稲村亭日乗

京都の渓流を中心にルアーでトラウトを釣り歩いています

人知れず奥山に咲き

2016年02月26日 | 日々
 さて、今日の山歩きはさらに上へ。

 ヤマザクラを見つけたが、幹の中ほどでポッキリ。

     

 ツルの重さに耐えかねたのか?
 それでも折れたあたりから新しい枝が。

 このヤマザクラ、生き延びるかもしれない。

 さらに上がると大ケヤキ。

     

 大人二人でないとかかえきれない幹まわり。
 立派なケヤキだ。

 そのとなりにはヤマザクラ。

     

 ケヤキもヤマザクラもたくさんのツルに巻かれて重たそう。
 迷わずバッサバッサと切り落とす。

 さらに上がると、可憐な白い花をつけた木。

     

 なんの花だろう?
 わからない。

     

 枝にはするどいトゲがいっぱい。

     

 まるで近づいてくれるなとでも言いたげに。
 
 誰も訪れぬ、道からそれたこの奥山。
 人知れず毎年春をそっと知らせるゆかしさ。 
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「あの人はいま」余話

2016年02月25日 | 日々
 2月19日のブログで青山和子さんを書いた。

 そのBS放送ではこのほかに、いろんな人をとりあげていた。

 ベートーベン鈴木→現在作曲などを継続
 ホーン・ユキ→ガードマン
 吉沢やすみ→ほそぼそと漫画
 天馬ルミ子→夫婦でガラス店経営
 デビル雅美→つけもの店勤務
 皆川おさむ→少年少女合唱団指導
 ・・・

     
      ( 少年少女合唱団を指導する皆川おさむ )

 残念ながら、ぼくはこれらのタレントの多くを知らない。

 ただ、テレビでみると
「みんな過去の栄光はともかく、いまそれぞれ地道にやってるんや」
 とほほえましくなる。

     
      ( つけもの店で働く元女子プロレス デビル雅美 )

 とはいえ、考えてみれば、例えば覚醒剤、犯罪、貧困のどん底にある元タレントたちがいたとしよう。
 彼らが取材に応じるはずはなかろう。

 そう思えば、テレビに登場させた人々は取材しやすい人だったのだろう。

 一時期、時代の寵児となった人々のその後はむずかしい。

 ぼくが関心をもったのは吉沢やすみさん。
 大ヒット「ど根性カエル」を描いた漫画家だ。

     

 彼の話では、上京2年で大ヒット。
 年収は一挙に10倍になったそうだ。

 そこから賭けマージャンにのめり込み。
 そうして「ど根性カエル」の連載終了で、新たに多くの連載を引き受け。

 ところがここでまったく描けなくなり、逃亡し、零落したらしい。

     

 不思議なのは、漫画家でも小説家でも同じだろうが、あの構想力、アイデア・・・。
 なぜあんなにわいてくるのだろう。

 もしぼくが連載漫画家なら、すぐその限界に突き当たりそう。
 締切に追われ、心を病む自分を想像してしまう。

 いずれにしても、芸能、とくにクリエイティヴなそれ。

 人それぞれに容量が決まっているのでは?などと思ってしまい、
 やはりぼくは凡人であることに納得してしまう次第。 
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メバル いつまで釣れる?

2016年02月22日 | 
 ネットで「初心者でも必ず釣れる!メバリング入門 七つのコツ」をみる。

 「(2月は)スポーニングも終わり・・・体力消耗・・・低水温・・・
 一年中でもっともメバルが釣りにくくなる季節・・・」とある。

 ぼくの昨年の経験では、2月でなく、3月がいちばん釣れなかったのだが。

 さて、またまた若狭。

      

 地元の若い兄さんが桟橋先端で釣っている。

 メバルの釣れる・釣れないの季節について尋ねると
「いや、メバルって年中釣れますよ」と答える。

「??、そうなのか」

 さらに、この港では常夜灯の下よりも暗いところをねらった方が釣れると。
 また、アジについては、サビキなら今でも釣れると。

 ホウ、この時季の若狭、アジは姿を消すのでなく、ワームに反応しないだけなのか。
 
 さて、釣り開始。

 今日の第1号、17時34分。

      

 メバルの食いはいつもとほぼ同じ時刻に始まる。
 
 メバルは夜行性と聞くが、これが一日の始まりのよう。
 このあと、連続ヒットしたが、3匹目は足元でばらし。

 次の釣り場へ。

 相変わらず小さいのが釣れるものの、だんだんあたりは少なくなってきた。

      

 去年と同じく、3月に向かってメバルは食わなくなってしまうのだろうか。

 本日 メバル 10匹(12~16cm)
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戦後昭和の記念碑「愛と死みつめて」

2016年02月19日 | 日々
 BSで「あの人はいま」。

 そのなかになつかしの歌手 青山和子。

 もう69歳になるという。
 今は都内でスナック「マコとミコ」を夫婦で経営しているそうだ。

 時々歌手としても活躍しているとかで、温泉地での映像が流されていた。

     

