雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

おもさげながんす

2017-04-08 15:07:21 | 願い...映画&音楽&珈琲
——————これ......カフェをやっていた父が私に遺してくれた、
父が自分で焙煎した珈琲です。
父が亡くなってから、もうずっと長いこと取っておいたのですが......
これが最後の一つで......
uzmetさんがコーヒー好きで、美味しいコーヒーを飲んでるってことも知っているので、
ちょっと失礼な話かもしれないのですけど、コレ、
なんだか、ずっとuzmetさんに飲んで欲しくて。
父がそう言っているようで。
幾つか残ってたのですけど、この最後の一つだけはずっと取っておいたんです。
いつかお会いした時に渡したいと思っていて。
あと、この父の店のマッチも。
デザインがライオンなんですよ。店の名前も。
なんでライオン?なのか?意味とかわかんないんですけど......これも、一緒にお渡ししたくて。
だから、もしよければ受け取ってもらえませんか——————————



Eriさんはそんなことを言って、僕にその貴重な珈琲を渡してくれました。



彼女は、このブログにも時たま登場する不思議ちゃん筆頭「プリリンねーさん」の友人で、
岩手県の八幡平(はちまんたい)に住んでいます。
なんでも、八幡平にある父親のやっていた喫茶店を娘の彼女が受け継ぎ、
現在も懸命に営業をしているとのこと。
このポンポンチキな「雲完ブログ」もいつも読んでくれているとのことで。

そして、つい最近。3月。
所用あって僕やねーさんを含むポンチキーズ4人組が岩手県に行っていた時に、
彼女は地元東北の友人達三人と、遥々「一関」という駅まで僕らに会いに来てくれました。
彼女達は皆ねーさんのお友達ということで、
やはり少々の「不思議力」を持っている様な方々でもあって。
そんな僕ら7人はそのまま二日間、共に少々マニアックな不思議旅をすることとなりました。

僕は初めてお会いするEriさんのことはほとんど何も知らず。
それでもって彼女達のチームは男性一人を含む3人だったこともあり、
旅行中に移動する車なども別々。
彼女が話す時も自然と良く知った者同士や、ねーさんなどと話すことも多くなるわけで。
彼女と僕とは殆どまともな会話はしないままに二日間のプラリ旅をしていました。
そして、僕が東京へ帰ろうと、
最初に出会った一関駅のロータリーで皆とお別れの挨拶をしていた時。
彼女は僕のそばに寄って来てくれて

「この珈琲を......」

と。ちょっと話しにくそうな表情と言葉と共に、
ソノ貴重なコーヒー豆を僕に渡してくれたのでした。
いただいたパッケージを見ると、
半透明のビニールに、いかにも個人オーダーといった風情のデザインが入っていて。
そして、そのパッケージの奥にはミディアムよりちょっと深めのローストで仕上げられた
丸々としたビーンズが200グラムほど入っていました。



一緒に渡されたライオンのマッチはシルバーの小箱で。
少し気難しそーなライオンさんが印刷されていました。



「そんな貴重なコーヒー豆なんか頂いちゃっていいんですか?
本当に!?
なんかめっちゃ恐縮しちゃうけど......!?」

と、彼女に答えた時、僕にはふと、そのコーヒー豆から声が聞こえて来ました。
その時の僕は彼女にその話は一言も言わず、
彼女の目を見て、その気持ちが本当なのだということを確かめ、それ故に、
とても真摯な気持ちでそのコーヒー豆を受け取りました。
東京駅について、皆、解散し、それぞれの帰りの道すがら、僕は同行していたメンバーに

「ちょいとワケあって、Eriさんのラインを教えてほしい、、」

というラインをしました。
そして家について、一息つき、心身もゆったりと落ち着いた後、
僕は教えてもらったラインに、なるべく率直に、
頂いたコーヒー豆さんから聞こえて来た言葉を書き起こしてEriさんに送りました。



「ハロハロ。
コーヒー豆をいただいた人でございまする」



「はっ。
ありがとうございます」



「コーヒー豆をいただいた時に、
豆さんから声が聞こえて来たのでラインを教えてもらいましたのです。
すいません(^^;)
コーヒー豆さんは言っていました。

家族のため。
友のため。
誰かのため。
何かのため。
もっと自分のためでいいよ。
自分を喜ばせるために力を使えばいいよ。
もっともっと好きな生き方をしていいのだから。
もう十分人の為に尽くしてる。
だから大丈夫。
全然大丈夫だから。
できうる限りでいいから、自分を大切にして、
自分の思うことを自在にやっていって欲しい。
応援するからね

、、、みたいな、、感じ。
おいらには意味合いはよく分からないけど、、、
コーヒー豆さんから聞こえて来ました。

お父さん?かな(^^)
素晴らしいコーヒーなんだろーね。楽しみっす!
お疲れ様です」



「びぇぇぇ(;_;)」



「EriさんにはEriさんのブレンドが、コーヒー豆が、
オリジナルのコーヒーの味があるんだろーね。
この豆がこーしてあるのは、そーいう意味かな。
ライオンのマッチは勇気のシルシかな。
そーいう感じ(^^)」



