雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

維新と威信 6

2019-01-12 00:41:26 | 不思議...パワスポ寺社
僕が萩で受け取った2019年のキーワード「維新」と「威信」は、
こんな出来事の中で、数日が経つうちに徐々にその意味合いを表して来ました。
そして、それに合わせるかのように、神々からの言葉も少し遅れて届けられて来ます。
年をまたいで記している今回の松蔭さんと明治維新の志士達のお話は、
最後にもう一回だけ、続きます(^^)














このお話の初回記事にも記していたと思いますが、
Mさんと福岡のホテルで話している時、Mさんは僕に明瞭にこんなことを言っていました。

「松陰さんは生きてます。すくなくとも、僕らが神祭で行った時まではそうでした」

僕も、おそらくはその通りだと思います。
萩での一連の出来事からは、Mさんの霊能の確かさは一層強く認識できましたし、
実際に肌で感じた萩の明治維新の志士さん達の感覚も、押し並べてそんな感触でした。
東京にある松陰神社もそうですが、神様とは違う次元にある感覚。
まだ生々しさもある次元。
しかし、とてもよく理解できるのは、

それほどまでに強い思いがあったらこそ国の変革が出来た。

そして、そこまで強い思いは、それ故に、

この世界からなかなか消えることができなかった。

2019年。亥年。猪年。イノシシ年。
維新と威信。
それが猪突猛進的に進み、わかりやすく現れていく。
明治維新から始まった日本の近代化は、戦争も挟み、
その数々の深い傷跡も含めまだ本当の意味では成せてはいなかったのだ、と。
だから明治の志士達の思いや憂いも消えることが出来ずにいて。
しかし、維新からちょうど150年が過ぎ。そんな明治維新からの流れはやっと完結。
年号も大正、昭和、平成と3度も変わり。終わり。
今年はまた新たな年号が待っています。
これからの社会改革的な諸事に際しては、
また明治維新の時の様に血が滲むこともあるのかもしれません。
ただ、最早、時代は進歩し、
その血は明治の時の様な「人の命」ということではないとも思いますが、
精神的に、社会的に、ひどく傷つく様な人がとても多くなるのかもしれません。
特に、旧体制の旧態的な価値観を基にするモノモノは完全にそんな流れに入り。
弱り目に祟り目?
組織や仲間内でのイザコザ?内乱?的出来事も?
犠牲なき維新はないのか?
ただきっと、勢いに乗る人も諸事も多く現れて。
必要なのは

「自らの威信にかけて、、、」

という強い気持ち。

明治の志士たちの様な意思力。意識。

芯の強い想い。誇り。尊厳。

それを、どんな時も失わない様にすること......



最後に、遅れて届いて来た神々の言葉達をここに残しておこうかと思います。
相変わらず!?ポンチキ極まりない御言葉達なのですが、
相変わらずの鋭さを誇るプリリンねーさんの監修も頂いたということで。
そして、こちらを読んで頂くにあたっては、
もしかしたら知っておいてもらったら興味深く読めるであろう?
少しの予備知識も記しておきます。



松陰さんは、江戸幕府が鎖国政策を敷いている最中、
伊豆、下田に訪れていた、いわゆる「黒船」に友人と共に小舟で密航して、

「アメリカに連れて行って欲しい!留学をしたい!」

という嘆願をペリーにしています。その

「海外の進んだ技術や世界を見てみたい。とにかく!学んでみたい!」

という純粋な願いは、過去にも青森に来航するロシア船を見に行ったり、
長崎の出島に遊学に行ってみたり、という記録が残されているくらい、
それこそが彼の夢であり、一番の願いであったようなのです。
松陰さんのこの行動は、当時の幕府から危険人物と見なされる元ともなって、
最初に捕らえられたのはこの一件からでもあります。



......と、予備情報はそんなところで。
アチキわ食べ過ぎたお餅の為に、これから公園を走りに行くのでやんす。ええ。ええ。
皆さんがよき新年を過ごせていますよぉにぃーーーっ♪(^^)




========================================
<吉田松陰>

uzmetのところに行ったよ。
お別れのためだな。

私は、スカイウェイでアメリカに行って来ることにしたよ。
行きたかった場所だからな。

私は、霊界にいたが、去年霊界が無くなったので、菩薩界にいたのだが、
あまりに退屈だったので、神になる志願をしたのだ。

神になる準備をしたが、ダメだったのだよ。
変わらないからだろうな。

(何がですか?)

罪がだよ。
罪が深いのだということだな。
だから、アメリカに行って修行をして来るよ。
レッツゴーだな。
金型の鷲が見えるよ。
シアトルに行くよ。
========================================



========================================
天之御中主神

uzmetは、明治の志士達のところに行っていたな。
かつての変革の時に、私達神のことがわかってくれた人達だった。
土になってしまってから、もう150年は経ったのだろう。
だから、神にしたよ。
元々、神の使いだったからな。
普通はすぐに八階層になるのだが、土佐の坂本龍馬も最近神にしたから、
今年の神の会議で、伊藤博文もいいだろうとなったら、一蓮托生となったよ。
薩摩の西郷隆盛は、まだだよ。
来年だろうな。

(中略)

疑いのないuzmetは、欲しい物を大事に持ってきてくれたそうだな。
木戸こうすけ(木戸孝允。きどたかよし。何故か?神々は木戸さんのことをこう言います)
が、カラツの神に言ったらしいよ。
だから、カラツの神が酒を送ったと言っていたよ。
========================================



========================================
カラツの神(唐津の神。最近いなくなった住吉三神の一柱分もサポート中

吉田松陰は、アメリカに修行に行きました。
アメリカに行きたかったから、良かったと思います。
弟子の伊藤博文や木戸こうすけ(木戸孝允。上記注釈参照)は、
大政奉還の時に活躍しましたからね。
平成が終わる時だから、今年の会議で決まりました。
魂は、ずっと生きているのです。
uzmetさんは、一生懸命揃えてくれたので、木戸こうすけは気に入ったみたいですよ。
私からの酒は、長州の神達の気持ちです。
(実は、まず手に入らない限定醸造の超高級酒がMさんから突然家に送られてきました)
誰でもいいという訳ではないですよ。
足ーーーーさないと、変革は難しいということですね。
========================================



========================================
木戸孝允(きどたかよし、きどこうすけ)

「こうすけ」とも言っていたよ。
魂の会話が出来ると聞いたので、来たよ。
uzmetという人が、松陰神社に来ていただろう。
鷹(トンビ)が沢山いただろう。
あれは、友達達だよ。
望みが叶わないままの、幕末の友達だ。
松陰先生は、アメリカに行ってしまったな。
アメリカに行きたくて、行きたくて、
その思いが強すぎで神にはなれないと言われたらしいよ。
大政奉還の時は、薩長同盟があったので、西郷隆盛ともよく話したよ。
私は、髭が薄かったので、いつもカミソリで剃っていた。
欲しい物はと言われて、言ったのはそのためだ。
松陰先生は、甘い物が好きだったから、干し柿と言ったと思うよ。
高杉晋作は、カイロと言ったらしいな。
揉めていたからな。寒かったのだろう。
誰でもいいという訳ではないからな。
土に還って、今回は時代の変わり目なので、新しく神にしようとしたらしいな。
死んでも尚、スメラミコトの世界にして良かったと思っているよ。
明治天皇は神の世界にいたし、大正天皇も最近なったな。
徳川家康も一緒だったな。
今年は、神になったのが多いらしいよ。
来年から時代が変わるから、急いでいると言われたよ。
強くしないと、とんでもないことになるからな。
また、話していいか?
羅漢を増やしてくれよ。
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維新と威信 5

2019-01-08 00:07:56 | 不思議...パワスポ寺社
次回は、その明神池の光景や、

松陰さんに届けた様々なグッズの本当の理由?とか、

そんなお話へと続いていきます(^^)

お餅食べるどーーーー!ダ━━━━(`∀´)ノ━━━━━━ッ!!




お雑煮にしちゃいまちて。僕さん無類の雑煮好きなんですの。ええ。(●´ω`●)

と、そんな感じで昨年末からのお話の続きへと進みますの。ええ。ええ。

さて、無事にアチラ世界からの頼まれごとを全て果たすことが出来た僕は、
身も心も軽々しくなって、そのまま福岡空港へと帰ることにしたのですが、その前に!
萩の地を守る龍神さんに一言!
今日一日の御礼とご挨拶をしようと「明神池」という所に向かいました。
再び降り出した冷たい雪の中、僕は池の近くに車を停めて、外に出て、
池のほとりにある厳島神社さんへと続く池沿いの道をてくてくと歩いていくと.......



衝撃!のトンビ!?さんの整列が......カラスさんも......
しかも、鳥居に向かって伸びる参道的な道の手摺にズラリ.......と......整列......
その数は数えきれず。百!?はいないかもしれませんが、何十羽と......
こんなの見たことない......というか、
神社の参道にこんなふうに綺麗に整然と並ばれたことや、囲まれたこともなく。

「鳥居とはこのこと!?」

みたいな。上空にもめちゃくちゃな数が集まって来ていて......





この集まり方と人への慣れ方は、もしかしたら、
この池の近所の人達が時折餌をあげたりすることがあるのでは?
とも思いましたが、経験的には、
そんなことでもないと民家が建ち並ぶ場所にこれほどの数のトンビが棲んでいたり、
集まることなどは無いように思われます。
しかし、そう思う中で僕がとても驚いたのは、膨大な数のトンビさん達が、
参道と鳥居に向かって整列してとまっている!ということ。
その顔の向きや並び方は写真の通り全て揃っていて、
それがまた延々と鳥居のすぐ手前にまで続いているのです。
その光景はマサニ鳥肌もの!?で、
僕は少しの恐怖すら感じながら、しばしの間立ちすくんでしまいました。

「は!?はぁ、、すげぇ......この中を?歩いていくの?......襲われる!?気配はないけど、、」

僕は止まってしまっていた足を、もう一度前に出し、
ズラリと並ぶトンビさんの目前を通り、池のほとりにある厳島神社へと進んでいきました。
そして、拝殿に着き、賽銭を入れようとすると、今度は......



「は!?はぁぁ.......そーーー来るのですか......そーですかぁ......」

今度は鈴の真下、賽銭箱の真ん前に4匹のネコさんがいるのです。
知性ある目で?じーっと見られちゃってますけど。ええ。

「ん!?4匹!?って!?
松陰さんを中心に木戸さん、伊藤さんと......
せわしなく動く高杉さん......とか!?まさか、ね......」

と、そんな感じで終始驚かされるシメの本殿参拝を終え、
僕は池に架かる橋を渡り、浮島に佇んでいる摂社(せっしゃ)にも寄りました。



そこでは周囲に誰もいなかったので、
最初に訪れた松陰神社の時と同様の祝詞も差し上げて。
また雪の空が割れ、陽が差し、神々にその日一日のお礼を伝えさせていただき。
その後は池の奥の神体山の中腹にある恵比寿さんの社(やしろ)にもお酒を届け......

