風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

はらをきるハラキリ腹を切った

2021年12月29日 | 「新エッセイ集2021」

 

オシッコが出えへんでも 心配せんかてええよ 管通したるよって 夜勤のナースのやさしい声 ええっええっ やさしいけれど怖いやんか それって詰まってるところ管通す ってことちゃうの そこって出口専用なのに 逆走するなんて道理に反する 腹は切っても さらに痛いのはご免こうむる 武士は食わねどなんとか そこは弱気の虫がオシッコちびる場面 とはいかず 食うも食わぬも ムスコはだんまり しゃあない奮い立つしかおへん ベッド脇の尿瓶を引き寄せて 寝ぼけたムスコを差し入れる なんかわびしい いったい何をしているんやら 腹の傷も痛いがオシッコも出したい なんと哀れな姿ではおます でも管を入れられるよりはええか 真夜中にひとり悩んでいると ムスコもよほどの哀れさに耐えきれず ふと一滴の涙をこぼす そして一滴はやがて数滴に それが希望の涙となって 水もれの如くちょろちょろと あとは出るは出るは溢れる涙 ムスコよ自力で貫通よくやった ふたたび見回りに現れたナースに オシッコ出たっと勝鬨の声発す まだ生温い尿瓶は 恥ずかし彼女の手にとられ また呼んでねと言われたが その言葉この場では 職務上の言葉だとは 思うけど思えず どんな言葉もやさしくて ついつい甘えてその夜は 溢れる涙の壺を4回も 白衣の天使に運ばせた

 


ひかりの旅

 

 

 

 

 

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