大坂なおみの優勝―笑顔と涙とブーイングの中で―
2018年9月8日(日本時間9日)、ニューヨークで行われたテニスの全米オープン女子シングルス
で大坂なおみ(20)が優勝しました。
全米オープンは、全豪、全英、全仏とならんで世界の4大大会の一つで、テニスを志す人ならだれで
も目指す、最高位の大会です。
私自身は、ずっと昔、少しやっただけのテニスのにわかファンです。それでも、今回の全米オープの
準決勝のマディソン・キーズ(23才 米国)との試合を見た時、ひょっとすると大坂は優勝するか
もしれない、と予感しました。
何よりも大阪の、身長180センチの長身から繰り出す時速200キロの超高速サーブのパワーに圧
倒されました。しかし私はテニスについては素人ですから、それ以外の技術的な面については全く分
かりません。
そこで、ここではまず、彼女の言動から彼女の強さの秘密や人物像を書いてみたいと思います。
大坂が決勝戦で対戦した相手は、四大大会での優勝は通算23回という、とてつもない記録をもつセ
リーナ・ウィリアムス(36才)でした。大坂にとってセリーナは子供の頃から憧れのスターで、彼
女を目指してテニスをやってきました。
大坂に続いて入場したセリーナはひときわ大きな歓声で迎えられました。セリーナは昨年9月の出産
を経てから初の復帰戦です。会場は彼女の「母でも優勝」、全米制覇を期待する観客の熱気に包まれ
ていました。
このような完全アウェーの中で決勝戦にのぞんだのに、大阪は終始冷静さを失いませんでした。
彼女はインタビューで、以前と比べて何が強くなったのかと聞かれて、メンタルが強くなった、と答
えています。
以前、彼女は試合中でも泣いてしまうことがしばしばありました。そんな「泣き虫」の彼女がネガテ
ィブ(否定的、悲観的)な感情をポジティブ(肯定的、積極的)に変えることができるようになった
のです。
その変化を大坂は後で「ポジティブになることでポイントが取れることを信じている。それができた
と思う」と振り返っています(『東京新聞』2018年9月1日)。
これは、コーチのサーシャ・バインが、彼女がネガティブになったとき、膝まずいて、見上げるよう
な位置から、“ナオミならできる”と、優しく語りかけてきたことで彼女を精神的に安定させ、自信
を持たせるたことに依るところが大きかったと思います。
サーシャは練習コートで大坂の横に座り、カウンセラーのように話しかける姿は毎日の定番だったそ
うで(注1)。
サーシャ(33才 ドイツ出身)は、昨年の12月に大阪なおみのコーチに就任したばかりですが、
その当時のランキング68位から今回の優勝で7位まで一気に上げさせました。
サーシャはコーチとして理想的な選手の育て方を示してくれました。上から目線で怒鳴ったりひっぱ
たいたりして選手を成長させる、これまでの日本のスポーツ界の方法とはまるで正反対です。
インタビューで、この大舞台でどのようにして冷静さを保つことができたのか、との質問に大阪は、
試合中は常に試合に集中することを第一に心がけたこと、一球ごとに“あなたならできる”(You can
do it)と心でつぶやきながら打っていた、と答えています。
サーシャの「魔法の言葉」が彼女の心と身体に、文字通り血肉化していることが分ります。
サーシャが大阪に会った最初の印象は「恥ずかしがり屋で愛らしい」、だったそうです(注2)。
確かに、大坂のインタビューの答え方もいつも控え目で謙虚です。
こんな彼女の性格は優勝の受賞式のスピーチにも現れていました。まだあどけなさの残る瞳からこぼれ
落ちたのは、世界の頂点に立った喜びの涙ではありませんでした。
優勝したのに、会場にはブーイングが鳴り響いていました。大坂は、このブーイングは観衆の期待に反
して優勝してしまったことに対するセリーナ・ファンの不満の表れだと感じ取ったのでしょう。
こんな中での、表彰式でのセリーナと大坂の言葉は、ある意味で今回の決勝戦で最も感動的でした。少し
長くなりますが引用します。
「質問とは違うことを話します」と口にし、こう続けた。「みんな(観客)が彼女(セリーナ)を応
援しているのは分かっています。こんな終わり方で残念です*」。会場は一瞬、静まりかえった。そ
してS・ウィリアムズに「全米決勝で戦う夢がかないました。対戦してくれて、ありがとう」と声を
かけ、小さく頭を下げた。普段は快活な大坂が見せた神妙な姿。ブーイングは収まり、観客は高々と
優勝トロフィーを掲げた新女王に、温かい声援を送った。
試合後の記者会見。大坂が声を詰まらせる場面があった。「彼女(セリーナ)が24回目の4大大会
優勝をしたかったのは分かっていた。でも、私はコートに足を踏み入れたら別人のような気持ちにな
る。セリーナのファンではない。でも、(試合後に)彼女をハグした時……」。約10秒間の沈黙後、
