私的図書館

本好き人の365日

六月の本棚2

2003-06-07 00:38:00 | ゲド戦記
ある音の組み合わせに、不思議な力があると言ったら、皆さんどう思います?

例えば名前。
自分の名前を呼ばれた気がして、つい振り返ってしまったなんて経験は誰にでもあるはず。悪口や誉め言葉だって、自分の名前がはいると、はいらないとでは大違い。人を傷つける音の組み合わせや、癒す組み合わせ。様々な組み合わせが人に影響を与え、そして人を操れるとしたら。
私達が『言葉』と呼んでいる体系を『魔法』と言い換えてみれば、その力にあらためて気が付くはず。大勢の人の中から、あなただけを振り向かせることのできる呪文だなんて、素敵だと思いませんか。

今日ご紹介する本は、そんな『名前』の持つ、特別な力をあつかったファンタジー、

アーシュラ・K・ル=グウィンの「ゲド戦記」です。

ダニーと呼ばれる少年は、大魔法使いオジオンにより、十三才で名前を取り上げられ『真の名』を告げられます。それが彼の名、「ゲド」です。
ものには、他のものと区別するために私達が勝手につけた「通り名」と、そのものが本来持っている「真の名」があり、その真の名を知っていると、そのものの本質を正しく知っていることになり、それを操ることができる。
これが、この世界の魔法です。ですから、万一敵にでも知られたら一大事。

ゲドは、魔術の才能を見込まれ、魔術の学院で学ぶことになりますが、ゲドの負けん気の強さが災いして、彼は『影』を呼び出してしまいます。『影』は闇に属する「名なき者」。しかも『影』はゲドの「真の名」を知っている。さあ、名前を持たぬ者とゲドはどうやって戦うのか?

ゲドのアースシー世界での冒険は、彼を魔法使いとして、そして人間として大きく成長させていきます。
手に汗握る展開だけではなく、冒険の道中の描写や街の様子が、独特の異世界の雰囲気を醸し出していて、この物語に美しい奥ゆきを与えているのも魅力のひとつ。

第一巻の「影との戦い」、第二巻「こわれた腕輪」。第三巻「さいはての島へ」。そして、最後の書「帰還」と物語は進んでいきます。

名前は昔から重要視され、今でも、その力は衰えていないと思うのですが、いかがですか?

それは言葉にも言えること。
言葉には意味があります。
その人に触れることなく、傷つけることのできる「力」のある言葉の使用にはご注意を。
どこかであなたの『影』が目を光らせているはず。
そして逆に言えば、どんなに美辞麗句を並べてみても、あなたの胸の奥から出た言葉でないと、相手には通用しないということでは?

小学生高学年から読める丁寧な作りになっています。もちろん、大人の方でも十分楽しめます。

さあ、あなたもアースシーの世界で胸躍る冒険に出かけてみませんか?








アーシュラ・K・ル=グウィン  著
清水 真砂子  訳
岩波書店