雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

中央構造線の憂い

2016-04-29 00:10:46 | 願い
ナショナル ジオ グラフィックの綺麗な写真の中で、
お兄さんが遠い目をして眺めているのは、いわゆる、大地の裂け目ってやつです。
アフリカを南北に走る「大地溝帯=だいちこうたい」
上の写真も下の写真も。
ネットからチロリと拝借させて頂きました。



この大規模な地殻変動は、今この瞬間も、
「アフリカ大陸を二つに割らん!」
として動いています。
何かと話題の!?聖書の里、イスラエルも、
そんなアフリカの大地溝帯の真上にあることがよくわかります。



へっこんでます。明らかに。
画像中の湖は世界で最も低いところにあることで知られる「死海」
聖書では「約束の地、カナン」などと書かれたりしているエリアでもあって。
そんな「大地溝帯=グレート・リフト・バレー」全体を地図で見るとこんな感じで......



現在、陸上において最も大きな大地の割れ目というのがこのアフリカの地溝帯となります。
そして、その割れ目と同じものが、実は、日本列島にも大きく存在していて、
それが過去に「鹿島徒然」や「日本中央=ひのもとのまなか」などの記事でも記して来た
「レイ ライン」とも重なる「中央構造線=ちゅうおうこうぞうせん」と呼ばれるもの。
言わば、日本列島の大地の裂け目。
ウィキペディアの図では赤線で記されています......



国土地理院が地名を付けちゃうとこんな感じ。



で、以下が、
時に「パワースポット」なる言葉でも語られる有名寺社や名所等を幾つかマークしたもの。



今ちゃっちゃっ、とスマホで作ったのですが、
いかがでしょう?
先程の「中央構造線の位置とピッタリと重なる」ということがお分かりでしょうか。
地形地図でも線としてハッキリと現れています。

パワースポットのエナジーにも幾つかの種類、タイプがあるように思いますが、
このマップに記した様な寺社を建てた古(いにしえ)の人々というのは、
大地の裂け目から湧き出てくる地球の強力なエナジーなどもよく感じ取れていて、
視えてもいた様な人達なのでしょうか(^^)

ちなみにブルーの星☆印が神社さん。
左下、九州の方から右に向かって「幣立神宮」、今回の地震で倒壊してしまった「阿蘇神社」、
四国に渡って、道後温泉の「伊佐爾波神社=いさにわじんじゃ」「金比羅神社」「大剣神社」、
淡路島の「伊奘諾神宮=いざなぎじんぐう」、紀伊半島「高野山」「天河大弁財天社」、
「伊勢神宮」、夫婦岩で有名な「二見興玉神社=ふたみおきたまじんじゃ」、
伊勢から知多半島に渡る線上には「神島」。そこから愛知県に上陸して「豊川稲荷」
「 安久美神戸神明社=あくみかんべしんめいしゃ 」
浜名惣社神明宮=はまなそうじゃしんめいぐう」、
南アルプスへ登り、ゼロ磁場で一部マニアに有名な伊那の地にひっそりと佇む「熱田神社」、
言わずと知れた「諏訪大社」「榛名神社」「日光二荒山神社」、
ちょいと外れて秩父「三峰神社
ラインに戻って「大宮氷川神社」「香取神宮」「鹿島神宮」......
太平洋に抜けます。

オレンジのダイアモンド(菱形)が名所旧跡とか有名な温泉さん。
「阿蘇山」「湯布院」「別府温泉」「道後温泉」「諏訪湖」「浅間山」
皆、見事に中央構造線と重なります。


そして......


赤のピンマークが......


原子力発電所です。


数ある原子力発電所のうち
「大地の裂け目の上に立っている」原子力発電所ということになります。
大地の裂け目とは、
言い方を変えれば今回の熊本大地震の原因となった「活断層」のことでもあります。
しかも、もっと大きな活断層......


今、この瞬間、上の赤ピンで示した九州の中央構造線上にある
川内原発(せんだいげんぱつ)は再稼動されています。
四国の左端、これまた中央構造線「そのもの」でもある佐田岬の真上に建つ
伊方原発(いがたげんぱつ)も近々再稼動するようです。


この事実に、熊本地震の映像がオーバーラップしてきます。。。


このままで、いいのでしょうか?


沢山の原発が停止している中で、
電力不足による停電やらトラブルやらのニュースはあまり伝わって来てはいませんが......
原発は本当に今程の数......50基以上も必要なのでしょうか?


何でそんなに作られたのか?


理由は?


裏の仕組みは......?


そこにはこの国の、世界の、「闇」があるようですが......


東日本大震災における福島第一原発の事故以降、発送電が分離され、
今月、4月からは、電力会社を自由に選べるようになりました。
僕は早速、自然エネルギー発電を推進している電力会社さんから買える様に変更しました。
先日初めて来た請求書を見ると、値段もお安くなっとります!
良いカンジでわないですかぁぁ♪(o゜▽゜)o


さらに!


お金さえあれば!!


必ず自家発電&蓄電&配電コントローラーシステムを入れたいですし、
そこに「電気バッテリーを搭載しちゃう系」自家用車を組み合わせるシステムなどにも
変えていこうと思っています。


オフグリッドな生活ですな( ̄ー ̄)ええ。ええ。


ただ使いたいだけですが。この言葉。


おふぐりっど。


ええ。ええ。


僕様は小市民ですから、
大きな物事や闇を晴らす様なことなど到底出来ません。が、しかし、
とにかく、自分に出来る小さな改革を積み重ねていこうと思ってます。
小さな改革の集合体が真の革命となれるのでございます。
時代を変え、作っていくことが出来るのでございます。
きっと。
ええ。ええ。


お金さえあれば!(=゜ω゜)ノ


えい!えい!オーーーッ!ε=( `ω´)/


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

紫の涙

2016-04-25 22:17:50 | セツナイ
人によっては、
あの「マイケル・ジャクソン」が亡くなった時以上の衝撃なのかもしれません。

僕は......