かつてのアイドルの心中を思い、「また子供の時のような気持ちになったの」と涙をぬぐった。心の
優しい20歳の女性の姿があった(注3)。
*“I am sorry”を “ごめんなさい”という謝罪の言葉に訳すのはちょっと問題かもしれません。
この文脈では、セリーナと審判との対立やセリーナへのペナルティーなどの問題を含んだ試合になっ
てしまって残念です、と言うほどの意味だと思われます。
まだあどけなさが残る20才の女性が、これだけ自分を冷静に見つめ、相手に対する心遣いができるとは、
本当に驚きですし、感動しました。
ところで私はセリーナの言動について、少しだけ弁護しておきたいと思います。
日本のメディアは、セリーナは試合が思うようにゆかないことにイライラしてラケットをコートに投げつ
けて壊し、審判に八つ当たりしたかのような報道の仕方をしています。
確かに、祖の面は否定できません。ラケットを投げつけて壊したのは問題です。罰則としてまず審判が1
ポイントを大阪に与えたこともルール通りです。それにたいしてセリーナが激しい抗議をすると続いて1
ゲームのペナルティを課しました。
セリーナは審判に「泥棒」「謝りなさい」と激しい暴言を投げつけました。しかし、セリーナにも言い分
はあります。
試合後の会見で「私は男子選手が審判にいろいろ言うのをみてきた。私は女性の権利と平等のために戦っ
ている。男子選手が「泥棒」と言ってもゲームを奪わない、と抗議しています。
一方、ビリー・ジーン・キング*さんは、「女子が感情的になった時、その選手はヒステリックだと処分
される。男子が同じことをした時、率直だとして問題にならない」とセリーナを擁護しています(『東京
新聞』2018年9月11日)。
さらに彼は「黒人女性がリーダーシップに至るまでの道が、きょうほど閉じられていると思った日はない」
とし、「セリーナと男子選手との扱われ方には差がある」と批判しました。女子テニス協会(WTA)も、
その意見に賛同しています(注4)。
*四大大会12勝、今回の会場の名前ともなっており、映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」のモデル
でもある
私たちは、ともすると女性差別や、(今回は言葉には出しませんでしたが)、人種差別にあまり敏感ではあり
ませんが、国際社会ではとても重要な問題であることも理解すべきだと思います。
もう一つ、私がセリーナの抗議のなかでズシンと胸に響いた言葉がありました。それは、そもそも今回の抗
議の発端となった審判の判定についてでした。
決勝ではコーチはコートにでることもアドバイス(コーチング)することも禁止されています。ところが、
セリーナのコーチは観客席から、胸の前で両手の平を合わせるようなしぐさをしている姿が映像にあります。
審判はこれをコーチングと判断して警告しました。これに対してセリーナは、断じてコーチングではないと
抗議します。私は娘のためにも、そのようなずるいことは決していない(not cheating)と、審判に猛烈に抗
議します。(なぜか、日本のメディアはこの部分を取り上げません)
彼女の心の中には、女性差別、人種差別への怒りと、娘に対しても、お母さんは試合でずるいことをした、
ということは絶対に認めることはできない、という抗議が入り混じっていたのでしょう。
セリーナは、試合直後に大阪を抱きしめ、「あなたは勝者にふさわしい」と称え、観客席に向かって、「も
うブーイングはやめて」と呼びかけました。
そして表彰式でも、セリーナは“彼女(大坂)はいいプレーをした”。自分を応援する会場からブーイング
が起こったことに触れ、“最高の瞬間にしましょう。もうブーイングはやめて。おめでとう、ナオミ!”と、
アスリートらしい素直さで大坂を称えています(注3とおなじ)。
表彰式でブーイングした観客以上に大坂なおみの優勝を傷つけたのは、この式で全米テニス協会会長のカト
リーナ・アダムスが「私たちが求めた結末ではなかった」「セリーナは王者の中の王者」と、あくまでもア
メリカの優勝だけを望んでいたことを口にしたことです。
『ニューヨーク・タイムズ』は「怒りとブーイングと涙が大坂なおみの素晴らしい勝利を曇らせた」と解説。
『ニューヨーク・ポスト』は、表彰式で観客が大坂にブーイング、全米テニス協会の会長の発言に、「勝者
を侮辱するような対応をした」と指摘し、また、同紙の別の記事では表彰式で泣き続けた大坂に同情し、
「覇者として純粋な喜びの瞬間であるべきだった」と指摘しました(注5)。
主催側の全米テニス協会会長という立場の人間がこれほど勝者を侮辱する発言をするとは驚きを通り越して
怒りを感じます。しかし、女性差別の問題と同様、なぜか日本ではこれをあまり問題にしていません。
テニス界にもトランプ流の「アメリカ・ファースト」が蔓延しているのでしょうか?