「やっと、、(´・`*)ホッ......」

と。すると、僕さんは急にお腹が空いてきて、
空港に帰る前にイイ感じに和モダンしているカフェ「晦事(ことこと)」さんに寄って
「スパイシー萩カレー」なるものを食べちゃって。





萩焼のカップで飲むコーヒーもオツな感じで(^^)



そうして東京へお帰りマンボーとあいなったのですが、家に戻った後、
僕は改めて松陰さんのことをもっと深く勉強し直そうと、
萩の各所から持ち帰った色々なパンフレットや文献、
ネットにある様々な情報などを数日かけて読み込んでみました。

そして、そんな諸々の資料の中に、一つ、目を引かれたものがありました。

それは、倒幕運動を陽動している危険人物の一人とされていた松陰さんが、
幕府に睨まれ、萩の地で囚われの身となった時の獄中記録でした。
松陰さんは長く萩の牢獄に囚われていたようなのですが、
幕府からの直接尋問の命が下ったため、とうとう江戸への移送が決まりました。
その時、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない、と、
萩の牢獄に幾度も面会に来ていた人がいた......
という記録が残っているのです。
その、牢獄の松陰さんに幾度も面会に来ていた人とは、
他ならぬ......



松陰さんのお母さんでした。



そして、その時にお母さんが持ってきていたという物品の記録が、
長い文献の中に僅か一文だけ、こう記されていました。



「吊るし柿」



この文字を見たとき、僕の目には何とも言えない複雑な感情の涙が溢れてきました。
あの、Mさんが読み取った「干し柿」とは、この、
お母さんが差し入れた吊るし柿のことだったのではないのか、と。
最後に吊るし紐がついたままの干し柿を買うことになったことにも意味があったのか?と。
僕は、そんな想いに至りました。
そう言えば、松陰神社の境内にある資料館には、
松陰神社の御神体とされる、墨で記された膨大な数の松蔭さんの手紙や書物がありました。
死期を悟り、そこから意を決した様に、
獄中から肉親やお弟子さんたちに向けてひたすらに書き綴った沢山の筆書きの書。



「——————あれほどの量の文の墨は、筆は、紙は、誰が差し入れていたのか.......

幾人かいるだろう。

お弟子さんや看取さんとかも、そうかもしれない。

あと、

もしかしたら.......

お母さんもその1人では.......

そうか!

裁縫セット!

そう言われたのも、

きっと、女性ならではの感性の差し入れではないか.......

それだって.......

きっと......

お母さん......

きっとそうだ。

お母さんの差し入れの品々。

それを、俺は持って行ったのか......

Mちゃんは、ちゃんと、その言葉を預かってくれたんだ。

松陰さんは、なによりも、お母さんの差し入れがとても嬉しく、ありがたく。

でも、だから一番悲しく、寂しく、そんな複雑な気持ちで......

きっと、あの品々は、そういうものだったんだ.....

この世界に残ってしまっている思いを象徴する、そんなモノモノであったのかも......

明治維新から150年。平成の終わり。

......もしかしたら、松陰さんは、何かに区切りを!?......つけたくて......」



僕が萩で受け取った2019年のキーワード「維新」と「威信」は、
こんな出来事の中で、数日が経つうちに徐々にその意味合いを表して来ました。
そして、それに合わせるかのように、神々からの言葉も少し遅れて届けられて来ます
年をまたいで記している松陰さんと明治維新の志士達のお話は、
最後にもう一回だけ続きます(^^)


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維新と威信 4

2019-01-04 00:17:39 | 不思議...パワスポ寺社
それはMさんもとても感激してくれたことでもあって。
もうすぐやってくる、2019年のキーワードにまつわる今回のお話は、
その新年の最初の記事へと続いていくことになるのです。

何卒!

このポンチ記事を見てくれている皆さんは!

とてーも良いお年おぉぉぉーーー☆(^^)

毎年質問を頂く「初詣」に関する諸々は、過去記事「初詣小話」の方にまで。

どうか、おもちを食べ過ぎませんよーにぃぃーーーじぶーん......




あけました!おめでとーっ!
お餅食べてるどーー!ダ━━━━(`∀´)ノ━━━━━━ッ!!

......という感じで。
新年最初の記事は昨年からのお話の続きでございます(^^)

さて、僕は先ず、
車を停めていた松陰神社から一番近くにある伊藤博文さんの旧宅へと徒歩で向かいました。
博文さんの家はこじんまりとした旧宅と、
東京から移築された大きな別邸とがあるようなのですが、
観光のメインとなっているのは大きな別邸の方らしく。
見学料を払うと家に上がることも出来て、
中に飾られている様々なパネル資料や博文さんの肖像写真などを見学することも出来ました。



ただ、実際に行ってみると、僕が惹かれたのは自由に見学ができる旧宅の方で、
それで、旧宅の周りをぐるりと一回りしてみたのですが......
裏に回り込んだ時に勝手口があって、そこから昔のままの炊事場が見えました。

「なるほど......ここか。箸(ハシ)って、そういうことか」

どーも、博文さんは時たまここへ来て食事をしている感じで。
旧宅にはどことなく、そんな空気が漂っています。
なので、僕は持ってきた箸をスルッとカマドの上に置かせてもらい、旧宅を後にしました。



そして、車を停めていた松陰神社の駐車場へと戻り、僕は再び車に乗り込んで、
次の目的地、木戸孝允(きどたかよし)さんの旧宅へと向かいました。







木戸さんの旧宅も、博文さんの別邸と同じ様に見学料を払って家の中に入れる形。
中に入ると、やはり博文さんのところと同じく、
木戸さんの肖像写真や色々な資料パネルが展示されていました。
この時、僕は旧宅の中に飾られている木戸さんの写真を見て、ふと気づき、驚いたのですが、
軒並み髭を生やしていた明治維新の志士達の中で、
木戸さんは全く髭を生やしていなかったのです。
昔、何処かで見ていたであろう木戸さんの顔も、
僕は旧宅に飾られていた写真を見て思い出しました。

「なるほど、そういうことですか。確かに、髭剃り必要ですよね......」

僕は、桂小五郎を名乗っていた頃の資料パネルの一つに目をつけて、
そのパネルの裏側に、そっと、約束の「お泊りひげ剃りセット」を置きました。

「言われていたカミソリでは無いのですけど、最新のシック製っす。なかなか使い易いっす。
管理人さんがそのうち気付くでしょうけど、それまでお使い下さい。ええ」



続いて、残る最後のアイテムのホッカイロを!お届けしようと!
僕は高杉晋作さんの旧宅へと向かいました。
......しかし、どうして?高杉さんだけ突然のモダンアイテム?のカイロなのか?
Mさんも不思議がってはいましたが、僕も当日になってまで疑念を払拭出来ず......

「もしかしたら、コレだけは大外し!
......ってこともあるかもなぁ......でもMちゃんが外すことはまず無いしなぁ......」

などと、旧宅に着いてもまだウダウダと意味を考えたりしていました。



高杉さんの旧宅に着いてみると、他の方々とちょっと違っていたことがあって。
それは、見学料は同じように払うのですが、家の傷みが結構進んでいるらしく、
床抜けなどの危険もあるため中に入ることが出来ず。
見学の仕方としては、玄関先からぐるりと家の周りを回るようにして、
外から中を見る形になっていました。

「中に入れないとなると......どーしよ......カイロおけるようなトコロなんかあるのかなぁ......
中庭とか?なら、植え込みとか、石塔とか、何か置けそうなところがあるか?なぁ.......」

と、僕は先ず、そそくさと中庭の方に行ってみました。すると......



「うぇぇぇウェウェウェウェウェウェえええええーーーーっ!?(((((( ;゚Д゚)))))!?
しゃ、写真が!そ、外にぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!
寒いやんけーー!コレぇぇぇぇぇーーーーーっ!」



そうなのです。
他の方々のメインの肖像写真は皆、家の中の部屋に飾られていたのですが、高杉さんだけは、
観光客が家の中に上がれないが為に、中庭に向かい開け放たれた縁側にどどーーん!と、
野晒しに近い形で置かれていたのです。
きっと、外のお客さんから見えるようにと、記念写真を撮れるようにと、
そういう配慮だと思われるのですが......

「な、なるほど。。こ、コレは、カイロ欲しいわ。な.......」

僕は失礼とは思いつつも、ちょっとクスッ!と吹き出しそうになってしまい。
しかし、慌ててこらえて。
先ずは寒い中庭に向かって置かれている高杉さんの肖像画に手を合わせ、
その写真の下にカイロを置きました。



ここが一番暖かいかなぁ、と、そんな気がしたのでココに置いたのですが......
観光客さんが写真を撮ろうとすると、この場所だと妙なカイロが写真に入ってしまいますし、
それもちょっと違うだろう、と。
僕は写真のすぐ横に置かれていた説明プレートの裏に隠し置くことにしました。
ここなら外から見た時に全く見えませんし、皆の写真にも映りません。
受付で寒そうにしていたおばちゃんも気付いて拾って使ってくれればと。

「どぞどぞ。とにかくあたたまってください。
こりゃ大変っすね。寒いっす。今日は雪ですし。マジで。ええ。ええ。」

しかし、恐るべきはMさんのポンチキ力。
素晴らしい!驚き桃の木!天晴れ満点グランドスラム。さすがっす。ほんと。
高杉さんも見事に喜んでいて。あの状況ならお酒より全然嬉しいと思われます。
いやー、でも、危うく笑いそうになりました。アブナイアブナイ。
Mさんにもその場からラインをすると、彼も僕と同様のアブナイ!?
反応をしそうになっていて。
とはいえ、自分のチカラに満足も出来たようでもあって。
ほんとにありがたい人なのでやんす。ええ。いつもサンキューなのです。

さ!

コレで約束事は全て完了!

体も妙に軽いっす!

飛べそー!

なので世界遺産の「萩反射炉」や「恵美須ヶ鼻造船所跡」にも寄り道をしつつ......





最後に!

萩の街を守る龍神さんに!

挨拶でもして帰ろうかのぉぉぉ!

と、僕は「明神池」というシメ!の地に向かって車を走らせました。

そして、その池にある神社でも、

高杉さんの旧宅同様の、

ちょっと想像も出来なかった光景を僕は見せられることとなったのです。

次回は、その明神池の光景や、

松陰さんに届けた様々なグッズの本当の理由?とか、

そんなお話へと続いていきます(^^)

お餅食べるどーーーー!ダ━━━━(`∀´)ノ━━━━━━ッ!!


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維新と威信 3

2018-12-31 00:02:03 | 不思議...パワスポ寺社
翌日。本来は東京への移動日で、お休みの日としていた土曜日。
僕はその予定を変更して、早朝6時に起床。
レンタカーで山口県、萩市へと向かうことにしました。
先ずはMさんに言われた数々のモノモノを、僕は手に入れなければなりません......

このお話は今年最後の記事へと、もう少し続きます。

せわしない年末とは思いますが、
皆さんが良き時を過ごせますようーにー(^^)☆




大晦日っす。
お餅食べるのだーーっ!ダ━━━━(`∀´)ノ━━━━━━ッ!!

