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昭和のプロレス:噂の松岡

2024-05-24 06:29:09 | 日記
辛辣な評価

 「甦れ!金曜8時の昭和のプロレス」では脇役達の活躍を振り返っています。
今週登場するのは「憎まれっ子、松岡巌鉄」です。
 プロレスファンの関心はリング上だけとは限りません。
道場での練習内容やレスラー同士の関わり合いにも興味のアンテナは張られます。
でもその手の情報は限定されがちなのでなかなか漏れ伝わりません。
 そこで頼りにするのが自伝とか裏話の暴露。
そうした内輪話では他のレスラーに対する評価も語られますが、松岡のそれは
かなり辛辣。
<松岡なんか顔も見たくなかったからね(笑)。>とはマティ鈴木の弁。
(国際プロレス外伝 より)

 力道山門下で初のプロボクサーになった人物からは<人間としてはあまり
良くなかった、性格がすれていたんだ>(NumberWeb より)
 極めつけはジャイアント馬場の松岡評。
<力道山時代から上にいたレスラーにはゴマをすり、下のレスラーにはパワハラ
まがいのいじめを繰り返していた。
マスコミを平気で蹴とばすなどの横柄な態度も日常的。
だから日プロ勢が合流する際に馬場は唯一、松岡の引き取りを嫌がった>
(伊賀プロレス通信24時 より)
 漏れ伝わる人物像は「隣にいて欲しくない奴」ばかりです。

日本人対決には全勝

 松岡は1962年に日本プロレスに入門。
3月16日にリキスポーツパレスでの15分1本勝負でデビュー、桂浜米太郎
と対戦し時間切れ引き分け。
4月13日にはマシオ駒、12月21日には上田馬之助の同期生と引き分け、
翌年3月4日には吉原功、8月11日にはユセフトルコ、13日にはアントニオ
猪木らの上位陣と対戦しいずれも敗退しています。
 69年に渡米し72年に帰国、翌年日プロの活動停止に伴い全日に合流。
<松岡を嫌っていた馬場により試合を干されたり前座で外人の噛ませ犬的扱い
をされたりした>(伊賀プロレス通信24時 より)と伝わっています。

 合流後の5月30日から3シリーズで27戦し23勝4敗、15大会で欠場。
確かに試合数は減らされていますが、日本人対決の23戦には意外にも全て勝利。
 第1試合や第2試合が主ですが中には第6試合で大物ビル・ミラーとの対戦
もあります。
コザックとシュナイダーといった中堅外人と対戦しての全敗なので、噛ませ犬
的扱いと卑下したものでもありません。
 10月9日の蔵前大会が国内最後の舞台ですが、ここで全日生え抜きの肥後
と対戦しています。
冷遇されていたならば惨敗でしょうが、案に相違して10分26秒に勝利しています。
 これらの事実を並べると、果たして噂さ通りの嫌われ者だったのか、の疑念
が浮かびます。
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