そっちの人.......かもしれません。。

「The Artist Formerly Known As Prince」

かつて「プリンス」という名で呼ばれていた音楽シーンの王が、一人、
この世界を去ったというニュースが、つい最近世界を駆け巡りました。



聞き込みすぎてボロボロのケースに入っているアルバム「Purple Rain=パープルレイン」
これでもケースは何度も取り変えているのですが......アーティストクレジットは
「Prince & The Revolution=プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション」
もはや、なんの説明も要らない、
ロックポップにおける傑作中の傑作となる一枚でしょうか。
1980年代のミュージックビジネスシーンにおいて、
マイケルジャクソンのスリラーに並ぶインパクトを放ったアルバム。
それは僕にとっても同様のことで、また、そんな人が沢山いたからこそ、
このアルバムが音楽史に燦然と刻まれているというワケでもあって。

勿論、彼の生み出したアルバムには傑作と呼べるものは他にも沢山あって、
そんなものを1つ1つ語っていたら、それはもう、大変な長さのお話になってしまうワケで。
だから、まとめて言えば、
プリンスは紛れもなく「スーパースター」なのだと、僕は心底思うのです。



音楽好きな人がよく見かける?であろうこのステッカー。
これは「ペアレンタル・アドバイザリー=Parental Advisory」と呼ばれる勧告ロゴで、
全米レコード協会(RIAA)が
「この作品は未成年者にはふさわしくない!」
と認定した音楽作品に添付するものとなっています。
今思えばこのステッカーも、一番最初に貼られた作品はパープルレインでした。

彼はこんな悪評があればあるほど人気が出ていって、
また、そうなるようにワザと色々な仕掛けを施していたようにも見えていて。
しかし、そんな「良識」へのチャージや、
マスコミやファンを煙に巻くようなことをすればするほど、
彼のスター度やカリスマ性は増していったように思えます。
それもこれも「真の実力がある人にしかできない」宣伝、ブランディング手法。
卓越したギタープレイヤーとしても、マルチプレイヤーとしても、
シンガーソングライターとしても、プロデューサーとしても、
とにかく才気あふれる人だったと、心底そう思います。
ダンスや身のこなしもキレキレでしたし。
そういう意味では、
エンターテイナーとしても凄い力量を持っていた人だったのだとも思います。

スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン、ジミ・ヘンドリクス、ジェームス・ブラウン、
ファンクの真髄やR&B、ヒップホップにフュージョンやジャズ、プログレに至るまで、
彼の音楽には僕がトキメク音楽の全てが溶け込んでいたようにも思えます。



寂しくて仕方ありません。



デビュー時、奇妙で下品な衣装やパフォーマンスで話題となっていたプリンスは、
多くの人々から「キワモノ」扱いをされていたようなのですが、
審美眼の高い業界の人々からは既に大きな注目を集めていて、
特に、あの「ザ・ローリング・ストンーズ」のミック・ジャガーは、
そんなプリンスをいち早く自分達のライブツアーのフロントアクト(前座)に起用しました。
それは、新人だったプリンスにとってはとてつもなく大きな
ステップアップのチャンスだったのですが、
いざ、ストーンズのステージに立った時、
観衆からは容赦ない大きなブーイングとバッシングを受け、
それが当時あまりにヒドかったらしく、
彼は途中で演奏を止めて帰ってしまったのだそうです。
そのまま故郷の家に籠ってしまったくらい傷つき、落ち込んだ彼を、
ミックはもう一度強く説得して、再度ステージに立たせたのですが、そこでまた、
今度は観客から腐った食べ物などまで投げ込まれるような事態となってしまったのだそうです。
プリンスはまたも傷ついて、ステージを降りてしまいました。
しかし、そんな観衆に向かってミックはステージからこんなことを言い放ちました。



「プリンスがどんなに凄い奴か、お前らには分からないだろう」



これは、今や、プリンスを語る時に絶対に欠かせないエピソードとして
僕らファンの間で語られる「伝説」でもあります。
この時のミックが正しかったということは、後に世界の隅々で証明されました。


とても寂しいことですが、
音楽界はまた一つ、大きな星を失ったように思います。


――――――パープルレイン、パープルレイン
僕は紫の雨に打たれている君を見たかっただけ
パープルレイン、パープルレイン
君に会いたい、君に会いたい
紫の雨の中で、君に会いたい―――――――――――――――――


しばらくは......


僕は紫の涙に暮れて過ごすことになりそうです。


プリンスさん。


スゲー音楽を届けてくれて本当にありがとうございました。


あなたの音楽は、僕にとってインスピレーションそのものでした。


あちらの世界にいる時ぐらいは、どうかゆっくりと、お休みください。



最近公開された3D大作映画「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」
最初から最後まで息をつかせぬエンターテイメントでしたが......
バットマンのテーマ曲といえば、僕はプリンスの手がけた
「バットダンス=Batdance」が最高だと、
今でも、そう思ってます。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

パン

2016-04-21 23:40:20 | 願い
街の綺麗なパン屋さんは、
幾つかの欲しいパンをトレーに乗せてレジに持ち込むと、
パンをそれぞれ種類ごとに分け、
一つ一つ丁寧に個別のビニールに入れてくれたりします。
最後にはそれらをまとめて、
店の名前が印字された手さげ付きの大きめのプラスチックバッグに入れてくれたりもします。
エコが叫ばれるようになってからこんなパン屋さんは少しづつ減って来たのかもしれませんが、
少なくとも、
1995年1月18日の午後2時ぐらいに僕が入ったパン屋さんはそんなパン屋さんでした。



その日は、淡路島周辺を震源とした歴史に残る直下型大地震が京阪神を襲った翌日。
僕は大阪の豊中という街に住んでいて、
近所の木造の家などはほぼ全て半壊、もしくは全壊をしていました。
そんな風景を横目に見ながら、その街を南北に走る街道沿いにあるパン屋さんに、
僕は一人、パンを買おうと並んでいました。



