雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

舞台と監督

2015-07-28 23:24:39 | 面白い...映画&音楽
ちゃんと覚えている、
僕が生まれて初めて見た映画というのは「ドラえもん」で、
親にネダッテ車で連れて行ってもらった記憶があります。

僕は埼玉県の片田舎に住んでいて、そんな「映画」を見に行くとなると、
車や電車でワザワザ3、40分かけて隣町まで出かけていくような感じでした。
それから映画はとても好きなモノになって、何かと映画館に出かけて行ったり、
あらゆる映画をレンタル店で借りまくったり、と、
大好きなものから大切なものへと変わっていきました。
音楽と同じくらい僕に色々なモノを教えてくれた先生となってもくれました。



そんなワケで、以前記した「この映画」が、未だに一番好きなのかもしれません(^^)



そんな子供の頃からずっと思っていたことが、

「自分の住んでる町に映画館があったらどんなにか良いのだろう。。(*´з`)」

なんていうことでしたが、18歳で実家を出て、
幾つかの地を移り住みつつも映画館のある町には今まで一度も住んだことがありませんでした。
今住んでいるところも同様だったのですが、それがつい最近、駅の再開発に乗じて!?
とうとう念願の映画館が出来た!のです!
しかも最新の「IMAX=アイマックス」シアターで!ヾ= ̄∇ ̄)ノ バンザーイ♪



とても嬉しい!(*゜ー゜*)のだ!



お仕事帰りに、
帰宅途中に、
家でボケっと時間が出来た時に、
ちょっとポップコーンが食べたくなった時に、
チョイとムカついたことがあった時に、
コニャ(おくさん)が酔っ払って家をベラボウに占拠している時に、
歩いて数分のところに映画館がある!という幸せ......



なんたる幸せ......



(T . T)ぶぇ



ほんにまぁ、嬉しいのでございます。
感謝感謝のエブリデイ。
ああ、神は私を見捨てなかったのねぇぇ......( ;∀;) クゥゥ



All the world's a stage,
And all the men and women merely players.
ーーーーーーーすべてこの世は舞台、男も女もすべて役者に過ぎない。



シェイクスピアの舞台「お気に召すまま」に登場する印象的なセリフ。
そんな近所の映画館で気になる映画を見ながら、
毎日を過ごしながら、
どういうわけか?
最近、フトした瞬間に思い浮かべる言葉。
僕の中にこのセリフに繋がる何かの思いや考えが漂っているからなのか、
それとも、最近身の回りで起きている色々な出来事からこの言葉に繋がる何か?
を見出しているからなのか、そんな事とは全く違う理由からなのか。
ともかく、最近、不思議と頭に浮かんでくる言葉なのです。
願わくば、この言葉に隠れたる真意は、
主人公を演じているのは自我たる自分で、
舞台を用意してくれているのは「天」や「神」でもあって、
監督と脚本こそは真我たる自分......真の自分である......と。
すると、作品の出来は監督次第なのだろう......と。
そんなことも考えていたりなんかするのです。

新築の香り漂う映画館で、
ポップコーンを頬張りながらコーラを飲んで、
体に良くない!?
小さな幸せを感じながら、最近はそんなことをタマに思っていたりなんかするのです。





最近見た中で撮影や編集の手法に最も驚嘆した映画
「マッドマックス:怒りのデス・ロード」=「Mad Max:Fury Road」
CGが凄いとか、最新の機材が凄いとか、脚本や俳優が凄いとか、
そういう部分ではなく、純粋にカメラワークやカット割り、演出方法といった
基本的なスクリーンプレイのレベルの高さに圧倒されました。

「いったいどんな絵コンテで撮り進めたのだろうか......見てみたい。。」

そう思うぐらい圧巻の映像でした。
1998年の構想開始から今年の公開までいったいどれくらいのことをしてきたのか.....
撮影現場では役者も含めてケンカが絶えなかったと伝え聞きましたが、
映像を見る限りそのタフな現場も良くわかるし。
本当に「凄み」を感じる映画でした。
思えば、この映画がなければ「北斗の拳」も生まれなかったろうし、
ジェームズ・キャメロンやデヴィット・フィンチャーの作風も生まれなかったろうし。
メル・ギブソンもスターにならなかったろうし。

ジョージ・ミラー(George Miller)監督。

改めて凄いっす。

でも......

こんな舞台と監督&脚本の人生だったら......

主演は怖いな...( ̄ー ̄;)


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コメント

ウッシッシ( ̄ー ̄)

2015-07-24 23:58:05 | 不思議...パワスポ寺社
よく神社とかに大きな牛の像とかあるじゃないですか。
特に「天神さん=菅原道真さん」を祀る神社さんとか。
天満宮とかに。
なんでも?道真さんを窮地から救った功績があるとか、道を示しただとか、
そんな色んな伝承を元にして神様と一緒に置かれたり、祀られたりしているのですね。
牛さんが。

あれ、

ですね、

しょーじき......

言っていいものか、どーーーーーーなのか......

若干のお悩みモードもありますが......

近頃は時代も大きく変わったらしく、

アチキも大きく変わったらしい!?ので。

ブッチャケて書いてしまうと......

ウソ!

です。

ええ。

道真さんと牛が絡む伝説なんて殆どが創作!

だと思われます。

だって.......

だって......

ウシって......

牛って......



