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江戸繁昌記初篇 36 書画会 3

(裏の柿の木も収穫の秋)

肥料もやらない、消毒もしないから、裏の柿の木は実がたくさん生ったことがない。今年はどういうわけか、虫に食われて葉が落ちたあとに、まだ青いが柿の実がたくさん見える。豊作の気配がする。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

紅拂、李公を稠人中に認め、周、問答を醉舌上に取る。紅氈数席、地を画して場を設け、諸先代々登る。ここに只見る。紙上龍走り、筆下鳳(おおとり)(あ)がる。腕中神有り、指頭鬼有り。一抹の墨、万金購(あがな)い難く、寸素千載伝うべし。観者(見物人)、堵(かき、垣)を傾く。人の争い乞う坐中、指掬すべし
※ 紅拂(こうふつ)- 隋末唐初の時代、唐の太宗に仕えた宰相、李靖の愛妾。元は隋朝の権臣、楊索の侍女。いつも紅い払子を持っていたことからその名が付いた。
※ 稠人(ちゅうじん)- 多くの人。衆人。
※ 周(しゅうぎ)-晋書によると、周は、安東將軍の周浚の子である。酒癖が悪く、酒を飲んで議論し、何度も暴言を吐いて、窮地に陥った。
※ 一抹(いちまつ)- ほんのわずか。
※ 寸素(すんそ)- わずかな量。
※ 丹(たん)- 赤色の顔料。赤い色。
※ 千載(せんざい)- 千年。
※ 坐中、指掬(きく)すべし -古事に「舟中の指掬すべし」という有名な句がある。大勢の敗残兵が舟べりに手を掛けたところ、舟中の味方の兵が、その指を刀で切り落し、逃げて行った。舟中に指が手ですくえるほどあった。この古事を踏まえて、ここでは乞う人の指さす指が、手ですくえるほどであったという表現した。


浄粧、冶服、艶発、人を射る者は、所謂(いわゆる)近来流行の女先生、これなり。繊手筆を拈(ひね)りて、墨を唇にす、態を成す。人麗に毫霊なり衆賓囲繞蟻附蝿着、随いて謝すれば、随いて乞う。厳師傍らに在りて熟視するも、また、それをして、別なきの教えを守りて、手親(みずか)受授せざらしむること得ず。酒流れ、崩れ、喧囂雷轟、塵埃雲蒸す。千筵坐間、寸(すこし)虚白無し。
※ 繊手(せんしゅ)- かぼそい、しなやかな手。多く、女性の美しい手をいう。
※ 人麗に毫霊なり - 「美人にわずかの魂もない」と解した?
※ 衆賓(しゅうひん)- 客たち。
※ 囲繞(いにょう)- 取り囲む。
※ 蟻附蝿着 - 蟻や蝿がたかるように。
※ 手親(みずか)ら - 手自ら。自分自身で行うさま。てずから。
※ 受授(じゅじゅ)- 物を人から人へ受け渡しすること。(意-自分自身で、授受しないわけにはいかなかった)
※ 殽(こう)- おかず。料理。
※ 喧囂(けんごう)- がやがやとやかましいこと。
※ 雷轟(らいごう)- 雷がとどろくさま。
※ 雲蒸(うんじょう)- 雲が生じるさま。
※ 千筵坐間 - 広い座敷。
※ 虚白(きょはく)- 空き。空白。
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江戸繁昌記初篇 35 書画会 2

(散歩道も実りの秋)

午後、「古文書に親しむ」講座に出席する。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

一様(普通)、未だ会せざるの間、先生鶏起孜々奔走、これ高門縣薄、敢て往かざるはなし。また内熱の恐れを省かず。当日先生、儀装曲拳儼然として上頭に坐す。
※ 会せざる - 会が始まらない。
※ 鶏起(けいき)- 早起き。
※ 孜々(しし)- 熱心に努め励むさま。
※ 高門縣薄(こうもんけんはく)-「高門」は、富貴の家。「縣薄」は、田舎の卑賤な者。(「高門県薄無不走也」〔荘子・達生〕)
※ 内熱(ないねつ)- 体内にこもって抜けない熱。(気分が高揚することをいうか)
※ 儀装(ぎそう)- 儀式のための装飾・設備。ここでは正装すること。
※ 曲拳(きょくけん)- にぎりこぶし。
※ 儼然(げんぜん)- おごそかで近寄り難いさま。
※ 上頭(じょうとう)- ここでは、上坐のこと。


