万葉短歌-悠山人編

万葉短歌…万葉集全4516歌(長短)のうち、短歌をすべてJPG&TXTで紹介する。→日本初!

万葉短歌1029 河口の0930

2013年06月30日 | 万葉短歌

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万葉短歌1029 河口の0930

河口の 野辺に廬りて 夜の経れば
妹が手本し 思ほゆるかも  大伴家持

0930     万葉短歌1029 ShuC470 2013-0630-man1029

かはぐちの のへにいほりて よのふれば
  いもがたもとし おもほゆるかも
大伴家持(おほともの やかもち)=題詞原文には、「内舎人(うどねり)大伴宿祢(すくね)家持」。第403歌参照。
【編者注】題詞読下しは、「十二年庚辰(かのとたつ)[(天平12年、740年)]の冬の十月に、大宰少弐(だざいのせうに)藤原朝臣広嗣、謀反(みかどかたぶけ)むとして軍(いくさ)を発(おこ)すによりて、伊勢の国に幸(いでま)す時に、河口の行宮(かりみや)にして、内舎人大伴宿祢家持が作る歌一首」。
【訓注】河口(かはぐち)。野辺(のへ)。廬りて(いほりて=廬而)。夜の経れば(よのふれば=夜乃歴者)。妹(いも)。思ほゆる(おもほゆる=所念)。


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万葉短歌1028 ますらをの0929

2013年06月29日 | 万葉短歌

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万葉短歌1028 ますらをの0929

ますらをの 高円山に 迫めたれば
里に下り来る むざさびぞこれ  大伴坂上郎女

0929     万葉短歌1028 ShuC468 2013-0629-man1028

ますらをの たかまとやまに せめたれば
  さとにおりくる むざさびぞこれ
大伴坂上郎女(おほともの さかのうへの いらつめ)=第563歌参照。
【編者注】題詞詠み下しは、「十一年己卯(つちのとう)[(天平11年、739年)]に、天皇、高円(たかまと)の野に遊猟(みかり)したまふ時に、小(ちひ)さき獣都里(みやこ)に泄走(せっそう)す。ここにたまさかに勇士に逢ひ、生きながらにして獲らえぬ。すなはち、この獣をもちて御在所(いましところ)に献上(たてまつ)るに副ふる歌一首」。脚注に「獣の名は、俗に<むざさび>といふ」。さらに左注読下しに、「ただし、いまだ奏を経ずして小さき獣死斃(し)ぬ。これによりて歌を献(たてまつ)ること停(や)む。」と。
【訓注】ますらを(大夫)。高円山(たかまとやま)。むざさび(牟射佐)[=(偏)田+(旁)比][=牟射佐妣(題詞脚注)][=鼯鼠]。


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万葉短歌1027 橘の0928

2013年06月28日 | 万葉短歌

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万葉短歌1027 橘の0928

橘の 本に道踏む 八衢に
物をぞ思ふ 人に知らえず  豊島采女

0928     万葉短歌1027 ShuC461 2013-0628-man1027

たちばなの もとにみちふむ やちまたに
  ものをぞおもふ ひとにしらえず
豊島采女(としまの うねめ)=左注は、故豊島采女の作と右大弁高橋安麻呂卿(まへつきみ)が語る、ただし或る本は、三方沙弥が妻園臣(そののおみ)[(生羽=いくは)]に恋いて作った歌という、と記す。第1026歌参照。
【編者注】「秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴する歌四首」の第四首。
【訓注】橘の(たちばなの=橘)。道踏む(みちふむ=道履)。八衢(やちまた)。物(もの)。思ふ(おもふ=念)。