「店の今後について、ずっとうじうじしてたんス。
もう辞めたいが、ゼロになる覚悟もつかないしで、ダラダラダラダラ。
勇気が無いんっス。ビビリなんス。ライオンありがとっス。
ありがたくて涙が止まらないっス。
泣きのEriでした(;_;)」



「胸を張って、自分の道を歩んでください。
勇気とは、自ら思い、憧れる道を行く力です。
Eriさんは “ひのもとのまなか=日本中央” の霊脈に立つ誇り高き人。
ゆっくりと、マイペースで。
しかし誰のためでもない、自分の心が求める道を進んでくださいね(^^)」



そして、つい最近。
僕は、それまで飲んでいた珈琲豆が終わったので、早速、
いただいていたEriさんのお父さんのコーヒー豆を開けてみました。
ユックリと淹れてみると、決して香りは強くは無いのですが、
味はなんだかとても真っ直ぐで、折り目正しい感じがしました。
そしてまた、ちょっと、色々な想いが僕に湧き降りて来ました。
僕はまた、彼女に久々のラインを入れてみることにしました。



「uzmetですー。夜分すいません。ちょっとお伺いします。
ふと、Eriさんのコーヒー豆の話をブログに書こうか、、?
と、思ったのですが、いかがでしょうか......ご一考ください......すいません。夜分に......」



「おもしろいですね。
今、自宅で、母と、父の古い写真を見ていたのだ〜。
そんなわけですから、煮るなり焼くなり、美味しく料理して頂きたく思います」



そー言って彼女は、そのお父さんの写真をラインで送ってくれました。
僕はそのお父さんの写真をジッと見つめながら、お父さんのコーヒーを飲みました。
やっぱり、とても真っ直ぐで、折り目正しい感じで、でも、ちょっと内気な感じで......
僕は返信で、今、目の前にあるお父さんのコーヒーが注がれたマグカップの写真を送りました。



「真っ直ぐな味っす(^^)」



「父はuzmetさんに飲んでいただけて、喜んでると思います。
娘はこんなんなので、あまり懐き(なつき)ませんでしたから」



「そんなことないよ、、、、って。言ってます。
おとーさん。なう」



「おもさげながんす」



「このコーヒーみたいな味、、、に育って欲しかったみたいよ(^^)
真っ直ぐで折り目正しい味だよ。
Eriさんブレンドやな。

右肘が少し痛むな。
なんか傷?炎症?があったのかな。。良い人だねー(^^)」



「右肘!?」



「うん。かすかに。
隠してたかもしれないけどね。家族には」



「私、最近ずっと右肘の激痛で、夜中に目がさめるんですよ。
ちょーいたいの。何かな。。」



「おとーさんだよ」



「わー。。」



「お線香あげてね。たまには。
毎日とは言わないけど、月曜とか火曜とか。一週間に一度ぐらいは。
コーヒー淹れてあげたら尚良いよ。
コーヒー、、だな。うん。コーヒー飲みたいみたいよ。
よろしく〜(^^)」



「ばーれーてーるー。
お線香さぼってるの、ばーれーてーるー。
はい。コーヒー淹れます!」



「何があっても、父は父だから。
両親にキチンと誇りを持ってね。

未来は過去の上に成り立つのだよ。
過去を否定したら未来も否定される。
過去を理解したら、未来も見えてくる。

コーヒー頼むよー(^^)
肘痛くなくなったよー。
ごちそうさまー」



「本当ですね。
本当にそうだ。
なんだか最近、淀みきって、澱みが......変わってしまった自分もわかっていたのに。あーー
エイプリルフールネタじゃない事を祈って眠ります。えぇえぇ」



お茶どうぞ(^^)



岩手県と秋田県にまたがり、青森県の十和田まで連なりゆく雄大な高原。
僕らスキーヤーにはおなじみの「八幡平=はちまんたい」には、
とても素敵なカフェがあるようです。



☆この記事はEriさんの許諾を頂き、書いてます。何卒☆


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美化

2015-04-11 13:47:50 | 願い...映画&音楽&珈琲
南国パラオに天皇陛下が慰霊訪問しているというニュース。

千葉の海岸にイルカが150頭以上打ち上げられているというニュース。

日経平均株価が15年ぶりに2万円を超えたというニュース。

前園真聖、テレビで転落人生を語るというニュース。

主要メディアでは全く取り上げられていない、
福島第一原子力発電所での「溶け落ちた核燃料のロボット探査がスタート」のニュース。

核燃料がこの国の大地に溶け落ちていて、
ソレが未だ何処にあるのかもわからない状態だという事実を知っている人も、
それほど多くはいないのかもしれません。

株価に一喜一憂している政府や関係者にはにはむしろ邪魔なニュースなのかもしれません。



僕はパラオのニュースは知っているけど、
陛下が感じた匂いも、
空気も、
音も風景も、
実のところ何も知りません。



戦時中、パラオの戦場がどれ程の血で染まり、
その血の海の中でドロドロに呻きながら、どれほど多くの戦士たちが命を落としていったのか。
そのニオイも、
彼らが死の直前に見ていた空の色も、
心の模様も、
地獄のような人々の呻き声も叫びも、
爆弾や銃撃の音も、
戦後に生きる僕は実のところ何も知りません。



