたいわ。。」
という言葉を感じたので、僕はこの時、ワイングラスと赤ワインを持って出かけました。
プリリンなねーさんもワザワザ横浜から駆けつけてくれて、
見ると彼女は手に紫と白の花束を持っていました。
高貴さと純粋さが合わさるような花束。
それらを日本を代表する建築家の丹下健三さんが造った美しい台座の下にある大きな石に捧げ、
僕らはしばし静かな時を過ごしました。
かの子さんは少々、ホロ酔いの午後だった様に思います(^^)


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ほっ...(´。` ) =3

2016-03-24 00:07:04 | 美味しい...珈琲
ドトールが好きなのです。
あとは、いわゆるUCCのコーヒーチェーンさんである上島珈琲店。

最近、しばらくドトールカフェのない国に行っていて、それで帰ってきたら、
一番最初に行きたくなったお店がなんだかドトールさん!だったのです。
帰国して真っ先に駆け込んで、
それで、おきまりの「アイスラテのM」を頼んで飲んだ時には、
なんだか家に帰ったような?安堵感を覚えてしまったのです。とてもホッとした感じ。
ハワイ島に拠点を置くこの二店舗さんでも、扱う豆の全てがハワイのもの......
というワケでは無いと思いますが、それでも、

「味覚のモノサシがハワイ系だな......」

と感じられる珈琲店というのが僕はとても好きみたいなのです......

「ほっ...(´。` ) =3」

世界を席巻する緑色した女神様のコーヒーチェーンの味や、
「いらっしゃいませーーー、こんぶりおーっ!」
などと言われるTから始まるチェーンさんなどの味は僕的にはあまりグッとこないのです。
でもサンマルクカフェのチョコクロさんやかき氷、
コメダ珈琲のシロノワール、チョコノワールコンビなどにわ
珈琲とは別にココロ惹かれてしまうのですが......
珈琲はどーしても、ドトールさんと上島さんの味がお好みなのです。

やっぱり、ハワイの海と風を感じられる味が好きなのです。

それと、ドトールさんや上島さんは値段がまた良心的だとも思うのです。
他の珈琲チェーンとは違い、直営の珈琲農園を持っていて、
豆自体のディストリビューターでもある......
なんてというところも他の珈琲チェーンズとはちょっと違う、
値段を抑えられる優位性なのかもしれませんが、
それでも、各所でコストを落とす努力というのは緑系やT系に比べても
かなり高いようにも感じています。

特に、ドトールさんでとても感心してしまったのは、
日本一土地の値段が高い銀座の一等地にある店舗で、
全てのメニューの値段が他の店舗より100円ぐらい高いということを見たとき。
ということは、
他店舗では立地条件によってかかるコストの値段反映を最低限に抑えているということで、
だからこの場所ではどうしても値段調整をせざるをえない......ということなのではないかと。
そんなところにもドトールさんには信頼感が持てるのです。
同じ銀座の店舗でも緑色の女神さんやTさんの値段は他と一緒ですし。


ドトールさん好きなのです。


上島珈琲店さんも好きなのです。


ドトールさんの系列店、
緑の女神さんに当てていったのであろう「エクセシオールカフェ」や、
コメダ珈琲店さんに当てていったと思われる「星野珈琲店」なども勿論、お好みな感じで。
それぞれがターゲッットしているライバル店舗チェーンの中では
やはり一際惹かれてしまうのです。
特にパスタを始めとするライトミールやスイーツも充実している「星野珈琲店」は
未だ店舗数はとても少ないのですが、今後注目のチェーンショップの様に思います。

コーヒー豆を物色しに時折訪れているハワイ島でも、
ドトールさんや上島珈琲さんの故郷にはとても興味があって、
幾度か訪れて物思いにふけっていたりしました。。
どちらの農園も聖なる山「マウナロア」の雄大な尾根の高台にあって、
農地としてもコナ地区の中でも最も良い場所を占めている農園ではないかと思います。
こちらはそのドトールさんの農園の中にある特別なプール&カフェ。





眼下にはプール越しに珈琲の母なるコナの海と街が広く見渡せます。
風も山も海も心地よく、爽快な場所なのです(^^)



農園の入り口はこんな感じで......





こちらは父なる山、マウナロア。



意味は「マウナ=山」「ロア=長い」だそうです。長い山。
地球上で最も体積が大きい!山なのだそうです。
だから富士山より全然高い山なのにとても平らに見えて、
珈琲豆のゆりかごとなる大地もとても広くて大きい。。
写真を撮ったこの場所も富士山の山頂ぐらいの高さのところ。
至高の珈琲豆が生まれるのにふさわしい大地のように思えます。



上島珈琲さんの農園はこちら。
ドトール農園のすぐそばにあります。
コーヒーハウスの中では珈琲エキスパートの方が色々とガイドをしてくれます(^^)





プリッと実るコーヒー豆さん。。



UCCさんでは選んだお気に入りの豆でオリジナル珈琲パッケージを作ることもできます。



写真はサンプルで飾られていたパッケージ。
僕は作ったことはありませんが、結構作っている方々を見かけます。人気みたいっす。
農園の中には野生の七面鳥がたくさん。
いわゆる「ワイルド・ターキー」です。



野生のターキーは丈夫で硬い体なので食用には出来ないのだそうです。
「へぇぇ。。。そーなんだぁ。。」
っていう感じの話で。
こちらは、農園で珈琲の香ばしい香りを振りまくドトールの焙煎機さん。



やっぱり、コナコーヒーが大好きなのですね(^^)


