日本は本当にコロナ制圧に成功したのか?
―「ファクターX」は何か―
安倍首相は5月25日、緊急事態宣言解除の記者会見の冒頭、「わずか1か月半で流行をほぼ
収束させることが出来た。日本モデルの力を示した」と内外に向かって豪語しました。
首相は、ロックダウンなど罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することなく、「お願い」
ベースで自粛を呼び掛けただけなのに、わずか1か月半で今回の流行をほぼ収束させることが
できた、これこそ“日本モデル”と言いたかったのでしょう。
しかし、この発言には多くの批判が寄せられています。実際、政府は具体的にどんな政策を行
い、それがどのような効果をもたらしたのかは全く検証されていません。
はっきりさせておく必要がありますが、そもそも安倍政権がロックダウンを導入しなかったの
は、たんに法律的にできなかったからで、何らかの具体的な展望のもとで政策的に導入しなか
ったわけではないのです。
コロナウイルスを抑える上で最重要のPCR検査「能力」は1日2万2000件に達したと言
いましたが、制度的・人員的な問題から実際にはその数分の一程度しか実施されていません。
それにもかかわらず、主要メディアの中には、あたかも“日本モデル”なるものに実質的な中身が
あり実際に有効であったかのような報道さえ見受けられます。
その、最大の根拠となっているので、新型コロナウイルスによる死者の絶対数が、欧米諸国と比
べて圧倒的にすくないことです。
確かに、5月15日の段階でみると、日本の死者は713人であったのに対して、アメリカ、
8万7568人、イギリス、3万4078人、イタリア、3万1610人、スペイン、2万74
59人、とケタが違います。
これだけを見ると、日本はすごい、と自慢したくなる気持ちも分からなくありません。では、な
ぜ、と問われると、なかなか決定的な答えは見つかりません。
私が見聞きした“説”は、実にさまざまです。たとえば、強制されなくても自主的に自粛した日本人
の優れた国民性、手洗いを頻繁に行う衛生観念と習慣、マスクを付ける習慣などを挙げます。
そのほか日本人の多くがBCG接種を受けてきたこと、国民皆保険制度があること、医療体制の
充実、医療水準の高さ、などなど、医学的にも疫学的にも実証されていない“説”もたくさん出さ
れてきました。
どんな素人の“説”でも、私は、あながち否定することはできないと思います。しかし、山中伸弥
教授が、日本人の死亡者数が少ない要因を、「ファクターX」と名づけて、それを医学と科学の
目で探ろうとしていることからも分かるように、今のところ、専門家の間でさえ解明されていな
いのが実情です。
私は日本を特別視すること自体が、かなり的外れだと思っています。
菅谷憲夫氏(慶應義塾大学医学部客員教授,WHO重症インフルエンザガイドライン委員)が、
『日本医事新報』に寄稿した「日本の新型コロナ対策は成功したと言えるのか─日本の死亡者数は
アジアで2番目に多い」と題する論文で、巷に流れている「日本は成功した」とする言説に疑問を
菅谷氏は人口10万人当たり新型コロナウイルスによる死者数を示しています.
アジア諸国では、インド(0.20)、中国(0.32)、パキスタン(0.40)、シンガポー
ル(0.38)、バングラデッシュ(0.21)、インドネシア(0.44)、日本(0.56)、
フィリピン(0.77、)、韓国(0.71)、タイ(0.88)、台湾(0.71)です。
これに対して欧米諸国は、アメリカ(26.61)、イギリス(50・46)、スペイン(58.