......ってね。ええ。ええ。
さて。さて。お話の続きの方は......と。
僕はホテルを早朝に出ると、そのままレンタカーを受け取り、

「先ずはすぐに手に入るものを、、、」

と、レンタカー屋さんのすぐ近くにあったコンビニに寄りました。
ここでお買い上げしたのは松陰さん用の「裁縫セット」と「ほうじ茶」。
それと木戸さん用の「お泊りシェーバーセット」。
高杉さん用の「ホッカイロ」も大中小の3バージョンで。
僕さん用にはドライブのお供となる温かいコーヒー。(^^)
そして、よくよく見るとこのコンビニさんは、なんと!偶然!
「櫛田神社(くしだじんじゃ)」さんの参道前にあるお店で。
この神社の祭神さんは、他でもない、あの!スサノオさん!ですから、
出立に際してなんだか導かれた様な気もしてしまい、僕はちょっと感激もしつつ、
コンビニの横にある大きな鳥居から遠巻きながらご挨拶を......

「今日一日、萩の方に参ります。なんとかやり遂げられるよう、お力添えをお願いします」

そして、関門海峡を渡り、山口県へ。
萩市ではなんと雪!ともなっていて、風も強く、天気は結構な荒れ模様。
車のFMラジオから流れ来る情報によると、萩では今年最初の雪ということらしく。
そんな中、僕はMさんの言葉に従い、萩市内にほど近い「道の駅」に寄ることにしました。



道の駅「萩往還」。
実は、萩にはいくつかの「道の駅」があったのですが、調べてみると、
この道の駅だけ吉田松陰さんや木戸さんや高杉さん、伊藤博文さんの銅像があるのです。
「松陰記念館」なるものも。

「きっと、Mちゃんの言う道の駅はココだろう、、」

と、寄ってみたのでした。
果たして!干し柿は!......見つかりませんでした。
お店のお姉さんに聞いてみると、

「ああ、昨日まであったんですよ。ちょうど売り切れちゃって。
三日後にもう一度入荷する予定なのですけど、、、」

やっぱり!あったのか!と。流石Mさん。あっぱれのポンチキ力。
僕は明瞭に道の駅と言い切ったMさんの言葉に感心をしつつ、一旦、干し柿は諦め、
とても良い感じのお箸(はし)が売られていたので、
伊藤博文さん用のものはここで購入(^^)



予想外の出来事はいつものことで、なんとか対応せねばなんねーどー、と、
僕は道の駅でタブレットを開き、
萩市内の大きめのスーパーマーケットをリサーチしてみました。
すると、松陰神社にほど近い場所に「ザ・ビッグエクストラ」なる大きなマーケットが。
早速行ってみると、同じ敷地内には100円ショップもありました。

「いい感じ!ここで揃うな!」

と、僕さんは3歳児の勢いで店内に乗り込みます。



やりまちた!残りの品も全部!見つけました!(^^)
すげーっす。松陰さんの分だけでこんな感じ。豪華絢爛。
干し柿も干し芋も。羊羹(ようかん)も三種類ほど。出血大サービス。
個人的に大好きな明治ストロベリーチョコレートなんぞも。
幕末にはなかったでしょうし。これ。名作ですから。明治ですし。ええ。ええ。
ぜひ松陰さんにも食べてもらいたく。ええ。
墨も硯(すずり)も筆も見事に売っていましたし。
それでもって松陰さんグッズがあまりにも数が多くなったので、封筒も買うことにして。
神社の方に怪しまれて捨てられないように表に「贈」という字だけは記しまして。

これで準備万端。

出費多くね!?

みたいな。(T . T)ぶぇ

そして、ここでも少々驚かされることが起きたのですが、
それはまた「干し柿」のこととなるのです......
最初、スーパーのおねーさんに尋ねてみると、道の駅の時と同様、
このお店でもパック売りのモノは全て売り切れていて、

「次の入荷はわからないですねー、、、」

と。でも、

「もしかしたら、高いものが残っていたかも......」

と、案内された和菓子のコーナーに......なんと!
柿を吊るした紐ごと袋詰めされた高級干し柿が!わずかに残っていたのでした。
僕は驚きと喜びで、大笑いしつつ、その干し柿をマジマジと見てみたのです......が、



「い、出雲、、さん、、産!?(O_O;)ぱちくり」

おそらくは、スサノオさんでなのす。朝ご挨拶したからなのか?どうか。
毎度毎度のお茶目な登場と助けっぷりで。偶然にしても、笑っちゃいます。
感謝ですけど。ほんとに。すごいっす。



そして松陰神社へ。到着。
なんと、雪だった空が割れ、眩しい光が射してきました......



真っ先に目を引かれたのは、突然の光が差し込んだ「明治維新胎動之地」の石碑。
実は今回の萩では、この石碑が一番、僕の胸に響きました。
2019年のメッセージもここで光とともに......「維新」だ。「威信」をかけるのだ......と......



幕末の世の思想を牽引した松下村塾もちゃんと残っています。





約束の品々は、食べ物系と用具系とに分けて封筒に入れ、ほうじ茶も添えて。
皆に怪しまれ無いよう、本殿の端にあった献備台にこんな感じでおいてきました。
開けた方はワケわからないだろーなぁー......
このブログ見てくれたらいいなぁ......持て余すだろーなー......



本殿は入れ代わり立ち代わり沢山の人がやってくるので、
いつもの祝詞は、横に外れてポツンとある、
「勧学堂(かんがくどう)」という社(やしろ)の前で上げさせていただきました。
祝詞の最中には色々と感じ入ることもあり、約束を果たせて本当によかったのです(^^)



折角なので、僕は境内にある松陰さんの宝物館「至誠館」も見学し、
そして、残る約束も果たさねば、と、もう一度気を引き締め、
今や史跡ともなっている伊藤博文さんと木戸孝允さんと
高杉晋作さんの住まわれていた家々を回ることにしました。

この後、僕は、ただ一心に持っていったこの時の品々と、
何の気なしに入った宝物館の資料の数々とが、
実は深い意味を持っていたということに少しづつ気づかされていくことになります。
それは、当日わかった事もあれば、自宅に戻って数日してからわかった事もあって。
特に、松陰さんへ届けたモノモノの意味を知った時には、ちょっと

「(´;д;`)うるる......」

っときてしまったりもして。
それはMさんもとても感激してくれたことでもあって。
もうすぐやってくる、2019年のキーワードにまつわる今回のお話は、
その新年の最初の記事へと続いていくことになるのです。

何卒!

このポンチ記事を見てくれている皆さんは!

とてーも良いお年おぉぉぉーーー☆(^^)

毎年質問を頂く「初詣」に関する諸々は、過去記事「初詣小話」の方にまで。

どうか、おもちを食べ過ぎませんよーにぃぃーーーじぶーん......


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維新と威信 2

2018-12-27 00:02:01 | 不思議...パワスポ寺社
ここから僕は、
この時のMさんが松陰さんに遣わされて来たのだ......ということをイヤというほど!
思い知らされることになるのです。
そして翌日の萩の旅では、2019年のキーワードは「維新」と「威信」の様であることも、
僕はそれとなく伝えられたのです。
このお話は年末年始に向け、もう少しだけ続いていきます(^^)






飲み会のシメに「二男坊」のラーメンを食べていた僕は、お太り様でお店を出ると、
そのまま博多駅でMさんと落ち合い、
駅近くにある閉店間際のカフェでコーヒーを買って、
僕の宿泊するホテルのロビーに持ち込み、角のソファに陣取りました。
もう、この時点でMさんは全てお見通し。
僕さんが松陰さんのところに行こうとしていることをちゃんとわかっちゃっています。



「......ってな感じでね。ここに来るまでの電車で。
だからさ、Mちゃんがココに来たっつーことは、きっと、もっと詳しく、
何か松陰さんからのメッセージがあるのだと思うんだよね。どーかな?」

「あーーーー、、、わかります。
ちょっと待って下さい。うーーーーんんと、、、」



Mさんはいつもの独特の「カタ」でもって、あちらの世界にコネクトを始めます。
目を静かに閉じ、左手を胸のあたりでキビキビと動かしながら、
自分自身で審神者(さにわ=見えない世界の真偽を図る作業、人)をしつつ、
同時に、右手の方ではアチラからの言葉を下ろしてくる様なスタイル。
多くの場合、筆を使うのですが、簡易バージョンでは筆無しでも行える人です。
この時は、きっと脳も左右分けて使っている感じなのでしょうか。
そして、しばしそんな動きをした後、パッと、目を開き、視線を僕の方に向け、
こんな話をしてくれました......



松陰さんです。間違いないです。
なんか、干し柿が欲しいって言ってます」

「へ!?(@゜o゜)干し柿?」

「ええ。それがなかったら、干し芋ですって。
それもなかったら羊羹(ようかん)でも大丈夫だと。
あの、実は、僕も昔、松陰さんのところに神祭に行ってるんですよ。
お師匠さん達と。みんなで。
それでその時に色々と経験しているので松陰さんのことはよくわかるのですけど、
松陰さんて、とにかく甘いものが大好きなんですよ。
その時も甘いものをいっぱい持っていきましたから。
なんだかわからないのですけど、とにかくそうみたいなんです」

「そうかぁ、、でも、干し柿ってスーパーとかにあるのかなぁ......」

「道の駅に寄るといい、って言ってますよ」

「道の駅!?なるほど。了解。寄ってみる」

「それと、松陰さんてまだ生きてます。
正確には、まだ死んでいると思ってないのですよ。松陰さん。ずっと。」

「んん!?」

「死ぬときに、色んな強い思いが残っていたみたいで、そんな感じなんです。
少なくとも僕らが行った時はそうでした」

「マジか!?へぇ......Mちゃんが言うんだからそうなんだろうなぁ......
東京の松陰神社は幾度か行ってるのだけどね、、まだ神様じゃないんだね......
出来るだけ探して、必ず届けてくるよ。
お酒は違うのかな?なんとなく。甘いものだし」

「そうですね。松陰さんお酒はあまり飲まないみたいです。
一応、それも聞いてみますね」



Mちゃんは再び霊能を駆使する独特のスタイルに突入。
ホテルのロビーにはしばしの間、静粛な時間が流れます。
僕の鼻にはカフェからテイクアウトした暖かいコーヒーの香りが漂って来ます。
Mちゃんが集中している間、僕はそのコーヒーを呑気にもチビリと口に含みます。



「やっぱり、お酒はいらないそうです。
ほうじ茶が欲しい、ですって」

「ほうじ茶!?そーかー。なるほどー。危うくお酒を持って行くところだったよ。
よかったよ。Mちゃんに会えて。さすがだね。ホント助かる。スバラスィ!」

「あとですね、まだあるみたいです。
えーっと、墨ですね。それと硯(すずり)。筆も。
書道のセットですね。だからスミは擦るタイプの墨ですね」

「ええええ!?書道!?マジ!?売ってんの?今時。そんなもの」

「100円ショップとかにもありますよ。大丈夫ですよ。
それと、縫い物のセットも欲しいと言ってます」

「縫い物も?ふーん......そーかぁー、わかった。探してみるよ。頑張る」

「よかったですよ。今日、話せて。しかし、コレ大変ですね(^^)uzmetさん」

「うん。まぁ、よくあることなんだけどね。
プロのMちゃんには言うまでもないことだけどさ。やるだけやってみるよ。
あ、そうそう!折角だからもう少し聞いてもいい?
Mちゃんがいると心強いのだ!
なんかね、松陰さんだと気付いてから、スッと体の痛みは引いたんだけどね、
他にもお弟子さん達?の感じも幾人か感じてるんだよ。
特に木戸孝允さん。それと、高杉晋作さん。伊藤博文さんも。
その辺はどうなのかな?何か言ってない?」