坐後、闌(てすり)を施し、案(机)を居(す)え、計人(番頭)二位(二人)筆を簪して、簿を守る。乃(すなわ)ち、賓主の相する、恰(あたか)賀客の、年を典舗頭に拜するが如し。剣を掌(つかさ)どる者有り。飯を管する者有り。酒監茶令。手を並べて、職に在り。客漸く麇至す。主人左に接し、右に応じ、その寿金(御祝儀)を拜する。推譲(いとま)あらず。豈に献酬に遑(いとま)あらんや。
※ 筆を簪(かんざ)して - 筆を頭にさして。(「簪筆」は、小役人になることをいう)
※ 賓主(ひんしゅ)- 客と主人。主客。
※ 揖(ゆう)- 両手を胸の前で組み合わせて礼をする。
※ 賀客(がかく)- 年賀の客。
※ 典舗頭(てんぽとう)- 質屋の店頭、店先。
※ 酒監(しゅかん)- 酒宴の監督するもの。
※ 茶令(ちゃれい)- お茶を命令するもの。
※ 麋至 -「麇至」の間違い。「麇至(くんし)」は、「群がり至る」の意。
※ 推譲(すいじょう)- 人を推薦し、自らは退くこと。
※ 献酬(けんしゅう)- 杯をやりとりすること。酒を飲み交わすこと。


客互いに主と為り、盃を挙げて相属す。名妓数名を聘しに充(あ)て、酒を佐(たす)く。調弄紛謔絲竹管絃の娯(たのし)み無きも、一笑一盃、また以って醉狂を発するに足る。
※ 相属す(あいぞくす)- つながる。
※ 聘す(しょうす)- 召す。
※ 儐(ひん)- 主人を助けて客を導く人。
※ 調弄(ちょうろう)- からかいなぶること。
※ 紛謔(ふんぎゃく)- 乱れ戯れること。
※ 絲竹管絃(しちくかんげん)- 琴・三味線や笛・笙などの音曲。
※ 一笑一盃(いっしょういっぱい)- 盃を交して笑い合うこと。
※ 醉狂(すいきょう)- 物好きなさま。好奇心から風変わりなことをするさま。
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江戸繁昌記初篇 34 書画会 1

(散歩道のオシロイバナ)

午後、駿河古文書会へ出席する。会のあと、古書店を営むT氏と知り合う。古書購入のかたわら、各所で捨てられる直前の村方文書を集め保管されていると聞く。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     書画会
※ 書画会(しょがかい)- 江戸時代の中期以降、各地で盛んに開催された書や絵画の展覧会。今日の団体展やグループ展にあたる。展示即売された。
当今、文運の昌(さかん)なる文人墨客会盟、社を結びて、人苟(いやしく)も、風流胸中墨有り。才徳並び具(そな)わる者、一度、盟に與(あず)かれば、衆、推して先生に拜す。声名四海に流れ、溝澮皆な盈(み)つ、油然の雲、沛然の雨、人の欽慕せざるは靡(な)し。
※ 文運(ぶんうん)-学問・ 芸術が盛んに行われるさま。
※ 文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)- 詩文や書画などの風流に親しむ人をいう。
※ 会盟(かいめい)- 人々が集まって誓い合うこと。
※ 才徳(さいとく)- 才知と徳行。
※ 声名(こわな)- よい評判。名声。ほまれ。
※ 溝澮(こうかい)- 田畑の間にあるみぞ。
※ 油然(ゆうぜん)- 盛んにわきおこるさま。
※ 沛然(はいぜん)- 雨が盛んに降るさま。
※ 欽慕(きんぼ)- 敬いしたうこと。敬慕。