その時の僕は20代前半。一人暮らしで常に外食ばかり。
普段から家の冷蔵庫にはコーラとビール以外めぼしい食べ物や飲み物などまったく無く......
近所のコンビニが冷蔵庫代わりで......なんていう生活をしていました。
その震災の時にも、僕の部屋にあったものは、確か、牛乳と卵とベーコン。ソーセージ。
お米が5kgの袋に1/3程度。わずかな量。
それしか食べ物も飲み物もありませんでした。

余震、と呼ばれる大きな地震は引っ切り無しに襲って来ます。

まるで、何かが、

人智を超える何かが、

激しく怒っているように感じたり。

それに恐怖したりもしていて。

そんな中、震災中の食料を探してスーパー、コンビニ、米屋に八百屋に魚屋......
僕は歩ける範囲の全ての店を回りました。
しかし、災害に襲われた街の店々からは既に全ての商品が消えて無くなっていて、
中身が空っぽのお店ばかり。
そんな街の風景には、どこか「絶望感」のようなものが恐怖と空虚さと共に漂っていました。
街は、遠い夢の中の廃墟のようにも見えました。
それでも、
街がそんな風であればあるほど、

「何とか食料だけは......」

という僕の思いは強くなり、小売店の様な店々は勿論、発想を切り替えて、
ありとあらゆる自動販売機や、ファーストフードにお弁当屋さん。
全てのレストランや定食屋さんなども探し歩きました。
そんな店々の中には、窓ガラスが割られ、中にある食品やお菓子、
ドリンク類などが全て持って行かれたようなところもありましたし、
自動販売機も電源が切れていたり、壊れて、倒れていたり。全て売り切れだったり。
24時間営業の牛丼屋さんなども全て閉まっていました。
牛丼屋さんの中には、少し前までは開いていたのか「品切れ」の張り紙が出ているような店も。
それでも

「まだあるんじゃないか?」

「また、もう一度店が開くのではないか?」

という一縷の希望を持った人々が何十人と牛丼屋の入口のドアから街道沿いに
ズラリと立ち並んでもいて。
いつ開くともわからない牛丼屋さんに30人以上の人が並ぶという光景を、
僕はその時以来見たことはありません。
そうして、歩き疲れ、足が棒の様になっていた僕の前に、
少し前に見かけた牛丼屋さんのようにとても多くの人々が並び、
「何か」を買っているお店が突然現れたのです。



それが、冒頭に記したパン屋さんです。



「なんとか、1つでも、小さなパンでも買うことができればいいな......」



そう思って、僕は長い待ち人の列に並びました。
それからレジまで、30分ほど。
並んでいる間に、このお店が何で営業できているのか?もわかりました。
お店の中にパン焼き工房があって、そこで毎朝パンを焼いていたから可能だった様です。
幸い、食材もオーブンも無事で、それで、近所の皆さんのために、と。
自分達に出来るだけのことをしてくれていたお店の様なのです。
店内に入ると注意書きの紙があちこちに貼られていて、

「お一人様5個程度でお願いします」

と書かれていました。
この張り紙を僕はとても良く覚えています。
見渡すと、それ以上のパンを買いこんでいる人もいます。
5個より少し少ない、二、三個だけ買って帰る様な人もいました。
このお店同様の気持ちで買っている人なのでしょうか......いろいろ......です。
僕はそんな人々を横目に見ながら、とにかく並んで、
僅かに残っていた小さな菓子パンを3っつだけ......買いました。
僕は一人暮らしでしたので、とても5個は買えませんでした。
そして料金を払おうとレジ前に立ち、お金を出すと、
レジに立っていた高校生の様な若い女の子は

「お待たせして申し訳ありませんでした。。」

と、平常時と同じ様な?......平常時を知らないのでイメージでしかありませんが......
そんな対応と言葉を話していました。
それ迄、列に並んでいた時に、人の流れがやけに遅いと感じていた僕は、
幾人かの人の背中越しに前方のレジの様子を覗き見ていたのですが、その時は......

「◯◯◯が一点。△△△が一点、×××が一点......合計¥¥¥¥¥です!」

女の子はそう言いながら、
一つ一つのパンを、いつものように一つ一つ丁寧にビニールに包み、
それをさらにプラスチックバッグに入れてお客さんに渡していました。

いつもと同じ形なのでしょう。

僕は、自分の会計が来た時に、並んでいた時に見ていたのと同じように
わずか3個のパンをビニールに詰めようとする彼女に対してこう言いました。

「ビニールはいらない。そのまま袋に入れてくれればダイジョーブ」

そして、

「すげー並んでるからさ。。。」

と付け加えました。
その後、パンを受け取って立ち去る時に、
振り返って、もう一度、彼女の様子を見てみました。

「◯◯◯が一点。△△△が一点、×××が一点......合計¥¥¥¥¥です!」

僕はその時、とても複雑な思いでその光景を見ていました。



「ちょっと、パニクってるんだろうな。。無理もないよな......」



「どうして......こーなっちゃうのだろう......」



それは、
居並ぶ人々に懸命に対応している優しい女の子に対する気持ちというわけでもないのです。



別の日は、
当時付き合っていた彼女の消息を確かめようと決死の思いで向かった神戸への道すがら、
貴重なペットボトルの水を配っているヤ◯ザ屋さん職の方々を見かけました。
強面の男の人の手から配られている水を3本も4本も取ろうとするオバちゃんがいました。
コワモテの男の人は、

「一人2本までや!わからんのかい!」

と言っていて、
そのおばちゃんはスゴスゴと引き下がった後、
その水をもらおうとする沢山の人の列にもう一度、何食わぬ顔で並んでいました。
水は、誰かに預けたようでした......
周りの人々からは冷たい視線が飛んできます。が、おばちゃんは意に介しません。
そのあと並んだ後ろの中年男性から怒号が飛びます。