「ああ!言って来てますね。確かにみんな来てます。
ちょっと待って下さい......」



再びのMさんタイム。
深夜のホテルのロビーには深々として不思議な空気が流れていきます。



「......わかりました。そうですね。それぞれ違うこと言ってます」

「ちょっと待ってね。メモるから。なんかめっちゃ多そうだし。今回......」



と、僕はスマホのメモパッドにMさんの降ろした言葉をメモることにしました。
先ずは、さっきまで話していた松陰さんの分をメモして、そして再び、



「いいよー。お願いしますー」

「えーっと、まず、高杉さん。ですけど、、、えーー、カイロですって」

「へ!?カイロ?って、ホッカイロ?とか?のカイロ?」

「そうです。なんだかカイロが欲しいそうです。
僕も変だと思ったのですけど、何度聞いてもそう言うのですよ」

「ほぉぉぉ.......ま、Mちゃんが言うならきっとそーなんだろうなぁ......
よくわからんけど、わかった」

「伊藤さんは......えーっと、箸、です」

「はし!?って、食事に使う箸?」

「はい。そうです」

「ふーーっむむむ......」

「そんなところでしょうか」

「あ、あと、木戸さん!は?木戸さんが一番強く感じるんだよ。実は」

「ああ、そうですね。来てますもんね。すごく意味ありますね。間違いなく。
えーっと、、、カミソリ、ですって」

「カミソリ?あの時代だと、両刃の、四角い形の?ヤツ?とか?」

「そうですね......ヒゲがそれればいいみたいです。髭剃りでいいそうです。
コンビニに売ってるようなもので大丈夫です」

「そう。それならなんとかなるな。今や探すの大変だからなぁ。あんなカミソリ」



僕らはその夜、ホテルのロビーで数時間にわたりそんな怪しさ満点の会話をして、
深夜一時過ぎに別れました。
僕は部屋に戻り、Mさんはタクシーで家路へ。
以前、松陰さんのために祭事を行っていたというMさんは、おそらくは、
松陰さんが明日のためにわざわざ遣わせて(つかわせて)くれたようであり。
特別な霊能を駆使して流石の詳細情報を僕に伝えてくれました。

翌日。本来は東京への移動日で、お休みの日としていた土曜日。
僕はその予定を変更して、早朝6時に起床。
レンタカーで山口県、萩市へと向かうことにしました。
先ずはMさんに言われた数々のモノモノを、僕は手に入れなければなりません......

このお話は今年最後の記事へと、もう少し続きます。

せわしない年末とは思いますが、
皆さんが良き時を過ごせますようーにー(^^)☆


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維新と威信

2018-12-23 00:10:12 | 不思議...パワスポ寺社
例によって、今年もまた、この冬至の時期に、
来年のイメージやメッセージ的なものがチラチラと舞い降りてきていまして。
そして、そんなチラチラにリンクして導かれる場所も、またちゃんとあったりもします。
そんなこんなの毎年の恒例的な記事を、
このブログを記し出した年からダイジェストでまとめてみますと......

2013年。巳年。みどし。 ヘビ年。蛇年。
伊勢と出雲の「同時遷宮」の年。
年間のエネルギーは「8」で表される強大なエネルギー。
しかし、その力は「8」の形に捻られ、閉じ込められ。
「8」の内側で蛇の様にウネリ、強くあるのになかなか外に出ていけない。
停滞しているかの様な焦れったい状況。年。
ただ、何かを勉強するにはとても良さそうな年。
年末に導かれた神社は埼玉県の大宮氷川神社。

2014年。午年。馬年。うま年。
巳年で内側に溜まっていたエネルギーや勉強が、遷宮の義の終了とともに、
お馬さんに乗ってドドド......っと走り出しそうな年。
年末に導かれた神社は神奈川県、箱根神社と、その元宮

2015年。未年。ひつじ年。
見えて来る景色が何故か?宇宙から見た地球の姿。太陽系の姿。
宇宙という世界。地球という囲いの中で生きる羊。
導かれる神社さんも今迄になく「星の神様」の社が多く......星の気持ち。星の視点。
本格的な「星の時代」の始まり。そんな意味と出来事が加速しそうな年。
年末に導かれた神社は大阪府、交野市、小松神社。別名、星田妙見宮。

2016年。申年。猿年。さる年。
引き続き加速していく「星の時代」と共に、
国家や企業、コミュニティの「混」にも立ち会うかもしれない年。
「混」という文字にどんな文字が足されるのか?......ということと同時に、
多くの「去る」もあるのではないか......という年。
年末に導かれた神社は、大阪府、東大阪市、
石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)と、その上之宮(上之社)

2017年。酉年。鳥年。とり年。
正確には「丁酉=ひのと・とり」と呼ばれる酉年。ソレは「火の鳥」。幻の鳥。
多くの人に「リアルな未来の生活イメージ」みたいなものがようやく幻の様に見えてくる、
ビジョンが持ててくる様な年。
故に、火の様にユラユラと消えて無くなる「幻のような年」にもなりそう。
年末に導かれた神社は、岐阜県、不破郡垂井町。南宮大社。

2018年。戌年。犬年。いぬ年。
それぞれの人にとっての「勝負」とも言える様な事が、
目前にいくつか置かれる年になるのではいかと。
その勝負事の明暗を分ける「鍵」というのが犬!?というか、「恩義」なるもの。
年末に導かれた神社は、滋賀県、東近江市、阿賀神社(あがじんじゃ)。別名、太郎坊宮。

そして、来たる2019年。亥年。猪年。いどし。いのしし年。
やはり冬至前、出雲での神様会議が終わった!?であろう時期に、
導かれる様にして訪れた神社さんがありました。
メッセージも、なんとなく、そこで......



その神社に行くキッカケは、
仕事で訪れていた長崎から、福岡に移動しようとしている最中に起きた出来事からでした。



僕はその日、福岡でメディア関係者さんとのアポイントを入れていたので、
用事のあった長崎の「ハウステンボス」というテーマパークの駅を19時頃に出る電車に乗り、
22時前には博多駅に着くように移動していました。
流石に長崎もかなり寒くなっていて、
僕は駅で暖かいドリップ珈琲をイソイソと買い込み、ポテトチップも手にして、
予約した座席に着きました。やがて電車は出発。
既に真っ暗になった夜の長崎の山間を走っていました。
と、その時、突然!僕の体に激痛が走り出したのです......

「イテテテテテッ!.......グゥぅぅ......」

その痛みは、首から肩にかけて何かに噛みつかれたかの様に、重く、
グサリと差し込む痛みで。
そこから背中全体にも痛みが滲むようにして広がっていって。
その痛みで息もしづらくなってしまう感じ。
当初、少しの間は、これは背中の筋肉の筋違え的なものだろう、と、
しばらくしたら直るだろう、と、
そう考え、10分ほどジッと、うずくまるように様にして痛みを我慢をしていたのですが、
そのうち、今度はお腹の方までシクシクと突き刺される様な痛みが襲って来ました。
息はさらに詰まっていくような状態。

「い、いかんな、これわ......」

僕は、そのお腹が痛くなった時にピン!と、
この痛みはリアルな現実世界における筋肉の痛みなどではなく、
違う世界さんからのアプローチであることに気づきました。

「むむむ......こんなとこで、、、いつも突然だけど......こ、コーヒーが、飲めない、な......」

僕は座席にもたれかかりながらしばし精神を研ぎ澄まし、
力の正体を読み解こうとしましたが、どーも、この痛みは首を切られたような痛みで。
その切り口は背中まで達しているような。
そしてお腹にも刃物が深く刺さっているような......

「......そーか、誰か、切られた人がいる、な.......ん!?ええ!?まさか?マジ?」

最初、僕はそこで浮かんだ自分のイメージを疑ったのですが、
ここで感じられた人が、どーも、あの、幕末の偉人、吉田松陰さんで。

「ええ?ここ長崎だぜ!?なんでよ。松陰さん。おかしくね?東京でも山口でも無いじゃん」

と、幾度か自分の感覚をリセットもしてみたのですが、
それは、どーも、松陰さんで。それ以外は全く浮かんで来ません。

「こんな時は......と、うーんと、ねーさんにラインでもしてみっぺか......」

僕は自分の感覚に正誤をつけようと、激烈な痛みを耐え忍びながら主語も述語もない!?
ぶっきらぼうなラインを入れました。
改めてスマホの記録を見ると、時刻は19時58分と残っています......

「吉田、、松陰、、さん、、か?な、、」

待つこと数分。ねーさんからの返事は無く。
もう一度......

「左胸に入ってきた。とても痛む。息が苦しい。例によって慣れると思うけど。
何かメッセージがあったらお願いしまする」

待つこと数分。なんの返事もなし。
既にコーヒーは冷めてしまって、僕さん涙ちょちょぎれさん(T 。T)ぶぇ
もう一回ラインを......

「左の首から肩もひどく痛むから、きっとそうだ」

待つこと2時間。時刻は22時前。まったくもって返事なし。
電車はもう福岡に到着。しかし、電車移動の道中、
僕が松陰さんと理解して、そのメッセージを読み解こうと意識を集中していると、
不思議と体の痛みはスッと引いていったので、
その痛みは間違いなく松陰さんのものだったのだろうと確信もできていて。
僕はねーさんの審神者(さにわ=見えない世界の真偽を図る人、作業)は途中で諦め、
一人、松陰さんの感覚とメッセージを読み取っていたのでした。



———————どーも、明日、東京に帰る前に山口県、萩市に寄ってくれと。
松陰神社で待っている、と。
とにかく用事があるので来てくれ、と。そんな感じ。



「ま、この時間だと、もうねーさんもみんなも寝てるし、
大体のコトはわかったから、とにかく行ってみるか。
ちゃんと審神者(さにわ)はできなかったけど、ま、いつもの如く、行けばわかるべ」



僕は電車を降り、博多駅を出て、そのまま福岡のメディア関係者との食事会に参加。
しっかりとシメ!の美味しいラーメン屋さんにも寄っちゃって。太ちゃって(*´ω`*)
その後、ホテルに入る前に一人、深夜のカフェにでも寄って、
コーヒーでも飲みながら翌日のレンタカーを押さえようか......としていました......



と、



そこに、



「よくぞまぁ......」



のタイミングで、



福岡在住の神職でもあり、エッジの効いた特別の霊能者でもあるMさんから!



ラインの連絡が入ります......



「せめてホテルまでご一緒させて下さいよ!!
福岡来るとか聞いてなかったし!!!!!!!」



「......まったく、ねーさんが捕まらないなぁ、、、かと思ったら、この人達わ......
スゲーというか、ポンチキ過ぎるというか......タイミングが凄すぎで。
“来る” の映画や小説世界を地でいっちゃってる!?よな......ホント。来ちゃう!し。
今度映画に出してくれないかなぁ......松たか子さんに会いてーのー。。(*´ε` *)む〜ん」



ここから僕は、
この時のMさんが松陰さんに遣わされて来たのだ......ということをイヤというほど!
思い知らされることになるのです。
そして翌日の萩の旅では、2019年のキーワードは「維新」と「威信」のようであることも、
それとなく伝えられたのです。
このお話は年末年始に向け、もう少しだけ続いていきます(^^)





お仕事で訪れたハウステンボスさんの冬のイルミネーション
「光の王国」はナカナカに素晴らしく。さすがに日本一の規模と美しさという評判通り。











上の写真の中央右下。光の滝の前。
上に突き出す様にして作られたカフェでスタッフさんと飲んだ珈琲が......



