
赤道は地球の北半球と南半球を分ける線であることは皆さんご存知だと思う。
小学校の時のことである。
ゆきたんくにとって外国がまだまだ遠い存在で、一生の内に一度でいいから行って見たいと思っていたころのことである。また、その時の外国の名前と言ったらアメリカしか知らなかった。
クラスの中に夏休みを利用して外国に行ったA君がいた。
1964年(昭和39年)海外旅行が自由化されて、まだ5、6年の頃のことである。小学校3年か、4年だったと思う。
そして誕生日に地球儀を買ってもらったB君も混じって話をしていた。
A「そうそう、飛行機の窓からさ赤道を見たんだよ。」
B「地球儀では赤い線が引いてあったよ。」
ゆ「どうだった?」
A「海の上にさ、赤い線が見えるんだよ、きっとあそこは熱いんだよ。」
B「へぇー、地球儀と同じなんだ。」
ゆ「見てみたいなぁ。」
ざっかけない話の中に、こんな部分が混じっていたと思う。
無論、そんなことは在りえないのだけれど、その時は素直に「信じていたと思う。」何しろ外国に行ったこともなければ、飛行機に乗ったこともなかったのだから…
子供って面白いことを言うし、それを信じてしまうし、頭が柔らかいのだと思う。
年末から年始にかけてインドネシアに行ったことは、ずいぶん記事にした。
行きの飛行機の中でモニターを見ながら現在地の確認をしていた時に、生まれて初めて赤道を越えるのだと意識した。35年以上前の友達との会話が蘇ったのはその時のことである。
モニターを見て、赤道の上を通過する時にカメラのシャッターを切った。
赤い線は写っていなかったが、上空10万mから見える青い地球がきれいに写ったのだ。この景色にとっては、赤道も国境も人間が作った夾雑物に過ぎないのである。
小学校の時のことである。
ゆきたんくにとって外国がまだまだ遠い存在で、一生の内に一度でいいから行って見たいと思っていたころのことである。また、その時の外国の名前と言ったらアメリカしか知らなかった。
クラスの中に夏休みを利用して外国に行ったA君がいた。
1964年(昭和39年)海外旅行が自由化されて、まだ5、6年の頃のことである。小学校3年か、4年だったと思う。
そして誕生日に地球儀を買ってもらったB君も混じって話をしていた。
A「そうそう、飛行機の窓からさ赤道を見たんだよ。」
B「地球儀では赤い線が引いてあったよ。」
ゆ「どうだった?」
A「海の上にさ、赤い線が見えるんだよ、きっとあそこは熱いんだよ。」
B「へぇー、地球儀と同じなんだ。」
ゆ「見てみたいなぁ。」
ざっかけない話の中に、こんな部分が混じっていたと思う。
無論、そんなことは在りえないのだけれど、その時は素直に「信じていたと思う。」何しろ外国に行ったこともなければ、飛行機に乗ったこともなかったのだから…
子供って面白いことを言うし、それを信じてしまうし、頭が柔らかいのだと思う。
年末から年始にかけてインドネシアに行ったことは、ずいぶん記事にした。
行きの飛行機の中でモニターを見ながら現在地の確認をしていた時に、生まれて初めて赤道を越えるのだと意識した。35年以上前の友達との会話が蘇ったのはその時のことである。
モニターを見て、赤道の上を通過する時にカメラのシャッターを切った。
赤い線は写っていなかったが、上空10万mから見える青い地球がきれいに写ったのだ。この景色にとっては、赤道も国境も人間が作った夾雑物に過ぎないのである。
地球儀に引かれたライン、赤道とか、日付変更線とか、国境とか。
そういうひとつの線を越える毎に、なにか(ってなんだと言われても困るけど)を達成した不思議な気持ちになりますね(ぼくだけかな?)。
でも、そんなラインも人間が便宜上で作ったほんの仕切り線なんですよねー。
赤道超えたときよりも、初めて陸路で国境超えたときの方が感激したなぁ。
そう、飛行機の中でドキドキしていました。
本当に、何かを達成したかのような気分になりました。そして南半球で見える星座の代表選手、「南十字星」が見たかった。ジャカルタは大気汚染がひどく、雨季ということもあって星は見えませんでした。ジョグジャカルタでは見えたそうですが、自分は見忘れていました。残念…。
陸路で国境ですか。かっこいいなあ。一度に2つの国に立つことができますね。