「あんた!何回ならんどんねん!!!」

その中年男性の後ろには、泣きじゃくっている小さな男の子が並んでいました。



また違う場所では、救援物資を多くの人々に配っている光景が見えました。
そこからは女性の大きな怒鳴り声が聞こえてきました。



「あんたらふざけんな!私には沢山の子供がいるんだ!」



ふと見下ろした僕の足元は、
まるで爆弾が落ちた跡の様に、ボコボコと窪んだ穴だらけでした。
その周りの地面は所々、何か別の世界の様にワケもわからず捻くれていて、
それが道だったのか、人の家の庭だったのか、路肩の歩道だったのか、
全くわからない場所になっていました。



「絶対彼女を助けてやる」



その時、そんな気持ちが強く湧き上がってきました。



数日後、
しばらく連絡が取れなかった西宮に住んでいた敬愛する先輩のG野さんと会うことができました。
心底心配をしていた人の無事が確認できて、僕はなんとも言えない喜びを覚えていました。
G野さんはプロレスの興行もとり仕切る様な剛腕なイベンターさん。
体も大きく、体力もあって、荒ぶる人ですが、心根も優しい。
家は半壊だったようなのですが、自分と家族の無事を確認した後は、ずっと、
倒壊した近所の家々から沢山の人を自衛隊さんや消防士さんと共に
ひたすら助けていたようでした。
G野さんはその時も、やっぱり頼もしく、山のように僕の前に立っていました。
G野さんは僕に一言こう言いました。



「あんな、UZMET。男は体鍛えとかなあかんで。いざという時役に立たん」



今、南米、エクアドルでも大変な事態となっている様です。



今一度、2014年に書いた「1月17日」という記事の最後の部分だけ、
ここにも転記しておきたく思います。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
本当は、
その時僕が言いたかったこと、
阪神淡路大震災の時に「思ったコト」「起きた出来事」というのは
とても沢山あって、
だからとても一遍に話したり書き記すようなことは出来ないのですが、
そんな事というのはみな極々当たり前で
常識とも言えるようなことばかりにも思えています。
......そんなもの?なのでしょうか。。



命は宝物だということ。

明日死んでも後悔の無い様に生きなければ、ということ。

大切な人の安否が分かって初めて次の心配も行動も出来るんだ、ということ。

異常な災害時には人間それぞれの本質が表れてくる、ということ。

そして、改めて、

強く生きたい、強くなりたい......ということ。

そんな当たり前のことばかり。

でも、そんな当たり前のことも成すのは難しいということ。

当たり前に生き抜くということも大変なことなのだということ。



阪神淡路大震災以来、
1月17日にはその時噛み締めた色々な思いをちゃんと思い起こそうと努力してみます。
あの時を目前にし、
あの時に一緒に過ごした途轍も無く辛い思いをした人達。
今もそんな思いをし続けている、
なかなか癒えない傷を負った多くの人達のことを思ってみます。
電気やガスが街に戻るまで、
僕のワンルームで窮屈な思いをさせながら数ヶ月一緒に暮らした
3人の人達のことを思ってみます。
ほんと、ダメな僕は、毎日の生活にまみれる中でそんな思いも
ついつい薄れてしまっていたりする様な気もして。。



改めて、
命に感謝して、大切に、強く生きねば。。と。



当たり前の日々に、感謝をしなければ。。と。



1月17日にはそんなことを思い直したりします。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>



多くの人が、強くあれますように。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

少しでも

2016-04-17 18:27:35 | 願い
熊本地震。

被害に遭われた方々。
とてつもなく理不尽な悲しみに直面されている方々。
途方に暮れている方々。
言葉もありません。
僕はこんな時にいつも、自分の無力さにおののき、
心さいなまれてしまう様な小さな人間ですが、
それでも、被災者や地域のことを他人事とは決して思わない、思えない、
最低限の誇りを持っていることを確信できる人間でもあります。
そんな僕に出来ることは、例え少しのことでも、
祈りでも、何でも、していきますし、やります。

東日本大震災から5年。
未だ心痛む様々な状況、出来事を抱えているこの国。

その憂い。

自分の生活のことだけで精一杯という毎日の中で、
どうしても薄れていってしまう災害の記憶。情報。反省心。改善心。努力。

被災者支援の不足。
支援策への無関心さの拡大。
未だ収拾出来ない原発問題。
大きな地震が沢山起こるこの国に、それでも数多く存在している原子力発電所。
そんな原発の再稼働。
電力や生活インフラに関する利権問題。法律の問題。
法律そのものの考え方の古さ。
立法化のシステム、ルールの不全。不足。
未来の電力システムやインフラ整備へ向けての政府指針の不明瞭さ。
そんな国家戦略が不確定であるという事実。怖さ。不信。
そんなコトゴトに対する僕自身の無抵抗さ加減。声の低さ。
そんなものものを変えられない、許してしまう、力なき自分......「僕ら?」でしょうか。

熊本地震と名付けられた、今、目前で起きている悪夢に、もし、何か、
タグのように隠れている意味のようなものがあるのであれば、
そんなことすらもちゃんと捉え、考え、対処もしていかなければ......
などとも思ってしまいます。
少しでも多くの人々と一緒に考えることをしなければ......などとも考えてしまいます。


そんなコトゴトとや思い、考えを、自分自身に今一度強く問いかけて、
自分に出来ることをやろうと、再決意します。


ここ数日、
毎日伝わり来る災害情報から思い起こさせられてしまうのは、
僕自身の中にある地震災害の経験と記憶。
札幌で味わった1993年の釧路沖地震の記憶。
大阪、豊中に住んでいた時に遭遇した阪神大震災の沢山の経験と記憶。
東日本大震災には東京、港区で遭遇しました。
そんな地震という出来事に対する記憶や想いは、過去に少しだけ......
このブログの中でも記してもいましたが、今一度、自分自身で読み返してみても、
そこには未だ癒えぬ、人にも語れぬ傷があることを再自覚もさせられます。