美味しかったのです♪

もう少しでクリスマス☆ 皆が良き時を過ごせますよーにー♪(^^)


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利尻徒然 9

2018-11-21 00:01:59 | 不思議...パワスポ寺社
ここには、神々が話してくれたように、
遠い昔、イヌイットが利尻島から稚内へと渡って来た、
その道すじの上にあるであろう重要な神社があるハズなのです。
そこは現在「古代遺跡」ということにもなっている様なのですが......
僕はとにかく、皆をそこに連れて行きたくて。車のハンドルもなんだか軽く。ご機嫌で。
アクセルを踏む力も自然と強くなり、パトカーさんをめっぽう警戒!しながら、
その神社さんへと走っていきました。

——————次回、一旦の!?最終回(^^)




ここがその「抜海神社(ばっかいじんじゃ)」さん。
並並ならぬ佇まい。見るだけでシビレちゃいます。
写真の右にある墳丘は「抜海岩陰遺跡」と呼ばれ、古代アイヌの遺跡とされています。
「抜海」とは、アイヌ語の「パッカイ・ペ=子を背負う・モノ」に由来する地名。
大岩が小岩を背負っているように見えることからついた名前のようです。



鳥居の向こう側には海原と利尻島。





と、ここで。この神社の境内に入るなりmikoちゃんが突然の号泣。
ワケもなく涙が溢れてきて止まらない状態に。



ふーーーーーんんんん......

そーだね。

魂の記憶があるのだね。

泣けるだけ泣いたらいいんだろうなぁ。

それでいいのだ。

うん。うん。

なんか、いいね。

いいことなんだよ。



この後、僕らはオロロンラインを堪能し、
そのまま豊富町まで行って、以前記した貴重なる「豊富温泉」に入って、
みんなして石油臭くなって。そうして、稚内空港から東京へと戻りました。
飛行機から最後に見た利尻山はマガを放ったのか!?綺麗に光り輝いていました。



......そして、

最後の最後でグッとキテしまった、神々しい神々からのサインが......

利尻島の上から羽田まで、

帰りの飛行機に乗っている間中、

ほぼ、ずっと......





昨年から言われていた神々からの話と、
その話をなぞるかの様に?夏に目にした天皇陛下の利尻島訪問のニュース。
それをキッカケにトナカイとソリ、
そして聖なる「浜」を探すことから始まった今回の徒然旅。
それはサンタクロースさんのことを学ぶ旅ともなり、
この国の原住民の歴史の一つに触れる旅ともなりました。
日本列島に入ってきたヒトの道筋は、大きくは、
朝鮮半島から対馬、壱岐、北九州へと辿るルート。
対馬海流に乗って、漂着するかの様に辿り着く出雲や能登の日本海ルート。
黒潮に乗って沖縄方面から鹿児島を通り、
四国、和歌山、静岡、大島、熱海、富士、関東と辿り北上するルート。
そして、ユーラシア大陸の東北部からロシア、サハリン、礼文島、利尻島、稚内を辿る、
列島最北端からの南下ルート。
この北端ルートの人々とは、実はイヌイットさんでもあり、
アイヌ民族の元となった人達でもあった様で。

この日本という国は、

そんな沢山の民族が混じり合って「和」を成して来た国でもあって。

今回の旅では、そのことをまた一層強く胸に刻むことともなりました。

この国で生きる、ということは、

そんな「和」なるものを学ぶことなのでしょうか。

そして、そんな国の北端にある「見えない道」を、

久方ぶりに開くかのような感触も皆の心身に残ってもいて。

樺太、サハリン、ロシア、北欧......と、

この国と何かが?もう一度繋がり出して行く様な予感もして。

道中ではそんな話を皆でしてもいました。

なかなかに、興味深い旅でありました(^^)

全9回と、少々長くなってしまったポンチキ話に
ココまでお付き合い頂いた方々にはとても感謝なのです。お疲れ様なのです。
最後に恒例の!?プリリンねーさん監修の神々の言葉を置いておこうかと思います。
今回の徒然旅をいつも一番底から支えてくれて、
意外に多様なこの国の人々を最初に纏めあげて来た偉大なる神々の言葉です。
心から感謝なのです。(●^ω^●)



=========================================
国常立大神(くにとこたちのおおかみ=国之常立神)

ナセの神だ。
(前略)
北海道も決まってよかったよ。
利尻島と宗谷岬は、大事な場所だからな。
北方領土は、我が国の領土だったよ。
だから、行って欲しかったのだよ。
知床はまた来年頼むよ。
=========================================



=========================================
素戔嗚尊

スサノオノミコトだ。
(前略)
利尻島に行ってくれることになってよかったよ。
(中略)
かつてのことだが、丹那トンネルが出来る前のことだよ。
トンネルが出来る前は、山を越えないと行けなかった場所が沢山あったよ。
横はよかったが、縦はなかなか行けなかったのだよ。
忘れていないと思うが、縦と横が交わる場所が富士山なのだよ。
縦の線は、大島から始まって初島、熱海、富士だな。
富士の次が、諏訪、松本で真脇だよ。
土(つち)が伝えているということだな。
=========================================



=========================================
ランプの精

ランプの精です。
お久しぶりです。
(中略)
温泉は、もう飽きたので今はミラクルが起きると言われているパワースポットにいます。
今は、くーーーーつーーーーがーーーーたーーーーにいますよ。
利尻島の沓形にいます。
=========================================



☆シリーズ過去記事☆
利尻徒然
利尻徒然 2
利尻徒然 3
利尻徒然 4
利尻徒然 5
利尻徒然 6
利尻徒然 7
利尻徒然 8


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利尻徒然 8

2018-11-17 00:16:34 | 不思議...パワスポ寺社
翌日、僕らは稚内へと戻ることになるのですが、このあたりで、ちゃんと、
神々から聞いた「サンタクロース」の話を記し残しておこうかと思います。
少し前、この「暑さ」という記事に登場するニューヨーク在住の大男「gawaさん」に、

「いつ書いてくれるんすか!?ちょっと引っ張り過ぎじゃないっすか!?」

と突っ込まれ、叱られてしまったその話は、
「ナイアガラ徒然」の記事にも書いた話や、この国の起源にも少し繋がり、
かかわっている話でもあるようでした。

——————次回に続きます。

——————と、決して引っ張るわけではないのです。(^^)
寝る前の一時間ほどで書ける限界があるわけなのでちゅ。毎度。ええ。なにとぞぉ。






こちらは「イヌイット」と呼ばれる民族さん達の伝統衣装やキーアイテムを描いたイラスト。
ネットからチビッと拝借。
同じくネットからお借りすると、写真ではこんな感じでしょうか。



いかがでしょうか?
少し前までは「エスキモー」という呼称も多く使われていた民族さんですが、
改めて、彼らの伝統衣装や長靴、
北極圏で暮らす為の重要なツールであるソリやトナカイとも合わせ考えてみると......

......いかがでしょうか?

これって......

似てないでしょうか?

サンタクロースさんの服に。

キーアイテムに。

神々曰く、

サンタさんは元々はイヌイットの神であるのだ、と。

それが、時代が進む中で様々な民族の逸話や、教え、宗教、
時に「赤鼻のトナカイ」なんて流行り歌などともイメージが重ねられる様な事もあって。
そんなコトがまた沢山の国や地域でも起こって。
それらを全て合わせた結果、現在のサンタさんのイメージになっているのだと。
物語となっているのだ、と。
サンタクロースとは本来イヌイットの神であり、白い大きな袋は、
本当は人々が暮らしていく中で出てくるゴミの様なマガ(渦、まが)を回収して、
中に入れて運ぶためのモノなのだ、と。
その「マガ」は、極北の厚い氷の下に埋めて、
人々に災いとなって戻らぬよう封じていたのだ、と。

それがサンタクロースなのだ、と。

それが私なのだ、と。

そんなことを話してくれました。

イヌイットさん達は、その昔、ロシアや樺太を通り日本列島へもやってきて、
その玄関口となっていたのが、ここ、利尻島だったようで。
礼文島や利尻島から稚内へと渡り来ていたのだ、と。
彼らはアイヌ民族の祖でもあり、故に、
この国の人々にはイヌイットの血も霊脈も沢山流れてもいるようで。
日本人の祖の大きな流れの一つなのだと。
そんなイヌイットさん達は、当然、アラスカを抜けて北米大陸にも行っていて。
特にカナダやアメリカの北方......
ナイアガラの辺りまでは沢山のイヌイットさん達が暮らしていたようで。
アメリカンインディアンに関してもイヌイットの流れを汲む者は沢山いたのだ、と。
神々はそう言うのです。
ナイアガラで僕を迎えてくれたインディアンの神様のうちの一柱は、
実のところ、このイヌイットの神様でもあったわけで。
利尻島への流れも、その時からクリアに見えてもいたことなのです。

勿論、こんなポンチキ話を信じる人はマズいない!?とは思いますが、
僕に関しては、今回の一連の出来事を体感し、顧みてみるに、これは真実ではないかと。
個人的にはそう思っているのです。

確かに、煙突から家に降りて貧しい人を救ったというキリスト教の牧師さんはいたようですし。
北欧には似た名前の神様や悪魔!?もいる様ですし。
中国の道教にも白い大きな袋を持った神がいます。
それが輸入された日本の七福神の布袋さんの姿もサンタ風!?ですし。
七福神に至っては江戸時代に色々な神様が商業的にまとめられ、名付けられ、
変えられもしたものであることは今や周知の事実ですし。
そして、そのどれもが、

「サンタクロースと如何に関連しているのか」

という部分にフォーカスして史実を突き詰めていけば、
そこには七福神が形成される過程と同様の
「習合」という形が起きていたことはちゃんと見えて来て。
本来別の存在であった二つのものが時に意図をもって、時に自然の流れで混ぜられ、
また別なモノとして生まれ、育まれ。
人々に崇敬もされていく様な流れがあったことがハッキリと見て取れるようにも思えます。



「サンタクロースとは本来、イヌイットの神である」



僕は、この利尻島の徒然旅で神々からそんなことを教わり、また、
信じてみることにしました。
まぁ、また、疑いが生まれたら再考もしてみますが、
今のところはそんな感じなのです。(^^)



利尻旅の最終日。
滞在中、終始ザワついていた利尻山の頂上は、
色々と溜まっていた島の禍(マガ)を集め、神々がどこかに送っていたとのことで。
そんな山を見ながら僕らは利尻島を後にしました。
これからこの国の最北の道がもう一度開かれていくのかな......と。
そんな会話を皆でしていました。

そして、思いもよらぬサンタさんの秘密を神々から聞いた後、
僕には一つだけ思い当たる稚内の神社というのがあって。
利尻島から稚内へ戻った後は、
僕は皆を連れて港から「オロロンライン」へと向かいました。
利尻島を間近くに見ながらドライブ出来る北海道最北端にある極上♪の道です(^ν^)







ここには、神々が話してくれたように、
遠い昔、イヌイットが利尻島から稚内へと渡って来た、
その道すじの上にあるであろう重要な神社があるハズなのです。
そこは現在「古代遺跡」ということにもなっている様なのですが......
僕はとにかく、皆をそこに連れて行きたくて。車のハンドルもなんだか軽く。ご機嫌で。
アクセルを踏む力も自然と強くなり、パトカーさんをめっぽう警戒!しながら、
その神社さんへと走っていきました。

——————次回、一旦の!?最終回(^^)


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利尻徒然 7

2018-11-13 00:11:00 | 不思議...パワスポ寺社
そして、精霊たちの鋭い気配を感じ、

ソリの前から博物館の目前に広がる海の方を皆で見てみると、

カムイ海岸の時と同じく、この日2度目の日論が......