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万葉短歌1026 ももしきの0927

2013年06月27日 | 万葉短歌

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万葉短歌1026 ももしきの0927

ももしきの 大宮人は 今日もかも
暇をなみと 里に行かずあらむ  豊島采女

0927     万葉短歌1026 ShuC461 2013-0627-man1026

ももしきの おほみやびとは けふもかも 
  いとまをなみと さとにゆかずもあらむ

豊島采女(としまの うねめ)=左注に、故豊島采女の歌と右大臣が伝える、と。「武蔵国豊島出身の采女。…(或本三方沙阿)」(講談社版『万葉集事典』)ただし依拠本は、武蔵国豊島郡か摂津国豊島郡か未詳で、「采女自身の作ではあるまい」とする。
【編者注】「秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴する歌四首」の第三首。
【訓注】ももしき(百磯城)。今日(けふ)。暇(いとま)。里(さと)。


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万葉短歌1025 奥まへて0926

2013年06月26日 | 万葉短歌

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万葉短歌1025 奥まへて0926

奥まへて 我れを思へる 我が背子は
千年五百年 ありこせぬかも  橘諸兄

0926     万葉短歌1025 ShuC461 2013-0626-man1025

おくまへて われをおもへる わがせこは
  ちとせいほとせ ありこせぬかも
橘諸兄(たちばなの もろえ)=左注には、単に「右大臣」。「栗隈王孫、美努王の子(…)、母は県犬養東人の女三千代(…)。天平八年の賜姓以前は葛城王。(以下、略)」(講談社版「万葉集事典」、見出し語「橘宿祢諸兄」記事の冒頭。)
【編者注】「秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴する歌四首」の第二首。
【訓注】奥まへて(おくまへて=奥真経而)。我れを思へる(われをおもへる=吾乎念流)。我が背子(わがせこ=吾背子)。千年五百年(ちとせいほとせ=千歳五百歳)。ありこせぬ(有巨勢奴)。


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万葉短歌1024 長門なる0925

2013年06月25日 | 万葉短歌

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万葉短歌1024 長門なる0925
 
長門なる 沖つ借島 奥まへて
我が思ふ君は 千年にもがも  巨曽倍対馬
 
0925     万葉短歌1024 ShuC461 2013-0625-man1024
 
ながとなる おきつかりしま おくまへて
  あがおもふきみは ちとせにもがも
巨曽倍対馬(こそべの つしま)=左注原文には、「長門守巨曽倍対馬朝臣(あそみ)」。「天平二年[(730年)]頃大和介正六位上であった人(…)。天平四年山陰道」節度使判官(せつどしのじゃう)、外従五位下。(…)<氏名+名前+姓>は尊称法。」
【編者注】題詞読下しは、「秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴する歌四首」。橘は諸兄。その第一首。
【訓注】長門なる(ながとなる=長門有)。沖つ(おきつ=奥津)。我が思ふ君(あがおもふきみ=吾念君)。千年(ちとせ=千歳)。


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万葉短歌1023 大崎の0924

2013年06月24日 | 万葉短歌

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万葉短歌1023 大崎の0924
 
大崎の 神の小浜は 小さけど
百舟人も 過ぐと言はなくに  ○
 
0924     万葉短歌1023 ShuC454 2013-0624-man1023
 
おほさきの かみのをはまは ちひさけど
  ももふなびとも すぐといはなくに
=未詳。
【編者注】第1018歌から第1022歌までについては、依拠本参照。上記歌群への「反歌一首」。
【編者注-歌番号重複】依拠本は、万葉集歌番号1020、1021を重複させるが、その理由については同本参照。
【訓注】大崎(おほさき=大埼)。百舟人(ももふなびと=百船純)。