 1964年のベスト・セラーとなった「愛と死をみつめて」。

     

 難病のミコと彼女を励まし続けた中央大学の学生 マコとの実際にあった純愛。
 ミコの悲しい死、その話に日本中が涙したのもなつかしい。

 この物語は映画化され、またテレビ・ドラマでも。

     

 さらに、歌になって大ヒットしたが、その歌手が青山和子。

 後で知ったことだが、作詞は当時明治大学の学生だった大矢弘子さん。

 この歌詞、おそらく出版された本の中から得られた断片からねりあげたものだろう。  

 「二人の愛はとわに咲く」といったあたりはやや紋切型ながら、それでも
 「はかないいのちと知った日に いじわる言って泣いたとき・・・」
 「二人で夢みた信濃路を 背負って歩くと言った…マコ」

 このあたりは具体的でとてもよくできている。

 「ミコのいのちを生きて…マコ」という歌の締めくくりは胸に迫る。

     

 「そうや、次のカラオケでは!」
 と思うけれど、この歌、「なりきって」しまうといつも泣けてしまうのだ。

 なつかしい戦後 昭和の記念碑のひとつともいえる物語、そして歌だった。
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久々の冬山歩き

2016年02月16日 | 日々

 今年の冬は山歩きもごぶさた。

 久々にノコギリをもって比叡の山麓へ。

 ドングリ平とぼくが命名する一帯へ。
 ドングリの落ち葉の間に殻斗(ドングリの実の座布団)がいっぱい。

     

 殻斗はいっぱいあるが、実はひとつもない。
 動物に食べられたのか、それとも朽ちたのか?。

 これだけたくさんの実を落としながら、育つのはほとんどない。

 自然界というものは興味深い。

 さて、見つけた。
 ヤマフジ6本にからまれたドングリ。

     

「待っとれよ、助けたるから」とツル切り。

 次はもう手遅れのドングリ。

     

 枯死しているが、ツルはとなりのドングリに触手。

 これもギコギコと切り落とす。

 かなりのツルを切ったところで足がガクガク。

 久々で疲れた。

 山を降りる途中で太いヤマザクラ。

          

 これにからんだツルは昨年切った残骸。

 いつ見てもヤマザクラの黒っぽい幹はいい。
 今年の春も元気に花を咲かせてくれよ。
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凪(なぎ)を釣れというメバル

2016年02月14日 | 
 メバル釣り、ぼくにはそれほど経験はない。

 あるガイド・ブックによれば、メバル釣りの鍵は凪+大潮だとある。
 俗にその凪のことを「メバル凪」というそうだ。

 さて、今日の若狭、凪でないどころか、超強風。

          

 先着の釣り人がポケットに手を入れて海を見ている。

 声をかけると
「風が強うて竿出す気にもならんわ」と言う。

 せっかく若狭まできたのだから、と釣り開始。

 が、風に吹かれて釣り糸が大きく湾曲。
 確かに釣りにならない。

 場所を移動し、崖下の港へ。

 ここでやっと1匹。

     

 ミニミニのメバル。

 けれども反応はいまひとつ。

 ジグ・ヘッドを重くして深場を探る。
 オッ、きたきた。

     

 ジグ・ヘッドというもの、重さをいろいろ変えてみるもの。

 考えるに、凪というのは本当にメバルを活発にさせるのか?
 ただ単に、風にじゃまされることなく釣りやすいということではないのか?

 などと考えながら、渋いこの日の釣りを終える。

 本日 メバル 8匹(10~16cm)
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足元のこともしっかり

2016年02月10日 | 日々
 小笠原方面で中国密漁船団がバッコしてからもう幾月。
 最近はそんなニュースも耳にしなくなった。

 あの当時、「中国人というのは何たる・・・!」と憤ったのはぼくだけではあるまい。

       

 ところで、最近 河井智康著「日本の漁業」(岩波新書 1994年刊)を読んだ。
 少し古いが、日本漁業の問題を広くわかりやすく説明しており、とても興味深かった。

 注目したのは日本の漁業経済水域問題。
 議題になったのは1973年の海洋法会議。

 200カイリ案に対し、日本は遠洋漁業の利害から反対したそうだ。

 日本に同調する国はなく、タンザニア代表からは
「漁業の自由を主張する国(日本)は、魚が食べられないほど自国の近海を汚染したあとで、他国の海に魚をとりにやってくる。彼らは自分の利益しか考えない民族である」(P77)と批判されたという。

 実際、「遠洋漁業、国際漁業をめぐっては、日本の漁業がしばしばヤリ玉にあげられてきた。漁獲量制限の大幅な超過があるとか、体長制限についてのごまかし、あるいは漁業水域の違反など・・・残念ながら事実である。」(P79)

 ホウ、そんなことがあったのかと今さらながら驚く。
 
 こうみると、中国漁船とは違い、日本漁船はひたすら紳士的にふるまってきたかに思い込むのは誤りのようだ。
 (今はどうなのかはわからないが。)

 そういえば、台湾の地震。
 今も救助作業が続いている。

 併せて報じられたのがサラダ・オイルの一斗缶の露見。

        