またも神秘的に輝いていました。

———————続きます。






ミルピスさん。利尻島オリジナルの乳酸菌飲料とのこと。

「カルピスじゃん!?」

なんて突っ込みたくなる?感じもありますが、
神居(カムイ)の浜とトナカイさんを探し出し、ソリの修理もして、
一日中ワーキャーワーキャーしていた僕さん達は、

「用事は全て完了!ヾ( ̄∇ ̄=ノシメに名物のミルピスでも飲んで一休みしちゃおーぜーっ!」

ということになり、ホテルに入る前にその噂のミルピス屋さんに寄ってみまちた♡
着いてみると、流石に北の果ての工場らしく、激しくマニアックでソソラレル外観......





ミッション完了の達成感で勢いづいている僕さん達としたら、
コヤツを飲むのは利尻山の五号目あたりにある「見返台園地展望台」
あたりが良いのではないかと。ええ。無駄に山道を登っちゃおうかと。



「カンパーイ。おつかれちゃまー。みんながんばったのぉぉ(^^)まんぞくー♪」

と、晴れてミルピスを飲み干した僕らは、その後、
なんとな〜く良さそうだったので押さえていた
「ホテル・アイランド・イン・リシリ」さんにチェックインしたのです、が......
この「なんとなく押さえた」ということにも少しばかりポンチキな話が絡んで来て。
実は、僕らが利尻島に来る前に、神々はしきりと

「くつがた」「クツガタ」

ということを言っていたのです。ただ、僕もねーさん

「何のこと?」

かがよくわからなかったのと、本筋の話とは違う感じもしたので、
このことは少し外し置いていたのです。それが、このホテルに着いてみると、
ホテルのある場所の地名というのが、なんと!「沓形(くつがた)」。
フェリーターミナルのある利尻島の玄関口
「鴛泊港(おしどまりこう)」に次ぐ港もある所らしいのです。
その港はホテルのすぐ目の前にあって、味のある「沓形埼灯台」もありました。
ホテルの周囲には美しい「沓形岬公園」と言う公園も広がっています。











お風呂は天然温泉。露天風呂からはユッタリと美しい岬と海を眺めることもできます。
僕らはこの日、ここで極上の時間を過ごすことが出来たのでした(^^)
後で知ったことなのですが、博物館にあったトナカイの骨は、なんと、
この沓形のホテルのすぐ裏にある亦稚貝塚(またわっかかいづか)
というところで見つかったものなのだそうです。
そんな貝塚の側にある居心地の良いホテルの部屋から皆で見ていたこの日の夕陽......





前日のノシャップ岬の夕日にも負けない神々しさ。
美麗さに言葉を失う沓形の夕暮れ。
神々の言う太古の時代から変わらない風景......なのでしょうか。
そんな心地よい自然に囲まれて、僕らは温泉に入ったり、ビールを飲んだり、
アイスを食べたり、お土産を買ったり、岬を散歩したり。
それぞれ思い思いの時間をゆったりと過ごしていました。











夜には美しく大きな満月が。ただ、僕には月が......なぜか?太陽の様に見えていました。
ツクヨミさんの周りの薄い筋雲は両手を大きく広げてバンザイをしている様にも、
神社の祭壇にある丸鏡の台座の様にも......
ホテルからしばしボーッと見とれてしまっていた僕さん達御一行。





翌日、僕らは稚内へと戻ることになるのですが、このあたりで、ちゃんと、
神々から聞いた「サンタクロース」の話を記し残しておこうかと思います。
少し前、この「暑さ」という記事に登場するニューヨーク在住の大男「gawaさん」に、

「いつ書いてくれるんすか!?ちょっと引っ張り過ぎじゃないっすか!?」

と突っ込まれ、叱られてしまったその話は、
ナイアガラ徒然」の記事にも書いた話や、この国の起源にも少し繋がり、
かかわっている話でもあるようでした。

——————次回に続きます。

——————と、決して引っ張るわけではないのです。(^^)
寝る前の一時間ほどで書ける限界があるわけなのでちゅ。毎度。ええ。なにとぞぉ。



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利尻徒然 6

2018-11-09 00:14:33 | 不思議...パワスポ寺社
それは利尻島の古代遺跡から発掘された、

沢山の動物たちの絵が彫り込まれた角という形でしたが、

この国の起源を知る神々の言葉に従ってここまで来た故に、

むしろその方が僕にはリアリティも感動も大きく。

胸に熱いモノが込み上げて来たのです......

——————続く。




トナカイのツノの遺物に感動しながら一通りの展示物を見終えた僕らは、
そのまま博物館の外に出たのですが、そこで、さらに驚くことが僕らを待ち受けていました。
僕らは駐車場の脇に大きな屋外物置があることに改めて気づきました。
そこには、おそらく、大き過ぎて館内に入れられなかったのであろう、
古い船が置かれていました。昔、利尻島の漁師さん達が使っていたという船のようです。
それは壁のない、簡素な造りの小屋に吹きさらしに近い形で置かれていました。



—————その古びた漁船に近寄って、よく見てみると、

船のすぐ横に、

——————ソレは飾られているものなのか?

ただ捨て置かれているものなのか?

それすらもわからない、船と同様に古びて、朽ちかけた......

ソリが......

ポツン......と、

あったのです......



それを見つけた時、僕らは皆一様に、一瞬息をのみ。
そして、それぞれ口々に大きな声をあげました。

「あったぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!
あったぞ!ソリ!
ソリもあった!本当にあった!本当にボロボロだ!?
こりゃぁーーーダメだ!神様のいう通り動くわけないよ!
でも本当にあった!

トナカイさんのいる場所に一緒にあったんだ!
すごい!
ねーさん!あんたマジヤベーな!そんけー!
本当にすごい!ビックリだ!」



写真は皆が撮ってくれた、
喜びのあまりソリに乗ってはしゃぎちうのUZMETさん・3歳児バージョン。
バカとしか言いようのないバカ。
なぜか?とても得意げな顔をしています。
一応これでも修理をしているつもりの様です。
この時、そんなバカの頭の中には、

「この地に来て欲しい......」

ということを最初に話してくれたツクヨミさん(月読命)の言葉が浮かんでいました。



========================================
ツクヨミだ。
(前略)
三鷹熱海真脇富士で、スカイウェイが通ったので、語ることが多くなったな。
かつての富士王朝の神社に、行ってくれているからだろう。
だーーーーわしている(待っている)神達が沢山解放されたからな。
来年には、北海道の羅臼、利尻、トマムに、行ってくれると助かるな。
四国は、室戸岬から行くといいよ。
後は、種子島と宮古島だな。
UZMETは、忙しくなるので、無理かもしれないが、(ねーさんから)教えておいてくれ。
旗神社の旗が立っていくことで、また明るくなるのだよ。
ミラクルは、いつも起こっているよ。
忘れないでという神達が、話してくるからいいのだな。
========================================



カラツの神様(唐津の神)の言葉も......



========================================
三鷹、熱海、真脇、富士、金華山、恐山知多半島は、変わらない富士王朝の拠点でした。
新しく行って欲しいところがあります。
こーーーーだーーーーいに神社だったところです。
りーーーーしーーーーりーーーー島です。
利尻島に行って欲しいと、(ねーさんが)UZMETさんに伝えておいてください。
========================================



クナシリの神(国後の神)も......



========================================
忘れないでと言った、クナシリの神だ。
(中略)
知床の岬にハマナスの咲く頃————今は、咲いているよ。
(中略)
9月に来てくれるのか?
ハマナスの咲く頃がいいと言っただけだから、いつでもいいよ。
(中略)
5人で来てくれるのか、楽しみだな。
連絡しておくよ。北海道の精霊達に。
(中略)
利尻島か。稚内も頼むよ。

========================================



ソリ。トナカイ。

そして、カムイの浜(神居海岸)。

全て、本当にあった。

僕らの感動は、ちょっと言葉にならないものでした。

「信じて来てみてよかった......」

この時、皆は言葉に出して言っていなかったかもしれませんが、

きっと、そう思っていたと思います。

5人の胸の内には、少しばかりの達成感と不思議さと、

この地と神々に対する親近感みたいなものもあったでしょうか。

少なくとも僕にはそんな感慨がありました。

そして、精霊たちの鋭い気配を感じ、

ソリの前から博物館の目前に広がる海の方を皆で見てみると、

カムイ海岸の時と同じく、この日2度目の日論が......

またも神秘的に輝いていました。





———————続きます。


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利尻徒然 5

2018-11-05 00:13:02 | 不思議...パワスポ寺社
じゃぁ!

利尻島でミシュランの星を獲得しているラーメン屋さん!

「味楽」さんで一休みしながら作戦でも練るぺっかね!

そーしよ!

豪華!利尻昆布だし!のゼータク & 魅惑の醤油らーめぇぇーーーーーーん!

どやぁぁーーーーーーーーっ!(●´▽`●)ノ




前回が醤油ラーメンの写真だったので、今回はつけ麺にしてみまちた。ええ。ええ。
そんな美味しい昼食をありがたく頂きつつ、改めて、
僕らは残る最後の「神用」に関して神々に聞いてみることにしました。
トナカイとソリのある場所はどこなのか?
いや、本当にこの島にそんなものがあるのか?
はたまたそれは、ソレらに相当する別のモノのことなのか?
タダのイメージとか象徴的なものなのか?
ここは一つ、こんな時に頼れるねーさん様に今一度言葉を降ろしてくだされと。
お疲れさまのところでしょうが、
この絶品ラーメンわおごらさせていただきますので。ええ。
KUさんが、ですけど。ええ。何卒。
そして、この時に降りた神の言葉というのが......いわく......



「博物館にある」

「は、はぁ。。!?(´⊙ω⊙`)」



その話を聞いた僕は持っていたタブレットを開き検索をしてみました。
すると、利尻島にはそれらしきものが二つあります。
「利尻町立博物館」と「利尻島郷土資料館」。



ねーさんや。そんな感じの建物はこの島に二つあるのだけど。
どちらも来た道を戻った所になるんだけど......博物館?だよね?もう一度聞くけど」

「博物館。そう言ってる」

「......了解 (・・;)」



そんな会話で、僕らは一路「利尻町立博物館」へと向かうこととなりました。
ここでドライバーはおなか一杯で時ならぬネムイゼ・ブームを迎えている僕さんから
頼れる男KUさんに交代。
なぜか皆は安心して車に乗っている雰囲気......なぜよ?なにゆえ!?(・∀・)



こちら。その博物館さん。到着。
中に入ると......なんと!アザラシさん達を筆頭とする動物さん達のはく製が!

