のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

9月の読書

2009年10月11日 09時42分57秒 | 読書歴
82.蟋蟀/栗田有紀
■ストーリ
 生き物をテーマにした10の物語たち。手を握ったひとの未来が
 見える占い師の身に起こったこととは?(サラブレッド)
 優秀でかわいい秘書は、研究室に大きな水槽を持ち込んで?
 (あほろーとる)。夫の出世で住むことになった社宅には不思議な
 サークル活動があって・・・(猫語教室)。
 生き物をテーマやモチーフや題名にしたちょっぴり不思議な短編集。

■感想 ☆☆
 ありえない出来事、奇妙な生き物がふんだんに現れるファンタジー
 である。しかし、読後感に残る感覚は、ファンタジー特有の
 心温まるものではなく人間に対してのうすらさむさ、人特有の孤独と
 そら恐ろしさだ。
 栗田さんの文章は他の作品と同様、とぼけた味わいで、
 ひょうひょうとしたリズムを打ち出しており、さらさらと読みやすい。
 しかし、だからこそ、描かれる人間たちの、孤独が身に迫ってくる。
 人は、誰かと関わったり、誰かに囲まれたりしているときのほうが
 より一層、孤独を感じるのかもしれない。そう思った。

83.夏のくじら/大崎梢
■ストーリ
 都会から高知にやってきた大学生・篤史は、従兄弟から強引に、
 本場のよさこい祭りに誘われる。衣装、振り付け、地方車、鳴子。
 六年ぶりに復活する町内会チームは、どこよりも熱い。
 南国高知、真夏の風は、空から海へと吹き抜ける。
 一途な思いを秘めて、踊る青春群像。

■感想 ☆☆☆☆☆*
 文字を追っているだけで、突き抜けるような青空が目に浮かび、
 掴めるのではないかと思うほどむっとした暑さの空気や
 自分の肌がじりじりと日焼けしていく感覚が肌に迫ってくる。
 なぜ、人は祭りに熱中するのか。
 何がこうも人を祭りに惹きつけるのか。
 その疑問に明快な答えはないが、何かに打ち込む行為は
 理由など必要ないほど、楽しく気持ちの良いことなのだと実感できる。
 物語に引き込まれた私は、クライマックスで、
 祭りに打ち込む主人公たちの感動を、確かに共有することができた。
 彼らの感動をまるで自分の体験のように共有でき、心を震わせられた作品。
 恩田陸さんの「夜のピクニック」を思い出した。

84.ふくろうの叫び/パトリシア・ハイスミス
■ストーリ
 結婚に失敗し、精神的に疲れていたロバート・フォレスターにとって、
 幸せそうに生活する女性ジェニファーの姿をこっそり眺めることが、
 唯一のやすらぎだった。ある夜、ついに見つかってしまった彼を、
 意外にもジェニファーは暖かく迎え入れてくれる。
 その上、彼の孤独感に共鳴し、出会いを運命的なものと感じた彼女は
 恋人グレッグとの婚約を破棄してしまった。嫉妬と復讐にかられた
 グレッグは、ロバートを執拗にねらい始める。

■感想 ☆☆*
 20年前の作品ではあるが、テーマ、人間描写、共にまったく
 古さを感じさせない作品。
 狭い小さな街ゆえの濃密な人間関係が緊迫した状況を生み出していく。
 もがけばもがくほど追い込まれていく主人公のやりきれなさと、
 その末に待ち受ける結末に読み終えた後、茫然とした。
 人間の、そして女性の嫌な面がデフォルメされて表現されているものの
 それは確かに私の中にもある一面で、ぞっとしながら読み終えた。

85.やがて哀しき外国語/村上春樹
■内容
 初めてプリンストンを訪れたのは1984年の夏だった。
 F・スコット・フィッツジェラルドの母校を見ておきたかったからだが、
 その7年後、今度は大学に滞在することになった。
 2編の長編小説を書きあげることになったアメリカでの生活を、
 2年にわたり日本の読者に送り続けた16通のプリンストン便り。
■感想 ☆☆☆☆*
 村上作品のファンは多いけれど、同じぐらいアンチファンも
 多いように感じる。かくいう私も数年前までは、アンチファンと
 まではいかないけれども、彼の文章を読めないでいた。
 彼の文章を何度読んでもまったく記憶できず、読んでも読んでも
 さらさらと流れていく文章や盛り上がりの感じられないストーリ
 展開にてこずっていた。
 しかし、エッセイを読み始めてから、彼に対する印象が一変した。
 彼の文章の美しさ、平易な文章からにじみ出る知性に感嘆し、
 「尊敬する作家」となった。
 つまり、私にとって「エッセイ」が村上春樹の出発点であり
 彼の魅力をあますところなく伝えてくれる形態だ。
 そういった親しみやすさは、この作品でも健在。
 親しみやすさだけではなく、筋の通ったこだわりややわらかく
 あたたかな人柄、どんなに失敗談を書き連ねても伝わってくる
 知性も健在だ。
 どこの国で過ごそうとも、彼の日常は、彼のゆるぎない信条によって
 穏やかに保たれていて、大切なもの、大切でないものがはっきりしている。