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6th Street

2016-03-20 20:15:35 | 素敵
どどーん......とね。
ビッグなハンバーガーをほおばってるわけでやんすよ。
おなか減っちゃって。お太り様で。本場テキサスのハンバーガーでやんす。
「Eureka!」ってお店さんの「テキサスバーガー」ってヤツで。
お太り様で( ̄ー ̄)ええ。ええ。



アメリカ、テキサス州、オースティン。
なーーんにもないんす。ここ。
海外ツアラー向けみたいなところは。マニアックすぎて。
遊びゴコロなんて微塵も湧かないのです。
ガイド本的なものも日本の本屋さんでは一切みつからなかったですし。
だからお仕事集中というわけなのです。
集中。しゅうちゅう。お仕事しゅうちゅう中。
残念。無念。。


でもいいトコなんすよ!(・ω・)ノ


気も散りませんし。ええ。
仕事で来るには絶好なところなのですな。


アメリカ人沢山いるし!(=゜ω゜)ノ


うちのあるスタッフさんなんか
「スチームライスとバターライス、どちらがいいですか?」
と聞かれた時に
「ミディアム!」
って答えてましたから。ええ。


イイトコなんすよ!(=゜ω゜)ノ


誤解なき様、もう一回記しておきますけど、
本当にとてーーーも良いところなのです。ホント。
犯罪発生率も全米で一番少ない街で、音楽と大学生の街。
皆が知ってる世界的企業の本社も目白押し。経済も自然も農産物も豊か。
そんなアメリカ的平穏と、ノビノビさんと、
湿気の少ない軽やかな空気さんとが、大きな丘とともに遠くまで連なっています。
夏の北海道、富良野あたりに突然高層ビル群がそびえているようなイメージですな。



まったくもってピースフルな地。


太るには絶好の場所ですな( ̄  ̄)b


......じゃなくて、
勉強と仕事向きなところなのですな。
アメリカの中南部に位置するのでメキシコ湾も近いし、
もともとはメキシコだった地だし。
朝晩冷え冷え、昼暑い。でも草木が茂ってコロラド川流れてる......みたいな。



それで牛さんもやたらと多いわけです。
アメリカンビーフさんが。あちこちに。
テキサスといったらカウボーイですし。ビッグなステーキですし。



じゅるり...( ̄¬ ̄*)



牛になっちゃうのですね。このままいくと。ええ。ええ。( ̄ー ̄)



さっきのスタッフさんなんか、
可愛らしいウェイトレスさんがわざわざヨーグルト用のスプーンをテーブルに残して
「食べ終わりましたか?お皿は下げますねー(^^)」
なんてやって来た時に、自分で皿と一緒にスプーンまで渡そうとしちゃって
「ヨーグルトはどーやって食べるのですか!?(^^)」
なんて言われて爆笑されてたし。
「こーやって食べるんです!!」
って苦し紛れに手を使わないで犬の様な食べ方して見せたら、さらに笑われたり。


ウケたんすよ!(=゜ω゜)ノ


でも、お仕事ですから。音楽もいっぱいで。
SXSW(South by Southwest = サウス・バイ・サウスウェスト)も開催中ですし。定番の。
広い街全部が音楽で埋もれまくってるのですな。ええ。ブクブクと。
ミナミホイール的に。(大阪人向け発言)
空港からしてギターでお出迎えなのでやんす。レスポール空港かっ!?てね。



街のコンビニですら、
二階の窓からクールな打ち込みトラックにのせたマイルス・ライクな
生トランペット&サックスを聴かされちゃうし。めっちゃうまいし。



路上ライブも百花騒乱。









「世界のライブミュージックの中心!」なんてのたまう天下の「6th Street」ですし。







ユーチューブのライブハウスもあるし。





パンドラやスポティファイのステージも。





VRヘッドマウントとかも。



ステイ中のホテル近くには
テキサスが誇る全米一大きなステートキャピタル(State Capital)とか。







星がたくさん。。



路地もなかなか。。





お仕事ですのよ!(=゜ω゜)ノ


お電話わ塩コショーぐらいの量にしてねっ☆


ぐちゃぐちゃになっちゃうの。


なんだか遠くに逃げたくなるの!(=゜ω゜)ノ


ひゅぅぅるぅりぃぃーーーららぁーー♪



僕のこの街のイメージはこの鳥さんなのです。
美しい樹木が沢山立ち並ぶ街のあちこちで、まるで「人の口笛」か、
「大きな笛の音」の様な中域のたっぷり詰まった声で朗々と歌っているのでやんす。
とても軽やかで美しい、ピースフルな響き。
この街でこの鳥の鳴き声が聞こえない場所はないのです。

この鳥さんの存在が音楽が集まってくる要因の様な気もしたりして......

とても可愛らしく、でも尾の長いクールなスタイルを持った鳥さんです。
最高です。この鳥さん。(^^)大好き。
なんて名前なんだろ?
あとで調べてみよーっと。


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鹿島徒然 3

2016-03-16 00:33:13 | 凄い...パワスポ寺社
ただ、
ここに関しても僕には1つ不思議に思っている史実があるのです。




記紀(古事記、日本書紀)を編纂する際に日本中から神社や人々に伝わる書物や由緒、
神話集や史書などが徹底的に集められたそうなのですが、
記紀が書き上げられた後、
それらの集められた書物は何処に行ったのか?未だにわからないのだそうです。

何処かに......あるとは思いますが......