1月17日
国破れて山河あり

でも、そんなことも、
今、この瞬間、大変な現実と向かい合い、
戦っている多くの方々に比べれば何ともないことでしょう。
痛くも痒くもないことでしょう。


一人でも多くの人が助かりますように。
傷つきませんように。
平穏な日々を取り戻せますように。


必ず、僕らに良い未来がありますように。
創れますように。


ちゃんと、実行します。
もう一度頑張ります。
もう一度誓います。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

天照雨降相対論

2016-04-13 21:28:52 | 面白い
曇っていたのに、夕暮れ間際に急にでた夕日。
あまりの美しさに感動。
アマテラスさんって紫陽花が好きなのではないかとふと思う。
日本で見える太陽はアマテラスだけど、よその国から見える太陽は別の神様ですよね?
それってどういうことなんだろう。
同じエネルギーを国別に違う名前で呼んでるだけなのか
違うエネルギーなのか
たくさんのエネルギーの集合体が太陽で、その一部分がアマテラスなのか…
人間にはわからないことだらけですね――――――――――――



とある日の、知人Soraさんのツブヤキ。
以下は「アマテラスさん」という言葉にツイツイ反応してしまった僕のコメント。
の、誤字脱字修正版。。



―――――――――――――Soraさんの言う通りだと思います。
同じエネルギーでも、受け取る環境が違えば違うエネルギーとなります。
例えば雨にしても、同じ水でも寒い冬には雪になって、
暑い夏には少し温かい雨となります。
厳密には「ドチラも全く同じ水」というわけではないでしょうが、
でも水であるということは同じです。


水が変わったのか?


アインシュタイン的相対論で言えば、
「いいえ。雨が降る際の環境が変わったのです」
となるのかもしれません。
「いやいや、気温や気候が変わったのです」
と言えるのかもしれません。


例え場所が同じでも、
環境や季節が変われば水というエネルギーの姿が変わってしまう。
当たると痛い雹(ヒョウ)になったりするようなこともあるでしょう。


でも全て同じ水。


太陽の光やエネルギーもそれと同じに思えます。


北極点で受ける太陽エネルギーと、
赤道直下で受ける太陽エネルギーとは全く違います。
光も、地球の大気層を抜けてくる角度や距離でその中身は全く変わってきます。
わかりやすいところで言えば、紫外線の量だったり、赤外線の量だったり。
大気中のチリの量や湿度によっても減衰されるもの、増幅されるもの、
色、匂い、朝日と夕日。
そのエナジーが変わってしまうということは容易に想像できます。


すると、やぱーり、Soraさんの言う通り。


同じ太陽の光でもその光が「在る状況」によって全く違うエナジーとなってしまう。


だから、世界の人々がそんな太陽エナジーの違いを表現しようと思うと、
同じ太陽の神様でも、
その光が存在する場所や土地によって全く違った名前の神様になってしまうのでしょうか。
当然言語も違うけど、言語が違うということにも同じ理由があると思うわけです。


神様や言葉はどちらもエナジーの現れであり、環境の表出でもあるわけで。


言葉はエナジーを縛る「呪=しゅ」でもあるわけで。


太陽という恒星も、水や光の話と同じように元は同じもの。
静岡の海から見た富士山と山梨の盆地から見た富士山の違いと同じ話。
どちらも富士山。
でも違う。
違って見えるのは、見る人の立っている場所によってしまう。
でも「心の目」で見てみると、どちらも同じ富士山。
そして、実は誰もが、どれも同じ富士山だとは知っている。


ここが大切!?


世界の真相!?


世界の様相を心で見るか、立ち位置で見るか。


立っている場所、状況、環境、時間や空間。
それによってエナジーの感じ方や見えかたは変わります。
だからこそ僕は、僕自身のことは、
人にはなるべく、環境に左右されることのない心の眼で見てもらえたらなぁ......と、
いつも願うように思ってしまうわけです。
人を見る時、なんとか、心の目で見て、理解していきたいなぁ......と、
頑張ったりもするわけです。

父親から見た僕は、奥さんから見た僕とは違うでしょう。
仕事を共にする人が見て、感じている僕と、
昔からの友人が見て、感じている僕の姿はかなり違うでしょう。
でも、それら全ての僕を合わせたものが真の僕であって、
そのような僕を捉えてもらうには、心眼で見てもらうしかないようにも思えます。


「天照雨降相対論=あまてる あめふる そうたいろん」


太陽の光に多大な影響を与える「大気」に覆われた惑星を出て、
そんな大気のない外世界に出た!としたならば、
宇宙空間に漂い出たとするならば、
太陽のエネルギーはやはり、おおむね1つ。
惑星やその他天体の影響下にない場所であれば全てだいたい同じ光で、同じ神。
名前も1つとなるのかもしれません。


しかも、光が熱を持っているなんて......
もしかしたら宇宙空間では非常識なことかもしれません。


光が暖かいのは......
地球大気との摩擦や光学的反応によってなのかもしれません。


だって、もし、光そのものが熱を持っていたとしたならば、
太陽のような恒星はとてつもなく熱い天体となり、
そんな天体が未知数にあるこの宇宙空間は間違いなく熱に満ちているはずです。
そんな光が無数に飛び交う空間は熱くてたまらないはずです。


でも、宇宙空間は冷たい。


凍てつく寒さの世界。


さて、太陽は熱いのでしょうか?


「真空という宇宙空間において」太陽は熱いのでしょうか?


言葉を変えます。


心眼で見たとき、太陽は熱いのでしょうか?


地球上で名づけられている太陽神の名前がいくつあるのかはわかりませんが、
地球意識では間違いなくその名の数だけ存在し、
みな、少しづつ違うハズです。

でも、宇宙意識で見れば、心眼で見れば、
おそらく、太陽は1つで、しかも、
真の太陽が熱いとは......限らないようにも思えます。

それが「星の時代」の意識。
僕はそう思うわけです(^_^)



上は「8を巡る旅」の時に載せた遷宮直後に現れた出雲の奇跡。。
下の写真は伊勢神宮に行く直前、東京、品川駅のそばで。。



下はどちらも海外のアマテラスさんで。。



みな、両サイドに虹さんを従えていて......



