風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

小さな旅立ち

2018年03月23日 | 「新エッセイ集2018」

 

見過ごしてしまうところだった。
眼を凝らさないとわからないほどの、小さいが凄まじい蠢きがおきていた。
ベランダの蛾の卵が孵ったのだ。

幼虫があまりに小さいので、虫メガネを通して見ないとわからない。
鉛筆で点を打ったような小さなものが、無数に見えない糸を引いてぶら下がり、風に吹かれて揺れている。よく見ると、点の幼虫はくの字になったり、しの字になったりしてくねっている。
強い風が吹いてくると、点の一団はどこかへ吹き飛ばされてしまう。するとまた、つぎの一団が降下部隊のように下りてくる。
そのようにして、小さな生き物の旅立ちが2日間つづいた。

風に飛ばされた幼虫はどこへ行くのだろうか。
どこかの草の上か土の中へ落ちて、鳥や虫に食われたりしながら、幾匹かは生き残るのだろうか。風まかせの旅立ちのすえに、翅の形を得て、やがて再び風にのる日がくるのだろうか。
ゴミのように小さな命の、あてどない行く末を思っている。

桜も咲きはじめた。虫も人も旅立ちの春だ。
いつかの春、ぼくもゴミのように旅立ったひとりだ。ゴミのように生きて、いまもまだゴミのままだ。
蛾という漢字は虫と我が合体したものにみえる。虫が我に返ったとき蛾になるのだろうか、などとこじつけてみる。ぼくもまた、もういちどゴミの中に我を探してみよう。春だから、できるならば新しく生まれてみたい。
いまは風まかせの小さな蛾の幼虫が、自らの意思で風にのる。そんな季節が始まっている。そのさきは風の物語だ。

 


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4 コメント

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ご無沙汰してます (つゆ)
2018-03-23 13:09:13
こんにちは〜
我が身を振り返るような、
人間もはかないと思わせるような、
それでいて、
それでいいのだ、
と思えるような詩でした。
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Unknown (ムベ)
2018-03-23 17:24:25
ありがとうございます。
次々と、風に行く手を任せて旅立つ命の頼りなさと同時に、
潔さよさにも心を揺さぶられました。

お写真のヒイラギナンテンから、あま~い香りが漂ってくるようです。
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Unknown (yo-yo)
2018-03-23 19:53:24
つゆさん
コメント、ありがとうございます。
生き物はみんな、大きいものも小さいものも、
それぞれの命を生きているんですね。
消えそうで点のような小さな幼虫が、
細い糸にぶら下がっている。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を想いました。

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揺れる命に (yo-yo)
2018-03-23 20:01:00
ムベさん
コメント、ありがとうございます。
ヒイラギナンテンのあま~い香り、届きましたか。
いろいろな花がいっせいに咲きはじめましたね。
たしかに、塵のような虫の命が風に揺れている様子には、こちらの心も揺れました。揺さぶられました。
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