予、盟に與(あず)かることを得ずと雖ども、また嘗(かつ)て、末筵に列なるは数回、その盛事の如きは略々観て尽くせり。その地、多くは柳橋街、万八河半の二楼を以ってす。会に先だつこと数月、日を卜して一大牌を掛け、書して曰う、晴雨に拘わらず、その月、その日を以って会す。四方君子のを請う。且つ人、書して、先生の姓名を掲ぐ。これにおいて、人、世に先生有ることを知ら弗(ざる)は莫(な)し。蓋し、漢朝及第放榜の事と、略々同じ栄(ほまれ)知るべし。
※ 末筵(まつえん)-(「筵」は座席。)末席。下座。
※ 略々(りゃくりゃく)- ほぼ。だいたい。
※ 万八(まんぱち)、河半(かわはん)- いずれも柳橋にあった人気料亭。
※ 大牌(だいはい)- 大看板。
※ 顧(こ)- 配慮。
※ 臨(りん)- 来臨。
※ 及第放榜(きゅうだいほうぼう)- 科挙に及第(合格)した者の放榜(合格者発表)。


美観者、聚(あつま)る。肩を(ま)し、踵(きびす)を累(かさ)ね、指點(さ)して曰う、某は画人なり。某は詩人なり。某は儒流、某は書家、彼は挿花師の始めて名を宣するなり。こは清本氏の女(むすめ)の初めて場に上るなり。佇立を仰ぐ。また法場にして罪人の加木を読むが如し。
※ 摩(ま)す - こする。
※ 儒流(じゅりゅう)- 儒者。
※ 挿花(さしばな)- 生け花。
※ 佇立(ちょりつ)- たたずむこと。
※ 牌(はい)- かんばん。
※ 法場(ほうじょう)- 仏法を修行する場所。仏寺。(「おしおきば」とルビあり)
※ 加木(かぎ)- (「すてふだ」とルビあり)江戸時代、処刑される罪人の氏名・年齢・ 出生地・罪状などを記して公示し、処刑後も三十日間、刑場などに立てておいた高札。
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江戸繁昌記初篇 33 売卜先生 2

(散歩道のサルビア・ガラニティカ)

午後、掛川の文学講座へ出席した。紹介のあった本は、榛葉英治著「異説徳川家康」と、宮本昌孝著「家康死す」の2冊であった。

講座の後、大東図書館に「遠州横須賀展」を見に行った。今年、横須賀藩主だった西尾家から市が寄贈を受けた「西尾家文書」が展示されていた。古文書の展示は大変難しい。読んで内容を理解して、初めて解る古文書を、展示で見せられても、感興が湧かない。出来ればコピーでよいから手に取って見れて、貸出なども可能になればよいのだが。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

なお、庸醫鉤して(あかし)を病人の口に取ると、略々似たり。或は大息して曰う、君が身、大厄を覩(み)るが如し。且つ、吉凶禍福、細かに告ぐ宜しく有るも、二十四銅、その報に満たざるなり。三尺の喙(かい)、五十の筮(ぜい)、遂に卒(にわか)に、それをしてを倒(さかさま)にしむ。また卜にしてなる者有り。奥に神位を設け、荘厳煥発、人をして敬してこれに近か付かしむ。
※ 庸醫(ようい)- 凡庸な医者。やぶ医者。
※ 鉤して(かぎして)-(「鉤」は、先の曲がった金属製の器具。物をひっかけるのに使う)引っ掛けて。
※ 略々(りゃくりゃく)- ほぼ。だいたい。
※ 大息(おおいき)- 落胆したり、心配したりしたときなどに、大きくつくため息。
※ 二十四銅 -「銅」は、銅銭。見料が二十四文だったのだろう。
※ 嚢(ふくろ)- 銭入れ。財布。(「大枚をはたく」ことをいう)
※ 巫(ふ、かんなぎ)- 神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝えることを役割とする女性。
※ 煥発(かんばつ)- 輝くように現れ出ること。


この都の繁昌、また以って卜すべし。或は、今の卜人狐蠱妄説、唯だ銭を(得るために)これ占い、徒(いたずら)に人を誑(たぶらか)すと謗(そし)る。予曰う、何ぞひとり卜人のみならん。士流の賂(まいない)して重爵を取り、媚(こび)豊禄を食(は)む。君を誑(たぶらか)すならずや。
※ 卜人(ぼくじん)-うらないをする人。卜者。
※ 狐蠱(ここ)- 出雲国で行われた。狐を使うもので、行えば必ず人を病にしたり発狂させたりする。またそれは行ったものでないと、祓うことが出来ない。
※ 士流(しりゅう)- 侍の社会。
※ 重爵(じゅうしゃく)- 高い爵位。
※ 豊禄(ほうろく)- 豊富な給料、あるいは扶持米。