みーんな違うアマテラスさん(^^)かな。。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

橿原徒然

2016-04-09 23:47:07 | 凄い...パワスポ寺社
なんでしょう。
最近また地味にアクセスが増えているこのブログ。
特に皆さんからポチポチと頂くメールで多いのが

「昨年末の記事、ヤバイっすね。
今年に入ってからの色々な出来事で実感しまくってます......」

的感じのもの。。
その昨年末の記事というのはこの「SIGNAL」という記事のことなのですが、
それはこのブログを書き出してから毎年末、恒例行事的に記してきた
「僕の中に浮かんでくる来年のイメージ」
という圧倒的にポンチキで、大雑把、
よく言っても世の中の最大公約数的ポヤポヤイメージの話でもありますので、
なかなか、どーして、
いただいたメールの返信内容には少々考え込んでしまう様なこともあります。


しかしながら、
世界は確実に「去る年」のようです。


先日のセブンイレブングループの鈴木会長が退任されるというニュースが出た時も、
また一段と興味深いメールやお話をもらったりもしましたが、
その一方でまた、ちとエキセントリック!?
なニュースに気をとられている僕さんなどがいたりもします。
中でも最近一番気になったのは
「神武天皇2600年大祭に天皇陛下がご参列!」
なんていうニュース。
この国の初代天皇とされる「神武天皇=じんむてんのう」が崩御されてから
2600年の歳月を迎える日というのが今年、2016年の4月3日だったのだそうで、
それで、その初代天皇「神武天皇」の御聖徳を偲び、顕彰するための祭典を、
神武さんが祀られている奈良県、橿原市にある「橿原神宮=かしはらじんぐう」で
今上天皇(現天皇)を迎え、大きくとり行ったようなのです。



......こちら。
実は、このブログに時たま登場する、
スゲー能力を持った九州の友達、神職のMさんから頂いたお守り。
九州のカフェで二人でお茶をしている時に、おもむろに、唐突に、いただきました。。

橿原神宮では、その神武天皇の記念式典に向けて39年ぶり!の本殿の改修工事を、
一年かけて行っていたようなのですが、
そんな橿原神宮さんが配布したという貴重なお守りがこちらなのです。
今回の改修工事は、檜皮葺(桧皮葺=ひわだぶき)と呼ばれる
ヒノキ皮を丁寧につないだ本殿の屋根を丸々張り替える
というものだったようなのですが、このお守りの中には、
その橿原神宮の本殿を長い間守り続けていた屋根のヒノキ皮が入っているのです。
神武さんの神気が宿った!?とても貴重なものなのです。

実は、このお守りをMさんからもらった時、
手にした瞬間、
僕はまるでカイロのように暖かいエネルギーを感じてしまい、
それがまた「熱い」と言ってもいいくらいのあまりに強い感覚だったので、
僕は思わず大きな声で
「おわわわっ!」
っと叫びながら御守りをテーブルに落としそうになってしいました。


ちょっと衝撃な感じで。。(@。@)あたくし。。


Mさんに聞くところによると、なんでも、
神職ならではの特別なお友達ルートにお願いをして、
「もしいただける余地があれば、是非いただけないか......」
と頼んでいたものらしいのですが、当然、地元を始め橿原神宮を崇敬する人は
全国に沢山いるので、配布できるお守りの数はとても少なく、限られてもいて、
同業の!?Mさんでもわずかに3個だけいただけたということなのだそうです。
その内の二つはMさんとMさんの奥さん。
残りの一つを、僕に......と、今回いただけたわけなのですが......



Mすわぁぁーーーんん!
ありがた過ぎの嬉しすぎぃぃぃ......
涙こぼるるぅぅぅ......(TωT)



ということで、早くも激動している2016年を、
僕はこのお守りをお財布の中に大切に忍ばせながら過ごしているのでございます(^^)



こちらは、
Mさんの奥さんも「とにかく大好き!」と言われる、そんな橿原神宮さん(^。^)





大和三山の一つ「畝傍山=うねびやま」の広々とした麓に立つ大きな宮。
素晴らしいっす。。



シンプルに、簡素に。
参道から境内までの全てのモノが大きく広く作られているのが特徴でしょうか。。



この「簡潔にして広大」という特徴が、
この地にいる時に自然と清らかになっていく意識にも作用しているのか......
やがて意識は、周囲の土地や空気に溶け込み、
木々の間に、空に......大きく、吸い込まれるように拡大されていく......
そんな感覚に成ったりなんかもします。。。



素晴らしくスキッ!としたとこっす。
どことなく明治神宮ににている空気感です。



それもそのはず。
この橿原神宮は、実は、2600年の昔からある社(やしろ)というわけではなく、
記紀(日本書紀&古事記)において神武天皇の宮があったとされるこの地に
「神武さんの社を建てたい!」
と願う人々の請願を受けた明治天皇によって創建されたというのが最初のようで、
実は1890年(明治23年)4月2日に建てられたとても新しい神社なのです。

個人的には、畝傍山のパワーもさることながら、
この、池......「深田池」......が......