コエェェェェェェェーーーーーーーンだぜ!(=゜ω゜)ノ



メッタクタこえーーーーーーんだぜ!



オイラワけーーけんしゃ(経験者)だし!ヽ( ̄д ̄;)ノ



先ずは基礎としてこの「オカワリ!」というお話と、
陰陽師に纏わるこの「お・ま・じ・な・い・☆」や
京都、一条、戻橋」というお話を読んでもらった上でこの先に進んでもらえると、
ちょっと興味深くもなるのでわないかと。
ええ。そこわ。ひとつ。

で、牛さんて、
僕らが生きていくために毎日、
それはもう数え切れないくらい沢山の命を捧げてくれている動物さんの一つなのですね。
それはまぎれもない真実で。

この記事「いただきます。」なんかも是非読んでもらえればと。ええ。是非とも。

その事実から想像できることは、
もしかしたら牛さんの気持ちというのはとても慈悲深くて、優しくて、
でも、もしかしたらそれと同じくらい深くて大きい、
それはもう、全地球的に染み込みまくっているようなやるせない、
悲しい思いもあるのかもしれません。
それは何千年、何億年!?も積み重なった、
とてつもなく「重い」思いとして。強烈に。
この星のどこかに刻まれているのかもしれません。
もし、この星のどこかに、そんな生き物の辛く悲しい思い、重い気持ち、
やるせない思いの力を使って何かをしようとする輩がいたとしたら......
ヒトのお腹の上に放ってドスンドスンと暴れさせたりなんかしたら!?
牛さんぐらい強力な生き物や力はないのだとも思います。
古来、この国でそんな術を扱える人がいたとしたら.......陰陽師。
古代朝廷を影で支えたスーパーな能力者集団。か。



負の力というのはそれがネガティブであればあるほど強くもなります。



それを何かを抑えるための「呪=しゅ」「術=じゅつ」として使えたら、
悪魔のような力も、天使のような力も抑えられるのかもしれません。。
ネガティヴにはネガティヴを。
闇には闇を。
そーーーーーーーんなことを考えた人がいるかも!?
しれません。



怖い!?

んん!?(・ω・)

そーですねー。

コワイですねぇぇぇーーーこの国わ......



で、ポンチキ論としてわ、
怨霊となって朝廷に災いをもたらした道真様には牛の呪(しゅ)が、
封印、重石として被せられたのだとも思われるのです。
でも神社や偉人とされる人のお墓などに突然、
術を施すための牛の像を置くなんてあまりにも不自然ですし、
朝廷にとって敵だった人なのかもしれないけど、
違う方からしたら正義の人かもしれない。
でもあまりに怖いからナントカ押さえ込みたくもあるし。。
それで考えたのが「口実」ということであって、
未だ文字を読み書きできる人も少なく、
ましてや本やらソーシャルネットワークやらがあまり見当たらなかった時代では、
読み書きできる人の優位性はそれはもう抜群で、
ウソも事実として作り、広め易い状況でもあったと思えるのですな。ええ。ええ。
うっしっし......( ̄ー ̄)



で、そーいうことですのよ。



恐い神様のそばには全て......ではありませんが、結構、
そんな呪をかけられた牛さんがいたりするのです。
間違えてはいけないのが、
僕らのために全てを捧げてくれている牛さんに真の感謝と、
敬意を捧げるための、供養のための像も寺院も沢山あるということなのですが、
そういう場所は明らかで、すぐに分かりますし、
そうでない場所は、まぁ、大抵、
「抑えの呪」なる像なのかもしれません。
伝承も「大義名分的創作物語」かもしれません。
先にも記しましたが、僕ちんもこの「牛の呪」をかけられて!?
そりわもう、てーーーーーーーーーーへんな!!
思いをしたことがあったわけで.......つい最近。
その時はアル神様に助けてもらったのですが、なので身をもって一層よくわかるのです。
感覚でも

「この牛さんの像は......術やな( ̄+ー ̄)キラーン☆」

「この牛の数は......そーとービビってんな。。( ̄  ̄)ちりーん☆」

なんて。ね。ええ。
富士山の神様にこよなく愛されるスーパーな力を持つ友人のKUさんは、
僕の「牛に踏まれちゃったの!一晩中!」事件が見事に解決した後、
スーパーな彼らしく僕さんにこんな話をしてくれました......



「いやーー、uzmetさん。
ふつーね、取れないんすよ。
牛わ。
強いから。
1年かかっても取れるか取れないか。。力のある人でも。マジで。
僕の知っている人なんてそれで廃人になっちゃった人もいたりするし。
死んじゃったりするんですよ。そのまま。
俺それ本当に見てるし。。

スゲー強力なんですよ。牛の術は。

それが一瞬でなんて......

その神様スゲーっすよ。
ありえないっすよ。

uzmetさんラッキーっすよ。
危ないとこでしたよ。
よかったっすね( ̄+ー ̄)キラーーン☆」



イヤイヤイヤイヤ......
世界は複雑で、広く深ぁぁ~ーーーいのですなぁぁ。。(e_e)ぶんぶん。



某、神様!?に!?
見事!牛を剥がしてもらったすぐ後、なぜか?
強く惹かれ、一路!向かった山陰一の霊峰、鳥取県「大山=だいせん=おおやま」
別名「伯耆富士=ほうきふじ」
なにゆえ行きたくなったのか?はまったくわからないまま、
その時はただ心の赴くままに「大神山神社=おおかみやまじんじゃ」に向かったのですが、
その美しき参道の途中......