75)、イタリア(58.20)、フランス(42.27)、ドイツ(9.47)、ベルギー
(78.96)、オランダ(33.61)、スイス(22.15)
菅谷[2020.5.30]より作成 2020年5月15~16日現在(注1)
これらの数字ら明らかなように、10万人当たりの死者数でみるとアジア諸国全体で欧米の10
分の1から100分の1で、比較を絶して低くなっています。
しかし、見て欲しいのは、日本の死者数率(0.56)人はアジア諸国のなかではフィリピンの
(0.77)人に次いで多くなっています。しかも、上記のアジアの国の中には、死者がゼロのベ
トナムは入っていません。
つまり、日本はアジアでは優等生どころか、むしろ劣等生なのです。
ここで、これまで日本が特別に死者数の比率が少ないと言われてきた幾つかの根拠に大きな疑問符
が付きます。
たとえば、日本人は手を洗う衛生観念が発達しているから、とかマスクを付ける習慣があるから、
といった理由を考えてみましょう。
私は中国と台湾を除いて現地に行ったことがありますが、たとえばタイで地元の人が日本人よりも
頻繁に手を洗っているとは考えられないし、ましてマスクをしている姿は見たことがありません。
インドでもパキスタンでも全く同様です。
これらの国が、医療体制や医療水準をみても、日本より低いとは言いませんが、少なくとも日本よ
りずっと優れているとも言えません。
それでもタイの10万人当たりの死者数は0.08人と日本の7分の1、ベトナムでも同様に手洗い、
マスク姿は見たことがありませんが、死者はゼロです。
あるいは、これらの国の国民は日本人より自主的に自粛を守り、ソーシャルディスタンスをきっちり
守っている、という証拠もありません。
都市封鎖(ロックダウン)、あるいは外出規制についていえば、アジアの多くの国で適用されてきま
したが、それが原因で死者数が少なかったことを説明することはできません。
たとえばベトナムの場合、4月1日から23日までロックダウンが適用されましたが、その前と後に
は現在にいたるまで適用されていません。それでも今日まで死者がゼロに留まっています。
一方、フィリピンではドゥテルテ大統領が、外出規制を守らなかった人を警察官は射殺しても良いと
の指示を出し、実際に射殺された人もいます。それほど、厳しく外出規制をしても、フィリピンの人
口当たりの死者数はアジア諸国の中でも最悪です。
アジア諸国内での違いを含みながらも、対照的になのは欧米諸国です、時には警察力を用いてまで長
期間、ロックダウンを続けてきても、やはり人口あたりの死者数はアジア諸国とはケタはずれに多く
なっています。
そもそも、公権力による法的な外出規制がコロナウイルスの抑制効果にたいして、先に言及した菅谷
教授は疑問をもっています。
ロックダウン期間中に人々が免疫を獲得したわけではなく,またSARS-CoV-2が完全に消失するとは
考えられず、単に厳しい外出制限により人と人の接触が減ったので,患者数が一時的に減少したに過
ぎない。
つまりロックダウンの有無は死者の数とはあまり関係ないということです。
以上のようにみると、日本だけが突出してコロナ制圧に成功したという根拠はほとんど消えたと言えま
す。私は、クルーズ船での感染防止対策とPCR検査を最初からもっと大々的に行っていれば、死者はさ
らに少なかったのではないかとさえ思っています。
要点はむしろ、アジア諸国と欧米諸国との違い、という点にあります。
いずれにしても、日本をはじめアジア諸国の人口当たり死亡者が少ないことに関して菅谷氏は、原因は
不明であるが可能性として考えられるのが,①人種の差,②年齢構成の違い,すなわちアジア諸国では
若年層が多い,③BCG接種の影響,④欧米諸国では,高い感染力を持ち病毒性の強い,アジアとは別の
SARS-CoV-2流行株が出現した─等が考えられる、としています(注1)。
さらに、最近、偶然ラジオで物理学者(名前は失念)が語っていた仮説も興味深い。彼は、アジアでは
米を主食とし繊維質を多く摂っていて肥満が少ない(6%)が、欧米人は食物繊維の摂取が少なく肥満
が多い(30%)点に着目します。このため欧米人に肥満からくる心疾患、脳血管系疾患、糖尿病など
の基礎疾患をもつ人が多くなり、新型コロナ肺炎に感染した場合の死亡率を高めているのではないか、
という推論です。これも一考に値します。
また、日本の特殊事情に関して、京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らは、新型コロナの
うち、「K型」と「G型」という2つの型があるとし、日本人ではまったく無自覚のうちに、1月中旬に中
国発の弱毒性『K型』が流行のピークに達したと考えます。