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万葉短歌1017 木綿畳0923

2013年06月23日 | 万葉短歌

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万葉短歌1017 木綿畳0923

木綿畳 手向けの山を 今日越えて
いづれの野辺に 廬りせむ我れ  大伴坂上郎女

0923     万葉短歌1017 ShuC449 2013-0623-man1017

ゆふたたみ たむけのやまを けふこえて
  いづれののへに いほりせむわれ
大伴坂上郎女(おほともの さかのうへの いらつめ)=第563歌参照。
【編者注】題詞読下しは、「夏の四月に、大伴坂上郎女、賀茂神社(かものやしろ)を拝(まろか)み奉(まつ)る時に、すなはち逢坂山(あふさかやま)を越え、近江(あふみ)の海を望み見て、晩頭(ひのくれ)に帰り来りて作る歌一首」。
【訓注】木綿畳(ゆふたたみ)。越えて(こえて=超而)。いづれの(何)。我れ(われ=吾等)。


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万葉短歌1016 海原の0922

2013年06月22日 | 万葉短歌

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万葉短歌1016 海原の0922

海原の 遠き渡りを 風流士の
遊びを見むと なづさひぞ来し  ○

0922     万葉短歌1016 ShuC446 2013-0622-man1016

うなはらの とほきわたりを みやびをの
  あそびをみむと なづさひぞこし
=未詳。仙媛に仮託した巨勢宿奈麻呂か。
【編者注】題詞読下しは、「春の二月に、諸大夫等(まへつきみたち)、左少弁(させうべん)巨勢宿奈麻呂朝臣(こせの すくなまろの あそみ)が家に集ひて宴する歌一首」。左注には、仙媛(やまひめ)が白紙に書いて宿奈麻呂の家の壁へ懸けた、との作歌事情。
【訓注】海原(うなはら)。風流士(みやびを=遊士)。なづさひ(莫津左比)。


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万葉短歌1015 玉敷きて0921

2013年06月21日 | 万葉短歌

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万葉短歌1015 玉敷きて0921

玉敷きて 待たましよりは たけそかに
来る今夜し 楽しく思ほゆ  榎井王

0921     万葉短歌1015 ShuC443 2013-0621-man1015

たましきて またましよりは たけそかに
  きたるこよひし たのしくおもほゆ
榎井王(えのゐの おほきみ)=「(志貴親王の子)天平九(737)一門部王宅での宴飲の歌に唱和(…)。大同元(806)四の神王薨伝によれば神王は田原(施貴)天皇の孫で榎井王の子とする。(…)」(講談社「万葉集事典」)。
【編者注】題詞読下しは、「榎井王、後に追和(ついわ)する歌一首 志貴親王(しきのみこ)の子なり」。
【訓注】玉敷きて(たましきて=玉敷而)。たけそかに(多鶏蘇香仁)。今夜(こよひ)。楽しく思ほゆ(たのしくおもほゆ=楽所念)。


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万葉短歌1014 一昨日も0920

2013年06月20日 | 万葉短歌

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万葉短歌1014 一昨日も0920

一昨日も 昨日も今日も 見つれども
明日さへ見まく 欲しき君かも  橘文成

0920     万葉短歌1014 ShuC442 2013-0620-man1014

をとつひも きのふもけふも みつれども
  あすさへみまく ほしききみかも
橘文成(たちばなの あやなり)=左注には「橘宿祢文成」。
【編者注】「九年丁丑(ひのとうし)[(天平九年、737)]の正月に、橘少卿(たちばなの をとまへつきみ)、并(あは)せて諸大夫等(まへつきみたち)、弾正尹(だんじゃうのかみ)門部王が家に集ひて宴する歌二首」の第二首。
【訓注】一昨日(をとつひ=前日)。昨日(きのふ)。今日(けふ)。明日(あす)。


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万葉短歌1013 あらかじめ0919

2013年06月19日 | 万葉短歌

2013-0619-man1013
万葉短歌1013 あらかじめ0919

あらかじめ 君来まさむと 知らませば
門にやどにも 玉敷かましを  門部王

0919     万葉短歌1013 ShuC442 2013-0619-man1013

あらかじめ きみきまさむと しらませば
  かどにやどにも たましかましを
門部王(かどへの おほきみ)=左注読下しに、「右の一首は主人(あるじ)門部王 後に姓大原真人(おほはらの まひと)の氏(うぢ)を賜はる」。第310歌参照。
【編者注】題詞読下しは、「九年丁丑(ひのとうし)[(天平九年、737)]の正月に、橘少卿(たちばなの をとまへつきみ)、并(あは)せて諸大夫等(まへつきみたち)、弾正尹(だんじゃうのかみ)門部王が家に集ひて宴する歌二首」。その第一首。
【訓注】あらかじめ(予)。君(きみ=公)。やど(屋戸)。玉(たま=珠)。