ヤバし。
それと、その池の横から入るこの神社「長山稲荷社」さん。。ここ。



ヤバし。
もし橿原神宮に参拝するようなことがあれば、是非訪れていただきたいマニア向け!?
のパワースポットでございます(^^)



貴重なる橿原神宮のお守りを九州の地でもらった時、
不思議な力を持つMさん
「こんなズゲーお守り......ど、どこに置いたら?持っていたら?良いのかな。。
Mさんの神様にちょっと聞いてもらえない!?」
とその場で聞いてもらうと、


九州は生みの地。生まれる地。
己(おの)が感じる場所でよかろう」


......そーっすか。。
やっぱり、
神様って寛大ですのね♡(*´ー`)...ジンムラブ


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ほろ苦く、

2016-04-05 00:07:50 | 美味しい...珈琲
「ウチの奥さんって、珈琲がメチャメチャ好きなんですよ。
ハワイコナも大好きで。
だからuzmetさんと趣味が合うと思うんですけど、、、
その奥さんが最近とても旨いって絶賛してる珈琲があって、
この前それ飲んだらホントに美味しかったんですよ。
uzmetさんも、もしまだ飲んだことがなかったらオススメですよ。
ほんと。美味しかったです」


って、ですね。
ウチのスタッフさんに言われちまいまちて。ええ。
モチロン。
早速手に入れましたのですよ( ̄ω ̄)b 躊躇せず。
その、噂の、ハワイコナ好きさんが賛辞を送る......なんていうふとどきな珈琲さんを。
手に入れまちたのよ。ええ。ええ。



「ガラパゴス・コーヒー」

え!?

ガラパゴスってあのガラパゴス!?
イグアナさんの?
ケータイ電話の?
ガラパゴス?

......って、ね。

そーみたいっす。

正真正銘。

ダーウィン進化論の島、
ガラパゴスの島々さんでは今やコーヒーを作ってるのだそうで。

スゲーっす。

なんだか、名前負けしちゃいます。

で、早速飲んでみたっす。

豆の味が綺麗に出るいつものキットで。

お手製の蒸留水で「クレバーコーヒードリッパー」を使って、
ちょい蒸し加減で、豆の味がクリアに出るように淹れてみたのでやんす。。



ウメ~っす!(O_o)

染みるねぇ~(>_<)/。。って、ビール飲んだ木村佳乃みたいですわ。ええ。

なんですかね。
うりふたつです。

確かに。コナコーヒーと。
マジびっくり。

正直、ここまで美味しくて、コナと味がそっくりだと......



違いがわからん!(T . T)ぶぇ。



やべーっす!(T ^ T)オロオロ



うろたえます。
コナにここまで似てる味のコーヒーは初めてかもしれませぬ。
軽さといい、でも香り高い感じといい、味がしっかりあるところといい......
ウームムム......
少しぐらい違いわないのかしら......うーむ......
さがしてやろーかな。。無理やり。うーーむ。。

わずかに!?

なんだろ。。

どっかハワイコナより古い感じなんだよなぁ。。

香りが。。ケムリー(煙)な感じ。。
スモーキー。

岩っぽいかんじというか......

やっぱりガラパゴスって古い島なのかな。。不思議じゃ。
フレッシュさがコナより無いんだな。多分。

コナより枯れてる大地の味わいというか。
水が古い?少ない?感じというか。
難しいな。表現。。

ま、そんな感じで。
でも、掛け値なく、旨い!
好き!
大好き!
コナコーヒーと言われて出されてもボクちんわみぬけん!

スゲ!美味しい。

もっと値段が下がれば......やばいコーヒーになるんだろうけど。。
今の所、かなりの高級品ですな。
毎日はお財布が号泣しちゃうので、タマに.....に、しよぉーーっと( ̄ー ̄)

でも、久々に良い豆教えてもらえたなり。
ゴキゲンゴキゲン(^_^)3939



ちなみにこの貴重な豆の名前は「サンクリストバル」
ガラパゴス諸島の中で一番東に位置する島の名前で、
諸島の中で最も古い地質をもつ島なのだそうです。

豆はご近所さんでは手に入らなかったので、
大阪の珈琲豆専門店「ロッソビーンズカフェ」さんで買わせていただきました。
このお店は生豆で輸入していて、
ローストを自在に注文できるのでとても気に入ってます。
ガラパゴス島の珈琲豆は初めての買い物なので焙煎の癖が一番つかない
スッキリとしたシティ・ローストでお願いしました。

ダーウィンの進化論で有名な赤道直下のガラパゴス諸島というのは、大陸からも遠く、
隔絶された環境のため、独自の進化を遂げた生物達が沢山暮らしています。
お店のガイドによれば、島のすべてが世界遺産に登録されているので、
法律により農薬や化学肥料の持ち込みも禁止されているのだそうです。
なので、完全自然の土地と農法で作られた生豆はとてもグリーンが濃いようで、
粒も揃っていて綺麗だと書かれていました。
小さな島で、農園も少ないため生産量も少なく、希少性も高いようで、
値段はちょっと高いです。
でも、
うちのスタッフさんの奥様がおっしゃっていた通り、
ハワイコナの味が好きな人にはぜひ一度!
飲んでみてもらえたらと思う絶品の味でした(^^)



周囲から隔絶された環境で生命が独自進化を遂げる。
その生物体系は独特で、他世界に入ると、入れられると、
途端に脆く崩れてしまう。。
そんなことの象徴的な言葉となった「ガラパゴス」
仮に広大無辺で、今も拡張を続けている宇宙を大きな世界として考えてみると、
地球というのはもしかしたらそのガラパゴスなのかもしれない。。
宗教だ、貧困だ、正義だ、悪だ、と、同じ種である仲間同士で殺し合う、
動物でもまずやらないようなことを繰り返してる生命がいます。
宇宙世界や意識より隔絶された世界を我が物顔でノシテ歩く動物は、
ガラパゴス諸島のイグアナ......
イグアナの目をしたような人間?の象徴なのか......
真の外世界では意外にもカナリ弱っちいのだけれど......
隔離された生態系では一部ボスとして君臨しちゃうようなのですね。
しかしガラパゴスの生態系の頂点には「ガラパゴスノリ」という大空を舞う鷹さんがいて、
その鷹にはイグアナも滅法弱く、でも、その鷹は、
近年島に乗り込んできた人間という種に乱獲されて殆どいなくなったらしく。。

まるで、何かの、何処かの神話みたい.....で......

