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稲村亭日乗

京都の渓流を中心にルアーでトラウトを釣り歩いています

清水寺にて

2013年01月31日 | 日々
 久々に清水を訪ねる。

 以前は仕事でよく来たものだが、もう何年もごぶさた。

 久しぶりに見る舞台。



 下から見上げるとその重量感に圧倒される。



 舞台の基礎を支える石組み。
 こんなものがあったのか。
 いつも急々と通り過ぎたので気づかなかったが、城の石組のようだ。



 正面に立って清水坂を眺める。



 シーズンオフながら、続々と登ってくる人々。
 修学旅行、旗についてくる団体客。
 中国からの観光客が激減といわれるが、中国語の会話も活発。

 塔の方を振り返る。



 建物群が東山の緑に吸い込まれるように見える。

 ここでは借景がなにものにも代えがたい、としばし見とれる。
 写真ではとても表せないその量感。

 そういえば、これも仕事で山すその古い邸宅を訪問したときのこと。
 東山を借景とした庭の奥行きと立体感に思わず息をのんだことがある。
 ふだんからそんなことには素人であるぼくらまでも魅了する借景。

 実に見事だ。
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大文字山頂からの眺め

2013年01月26日 | 日々
 大寒を過ぎ、寒い日々。

 立春、啓蟄となれば渓流の季節はもうすぐ。

 が、雪や寒さで体を動かすこともおっくうに。

 このままでは体がなまる、と久々の山歩き。

 今日は大文字山を南から。

 沢の水しぶきも凍っている。

 寒いとはいえ土曜日、山歩きの人が結構出ている。

 無理せずゆっくり山頂(465.9メートル)へ。



 山道は凍るような冷気ながら風はない。

 しかし山頂に着いたとたん、開けたスペースに強風。

 急いでリュックに入れていた上着を出して着こむ。

 しばし、京の街をながめる。

 もう少しきたえておかなければ。
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赤い鳥「竹田の子守唄」

2013年01月23日 | 日々
 出会い
 その昔、アルバイト先、バーでの有線放送。
 ぼくが初めてこの曲を聴いたのはそこだった。
 ドロドロした演歌ばかりが流れていたなか、思わず仕事の手を止めたくなるような旋律、響き。
 素朴なファシ抜きの五音音階。

 何度目かに聴いたとき、
『なんという曲やろ?』
 たまらず、放送局へ電話で問い合わせ。
 曲名を聞き、すぐにEP盤を買い求めた。



 アパートで何度も聴いたものだった。

 
 疑問
 その後、この唄にかかわって人づてにいろんな話を耳にした。

 この唄の元は「京都」、「いや九州」、「いや・・・」というルーツの話。
 それに「この唄は放送禁止らしい」ということも。
 いったい誰が、なぜ?

 不確かな話から、永くそのままになっていた疑問。

 唄の解明
 最近「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」(解放出版社 2003年刊 藤田正著)を読んだ。

 この書は著者の丹念な追跡で、そうした疑問を解き明かしてくれる。

 ルーツはやはり京都。
 著者は被差別の人々の行き来の中で広がった推理なども紹介している。

 放送禁止のこと。
 これは詰まるところ、意外にも放送関係者の「自主規制」であったようだ。
 しかも成文がないそれだという。
 関係者のピリピリした心境が伝わってくる。

 
 読み終えて、やはり打たれるのは、この唄がいわゆる「子守唄」ではなく、差別、貧困という環境のなか、「守り子」の真情をつづったものであることだ。

 短い詞のひとつひとつ、そこにこめられた守り子たちの思い。
 永く唄い継がれてほしいものだ。

 
 著者の地道な追跡にも頭が下がる。



 付録のCD
 この本にはCDが付いており、赤い鳥の演奏が収録されている。
 すでに当時のレコードが手元にないぼくにはうれしい!
 と、思ったが、あの当時の版ではなく、それが残念。
 あの版は確かチェロだったかが低音をゆったりきかせ、重厚な響きをつくりあげていたはずだ。

 実に名唱、名演と言えるシングルだった。
コメント (2)
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若狭の初釣り

2013年01月18日 | 
 峠はさぞかし大雪だろう、と気合を入れて出発。
 意外にも雪はなく、ひと安心。

 大寒をひかえ、アジは無理だろうが、ガシラなら、と期待。

 第1ポイントに到着。



 やはり反応なし。

 次いで12月に細々と小アジを釣った第2ポイントへ。

 しかし、先月いた群れはどこにも見当たらない。

 やっと手ごたえ。

 『やっぱりアジ!』
 だが、よく見るとメバル君。
 8.5cm。
 小さい。
 かろうじてアシストフックに。



 あきらめてガシラをねらって第3ポイントへ。

 が、沈黙。

 一度だけワームのしっぽをくわえて走るようなあたり。
 のらず。 

 寒さは強烈。

 初釣り、敗北で幕開け。
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たたき、たたかれ

2013年01月15日 | 日々
 「昔は教師から殴られるのは日常茶飯事」
 というのは年輩者によくある語り。

 とはいえ、ぼくの小学生時代、そうでもなかった。
 が、数少ない例外も。

 担任の平手
 小学4年生のとき、授業中に悪ふざけ。
 担任がいきなり後ろから近づき、ぼくに平手うち。
 教室はシーン。

 あまりに突然だったので、ぼくはボー然。

 記憶のかぎりでは教師から手をかけられたのはこの一回きり。

 それでもこの記憶は消えない。
 
 時折り思い出しては
「あのときの先生、朝からムシの居所が悪かったのか?」
 などと勘ぐってしまう。
 また『悪いのはぼくだったが、何もたたかなくても・・・』とも。