しかも、いわゆる今に伝わる地方史書である「風土記=ふどき」というものは、
古事記の編纂(へんさん)が終わった直後に、
朝廷から全国各地にオーダーが出されてまとめられた......という書物なのです。
どれも古事記の完成後から733年ぐらいまでの間に、
日本書紀と一緒に「同時並行」するような形でまとめられています。



記紀との帳尻合わせが大変だったのか?......な!?(´・_・`)



そんな中、現在に残る風土記というのは全部で5冊のみ。
出雲国風土記(いずもこくふどき)、播磨国風土記、肥前国風土記、豊後国風土記、
そして鹿島の地、常陸国風土記(ひたちこくふどき)もそうです。
他は何故か?ほとんどのものが失われています。



???(´・_・`)



他にも興味深いこととして、
鹿島神宮の御敷地には記紀に描かれる「高天原」という名前の地もシッカリとあります。
現在は本宮地と分断され「飛び地扱い」となっている為、あまり人々に気付かれませんが、
そこには鬼塚と呼ばれるとても大きな古墳の山もあります。
そもそも記紀において、出雲に派遣され国をアマテラスに譲らせた.....
と書かれている強力無比な力を持つ二神が鹿島神宮と香取神宮の神様なわけです。

「アマテラスの国、高天原は東国にあった......」

ということを暗に示しているようなものではないでしょうか?

「鹿島七家」と呼ばれる「アメノコヤネ」の神から分かれた鹿島を拠点とする7氏族も、
この国の歴史に深く関わっている氏族ばかり。
国摩(くになず)、中臣(なかとみ)、卜部(うらべ)、香取(かとり)、岐(くなと)......
残り二氏は......不明......

記紀では、天孫「ニニギノミコト=瓊瓊杵命」はアメノコヤネを引き連れて鹿児島?宮崎?
の高千穂の峰に天下ったと言います。

鹿児島と鹿島って......似てね!?(=゜ω゜)ノ

児って、チャイルドだよね!?(=゜ω゜)ノ

先はどっち?なのか!?

さらに、出雲の風土記に関しては、
完成後に天皇への報告の「奏上=そうじょう」がなされた......なんてことも伝わっています。
出雲国風土記には記紀に最も多くの物語が選ばれ、組み入れられてもいた為、
その内容のチェックが一際厳しかった?のか......

本当に隠したい真実は実は別のところにあるので、
スサノオ(素戔嗚)さんの出身地であり、晩年に隠居した場所でもあったから?なのか?
あえて出雲を「ダシ」の様に使って怪しませるように仕向けたのか......

出雲は人々の探究心を向かわせるオトリ迷宮としては格好の地でもあったから!?なのか......

大事なことは、青年や壮年期のスサノオさんが権勢を振るっていた地というのは、
必ずしも出雲とは限らないということです。
なにせこの神様の足跡や神社は九州から青森に至るまで日本中に沢山あるのですから。
こんな僕ですら故郷を離れて頑張って生活してますし。稼いでますし。
隠居したら、もしかしたら故郷に帰ったり、
大好きな鹿児島とか仙台とか沖縄とかに住むかも知れないですし。
そんな可能性を考えてみるのも普通に「アリ」ではないかとも思うのです。



そうして、そんな発想をしていくと俄然、
高天原や鹿島とともに関東、東海「伊豆=いず」の地名も気になってくるのです。



出雲......IZUMO......IZU...MO......



リチャード三世、ラリーJr......大抵は二世や息子の方が長い名前となります。
親は色々とつけ足したくなるから?なのでしょうか。



伊豆と出雲。



日、出ずる国。日本。



富士山や伊豆の周辺には恐ろしく古い神々の名を祀る神社が意外にもカナリ多くあります。
その祭神名は九州や対馬でもナカナカ見ないような名前で、
記紀神話においては神代に創造の大元神として書かれているような神々。
その祀る配列も独特で。
奈良や京都や出雲に散らばり有るような地名や山も、何故か?
一箇所にまとまってあるような場所もあったり......
そんなこんなのコトはまたいつか書ける時にココに記したく思いますが、
その時は「伊豆徒然」とでもなるのでしょうか......わかりませんが、
この辺りのことは僕もまだまだ探求中の身なのでございます。( ̄^ ̄)ゞビシッ!



三回続いた「鹿島徒然」。最後に、鹿島のお気に入りスポットでもある、
日の出の方角に向かって太平洋に立つ「東一の鳥居」さんを。
今回行ってみたら高い防波堤が出来ていて、
鳥居の下からは海が見えない様になっていました......
ちょっと風情が変わってしまいましたが......以前はこんな感じでして(^^)
ココは「レイライン」の東端でもあって、
この鳥居の遥か先にはハワイ諸島があったりします。
鳥居の手前には海から昇る太陽を迎えるかの様なこんな石碑も......



美味しいものも少し、ご紹介。



こちらは参道の外れにあるお蕎麦屋さん「竹やぶ」



こちらの巾着デザインの「湯のみ」がとてもお気に入りなのでやんす(^_^)
気に入りすぎて店主さんに譲ってもらっちゃったりして。
昔から毎年、鹿島には九州、佐賀、有田焼の卸元さんが参拝と小売にくるのだそうです。



境内、御手洗池前にあるお茶屋「一休=ひとやすみ」さんのアイスコーヒー。
「竹炭」のスティックなのです(^^)



参拝の一休みはここでとるのが一番癒やされます。
ところてーん♪(^^)



塩焼きー。



味噌こんにゃくー。



さよならーっ!ヾ(* ̄▽ ̄*)Bye


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鹿島徒然 2

2016-03-12 01:58:01 | 凄い...パワスポ寺社
ギリシャ神話のトップの神、ゼウス。

世界を支配した神々の王であるゼウスを象徴する星は木星。。

その最強の武器はイカヅチ。

鹿島の神はこの国最強の軍神タケミカヅチ。

その象徴するものも雷(かみなり)。

地震?カミナリ?火事?オヤジ(オオヤジ)?......地殻変動は?どーなのだ?