真実はニュースからは知りようも無いのです。



浜に打ち上げられたイルカさん達の喘ぎも、
彼らの肌が渇いてゆく感触も、
株価が大台に乗った実利益の享受も、
前園さんが犯した間違いも、彼の心の痛みも、
福島の大地がこの国全土に及ぼしている影響の真の恐ろしさも、
実のところ、ニュースからは何一つわからないのだと思います。



全てが幻の様なモノなのだと思います。



本当の「ありのままの真実」というのは、
もしかしたらとても悲惨で、絶望的で、ヒドく、臭く、醜く。
目を覆いたくなるようなものなのだと思います。
残酷すぎるのだと思います。
隠して、捨て去りたくなるようなものなのだと思います。



それだけは想像できます。



そんな残酷さを僕らが生んだ「過ち」としたのならば、
その過ちを無駄にはしたくない。
少なくともそれだけは「事の真相」を知らない僕に、僕等に、
出来る唯一のことかもしれません。



戦場で、
戦士達が全てを投げ打って守ろうとしたものは、
今、守られているのでしょうか。



彼らの守ろうとした世界は少しでも良くなっているのでしょうか。



彼らの命は無駄になどなっていないのだ、と、
僕らは言い切れるのでしょうか。



だから、
ニュースは何かを美化して伝えていることもあるのかもしれません。
僕らは何かを美化して受け取ることがあるのかもしれません。
自分に纏わるモノゴトを美化して理解してしまう癖が、
無意識の内にあるのかもしれません。
ありのままの姿を、
ありのまま伝えたり理解することがことが難しいから、
恐いから、
そうなるのかもしれません。



何処かにそんな「美化」が入り込むと、
ソコから真実に辿り着く事が相当難しくなっていく様に思えます。
到底無理なこととなる様に思います。

そういう意味で、全てのニュースに真実など無いのだとも思えます。

だから、
僕等はなるべく「ありのままに」伝えていく努力をしなければいけないのかもしれません。
「ありのまま」に理解していく努力をしなくてはいけないのかもしれません。
それは多分、
少々キツくて、辛くて、嫌なことなのだとも思いますが......



それでも美化とは危険な薬です。



そう思うことが、時々あります。



この、
足りない頭を振り絞って立ち向かわなければと、
足りない頭を揺らして向き合わなければと、
そう思う時が時々あります。



「美化」とは、
いろんなニュースや情報、
あの人や、この人のお話に咲く妖艶で美しい花です。
自分の中に育つ怪しく美しい花です。



♪ーーーーーーーーーーーーーー

Crazy Crazy 可笑しい頭揺らせ
Crazy くるって どうかしてると笑えば
まだあの言葉が


等しいものは 遥か上さ
谷を渡れ 欲望を越えろ


Crazy Crazy 可笑しい頭揺らせ
Crazy くるって どうかしてると笑えば
まだあの言葉が

ーーーーーーーーーーーーーーーーー♪
Crazy Crazy/星野源



映画や音楽、エンターテイメントの意義や役割の一つに
「そんなニュース」や「普段の出来事」に不足しているモノを伝えたり、
表紙たりすることがあるかもしれない......と感じる時があります。
ちなみに、僕が源ちゃんで一番好きなアルバムはコレで。



「STRANGER/星野源」
この中でも「ある車掌」という曲が僕にとっては至高の一曲なのですな ♪( ´▽`)


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余所行き

2014-12-20 16:48:02 | 願い...映画&音楽&珈琲
よそいき。よそゆき。

よそ行きの声。

よそ行きの服。

たまにそんな「身のこなし」になっている自分に気付く時があります。

悪いことはないし、問題もない。

僕は、AB型の人の様に本能で自然に、器用に、罪なく、着こなしを変えられる!?
わけではないし!?(・ω・)

本音では、
「よそ行きの無い自分でいたい。。」
と思っているのです。それが理想なのではないのかな、と。

正確に言えば、どんな場所でも所作が自然で、人に障りもなく、美しくある。
それが理想なのではないのか、と、思っているのです。

部屋に居る様に「余所=よそ」に出て。
よそに居る様に家にいて。

いつも、どんな時も、誰に対してもフラットで飾らず。
真摯で、本音で、紳士で。
そんな風にいたいのです。



「よそ行き」になってしまう時は無意識で、本能で。。
そういうふうになる理由も原因も定かではありません。
ただ、スッ......と、そうなります。

多分、思うに、
何かから身や心を守っているのだと思います。

強そうだと思っている人に対して。
社会的に目上だと思っている人に対して。
敵と思っている人に対して。
味方と思っている人に対して。
仕事だと思っていることに対して。
敬愛する人に対して。
恋しい人に対して。
身内と思ってる人に対して。
初めて会った人に対して。
久しぶりに会った人に対して。
多くの人の前で話す時。二人きりで話す時。
そんな雰囲気や空気、世の中に対して。