偉大なる山容の懐に佇む「大山寺=だいせんじ」に立ち寄った時、



そこでドーーン!と出会った大きな牛の像......「宝牛=たからうし」





瞬間。僕はココに来たくなった意味を悟ったのでありまする。
像のすぐ近くにある鐘つき堂の綱も......



牛の尻尾やん!Σ(゜ロ゜;)!!どー見ても!
勿論!牛さんを思いながら力強く撞かせてもらいました(^^)
この時に初めて知ったのですが、
この大山寺の牛馬市というのは西日本一の規模を誇り、
日本三大牛馬市の一つとされていたのだそうです。
この地は、牛さんの「聖地」の一つでもあったワケなのですね。。(゜ω゜)うむうむ
この地まで、不本意にも何者かに使役されてしまった牛さんの魂?
を届けに来たのですね。僕は。
そして、この牛さん像の側にはこんなことが書かれていました。



-------牛の霊を慰めるために鼻ぐりの銅をもって鋳造し、
岡山県岡山市の宗教団体「福田海」より寄進された像で、別名を撫牛ともいい、
一つの願いだけを心に念じてこの牛を撫でると
願いを叶えてもらえるという縁起のよい牛である-----------



悪夢の一夜以来しばらく恐怖症!?になっていた牛さんと、
この時以来なんだかとても仲良くなれたような気もしてます。
僕にとっては感謝全開の貴重なる場所。



仲直りの印の牛乳も、こんな素晴らしい牧場(大山まきば みるくの里)で......





おもいっきし!飲み干してやりまちたの!ヾ(*´▽`)ノ


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Klimt,Schiele,Hotaru

2015-07-20 02:19:45 | 初めに、タイトルの話
13才の少女が何故?
彼らの絵に惹かれたのか?はよくわかりません。

グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)とエゴン・シーレ(Egon Schiele)

でも、彼女が僕に語る彼らの話しは、いつも憧れと敬愛に満ちていました。
その瞳は光に溢れ、楽しそうでもありました。



トアル理由があってチロチロと記し出したこのブログ。
一番最初の記事は「ブログタイトルにまつわる話」で、
その時触れた少女詩人「螢」のお話は、その後、一部読者の方々との約束で

“もし” このブログが続くのであれば、
その一年毎の区切りの時に、また少しづつ記していってみます。。


と、していました。
気がつくと、驚くことにこのブログもマル3年......続いたようです。
4年目もいけそうなので、そんな印象深い少女との思い出をまた少し、
マイル・ストーンとして記しておこうかと思います。



彼女の好きだったクリムトやシーレは、勿論有名画家でありますが、
一般的にはまだまだマニアックな部類にも入るのでしょうか。
「ウィーン分離派」と呼ばれる、
既成概念にとらわれない新しい表現方法の模索と提案に満ちた彼らの絵画は、
その後のグラフィックデザインやポスターなどの商業デザインの領域に対しても
大きな影響を与えたモノの一つだとも思います。

僕らの世界で言えば、
ジャケットアートやポスター、出稿デザインなどでしょうか。
時折彼らを意識したワークを目にしたり、するようなこともありました。

彼らの特徴としては過激な性的描写やエロス、
感情を強く絵に入れ込みたいがための
異様に捻じ曲げられた構図やポーズなどが挙げられます。

多感でアートセンスのある13歳の少女は多分、
そんなことは当然理解していたように思いますが、
しかし、彼女が一番リアクションしていたモノは、実は、
評論家からもよく語られる彼らの絵の中に共通してあるもう一つのモノ......
「死」の匂いに対してだった様に、僕には感じられています。

記事カテゴリーの「初めに、タイトルの話」にまとめている
彼女に関する過去記事を読んでもらえれば、
ソコはなんとなくの想像も出来るかとは思いますが、
当時の彼女を取り巻く過酷な生活環境や過去世の記憶?......が、
彼女を彼らの作品に強く反応させていたようにも思います。



遠くにあって近くにあるもの。



「死」



彼女の場合、それは、
正確には「自己嫌悪」の気持ちの延長線上にあった意識のようにも思います。



若く、生命力が溢れる中で考えるというのは、
老壮期のソレとはきっと違うハズで、
彼女の場合は、どうも、その当時の僕の感覚では
なんらかの「自己嫌悪」から来る関心や感情に見えていました。



「クリムトとかシーレのような感じにしたいの」



ジャケットの打ち合わせの時によく彼女は言っていました。



敬愛する女性デザイナーのちーさん(仮名)と僕は、
そんな彼女の言葉をそれぞれの感性で理解して、
アートワークにさり気なく入れ込む努力をしていました。

その僕の理解というのが、実は、上記した「自己嫌悪」だったりするのです。

多分、僕がクリムトやシーレの作品から感じていたものが、
実はこの自己嫌悪だったり、背徳だったり、
自堕落な自分への自己批判のようなモノだったからなのかもしれません。
「暗い」などではなく、「悩み」とか「絶望」とかでもなく。
それは自分の嫌なところも含め、
「なるべく真っ直ぐに自身を見つめてみる視線」
と言った様な感覚。空気感。
ソレは批評家の多くが彼らを評し、語っている死や死生観といった様なものとは違い、
あくまで「イヤな自分を見つめる」視線であって。
僕はそんな雰囲気を螢のアートワーク全てに入れ込んだつもりです。