儒人の口、聖経を説き、行、商賈に類す。世を誑(たぶらか)すならずや。滔々として天下皆これなり。かつ、亀筮は聖人の重する所、古(いにしえ)、これを郷士の数に通ず。縣(いなか)天機を洩らす。豈に、二十四銭の言い易き所(以)(ゆえん)か。人の誑しを承く、また占(うらない)せざるのみ。
※ 商賈(しょうこ)- 商売。あきない。
※ 滔々(とうとう)- 物事がある方向によどみなく流れゆくさま。
※ 亀筮(きぜい)- 亀の甲を焼き、その生じた割れ目の模様で吉凶を判断した古代の占い。亀卜。
※ 郷士の数に通(つう)ず - 亀筮が村々で行われていたこと。(「郷士」とは、農村に居住する武士。)
※ 天機(てんき)- 造化の秘密。天地自然の神秘。


偶々(たまたま)君平が伝を読む。その裁(わず)かに、日に数人を閲(けみ)し、百銭を得て、自ら養うに足れば、則ち、肆(みせ)を閉じ、簾を下ろすに至りて、予の謂わく、当日の占い料とも、また我が今の二十四銭とも。蓋し、甚だ上下せず。然り、彼はこれを得て、以って一日を活過するに足りて、これは則ち、纔かに一頓鰻鱺(うなぎ)飯銭、これのみ。繁華の地、勢い然らざるを得ず。
※ 君平(くんぺい)- 蒲生君平。江戸時代後期の儒学者。尊王論者、海防論者。
※ 活過(かっか)- 生き過ごす。
※ 一頓(いちとん)- 一回。一度。
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江戸繁昌記初篇 32 売卜先生 1

(散歩道のくずの花/背景の赤はヒガンバナ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     売卜先生
※ 売卜(ばいぼく)- 金をとって占いをすること。
人、にして事繁く、事繁くして惑い滋(しげ)し。筮肆の数、従って滋からざることを得ざるなり。大概(たいがい)案上に一巻、人相図本を展(の)べ、芸々説き起こす。曰う、日角かくの如くにして悪し。曰う、人中かくの如くして善し。これは凶、これは吉。懸河瀉水行人止りて環(かえ)す。
※ 庶(ショ)- もろもろの。いろいろな。雑多な。
※ 筮肆(ぜいし)- 占い師の店。
※ 案上(あんじょう)- 机の上。
※ 芸々(うんうん)- さかんなさま。物の多いさま。
※ 日角(にっかく)- ひたいのすみ(額の隅)、とルビあり。
※ 人中(じんちゅう)- はなのした(鼻の下)、とルビあり。
※ 懸河瀉水(けんがしゃすい)-(「懸河」は、急流や滝。「瀉水」は、水を注ぐ。)立て板に水を流したようにしゃべりまくる意味。
※ 行人(こうじん)- 道を行く人。通行人。


乞う者有る毎(ごと)に、輙(すなわ)ち、目を合わせ、策を戴き、例して曰う、爾の泰筮常有るに仮る。或は雑(まじ)え唱うるに、「土保加美依身多女(トホカミヱミタメ)」を以って、或は併(あわ)せ称するに念仏、題目を以ってす。二分四揲の否にだに遇(あ)う。更に天眼鏡を秉(と)りて、手理を照らし、面部を察し、その容皃(貌)、衣服に目注ぎ、心、その都人傖父とを判ず。
※ 例して(れいして)- 通例で。いつもの通り。
※ 爾(なんじ)の泰筮(たいぜい)常有るに仮(よ)る-(占者が最初に唱える言葉)「泰筮」は占いの美称。
※ 土保加美依身多女(トホカミヱミタメ)- 亀卜の時、亀甲の上にト・ホ・カミ・エミ・タメの五部分の亀裂が入るよう祈るところから出た呪言。
※ 二分四揲(にぶんよんちょう)- 占い時の筮竹の扱いをいう。
※ 観(かん)- 易の六十四卦の一。心がすなおで、態度がへりくだるさまを表す。
※ 手理(しゅり)- 手のひらの筋。てすじ。手紋。
※ 面部(めんぶ)- 顔。顔面。
※ 都人(とじん)- みやこの人。都会に住む人。
※ 傖父(そうふ)- いなかおやじ。いなかもの。