 思わず「なんという!」とひっくり返りそうになってしまう。
 が、昨年発覚した杭打ち偽装とその広がり。

 それを思えば、程度の差はともかく、情けないのは同じ。

 足元のこともしっかり踏まえておかなければフェアじゃない。
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若狭の小メバル 今夜は元気

2016年02月07日 | 
 先日はメバル2匹の貧果。

 今日は出直し。

     

 潮は澄んでいる。
 これなら釣れるハズ!と気合。

 夕まずめ、最初のあたりは 17:36。

     

 これに続いてミニメバル。
 が、その後は続かず、がっかり。

 予想に反し、潮の清濁が問題ではなかったようだ。

 次の釣り場。
 桟橋先端で念入りに探ったが、シーン。

 気をとりなおし、浅場の藻の周りにジグ・ヘッドを投げる。
 すると、すぐにミニメバル。

「オッ、小さいけどおるおる」と気分は高揚。

 いや、小さいのばかりではない。
 中サイズも混じる。

     

 沈みの遅い、軽めのジグ・ヘッドが合っているもよう。

 メバルのコンッという魚信はとても楽しい。

 そこへ滋賀から来たという二人組。
「さっぱり釣れません。いつもはバス釣りで、海は今日が初めて。」
 と言う。

 で、教えてほしい、と。

 ジグ・ヘッドを見せてもらうと1.5g。
 重い!

 ワームも大型。

 この場所で、これでは・・・と、とりあえずぼくの釣り方を伝えて帰路に。 

 小さいながら、今夜は満足。

 あの二人、どうなったかな。

 本日 メバル 16匹(9~16cm)
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トキワ荘と寺田ヒロオ

2016年02月05日 | 日々
 BSで映画「トキワ荘の青春」(1996)をみる。

 ぼくはあまり漫画にはくわしくない。
 が、「寺田ヒロオ」という名前を耳にしたとき
「寺田ヒロオ?・・・聞いたことが・・・」と思った。

 思い出したのは子どもの頃に読んだ漫画雑誌。

 確かにそんな漫画作家がいた。

     

 もっとも、どこか地味で、あまり好きではなかったような気がする。

 その寺田ヒロオが主人公。

 彼は子どもに夢や理想を語る漫画を志していたらしい。

 しかし映画の中で編集者から「修身の教科書じゃないんだ」といわれるシーン。

 実際、漫画全般が刺激的なものに変わっていくなか、彼はあえてその志を貫こうとしたようだ。

 映画は、そんななか、寺田がトキワ荘を去るあたりで終わる。

 実際の寺田は、その後も自分の作風を貫くが、42歳にして断筆。
 家族とも別に、離れで一人暮らす没交渉の人生をおくり、61歳で死去とある。

 青春の夢に忠実だった人生。
 うらやましい。

 が、小市民的な発想に傾きやすいぼくには
「日々の生活費はどうしていたんだろう?
 家族は黙々とそれを受け入れたんだろうか?・・・」

 とてもぼくにはできないような気がする。

 それはともかく、ここに登場する月刊「少年」「ぼくら」「少年画報」「冒険王」・・・。
 どれもこれもなつかしい。

 友との間でボロボロになるまで読み回したあの頃。

 「胸の振り子」に代表される数々の挿入曲も時代をよく映している。

     

 魅力的な作品だ。
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賀茂川 アマゴ発眼卵の籠上げ

2016年02月03日 | トラウト
 賀茂川漁協によれば、今日はアマゴの籠上げの日。
 ホーム・ページでも「見にきて」とある。

 発眼卵の埋設からほぼ2カ月。
 どんな風にするのだろう?と興味津々。

 ぼくもウェイダーをはいて参加。

 奥地に到達。
 水温は5.5℃。

 漁協関係者が「ここや」と指さし、川砂利の取り除き作業開始。

     

「エッ、発眼卵はどこに?」と思ったら間もなく籠が掘り出された。

     

 ふたを開けると、ゴマメのような稚魚がいっぱいはねている。
 つまり、発眼卵の籠は川砂利の下に埋められ、そこで孵化していたわけだ。

 稚魚たちは、この日、生まれて初めて光を見たことになる。

    

 それをバケツに移す。
 数はこれでも5000匹ほどいるらしい。

    

 透明の水槽に入れると、3センチくらいのアマゴ。
 腹の「さいのう」はもう小さくなっている。
 
    

 続いて放流。

    

 若き組合長サワさん。
 放流には流れのたるみを選び、そこに先ず川底の枝葉を拾い入れ。石や木で固定。

 枝葉には川の微生物がついており、それが稚魚のエサになるという。
 そこにアマゴを入れていく。

    

 なかなか根気のいる作業だ。

 サワさん。
 この技術をよその漁協から学んできたという。

 発眼卵埋設方式の試みはまだ2年目。
 孵化した稚魚がどれだけ生き延びるかは未知数だそうだ。

 が、この意欲には敬服。
 ヤル気の賀茂川漁協、応援したいね。
  
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