「ん。よいよ。これ。これがいい。」



そんなワークを彼女は知ってか、知らずか。
いつもちゃんと選択してくれました。
そんなアートワークは結果的に、
いつも不思議と彼女の「痛み」も表現していたように思います。

打ち合わせでクリムトやシーレに関して僕らが話していた時、
僕はよく思っていました。

自分とまっすぐ向き合うことの難しさ。
嫌なところを見てみないふりをしてしまう自分。
間違っていることも正当化してしまう自分。
だって、そんな自分をまっすぐに見たりなんかすると、正当化しないと、
決まって気分は悪くなってくるし、
自己嫌悪も湧いてきて、
そして、なんだか死にたくもなるし。。
クリムトやシーレは、こんな感じで絵を描いていたのかな......なんて。
そんなことをよく、思ってもいました。



クリムトやシーレの絵を見ると、彼女の書いた詩の中では、
僕は決まってこの詩を思い出すのです。



---テツゴク---

ドキドキ...いつもおもう
おもうとくるしくなるの
しにたくなるときも

でもしなない  いみをしらないから

あしたのユメをみるの
ふしあわせなユメ
あじけない話し声でめがさめる
つらいとかるくいうようでおこりたくなる


あたしはそまらない
あたしはそまれない


あたしはみんなのはずれのなか
ユメさえかなえられない


いたましい悪夢


なくすはずのないものがなくなって
「もうイヤだ」って
いつにだれがきづかせてくれる
「もうヤメなよ」って
いつにだれがいってくれる?

もぅ...ひとりではあるけない
もうキリにつつまれて何も見えない...



書棚にあるクリムトとシーレの本。
そして......





螢が僕にくれたスケッチブック。
中には彼女なりのクリムトやシーレの「絵心」が沢山描かれています(^^)
アートワークのイメージを練るのによく彼女やちーさんと眺めていました。

これも、
僕の書棚にある宝物の一つです。


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ストーン・ブレスレット

2015-07-16 20:07:58 | 面白い
世界は鏡!?ですので、
左右が相対的になるのですね。

例えば、
脳の構造で言えばイメージや感性を司る右脳は左手や左半身に繋がっていて、
思考や倫理を司る左脳は右手や右半身に繋がっています。

世に目に見えないモノモノがあるとして、
そんなイメージ的で直感的なモノは右脳側で感知して......体の左側から入ってきて。
論理的で現世的なモノは左脳側で作られて、
体の右側からアウトプットされるのでしょうか。
サウスポーだと右脳と直結する側の手脚でアウトプットをするコトになりますから、
イメージや直感がそのままダイレクトに表現される感じでしょうか。

インスピレーションなるものは、
もしかしたら右脳に連なる左手、左足、左目などから入ってきてイメージ化され、
その後、左脳で現実的なモノや形態へと変換されたり、そんな要素が加えられたりして。
最終的にはバランスの取れた手堅い感じにシェイプされ?
右手や右足、右目などから世界へ向けて表現されていく......とも言えるのでしょうか。

勿論、「極端に言えば」です。

不思議なモノで、
世にある多くの仏像さんというのは大抵は左手を天に向けて開き、
膝上に置かれていて。
右手は上に掲げ、対面方向に向けて広げられています。
中には合掌していたり、印を結んでいたり。
何かを持っていたり、沢山の手があったり......と、色々な仏様もありますが、
基本形といえば上に書いた様な形です。
そんな仏像さんを見ていると、
冒頭に記した様な人の体内を巡る気や力の流れや摂理を、
古(いにしえ)の人々が
「後世に長く伝えん!」
と作ってきた姿の様に思えたりもします。



お題の「ストーンブレス」



お気に入りのブレスレットの石さんに「もし」
なんだか不思議な力があるとして?
そんな力を感じられているとして!?



ソレはどちらの手に付けるのが良いのでしょうか?



たまに、そんな質問をされます。
つい最近もありましたし......



僕の答えとしては、
「望むものにより左右どちらでも良い」
という様に思えています。それが基本の考えであるのかな。と。



右脳と直結していて、エネルギーやら何やらが入ってくる「左手首」につければ、
余計な侵入モノのフィルターとして機能しそうです。
想像力や直感に繋がる方でもありますから、そんな感性の強化にも働きそうです。
そうすると、そんな「受身的」な左手につけるブレスレットはガード。
防御。魔除け。直観力アップ。

左脳と直結していて、
力を放出するアクティブな「右手首」につける時はパワーアップ。
表現力も倍増。論理的思考や言語機能の回転、展開力アップ!
.......という感じでしょうか。



また右手、左手、それぞれの特性に合った力を持っている石が
ブレスに組み込まれていたりすると、その効率はさらに良くなるのかもしれません。

しかし、逆のことをやってしまうと......例えば、
魔除けや厄除け系の石を右手にはめていても、逆効果になっちゃったり。
出る力を止めちゃったりしている状態かもしれません。

パワーを上げてくれる「アンプ」の様な石を左手にしたりなんかしていると、
入って来る力や気?が増大するかもしれないけど......
入り来る魔も増大!(@_@)になっちゃったりして。



僕の中にあるブレスレットに対する感覚と知識はそんな感じ。イメージ。



そして、あくまで「脳機能」的観点でもって人の中にある情報や
インスピレーションの流れを見ていくと、時計と同じ「右回り」ともなります。
右脳から入り左脳から出て行く形。

