風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

朝霧の中から蘇生してくる

2022年06月05日 | 「詩エッセイ2022」




雨が上がったあとの ひんやりと湿った風が 運んでくる匂い 水のにおいかな 葉っぱのにおいかな 木肌のにおいかな それとも地面から土の いや根っこのにおい などなどの匂いが 新鮮なようで古くて 濡れたままの記憶の ずっとずっと遠いところ まだ夜明け前の霧が だだっ広い草原を駆け上ってきて 開け放った病室のドアから 波のように押し入ってくるのを じっと横たわったままで 動けない体と頭の端で 待ちわびていた朝は きのうの朝よりはやさしく 脈拍も静かに打ちはじめて 重たい霧の呼吸も軽くなって 溺れることも 溺れるがままに 受け止められる体の力を 取り戻していくのが とても小さな喜びで 溺れながら生きている耳に ふとチイちゃんの声が 霧の中に混じっていて 約束どおり来てくれたかと 期待して待ったが まよっているのか ためらっているのか 姿は見えず声だけで チイちゃんは現れなかったから あれは小鳥の声だったのかもと 僕の方こそ霧の中で 迷妄の泳ぎを続けていて じれったいがどうすることも どう呼びかけることも 捕まえることも出来ずに やがて消えてしまう霧と 息だけで触れあっていると ますます暗中模索五里霧中 不吉な予感がすると言った あの彼女の言葉は何を 何故だったのかと 言葉ばかりを追っても くりかえす言葉からは 何も生まれてはこなくて 霧の中を彷徨うばかり 彼女の予感の中で 消えてしまったもの そんな時を確認しようとしては 少しづつ後悔の湿りを 晴らそうとする今は 北側の窓にも朝はやい 6月の光が射してきて 迷っていたのは霧が 霧の深さのせいだと 曖昧なままで打ち消そうとするが 不吉な予感はあの時に 猫が車に跳ねられて死に 脇からの女の人の悲鳴に 驚いた彼女の帰り道が 暗くなってしまったから あの道をふたたび 戻ることができなくなって もう呼び戻すこともとても 不可能な6月の朝は どんどん明るくなるから この明かりの中にすべてを フェードアウトしよう それにしても幾度 フェードしてアウト すればいいのやら 


 






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