万葉短歌-悠山人編

万葉短歌…万葉集全4516歌(長短)のうち、短歌をすべてJPG&TXTで紹介する。→日本初!

万葉短歌1786 み越道の1630

2015年06月30日 | 万葉短歌

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万葉短歌1786 み越道の1630

み越道の 雪降る山を 越えむ日は
留まれる我れを 懸けて偲はせ  笠金村

1630     万葉短歌1786 ShuE203 2015-0630-man1786

みこしぢの ゆきふるやまを こえむひは
 とまれるわれを かけてしのはせ

笠金村(かさの かなむら)=原文は無記名。09-1789 左注による。02-0231、03-0364歌参照。
【編者注】題詞は「反歌」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第21首。前歌(長歌)の題詞読下しは、「神亀五年戊申(つちのえたつ)の秋の八月の歌一首 并せて短歌」。合せて女歌に擬す。
【訓注】み越道(みこしぢ=三越道)[北陸道(ほくろくだう)、福井・石川・富山・新潟]。雪降る山(ゆきふるやま=雪零山)。留まれる我れを(とまれるわれを=留有吾乎)。偲はせ(しのはせ=小竹葉背)。


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万葉短歌1784 海神の1629

2015年06月29日 | 万葉短歌

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万葉短歌1784 海神の1629

海神の いづれの神を 祈らばか
行くさも来さも 船の早けむ  

1629     万葉短歌1784 ShuE201 2015-0629-man1784

わたつみの いづれのかみを いのらばか
 ゆくさもこさも ふねのはやけむ

=未詳。
【編者注】題詞は「贈入唐使(にふたうし)歌一首」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第19首。左注に、「右一首渡海年紀未詳」。
【訓注】海神(わたつみ=海若)[下記注]。行くさも来さも(ゆくさもこさも=徃方毛来方毛)[03-0281(徃左来左=ゆくさくさ)]。船(ふね=舶)。
【編者注-わたつみ】原文表記「海神」は 07-1301、-1302、-1303、16-3797(長)。「海若」は 03-0327、-0388、09-1740(2か所)、-1784、12-3079、-3080。


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万葉短歌1783 松反り1628

2015年06月28日 | 万葉短歌

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万葉短歌1783 松反り1628

松反り しひてあれやは 三栗の
中上り来ぬ 麻呂といふ奴  柿本人麻呂妻

1628     万葉短歌1783 ShuE198 2015-0628-man1783

まつがへり しひてあれやは みつぐりの
 なかのぼりこぬ まろといふやつこ

柿本人麻呂妻(かきのもとの ひとまろの つま)=原文は無記名。左注に、「右二首柿本朝臣人麻呂歌集中出」。異本歌集らしい。「一七八三のうまさは人麻呂のものと見るのが無難であろう。」
【編者注】題詞は「妻和(こたふる)歌一首」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第18首。
【訓注】松反り(まつがへり=松反)[下記注]。しひて(四臂而)[「<しふ>は四段動詞。身体に障害がある意。」]。三栗の(みつぐりの=三栗)[09-1745]。中上り(なかあがり=中上)[地方出向官僚の一時帰京・中間報告]。麻呂といふ奴(まろといふやつこ=麻呂等言八子)[夫というものは]。
【依拠本注-松反り】鷹が戻るべき手許に戻らずに高い松の木に返る意の鷹詞(たかことば)か(…)。」


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万葉短歌1782 雪こそば1627

2015年06月27日 | 万葉短歌

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万葉短歌1782 雪こそば1627

雪こそば 春日消ゆらめ 心さへ
消え失せたれや 言も通はぬ  柿本人麻呂

1627     万葉短歌1782 ShuE198 2015-0627-man1782

ゆきこそば はるひきゆらめ こころさへ
 きえうせたれや こともかよはぬ

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文は無記名。次歌左注による。01-0030歌参照。
【編者注】題詞は「与妻歌一首」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第17首。
【訓注】春日(はるひ)。心(こころ)。言(こと)。


