5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

ノルゲ

2007-10-22 22:44:26 |  書籍・雑誌

私小説家といわれる佐伯一麦の「ノルゲ」(講談社版2007年)を読み終えた。



図書館の棚で見つけた時には、ハングルの「ノリゲ」(お守りの一種)かと思ったのだが、ページを繰ってみてノルウエーのことだと解った。文体が平易だったので借りてみたのだ。裏には2001年2月から2006年12月まで群像に連載したとある。6年間の長期連載ということだ。



ノルウェーの美術大学に留学する染色家の妻と、それに同行するうつを病む主人公が経験するオスロでの一年間を、主人公の周りにある自然やノルウエー人たちとの付き合いを通して淡々と語る。



越してきたアパートの部屋で最初の歓迎を受けるのは蜜蜂。小説の最後にも蜂が飛来する。春から春の一年ということか。音に敏感な作家の癖をまず蜂の羽音に表しているようだ。ストーリーには目だったプロットがあるわけではなく、生活のエピソードを並べてその印象を綴るという風だが、ノルウエーという馴染みのない土地柄であり、これがまた面白い。



まず、ノルウエー語の音表記が珍しいが、タックがダンケだったり、ウンシュールがエントシュールディグンだったりと、ノルウエー語の語彙の一部はドイツ語に少し共通するのだというのが解る。発音はちがうのだろうが。



主人公が便利な都会の足としてつかうトリッケン(路面電車trikken)はすぐに覚えてしまったし、やはり主人公(作者)が好きなアルコールや土地の食べ物について細かく描写されているのも、ちょっとオスロ歩きをしているようで、楽しい。



サーモン、いわし、鯖、鱈、大鮃など、日本人も馴染みの魚を扱う気のいい魚屋のおやじが出てきたり、世界のどこにでもある中華料理店では女店主に紹興酒をこっそり飲ませてもらったり、妻の学校友達のスエーデンの別荘に招かれたクリスマスでは、干鱈を戻してつくる代表的国民食のルートフィスクが食卓に出たりするのだ。



酒の話題も盛りだくさんで、オスロにある日本酒・月桂冠、トロンハイム1000年記念のアクアヴィット、クリスマス用地ビールのユールウール、珍しいスコッチウイスキーのアイル・オブ・ジュラなどが書かれているのは、実際の経験によるのだろうか。外で飲むアルコール飲料には高い税金がかかるというのも土地柄だろう。



挿話として置かれたノルウエーの小説家の「鳥」という小品にからませて語られる、たくさんの鳥の鳴き声について、日本人と西洋人の聴き取り方の違いや、コンサートで聴いたメシアンの音楽「渓谷から星たちへ」、アンデルセンのナイチンゲールの引用も結構詳しい。



うつ病を病む主人公だが、途中でインフルエンザに罹ったり、原因のよくわからない群発頭痛に見舞われたりする。これも作者の実経験(アスベスト被災)に拠るのだ。また、ときどき、インターネット接続の細かい描写がでてくるのは、やはり作者が電気工だった経験を基にしているのだろう。



そのほか、ペールギュントはイブセンを認めなかったノルウエーに対する怒りが込められた作品なのだとか、黄色く塗られた部屋壁の暖効果と夏時間から冬時間への調整努力とか、半数の結婚が崩壊しているノルウエーの離婚制度についてとか、二つの書き言葉があるノルウエー語の裏にあるデンマークやスゥエーデンに支配された苦難の歴史や5月17日の憲法記念日とか、さまざまなエピソードがちょっとした私的観光案内のような雰囲気を出していて、480頁がいっきに読めてしまった。






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