遂にまた、例して曰う、君、過年運禄未だ盈(み)たず。今歳その月に至る比(ころ)合い、福これより多からん。一言一面、その占する所、多くこれを乞う者の色に取る。
※ 運禄(うんろく)- 幸運の巡り合わせ。
※ 一言一面(いちごんいちめん)- 一つの言葉と、物事のある側面。

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江戸繁昌記初篇 31 両国の花火 3




(千葉山智満寺のシュウカイドウ)

智満寺の境内や参道脇には、今、シュウカイドウがいっぱい咲いていた。この花は、この先、江戸繁昌記の「賽日」の項に「断膓花」という文字で出て来る。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

宜僚、丸(まり)を弄する手、能(よ)く是の如くにや否やを知らず。また、小桶を以って加え挿む。便(すなわ)ち、蹴りてこれを上(のぼ)すときは、則ち小桶飛びて、幹人の手に在りて、大桶下り落ちて故(もと)の如く踵(かかと)黏す
※ 宜僚(ぎりょう)- 西周の昭王時代の宋国出身。手伎の祖とされる。伝説によると、三千年前、上手に九つの丸い鈴を同時に遊ぶことができ、伎法がずば抜けていた。今でいう、ジャグリングのようなものであろう。(『荘子』に「市南宜僚弄丸」とある)
※ 黏す(ねやす)- こねる。(ここでは、踵の上で廻すこと)


遂に更に最小童を提げ、これを置くこと、桶の如し。桶、旋運承投、またなお、桶の然り。桶か、毬(まり)か。渾身軟かなること、綿の如し。四支一塊り肉有りて、骨無し。観る者、ために暈す
※ 最小童(さいしょうどう)- 3人の内、最も小さい子。
※ 旋運(せんうん)- 廻し巡らすこと。
※ 承投(しょうとう)- 投げて承けること。
※ 暈す(ぼかす)- 幻惑される。呆然とする。


既にして、小桶畳み加えること十数、高さ一丈ばかり、累卵積棊撓揺倒れんと欲して、童、その巓(いただき)凝立す。絶叫一声、卵崩れ棊(碁石)倒る。童は則ち雲雀(ひばり)のごとく下り墜ちて、復た脚上に住す。その他、脚上に甕、盤などの物を居(す)え、一人をしてこれを攀(よじ)て、その中を出人りせしむ。
※ 畳み加える(たたみ加える)- 積み重ね加える。
※ 累卵(るいらん)- 卵を積み重ねること。不安定で危険な状態のたとえ。
※ 積棊(せきご)- 碁石を積み上げること。累卵同様、不安定な状態のたとえ。
※ 撓揺(とうよう)- たわみゆれる。(「ぶら/\」とルビあり)
※ 凝立(ぎょうりつ)- 身動きもせず、じっと立っていること。
※ 住す(じゅうす)- 定まる。落ち着く。


古今、独脚、天下の妙伎と謂つべし。諺(ことわざ)に云う、阿娘(娘さん)股間に千金を懸(かか)ぐと。或は言う、近世、股を売りて、産を為す者、多(おお)からずとせず。然るに、天また新たにこの一股脚を出して、これを売りて過活せしむ。この脚また能く千金を懸けんや否やを知らず。古人、一脚を引きて天象動かす有るもの、この脚また能く天象を動かさんや否やを知らず。
※ 過活(かかつ)- 暮らしを営むこと。
※ 天象(てんしょう)- 日・月・星などにみられる現象。天体の現象。
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江戸繁昌記初篇 30 両国の花火 2

(御開帳の千葉山智満寺)

午前中に、島田の千葉山智満寺の御開帳を拝観に、女房と行く。平日であったが、けっこう拝観客が次々と見えた。

阿蘇山が噴火して、ニュースを騒がせている。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

予、甞(かつ)て両国橋を過ぐ。會々(たまたま)烟火空を燭し、人群、潮の如し。相推(お)すこと甚だ急にして、人為し、毆(う)たるるが如きこと数回、気憤(ふん)す。然るも顧ることを得ず。少なく緩(ゆる)み、復た毆(う)つ。始めて知る。悪少年の戯(面白半分)に西瓜の皮を抛(なげう)ち、人を誑(たぶらか)すことを。雑踏想うべし。