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万葉短歌1781 海つ道の1626

2015年06月26日 | 万葉短歌

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万葉短歌1781 海つ道の1626

海つ道の なぎなむ時も 渡らなむ
かく立つ波に 船出すべしや  高橋虫麻呂

1626     万葉短歌1781 ShuE195 2015-0626-man1781

うみつぢの なぎなむときも わたらなむ
 かくたつなみに ふなですべしや

高橋虫麻呂(たかはしの むしまろ)=原文は無記名。06-0972歌参照。
【編者注】題詞は「反歌」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第16首。前歌1780(長歌)の題詞読下しは、「鹿島の郡(こほり)[茨城県旧鹿島郡、現鹿嶋市・神栖市・鉾田市]の刈野(かるの)[神栖市神之池(ごうのいけ)辺]の橋にして、大伴卿(まへつきみ)[旅人?]と別るる歌一首 并せて短歌」。左注読下しに、「右の二首は、高橋連虫麻呂が歌集に出づ。」
【訓注】海つ道(うみつぢ=海津路)。なぎなむ(名木名六)。船出(ふなで)。
【編者注-漢数字】漢数字多用の一首。二(に)、六(む、2か所)、七(な)、八(や)、九(く)。


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万葉短歌1779 命をし1625

2015年06月25日 | 万葉短歌

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万葉短歌1779 命をし1625

命をし ま幸くあらなむ 名欲山
岩踏み平し またまたも来む  藤井連

1625     万葉短歌1779 ShuE193 2015-0625-man1779

いのちをし まさきくあらなむ なほりやま
 いはふみならし またまたもこむ

藤井連(ふぢゐの むらじ)=未詳。葛井連大成[05-0820]?葛井連広成[06-0962]?
【編者注】前歌への答歌。題詞読下しは、「藤井連が和(こた)ふる歌」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第14首。
【訓注】命をし(いのちをし=命乎志)。ま幸くあらなむ(まさきくあらなむ=麻勢久可願)。またまたも(復亦毛)。


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万葉短歌1778 明日よりは1624

2015年06月24日 | 万葉短歌

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万葉短歌1778 明日よりは1624

明日よりは 我れは恋ひむな 名欲山
岩踏み平し 君が越え去なば  娘子

1624     万葉短歌1778 ShuE192 2015-0624-man1778

あすよりは あれはこひむな なほりやま
 いはふみならし きみがこえいなば

娘子(をとめ)=未詳。「土地の女性。遊行女婦であろう。」
【編者注】題詞読下しは、「藤井連(ふぢゐの むらじ)、遷任して京に上る時に、娘子が贈る歌」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第13首。
【訓注】明日よりは(あすよりは=従明日者)。我れは恋ひむな(あれはこひむな=吾波孤悲牟奈)。名欲山(なほりやま)[大分県木原山?]。


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万葉短歌1777 君なくは1623

2015年06月23日 | 万葉短歌

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万葉短歌1777 君なくは1623

君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる
黄楊の小櫛も 取らむとも思はず  播磨娘子

1623     万葉短歌1777 ShuE190 2015-0623-man1777

きみなくは なぞみよそはむ くしげなる
 つげのをぐしも とらむともおもはず

播磨娘子(はりまの をとめ)=未詳。
【編者注】「石川大夫、遷任して京に上る時に、播磨娘子が贈る歌二首」の第2首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第12首。
【訓注】君なくは(きみなくは=君無者)。なぞ(奈何)。櫛笥(くしげ=匣)。黄楊(つげ)。小櫛(をぐし=小梳)。


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万葉短歌1776 絶等寸の1622

2015年06月22日 | 万葉短歌

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万葉短歌1776 絶等寸の1622

絶等寸の 山の峰の上の 桜花
咲かむ春へは 君を偲はむ  播磨娘子

1622     万葉短歌1776 ShuE190 2015-0622-man1776

たゆらきの やまのをのへの さくらはな
 さかむはるへは きみをしのはむ

播磨娘子(はりまの をとめ)=未詳。「土地の遊行婦であろう。」
【編者注】題詞読下しは、「石川大夫(まへつきみ)、遷任して京に上る時に、播磨娘子が贈る歌二首」。その第1首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第11首。
【訓注】絶等寸(たゆら)[播磨国府(兵庫県姫路市)辺?]。峰(を=岑)。桜花(さくらはな)。君を偲はむ(きみをしのはむ=君乎将思)。石川大夫[03-0278歌作者?]。


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万葉短歌1775 泊瀬川1621

2015年06月21日 | 万葉短歌

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万葉短歌1775 泊瀬川1621

泊瀬川 夕渡り来て 我妹子が
家のかな門に 近づきにけり  柿本人麻呂

1621     万葉短歌1775 ShuE187 2015-0621-man1775

はつせがは ゆふわたりきて わぎもこが
  いへのかなとに ちかづきにけり

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文に作者名はなく、左注「右三首柿本朝臣人麻呂歌集之歌集出」による。
【編者注】「献舎人皇子歌二首」の第2首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第10首。
【訓注】泊瀬川(はつせがは=泊瀬河)。我妹子(わぎもこ=我妹児)。家のかな門(いへのかなと=家門)[04-0723、09-1739に「金門」表記]。近づきにけり(ちかづきにけり=近舂二家里)[「舂」表記は、ここと16-3886(2か所)の3か所だけ]。


