とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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ミャンマー大冒険(86)

2006年08月27日 20時07分03秒 | 旅(海外・国内)
2つ目の寄港地を出発してからすぐ、昼食は2階のサロンでとることにした。

「満員になったら困るので早めに食べましょうね」
というのが表向きの理由だったが、本当は、
「朝食を抜いているので腹が減って大変。だから早く食べましょうね」
というのが真相であった。

せっかくなのでデイビット夫妻もお誘いし一緒に昼食をということで、4人でテーブルを囲んで食事をすることにした。
豪華(くどい)観光船のシェカナリー号の昼食は日頃の私には似合わず結構オシャレだった。
テーブルには白いクロスが掛けられ、中央には美しい花が彩りを添えている。
ドアからは涼しい川風が入ってくる。
不思議なことに、このサロンでくつろいでいる旅行者は少なく、ソファで数人の白人の旅行客がくつろいでいる程度だった。

私はまたまた焼きそばを注文し、Tさんはミャンマーカレー、デイビット夫妻もそれぞれお気に入りの料理を注文した。
本当であれば、ここでビールを一杯、というのが理想だが、アルコールが入るとこの素晴らしい雰囲気を楽しむ私のセンサーが狂ってしまうことが考えられるし、第一、「........昼間からビールですか........」とTさんに叱れる可能性が極めて高い。
「スプライトちょうだい」
と妥協したのであった。

それにしても焼きそばとスプライトの組み合わせは考えものである。
焼きそばの油っぽい味と、スプライトの甘ったるい味が口中でミックスされ、かなりクドイ味覚になってしまうのだ。
それでもダゴンマン列車での出来事やマンダレーの感想など、結構話は弾んだのだった。

昼食が終ると、またまた単調な船旅に戻った。

それでも蒼く高い空や川岸に時々みられる村の風景などを眺めていると心が和んでくる。
日頃、大阪や東京といった超大都会で働いていると、やはり人間と言うものはその本能を失ってしまうものかもしれない。
イライラや仕事における締め切りや、わけの分らない人たちとの接触が普通の神経を蝕んでいくのだ。
こうしてミャンマーを訪れ、静かでゆっくりとした時間の流れに身を任せると、そういう都市の捻じれた生活がいかに不自然なのもであるのかと、つくづく実感する。
とはいっても、都会を離れるわけにはいかない。
私の生活基盤は都市にある。
混沌とした魑魅魍魎の棲むアマゾンのジャングルのようなところだが、そこを離れるとたちまち懐が干上がってしまうことも、また事実だ。

「どうしたんですか?」

船首と後方デッキを繋ぐ側面の右舷デッキにしゃがんで考え事をしていたらTさんがやってきた。

「ちょっと考え事をしていたんです」
「そうですか」

Tさんは私の隣にしゃがみ込んで話を続けた。

「いい天気ですね」
とTさん。
「そうですね。ちっとも暑くないですよ。涼しいくらい。」
と私。
「ほんと、船の旅は良いですね。日焼けしちゃいましたけど」
「私も焼けてます。Tさんよりも黒いかも」
「ほんとですね。日本人じゃないみたいです」
「..............」

昨年Tさんと初めて会った時、「ヤンゴンに出て来て9年になります」と言っていたから彼女の都会暮らしは10年になる。
10年暮らしても故郷の田舎の方が良いという。
でも、性格的にも経済的にも田舎での生活は出来そうにない、と話しているところをみると、ミャンマーであろうが日本であろうが、人が生活をするというのは簡単ではないということなのだろう。
豊かな自然が溢れる田舎での生活は肉体だけでなく精神の健康にもいいのだろうが、経済的問題がある限り都市での生活は避けられない。
Tさんの場合は田舎で病気療養しているお姉さんの医療費も稼がなくてはならないのだ。
医療保険制度など当然無く、公務員給与が月額US6ドル程度(当時)のこの国で薬代や診察代を稼ぎ出すのは容易ではない。

彼女を元気づける為にもなにか面白い話をしてあげようか、と思ったところに、午前中に前方デッキで読書をしていた「ゴッツイ」白人女性がデッキを私たちの方へ歩いてきた。
「......船、傾くやん」
「......なんてこと言うんですか」
とTさんは笑った。

つづく


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