NHKの朝の連ドラなんて無縁の生活だったけれど、『虎と翼』を見始めたら、病みつきになりそう。
連ドラ大好きな同僚がいて、毎朝、楽しそうなので、それなら・・と思って、見てはみても長続きしなかった。
主役の伊藤さんの表情がすごく魅力的で、なおかつ、たった15分という時間で刺さる言葉が必ず1個ある。
今朝も、そう。
伊藤さんが、松山ケンイチ裁判官に言った言葉。
『法律とは何だろうとずっと考えてきた。今までは、守るための毛布みたいなものだと思っていた。戦う武器だという人もいる。今の法律もいろいろ問題はあるけれど、でも、今は、湧水から湧き出る水をきれいなままにすることだと思う。』と。
まぁ、理想論だと言ってしまえば、それまでだけど、裁くのでもなく守るのでもなく、オンギャーと産まれた時の湧き出る水のようにきれいな心に少しでもなれるようにお手伝いをするという物の見方、視点でいるということは、とても素敵なことだと感動した。
脚本家は誰?
湧き出る水のようにきれいに・・・・か。
人間って、地位や名声や権力を持ってしまうと、どうしても、ほんとうに本当に、人権意識が歪んでいきやすいしょうもない生き物なんだと思う。
そして、逆に、お金もなく温かい人間関係もない環境に身を置くと、どうしても、誰かを逆恨みして、苛めたくなったり、時に犯罪を犯したりしがちになる。
オンギャーと産まれた時は湧き水のようにキレイな心だったはずなのに。
湧き水はどこからきたか・・・。
水は川の上流から下流の段階で汚染されて海に流れ着く。海で蒸発して雲となり雨となって、土に浸み込んでいく。土の中の何層もの岩盤などによりろ過されてきれいな地下水となって湧き水となる。
法律は、岩盤か。
そんな発想はなかった。
権力の暴走や犯罪を食い止める最後の砦だと思っていた。
人間は欲に弱い。
そんな弱い人間が、権力・金を持っても持たなくても犯罪に手を染めやすい。権力を持つもの中には、権力に物言わせて犯罪を犯罪とも厭わず平然とやってしまう人が存在する。権力も金もない追い込まれたものの中には犯罪をおかしてしまう人がいる。
平然とやってしまう人もいれば、引き裂かれるような思いでやってしまう人もいる。
生まれた時のような湧き水のような心に浄化せんとするのが法律だと朝ドラの主人公は訴えた。
浄化スイッチ・・・。
権力や名声やお金は、麻薬みたいなものかもしれない。
染まりかけた、中毒になりかけた人の心を法律という岩盤でろ過する。
だから、三権分立。
法律の世界の人だけは、染まらないでいていただきたい。高級な自浄作用をもっていただきたい。
人間は、場が変れば人を殺せる。
撃つか撃たれるかとなったら、撃つ。
もし、自分に火の粉がかかってきそうになったら、嘘をついてしまう。
たまたま、そういう環境にいないというラッキーなだけ。
アインシュタインは、こう言っている。
この世は危険なところだ。
悪いことをする人がいるためではなく
それを見ながら、何もしない人がいるためだ。
ズキッ!
高田高槻さんは
『人間は、その人の理想によって評価される。』
という。
そんな理想論では生きていけないよ。
でも、それがなければ、人間も動物と同じに、否、それ以下になってしまうかもしれない。
99.9%。
最近、よく耳にする。
虎と翼でも、『一度、検察に引き渡されたら、最後、99.9%犯罪者となってしまう。検察の沽券にかかわるからだ。』と言っていた。
一度、黒と言ったら、無罪だろうが何だろうが黒に仕立て上げるのだと。
今野敏さんの小説に最近、はまっている。
刑事物の娯楽小説だけど、面白い。
もう15冊は読んでいる。
そうすると、なんとなく、警察組織というものが見えてくる。
管理官の上に、係長がいて課長がいて部長がいる?
主人公は、初めて会う警察関係者を見て、まず、心の中でつぶやくのが、自分より格上か格下か。
まず、キャリアかノンキャリアか。
次に、階級。
そして、同期か先輩か後輩か。
最後に、年齢?
一瞬にして、まず、相手との関係性を探る。
見事なまでに、条件反射的に上下関係を見極める。
男って、意外と軍隊が好きだと、その理由は階級社会だからとベスト・パートナーという本に書いてあった。
つまり、権力が好きなのだ。
食欲と同じくらい。
ステーキとかから揚げとかお寿司とか・・。あるいはB級グルメとか。ラーメンも好きだよね。
そして、野菜はどちらかというと苦手。
カラダのメンテナンスを考えたら、野菜こそありがたくいただきたい。でも、野菜が後回しになるから、血管が傷んでしまって硬くなる。放置していると、心臓病や腎臓病や脳血管疾患になってしまう。
同じように、ココロのメンテナンスを考えたら、人権意識こそ野菜のようなものでココロをしなやかにしてくれるものなのに、権力欲にほだされて、翻弄されて、ココロが硬くなる。放置していると、独裁者っぽくなる。
権力のある人たちほど、罪が軽いなって思う。
末端の庶民と同じようにきちんと罪に向き合うようなシステムのある国であればあるほど、その国は栄えるんじゃないだろうか。
逆に、汚職が平然と行われる国であればあるほど、独裁的な国家に変貌していくと思う。
法律がどれだけ機能しているか。
法律の世界の方々の姿勢が、国家の繁栄に寄与すると心から思う。
アルコール依存症には厳しいのに、権力依存症には甘い。
アルコール依存症の治療は、唯一、断酒しかない。ほんの一口ビールを飲んでしまったら、今までの努力が水の泡となる過酷な治療だ。毎日、ビールを飲みたい気持ちと闘っているという。生きるのも過酷だ。それを支えてくれるのが断酒会の仲間たちとのコミュニケーションだという。
権力依存症の人も、ちゃんと罪を罪と認定し、刑務所に入って、脱権力という治療をしてもらいたい。
定年後、妻に離婚届を突きつけられるような男性の多くは、おそらく権力依存症になっているかもしれない。
まわりにイエスマンしかいなくなったら、ヤバい。