南中する太陽と「対面」すると、
太陽が出て来るのは東=向かって左=左を司る右脳。
太陽が沈み入るのは西=向かって右=右を司る左脳。

イメージは向かって左から右に回り行く感じ。

神社仏閣を人......頭脳と見て、
境内へ出入りするときや、
建物の周りを回る様な時は「基本」右回りが良いのかもしれません。
神社仏閣(脳)に対して自分自身が「インスピレーション」の動きとなるわけです。

ただ、あくまでソレは「基本」であって、
土地の磁場や方角、環境、祀られている神々のバランス、関係......等で、
様々な事由が絡み合って必ずしもそうというわけでもありません。
「基本は?」
と問われればのお話です。



ままま、余談ですが(^_^)ええ。ええ。



余談ついでにブレスレットの奥義!?を記しちゃうと......!?!?!?
生き生きとしていて力強いブレスさんと、
あまり躍動感の無いブレスさんとがあるように思えます。
そんな違いが出る原因としては3つ。

1、パーツ石の純度、輝度が低い......力の低い石が素材となっている。
2、石の組み合わせが上手くいってない......石の性質を見れていない。
3、ブレスに頭、お尻、左右の手脚が無い......生き物になっていない。

と考えられます。個人的に。ええ。( ̄+ー ̄)なんとなく。
なのでブレスさんを見ると大体のことはわかるのでやんす。ええ。
その人がどんな思いや目的があってしているブレスなのか。
どんな力を持っている人なのか、望んでいる人なのか。
ただなんとなく気に入ったものを買ったのか。
石とお話できる様な人が組んだものか、そうで無いか。。。
無秩序で混沌的なものか、あえてソウなのか。
そんなことはナントナクわかるのでやんす。



先ずはヘッドストーンを決めて。
ソレとバランスが取れる、ケツを持つ力がある石をテールに。
テールストーンは言わば足腰。頭と下半身が決まります。

その縦線に垂直に交わる十字の横線、左右のピークにには「同じ石」を配置。
それは言わばブレスの両手。

その十字形の上下左右のキーストーンを決められたら、
それぞれの間を埋める石を決めていきます。

その時重要なのが全ての石が何処を取っても相対的に組めているか?どうか......
みたいな。宇宙は相対性で出来ています。

こういうブレスは「生き物」になります。
強い。
動く。



ただ「一点突破的」な凄い組み方なんかも幾つかあって。
例えばヘッドストーンを目的の石にします。
それもチョット大きめの。。
その他の石は水晶などの単一種類で組んだりなんかすると......
そんなブレスのイメージとしてはオタマジャクシとか、
蛇とか龍とか。。。ミサイル!ロケット!とか。
頭から下がロケットエンジンの炎みたいなイメージで見えてきたりするのです。
核弾頭を積んだロケットみたいな。。
水晶とかで繋ぐと中性で水の様な性質ですからキーストーンの力を濁らせませんし。

こういうタイプは霊能者!?や不思議な力を持つ人系に合っていたりもします。

それと、水晶だけ!とか、
タイガーアイだけ!とか。
こういったタイプは「頭」は無いので躍動感はないのだけれど、
力としては一つのモノにまとまっている強さがあります。

突破力や生命力と言うより「ハンマー」「刃物」といったイメージでしょうか。
これに水晶系を挟んでいくと本質は変わらずに
「縄」「紐」系の力にシフトしていく様なイメージが僕には湧いてきます。



石とは「意志」



とても面白く、
強いモノだと思います(^^)



佐賀の唐津神社(からつじんじゃ)の御手洗でピッカリコン中の僕さんのブレス。。
良いブレスは「水」の良し悪しも見事に教えてくれます。
唐津さんの御手洗はちょっとヤバイのです(><)/



普段はあまりしていないのですが。。

「今日わ連れてけ~~~! コラ~!」

と言われた時に!?つけて出かけます。
宝石商でもある素晴らしい方に組んでもらったブレスで、石の純度はピカイチ!
ヘッドとテールには僕さんご指名のヤバーーイ!?ものが入ってますのだ。
後はお任せで、
その時の僕のオーダーはただ一言......

「友達が欲しい!(◎´▽`)ノ」

でした。
今や苦楽を共にする唯一無二の親友。
頼ることなかれ(^^)


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ウナギクライシス 6

2015-07-12 02:35:52 | 美味しい
そもそも、ウナギさんは好物さん☆なのですが、
「危機的不漁!絶滅危惧種に!」
なんてニュースが大きく流れ出した頃にこの記事は記し出したのですね。



ウナギクライシス



それも今やシリーズ?っぽくなってもいて。
6回目ですよ。ろっかいめ。
B級グルメ話し回、随一の贅沢シリーズと化していたりもして。
お財布心配案件ですから。ええ。
本当はうなぎ心配案件なのに。
どーなんでしょ。まったく。。(´・_・`)

確か最初は名古屋、熱田の「蓬莱軒=ほうらいけん」に始まり、
途中、江戸前の絶品ウナギ「野田岩」さんの話に触れながらも、
僕のうなぎさんの基本形となる静岡、三島の「桜屋」さんを通り、
そこから千葉県、成田の「川豊」さんへと繋がって、
この前はグルメに関しては無感動、無関心を貫くマーケッターJさんと行った
京都、九条、東寺「美登利」さんでした。

して!
今回は、
ウナギどころ、静岡県、浜松市、三ケ日にある「加茂」さん。
うな重どどぉーーん!