そんな「よそ行き」は全て、
自分の中にある余計なものから生まれているモノの様な気がしてしまいます。
「よそ行き」の自分が生活の中から消えないということは、
自分の「弱さ」が消えていないということの様にも思えていて、
自分の未完成さと小ささに少々落ち込む様なこともあるのです。



ラフでくだけ過ぎたパジャマのような衣服のまま人に相対することも......
それも同じコトか。。と。
安心が過ぎている時。
それは慢心!?している時。
何かを見下している時。
自惚れている時。
相手に気遣いがない時。
他者に愛を欠いているような時。
辛い思いや、悲しい思いをしていた自分をいつの間にか忘れてしまっている時。
となると、やはり気遣いは必要で。



「よそ行きの自分を無くす」ということは、
自分の有り様が他者を自然と安心させ、
リラックスもさせる事が出来るという様なことでもあって。
実は、それが理想の「よそ行き」なのだと思うのです。
同時に、それが「普段着」であれ、とも思うのです。
どんな時もフラットで磨き上げた素の自分でいたいと思うのです。
素のままで、余所行きの場所でもどこでも普通に受け入れられる、
そんな素に磨き上げたいと、そんな人になりたいと、願うのです。



喜怒哀楽、敬親友愛、愛別離苦に老病生死。春夏秋冬に年末年始。
「忙しいですぅ......ヒマなんですぅ......」
もなく。どんな時もその姿を微笑ましく、
「いいなぁ......許せるなぁ......」
と思えてしまう人を見るにつけ、感じてしまうのはタダタダ自分の未完成さなのです。

年の瀬のやたらめったら忙しい毎日で、
「ちゅんちゅん。。」
と頭上の木々の間を飛び回る鳥さん達にはそんな忙しさなどあるハズもなく。
カレンダーなど全く関係なく。
「よそ行き」もヘッタクレもなく。
ただ毎日、自然と一体となり、ひたすら
「ちゅんちゅん。。」
としているわけで。
いつも変わらないそんな姿は「種」としての完成された姿の様に思える時があります。



「人間の完成された姿って......どんなだろう。。」



理不尽なまでの時間に追われている年末、師走。
それは自分の未完成さに追われている日々のようにも思えているのです。
「よそ行き」の自分に追われているようにも思えているのです。





今日、今年最後になるであろう新しい愛しのハワイ・コナ珈琲を開けました(^_^)
2010年の
「Kona Coffee Cupping Contest=コナ・コーヒー・カッピング・コンテスト」
で一位を取ったコーヒーさんで、その名も「Buddha's Cup=ブッダズ・カップ」
ちなみに2011年はこれですの
それでもって
「EXTRA PRIVATE RESERVE=エクストラ・プライベート・リザーブ」ですの!(><)/
仏のようになれますように!?なんて、チョイスだったりもしてね( ̄▽ ̄)ええ。

コレね......

ブッダね......

意外とね......

苦いのよ!(=゜ω゜)ノ


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99%

2013-12-30 00:22:50 | 願い...映画&音楽&珈琲
真新しいピカピカのブーツを買いました(^_^)2足。



少し前、
この「どちらに立つのか」という記事を書き上げた後に、なんとなく、ふと......
「愛着があるにもホドがある履き古しにフルした二足のドクターマーチンのブーツ」
を、新しい年に向けて、新しくしようかな......と。
そんな気持ちで。とても自然に。強く思えてきて。。

元々履いていた二足はどちらも「限定色」の貴重なタイプで、
最初は同じタイプの新しいモノが欲しくて、
ネットなどもサーフしまくって探してみたのですが......
やはり同じモノはもうどこにも見当たらなく。。
諦めて最近のモデルを街のお店にいったりなんだりとイロイロと探してみたら
最新ラインの中にもシックリと来る好みのカラーが3つばかりあったので、
そのウチの2色を、エイッ!......と、一足づつ買ってみました。



(^ω^)満足!納得!のなんだか嬉しい感じ。



その新しいブーツ君達が家にやって来た後にちょっと考え込んでしまったのが
今までお世話になったブーツ君達の処分。
どちらも7年以上!も苦楽を共にしてきた一番の友達だから、
改めてその姿を眺めると......流石に......
なんだか......ちょっと涙が出そうになりました。。

雨の日も風の日も、楽しい時も辛い時も。
嬉しい時も苦しい時も。
街も山も海も川も、国内も海外も仕事も遊びも......
本当に何処でもいつも一緒にいてくれた存在です。
大地を一緒に歩いてきてくれた存在です。
もしかしたら、
この2足のブーツ君達こそが僕のことを一番よく知ってくれている友達かもしれません。



「なんか、、捨てるの辛いな。。」



そんなことを思った時、ふと、
神主さんでもある福岡の友達、Mさんのコトが浮かび相談しようと思いつきました。。



「おひさしさまぁっ!!(。・ω・。)ノ ハロハロ
一つ聞いてもよい?
あのね、、もうカナリ長いこと付き合ってくれた愛してやまないブーツ君達に
感謝の気持ちを伝えてお別れしたいと思うのだけど、
何か最善の方法とか神道的な? “特別な技!” ???
などがもしあるようだったら是非教えて下され。。。何卒(>人<;)!」



いたって真面目な質問です。ええ。
決してアタマの故障じゃないのですわよ!(。・ω・。)/

......ん!?

