波打ち際の考察

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波屋山人

一仕事が終わって

2008-11-04 23:44:11 | Weblog
ぼくは人とのコミュニケーションが苦手だ。
人とどう接すればいいのかわからない。

ほめられることは好きじゃないから、ほめられたいと思わない。
もしかしたら、小さな頃に親に怒られてばかりだったから
ほめられることを受け入れられない頑なな心になってしまったのかもしれない。

それでも、時には努力することもある。
頭を使う仕事は苦手だけど、体力や持久力には少し自信もあるから
単純作業を黙々とこなすことは苦痛ではない。

自分が損するわけではないことを嫌がる必要はない。
それなりに、自分のできる範囲で貢献できるのであれば
がんばることもやぶさかではない。

ボランティアは意義がよくわからないからやったことはないけど、
合コンという楽しげな軽そうなことをやったことがないのと同じように
本当は男女何人か同士の飲み会なら普通にやっているし
無償で人のために団体のために社会のために働くということもやっているのかもしれない。

ぼくは自分を肯定することが苦手で、考えすぎで、自信もないから
自分を偉そうに見せたいとは思わない。
リーダーになりたいという野心もない。

自分を卑下して相手の立場を上げることを喜ぶほどマゾスティックでもないし、
人の上に立って人を手足のようにコントロールして充足感を感じるほどサディスティックでもない。

それでも、獅子奮迅の働きをするリーダーたちを見ると、それを見捨ててはおけない。
自分を犠牲にして献身的に働き、テンパり、上ずっている人たちに感謝する。

感謝の気持ちを失うほどまだ頑なではないから、感謝の気持ちは出し惜しみしない。
感謝することによって何か失うわけでもない。
むしろ得ることがあるのかもしれない。

リーダーの人たちに感謝する。
おそろしくたいへんな、労力も知力も持久力も必要とする仕事を遂行する姿を見て、
感謝し、畏怖を感じ、触発され、萎縮ばかりしていられず、少しはぼくも働いた。

いつかは自分が先頭に立って責任を負って行動しないといけない日が来るのかもしれない。
もし、ほんの1人か2人でも献身的に働いている人がいればその人に感謝して
ぼくもがんばることができるだろう。

ぼくはお世辞やヨイショが苦手だ。場の潤滑油になるのかもしれないけど。
空虚な言葉を使ってまで自分に利益を誘導したいとは思わない。

ほんとうに至らないところの多いぼくは、
働き者でもなく爽やかでもなくまっすぐでもなく、
ほめられると、いたたまれない。

ぼくより働かない人やむさくるしい人やひねくれた人もいるのかもしれないけど
その人たちを責められない。ぼくより働いている人はとても多い。

ぼくはただ、一生懸命身を粉にして働いている人を目にして、
傍らでいすに腰かけて本を読み続けることができないだけだ。

たいへんな仕事を成し遂げた、計画力や行動力のある人たちを尊敬します。
ほんとうにお疲れ様でした。ありがとうございました。
深く、お辞儀をします。

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