テレビで宮崎さんの「風立ちぬ」(2013)をみた。
堀越二郎の少年期から優秀な戦闘機をつくるまでの半生を描いた作品だ。
ただ、ぼくはこの映画をみる前から、宮崎さんの思いに疑問があった。
宮崎さんはこの優秀な戦闘機開発者の何を語りたかったのか?と。
映画のラストでは優秀な戦闘機が完成する。
が、この優秀度はかなり控え目に描かれているようにみえる。
堀越の設計した戦闘機の優秀さを最初に実証したのは、初陣で中国の戦闘機を大量に撃墜したことだったはずだ。
が、そこまで描いてしまうと堀越を大陸への侵略加担者として描くことになってしまう。
宮崎さんには、技術者としての堀越を讃えながらも、戦争は賛美したくないというジレンマがあったのではないか。
この作品をみて感じる中途半端さはそこにあるのでは?
堀越という人、もともと純粋の技術者だったようだ。
堀越が少年期から描いていた空への憧れ。
彼が別の時代に生まれておれば、もっと違ったものになっていたと思うのだが、どうだろう。
堀越二郎の少年期から優秀な戦闘機をつくるまでの半生を描いた作品だ。
ただ、ぼくはこの映画をみる前から、宮崎さんの思いに疑問があった。
宮崎さんはこの優秀な戦闘機開発者の何を語りたかったのか?と。
映画のラストでは優秀な戦闘機が完成する。
が、この優秀度はかなり控え目に描かれているようにみえる。
堀越の設計した戦闘機の優秀さを最初に実証したのは、初陣で中国の戦闘機を大量に撃墜したことだったはずだ。
が、そこまで描いてしまうと堀越を大陸への侵略加担者として描くことになってしまう。
宮崎さんには、技術者としての堀越を讃えながらも、戦争は賛美したくないというジレンマがあったのではないか。
この作品をみて感じる中途半端さはそこにあるのでは?
堀越という人、もともと純粋の技術者だったようだ。
堀越が少年期から描いていた空への憧れ。
彼が別の時代に生まれておれば、もっと違ったものになっていたと思うのだが、どうだろう。