私的図書館

本好き人の365日

六月の本棚3

2003-06-22 13:54:00 | 新井素子
自分で買った初めての本って憶えてます?

親が選んだり、買ってもらったんじゃなくて、自分のお小遣いで買った、欲しくて欲しくてたまらなかった本。

私の場合、それが今回ご紹介する本。
新井素子の「二分割幽霊綺譚」なんです☆

当時(消費税はまだない時代)880円を使うのには勇気(!)が必要でした。
本屋で何時間も立ち読みし、それでも自分の物にしたくて、とうとう手に入れた自分の本。
小さな文庫本じゃなくて、ズッシリと重い初めてのハードカバー。
今見ると、本の裏側に購入年月日と自分の名前が書いてある(笑)。

この本を手にすると、そんなワクワクドキドキしながら本を読んでいた気持ちが甦ってきて、変なところが痒くなります。
今も私を読書に駆り立てているのは、このワクワクドキドキなんですね。

さて、内容はというと・・・

主人公は「仮性半陰陽」という病気により、中学三年生の時に、それまで男だと思っていた自分が、実は女だったことを知らされます。ショック状態の家族。手術に転校。恋人(もちろん女性)との別れ。昨日までの男子中学生が女子中学生として送る学生生活。ところが、ストーリーは彼女が大学生になり、女性に幻滅し(理由は想像して下さい)、かといって今更男性に夢も抱けず(う、想像したくない)生きているのか死んでいるのかわからないような生活をしているところから始まります。

ある日、そんな彼女のところに自称16才の少女が転がり込みます。
男と見れば誘惑する彼女の正体は齢300才を超える吸血鬼。主人公の生い立ちに興味を持った彼女はしばらく同居することに…
さらに二人の住むアパート「第13あかねマンション」は、どうやらパラレルワールド(別世界)と繋がっているらしく、しょっちゅう人が消えたりしている。そんなところに現れた謎の美女、東くらこ。

もはや謎とかそういう問題ではないような気もするんだけれど、彼女はモグラに育てられ、別世界にモグラの楽園を作ろうと、モグラとヒミズ(日見ずモグラ。日本特産のモグラ科の生き物。小型。)の移民計画を進めている。

そんな東くらこに見つかった主人公は、彼女とその部下の言葉をしゃべる巨大モグラ(?)により、催眠術をかけられそうになりますが、不幸な事故により自分が死んだと思い込みます。
さらに死体の処理に困った東嬢が、それをシチュー(!)にして、アパートの住人で砂姫(例の吸血鬼)に血を吸われた山科と、その後輩で主人公のかつての親友で、しかもかつての恋人の兄でもある真弓(…男です)の二人に食べさせたもんだから、主人公は左右に分割された世にも奇妙な幽霊として二人の前に現れることになり・・・


????????


・・・これで物語が成立しているのかって?
大丈夫、ちゃんと300ページくらいで納まります。

新井素子のスゴイ所は、普通の作家なら飛び付きそうな設定を用意しても、決してそれに惑わされる(?)ことなく、物語を進めて行く力があるということです。いや本当。

隕石があと一週間で地球に衝突するという「ひとめあなたに」という作品でも、主人公は地球を救うでもなく、ただ恋人に会いに行きます。
地球も救われません。

・・・面白いです。

物語はモグラとヒミズのモグラ大戦争に発展し、二組の恋愛事情も絡まって、まさにハラハラドキドキの展開。
これほど先の読めない作家も珍しい。

ただ、新井素子の作品の底辺に流れる生命観が大好きなんです。
「ひとめあなたに」のあとがきに、こんなことを書いています。

「小学生の頃。命は大切なものだって教わってきて、で…そういう教育、受けといて、知るの。(中略)もと、にわとりであったものを、殺して、食べて、あまつさえ、殺したのに、そのにわとりさんの肉、残したりする。」「だから。私、自分の御飯をおいしくしておく為にも、いきものを殺して喰う罪悪感をなんとかしなきゃいけなかったんです。そこで。私、思ったんです。仮にここがジャングルだとして。私、雑食性の動物だから、野菜も肉も食べる。故に私、生きてる限り、あっちゃこっちゃの動物を殺すだろう。でも。動物界の第一法則が弱肉強食である以上、私より弱いいきものが私に殺され、食べられるのは当然の宿命でしょう?残酷なことでも極悪非道なことでも何でもないよね。大体、自分の体内で合成できないアミノ酸を複数もってる生物が、他の生物のアミノ酸を食べるといった形で体内にとりこむことに罪悪感抱いてたら、そんなもん、生物じゃないわい。だから。逆に。私、人間を特別なものだとはまったく思わないことにしたんです。人間だって、動物である以上、ライオンだとか、虎だとか、人間より強い、人間を食べる生物に出くわしたら、食べられてしかるべきだって思うようにしたんです。」

人間なんて、他の生物の犠牲なしには、びた一秒だって生きていけないくせに。

作者21才の時のこの感性が、15才の私にはとても嬉しかったんです。そして、それは今も、続いています。

なかなか、手に入り難いとは思いますが、他の作品でも、このテーマは垣間見れて、独特の生死観が面白い雰囲気を作ってますよ。
しかもコメディーだったりします。

それでは、今回は新井素子風に終わりたいと思います。

読んで下さって、どうもありがとうございました。気にいっていただけると、とても嬉しいのですが。そして、もし。気にいっていただけたとしたら。もしも御縁がありましたら、いつの日か、また、お目にかかりましょう―。






新井 素子  著
講談社