してるのか?な!?(´・_・`)モシカシテ。。

......で、
そんなアホな質問に付き合ってくれた神道のプロである彼はこう返事を返してくれました。



「......あーーーっ、、、えーっと、、
僕なら九十九年使って、付喪神(つくもがみ)として祀りあげるのが正解でしょう!」



「き、、きゅうじゅ、、ぅ!?、、、(;゜□゜)ガーン......!?」



「。。。と、冗談はさておき、
ブーツならお焚きあげもできないでしょうから、
自分だったら写真に撮って “いつまでも忘れない” かな。
忘れないことによって次のブーツも大切にしようと思うし......
それがブーツにとって一番喜ばしいこととなるような気がします。」



「ふーーーん。。(*・ω・)。。」



なんか、
それなら既にこのブログでも記事にして、
写真も撮って載せてもいたし、大丈夫かな。。と。
それでその後、お世話になったブーツさん達には改めてとても感謝をして、
ちゃんとお別れすることにしました。



「でも......付喪神?って......何さ?(・・?)」



ちょっと気になったのでその後Mさんに聞いたり、調べたりしてみると、
本来は「九十九」と書いて「つくも」と読むらしく、
「九十九神=つくもがみ」というのだそうです。
命の無いようなどんな「モノ」でも愛情をもって長い間使っていると、
そこには何かの魂や力の様なものが宿り、
そしてそれが99年を越え、
100年を迎える時にはどんなものでも「神」となる、なれる。。。
という昔の教えなのだそうです。

どんなものでも......だそうです。

「99」という数字はちょっと面白い数字に思えます。
「100」に一つ足りない数字。
毎日の暮らしの中で、僕は未熟なことに、欲張りなことに、
ナカナカ100%の満足を「心底」感じられるようなことがありません。
いつも、何かが足りないように感じていたりして。。



1%の不足。不満。



それは「本当は」決して足りないこと、ものなどではないのでしょうが、
どうしても求めてしまう1%......



1%の欲求。欲望。



いつも足りない1パーセント。



でも、そんな1%があることで僕は生きれているような気もします。



生きるのに必要な、足りない1パーセント。



時々それはトテモ幸せなことに、100%、120%心が満たされるような時もあります。
でも、そういうものはスグに過ぎ去って......
気がつくと、またそんな感覚を求めて走り出してしまう自分がいます。
いつも足りない何かを求めて......



それはちょっと「寂しいこと」なのかもしれません。



The Rolling Stones......ストーンズが歌ってました。



――――――I can't get no satisfaction......♪



。。。とても好きな曲。



僕も、いつだって、何か?が足りません。



ただ、
最近はこうも思っています。



確かにいつも、
何かが足りない気がするけど、
「足ること」もちゃんと知った気がする。。



そんな感覚は、昔は
「心底そう思ってマス......」
と言い切れる様な、こんな感じでは持っていなかったハズで。
だから、ならばこそ、最近はこうも思っています。



足ることを知って、
足りないことを追いかけよう。



いつだって何かが足りない自分。
99%の自分。
そんな自分というのはもしかしたら本当の自分ではないのかもしれないけど、
そんな自分も100%にするために、100%の喜びを感じるために、させる?ために、
足りない1%をこれからもちゃんと追いかけようと思います。

新しく来てくれたブーツ君達と、
またこれから、新しい年も、新たなる100%を目指し、九十九神!?を目指して、
頑張ろう。

そんな、年末。

そして、2014年。

I can't get no satisfaction......♪
'Cause I've tried and I've tried and I've tried and I've tried
I can't get no, I can't get no......

寒いけど、星の輝く、とても透き通った夜空の下。
アナログ・レコーディングならではのオールドで、太い、密度の高いサウンドで、
ミック・ジャガーの唯一無二の歌声が聞こえて来ます。



ロック・スタンダード「サティスファクション=I Can't Get No)Satisfaction」
を収録したアルバム「out of our heads / THE ROLLING STONES」
=「アウト・オブ・アワ・ヘッズ / ザ・ローリング・ストーンズ」

