とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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帰ってきたインディ・ジョーンズ

2008年06月22日 09時16分45秒 | 映画評論
「人気シリーズの主人公を演じた役者が10年以上経過して同じ役柄で登場したら思いっきり失望した」という経験は誰にとっても少なくない。
その最大の原因は実年齢が高いにも関わらず過去の若い役柄を演じるために無理が生じることにある。
で、見る側としては失望感に加えて痛々しさも感じてしまい「こりゃ見ちゃおれんわい」となってしまう。
例えば継続されたシリーズでも「男はつらいよ」は初期の作品は渥美清が若かったから良かったものの、晩年の作品は「この人、おじいちゃんになってもフーテンなの?」と笑えない痛々しさを誘っていた。
また、NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」の篤姫も悲惨だった。
今放送中の大河ドラマでは主人公の篤姫を若くて容姿の整った宮崎あおいが演じていて「姫」と言う感じがして好感が持てる。ただ、あまりに現代的なお姫さまのため番組がコメディに見えてしまい少しく問題だ。
この宮崎あおいが演じている篤姫を「翔ぶが如く」では当時実年齢45歳の富司純子が演じており、好感どころか悪寒を感じたのであった。
例えば加山雄三演じる島津斉彬との別れのシーン。45歳の富司純子演じる17歳篤姫は無理を通り越し、視聴者に吐き気さえ感じさせ、ドラマの全てをぶち壊していたのであった。

そういう意味では「インディージョーンズ クリスタル・スカルの王国」で19年ぶりに主役を演じたハリソン・フォードはルーカスのアイデアとスピルバーグの演出により見事に同じキャラクターをン時切ったと言えるだろう。

時は以前の冒険から20年以上が経過した1950年代。
憎きライバルは第三帝国ナチス・ドイツから社会主義の覇者ソビエト連邦に代わっていた。
インディは考古学者だが、アメリカ中央情報局CIAのエージェントでもあり、その身分がなんとも自然。
ストーリーもさることながら、原点回帰というか雰囲気は終盤が若干違うものの一作目「レイダース」を踏襲しているようで、かなりアナログ。
これまた魅力的だった。

産経新聞に、
「今回の作品はフィルムで撮影しました」
というルーカスのインタビューが掲載されていて、作品を見てなるほどと思った。
ルーカスやスピルバーグの作品に限らず最近のアメリカ映画の大作はパナソニックやソニーの映画用デジタルハイビジョンシステムで撮影されていることが多い(スターウォーズエピソード1~3など)のだが、やはり活劇としてのインディ・ジョーンズの雰囲気を大切にするためにフィルム撮影したのだろう。

ともかく、色々と見ごたえのあるシーンの多い今作品。
私の最もお気に入りなシーンは1950年代のシカゴのシーン。
年代物のアメ車が走り回り、街をゆく人びとの独特のファッションが「凄い!」と観客に認識させるのは、「アメリカン・グラフィティ」のルーカスの遊び心か。

そういえば、前作でインディの父を演じたショーン・コネリーも10年以上のブランクを置いて同じ役柄を見事に演じたことがある。
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」
やっぱりジェームズ・ボンドはコネリーや!、と認識させる傑作だった。

今作ではコネリーの姿を写真以外に見ることはできなかったが、ハリソンとコネリー。
面白い共通点ができたものだ。

~「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」2008年作 パラマウント映画~


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