中国からの厳密な入国制限が3月中旬までもたついたことが幸いし、中国人観光客184万人を入国させ、
国内に『K型』の感染が拡大して集団免疫を獲得したとされます。
一方、欧米は2月初頭から中国との直行便や中国に滞在した外国人の入国をストップしたので、国内に弱
毒性の『K型』が蔓延しなかった。その後、上海で変異した感染力や毒性の強い『G型』が中国との行き
来が多いイタリアなどを介して、欧米で広がったとされます(注2)。
いずれにしても、現段階では何が決定的な「ファクターX」であるのかは依然として究明すべき課題です。
アジアと欧米との違いについては、要因が判明し次第報告します。
(注1)『日本医事新報』 No.5014 (2020年05月30日発行)(最終更新日: 2020-05-20) https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14724
(注2)『NEWSポスト セブン』5/21(木) 16:05配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/24f74208d7c271723fe24bcd5163f1122588b07c?page=2
―「ファクターX」は何か―
安倍首相は5月25日、緊急事態宣言解除の記者会見の冒頭、「わずか1か月半で流行をほぼ
収束させることが出来た。日本モデルの力を示した」と内外に向かって豪語しました。
首相は、ロックダウンなど罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することなく、「お願い」
ベースで自粛を呼び掛けただけなのに、わずか1か月半で今回の流行をほぼ収束させることが
できた、これこそ“日本モデル”と言いたかったのでしょう。
しかし、この発言には多くの批判が寄せられています。実際、政府は具体的にどんな政策を行
い、それがどのような効果をもたらしたのかは全く検証されていません。
はっきりさせておく必要がありますが、そもそも安倍政権がロックダウンを導入しなかったの
は、たんに法律的にできなかったからで、何らかの具体的な展望のもとで政策的に導入しなか
ったわけではないのです。
コロナウイルスを抑える上で最重要のPCR検査「能力」は1日2万2000件に達したと言
いましたが、制度的・人員的な問題から実際にはその数分の一程度しか実施されていません。
それにもかかわらず、主要メディアの中には、あたかも“日本モデル”なるものに実質的な中身が
あり実際に有効であったかのような報道さえ見受けられます。
その、最大の根拠となっているので、新型コロナウイルスによる死者の絶対数が、欧米諸国と比
べて圧倒的にすくないことです。
確かに、5月15日の段階でみると、日本の死者は713人であったのに対して、アメリカ、
8万7568人、イギリス、3万4078人、イタリア、3万1610人、スペイン、2万74
59人、とケタが違います。
これだけを見ると、日本はすごい、と自慢したくなる気持ちも分からなくありません。では、な
ぜ、と問われると、なかなか決定的な答えは見つかりません。
私が見聞きした“説”は、実にさまざまです。たとえば、強制されなくても自主的に自粛した日本人
の優れた国民性、手洗いを頻繁に行う衛生観念と習慣、マスクを付ける習慣などを挙げます。
そのほか日本人の多くがBCG接種を受けてきたこと、国民皆保険制度があること、医療体制の
充実、医療水準の高さ、などなど、医学的にも疫学的にも実証されていない“説”もたくさん出さ
れてきました。
どんな素人の“説”でも、私は、あながち否定することはできないと思います。しかし、山中伸弥
教授が、日本人の死亡者数が少ない要因を、「ファクターX」と名づけて、それを医学と科学の
目で探ろうとしていることからも分かるように、今のところ、専門家の間でさえ解明されていな
いのが実情です。
私は日本を特別視すること自体が、かなり的外れだと思っています。
菅谷憲夫氏(慶應義塾大学医学部客員教授,WHO重症インフルエンザガイドライン委員)が、
『日本医事新報』に寄稿した「日本の新型コロナ対策は成功したと言えるのか─日本の死亡者数は
アジアで2番目に多い」と題する論文で、巷に流れている「日本は成功した」とする言説に疑問を
菅谷氏は人口10万人当たり新型コロナウイルスによる死者数を示しています.
アジア諸国では、インド(0.20)、中国(0.32)、パキスタン(0.40)、シンガポー
ル(0.38)、バングラデッシュ(0.21)、インドネシア(0.44)、日本(0.56)、
フィリピン(0.77、)、韓国(0.71)、タイ(0.88)、台湾(0.71)です。
これに対して欧米諸国は、アメリカ(26.61)、イギリス(50・46)、スペイン(58.