「ロックをポップにするのはギターリフだぜ!」

なーんて......諭されているかの様なアルバム。。
ストーンズを世界的ビッグネームに押し上げた名盤中の名盤。

後ろは、佐野元春さんの懐かしいアルバム「Cafe Bohemia=カフェ・ボヘミア」
「99 BLUES」という曲が入ってます。


――――――いつも本当に欲しいものが手に入れられない。
あいかわらず今夜も口ずさむのさ 99 BLUES――――――――――


♪♪おまけ♪♪
今年最後のブログになると思いますので、
初詣のご参考には昨年記したコチラの記事をどぞ(^^)よい年末年始を☆


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よい、月夜を。

2013-06-24 00:03:42 | 願い...映画&音楽&珈琲
今宵はスーパームーンだそうです。

月は地球の周りを楕円を描きながら回っているので地球との距離に差が出来ます。
その楕円軌道中、地球に最も近づく時に満月か新月が重なることを
「SUPER MOON!」というのだそうです。
月は普段よりも14%程大きく、 30%程明るさを増して見えるようです。
そんな月を一度、そんなタイミングで、豊かな大自然の中で見てみる......
ってなことなどもしてみたいなぁ......なーーんて思いながら、
今宵もPCに向かいカチャカチャしているこのワタシ(T.T)ぶぇ



「シェルタリング・スカイ=THE SHELTERING SKY 」
僕が忘れ得ぬ作品の一つです。

何処までも果てしなく続く黄金色の砂漠と、
その儚くも眩い美しさが映し込まれている映画です。

巨匠「ベルナルド・ベルトリッチ=Bernardo Bertolucci」監督。
音楽は坂本龍一さんが手掛けています。
アカデミー賞も取った「ラスト・エンペラー」と同じコンビ。

劇中では、その遥か彼方まで延々と広がる砂漠の「夜」に幻想的に浮かぶ「月」が
何度も何度も印象的に映し出されます。
満月は勿論、三日月も、半月も、様々な形で。。

ラストシーンで、
砂漠の街にある思い出のレストランに「迷わずに」プラリ......と入り込んだ
主人公の美しい女性「キット」は、店の誰かにこう聞かれます。



「Are You Lost ? ......迷ったのかね?」

「YES」



彼女は何故?そう答えたのか。。
その答えの直後、そのシーンをバックに映画の原作者でもある作家の
「ポール・ボウルズ」が優しく枯れた老人の声でスクリーンから
こんなことを語りかけて来ます。。



「人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思っている。 
だが、物事はすべて数回起こるか起らないかだ。
自分の人生を決定づけたと思えるほどの子供の頃の大切な思い出も、 
あと何回心に思い浮かべるのだろうか? 
せいぜい4、5回思い出すくらいだ。

あと何回......満月を眺めるのか?

せいぜい20回ぐらいだろう。
だが人は、無限の機会があると思い込んでいる......」



月など、見上げればいつもそこにあるもので、
普段、懸命に生活している中では
特に気にするようなこともあまり無いのかもしれませんが、
僕はこの映画の台詞を聞いた時に改めてしみじみと考えてしまいました。



「僕は、死ぬまでにあと何回、月を見上げることが、見ることが出来るのだろう......」



古来より、多くの星々が天空を動いていくのを人々は目にしてきました。
いつも変わらぬ間隔で一定の動きをする無数の星々。
そんな星々の中で「月」や「太陽」のように、
それらの星々とは別に「独自に動く」天体もいくつか見つけていました。

電気も煌びやかな大都市も無かった時代。
夜空は勿論、宵や明けの空にソレを見つけだすという事は、
人々にとっては容易い(たやすい)事だったのだと思います。

その「肉眼で見える」独自の動きをする天体というのは
「太陽」「月」「水星」「金星」「火星」「木星」「土星」です。
「天王星」「海王星」「冥王星」などは遠過ぎて肉眼では見えていませんでした。
太陽は恒星といわれる星。月は地球の衛星。その他はイワユル惑星と呼ばれる星々です。



その数は「7」つ。



「ラッキーセブン!」「七福神」
「七草(粥)」「7不思議」「初七日」「七転び八起き」......
聖書の「創世記」においても、神は「最初の7日間」で世界を創られています。
現在の「一週間」も、今の所、上記した星々の名前で記されています。
数学的にも「7」というと、
とても重要でマジカルな数字である「素数=prime number」の一つとなっています。

......どうも洋の東西を問わずこの「7」という数字は特別視されているようにも思えますが、
その一因としては、皆が同じ様に見ている「空」や「天体」の動きから
こんな思想が共通して育まれたのではないか......という気もします。



今宵、スーパームーンです。
雲に覆われていて姿が見れないとしても、
その上には必ずこのスーパーなお月様が浮かんでいらっしゃいます。
世界中、何処ででも。。



あとどれくらい?
僕らは夜空を見上げることが出来るのかは分かりませんが、
そんなことも生きている僕等にとってはトテモ貴重な時間、モノゴト、
出来事なのかもしれないとも思えます。
そしてきっと、
夜空を動く天体にはとてもラッキー!(><)/ なこと!?神様!?
重要!?秘密!?な事も潜んでいて......!?



......それでは、でわでわ。タマには。
別に「今日」という日でなくても。
ちょいと夜空を見上げてみようか......
なんていう時間を過ごすということもとても良いことなのかもしれません。
ソレゾレがソレゾレの想いとともに、気が向いた時に。

何時、何処にいたとしても。

ソレゾレに、

よい、月夜を(^^)

かしこ。


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Driving Home For...

