風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

冬の風は歌を知らなかった

2021年11月15日 | 「新エッセイ集2021」

 

風が吹いている 雲が重そうに流れている 鳥も吹かれて飛んでいく 枯葉がはしる音がする マスクを外すと 冬の匂いがする なにかを運んでくるのは 何か 重そうだが軽いもの 土俵の櫓だけが残っていた 小学校の校庭の端っこの 土手の枯草にすわって 日向ぼっこをしていた頃 晴れたり曇ったりの 雲のいたずら 太陽を隠してやろうか すこしだけ出してやろうかとか 冬の日差しはそんなもので わずかな温もりを かじかんだ手で取り合っていた 喧嘩でもなく遊びでもなく ドウクリなんて言ったかな 漢字で書けば胴繰りかな 子犬のようにじゃれ合ったり 木造校舎の 吹きっさらしの廊下の 教室の古いオルガンは 板の重いペダルを踏んでも 音が出たり出なかったり 風は歌を知らないのか それとも風そのものが歌なのか やたら廊下を走り回っていたのは 風だったか風の子だったか 銀杏の葉っぱを輝かし 銀杏の葉っぱをさんざん散らし 少年老い易く学成り難し パン屋のマエダくんも 材木屋のヒロ坊も 心に太陽をもったまま みんな何処かへ行ってしまった 霜柱の道はもう無いけれど タロウもジョンも居ないけれど いつかの朝は いつもやって来る そしてときどきは マエダくんもヒロ坊もやって来る 少年のままの野球帽をかぶって 寒そうに襟を立てて 風に吹かれながら そのまま風と共に去りぬ なんだかなあ 今朝の風は干し柿の あのワラの匂いもするなあ 深くて大きな米櫃の底に おばあちゃんの内緒の熟柿が とろりと甘くて冷やっこくて あの家の北側の棚に ぽつんと残されていた 土人形の冷たい記憶なんか いつから其処にそのまんま 置かれたまんま だったのか いまは誰も知らない






 


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