 年長者のゲンコツ
 あとは子どもの柔道教室へ通っていたときのこと。
 年長の指導者から
「お前ら、ここに座れ!」
 と座らされ、全員頭にゲンコツ。
 気合が入っていなかったかららしい。

 ギーンという長く続いた痛み。

 その痛みとともにこの記憶も折りに触れてよみがえる。

 やはり『何もなぐらなくとも・・・』
 という思いとともに。

 記憶の苦さ
 そんな記憶が何かのきっかけでよみがえるたび、すんだこととはいえ、いい思いはない。
 そういえば上級生からあらぬ疑いをかけられて蹴られたことも。
 なぜそんな昔のことを忘れていないのだろう。
 やはり屈辱感が子ども心に鮮烈だったのか。



 たたいた記憶
 しかし、ぼくには下級生をたたいたことも。
 原田君(仮称)という生意気な下級生だった。
 ・・・
 この記憶も折りに触れてよみがえる。
 『原田君、ぼくのたたかれた屈辱感と同じ思いをもったろう。忘れられないはずだ。』
 そう感じてはいつも思う。
 もし思いがけず再会できたら、あのときのことを詫びたい、と。

 話題になっている桜宮高校。
 あの顧問教諭の指導を受けて卒業していった生徒たち。
 いま、どんな思いで高校時代をふりかえっているのだろう。
 
 

 
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体罰談義

2013年01月12日 | 日々
 大阪市立桜宮高校での自殺事件。

 連日の報道とともに広範な議論が起きている。

 いじめ自殺なら教育側が「因果関係は認められない」として及び腰。
 が、今回の場合は経過からみて因果関係は明白。
 教育側も早々に認め、謝罪している。



 この体罰、中学、高校あたりではかなりあるようだ。
 それは社会人やプロの世界とはまた違っているようにみえる。
 
 指導側と生徒との間の決定的な体力差、社会的経験差などが土壌にあるのかもしれない。

 早晩「体罰は厳禁」というところに落ち着きそうだ。

 しかし、体罰に代えて「アホ」「死ね」「二軍でもいいんやな」などといった言葉の暴力が続くとしたらどうだろう。

 若い人を心理的に追い詰めることにかわりはない。
 その意味では体罰禁止だけでは十分ではなさそうだ。

 桜宮高校のバスケットボール部は実績もよかったと聞く。
 しかし、強豪であるためには、こういう体罰がらみの指導しかないのか?

 スポーツの新しい時代、その可能性を知りたいもの。

 
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東京の地酒

2013年01月07日 | 日々
 ぼくの日本酒歴は十年余。

 全国の酒を味わってみたいというのが見果てぬ夢。

 気づいたのはこちらでは関東の酒をめったにみないこと。

 なかでも東京の酒。
 そもそも東京に蔵元があるのか?
 と思って調べると、酒造組合に十一もの蔵元が。

 3年前、東京出張で探すとあった。
 このとき飲んだのは青梅方面の酒。

 が、味はいまひとつ。
 東京勤務の同僚が
「あまりうまくないでしょう。東京は水が悪いから・・・」と。

 最近、京都の酒屋で東京の酒をみつけた。
 福生市の蔵元、多摩の地酒「夢座」。



 これは珍しい!と早速買い求めて飲んでみた。

 なかなかさわやか。

 東京の地酒も「水が悪い」ときめつけられない。
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映画「おっぱいバレー」(2008年)

2013年01月04日 | 日々
 BSで映画「おっぱいバレー」をみる。 

 やる気のない中学男子バレーボール部の顧問に就任した若い美人教師寺嶋。
 なりゆきで「優勝したらおっぱいを見せてあげる」という約束をしてしまうことに。
 それからの猛練習・・・。

 ストーリーは他愛ないものながら、なんとも着想がおもしろい。



 しかしこの美人教師、転任前の中学校で女子生徒たちにロック・コンサートにいっしょに行こうと約束。
 が、伝え聞いた管理職に「受験前の子どもたちがロック・コンサートに行くのはいかがなものか。寺嶋先生がいっしょに行こうと言ったそうだが本当か?」と問い詰められる。
 そこで「イエ・・あの・・」と否定。
 裏切られた女子生徒たちから「ウソつき」と言われた苦い前歴が。

 さて、おっぱいを見せる約束は校内でうわさとなり始めてしまう。
 寺嶋はここでもバレー部員とともに管理職に呼び出され、「うわさは本当か?」と問い詰められる。
 が、寺嶋は迷わず「約束しました」とありのままに。

 追い詰められれば人は弱い。
 自分を守るためについつい・・・とはよくある話。

 他愛ない映画ながら、そこがキラリと光る。



 そういえば、昨年の国会で新規大学認可をめぐって文科大臣、猛反発に会い、突然の前言ひるがえし。
 結局「私は言った覚えはない。事務方の誤解」ということで、わかりにくい結末に。
 でも、大臣が保身のためにその責任を事務方になすりつけたのだったとしたら「ウソつき」だ。

 時代や場を問わず、人との関わりの中にあふれるこうした話。
 だからこそキラリと光る。 
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新しい年

2013年01月01日 | 日々
 新内閣の発足。

 世の中、株価上昇、円安・・・と新しい展開。

 原発も復活しそうな気配。

 若いときには国や世界のことを熱く思ったぼくも今はただながめるのみ。

 今年はどんな年になるのだろう。

 際限なくふくらむ国の借金だけはなんとかならないものか?

 ギリシャの二の舞だけは・・・

 てなことをぼんやり考えながらの新年。

 あとふた月もすればアマゴも解禁。

 今年も川で、海で、さらに胸の高鳴るようなときを重ねたい。

 みなさん、今年もよろしく。


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