又市 征治 (またいち せいじ)
1944年7月18日 - )は、日本の政治家。
社会民主党所属の参議院議員(3期)、
社会民主党幹事長。
(wikipedia)
1944年 - 富山県富山市に生まれる
1962年 - 富山県立富山高等学校卒業
1965年 - 富山県庁就職
1974年 - 自治労富山県本部書記長就任
1995年 - 自治労富山県本部執行委員長就任
2001年 - 第19回参議院議員通常選挙当選(比例区)
2003年 - 社会民主党全国連合幹事長就任
2007年7月 - 第21回参議院議員通常選挙当選(比例区)
2007年12月 - 社民党党大会において、第21回参議院議員通常選挙での社民党敗北の責任を取る形で幹事長を退いたが、党首の福島瑞穂から三役に留まるよう要請され副党首に就任。福島はこの人事について「昇格だ」と語った。
2010年7月 - 社民党参議院議員会長に就任。
7月下旬に副党首の辞任届を党首に提出したが、8月25日に撤回した。
2013年1月 - 社民党全国連合幹事長就任
2013年7月 - 第23回参議院議員通常選挙当選(比例区)・福島瑞穂の党首辞任により、党首代行を兼務。
2013年11月 - 社民党全国代表者会議で幹事長に再任。
人物・活動[編集]
富山県立富山高等学校卒業。富山県庁職員、自治労富山県本部書記長、副執行委員長、執行委員長を経て参議院議員となる。当選後は政策審議副会長、参議院国会対策委員長などを歴任。2003年、幹事長・福島瑞穂の党首就任により、幹事長に就任した。
参議院では、総務委員会・決算委員会・政府開発援助等に関する特別委員会の3委員会の委員を兼務し、毎年40回前後の国会質問を行っている。また、社民党の参議院幹事長、参議院改革協議会のメンバーでもある。
幹事長時代には、政党交付金の激減による財政難から党の財政と運営を見直すために創設された党改革推進委員会委員長を兼任。33人の党本部職員のうち、9人を指名解雇するリストラ方針を決めた[1]。これらの人員整理の手腕から、党内の一部で、「人切り又市」と呼ばれた[2]。又市は「どこかの会社と一緒にして『解雇』と大々的に宣伝されるのは心外だ。党員に事情をよく説明し、人件費削減への協力をお願いしている」と語った[3]。これを不服として、対象者の内3名が原告となり、解雇撤回を求めて訴訟が起こされた。一審では原告側が敗訴したが、控訴審では原告3名の内1名が訴えの一部を認められ、後に金銭和解が成立(2008年1月東京高裁)した。残る2名の原告は上告したが、2008年2月1日、最高裁が上告を棄却し、社民党の主張がほぼ全面的に認められ、原告側の敗訴が確定した。なお、2007年の週刊新潮記事(後述)が出る3日前まで、解雇組の木村・松下らは「社民党不当解雇闘争支援ネットワーク」名のサイトを毎日更新し、又市への攻撃を行っていたが、掲載号の発売日直前から「メンテナンス中」としてサイトの更新が途絶え、以後更新されることはなく閉鎖された。なお、後述の週刊新潮の中傷記事は、「社民党関係者」の証言として、「社民党不当解雇闘争支援ネットワーク」サイトと同内容の又市への非難から始まっていた。
新社会党と9条ネットについて、「『戻ってらっしゃい』と言っている。『村山政権のときに安保・自衛隊を認めた』と、馬鹿みたいな話をまだしている。」と批判している。同時に「民主党にも護憲派はいる」と民主党との共闘を進めながら、郵政問題を中心に国民新党との連携強化に踏み出し、野党共闘路線を主導した。2007年12月22日幹事長を重野安正と交代し、副党首に就任した。その後重野の引退に伴い、2013年1月より幹事長職に復職している(副党首を兼務)。
2003年、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている[4]。
朝鮮学校を高校授業料の無償化の対象に含めるかの問題を巡り「万が一、朝鮮高校を対象から外せば憲法に違反するだけでなく、公権力による新たな差別法になってしまう」と述べ朝鮮学校を対象に含めるよう求め、朝鮮学校除外を示唆した首相の鳩山由紀夫に対して「こんな発言をするとは情けない」と批判した[5][6]。
国民新党が推進した郵政改革法案について衆議院ではスピード審議で2010年5月に強行採決されたが、その前後に社民党が連立を離脱し、参議院総務委員会では又市が慎重審議を要求した。
2013年4月25日、「『高校無償化』制度の朝鮮学校への即時適用と補助金復活を求める院内集会」に出席した[7]。
2013年7月25日、第23回参議院議員通常選挙の敗北に伴う福島瑞穂の党首辞任により、次期党首が決定するまでの間党首代行を務める。[8]
選択的夫婦別姓制度導入に賛成[9][10]。
2014 11 23 特アと、その裏側 【わが郷】
昨日のNHK政治討論番組で、唯一、社民党の又市征治・幹事長が言っていた。『消費税は企業減税の穴埋め策だ』 と、これは正しく現実の税政の陥穽を言い当てていた。