万葉短歌-悠山人編

万葉短歌…万葉集全4516歌(長短)のうち、短歌をすべてJPG&TXTで紹介する。→日本初!

万葉短歌0106 ふたり行けど0090

2011年01月30日 | 万葉短歌

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万葉短歌0106 ふたり行けど0090

ふたり行けど 行き過ぎかたき 秋山を
いかにか君が ひとり越ゆらむ  大伯皇女

万葉短歌0106 Shu1267 2011-0130-man0106

□ふたりゆけど ゆきすぎかたき あきやまを
 いかにかきみが ひとりこゆらむ
○大伯皇女(おほくの ひめみこ)=第105歌参照。


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万葉短歌0105 我が背子を0089

2011年01月29日 | 万葉短歌

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万葉短歌0105 我が背子を0089

我が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて
暁露に 我が立ち濡れし  大伯皇女

万葉短歌0105 Shu1267 2011-0129-man0105

□わがせこを やまとへやると さよふけて
 あかときつゆに わがたちぬれし
○大伯皇女(おほくの ひめみこ)=「大津皇子の同母の姉。天武三年(六七四)十月九日、十四歳で伊勢斎宮。」


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万葉短歌0104 我が岡の0088

2011年01月28日 | 万葉短歌

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万葉短歌0104 我が岡の0088

我が岡の おかみに言ひて 降らしめし
雪のくだけし そこに散りけむ  藤原五百重娘

万葉短歌0104 Shu1264 2011-0128-man0104

□わがをかの おかみにいひて ふらしめし
 ゆきのくだけし そこにちりけむ
○藤原五百重娘(ふぢはらの いほへの いらつめ)=原文は「藤原夫人(ふぢはらの ぶにん)」。「藤原鎌足の娘、五百重娘。大原大刀自とも。新田部皇子(…)の母。<夫人>は「妃(ひ)」と「嬪(ひん)」の間に位置する天皇の妻妾(…)。」
【編者注】藤原夫人名3歌のうち、2-104、8-1465 が妹・五百重娘の作、20-44879 が姉・氷上娘(ひのかみの いらつめ)の作。


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万葉短歌0103 我が里に0087

2011年01月27日 | 万葉短歌

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万葉短歌0103 我が里に0087

我が里に 大雪降れり 大原の
古りにし里に 降らまくは後  天武天皇

万葉短歌0103 Shu1264 2011-0127-man0103

□わがさとに おほゆきふれり おほはらの
 ふりにしさとに ふらまくはのち
○天武天皇(てんむ てんわう)=原文は「天皇」。


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万葉短歌0102 玉葛0086

2011年01月26日 | 万葉短歌

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万葉短歌0102 玉葛0086

玉葛 花のみ咲きて ならずあるは
誰が恋にあらめ 我は恋ひ思ふを  巨勢郎女

万葉短歌0102 Shu1261 2011-0126-man0102

□たまかづら はなのみさきて ならずあるは
 たがこひにあらめ あはこひおもふを
○巨勢郎女(こせの いらつめ)=「近江朝の大納言巨勢臣人(こせの おみ ひと)の娘。安麻呂とのあいだに田主(たぬし。…)を生む。」


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万葉短歌0101 玉葛0085

2011年01月25日 | 万葉短歌

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万葉短歌0101 玉葛0085

玉葛 実ならぬ木には ちはやぶる
神ぞつくといふ ならぬ木ごとに  大伴安麻呂

万葉短歌0101 Shu1261 2011-0125-man0101

□たまかづら みならぬきには ちはやぶる
 かみぞつくといふ ならぬきごとに
○大伴安麻呂(おほともの やすまろ)=大伴宿祢安麻呂(おほとものすくね やすまろ)。原文は「大伴宿祢」。壬申の乱に功のあった大伴氏は、大伴連(おおともの むらじ)から大伴宿祢になるが、慣例に倣って一族の氏を「大伴」と表記する。