どやーーーーぁぁーーーーっ!(=゜ω゜)ノ

うまらやしーべーぇぇ!

決して安くわ無かったんだべーーーぇぇ!(;_;)ほろり。だべー!

しかしこの時。
開店後15分ぐらいにお店の暖簾をくぐったのですが、
休日だったせいもあるのか?
それでももう1時間半待ち!(◎_◎;)の状態。
炭の弱火でジックリと長ーーーい時間をかけて、
周りをパリッ!と香ばしく、中はジュワッ!
と柔らかく焼き上げることに特別なコダワリを持っている鰻屋さんですので。
一人前を焼き上げるのにもとても丁寧に、丁寧に、時間をかけるのです。
なのでちょっと人が詰めかけるとスグにこんな状態になってしまうのです。
開店直後でも。既に。ええ。
凄いでやんす。ええ。

しかすぃ!

我々は「三ケ日ポンチキツアー御一行様♡」だったので、
この1時間半の間に何かと巡りたい場所も多くあって、
まぁ、2箇所ほど回ってからまた戻るという形がよかろう.....と、
そういう形で予約をしました。
席が空く頃には携帯にお知らせ電話もくれるのだそうで(^^)
ま、せっかくだから、食事は予定通り「加茂」さんで初志貫徹したりましょうと。
そんな感じで。

それでもって、イザ食せば、当然の如く感嘆の美味しさなのです。ええ。
ナカナカ出会えません。この焼き加減。
もうコダワリの塊の味。
パリッとジューシー。
スゲー。
完璧。
あちこちスポットを巡った後だったので特に
「長々と待ったねぇぇ......」
というような印象もマッタク無くて、
なにやらとても幸せなひと時を過ごせたのでござひました(^_^)
やはり「加茂」。名店。恐るべし。



そしたら、
せっかくですので、今回はもう一軒、
アチキのお気に入りの鰻屋さんを記しておこうかと。ええ。
今回は「代わりが効かない」独特の鰻屋さんシリーズということで。ええ。ええ。

コチラは大阪、住吉区。
マニアにはたまらない「住吉大社」から程近いところに、
飲食店とは思えないような!?佇まいを貫きとおすマニア向けのコチラのお店!
「いづもや」さん。



ご飯がクローーーーイ!!!(=゜ω゜)ノですの!
「ウナギまむし」
と呼ばれるご飯にも秘伝のタレをまぶしてあるスタイルで。独特。



コレがたまらん!(><)/ ですの!
うなぎさんは「三切」で少なめでもこのご飯とのマッチングとしては十分!ですの。
僕の様なB級炭水化物さんには。ええ。超満足です。ええ。
値段もお安いのです。
お店の様子はもう内外共に全くもって

「昭和枯れすすき」

という様な感じなのですが、
それがまたなんとも郷愁をそそるというか、なんというか。
ソコも独特のお店ですの。
そんなこんなが合わさって全体で醸し出す雰囲気としてはですね、
なんだかこんな気持ちになるのです......



「やべーなー。。これ。

味はガツッと、、、

来そーだなーーー。。

やべーなぁーー。。。

病み付きになりそーだなぁー、、

やべーなー、、、、

なりそぉーだなぁーーー、、、、

パクリ、、と。。

。。。

。。。

なっちゃった!(=゜ω゜)ノ

ヤミツキ!(@゜o゜)」



ほんにのう。
たまらんのぅ。。
うなぎはん。。
なんとしても絶滅を防がなければっ!!
(*`へ´*)/えいえいおーっ!



「加茂でうなぎ食べちゃうど!ツアー」
に同行してくれはったポンチキーズの面々から
「ガソリン代だ!まぁ、とっとけやっ!( ̄^ ̄)」
と買ってもらった季節限定製造!の三ケ日名物「あおしま みかん缶ジュース」



甘いよー。
おいしーよぉー。
「JAみっかび」さんの限定モノだよー。
あげないよー( ̄▽ ̄)


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— 藤 —

2015-07-08 23:18:03 | 面白い...パワスポ寺社
「平成」とか「昭和」とか「明治」とか。
元号と言われる「君主が特定の時代を指してつける称号」の元祖って
「大化」なのです。この国では。

大化といえば、教科書的には「大化の改新」

その当時、大和朝廷の独裁的有力氏族であった
「蘇我氏=そがし」を滅ぼした一大改革!とされていますが......
要すれば......



「クーデター」



です。内実は、
それ以前の国を治めていた天皇と政治的有力氏族に対する軍事的クーデター。
この言葉がなぜか?使われませんが「明治維新」とも似たようなものです。
この国の歴史の大転換期の一つ。
この後、元号どころか現在に至るまで続いている
律令制(りつりょうせい)が整備されるのです。
法治国家......と言った方が伝わりやすいのでしょうか。
それは今に繋がってもいるのです。

僕らもキチンと、大きく影響を受けているのです。

古事記、日本書紀などの歴史書もこの直後から編纂されます。
歴史は正当性を示さんとする勝者によってどれくらいボヤかされたのでしょうか?
まだ文字を読める人も少なく、
ましてや書物などホンノ僅かしか無なかった様な時代。
監視の目も限られ、文書の改ざんなども比較的容易にできたであろう時代。
二つの書物も、そのまんま読むわけにはいきませんのね......( ̄  ̄)ええ。ええ。

そんな大化の改新は、
後に天智天皇(てんじてんのう)を名乗る中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と、
後に「藤原」の姓を名乗る中臣鎌足(なかとみのかまたり)とが、
強力タッグを組んで実行しました。
その藤原氏。
この時以来、千年以上にわたり......
恐らくは今も皇室を裏で支えていると思われます。
決して表に出てきませんが......