「と!いうことわわわわわ!!もしや!トナカイも!!!」

興奮した僕は館内をスパパパパ!っと、
尻尾をふって公園を走り回る犬のような素早さと身のこなしで巡りました。
......しかし、トナカイのはく製などはまったく無く。
特にそれらしき写真やら資料やらも無く。

「まぁ、そーだよな。そんなワケないよな。うん。うん。
そんなウマイ話なんてないのだ。世間にわ。ええ。ええ。」

と、その時!
調子こいて「はく製」的なモノばかりを探していた故に、
初見では見逃していたとても小さな展示物が僕の目に入って来ました......



「はぁぁ!ヽ( ̄д ̄;)ノ

にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃぁぁあああーーーーっ!

こ、こりわぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!

と、トナカイさーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!

の!

つ、ツノォォォ!!!!

まじかぁぁ!!マジなのかぁぁ!!!

オドロキΣ(・□・;)モモのきぃぃぃぃぃーーーーーーーーっ!

ね、ねぇさんやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!

みんなぁぁーーーーーーっ!

ほんとに!

となかいさんいたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!

マジで!

いるんだよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!

こっちさこぉぉぉーーーーーーーい!!

あんた!

あんた!すげーよぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!

ねーさん!あたりだよぉぉぉぉぉぉぉ!

すげぇぇぇーーーーーーーーッ!」



僕はオドロキと興奮のあまり、

館内に響き渡る声でねーさんと皆を呼び寄せていました。

受付のおばちゃんにほど近いオネエさんは

「何事なのよ!?」

と驚いている様子。

それは利尻島の古代遺跡から発掘された、

沢山の動物たちの絵が彫り込まれた角という形でしたが、

この国の起源を知る神々の言葉に従ってここまで来た故に、

むしろその方が僕にはリアリティも感動も大きく。

胸に熱いモノが込み上げて来たのです......

——————続く。


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利尻徒然 4

2018-11-01 00:23:21 | 不思議...パワスポ寺社
実のところ僕らは、利尻島へ、その「トナカイ」と「ソリ」を探しに来たのです。

酒と祝詞をあげて欲しいと言うトアル?浜辺も。

当然、何時ものごとく!?

神々からもらう話は奇妙すぎて、

歴史書などの書物はおろかネットを検索しても全く見当たりません。

浜辺はともかく、トナカイ?ソリ!?

アホか!?

アラスカじゃねーし。

そんなもの利尻島にある?いる?のかいな。

ほんとに......

つーか、仮にあったとしても、いたとても、残ってなんかないだろ!?

ねーさんもKUさんもついにヤラレちゃったか!?ン!?

大体こんなワケのワカラン用事だけで北の果てにまで来るなんて、

やっぱ俺たちって......

アタマおかしい!......んじゃね!?

——————クリスマスが来るまでに、アタマのおかしい話はもう少し続くのです(^^)




島の地図を最初に見た時から目を付けていた場所「霊峰湧水」。
背後には間近に利尻山が控え、目前には大海原が広がっています。
僕個人の感覚としては、
この湧水は利尻島で一番気になっている神社の御手洗(みたらし)に相当する様なもの。
ここに寄って手と口をすすぎ、少し飲ませてもらい、体の中にも入れて......
その後、その気になっている神社さんに行きたいというわけなのです。
水はとても清廉で、飲んでみると硬さと柔らかさのバランスが素晴らしく。
ホントに美味しい。

「利尻山の水ってこんな味なんだ......」

と、僕さんは深く感激(*´ω`)。
利尻島の水はケイ素(シリカ、水晶)が豊富で有名な様でして。
詳しくは、この「SILICA」と言う記事にある通りなのですが、タイミングが鳥肌モノで。



そしていよいよ!こちらが!僕が利尻島で特に大事に思えていた神社さん。



「北のいつくしま弁財天宮」さん。グッとくる佇まい。ヤベーっす。



四方を向いている珍しい形の社(やしろ)。この形は、僕は今まで見たことありません。
上から見ると十字架の形でもあり、デザイン的な完成度はかなり高く。
もしかしたら、自然崇拝の本質にはより近い社の形ではないだろうか......と。
そんな思いもフツフツと......と、その時、神社の橋のたもとに......たった一輪だけ......
ハマナスの花!が、冷たい秋風に吹かれながら咲いていたのです......



咲き誇る初夏の季節はとうに過ぎているのに、
まるで僕らを待っていてくれたかの様に?たった一輪だけポツンと咲いていてくれて......

「利尻に来るなら、ハマナスの花が咲く頃がいい......」

神々は、最初僕らにそう言っていたのでした。
しかし、そのハマナスの咲く頃にこの地に来ることは叶わず。
僕らはどこかそのことを心苦しくも思っていたのです。
たった一輪のハマナスの花は、そんな僕らに神様が

「気にするな、大丈夫だ、」

と、そんなふうに言ってくれている様にも見えて。
勿論、それは、自惚れ的で自尊的な心からくる感覚にも思えるのですが、
しかしこの時は、確かに、神様からのねぎらいをいただいている様な......
そんなことを皆で感じられたのでした。
陛下の利尻島来訪のニュースをキッカケに、急遽、無理やり決め込んだ今回の旅は、
5人それぞれが少しづつ無理をしあって実現した旅だと言うことは事実であるわけで。
そんな感慨も皆のアタマのどこかにあって、
それで僕らはしばし花に見とれ、言葉を失っていました。
季節的に見れることは無いだろうと思っていたその花の姿は、僕には眩いくらいに美しく。
ハマナスの花がこれほど美しく見えたことは、僕に関しては初めてのことで。
ここに来て良かったな、と。心からそう思えた瞬間でもありました。



ココは明らかに龍神さんのポイントでもあって。ちょっと緊張もしている僕さん。



「先ずはお酒を......祝詞は?どうしよ。

どーも此処は神様の言っていた “浜” という感じではないようだし.....な。

断崖の岩場......だし、どうなんだろ?

ねーさんや。ここで一度神様に “浜” の場所を聞いてみてくれない?どかな?

ん?

そう。やっぱり祝詞は浜の方で上げてほしい、と。

そーかー......

浜ってここじゃないよなぁ......

じゃぁ、どこ?

この先?もう少し行ったところ?

浜があるって!?そう!?神様はそう言ってる!?なら行ってみようか!」



と、僕らは車に戻り、島の南端近くにあった弁天宮からも北方に見えていたポイントに
ホンの少し移動してみると......そこには!神様の言う通り!
本当に浜辺がありました。その名も......



神居海岸。

カムイ

神のいる海岸。浜辺。

「あった......ね。カムイの浜だって......さ......」



僕らはその浜の名前や利尻島のことなど全く知るはずもないねーさんが降ろした言葉の
正確さに少々の衝撃を受けながら、神々と約束をしていたお酒を持って、
その浜を広く見渡せる岩場の上へと向かいました。
神様曰く、その場所は、古代、この島にとってとても重要な場所だったのだと......



皆で心を込めて捧げたお酒とアマテラス祝詞の後には、やはり......日輪のサインが......





何度味わっても慣れることのない光景と空気。不思議さと驚き。
これ、現実なんだろうか......と。いつも、そんな感じ。



そして残るはトナカイとソリ。

この分だと本当に......

いやいやいや......

この時点で島をほぼ一周したけど、それらしきものなど、場所など無かったし。

もしかしたら利尻山の山頂!?

いえいえいえいえ......

今回はソレは無いでしょ。ええ。

じゃあ?どこよ?

お腹減ったのでランチでもしながらもう一度神様にヒントでも聞いてみようか?ね。

そーしよ。そーしよ。

じゃぁ!

利尻島でミシュランの星を獲得しているラーメン屋さん!

「味楽」さんで一休みしながら作戦でも練るぺっかね!

そーしよ!

豪華!利尻昆布だし!のゼータク & 魅惑の醤油らーめぇぇーーーーーーん!

どやぁぁーーーーーーーーっ!(●´▽`●)ノ





————————お話はもう少し続きます(^^)


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利尻徒然 2

2018-10-24 00:15:05 | 不思議...パワスポ寺社
その謎とは、実は「サンタクロース」さんに纏わるエトセトラでもあって、
日本という国の、小さいながらも深く、
複雑な国柄を強く思い知らされることでもありました。
きっと、もう少ししたら街はクリスマス色に染まっていくのだとも思うので、その前に、
ちょっと不思議な「徒然話し」をココに記し残しておこうかと。そう思っています。
少し前の「ナイアガラ徒然」という記事の終わりに記していたことでもあるのですが、
今回の話はナイアガラの話から繋がるものでもあり、
少しヘンテコな!?物語であったりもするわけなのです。




正午ぐらいに稚内に着くと、利尻島へと渡る前に、
僕らは日本列島最北端の地である「宗谷岬」へとレンタカーを走らせました。
今回のメンバーは「ねーさん」「ikuちゃん」「mikoちゃん」、
そして富士山麓のボス「KUさん」。
僕を入れると総勢5人でのポンチキ旅。
レンタカーも少々大きめのモノとなり、移動中は皆でワイワイとしている感じ。
神使いの緊張感もいつもよりはあまりなく。
特に不動明王を背負う大男の「KUさん」が同行してくれていることは
皆にとってとても頼もしくもあり、今回の旅の特別さを表してもいる様でした。



宗谷岬。到着。
三頭の鹿さんのお出迎えで(^^)ゴキゲン。



実はここは、今回、利尻島と並んで神々に行くように言われていた大事なポイントの一つ。
ここで、何としてもお酒と天照さんから頂いた祝詞を捧げねばならないのです.......が、
その前に!一休み!(^^)お昼ごはーん♪
岬にある日本最北端のラーメン屋さん。「間宮堂」さん。





僕さんは!名物!帆立醬油ラーメン!



皆さんは塩味!



ホタテ!



満腹の満足さんで、いよいよ岬の先端へ!......と、その前に!
先ずはこの地を守る宗谷岬神社さんに御挨拶を......と。



「何卒、何卒。今回の旅が良きものとなりますよう、よろしくお願いします。
本日は導いていただいてありがとうございます......」

っと、そして!続いて!
神々にお願いされていた岬の先端へ!.......っと......と。



流石に観光地。
人が多い。
コレは迂闊なことは出来ませぬ。
オカシナ人に思われたくないし。
救急車呼ばれちゃいそーですし。ええ。ええ。
ケーサツも嫌いだし。
どーしましょ......
えーーっと、どこか、いい場所は......と......
きっと、何処かに神々の意図するポイントがあるはずで......

あった!

きっとここじゃ!

岩だらけの岬の外れに小さな砂浜が!ある!

祭壇代わりの石もあるし。

人も全く来ない。

ねーさんや!

ここでいいか、念の為の確認をしてくんろ!

いい!?

あ、そー!

やっぱり!

じゃここで祝詞あげよう。

KUさんはお酒をよろぴく!

みんなもよろしくー!波打ち際までおりるよー!



お酒持ってきましたです!どぞどぞ......



さて、お次は......もう一つの重要な場所、ノシャップ岬!
野寒布岬と書いて「のしゃっぷみさき」と読む!みたいな。
そこにも行かねばなんねーどー......と。
ノシャップからは利尻島が綺麗に見えるわけでやんすし、
利尻島へ渡る前にちゃんと挨拶をしておかないといけないわけで。
途中、「大沼」というバードウォッチングのメッカなんかにも
プラリと寄ってみたりなんかしつつ......