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万葉短歌1774 たらちねの1620

2015年06月20日 | 万葉短歌

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万葉短歌1774 たらちねの1620

たらちねの 母の命の 言にあらば
年の緒長く 頼め過ぎむや  柿本人麻呂

1620     万葉短歌1774 ShuE187 2015-0620-man1774

たらちねの ははのみことの ことにあらば
  としのせながく たのめすぎむや

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文に作者名はなく、09-1775歌左注による。
【編者注】題詞は、「献舎人皇子歌二首」、その第1首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第9首。
【訓注】たらちねの(垂乳根乃)。言(こと)。


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万葉短歌1773 神なびの1619

2015年06月19日 | 万葉短歌

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万葉短歌1773 神なびの1619

神なびの 神依せ板に する杉の
思ひも過ぎず 恋の繁きに  柿本人麻呂

1619     万葉短歌1773 ShuE187 2015-0619-man1773

かむなびの かみよせいたに するすぎの
  おもひもすぎず こひのしげきに

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文に作者名はなく、09-1775歌左注による。
【編者注】題詞は、「献弓削皇子歌一首」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第8首。
【訓注】神なびの(かむなびの=神奈備)。神依せ板(かみよせいた=神依板)。恋の繁き(こひのしげき=恋之茂)。


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万葉短歌1772 後れ居て1618

2015年06月18日 | 万葉短歌

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万葉短歌1772 後れ居て1618

後れ居て 我れはや恋ひむ 印南野の
秋萩見つつ 去なむ子ゆゑに  阿倍大夫

1618     万葉短歌1772 ShuE186 2015-0618-man1772

おくれゐて あれはやこひむ いなみのの
  あきはぎみつつ いなむこゆゑに

阿倍大夫(あへの まへつきみ)=未詳。安倍広庭(あへの ひろには、03-0302歌)との説あり。
【編者注】題詞読下しは、「大神大夫、筑紫の国に任(ま)けらゆる時に、阿倍大夫が作る歌一首」。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第7首。
【訓注】我れはや(あれはや=吾者哉)。印南野(いなみの=稲見野)[兵庫県明石市から加古川辺の広野。06-0936(題)、-0940、07-1178、-1179]。秋萩(あきはぎ=秋芽子)。


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万葉短歌1771 後れ居て1617

2015年06月17日 | 万葉短歌

万葉短歌1771 後れ居て1617
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万葉短歌1771 後れ居て1617

後れ居て 我れはや恋ひむ 春霞
たなびく山を 君が越え去なば  

1617     万葉短歌1771 ShuE183 2015-0617-man1771

おくれゐて あれはやこひむ はるかすみ
  たなびくやまを きみがこえいなば

=未詳。
【編者注】「大神大夫、長門守に任けらゆる時に、三輪の川辺に集ひて宴する歌二首」の第2首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第6首。左注に、「右二首古歌集中出」。「前者が出で立つ夫の立場の歌、後者があとに残る妻の立場の歌」。
【訓注】我れはや(あれはや=吾波也)。春霞(はるかすみ)。たなびく山(たなびくやま=多奈妣久山)。


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万葉短歌1770 みもろの1616

2015年06月16日 | 万葉短歌

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万葉短歌1770 みもろの1616

みもろの 神の帯ばせる 泊瀬川
水脈し絶えずは 我れ忘れめや  三輪高市麻呂

1616     万葉短歌1770 ShuE183 2015-0616-man1770

みもろの かみのおばせる はつせがは
  みをしたえずは われわすれめや

三輪高市麻呂(みわの たけちまろ)=原文は「大神大夫(おほみわの まへつきみ)」。01-0044歌左注に「三輪朝臣高市麻呂」言及。「大宝二年(702)正月、従四位上で長門守。翌三年左京大夫に任ぜられ、慶雲三年(706)二月六日、(…)没。年五十。歌は1770が彼の詠であるならば、その一首のみ。」
【編者注】題詞読下しは、「大神大夫、長門守に任(ま)けらゆる時に、三輪の川辺(かはへ)に集ひて宴する歌二首」、その第1首。「相聞(09-1766~1794 二十九首)」の第5首。
【訓注】みもろの(三諸乃)。泊瀬川(はつせがは=泊瀬河)[奈良県桜井市三輪山麓の川]。水脈(みを=水尾)。我れ(われ=吾)。


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