風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風のことば

2010年04月29日 | 詩集「風のことば」
Jizou2


西へと
みじかい眠りを繋ぎながら
渦潮の海をわたって
風のくにへ


古い記憶をなぞるように
山はいつも寝そべっている
近づくと
つぎつぎに隠れてしまう


活火山は豊かな鋭角で
休火山はやさしい放物線で
とおい風の声を
伝えてくる


空は雲のためにあった
夏の一日をかけて
雲はひたすら膨らみつづけ
やがて空になった

風のくにでは
生者よりも死者のほうが多い
明るすぎる山の尾根で
父もまた眠っている


迎え火を焚いて
家の中が賑やかになった
誰かに伝えられなかった言葉はないかと
下戸の仏と酒をのむ


声が遠いと母がぼやいている
耳の中に豆粒が入ってしもうたと
同じことばかり言うので
子供らも耳の中に豆粒を入れた


ひぐらしの声で一日が明けて
ひぐらしの声で一日が暮れた
翅はかなしく透きとおり
せみの腹は空っぽだった


風に運ばれて
ぼくは夏草の中へ
草はそよいで
ぼくの中で風になった


風には言葉がなかった
言葉にならないものばかりが吹き過ぎた
風を追って
ぼくの中の言葉をさがした


洞窟の隠れキリシタンのように
とつとつと言葉を風におくる
ゼウスのように
風も姿がなかった


送り火を焚くと
ひとつだけ夏が終る
耳の中の豆粒を取り出すと
母の読経が聞こえた


きょうは目が痛いと母が言う
きのうは眩暈がし
おとといは便秘じゃった
薬が多すぎて配分がわからない


母の目薬はさがしてやれないまま
いくつもトンネルをくぐり抜けたあとに
ぼくはまた船に乗る
とうとう風の言葉は聞けなかった



(2008)


この記事についてブログを書く
« 風の中をあるく | トップ | ソーダ水 »
最新の画像もっと見る

詩集「風のことば」」カテゴリの最新記事