なーーーーんてね。

ほろ苦く、地球の味もするのですね。コーヒーって。


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

バロン

2016-04-01 00:05:57 | 面白い
王子はこの日、死神に生贄として捧げられる運命となっていました。
二人の召使いたちはそのことをとても悲しがっていました。

そこに一人の魔女が現れました。
魔女は死神の使いで、
召使いたちに王子がもうすぐ死神の手に渡ることを改めて告げました。
魔女が去った後、召使いたちは国王のところに行き、
王子の生贄を取りやめてもらえないかと嘆願します。

国王と女王が現れます。

女王は最愛の息子でもある王子が死神の生贄になることをとても悲しんでいます。
すると、そこにも死神の使いである魔女が現れました。
魔女は女王が王子を差し出す気持ちが変わらないように、女王に呪いの魔法をかけ、
彼女に改めて王子を生贄とするように命じます。

いっぽう、国王は、
王子の父ではなかったのですが、王子をとても愛していて、生贄をやめさせようとします。
しかし、そこにまたしても魔女が現れ、
国王にも女王と同じ生贄を差し出したくなる呪いの魔法をかけました。
魔法をかけられた国王は王子を死神の棲家のすぐ前の木に縛り付けます。

縛り付けられた王子の前に「シワーの神」が現れます。

シワーの神は磔にされている王子を憐れみ、
王子を不死身の身体へと変えてしまいました。

その後、そろそろ王子を生贄にしようと死神が現れます。
しかし王子が不死身の身体になっているのを見て、死神は自分の敗北を悟り、
王子にそんな自分を殺してくれと頼みます。
そして王子は望み通り死神を殺し、天国に送りました。

死神が天国に送られた姿を目にした死神の第一の子分であった「カレカ」は、
自分も死神と同じ様に殺して天国へ送ってほしい......と王子に頼みこみました。
しかし、王子はそれにまったく同意しません。
言うことを聞いてくれない王子に業を煮やしたカレカは、
巨大な鳥や動物に変身して王子に戦いを挑みましたが、
不死身の身体を持つ王子はこれらをことごとく打ち破ります。

負け続けたカレカは最後の力を振り絞り、
悪魔の女王である「ランダ」に変身します。

ランダは強力で、
さすがの王子も太刀打ちできないくらいでした。
王子は決心をして、真実の神であり最強の神である「聖獣バロン」に変身をします。

ランダとバロンの力は互角。

それを知ったバロンは沢山の味方を呼びます。

バロンは多くの味方たちと一緒にランダを倒そうとしますが、
ランダは魔法を使ってバロンの仲間たちを倒そうとします。
ランダの悪魔の魔法にかかったバロンの味方達は、
皆ランダに対する怒りや攻撃を自分自信に向けるようになってしまいます。
仲間達は自ら、自分の身体を痛めつけ、傷つけるようになってしまいました。

バロンはそんな味方の姿を見て、悪魔の魔法を取り除きます。
しかし、両者の戦いの力は拮抗し、
延々と勝敗のつかない戦いを繰り広げていきます。

そうして世界は、
ランダとバロンの終わりの無い戦いに永遠に巻込まれていくのです――――――――



―――――――赤道直下、インドネシアのバリ島に古来から伝わる舞踏儀礼
「バロン・ダンス」のおおまかなストーリー。
島には少し前に滞在していたのですが、その時に立ち寄った劇場でもらった
ステージガイド代わりの紙片に書かれていた物語の要約です。


世界とは、善と悪の終わりなき戦いのことである。
世界は、善悪の戦いで回っている。続いている。


物語は、そんな意味なのでしょうか。。


なんとも......複雑な気持になる、そんなストーリー。


多分、善悪という概念が人の中にある限り、
世界はきっと変わらないのだろう......この世はこの世であり続けるのだろう。
僕はそんなふうにも思いました。


見ていてとても辛かったのが、
バロンの味方が悪魔の女王ランダの魔法にかけられ、
自らの体を自分で痛めつけ、激しく刺し貫くというシーン。



悪、とは、自らを傷つけるような行為、
回り回ってそういうことになってしまうような言動......
そんなことを表現しているのでしょうか。
そんなことこそが「悪」なのだ......と、
他人への怒りや攻撃の心そのものが、自らを傷つける悪なのだ......と、
そんなことを言っているのでしょうか。
見ていてなんだか胸が痛みました。



日本人であれば、見た人の誰もが思うように、
聖獣バロンの姿やパフォーマンスは日本の「獅子舞=ししまい」そのもの。
この南国の地は、古の昔から日本と深い繋がりがあったのかもしれない......
ということも、感じとれるのではないでしょうか。

日本の獅子舞のルーツは基本的には中国や朝鮮半島とされていますが、
バリの地に佇むと、台湾を通り、沖縄、鹿児島、四国、和歌山、伊豆、関東......と、
インドネシアから黒潮のルートに乗って北上してきた海人(あまびと、うみんちゅ)
の流れもあったのだろうことを強く感じさせられます。

レゴンやケチャでも舞われるバリ島特有の女性のダンスにおいても、
その目線の動きや配り方は「歌舞伎」の「見得=みえ」や「にらみ」を思わされます。
そんな部分にも日本との繋がりを感じたりもします。



バロンダンスの劇中、物語の進行に重要な役割を持つ「猿」が登場してくるところにも、
日本神話における「猿田彦」の神様を思わせるような部分があります。

なににせよ、ハワイ同様、日本人に人気の国や場所というのは、
表面的なもの以上に日本人として心の奥に刻まれている何か?が、
自然と反応してしまうようなところなのではないか......と、
いつもそんなことを思ったりします。



夕暮れ時に訪れた島の西方にあるタナロットという寺院。
その参道でふと見上げた、不思議な懐かしさと美しさを湛える夕暮れの空には、
日の丸のような赤と白でレイアウトされたインドネシアの旗が、
高貴なる紫の空に気持ち良く羽ばたいていました。



バロンダンスの後ろで鳴り響いていたガムランの音色のように......
心のどこかが......くすぐられるような...紫。

また、いつか、紫の話へ。。

それまでは、いつか記したこの記事を......(^_^)


にほんブログ村 その他日記ブログ 日々のできごとへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

リンクバナー