コーヒーを飲みたかったので、
稚内(わっかない)の街中にある副港市場なんて所にも寄っちゃったりなんかして。



稚内牛乳とソフトクリームさん狙いなの。ええ。(●´ω`●)



で、そのノシャップに行くには......
宗谷岬神社と同様に絶対に外せない神社さんがあるワケでやんして......
美しき北門神社さん。日本列島の北門守護。稚内の地の中心でございます。



境内の山中からは圧巻の美しい眺め。
昭和天皇も訪れている「氷雪の門」は特に絵になります。
流石のアマテラスさんでございます。



コレで安心してノシャップ岬に向かえるかなぁ......と。
ちょうど夕暮れ時。
夕日の名所で1日の締めくくりの綺麗な夕日が見れたらもう最高だなぁ......と、
そんな会話を皆でしながらの再出発。
徒然話は「サンタクロース」さんのヘンテコ話に向けて、
もう少しだけ続いていくのでやんす。(^^)



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利尻徒然

2018-10-20 09:46:13 | 不思議...パワスポ寺社
「利尻島に行ってくれ.......」

「もし行くのであれば、ハマナスの花の咲く頃がいい......」

そんな話を神々から聞くようになったのは昨年の末ぐらいからでした。
それは、もはやお馴染みのプリリンねーさんは勿論、
ポンチキーズの皆さんにも届いていた話でもあり、
みんなとのラインやメールなどのやりとりを振り返ってみると、
利尻に関する神々からの言葉というのは正確には12月の初旬ぐらいから始まっていて、

「できれば皆で来て欲しい......」

と、神々からはそんなニュアンスも強く感じていました。

「なぜ利尻島なんだ?」

僕はそんな突然の話にちょっと戸惑ってもいて。
ただ、いつもの如く、

「まぁ、ポンチキーズの皆に来て欲しいということは、
きっと何か意味があることなのだろう......」


と、そんなふうにも思っていました。
しかし、イザ東京の片隅から利尻島へ行くとなると、
少なくとも3日ぐらいはみておかないと無理が出てしまう感じで。
また、それぐらいの時間が無ければ思うように動くことが出来ないとも思われ。
そうなると、それぞれ仕事に追われているポンチキーズの面々のスケジュールが3日も揃う!
なんてコトは殆ど無いはずで、僕は利尻島行きをナカナカ決めることが出来ずにいました。
そうして、そうこうしているうちに時間はどんどんと過ぎて行ってしまい。
ふと気がつくと、年も明け。
春になって。
初夏の匂いがして来て。
日本最北の地では神々の言っていたハマナスの花が咲き乱れているであろう頃ともなって。

「コレは、今年の利尻島はムリだな......来年かなぁ......」

と、僕もポンチキーズの面々も一旦はそんなモードになっていました。

そして、そんな時のコトです。

そんなモードになっていた僕に突然、

「何としても今年行かないとダメだな......」

と、認識を改めさせ、

再度、急激に行動を起こしていくキッカケとなった出来事が起こったのでした。

それは、2018年8月4日に様々なメディアから流れて来たこんなニュースでした......



=======================================
「両陛下、利尻島に初ご訪問 最後の離島か」

北海道に滞在している天皇、皇后両陛下は8月4日、
日帰りで北部の離島・利尻島を初めて訪問された。
平成23年にも隣の礼文(れぶん)島とともに訪問が検討されたが、
東日本大震災で見送られたため、今回立ち寄ることを強く希望されていた。
——————陛下の離島ご訪問は55島目で来年4月末の譲位を控え、
最後となる可能性が高い。
=======================================



「陛下が......り、利尻島!?
しかも、は、ハマナスが咲いてる時じゃん......行ってるの......」

僕はメディアから流れて来る陛下の映像や画像をみながら、

「もう来年でいいかな、、」

などと考えていた自分の浅はかさと過ちに気づき。
そして、常に穏やかな神々の言葉が、

「実は、かなり切迫していたモノだったのでは無いか?」

と言うことにも思い至らされました。
もしかしたら?
陛下や!?陛下の周りには常に僕ら同様のポンチキプリリンな人達がいて!?
やはり僕ら同様の神々の言葉を受け取っていて。
そして、うぬぼれるわけではないのですが、何より、

「本当は、陛下が利尻島に渡る前に僕らは行くべきだったのではないだろうか......」

と。そんな妄想までもが浮かんで来たりもしたのでした。

「いやいやいや......ま、そんな陛下との関連なんて滅相も無いし。
そもそもあり得ないし、な。
でも、自分達には自分達なりの、何か?やるべき事があるのでは無いか.......」

僕は陛下のニュースを見ながら急転直下、そんな考えに至ってしまい、
そこからは一気に、数日で、ポンチキーズの皆のスケジュールを合わせ、
利尻島への旅を決め込みました。
そんなポンチキ旅の時期は神々の言うハマナスの花がもう無くなっているであろう9月末。
少し残念ではあったのですが、しかしそれでも、
利尻島行きを決めた僕らに神々はとても喜んでくれて。

「ぜひ、待っているぞ......」

と。そんな有り難い言葉もいただけたりもして。
僕らは感謝と感激の気持ちと共にイザ!利尻島へと向かったのでした。















利尻島というのは、日本最北端の地、
北海道、稚内(わっかない)から船や飛行機で渡ったところにある島で、
すぐ隣りにある礼文島に次いで日本最北端の島とも言えるようなところ。
そんな島に渡ることになった今回のこの旅は、僕に思わぬ発見と、
一つの「大きな謎」を解き明かしてくれた旅ともなりました。
その謎とは、実は「サンタクロース」さんに纏わるエトセトラでもあって、
日本という国の、小さいながらも深く、
複雑な国柄を強く思い知らされることでもありました。
きっと、もう少ししたら街はクリスマス色に染まっていくのだとも思うので、その前に、
ちょっと不思議な「徒然話し」をココに記し残しておこうかと。そう思っています。
少し前の「ナイアガラ徒然」という記事の終わりに記していたことでもあるのですが、
今回の話はナイアガラの話から繋がるものでもあり、
少しヘンテコな!?物語であったりもするわけなのです。

—————続きます(^^)


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ナイアガラ徒然

2018-10-08 01:04:38 | 不思議...パワスポ寺社
海外企業との仕事というのはナカナカ難しい部分もあって。
特に、条件詰が中心となる完成された商品の輸出入のようなことでなく、

「新しい何かを一緒に創ろう.....」

なんていう内容の時は尚更で。ただでさえナニカとトラブルが起こるのに、
細部を突き詰めるような部分に入っていくと、
いつも厚い壁の様なモノが幾つも立ちはだかってきたりします。
それらの壁の奥深くに潜むものをよくよく考えてみると、
その多くは文化や習慣的なものの違いに起因しているような問題が多く。
わかりやすい表現を試みれば、

「大切に思っていることや優先していることの順番が違う」

みたいな感じ?でしょうか。そんなモノによく悩まされたりします。
今も一つ、カナダのアル企業さんと進めている映像関連の
新しいモノ作りプロジェクトがあったりするのですが、
これがまたナカナカ思う様に進まず。
少し前にも先方のオフィスまで出かけて行って話したりもしていたのですが、
まだまだ山あり谷ありな感じで......

(T 。T)ぶぇ

そして、過日のそんなカナダ会合の時に、
打ち合わせなどが無い中日が一日あったので、
僕ら一同さん達はその進めている企画の役にも立つであろう素材の撮影をしようと、
その時ステイしていたカナダ、トロントの街から程近くにある
「ナイアガラの滝(Niagara Falls)」へと出掛けてみました。

......と、

滝に行く前から.......

日本にいる時から......

なんとなく予期はしていたのですが.......

やはり、神々からの言葉が僕に響き届いて来ていて......

「コリわ......また何か御使いごとがある......な......」

と。

そして、日本を発つ日の朝。自宅の小さな神棚の前で、
僕は神様から四角くて、でも四つ角は丸まっている、お弁当箱?
の様なハコを預かったのです。
持っていると妙に心地のよい暖かさを感じる不思議な箱。
もちろんソレは普通の目には見えないポンチキ仕様のものなのですが......

......はて。

もらったはいいものの、

僕にはそれがなんなのか?

よくわからず......(o゜ー゜o)??

何か大事なものが入っている様ではあるのですが......

僕はその中身を確認しようと、
こういう時に一番信頼のできる横浜の「プリリンねーさん」に
出国前の空港からラインをしたのでした。



「今朝、神棚の前で神様から箱のようなものを貰った。暖かいもの。
たぶん日本の神々からカナダの神々に渡す何か?
だと思うのだけど、何かあれば教えてね......」



すると、カナダに着いてからラインに入ってきた彼女の答えが、またいつものごとく!?
ポンチキ極まりないもので......



=========================================
スサノオ(須佐男、素戔嗚)

カナダに持って行って欲しい箱は渡したよ。
=========================================



=========================================
ミクネの神(アメノトコタチの神=天之常立神)

ナイアガラには、ナイアガラの龍神がいるよ。
ナイアガラの滝壺から上がってくると思うよ。
スサノオノミコトが渡した箱には手紙が入っているのだよ。
紹介状だから渡すといいよ。
だーーーーーーーーーれでもいいわけではないからな。
=========================================



=========================================
ココペリ

ココペリだ。
私が欲しいのは、缶入りのコーヒーでいいよ。
=========================================



さて。
日本を発つ時とナイアガラに向かうバスの中で、
僕はねーさんとこんなやり取りをしていて。そしてバスは滝へと到着し......





僕ら一同さん達はバスから撮影機材やら荷物やらを下ろしていました。
すると、その時。

「よく来たな......」

という声が天から響いて来て。
僕はその声の聞こえてきた空の方を見上げてみると......またもや、いつもの如く!?
美しくチカラのある日輪のサインが......輝いていました......

......つづく(^^)





こんなポンチ記事をここまで読んでくれた、
ポンチキをポンチキと思わないポンチキ極まりない方々!
に!?恒例の秘密トークを一つ置いておこうかと思います(^^)

現在のアメリカや北米大陸の大部分を守護する神様というのは、実は、
元々日本から渡っていった神様だと思われます。
それは勿論、アメリカン・インディアンの神様でもあるということになります。
インディアンさん達の中では部族によって様々な名称や言葉で今に伝わり来てもいる様ですが、
僕らポンチキーズの間では、その神様の名前は

「ココペリ」

ということで理解をしています。
アメリカと日本が因縁深い理由も、実はこの神様の存在と物語の中にあります。
この神様は日本神話にも記されている「アル出来事」でもって
北米大陸へと向かうことになってしまったのですが、
その話は記し出すと少々長くなってしまいそうなので、
また改めてどこかで書ければと思います。
ま、何を記すにせよ、僕の知る神々の意図に沿える様に!?
間違わずに書けるように!?
引き続き毎日の研鑽を重ねていこうと思っています。
今後もプリリンねーさんや、
日本各地に点々といらっしゃる敬愛すべきポンチキーズの皆さんからのお教えや
支援もいただきつつ書くことが出来ればいいのかなぁ、と。
そんな感じで(^ν^)


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