興味深いのはクーデター成功後、
中臣氏がなぜ?「藤原」という姓名にしたのか。



「uzmetさん......わたくし、なぜか?
導かれるように奈良の高鴨神社(たかがもじんじゃ)という所に行ったのです。
不思議に、突然呼ばれまして。とても行きたくなったのですね。
とても素晴らしいところでした。
地元のタクシーの運転手さんも知らないような山奥だったのですけど。
面白いことです。ありがたきことです。。」



と、つい先日。飛び抜けて!?不思議な力を持つ、
高貴な佇まいとオーラを放つ「MT先生」さんが言うのです。
おケーキをお食べして、お茶をしてたら。お背筋をおピン!とお伸ばしあそばせながら
こんなことをお言いいになったのですね。ええ。

「行ったのでござーいますのよ。。おほほほほほ。。。」

みたいに。ええ。決してこの方は

「ワハハハ......」

とは笑いませんのよ。ええ。ええ。手をかる~く口にあてて

「オホホホ」

ですのよ。ええ。



この奈良県、葛城市にある高鴨神社。何をかくそうこの神社。
京都にある有名な世界遺産「上賀茂神社」「下鴨神社」の本宮なのでございます。
もっと言えば、
全国にある「賀茂=加茂=鴨=カモ」系神社の総本宮でもあるのです。
僕さんも幾度も訪れているとても魅力あるお神社なのです。ええ。
MT先生さんが自然と導かれる所以もわからないでもなく......
そんな「カモ」と呼ばれる神社を遡ると、京都から奈良、
葛城(かつらぎ)の地へと来てしまうのですね。自然と。
それでもって、この「葛城」という名前が、まぁ、実は大変な名前で。
大化の改新よりさらに前。
「初期大和朝廷」を司る有力氏族の名前だったわけです......が......
この葛城氏。掘れば掘るほど......
深く、重く、限りなく透明に近いブルーで......
日本史の深淵に漂う氏族であるわけです。
今も!?この国の裏側の方で.......ヒソーーリと、影響を与え続けている!?
氏族さんなわけです。そんな地に全国カモ系神社の総本宮があるわけです。
ここにも深いワケがあるのです。



葛城氏が権力を振るっていた時代は、
天文、地理、風水、占術、戦術......
天地神明の智に長けた人が天皇の側近となり実質的な国の統治担当者になる形で、
その代表が葛城氏でした。実質的な大和王朝の支配者。それが葛城氏。

葛城の葛(くず=かつら)というのは、
そんな天皇の地位に対しての自らの力と立場を表した「姓」と考えられるのです。

国の大きな「幹」とも呼べるような人.......天皇を大木とすると、
その大木に絡まるように、覆い隠すように「生い茂る」ツタ=ツル系の植物。
「カズラ=蔓=葛=クズ」
一見、大木からしたら迷惑で、鬱蒼として、胡散臭く、
百害あって一利無し......とも思えそうなツル系の植物。
しかしそれは大きく広く、茂り過ぎさえしなければ、大木を害虫や病原菌、
日光や風雪の当たり過ぎや、鳥や虫が幹に穴を開けちゃったり、入り込んだり......
っといった様なことから守るような働きもするわけです。



それがツタ系の植物。



絡まる「何か」がなければ栄えることはでき無い植物。



大木がなければ生い茂ることができ無い植物。



持ちつ持たれつ。



王様あっての私。



王の私は、あなたあってこそ護られるのです。



ツタと木の関係。



葛城氏の持っていたこの力をクーデターで手にした中臣氏は、
パートナーだった中大兄皇子(ナカノオオエノオウジ)が「新天皇!!」
と成る際に自らも真新しい姓を授かり、名乗ることとなります。



それは、



あなたあっての私です。私あってのあなたです。



あなたが木ならば私はそこに絡まる藤(ふじ)となろう。



藤原。



葛城からその力と権力を引き継がんと付けられた名前。



古の葛城氏の様な力を持たん!と付けられた名前。



藤と葛。



生い茂りすぎると、頼れる大木そのものをも取り殺してしまうようなもの。



しかし、その時は、同じく自らも地に倒れる時。つかまるものが無くなる時。



藤原を辿ると中臣、カモ氏に行き着き、
カモ氏を辿ると奈良、高鴨神社に行き着き、
高鴨神社を尋ねれば葛城の地に辿り着き。
葛城を辿れば「一言主神=ひとことぬしのかみ」に行き着いて、
一言主神を辿れば同じ葛城の地、一言主神社に辿り着き......
ここから先はまたいつかの機会に......
でしょうか(^^)ええ。ええ。

中臣という姓にも大きな秘密があるわけで。

MT先生さんは、それわ、もぅ、
国の行く末、祭祀を司る高貴な魂の血統であり、御生れなのでしょうね。ええ。
きっとそーでござぁーーーますのよ。すげーでござーーますのよ。
ええ。ええ。( ̄ー ̄)ニヤリ