最後に、日本のメディアは「日本人の大坂なおみ」「日本人としては」という点をことさら強調しています。
もちろん、これは私にとっても誇らしいし嬉しいことです。しかし、彼女は日本人の母とハイチ人の父をもち、
アメリカで育っています。彼女のテニスを育てたのはアメリカ社会だし、もっとも重要な役割をはたしたサー
シャ・コーチはドイツ人です。まさに彼女自身が国際人、インターナショナルな存在です。
大坂は日本でのインタビューで、アイデンティティについて問われました。インタビューアーは、少しでも
「日本人」という言葉を引き出したかったのでしょうが、大阪は、「そういうことは考えたことはありません」
とあっさり答えました。これが素直な実感なのでしょう。
私にとっては、女子テニス界に大阪なおみという若いスーパー・スターが現れた、という印象も強くあります。
私の趣味の囲碁の世界では昔から、韓国、中国、台湾、香港の出身のトップ棋士がたくさんいます。しかし、
日本人だけを応援するといより、素晴らしい碁を見せてくれることに関心があります。
(注1)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月19日)https://mainichi.jp/articles/20180910/spn/00m/050/009000c?fm=mnm
『毎日新聞』デジタ版(2018年9月10日)https://mainichi.jp/articles/20180910/spn/00m/050/009000c?fm=mnm
(注2)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月7日)https://mainichi.jp/articles/20180908/k00/00m/050/069000c#cxrecs_s
(注3)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月10日) https://mainichi.jp/articles/20180910/k00/00m/050/076000c?fm=mnm
(注4)『日経ビジネスONLINE』(2018/9/14 6:30)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35259000S8A910C1000000/
(注5)『Gunosy ココカラネクスト』(2018年9月10日)https://gunosy.com/articles/RW1sh
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笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ 『東京新聞』(2018年9月11日)より
2018年9月8日(日本時間9日)、ニューヨークで行われたテニスの全米オープン女子シングルス
で大坂なおみ(20)が優勝しました。
全米オープンは、全豪、全英、全仏とならんで世界の4大大会の一つで、テニスを志す人ならだれで
も目指す、最高位の大会です。
私自身は、ずっと昔、少しやっただけのテニスのにわかファンです。それでも、今回の全米オープの
準決勝のマディソン・キーズ(23才 米国)との試合を見た時、ひょっとすると大坂は優勝するか
もしれない、と予感しました。
何よりも大阪の、身長180センチの長身から繰り出す時速200キロの超高速サーブのパワーに圧
倒されました。しかし私はテニスについては素人ですから、それ以外の技術的な面については全く分
かりません。
そこで、ここではまず、彼女の言動から彼女の強さの秘密や人物像を書いてみたいと思います。
大坂が決勝戦で対戦した相手は、四大大会での優勝は通算23回という、とてつもない記録をもつセ
リーナ・ウィリアムス(36才)でした。大坂にとってセリーナは子供の頃から憧れのスターで、彼
女を目指してテニスをやってきました。
大坂に続いて入場したセリーナはひときわ大きな歓声で迎えられました。セリーナは昨年9月の出産
を経てから初の復帰戦です。会場は彼女の「母でも優勝」、全米制覇を期待する観客の熱気に包まれ
ていました。
このような完全アウェーの中で決勝戦にのぞんだのに、大阪は終始冷静さを失いませんでした。
彼女はインタビューで、以前と比べて何が強くなったのかと聞かれて、メンタルが強くなった、と答
えています。
以前、彼女は試合中でも泣いてしまうことがしばしばありました。そんな「泣き虫」の彼女がネガテ
ィブ(否定的、悲観的)な感情をポジティブ(肯定的、積極的)に変えることができるようになった
のです。
その変化を大坂は後で「ポジティブになることでポイントが取れることを信じている。それができた
と思う」と振り返っています(『東京新聞』2018年9月1日)。
これは、コーチのサーシャ・バインが、彼女がネガティブになったとき、膝まずいて、見上げるよう
な位置から、“ナオミならできる”と、優しく語りかけてきたことで彼女を精神的に安定させ、自信