2012-12-24 00:07:45 | 願い...映画&音楽&珈琲
世の中には時折「忘れっぽーーい人」がいるものです。
忘れた携帯電話を取りに戻った店で帰る時に手帳を忘れる。
車に乗り込む際、後ろポケットに入れていた財布を車の屋根に置いてそのまま走り出す。
何かを買おうと入ったショッピングモールで何を買うのか思い出せない......



だ、大丈夫!?
最早、病気の領域!?......( ̄  ̄;) うーん。。



僕のよく知るそのお方も、そんなヒトの一人。
男性で、仕事は決して嫌いでは無いようで、東京で社会人をそれなりに!?
頑張ってやっているようです。
昔はかなり「各方面の」お世話になったような人で、
ふんわり~......なれども世間で働けていることが周りからは少し意外にも思われているようで......



朝、
「今日は◯◯◯さんの誕生日だー。。」
などと思いながら家を出るも、仕事が忙しくなってしまうとその内ソレに没頭し、
気がつくと夜12時を回ってしまう......



「あっ!( ̄_ ̄ i)タラー」



「今日は自分の誕生日やんけー!!」
と、朝イソイソと出かけるも、急な出張!などになってしまい......
深夜に知人のおめでとーメールを見るまで忘れてしまう。



「あっ!今日彼女が料理作って待ってるね~、って、言ってたな......(゜_゜i)タラー...in 大阪」



そんな人です。
恐らくはアホです。
救急車ものです。
何度か僕も病院を勧めた事があります。はい。



しかし、よくよく考えてみると、彼の場合、
どーもイワユル一般的な「忘れっぽい」というのとは少し違うようで、
一旦何かに集中し出したり、興味が移ったり、他の事を考え出したりなんかすると
そこに脳神経の全てが向かってしまうような傾向が思考パターンとしてあるようで、
物事を「基本」忘れはしないけれども時折過剰な集中をしてしまい忘却に近い状況に陥る。。
というのがコトの真相のようです。
悪気はないようです。
周りは悪気に思う事もあるようです......



で、
そんな彼が結婚をする事になったときのことです。
多くの友人や一般的ニュースソースから情報を仕入れるに、
やはり結婚する相手......特に女性という生物にとっては結婚式は勿論のこと、
「結婚記念日」というのはやはりとても大切に思う日のようで、
そんな「婚姻届を役所にお届けしちゃった記念日」を
自分の誕生日すらシッカリまともに忘れてしまう様な自分が
果たしてちゃんと覚えていられるだろうか?
......という問題に彼はひとしきり悩み始め、考え込みます。

聞く所によると、
女性は結婚記念日を忘れるとかなーーり怒る事が多いらしく、
ご飯もしばらく作ってくれない、洗濯は自分のモノしかしてくれない、
TVのリモコンは渡してくれない、など......
かなりの大惨事を招く事もあるとか、無いとか......

彼は考えます。

ひとしきり考えます......

そして......出した答えが



「クリスマスに入籍すればいいやんけ!」



「自分が完璧に忘れても世間が絶対に忘れない、
必ず騒ぎ出す日に結婚すれば忘れないやんか!」



「日本中、いや、世界中どこにいてもクリスマスなら大体街中騒いでるしーっ!」



「てんさーーい ヽ( ´ ▽ ` )ノ 」



そーして彼は、相手の女性を連れてクリスマス......12月25日に区役所に向かいます。
彼はクリスマスに結婚をしました。
彼女もなんだかとても喜んでいたようです。
トナカイさんと、サンタさんと、ジーザスさん、そして、
クリスマスの飾り付けにキラキラと輝く街中の祝福も受けれたような......
そんな気持ちで二人は婚姻届を出しました......



その後、彼の話しを聞くに、
相変わらず色々な事を良く忘れる日々を送っているようですが、
彼女との結婚記念日だけは絶対に、嫌でも!?忘れないようです。



12月25日。
仕事や様々な事が起こる毎日の生活の中で、
クリスマスの日にちゃんと家に居れるような事もナカナカ無いようなのですが、
それでも、必ず毎年「ケーキ」だけはシッカリ買って、奥さんとクリスマスを祝うそうです。
それは、二人の結婚記念日。
輝く街の応援を受けて、忘れっぽい彼でも決して忘れない結婚記念日。



メリークリスマス。



この星で暮らしている多くの人が、一人でも多く、
その人なりの幸せな時間を過ごせますように。



Driving Home For Christmas by CHRIS REA
「ドライビング・ホーム・フォー・クリスマス/クリス・レア」

色々なクリスマスがあります。
色々なクリスマスソングもあります。
最近はAORの入門的名曲でもあるこの曲がその歌詞とともにとても響いてきて、好きです。
写真の、アチコチ持ち出しすぎて少し汚れているベスト盤がオススメでしょうか。
しぶーーい声と演奏の、良い曲が沢山詰まってます。

Chris Rea ~ Driving Home For Christmas (1986)