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万葉短歌1012 春されば0918

2013年06月18日 | 万葉短歌

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万葉短歌1012 春されば0918

春されば ををりにををり うぐひすの
鳴く我が山斎ぞ やまず通はせ  ○

0918     万葉短歌1012 ShuC439 2013-0618-man1012

はるされば ををりにををり うぐひすの
  なくわがしまぞ やまずかよはせ
=未詳。古歌にことよせて、広成の作かとも。
【編者注】「冬の十二月の十二日に、歌儛所(うたまひどころ)の諸王(おほきみたち)・臣子等(おみのこたち)、葛井連広成(ふじゐのむらじ ひろなり)が家に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌二首」の第二首。
【訓注】春されば(はるされば=春去者)。ををりにををり(乎呼理尓乎呼里)。うぐひすの(鸎之)。我が山斎(わがしま=吾島)。やまず(不息)。


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万葉短歌1011 我がやどの0917

2013年06月17日 | 万葉短歌

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万葉短歌1011 我がやどの0917

我がやどの 梅咲きたりと 告げ遣らば
来と言ふに似たり 散りぬともよし  ○

0917     万葉短歌1011 ShuC439 2013-0617-man1011

わがやどの うめさきたりと つげやらば
  こといふににたり ちりぬともよし
=未詳。古歌にことよせて、広成の作かとも。
【編者注】題詞読下しは、「冬の十二月の十二日に、歌儛所(うたまひどころ)の諸王(おほきみたち)・臣子等(おみのこたち)、葛井連広成(ふじゐのむらじ ひろなり)が家に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌二首」。その第一首。題詞に続く前文に、詳しい作歌事情。広成については、第962歌参照。
【訓注】我がやど(わがやど=我屋戸)。梅咲きたり(うめさきたり=梅咲有)。来と言ふに(こといふに=来云)。散りぬともよし(ちりぬともよし=散去十方吉)。


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万葉短歌1010 奥山の0916

2013年06月16日 | 万葉短歌

2013-0616-man1010
万葉短歌1010 奥山の0916

奥山の 真木の葉しのぎ 降る雪の
降りは増すとも 地に落ちめやも  橘奈良麻呂

0916     万葉短歌1010 ShuC434 2013-0616-man1010

おくやまの まきのはしのぎ ふるゆきの
  ふりはますとも つちにおちめやも
橘奈良麻呂(たちばなの ならまろ)=題詞原文には、「橘宿祢奈良麻呂」。「諸兄の子。天平十二年[(740)]五月従五位下、十一月従五位上。以後、大学頭(だいがくのかみ)、摂津大夫(せっつのかみ)、民部大輔(みんぶたいふ)、侍従、参議、但馬因幡(たじまいなば)按察使(あぜち)を歴任。天平勝宝六年(754)正四位下。天平宝字元年[(757)]右大弁。同年、父他界後の七月、藤原仲麻呂を除こうとして失敗し、誅された。第五十三代仁明天皇の時代に、皇太后の祖父にあたるゆえをもって、大納言従三位(843年)、さらに太政大臣正一位(847年)を追贈された。この歌の時、十五、六歳。」
【編者注】題詞原文は、「橘宿祢奈良麻呂応 詔歌一首」。
【訓注】しのぎ(凌)。降る雪(ふるゆき=零雪)。降り(ふり=零)。地に落ちめやも(つちにおちめやも=地尓落目八方)。


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