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万葉短歌0100 東人の0084

2011年01月24日 | 万葉短歌

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万葉短歌0100 東人の0084

東人の 荷前の箱の 荷の緒にも
妹は心に 乗りにけるかも  久米禅師

万葉短歌0100 Shu1256 2011-0124-man0100

□あづまとの のさきのはこの にのをにも
 いもはこころに のりにけるかも
○久米禅師(くめの ぜんじ)=第96歌参照。


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万葉短歌0099 梓弓0083

2011年01月23日 | 万葉短歌

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万葉短歌0099 梓弓0083

梓弓 弦緒取りはけ 引く人は
後の心を 知る人ぞ引く  久米禅師

万葉短歌0099 Shu1256 2011-0123-man0099

□あづさゆみ つらをとりはけ ひくひとは
 のちのこころを しるひとぞひく
○久米禅師(くめの ぜんじ)=第96歌参照。


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万葉短歌0098 梓弓0082

2011年01月22日 | 万葉短歌

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万葉短歌0098 梓弓0082

梓弓 引かばまにまに 寄らめども
後の心を 知りかてぬかも  石川郎女

万葉短歌0098 Shu1255 2011-0122-man0098

□あづさゆみ ひかばまにまに よらめども
 のちのこころを しりかてぬかも
○石川郎女(いしかはの いらつめ)=第97歌参照。


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万葉短歌0097 み薦刈る0081

2011年01月21日 | 万葉短歌

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万葉短歌0097 み薦刈る0081

み薦刈る 信濃の真弓 引かずして
弦はくるわざを 知ると言はなくに  石川郎女

万葉短歌0097 Shu1255 2011-0121-man0097

□みこもかる しなののまゆみ ひかずして
 をはくるわざを しるといはなくに
○石川郎女(いしかはの いらつめ)=未詳。「藤原朝にも<石川郎女>がいるが(108・126・128・129)、それとは別人と思われる。」 合わせて第96歌参照。


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万葉短歌0096 み薦刈る0080

2011年01月20日 | 万葉短歌

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万葉短歌0096 み薦刈る0080

み薦刈る 信濃の真弓 我が引かば
貴人さびて いなと言はむかも  久米禅師

万葉短歌0096 Shu1255 2011-0120-man0096

□みこもかる しなののまゆみ わがひかば
 うまひとさびて いなといはむかも
○久米禅師(くめの ぜんじ)=未詳。「<久米禅師>と<石川郎女>とは、藤原朝の頃、その作者[”埋もれた作者”]によって作り出された物語上の人物であった可能性が高い。」原文の歌末尾に名を明記しての、男女交互贈答歌は、集初出。また一書に、「<久米>は氏の名。<禅師>は…、僧の意ではなく名とする考え方もある。」(雄山閣版『万葉集歌人事典 拡大版』、2007)


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万葉短歌0095 我れはもや0079

2011年01月19日 | 万葉短歌

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万葉短歌0095 我れはもや0079

我れはもや 安見児得たり 皆人の
得かてにすといふ 安見児得たり  藤原鎌足

万葉短歌0095 Shu1253 2011-0119-man0095

□われはもや やすみこえたり みなひとの
 えかてにすといふ やすみこえたり
○藤原鎌足(ふぢはらの かまたり)=第94歌参照。


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万葉短歌0094 玉櫛笥0078

2011年01月18日 | 万葉短歌

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万葉短歌0094 玉櫛笥0078

玉櫛笥 みもろの山の さな葛
さ寝ずはつひに 有りかつましじ  藤原鎌足

万葉短歌0094 Shu1251 2011-0118-man0094

□たまくしげ みもろのやまの さなかづら
 さねずはつひに ありかつましじ
○藤原鎌足(ふぢはらの かまたり)=原文は、「内大臣(うちの おほまへつきみ)藤原卿(ふぢはらの まへつきみ)」。


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万葉短歌0093 玉櫛笥0077

2011年01月17日 | 万葉短歌

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万葉短歌0093 玉櫛笥0077

玉櫛笥 覆ひを易み 明けていなば
君が名はあれど 我が名し惜しも  鏡王女

万葉短歌0093 Shu1251 2011-0117-man0093

□たまくしげ おほひをやすみ あけていなば
 きみがなはあれど わがなしをしも
○鏡王女(かがみの おほきみ)=第92歌参照。


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万葉短歌0092 秋山の0076

2011年01月16日 | 万葉短歌

2011-0116-man0092
万葉短歌0092 秋山の0076

秋山の 木の下隠り 行く水の
我れこそまさめ 思ほすよりは  鏡王女

万葉短歌0092 Shu1247 2011-0116-man0092

□あきやまの きのしたがくり ゆくみづの
 われこそまさめ おもほすよりは
○鏡王女(かがみの おほきみ)=「舒明天皇の皇女もしくは皇孫かとする説(…)がある。皇女であれば中大兄皇子の異母妹なのであろう。一方、額田王の姉とする見解もあ」る。「<王女>は皇女の意なのか、また女王の意なのかは、不明。額田王の姉であれば、女王の意と見るのが穏当。」


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