風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

足の指はほぼ深海魚だった

2022年01月05日 | 「詩エッセイ集2022」




左足の指先がかすかに動いた 昼から夜へしばらくは 腰から下が魚になった 半人間で麻酔の海に沈んだまま やっと尾びれの端から 足の指先が覗いたような 指の先に自分の分身が垣間見えて 低い声で応えようとしているが その声はまだ深い水の底にあり 不安な深海魚は眠りつづけ 指だけが泳いでいる その指を動かしてみる たしかに指がある 脳から一番遠いところに あるものがそこにある 足の先からゆっくりと 自分の体を取り戻している 魚からヒトへ 鱗の不安が剥がれていく 右足はまだ指の先も感覚がない 左足は踝まで動くようになっている そのあと膝も動いて曲がった 遅れて右足の指先も応えはじめた 指の先でもがいてみる 失われたものを取り戻していく 半身は水の上だが まだ半身は水の中にある いまは水の中を漂っているが これなら痺れた鱗を剥がしながら そのうち海面に浮き上がれるか 不明なままで待っている ゆっくりだが待つしかない 左足は太腿まで 来るものがやって来た 右足は足首まで 待っていたものがやっと来た この左右遅速の差は 腹部の傷口が右寄りにあるからか そこに痛みはないが 無いところに無いものを探っても 無いものはまだ無い その無いところに有るものが だんだん浸食してくれば 両足が自分のものになって もう泳がなくても歩けるはずだ だが要の腰がまだ戻ってこず 体の中心が動かない 臀部に触ってみる 睾丸に触ってみる ペニスに触ってみる どれも無情に応答がない ああ無情 出るものが出なくなったら 出口はなんのための出口なのか まる一日絶食のあとで コップ一杯の水をもらう 至福のおいしさが沁みわたる 水となって水から脱出し 水はやがて血となるか 入ってくるものは入れたい 出せるものは出したい 兎にも角にも 水よりも血となって 流れとなって足となって 生きることを生きたいものだ




鳥鳴き魚の目は泪



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