45歳のときにはじめて従姉のR子に会った。R子は私と同い年で3カ月だけ私より早く生まれている。母の姉の娘である。私の妹とは仲が好く、その日も妹が彼女を鎌倉へ連れて来てくれた。R子は高名な哲学者の息子と結婚し、数年後に離婚して母親との2人暮らし、T女子医大に勤務していたが、医師でも看護婦でもない。みやげに超高級洋酒であるロイヤルサルートをくれたので驚いた。R子は小料理屋ですぐに焼酎を注文した。それが似合っていて、酒は強そうだった。話していて、頸(つよ)い女性を感じた。美人であると言っていい。妹の話によると、R子は母親の介護が大変であるようだったが、そういう家族疲れの雰囲気はなかった。それからも電話で話すことはあったが、いつも第一印象も同じものが伝わって来た。叔母が亡くなったときに見舞いに焼酎を送ったら、「ありがとう。焼酎でも呑むしかないわね」と、電話のむこうで笑った。叔母の介護が終わって力が抜けたのか、R子は長生きしなかった。ロイヤルサルートのボトルは豪華な箱の中に、さらにビロード地の青布に包まれて立っている。つまりカッコよさがある。R子にもカッコよさがあった。頸さというのは、ひとつの姿勢の好さのようなものを生むと私は思う。
幼いころ住んでいた家の仏壇には、遺影を入れたスタンドが3つあった。私の父とその弟と妹だった。この3人が、私にとって、見覚えのない顔だった。父とは1年間一緒に暮らしたのだが、そのときの私は今日でいう0歳児だった。遺影で見る叔父叔母は、詰襟の学生服と双葉女学園の制服だった。あちらへ行ったら、その2人には「はじめまして」とあいさつするのが正しいのだろうか。 父との再会には何と言えばいいのだろうか。
幼いころ住んでいた家の仏壇には、遺影を入れたスタンドが3つあった。私の父とその弟と妹だった。この3人が、私にとって、見覚えのない顔だった。父とは1年間一緒に暮らしたのだが、そのときの私は今日でいう0歳児だった。遺影で見る叔父叔母は、詰襟の学生服と双葉女学園の制服だった。あちらへ行ったら、その2人には「はじめまして」とあいさつするのが正しいのだろうか。 父との再会には何と言えばいいのだろうか。