森の中のティータイム

離婚を経験し子供達も独立 
暮らしの小さな発見をノートに。

秋葉原の殺傷事件

2008-06-13 | 思い・つれづれ
障害犬タローを育てておられる小森先生のブログ
今の子供達に与えたいものが書かれてあった。
恐らく先日の秋葉原殺傷事件を初め、頻発する同様の
事件を憂うお気持ちからだろう。

私もこれらの無差別な怒りの発散は、絶対に許せないけれど、
格差社会の中で今の若い世代の多くが置かれた状況を思うと
その孤立感・劣等感に、大人達が目を向ける時が来たと
思っている。これを無視してはいけない。

先生の仰るように、子供時代に必要なのは心を育ててくれる
大人たちの存在だと思う。
愛を、時間をかけて大切に紡いでくれる親たちだけでなく
「こんな大人になりたい」と思わせる人の存在なのだ。

そして、若者たちに今必要なものは、安心して生活できる
将来の展望なのだと思う。
今朝の朝日新聞の記事の中でも、語学力のある大学院中退の
ある男性が、日雇い派遣された先で穴の開いた作業着さえ
替えを貰えぬという惨めさを伝えていた。

でも、だからと言って何も関係ない人に刃を向けてはいけない。
もし、誰かのやり方に不満があるなら、何も変わらないと
思っても当事者に伝えるべきだと、私は思う。

しっかり言葉を選んで、不満に思う(怒りの)正当性を
伝えられれば、相手が万が一でも変わる可能性がないとは
言い切れない。

或いは首になったり、逆ギレされたとしても、誰かを
殺すよりはましだ。
もしかしたら、同調してくれる仲間がいるかもしれない。
大勢で立ち向かうなら、何かが変わるかもしれない。

でも、殆どの人はどちらもできないでいるのが現実。
生活の糧を失えないし、手本を示す勇気ある大人もいない。
じっと我慢して、彼等の胸の底で不満と怒りが堆積していく。

先日の本は、この「怒りの感情への処し方」が主な内容だった。
考え方の基本にあるのは、「罪を憎んで人を憎まず」
たまに忘れることがあるけど(笑)私自身の信条の一つでもある。

この中には、相手が自分に対して行う嫌な行動だけを見て、
相手自身を否定するのではなく、その行為そのものを
「嫌だ」と表現するテクニックも書かれてあり、とても
参考になった。

また逆に、相手と上手く付き合うために、自分に対する相手の
嫌な行為を、黙って受け入れる人は気をつけなければならない。
それは、いつかきっと恨みとなって相手だけでなく自分自身を
傷つける結果になる、とある。

但し、何度か告げても相手がそれを認めなかったり止めないなら
自分自身の心の健康のために、相手から離れようとあった。
多かれ少なかれ、誰もが毎日こういう葛藤にあえいでいる。
秋葉原の事件の青年が、もし「自分が思うほど自分だけが
不幸なのではない」と気付いていたら、周りが見えていたら
と、残念でならない。
コメント