そして不思議なことに鹿島の周りでは「12」という数字が付いて回ります......

そー言えば、ゼウスの従える神はオリンポス12神。

黄道12宮(こうどうじゅうにきゅう)と12星座......






十二神、十二橋駅......
いつ、誰が、どのような意味あいで付けた名前なのか......
近年につけられたのだとしても、その命名におけるインスピレーションの源泉は.......
どうなのでしょう......どこから来ているのでしょうか......
「十二神」という地には偶然なのか、必然なのか、不思議と
「国立 鹿島宇宙技術センター=NICT」などもあります......



普通、日本においての聖数は「8=ハチ」とか「3」とか「7」とか。
西洋でも大陸系だと「7」とか、三位一体の「3」とか。
中でも「12」という数字を特別視するのはギリシャ神話が一番特徴的であって、
意味深く使われもする数字。

―――――オリンポス12神。黄道12宮(こうどうじゅうにきゅう)と12星座。

地球上で最も多いプレートが交わる交差点ともなっている鹿島神宮。
その地中奥深くに埋められ、横たわっているかもしれないこの地の謎は、
この国の虚々実々たる歴史書から意図的に消され、しかし、
掘れば掘るほど宇宙的な力やビリビリとシビレル日本と世界神話との重なりを
見せられるようにも思えるのです。



伊勢を掘れば、ユダヤ、シュメールが見えてきて、
出雲を掘れば、朝廷や弥生以前からあるこの国の「王の姿」が見えてきます。
そして鹿島を掘ると、ギリシャが見えるなんて......
でも世界の海はちゃんと繋がっているわけで、特段珍しいことでもないとも思います。
何と言っても太平洋側には「黒潮」という大海流が流れています。
その流れに乗りさえすれば、台湾あたりからは沖縄を通り、
鹿児島の南端から四国、熊野、伊勢、富士山、伊豆、千葉、茨城までは高速道路の様に走れます。
ギリシャからはイラク、イランへ。イランあたりから海に乗り出せば、
そこからはインドを回り、マレーシア、インドネシアを通り、
中国南部から台湾までのルートは確実に見えてきます。

簡単に言えば、ペリーさんの「黒船の航路」です。

陸路ではシルクロードだってあります。

大昔、ギリシャの神々を信望する人々が日本に来ていない.......なんてことは到底言えません。

ギリシャ神話の世界は紀元前1500年から2000年ぐらい前。
即ち、今から3500から4000年ぐらい前。日本は縄文時代の末期。
ホメロスの叙事詩によれば、その後、
日本が弥生時代に移行しようかという紀元前500年頃にはギリシャでは既に
大きな戦艦同士で大戦争などもしています。
ハリウッドでも幾度も映画化されている様な、そんな船で
あちこちの港に寄りながら日本に来ることは不可能なことでは無かったでしょう。

秦の始皇帝の元から富士山を目指し、
大勢の民を引き連れてこの国に渡ってきたという徐福(じょふく)。
その徐福伝説の航路もそんな当時の最新の船と「黒潮」がキーとなるわけです。



そもそも、大和朝廷で記紀神話の編纂指揮を執っていた藤原氏は、
辿れば中臣鎌足(なかとみのかまたり)であり、彼の出生地は鹿島の地とも言われます。
大和朝廷以前、少なくとも弥生時代から、
鹿島の地には一大政治勢力や文化圏があったということです。
朝廷を動かしていった鹿島発の智恵というのは何処から来たのか?源泉は無かったのか?
奈良公園の鹿さんも春日大社という神社自体も、元はこの鹿島神宮から移されたもの。



学会で発表されている縄文時代の人口分布表から見ても、
大和朝廷以前どころか、弥生以前、縄文時代......
神話の時代に人が一番住んでいた地というのは関東から東北にかけてなのです。
メディア等でもあまりにも語られ無いのですが、
関東圏の縄文から弥生にかけての遺跡の数や大きさ、
あまりに古すぎて普通の山や丘の様に見えて埋もれているであろう古墳等の数は、
実は九州や奈良以上に多いのです。

そもそも、縄文も弥生も、その名前の元となった場所は東京にあって。
縄文遺跡の最初の発掘地は品川区の大森。
弥生式土器の最初の発見地は文京区の弥生町です。
埼玉県の「稲荷山古墳」から出土した剣に刻まれた王の名の見解も
未だまとまってはいません。
最近発見された静岡の「高尾山古墳」の主も、意味も、
品川の東京タワーの麓にある巨大な「丸山古墳」の主も、意味も、
井の頭公園近辺の遺跡群に関しての年代も、位置付けも、
茨城県、阿字ヶ浦にある異様な数の古墳群も、
伊豆、熱海の海底に眠る遺跡の年代も、意味も、
伊豆山神社の秘宝とされている「男神立像」の背丈の大きさや異国風の顔のつくり、
龍の様に足の指が三本であることや、
その神名の意味することなども未だハッキリと解明されてません。

記紀神話に「神代」と書かれている古い神々を祀る神社の数と分布、関連史跡となると、
関東の地が俄然多くなってくるということにもあまり関心が持たれていませんし、
あまり取り上げられません。
それら東日本の遺跡や古墳などにはもしかしたらとても興味深い意味と歴史が
隠されているかもしれないのに......です。