奥山よりこれに至る数件の光景は、予が二十年前の観る所爾(のみ)物星換移、新奇、月に生じ、妙伎、歳に出づ。然るに、予、読書生と為らんより、未だ奔走に衣食して、一日縦遊せず。且つ、跋渉して口を糊する。都下に居る日もまた少なし。未だ、今日、前日と同じきや否やを知らず。
※ 物星換移(ぶっせいかんい)- 物換星移。世の中が移り変わること。
※ 縦遊(しょうゆう)- 気のむくままに遊ぶこと。気ままに諸方 をめぐり歩くこと。
※ 跋渉(ばっしょう)- 山野を越え、川をわたり、各地を歩き回ること。
※ 口を糊する(くちをのりする)- やっと暮らしをたてる。(「糊する」はかゆをすする意)


両国また諸伎名人の淵薮、近日三童子脚伎の妙、評高し。偶々(たまたま)田舎客有り。予、拉きて、往きて一観を試さんと請う。輙ち往く。三童子、馬吉と曰(い)い、亀吉と曰い、松之助と曰う。場を橋東に開く。こは則ち、予が今日の目撃する所なり。
※ 淵薮(えんそう)- 物事の寄り集まる所。
※ 脚伎(きゃくぎ)- 足芸。仰向けに寝て足だけで種々の技をおこなう曲芸。足先で樽・盥などを回したりする。
※ 拉く(ひく)- 両手でひっぱる。強引に連れていく。


鼓角節を打ちし。説き白(もう)し、状を宣す。並びに常例の如く、台上一坐の高牀(たかとこ)、紅氈を鋪き、嚢枕を安ず。小童出て拜す。幹人抱き上らせ、これをして横臥せしむ。双脚天に朝す。傍らより一桶を以って、その踵(かかと)上に置く。承け得て停当なれば、則ち旋(まわ)し、これを運(めぐら)す。運し得て鈞(ひと)しく運(めぐ)り、水渦まく。遂に蹴りて、これを弄び、投げ承け縦横、魚驚き、雀躍る。節に応じ、曲に合わす。
※ 鼓角(こかく)- つづみと角笛。古く中国で、陣中に合図に用いた。
※ 節を打つ(せつをうつ)- 始りの時間を知らせる。
※ 紅氈(こうせん)- 赤い毛氈。
※ 囊枕(のうちん)- ふくろまくら。
※ 幹人(かんじん)- 親方。
※ 天に朝す(てんにちょうす)- 天に向う。
※ 停当(ていとう)- きちんと整っている。
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江戸繁昌記初篇 29 両国の花火 1

(散歩道のクロタラリア)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     両国の花火
烟火例して、五月二十八夜を以って、始めてこれを放つ期と為す。七月下旬に至りて止む。晩に際して、烟火船撑へ出し、南、両国橋を距(へだ)てること、数百歩ばかりにして、中流に横にする。
※ 烟火船(えんかせん)- 花火見物の船。
※ 撑(とう)- 竿で押し出すこと。


天黒(くら)くして事を挙ぐる。霹靂未だ響かず。電光空に掣(ひ)きめき、一塊の火丸砕けて、萬星と為る。銀龍、影滅さんと欲し、金鳥、翼已に翻(ひるがえ)り、丹魚、舟に入り、火鼠、波を走る。或は棚上、漸々紫藤花を焼き出し、或は架頭、一斉に紅毬燈を燃上す。一宝塔、基綺楼、千化萬現、真に天下の奇観なり。
※ 霹靂(へきれき)- 雷鳴。大きな音が響きわたること。
※ 架頭(かとう)- 棚の上。
※ 毬燈(きゅうとう)- 小形の丸い提灯。酸漿(ほおずき)提灯。


両岸の茶棚(茶店)紅燈万点、欄内観る者、膝を塁(かさ)ね、踵(かかと)を畳む。橋上一道、人群れ混殺(雑)して、梁柱撓(たわ)み動きて、看る/\将に傾き陥らんとす。
※ 紅燈(こうとう)- 酸漿(ほおずき)提灯の異名。