75)、イタリア(58.20)、フランス(42.27)、ドイツ(9.47)、ベルギー
(78.96)、オランダ(33.61)、スイス(22.15)
菅谷[2020.5.30]より作成 2020年5月15~16日現在(注1)
これらの数字ら明らかなように、10万人当たりの死者数でみるとアジア諸国全体で欧米の10
分の1から100分の1で、比較を絶して低くなっています。
しかし、見て欲しいのは、日本の死者数率(0.56)人はアジア諸国のなかではフィリピンの
(0.77)人に次いで多くなっています。しかも、上記のアジアの国の中には、死者がゼロのベ
トナムは入っていません。
つまり、日本はアジアでは優等生どころか、むしろ劣等生なのです。
ここで、これまで日本が特別に死者数の比率が少ないと言われてきた幾つかの根拠に大きな疑問符
が付きます。
たとえば、日本人は手を洗う衛生観念が発達しているから、とかマスクを付ける習慣があるから、
といった理由を考えてみましょう。
私は中国と台湾を除いて現地に行ったことがありますが、たとえばタイで地元の人が日本人よりも
頻繁に手を洗っているとは考えられないし、ましてマスクをしている姿は見たことがありません。
インドでもパキスタンでも全く同様です。
これらの国が、医療体制や医療水準をみても、日本より低いとは言いませんが、少なくとも日本よ
りずっと優れているとも言えません。
それでもタイの10万人当たりの死者数は0.08人と日本の7分の1、ベトナムでも同様に手洗い、
マスク姿は見たことがありませんが、死者はゼロです。
あるいは、これらの国の国民は日本人より自主的に自粛を守り、ソーシャルディスタンスをきっちり
守っている、という証拠もありません。
都市封鎖(ロックダウン)、あるいは外出規制についていえば、アジアの多くの国で適用されてきま
したが、それが原因で死者数が少なかったことを説明することはできません。
たとえばベトナムの場合、4月1日から23日までロックダウンが適用されましたが、その前と後に
は現在にいたるまで適用されていません。それでも今日まで死者がゼロに留まっています。
一方、フィリピンではドゥテルテ大統領が、外出規制を守らなかった人を警察官は射殺しても良いと
の指示を出し、実際に射殺された人もいます。それほど、厳しく外出規制をしても、フィリピンの人
口当たりの死者数はアジア諸国の中でも最悪です。
アジア諸国内での違いを含みながらも、対照的になのは欧米諸国です、時には警察力を用いてまで長
期間、ロックダウンを続けてきても、やはり人口あたりの死者数はアジア諸国とはケタはずれに多く
なっています。
そもそも、公権力による法的な外出規制がコロナウイルスの抑制効果にたいして、先に言及した菅谷
教授は疑問をもっています。
ロックダウン期間中に人々が免疫を獲得したわけではなく,またSARS-CoV-2が完全に消失するとは
考えられず、単に厳しい外出制限により人と人の接触が減ったので,患者数が一時的に減少したに過
ぎない。
つまりロックダウンの有無は死者の数とはあまり関係ないということです。
以上のようにみると、日本だけが突出してコロナ制圧に成功したという根拠はほとんど消えたと言えま
す。私は、クルーズ船での感染防止対策とPCR検査を最初からもっと大々的に行っていれば、死者はさ
らに少なかったのではないかとさえ思っています。
要点はむしろ、アジア諸国と欧米諸国との違い、という点にあります。
いずれにしても、日本をはじめアジア諸国の人口当たり死亡者が少ないことに関して菅谷氏は、原因は
不明であるが可能性として考えられるのが,①人種の差,②年齢構成の違い,すなわちアジア諸国では
若年層が多い,③BCG接種の影響,④欧米諸国では,高い感染力を持ち病毒性の強い,アジアとは別の
SARS-CoV-2流行株が出現した─等が考えられる、としています(注1)。
さらに、最近、偶然ラジオで物理学者(名前は失念)が語っていた仮説も興味深い。彼は、アジアでは
米を主食とし繊維質を多く摂っていて肥満が少ない(6%)が、欧米人は食物繊維の摂取が少なく肥満
が多い(30%)点に着目します。このため欧米人に肥満からくる心疾患、脳血管系疾患、糖尿病など
の基礎疾患をもつ人が多くなり、新型コロナ肺炎に感染した場合の死亡率を高めているのではないか、
という推論です。これも一考に値します。
また、日本の特殊事情に関して、京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らは、新型コロナの
うち、「K型」と「G型」という2つの型があるとし、日本人ではまったく無自覚のうちに、1月中旬に中
国発の弱毒性『K型』が流行のピークに達したと考えます。
中国からの厳密な入国制限が3月中旬までもたついたことが幸いし、中国人観光客184万人を入国させ、
国内に『K型』の感染が拡大して集団免疫を獲得したとされます。
一方、欧米は2月初頭から中国との直行便や中国に滞在した外国人の入国をストップしたので、国内に弱
毒性の『K型』が蔓延しなかった。その後、上海で変異した感染力や毒性の強い『G型』が中国との行き
来が多いイタリアなどを介して、欧米で広がったとされます(注2)。
いずれにしても、現段階では何が決定的な「ファクターX」であるのかは依然として究明すべき課題です。
アジアと欧米との違いについては、要因が判明し次第報告します。
(注1)『日本医事新報』 No.5014 (2020年05月30日発行)(最終更新日: 2020-05-20) https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14724
(注2)『NEWSポスト セブン』5/21(木) 16:05配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/24f74208d7c271723fe24bcd5163f1122588b07c?page=2