もっと言えば、
国の起源が神話によっている近代国家も世界では稀です。



仮に列島の西の方から力のある王が来たとしても、
徐福伝説同様、熊野灘や伊勢、中部山嶺からハッキリと見えている関東の霊峰
「富士山」を目指さない王などあり得ないと思います。
富士山は、産業汚染物質に汚されがちな現在の日本の空気でも
遥か和歌山県からも見えるのです。
伊勢の地からも長野や岐阜の山嶺の中からでも富士山はよく見えていたのです。
昔から、この国の多くの場所で富士山は意識できたわけで、
人間の心理を考えれば、あれほど美しく魅惑的な山を、
つい二千年程前まで列島の西方に住まう権力者が目指さなかった......なんて、
そんなことがあるハズはないのです。

そしてその富士の山麓にたどり着けば、
そこには肥よくで大きな大地と水と恵みの海が広がり、
温泉も鉱物資源も豊富で、よく晴れ、雨も降り川も山も全てがある。

現在わかっている縄文時代の人口分布を考えるにしても、
富士を中心とした関東の地にこの国の一大勢力や王国があった可能性は
無視できないことだとも思うのです。

天孫ニニギノミコトの正妻である木花咲耶姫(このはなさくやひめ)
なぜ富士山の女神となっているのか?
姉の磐長姫(いわながひめ)を単独で祀る神社がなぜ富士山の近く、伊豆に多いのか?

そんな王国が関東の地に「もし」あったとして、
今より海面が8メートル以上高い「縄文海進」の地形を考えれば、
その重要拠点は関東から東北の地にかけて広く点在もしていたハズで、
特に、地理的にも国内外との交易の最重要拠点の1つとなり得ると思えるのが鹿島、
そして、対となる香取の地......古代ギリシャとの縁などもあったかもしれません。



鹿島の地に佇むと、僕にはそんな大昔のこの国の風景が見えてくるのです......
それは大和朝廷以前の王国の姿。
出雲以前......もしくは、出雲と同じ時代の王国......イヤ、もしかしたら同じ国か......



卑弥呼だ邪馬台国だ......と、
少し前の時代に仕掛けられた「目逸らしクイズ?」の答え探しに奔走する以外にも、
もう少しだけ、関東や東日本の奥深い歴史にもスポットを当ててもらえればいいなぁ......
とも思います。しかし、この国の教科書が教える歴史は

「王は九州から大和にやってきた......神武東征」

「神の孫は九州、高千穂の山の峰に降り立った......天孫、ニニギノミコト降臨」

となっています。

よーーーく考えると、見つけなければいけないことがマダ沢山ある気がします。

よーーーく考え直さなければいけない時代なのかもしれません。

地球規模で考える、星の時代なのかもしれません。

常識など、幻にすぎません。

捻じ曲げられた虚構の歴史からは、
虚構の国や政治しか生まれないと思います。
この国は、いったい、何年虚実の道を歩んでいるのでしょうか。
何年、夢を見ているのでしょうか。民は、未だ寝かされているのでしょうか。
鹿島を訪れると、僕は時折そんな感慨に襲われます。



鹿島神宮の神紋でもあり、
全国の神社で最も多く使われている神紋は「三つ巴=みつどもえ」



グルグルと一つの円を作っているのは陰陽のマークの様なマガタマ!?が3つです。
陰と陽......出雲と伊勢と......あとは?
もう1つの勢力があることを意味しているとは考えられないでしょうか?

九州と大和朝廷――――
対馬、隠岐、北九州、宮崎、鹿児島、沖縄、朝鮮半島、太平洋の島々......海洋民族。弥生。

朝廷以前の大和――――
出雲、関東、東北、蝦夷、熊襲、隼人、土蜘蛛、中国北部、モンゴル......列島土着民。縄文。

その他移民族――――
物部、秦、徐福......古代ユダヤ、ヒッタイト、シュメール、ギリシャ......古代オリエントの民。

三つどもえ――――
この国は三つの民が「丸く」和合されて作られた国なのか......?

御気をつけなさい。。」で記した芥川龍之介さんも、
そんな「三つどもえ」や「デウス=ゼウス」の陰に気付いていたのでしょうか。



「鰐川=わにがわ」と呼ばれる、
北浦から利根川に流れ出る河川の中に鹿島神宮の「西 一の鳥居」が立っています。
震災後に再建されたこの鳥居は、水上に立つものでは日本一の大きさとなります。
古代では確実に淡水と海水が入り混じる遠浅の大きな「浦」であったであろう
この場所を渡らなければ、香取神宮から鹿島神宮にはたどりつけません。
何故?名前が「鰐=わに」なのか......確たる由来はわかりません、が、ただ、
この川にかかる「神宮橋」を渡るとき、僕はいつも不思議なビジョンを見るのです。

「ココこそが因幡の白兎の舞台だったのではないか......」

と、そんなクリアな映像が脳裏に浮かんで来るのです。
鹿島の近くに印旛沼......いんばぬま......印旛(いんば)なんて場所までが
あるからなのでしょうか......今回の初詣でも橋を渡っている時に思わず、
一緒に行っていたフシギーズの皆さんにそんなことを話してしまったのです......が、
勿論!確たる証拠などありません( ̄ー ̄)

ただ、ここに関しても僕にはひとつ不思議に思っている史実があるのです......

与太話わ、最後にもう一回だけ続くのです!(*`・ω・*)ゞ


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コメント (2)

鹿島徒然

2016-03-08 22:54:09 | 凄い...パワスポ寺社
話しをするだけで.......
ココにこんな風に文字として記すだけで.......
ただソレだけでシビレてしまう寺社や「地」というものはソウソウは無くて......
この国の陰陽を司り、個人差や趣味性を超えたところにある伊勢神宮と出雲大社を除けば、
どれも、故に、未だマトモに記せていないところばかり......
記していないコトばかり......
......などと、以前「玉置徒然」という記事で記していたりしましたが、イヨイヨ!?