高鴨神社。オヤジにならないとわからないくらい!?美しき境内。



ここが賀茂氏発祥の地とも言われていて、賀茂氏はこの丘陵から奈良盆地に出て、
葛城川に沿って「上津鴨」と呼ばれる鴨山口神社(かもやまぐちじんじゃ)や、



下鴨と呼ばれる鴨都波神社(かもつばじんじゃ)



などを祀ったようです。どちらも畑の中にあるこじんまりとした神社。
これらを京都に移した時、葛城の地でいう鴨山口神社を上鴨社、
鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになったのです。

さてさて......
藤(フジ)も葛(クズ)もツタ系の植物。
正確には「ツル植物=蔓植物」と呼ばれます。

「♪ ツールとカーメがすーーーべった、、、、、♪」

ツルとは何で、カメとは何で......
今回のこんな話とも色々な意味が重なってくるのです。
「カゴメ」というこの時記した記事と合わせて読んでもらっても......
面白いかもしれません(^^)


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コンジャンクション

2015-07-04 18:05:29 | 素敵
光というのは途轍もなく早いスピードで空間を走り抜けます。
地球から月までだと1.3秒ほどで着いてしまうようです。
太陽までは8分とちょっと。

するってーと、
僕らの元に届く太陽さんの光というのは、
太陽さんからしたらいつも8分ちょっと前のモノであるわけです。

つまり、僕らが太陽を見上げたとき、
その見えている太陽さんの姿というのは8分ちょと前の太陽さんの姿。
実は「過去の太陽さん」ということになります。

するってーと、
夜空に煌めく幾多の星さん達の姿というのは、
「光年」と言われる「光が1年に進める距離」で表される時間の分だけ過去の姿......
ということになります。

アークトゥルス(Arcturus)という僕の大好きな星で言えば、
地球からの距離は約36万光年。
僕が見るアークトゥルスさんはいつも36万年前の!
アークトゥルスさんということになります。



北京原人やマンモスさんが闊歩していた時代。。



この星の地上でも、
多かれ少なかれ同じ原理が働いているわけで、
僕らの眼が「通常的感覚」で捉えているモノモノや風景というのは
光が反射されているゆえに見えるモノであって、
故にソレは僕らの眼が捉えた瞬間、既に過去のモノであるわけです。

そして、
遠くを見るということは、
過去を見るということです。

夜空に輝く沢山の星々を見るということは、
遠い遠い、遥かなる過去の歴史を見ているということです。

それは、遠い遠い過去の記憶......
宇宙の記憶を見ている......ということなのかもしれません。

僕らがどんな気持ちで、
どこから、
どんな風にやって来て、
どんな風に今日まで歩んできたか......
そんなことも、
もしかしたら夜空には刻まれているのかもしれません。

もし、
そんな「天」=「宇宙空間そのもの」の神様がいるとして、
その神様の役割や得意とするところというのを考えてみるに......ソレは、
「全ての過去の記憶」
であったりするのでしょうか。。

この国の神の名で言えば、ソレは、高天原(タカアマハラ)そのものを表す神......
「天之常立神=あめのとこたちのかみ」
でしょうか。。



つい先日、
お家への帰り道。
川の土手から見上げた夜空に、とても綺麗な金星と木星が輝いていました。
西の空で、
ピッタリと、寄り添うように、美しく。





僕はちょっと感激して、
しばしその場に佇んで、ボーーーーーっと、その2星を見上げていました。
ちょうど獅子座の足元ぐらい。
梅雨の合間、束の間に晴れた夜空の隙間。

金星=ヴィーナスは愛や和合を表します。
木星=ジュピターは繁栄や成功、幸運。そんな高貴なる力を意味します。

獅子座は「王」を表します。

日本神界では「スサノオ=須佐之男=素戔鳴」さん......
その一番の眷属(けんぞく)でしょうか。

この時から数日後、7月1日。
ソレはほんのつい最近。
木星と金星は獅子座の領域で地球から見てピッタリと重なるように輝いていました。
占星術で言えば「合=ごう」と呼ばれる形。
ホロスコープ上2つの星の間の角度(アスペクト)が「ゼロ度」となる
「コンジャンクション=Conjunction」

2つの星の力が更に強く強く、強調される形。

そして、この時は、
世界的に「閏秒=うるうびょう」と呼ばれる時間調整のための1秒を
1日=24時間に加えるということも行われた日。
そんな色々なことが「コンジャンクション」した日。



そんな素晴らしく美しい天体ショーに僕はしばらく見入っていました。
正確には「魅入って」しまいました。



「アメノトコタチノカミ=天之常立神」からの贈り物?でしょうか。
メッセージ?でしょうか。



それとも......



世界は騒がしく、
色々なことが起きていて。。



みんなは、この空にどんな意味を見出すのだろうか。。



それとも......



星の輝く夜空を見るのは、
いつも、なんだか、
僕にはとても良いものなのです(^_^)





こんな時期に公開されているディズニー映画
「トゥモローランド=TOMORROWLAND」。ブラッド・バード監督。ジョージ・クルーニー主演。
とかくタイミングの不思議さと力、メッセージを感じさせるディズニー映画。
みんなはこの映画にどんなコトを感じるのでしょうか。。( ̄ー ̄).。o◯


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