風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

星の神さま

2018年12月25日 | 「新エッセイ集2018」

 

まわりでは夜が明るすぎて、星は光を失ってしまったままだ。
そんな中に、偶然ひとつの星を見つけたようなものだったかもしれない。
ごく最近のこと、近くの図書館でだった。
山尾三省、それは初めて目にした名前ではなくて、いつかどこかで会ったことがある、かなり昔の友人に出会ったような邂逅だった。ぼくの記憶の本棚の中の、ずっと古いところに埃をかぶったまま置かれてあった、そんな懐かしい本の名前を見つけたようだった。

彼はかなりの先輩だったと思うが、いくどかサークルの部室で会ったことがあり、名前と顔だけは知っていた。たしか彼はその頃は小説を書いていた。大学の文学同人誌に載っていた暗くて難解な彼の小説をぼくは理解できず、そのことで彼との間には近づきにくい距離を感じていた。
いちどだけデモに誘われて同行したことがあった。そのときは、早稲田から代々木だったか四谷だったかまで歩いたのだが、途中、彼とどんな話をしたか、あるいは何も話さなかったのか、まったく記憶がない。
その後、ぼくは病気をして東京を離れ、文学の環境からも疎遠になっていった。だから、彼のその後の動向については、まったく知らなかった。

ぼくは早速、図書館にあった山尾三省の本を借り出して読んだ。
年譜によると、彼は1977年に一家で屋久島に移住し、それから2001年に63歳で亡くなるまで、ずっと島での生活を続けたようだった。屋久島の原生林や海や風と向き合いながら、哲学的宗教的な思考を深めていったようだ。
彼は書いている。
「ある種の岩なり草なり木達が、実際に声を放って語りかけてくるわけではない。草や木達、特に寡黙な岩がなにごとかをささやきはじめるのは、こちらの気持が人間や自我であることを放棄してその対象に属しはじめる瞬間においてのことであり、実際にはこちらの胸におのずから湧き起こるこちらの言葉として、それはささやかれるのである」(『森羅万象の中へ』)。
「ぼく達は、そのような岩達の無言の声に導かれて、なぜかは知らぬが、より深い生命の原点と感じられる世界へとおのずから踏み入っていくのである」と。

そのようにして、森羅万象の中から三省が見つけ出したものこそ神だった。彼はそれを、カミと表現した。
「太古以来、地上のすべての民族がカミを持ちつづけてきたのは、カミというものが「意識」にとって最終の智慧であり、科学でもあったからにほかならない」。
人間とは、とても弱い生きものなのだ。
「「意識」に支配されている人間という生きものは、自分の根というものを持たないと、深く生きることも安心して死ぬこともできない特殊な生きものである」と。
彼にとっては、彼が焚きつける五右衛門風呂の焚き口で燃える火もカミであった。「火というカミは、教義や教条を持たない。また教会も寺院も持たない」。
彼のカミとは、そのような神だった。

やがて三省の意識は、銀河系や太陽系の宇宙へと広がっていく。
彼は夜空の星座に向かって、「あなたがぼくの星ですか」と問いつづける。

    夜も昼も絶えず
    春も秋も絶えることのない 雨のような銀色の光がある
    母が逝き
    その年が明けて
    世界孤独という言葉をはじめて持った時に
    その光が はじめてわたくしに届いた

                   (詩集『祈り』から)

彼は死の間際になって、彼の意識が還っていける、母星ともいえる自分の星を見つけることができた。自分そのものでもある星を持つことができたのだった。それは彼の究極の「星遊び」(沖縄の言葉)でもあった。
彼は星の輝きに永遠なるものを見たことを確信する。
「星は、眼で見ることのできる永劫である。この森羅万象は、永劫から生まれて永劫に還る森羅万象であるが、星はその永劫そのものをぼく達にじかに光として見せてくれるのである」と。

そんな三省が永劫の星となって、かなりの年月が過ぎたことになる。彼の星に出会うのが、ぼくは遅すぎたかもしれない。
彼は、祈っている自分自身の状態がいちばん好きであると、詩の中で書いている。

    僕が いちばん好きな僕の状態は
    祈っている 僕である
    両掌を合わせ
    より深く より高いものに
    かなしく光りつつ祈っている時である

そのように、かなしく光る星は、今どこで輝いているのだろう。

 

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2 コメント

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自分のなかへ (つゆ)
2018-12-25 09:53:25
どんどん入りこんでいった人なのですね。詩人として、孤高の存在でいられる時代に生きた彼は、幸せな人でしたね。
焦点が違っていたら、ごめんなさい。
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星にまで (yo-yo)
2018-12-26 09:48:42
つゆさん
毎度コメントをいただき、ありがとうございます。

どんどん入りこんで、最後は星にまで至ったんですね。
神の宇宙を旅した詩人とも言えるでしょうか。

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