「今回記そうか......」

と思い立った「鹿島神宮」もそんな神社の一つであったりします。
僕の産土神(うぶすなのかみ)である
「タケミカズチ=建甕槌=建御雷神」さんが主祭神なので、
個人的には初詣も含めて年に一度は伺う神社さんともなっているのですが、先日も

「今年もよろしくなのでぇぇーーーっす!(>_<)/」

と、初詣の挨拶をしに行ってきました。そして今回は

「まだイッタコトナァーーーイ!興味ありぃぃーーー!」

なんていうmikoちゃんやプリリンねーさん、
ikuちゃん達フシギーズの面々もお連れしての参拝。
流石カミナリの神様!というだけあって、毎度かなりシビレル参詣となるのですが......
ええ。ホントに。やっぱりスゴイっす。この神社は。
写真などを含めて、今迄も何度か触れて来てはいましたが、
今回はハレて!「鹿島徒然」ですので、他の「徒然シリーズ」同様に
深い所に突っ込んだドープでマニアックなお話になるかと思われます。

お好きな方にはたまりまへんなぁぁ......って!?

いや、ただのポンチキ迷惑?だったり......して(・・?)

して、この神社を語るには、まず、
ネットでチョイと拝借してきた地球の表面を覆う地盤=地殻(ちかく)の構造を表す図を
頭に入れておいてもらえると、俄然!この神社が興味深く見えてくるかと思われます。



青い星印が鹿島神宮のあるところです。
この日本列島周りの各地盤....「プレート」を横から立体的に見てみるとこーーんな感じ......



地球という星は、例えるとちょうど卵のようになっていて、
星の中心部分には「コア」と呼ばれる卵でいう黄身の様なものがあります。
その周りをマントルという白身に例えられる様なマグマがドロドロ&グルグルと対流しています。
その対流している「マグマ=白身的なもの」の上にポッカリと、
まるでイカダの様に浮いているのが我々が住む大地。
「プレート」と呼ばれる地殻(ちかく)なのです。
卵でいえば硬い殻(から)の部分となるのでしょうか。
この硬い殻の下には上に記した様に熱く、
ドロドロと流動しているマグマさんがあるのですから、
僕らの大地はそのマグマの動きに合わせて常に動いている......というわけです。

日本列島に関しては4っつの流動する大きなプレートの一大交差点となっていて、
各プレート間には摩擦が生じ、いつもキシんだり、ズレたり、なんだり......と、
地震多発地帯ともなるわけです。
上の図によれば、常夏の楽園ハワイの乗っている太平洋プレートは
日本に向かって動いてきているわけで、もう何億年!?かしたら茨城のすぐ先に来ちゃう!
なんていうわけなのです。茨城県、ハワイ市。みたいな( ̄▽ ̄)マジで♪
この様な地球の地殻の動きを研究する学問を「プレート・テクトニクス」と言います。



さて、鹿島の話です。
上の図をもう一度、よぉぉーーーーーーーーーーーく、
イマジネーションを膨らませて見てみてください。



立体図と合わせ見てみるとよくわかる様に、
各プレートは赤い線で描かれた地表に現れている「合わせ目」部分より、
実際には互いに折り重なりながら地下深くに潜り込んで合わさっているハズです。

いかがでしょう.......

3つのプレートが「表面上で」合わさっている場所は富士山や静岡県、三島市、
駿河湾あたりに見えるかとは思いますが......ココは一つ、
太平洋プレートも合わせた4つ全てのプレートということで見てみます。
それらが合わさるところはやはり、地表面ではなく互いに潜り込んでいる地中深く。
そんなイメージをしながら見ていくと......

そうです。

その連結点は「星印」のあるところ。

ドンピシャ!で茨城県、鹿島神宮の真下ぐらいになるわけです。

4つ全てのプレートから等距離的な場所で、
列車の連結部分の様な場所として鹿島の地が見えてくるのです。

プレートテクトニクス的に言っても、
鹿島の地下奥深くというのは地震の大鍵となる様なポイントとなっているわけなのです。



鹿島神宮の御神体とも言われる「要石=かなめいし」。mikoちゃん撮影。
昔、水戸光圀さん.......水戸黄門様が

「こんなポチッと可愛げな顔など出しているが、
一体どこまで埋まっているのか皆で掘り起こしてみるのだぁぁぁーーーーーっ!( ̄Д ̄)ノ」

と命令して、大勢でどこまでも掘ってみたのですが、
しかし、一向に石の下が出てこなかった......と伝わる超巨大石。
その聖地に入る参道入り口にあるこの大鯰(おおなまず)のレリーフさんも、まんざら、
嘘やファンタジーではないのです。マジで。ええ。ホントに。



鹿島の神様、タケミカヅチさんが地震の元である大鯰さんを抑える......の図。。
スゲーっす。古(いのしえ)の昔に、既に地震の「大鍵」に気づいていた人......
マジスゲーっす。何千年?億年?の大昔から
「地球プレートの構造なんてとぉーっくに知ってたのよよよよーーーん♪」
っていうことなのでしょうか.......



鹿島神宮とはそういう地なのです。



もう、ここまで話しちゃったので......徒然なるままに、
今まで親しい人にしか見せていなかった鹿島の神様の写真を、
このブログを見てくれているファンタジー好きのあなた様にも♡(`_´)ゞ
薄白き大きな光の玉がわかりますでしょうか......



