小学校の時に好きだった、原色学習図解百科事典。
1~8巻はあ~ん、9巻が「楽しい音楽と鑑賞」、10巻が「新しい造形と美術」という構成になっている。
小学校3年生のゆきたんくである。
9巻、10巻のタイトルなんて読めない・・・
ただ、9巻はEPレコードが9枚(だったかな?)と、冊子が一冊ついていた。
それを初めて開いた時に目に入った写真がこれである。
オーストリアにあるハイドンの生家である。
オーストリアとオーストラリアの区別もつかず、「生家」の読みかたも意味も知らない小学生だった。
写真を見て最初に思ったことが、「ここに行きたい。」だった。
そして自分自身で、ターンテーブル(当時はレコードプレーヤーと呼んでいた)を用いて聞いた音楽もハイドンのセレナーデだった。
学校が休みの日には、レコードをよく聞いていた。
気に入ったは、ハイドン、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンだった。
それから、次の興味が出てしばらく音楽から離れることになる。
高等学校で再び音楽に興味が出るが、それはプログレッシブロックであった。
社会人になり結婚し子どもも大きくなって落ち着いた時、かつての自分の夢を思い出した。
順番は逆になったが、高校の時から好きだったアーティストの縁の地は訪ねた。
まだまだ宿題もあるのだが、まず行きたかったのが、「ハイドンの生家」そして、「モーツァルトの生家」、調べたかったのが、デュッセルドルフにあるシューマンハウスから身を投げたライン川までの道のり・・・
上の3番目の夢は2015年に果たすことができた。まあ、正確かどうかは分からないが、このコースしかないだろうという所を自分なりに見つけたということだ。
さて、「ハイドンの生家」だ。
オーストリアのウィーンから車で45分東に走る。
スロバキアの首都、ブラチスラバまで17kmという国の外れである。
「ローラウ」という牧場の中にあるのんびりした町に「ハイドンの生家」はある。
ついに来た、「ローラウ」
この歳になって、久しぶりにわくわくした。
なんと54年間の夢が叶ったのである。
2020年3月で、いったん仕事を辞していたゆきたんくは、7月にここに来る予定を入れていた。しかし、かのコロナ禍で断念せざるを得なかった。
ここに来たかったきっかけの写真は、「ハイドンの生家」の中庭である。
あの風景を見たかったのである。
ここは博物館になっている。彼が使ったであろう弦楽器。
もちろん、ピアノやチェンバロも展示されていた。
楽譜の展示もあった。
日常の生活がうかがえる部屋もあった。
小さなコンサートホールもあった。
そして肝心の中庭である。
「うん、ここだ。」半円形のピロティは今ではドアが設けられている。ブドウ棚、木製井戸は気が新しかったが形はそのまま、と石でできたシンクというのかな。それも当時のもののようだ。
夢が果たせるというのは良いものだが、欲張りのゆきたんく。
自らの人生だけでは、時間が足りないような気がしている。
しかし、この中庭に一歩踏み出した時の感動は素晴らしかった。