秀明記(syuumeiki)

着物デザイナーが日々感じたこと、
全国旅(催事)で出会った人たちとのエピソードなど・・・
つれずれなるままに。

メンコの思い出。

2009年10月05日 07時17分17秒 | Weblog
メンコに夢中になっていた世代は幾つくらいまでなんだろう?

今の20~30代では考えられないし、40代もすでにインベーダーゲームなどが
出回り始めていただろうし、やはり50代以上になるんでしょうかね。

私たちの世代、「めんこ」と「ビー玉」によって、

「世の中というものは、欲するものは我が力で奪い取るモノナリ」

という原則に出合った最初の体験かも知れません。
(これは男性に限りますけど。また、地方によっては「べー駒」もありますね。)

メンコ争奪戦によって鍛えられたガキどもは、あるものは受験戦争のレースへ、
またあるものは実力主義の実社会の荒海へ乗り出して行く。

ちょっとオーバーか・・・・。

でも、メンコの取り合いには学力も家柄も関係ありませんから、力のあるものが、
より多くの報酬を得るってのはイチガイに悪いとは言えないと思います、ワタクシ。

まぁ、子供にギャンブル的資質を植え込んでしまう、という障害はあるかも知れ
ないけど、「ゆとり教育」なんてユルイこと言ってる社会よりは健全?かも。

そういえば、野村監督の実家は京都府の丹後なんですけど、家業は農家です。あの
あたりでそこそこ裕福な家は「機織」(今はダメですけど)か「漁業」を営む家。

あまり裕福でなかった「ノムさん」は近所のガキどものメンコを、腕一本で巻き上げ
てたそうです。これは丹後峰山出身の人に聞いたんですけどね。

その良否を問うのはエライ人たちにお任せしとくとして、このメンコってのは、
ただ腕力があるだけでは勝ち続けることはできません。

そこに創意工夫が必要であります。

例えば、四辺をブロックなどにこすりつけて、少し厚みを増しておく。これで地面
に打ち付けた時、相手のメンコに対する風圧が強くなるわけ。

また、めくられないように、自分のメンコにロウを塗ったり、油をしみ込ませたり
するのもテクニックの一つです。

なかには、一枚のメンコを二枚に剥いで、中に重しになる紙を加えて、再び貼り合わす、
といった、「お前は表具師か」ってくらいの反則ぎりぎりの手を使うヤツもいましたね。

そうやって手塩をかけて製作した一番のお気に入りを私たちは「てっしん」とよんでました。

語源は不明ですけど、上の世代からずっとそう呼ばれていました。

隣の町内からやって来た凄腕のガキに次々と我がメンコがめくられ、奪われていき
、最後に残った「てっしん」まで取られた日にゃ、晩飯も喉を通りませんでしたョ。
(すんません、嘘つきました。晩飯はしっかり食べてました。)

そして翌日、さらに創意工夫を加えた「てっしん」を持って隣街へリターンマッチ。

路地に入ると、ペッタン、ベッタンとメンコの音が聞こえてた、あの昭和。
とお~い昔話の世界になっちゃいました。