あっ......文中の「彼」とは......僕です。


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丘の上の馬鹿者

2012-11-16 00:07:49 | 願い...映画&音楽&珈琲
名物マネージャーのブライアン・エプスタインが亡くなった後、
ビートルズのメンバーがセルフマネジメント形態で作った最初の作品が
イギリスBBCで放送されたテレビ映画「マジカル・ミステリー・ツアー」

その映画のサントラとして制作された曲に、
発表済みのシングル曲5曲を合わせてリリースされたアルバムが
映画と同じタイトルの「MAGICAL MISTERY TOUR」というアルバム。
コレです。



僕はリアルタイムジェネレーションではないのですが、
噂によると当時、映画の方は評価も散々だったようで、
「ビートルズ初の失敗作!」なんて言われていたらしいです。
しかし、
このサントラを兼ねたシングル・コンピレーション的アルバムの方は当時から評価も高く、
僕にとっても大好きなアルバムの一つとなっています。


この中に、僕がこのアルバムを好きな理由の一つとなっているお気に入りの一曲が在ります。


「The Fool On The Hill」......フール・オン・ザ・ヒル


「THE BEATLES」......ビートルズの曲というのは、もぅ、
誰に言わせても最高に素晴らしいですし、
またどの曲をとっても最早レジェンドの領域に聳え立っているものではありますが、
その中でもこの曲は個人的に一際好きな一曲になっています。
ポール・マッカートニーによる「らしい」転調とアレンジが独特の美しさを創り出していて、
そしてなんといっても歌詞!がまた、際立っているように思います。



――――――――――――
来る日も来る日も ひとり丘の上で
男は馬鹿な薄ら笑いをして
完璧に じっと身動きひとつしない
しかし だれもその男に興味を示さない
男がただの馬鹿であるのは見て取れる
何を言っても答えないからだ

しかし 丘の上の馬鹿者は
太陽が沈んでいくのを見ながらも
頭の中の目には 世界がぐるぐる回っているのが映っている


道すがら 頭を雲の中に隠して
その男は千の声を持って話している これ以上出せない大きな声で
しかし だれもその声が聞こえない
いや その音は男が出しているように見えるが
本人も気付いているように思えない

しかし 丘の上の馬鹿者は
太陽が沈んでいくのを見ながらも
頭の中の目には 世界がぐるぐる回っているのが映っている


誰一人 あの男に好意をもっていないようだ
人はあの男が何をしたいのかわかるが
男はまったく感情を示さない


しかし 丘の上の馬鹿者は
太陽が沈んでいくのを見ながらも
頭の中の目には 世界がぐるぐる回っているのが映っている


男は人の言うことに耳を貸さない
彼らこそ馬鹿だということを知っているから
自分が好かれていないことを知っているから


しかし 丘の上の馬鹿者は
太陽が沈んでいくのを見ながらも
頭の中の目には 世界がぐるぐる回っているのが映っている
――――――――――――



......中世末期のヨーロッパ。
「天動説で回っていた世界」 = 「ローマ教会」に向かって
今では常識となっているコペルニクスの新説「地動説」を支持し、大声で唱え、
世界を支配していたそのローマ教会から異端児扱いをされ
無期刑に処された天才物理学者ガリレオ・ガリレイ。
彼は「天動説」を正としたこの裁判の際に、法廷で有名な一言を残しています。


「それでも地球は動いている」


この曲「フール・オン・ザ・ヒル」は、このガリレオのことを歌ったものでもあります。


今日、
以前ココでも記した知的で面白いH嬢とそのスタッフさん達とで
新プロジェクトの相談をチロチロとスタジオで受けていました。
その話しが一通り終わった後、リラックスした感じで
「最近どうなの?」
とH嬢に聞かれたのですが、
その際に突然、この曲が頭の中で鳴り出しました......

その時は
「何もしてないよー。遊んでるよー。。(^^)」
なんて超テキトーに答えてましたが、
どうも、最近......
僕はこの「丘の上の馬鹿者」に似た気持ちで日々を過ごしているという事に気付きました。。。


最近、ポチポチと全く新しい事をいくつか始め出して、
きっと皆に「馬鹿者」と言われたり、思われたりしているだろうなぁ......などと思いながらも、
でもそんな自分を取り巻く風景がどこか遠く、まるで人ごとの様に映っていて、
現実なのにスクリーンの映像の様に嘘っぽく流れていく。。
それを眺めながらも、
そんな中、一心に様々な「種」を色んな畑に蒔いている......


いつか、芽が出るのだろうか。。。
どの芽が、出てくれるのだろうか。。。


それでも馬鹿者は、丘の上で世界を眺めながら、くるくると動いています。



最近このブログを見た、面白かった......と声をかけられる事がとても多くあります。
うなぎのぼりかっ!?( ゜o゜)
タイトルの通り、大切な人や、意外な人に言われたりすると何だかとても嬉しく思います。
馬鹿者でいるのもとても良いものです。
とても感謝なのです (*゜ー゜*)ポッ


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