美しき参道で迎えてくれるとても大きな......光の玉っす。。
とても落ち込んで訪れたりした時にも、優しく、ビリビリと......!?
包み込んでくれたりもしてくれましたの......(T ^ T)グスン



要石のところですが......マックスバリューのビリビリ玉で......(T_T)ぶぇぇ



奥宮もいつも光の玉で包まれてるのですな。
後ろの木の枝々がうねる姿はもう龍神さんそのものです。。
こんな写真達を一緒に撮ってくれた心優しきマーケッターのJさんも(下に写ってます)
一緒に包まれていたのを思い出しますのです(^^)



わかったよぉぉぉーーーっ!
もうすこしがんばるよぉぉぉぉーーーーーーっ!
がんばればいいんでしょぉぉーーーっ!(T . T)なんなんだよぉぉぉーーーっ!
......って、今までココで何度も励まされたりしました。。ビリビリと。。















龍神さんが住まうこの特別な「御手洗池=みたらしいけ」さん。
この写真は数年前のスゲーパワフル!時代のものですが......





少し前、2014年の台風で崖崩れが起きて、今は補修されているところなのです。
なのでココに棲まう龍神さんも近頃は少々元気がなくて......
元の畏怖の気持ちで圧倒される!
ようなパワーが戻るまでにはもう少しの時間が必要なのでしょうか。
これからも見守って行きたく思いまする。。



拝殿近く、メインエントリーとなっている大鳥居。
実は、この鳥居は僕が最初にここに来出した頃は下の写真の様に石で出来ていたのですが......



東日本大震災の時に倒壊して、粉々になってしまいました。
鹿島周辺は震源地の近くでもあったのでこの時の揺れは強烈だったようです。
ただ、不思議なことに、この時鹿島周辺の建物の被害はほぼなかったそうなのです。
当時、住民の皆さんは皆、口々にこんなふうに言っていました。

「鹿島さんが私達の身代わりとなってくれた......ありがとう......」

なので今建っている鳥居は震災後皆から寄付を募り、
昨年やっと、3年がかりで再建された新しい木製の鳥居となっているのです。
僕もガンバって寄付をさせていただきました。
そしてこの「木製」というのが、実は、
鹿島神宮古来からの本当の鳥居の姿なのだそうです。震災復興の際に
「せっかく再建するのであれば本来の形に戻そう!」
と、そういう志(こころざし)で再建された鳥居なのです。

あの大震災で久方ぶりに木製に戻った鹿島神宮を象徴する大鳥居。。

木製.......木星.......

木の星。木の力。

そして、

木星が戻った......

ここで、僕の頭に降りてくるインスピレーションな与太話を入れときますと.......

ギリシャ神話のトップの神、ゼウス。

世界を支配した神々の王であるゼウスを象徴する星は木星。。

その最強の武器はイカヅチ。

鹿島の神はこの国最強の軍神とされるタケミカヅチ。

その象徴するものも雷(かみなり)。

地震?カミナリ?火事?オヤジ(オオヤジ)?......地殻変動は?どーなのだ?

そして不思議なことに鹿島の周りでは「12」という数字が付いて回ります......

そー言えば、ゼウスの従える神はオリンポス12神。

黄道12宮(こうどうじゅうにきゅう)と12星座......


与太話は、ヨタリながらも続くのです。。(^^)


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蕎麦ば☆バンバン

2016-03-04 23:29:47 | 美味しい...パワスポ寺社
オリンピックへ向け最近めっきりとその姿を変えている東京、虎ノ門周辺。

ちとエグいっす。。開発。。

そんな感じになる前からこの街にオフィスを構えているライブ演出家さんのところに
お邪魔して、ある大きなイベントの打ち合わせをしていた僕ちゃんズ。
打ち合わせも無事終わり、同席してくれていたステージ制作会社の
シャッチョさんのEさんと共にオフィスビルを出て、
晴れやかな日差しの中、歩道を歩きながら僕さんはつぶやいたのです。


「なんか腹減ったっすぅぅ。。(@_@)」


すると、Eさんは僕にこんな魅惑的な言葉を投げつけてきまちた。。


「uzmetさん。この近くに超美味しい蕎麦屋さんがあるんですよ。
どうでしょうかね?立ち食いなんですけど、ウマイんですよ。
絶対人が並んでると思いますけど、
もしまだ食べたことがなかったら絶対オススメですよ( ̄+ー ̄)キラーン」

「マジっすか!?美味しいんすか!?(@ ̄ρ ̄@)ジュル...」

「ええ。もうかなりの有名店ですけど。じゃ、そこにしますか( ̄+ー ̄)キラーン」

「お、お願いしまっす!(>Д<)/」


そーして連れていってもらったのがこちらのお蕎麦屋「Minatoya=みなとや=港屋」さん。
人がズラリと並んでいるのでその背丈より上の目線で撮らせていただきまちたが......



「か、看板無いっすのね。。( ̄O ̄;)」

「ええ。この小さな表札プレートだけですね」



「大きな窓とかも無いですし。。イカにもな、東京らしいお店ですけど。
やっぱりやめときます?( ̄+ー ̄)キラーン」

「な、何おぅ!?(O_o;)、、い、行くでやんすよ!前進あるのみでやんす!」



頼んだお蕎麦は、コレ。
「冷たい肉蕎麦」¥870。大盛でプラス¥100なり。
美味しいっす。風変わりのオイシさっす。
東京でしか考えられないような不思議味な蕎麦味。。
なんだかとても無国籍で東京っぽいっす。マジ普通の蕎麦じゃないっす。
なんてったって、つけ汁がラー油感にあふれてる!のです。



限りなく中華なんすよ。ええ。
インパクト大で。
でもラーメンじゃなくて確かにソバだという実感もあるわけで。。。


そばばバンバン!(=゜ω゜)ノ


立ち食いというお店のスタイルも、インテリアやデザインなども、
東京でしか生み出されないような独創的で前衛的な感じ。
アバンギャルドってやつ!?でしょうか。
ちゃんとオイシイ蕎麦湯もありましたし。スゲーっす。
恐れ入ったのでございます。
人によっては一度でもいいと思われるような味かもしれませんが、
一度は食べていただきたい味でもあります。
トーキョー不思議蕎麦。