を持たせるたことに依るところが大きかったと思います。
サーシャは練習コートで大坂の横に座り、カウンセラーのように話しかける姿は毎日の定番だったそ
うで(注1)。
サーシャ(33才 ドイツ出身)は、昨年の12月に大阪なおみのコーチに就任したばかりですが、
その当時のランキング68位から今回の優勝で7位まで一気に上げさせました。
サーシャはコーチとして理想的な選手の育て方を示してくれました。上から目線で怒鳴ったりひっぱ
たいたりして選手を成長させる、これまでの日本のスポーツ界の方法とはまるで正反対です。
インタビューで、この大舞台でどのようにして冷静さを保つことができたのか、との質問に大阪は、
試合中は常に試合に集中することを第一に心がけたこと、一球ごとに“あなたならできる”(You can
do it)と心でつぶやきながら打っていた、と答えています。
サーシャの「魔法の言葉」が彼女の心と身体に、文字通り血肉化していることが分ります。
サーシャが大阪に会った最初の印象は「恥ずかしがり屋で愛らしい」、だったそうです(注2)。
確かに、大坂のインタビューの答え方もいつも控え目で謙虚です。
こんな彼女の性格は優勝の受賞式のスピーチにも現れていました。まだあどけなさの残る瞳からこぼれ
落ちたのは、世界の頂点に立った喜びの涙ではありませんでした。
優勝したのに、会場にはブーイングが鳴り響いていました。大坂は、このブーイングは観衆の期待に反
して優勝してしまったことに対するセリーナ・ファンの不満の表れだと感じ取ったのでしょう。
こんな中での、表彰式でのセリーナと大坂の言葉は、ある意味で今回の決勝戦で最も感動的でした。少し
長くなりますが引用します。
「質問とは違うことを話します」と口にし、こう続けた。「みんな(観客)が彼女(セリーナ)を応
援しているのは分かっています。こんな終わり方で残念です*」。会場は一瞬、静まりかえった。そ
してS・ウィリアムズに「全米決勝で戦う夢がかないました。対戦してくれて、ありがとう」と声を
かけ、小さく頭を下げた。普段は快活な大坂が見せた神妙な姿。ブーイングは収まり、観客は高々と
優勝トロフィーを掲げた新女王に、温かい声援を送った。
試合後の記者会見。大坂が声を詰まらせる場面があった。「彼女(セリーナ)が24回目の4大大会
優勝をしたかったのは分かっていた。でも、私はコートに足を踏み入れたら別人のような気持ちにな
る。セリーナのファンではない。でも、(試合後に)彼女をハグした時……」。約10秒間の沈黙後、
かつてのアイドルの心中を思い、「また子供の時のような気持ちになったの」と涙をぬぐった。心の
優しい20歳の女性の姿があった(注3)。
*“I am sorry”を “ごめんなさい”という謝罪の言葉に訳すのはちょっと問題かもしれません。
この文脈では、セリーナと審判との対立やセリーナへのペナルティーなどの問題を含んだ試合になっ
てしまって残念です、と言うほどの意味だと思われます。
まだあどけなさが残る20才の女性が、これだけ自分を冷静に見つめ、相手に対する心遣いができるとは、
本当に驚きですし、感動しました。
ところで私はセリーナの言動について、少しだけ弁護しておきたいと思います。
日本のメディアは、セリーナは試合が思うようにゆかないことにイライラしてラケットをコートに投げつ
けて壊し、審判に八つ当たりしたかのような報道の仕方をしています。
確かに、祖の面は否定できません。ラケットを投げつけて壊したのは問題です。罰則としてまず審判が1
ポイントを大阪に与えたこともルール通りです。それにたいしてセリーナが激しい抗議をすると続いて1
ゲームのペナルティを課しました。
セリーナは審判に「泥棒」「謝りなさい」と激しい暴言を投げつけました。しかし、セリーナにも言い分
はあります。
試合後の会見で「私は男子選手が審判にいろいろ言うのをみてきた。私は女性の権利と平等のために戦っ
ている。男子選手が「泥棒」と言ってもゲームを奪わない、と抗議しています。
一方、ビリー・ジーン・キング*さんは、「女子が感情的になった時、その選手はヒステリックだと処分
される。男子が同じことをした時、率直だとして問題にならない」とセリーナを擁護しています(『東京
新聞』2018年9月11日)。
さらに彼は「黒人女性がリーダーシップに至るまでの道が、きょうほど閉じられていると思った日はない」
とし、「セリーナと男子選手との扱われ方には差がある」と批判しました。女子テニス協会(WTA)も、
その意見に賛同しています(注4)。
*四大大会12勝、今回の会場の名前ともなっており、映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」のモデル
でもある
私たちは、ともすると女性差別や、(今回は言葉には出しませんでしたが)、人種差別にあまり敏感ではあり
ませんが、国際社会ではとても重要な問題であることも理解すべきだと思います。
もう一つ、私がセリーナの抗議のなかでズシンと胸に響いた言葉がありました。それは、そもそも今回の抗
議の発端となった審判の判定についてでした。