前舮後舳、隊々(くみぐみ)衘み畫舫填密、川にして水に迷う。夜、将に深からんとす。烟火船、灯(ともしび)輪す。人始めて事の畢(おわ)るを知る。
※ 前舮後舳(ぜんろこうじく)- (「舮」は「船尾。とも。」、「舳」は「船首。へさき。」)船の前後逆に。
※ 衘む(くくむ)- 外から包みこむ。または、中に入れる。(周りを船に囲まれることを示す)
※ 畫舫(がぼう)- 美しく飾った遊覧船。
※ 填密(てんみつ)- ぴったりくっついていること。


時に水風洒然、爽涼骨を洗う。これにおいて、百千の烟火観船、並びに変じて納涼船と為る。奢(しゃ)を競い、豪を燿(ひか)らし、絃歌を揚ぐ。盃盤狼藉中に、嘔唖暁に連れて歇(や)む。
※ 水風(すいふう)- 水上に吹きわたる風。
※ 洒然(しゃぜん)- さっぱりして物事にこだわらぬさま。
※ 絃歌(げんか)- 三味線などの弦楽器を弾きながらうたう歌。。
※ 盃盤狼藉(はいばんろうぜき)- 酒宴が終わったあと、杯や皿鉢などが席上に散乱しているさま。
※ 嘔唖(おうあ)- やかましい音。


一船、大小二鼓、鐃(どら)、笛などの物を具し、暗々遊舫際を縫い、その妙曲、雅調候らい、爾我嘆賞の間を、突然一発、祭礼曲を為し、譟(さわ)いで以って撹(み)だす。
※ 遊舫(ゆうほう)- 屋形船。遊覧船
※ 爾我(じが)- 汝と我。あなたと私。


これをこは則ち真に殺風景、事を好むもまた甚し。また小舟有り。遡往返、酒を売り、菓子を呼ぶ、嘩雑中、人をして江村夜泊間の思いを挟ましむ。風味憂うべし。
※ 殺風景(さっぷうけい)- おもしろみも飾りけもなく、興ざめがすること。
※ 遡(そかい)- 流れをさかのぼること。
※ 嘩雑中(かざつちゅう)- 騒々しい中。
※ 江村(こうそん)- 大河や入り江にそった村。

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江戸繁昌記初篇 28 揚花 2

(散歩道のシロバナヒガンバナ)

午後、「駿遠の考古学と歴史」講座へ出席した。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

耕やさずして食い、織らずして衣(き)る。徳沢の致す所、仰(あおぎ)て思わざることを得ん。然も、都俗常態、唯だ習びて思わざるならず。なおかつ、梁肉を食い、錦綺を曳んと欲するや。為すべからざるの事を為し、耻ずべきの業を恥じず。寧ろ花子様を為すも恬然、これに居て疑わず。
※ 徳沢(とくたく)- 恵み。恩沢。おかげ。
※ 都俗(とぞく)- 都会の風俗・習慣。
※ 常態(じょうたい)- 平常の状態。
※ 梁肉(りょうにく)- 上等な穀物や肉。上等な食事。
※ 錦綺(きんき)- にしきとあやぎぬ。あやにしき。
※ 花子様 - こじき(乞食)とルビあり。謂れはわからない。
※ 恬然(てんぜん)- 物事にこだわらず 平然としているさま。


(ひ)かな。近来、揚花の盛んに世に行わる。侈靡節せず。事々度に踰(こ)えて、人、その梁肉、錦綺を羨むや。都俗漸く風を為し、今の人、中夜に子を生む(と)、遽(あわ)てゝ火を取りて、これを燭(とも)す。唯だ、その女子為らざるを恐るゝなり。
※ 侈靡(しび)- 身分不相応におごること。
※ 中夜(ちゅうや)- よなか。夜半。


その子、伎を售(う)りて、業と為すに及ぶが如く、その母、欣然物を負いて、これが従役を為し、気色(はなは)だ揚る。頗る矜色有り。女(むすめ)もまた、習う所、母視ること、なおの、嗚呼(ああ)人倫、幾何(いくば)くか、廃(すた)れざらん。
※ 欣然(きんぜん)- よろこんで物事をするさま。
※ 気色(きしょく)- 気持ち。気分。
※ 矜色(きょうしょく)- おごりたかぶった顔つき。
※ 娨(かん)- ごうまん。