 彼のように大きな目で世界を見つめられる人になりたいと憧れる
 のですが、先輩からの「器が違うよ。」という言葉に、改めて深く
 納得したのでした。

86.秋期栗きんとん事件(上)(下)
■ストーリ
 あの日の放課後、手紙で呼び出されて以降、ぼくの幸せな高校生活
 は始まった。学校中を二人で巡った文化祭。夜風がちょっと寒かった
 クリスマス。お正月には揃って初詣。
 ・・・それなのに、小鳩君は機会があれば、彼女そっちのけで謎解きを
 繰り広げてしまう。そのころ、校区を襲う連続放火事件が少しずつ
 エスカレートし始め、小鳩君はとうとう本格的に推理を巡らし始める。
 シリーズ第三弾。
■感想
 最近の小学生は「目立つ」ことを恐れるそうだ。
 「目立つといじめられる」という図式が出来上がってしまった現代の
 学校社会。小鳩くんと小山内さんも「目立たないように」
 「小市民的に」生きようと努力する。「普通に生きよう」と意識して
 行動するあたりに主人公たちの思春期特有の「有能感」が感じられるし、
 そこがまた、「彼らの普通さ」を表している気がする。
 「目立っても得になることなどない」と思う気持ちと「でも、自分には
 こんな能力がある」と誇示したくなる気持ち。その二点間を小鳩君は
 不安定に揺れ動く。
 一方、小山内さんは、小鳩君ほど揺れ動くことなく、自分自身と
 決着をつけ、自分らしい生き方を模索し始める。
 主軸はあくまでも主要人物ふたりであり、連続放火事件は
 サイドストーリ。しかし、そのサイドストーリにふたりと小山内さんの
 年下の彼が関わり、三人の関係に大きく影響を及ぼし始める。
 クライマックスに私は爽快なきもちを抱いたが、よくよく考えると、
 思春期の男性には非常に酷な展開だと思う。それでも、私はその展開に
 不愉快な気持ちは抱かなかった。
 それが「女性の持つ残酷さ」なのかもしれない。
 前作で袂を分かちあったふたりが再び、共に生きることを選択する
 ラスト。次作ではおそらく高校卒業。いよいよこのふたりともお別れ
 なのかと思うと少しさびしい。

88.無名
■内容
 一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。そんな父が
 ある夏の終わりに脳出血のため入院した。混濁してゆく意識、
 肺炎の併発、抗生物質の投与、そして在宅看護。病床の父を
 見守りながら、息子は無数の記憶を掘り起こし、その無名の人生の
 軌跡を辿る。
■感想
 尊敬している父親が入院をきっかけに弱っていく様子を、作者は
 感情をおさえた文章で静かに書き記す。数奇な運命を経て「有名」
 になり得なかった父親の人生に思いを馳せる作者。ベッド脇で
 父親と過ごす夜、彼は父親が残したいくつかの俳句を丁寧に読み解き、
 彼の「生き方」や「美学」に思いをはせる。
 弱っていく父親の様子が克明に描写され、その姿と私の祖父や
 祖母の姿が重なった。
 私の祖父は倒れて病院に運ばれ、そのまま意識が戻ることなく
 半年間を病院で過ごした。祖父を看取った祖母は今、入院と在宅での
 看護を繰り返している。作品内でも描かれていたが、入院生活による
 行動範囲の狭まりは、確実に意識の混濁を引き起こす。
 高齢者にとって、意識の混濁は、その後に訪れるであろう「痴呆」
 を指し示す。しかし、現代の日本では、在宅介護が家族に及ぼす
 影響は大きく、介護を受ける本人も子供たちとの同居を望まないこと
 が多い。私の祖母も「ひとりぐらし」を望み続けるひとりだ。
 だからこそ、作者の祖父が在宅看護を始めようとした矢先に
 息を引き取ったとき、子供たちが「家族には迷惑をかけない、
 という父親なりの決意なのかもしれない」と受け止めた点に共感できた。
 高齢者にとって、「生きる」こと、「穏やかに死を迎える」こと、
 そして「死が訪れるその瞬間まで生きることへの熱意を持ち続ける」
 ことは非常に難しいのだと思う。
 「無名」のまま、地位にもお金にも権力にも何の執着を見せずに
 生き続け、穏やかに亡くなった作者の父親の人生は、彼なりの
 人生哲学を貫いた、という点でとても幸せな人生だったのだと思う。
 彼の選ぶ言葉には、彼の飾らない人柄がよく表れていると感じた。


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