して、そんな東京アーバンスタイルの「ちょい食べお蕎麦さん」の中では、
本当によく使わせていただいているお店さんというのがこちら。
渋谷区の外れ、池尻というあたりにある板蕎麦「山灯香=さんとうか」さん。





ここはマジ好きっす。
だいたい真面目に作られている山形の板蕎麦さんがハズレるわけなどなひのです( ̄ー ̄)
そば粉バンバン!の真っ黒くてぶっとい蕎麦はゼータクなのです。大好きです。
それが東京のど真ん中でも美味しく食べれるって......ちょっとウルウルです。


そばば☆バンバン!(=゜ω゜)ノ


ちなみにコチラさんはシメのカレーライスもオススメなのです。



美味しいっす。
もう長いこと安定的な人気を誇っていて
恵比寿駅の東口辺りにも「香り屋」という名前で同系列の店を出してたりします。
どちらも安心、安定のクオリティーさんです。

あとは......最近ちょっとカンドーした古いお蕎麦やさんというのが一軒ありまして。
それが文京区、小石川というところにある「萬盛=まんせい」さん。



こちらは知る人ぞ知る1620年創業の老舗。
感動したのはその蕎麦の味だけでなく、このお店の歴史。
お店のすぐ近くには「伝通院」という由緒あるお寺があるのですが、
そのお寺にある日「澤蔵司=たくぞうす」と名乗る僧侶が訪ね来て、
浄土教を学びたいと入門をしたそうなのです。
記録によると1618年のことだそうです。

彼は周囲が驚くほど優秀で、
入門から僅か3年余りで浄土教の奥義を全て修得したそうなのですが、あるとき、
寝ている時に狐の尻尾が出ているのを同僚の僧侶に見つかってしまい、
忽然とお寺を去ったのだそうです。
彼は去る時も寺のお師匠さんに仏道を学ばせてもらったことをとても感謝して
いなくなったそうです。
澤蔵司(たくぞうす)と名乗っていたその狐さんはその後、お師匠さんの夢枕に立って

「今より元の神に帰りて 長く当山を守護して
法澤(ほうたく)の荷恩(におん)に報い(むくい)
長く有縁の衆生(しゅうじょう)を救い、諸願必ず満足せしめん。
速く一社を建立して稲荷大明神を祀るべし」

と伝えてきたので、
現在の伝通院横にある「慈眼院澤蔵司稲荷=じげんいんたくぞうすいなり」が建立され、
今に至るまで人々の篤い信仰を集めているとのこと。
そしてそんな狐さんが「澤蔵司=たくぞうす」としてお寺で修行していた時に
毎日好んで食べに行っていた蕎麦屋さんというのがこの「萬盛」さんというわけなのです。

このお蕎麦屋さん。
上記した「澤蔵司(たくぞうす)稲荷社が建てられてから今に至るまで、なんと!
380年以上にわたって!今でも!
その日の初茹で(初釜)の蕎麦を澤蔵司稲荷さんに奉納しているのだそうです。
狐さんが修行時代にいつも食べに来てくれたことを忘れずに、今に至るまで毎日毎日......
何世代にもわたって営業日には必ず箱に入れたお蕎麦を自転車で差し入れている......
なんか、ちょっと、僕的にはとても感動してしまうような話でして。。
それで、その狐さんに毎日お供えしているお蕎麦と同じ「箱型」のものを
「是非一度食べてみたい!」
とお出かけしてオーダーしたのがこちら、名物「稲荷箱そば」



お味の染みこんだ細長い油揚げの刻みが独特でお稲荷さんぽくて......
お蕎麦のアクセントとしてもすこぶる美味しい!
しかもこの味がカナリ効いていて、お蕎麦と一緒に食べるとジュワワワ~っと、
独特の美味しさが口に広がります。


おそばバンバン!!(=゜ω゜)ノ


麺はとてもコシがあって歯ごたえも香りも十分。
お店の歴史とも相まって本当に「ありがたい」お蕎麦のように思えてしまいます。
そんな澤蔵司稲荷(たくぞうすいなり)さんにもちゃんと挨拶をせねばあきまへん。



一番奥の小さな社と、その後ろに立つイチョウの木に棲まわれている感じです(^^)



最奥の社に行くまでの途中の谷間や諸々のモノモノはちょっと陰の気が強いので、
人によっては完全スルーしてもらう方が良いかもしれませんが。。

でわでわ、最後のシメに、深夜でも楽しめるトーキョーな蕎麦屋さんを一軒。。
こちら。恵比寿にある「初代=しょだい」さん。



こちらの蕎麦さんも勿論、普通にオイシイのですが、
何と言っても名物はこちらだったりして......



カレーうどんなんすよ!(@゜o゜)これ!
上の白いふわふわクリームさんはですね、山芋さんなんですの!
山芋の雲をかき分けて下にハシを伸ばすと中から美味しそうな黄色いスープと
うどんさんが顔を出してきます。





他ではなかなか食べれない味。
ピリッとしてホワッとマイルドなカレーうどん。
こちらのお店に行く時は二人以上で出かけてもらい、
このカレーうどんと蕎麦を一緒に頼んじゃうのがオツな感じなのです( ̄▽ ̄)


ただし。。


先にカレーうどんの方を食べてしまった方は......


残念!o(TヘTo) くぅ


蕎麦の味がよーわからん!


無念!(TωT)ウルウル


そばばバンバン!(=゜ω゜)ノ


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