決勝ではコーチはコートにでることもアドバイス(コーチング)することも禁止されています。ところが、
セリーナのコーチは観客席から、胸の前で両手の平を合わせるようなしぐさをしている姿が映像にあります。
審判はこれをコーチングと判断して警告しました。これに対してセリーナは、断じてコーチングではないと
抗議します。私は娘のためにも、そのようなずるいことは決していない(not cheating)と、審判に猛烈に抗
議します。(なぜか、日本のメディアはこの部分を取り上げません)
彼女の心の中には、女性差別、人種差別への怒りと、娘に対しても、お母さんは試合でずるいことをした、
ということは絶対に認めることはできない、という抗議が入り混じっていたのでしょう。
セリーナは、試合直後に大阪を抱きしめ、「あなたは勝者にふさわしい」と称え、観客席に向かって、「も
うブーイングはやめて」と呼びかけました。
そして表彰式でも、セリーナは“彼女(大坂)はいいプレーをした”。自分を応援する会場からブーイング
が起こったことに触れ、“最高の瞬間にしましょう。もうブーイングはやめて。おめでとう、ナオミ!”と、
アスリートらしい素直さで大坂を称えています(注3とおなじ)。
表彰式でブーイングした観客以上に大坂なおみの優勝を傷つけたのは、この式で全米テニス協会会長のカト
リーナ・アダムスが「私たちが求めた結末ではなかった」「セリーナは王者の中の王者」と、あくまでもア
メリカの優勝だけを望んでいたことを口にしたことです。
『ニューヨーク・タイムズ』は「怒りとブーイングと涙が大坂なおみの素晴らしい勝利を曇らせた」と解説。
『ニューヨーク・ポスト』は、表彰式で観客が大坂にブーイング、全米テニス協会の会長の発言に、「勝者
を侮辱するような対応をした」と指摘し、また、同紙の別の記事では表彰式で泣き続けた大坂に同情し、
「覇者として純粋な喜びの瞬間であるべきだった」と指摘しました(注5)。
主催側の全米テニス協会会長という立場の人間がこれほど勝者を侮辱する発言をするとは驚きを通り越して
怒りを感じます。しかし、女性差別の問題と同様、なぜか日本ではこれをあまり問題にしていません。
テニス界にもトランプ流の「アメリカ・ファースト」が蔓延しているのでしょうか?
最後に、日本のメディアは「日本人の大坂なおみ」「日本人としては」という点をことさら強調しています。
もちろん、これは私にとっても誇らしいし嬉しいことです。しかし、彼女は日本人の母とハイチ人の父をもち、
アメリカで育っています。彼女のテニスを育てたのはアメリカ社会だし、もっとも重要な役割をはたしたサー
シャ・コーチはドイツ人です。まさに彼女自身が国際人、インターナショナルな存在です。
大坂は日本でのインタビューで、アイデンティティについて問われました。インタビューアーは、少しでも
「日本人」という言葉を引き出したかったのでしょうが、大阪は、「そういうことは考えたことはありません」
とあっさり答えました。これが素直な実感なのでしょう。
私にとっては、女子テニス界に大阪なおみという若いスーパー・スターが現れた、という印象も強くあります。
私の趣味の囲碁の世界では昔から、韓国、中国、台湾、香港の出身のトップ棋士がたくさんいます。しかし、
日本人だけを応援するといより、素晴らしい碁を見せてくれることに関心があります。
(注1)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月19日)https://mainichi.jp/articles/20180910/spn/00m/050/009000c?fm=mnm
『毎日新聞』デジタ版(2018年9月10日)https://mainichi.jp/articles/20180910/spn/00m/050/009000c?fm=mnm
(注2)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月7日)https://mainichi.jp/articles/20180908/k00/00m/050/069000c#cxrecs_s
(注3)『毎日新聞』デジタル版(2018年9月10日) https://mainichi.jp/articles/20180910/k00/00m/050/076000c?fm=mnm
(注4)『日経ビジネスONLINE』(2018/9/14 6:30)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35259000S8A910C1000000/
(注5)『Gunosy ココカラネクスト』(2018年9月10日)https://gunosy.com/articles/RW1sh
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笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ 『東京新聞』(2018年9月11日)より