近日この風、殊に煽(あお)らんに気炎し、人熱して聞く。今春、令出て、これを禁ずと。これにおいて、益々徳沢の浸(ひた)す所を見る。然るに、愚人、或はその一且生計を失うを以って言うを為す。愚かもまた甚し。但し、或は、死灰復たび燃えんことを恐る。この輩、面目、畢竟溺(でき)すべし。
※ 気炎(きえん)- 燃え上がるように盛んな意気。議論などの場で見せる威勢のよさ。
※ 一且(いったん)- とりあえず。差し当たって。ひとまず。


浄瑠理物語十二卷へ、永禄中、織田氏の侍女小通が著わす所、而して、検校岩舟氏、その曲節を製して、これを琵琶に於いて調す。嗣(つい)で龍野角澤氏など、更に三弦を以って、これを律し、後、南無右衛門なる者に至りて、その伎、大いに世に行わる。慶長中、伎を以って、徴(め)されて、因って大夫に拜らる。爾後、薩摩、土佐、山本、宇治、伊藤、出羽、都氏など並び廃す。今は則ち、竹本氏の一流独り、益々行われて、豊竹氏、また絶ゆること危からんと云う。
※ 拜らる(はいらる)- 拝命を受ける。
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江戸繁昌記初篇 27 揚花 1

(我が家の玄関の、秋のウェルカムデコ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     揚花
※ 揚花(ようか)- おんなだゆう(女大夫)とルビあり。
壇上の低簾金縷晃々、贔屓連中などの数字を繡(ぬ)い出す。簾内声有りて、その按ずる所の曲名、何に為したることを唱(とな)う。響きて簾捲く。大夫粧飾端整、紅錦蒲団に尻し、銀縷欹案鼻す。麗美、目を奪われ、三線調い定まる。
※ 低簾(ていれん)- 低いすだれ。
※ 金縷(きんる)- 金色の糸。
※ 晃々(こうこう)-きらきらとひかり輝くさま。
※ 柝(き)- ひょうしぎ。
※ 粧飾(しょうしょく)- 美しくよそおうこと。
※ 端整(たんせい)- 姿・形や動作などが正しくて、きちんとしていること。
※ 銀縷(ぎんる)- 銀の糸。
※ 欹案(いあん)- そばだつ台。(「けんだい」とルビあり)「見台」は、邦楽など日本の伝統芸能において、台本や譜面を見るために使用する台。
※ 鼻す(びす)- 始める。


徐々按じ起こす。にして男喉(のど)にして女粧を引き、を刻み、縹緲遅廻、行雲流れず。神将に逝かんとするの間、人をして覚えず絶倒せしむ。恍惚、涎(よだれ)を垂れ、欷歔、泣(なみだ)を飲む。音を賞する者有り。節を喜ぶ者有りて、観る者、較々(くらべて)聴く者より多し。
※ 婦(ふ)と女(おうな)- 「婦」は、成人した女性、または夫のある女性。「女」はむすめ、または若い女性。
※ 女粧(おんなよそおい)- 男の女粧もあるが、ここでは「むすめよそおい」であろう。
※ 宮(きゅう)、羽(う)- いずれも、中国・日本の音楽の理論用語、五音(ごいん)の一つ。低い方から順に宮・商・角・徴・羽。
※ 縹緲(ひょうびょう)- 広くはてしないさま。かすかではっきりとしないさま。
※ 遅廻(ちかい)- ぶらぶらさまよう。
※ 絶倒(ぜっとう)- 感情が高ぶって倒れるばかりの状態になること。。
※ 欷歔(ききょ)- すすり泣くこと。むせび泣き。


何ぞやなり。曰う、妙なるかな。稈史家、某の言に曰う、二人曲を聴いて帰る。某、度曲の巧拙を問う。甲の曰う、那(なん)ぞ弁ぜん。特(とく)その面を(見)守るのみ。因って、乙に向いて、その美醜を叩く。曰う、わが眼、一にその腰帯間に注ぐ。声と色との如きは、吾れこれを大きにせざるなり。相視て大いに笑い、これ、これを観ると謂う。伝に所謂(いわゆる)視るとも見えず、聴いて聞かざる者は、真にこれ、これらの人。
※ 稈史家(かんしか)- 洒落本の戯作者。「洒落本」は江戸後期の遊里文学。
※ 叩く(たたく)- 相手の考えを聞いたり、ようすを探ったりする。打診する。
※ 視るとも見えず、聴いて聞かざる -『大学』に「心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず」とある。これを指す。
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