12日(水)。昨日の朝日朝刊社会面に「『HIROSHIMA』売り上げ急増」という小さな記事が載りました。超訳すると
「ゴーストライターによる代作が問題化している佐村河内守名義の「交響曲第1番」の売り上げが、一連の騒動を受けて急上昇している 約2,000枚を売り上げ、オリコンの週間ランキング(3~9日)で前週の300位圏外から27位に浮上、クラシック部門で1位になった」
この2,000枚の購入者の動機は個々に異なるでしょうが、純粋に音楽が聴きたいと思って購入した人がどれ程いたのか、はなはだ疑問です 少なくない人が「ヤフオク」などに出品して小遣い稼ぎをしようとしているのではないか、と想像します 同CDはつい先日出荷が停止されましたが、すでに18万枚以上が市場に出回っています。どうせ買ったのなら、誰の作曲であろうが、一度は純粋に音楽として聴いてみてほしいと思います
閑話休題
昨日、上野の東京藝大奏楽堂で東京藝大チェンバーオーケストラ第22回定期演奏会を聴きました プログラムは①ハイドン「交響曲第94番ト長調”驚愕”」、②モーツアルト「ホルン協奏曲第1番ニ長調K.412+K.514(386b)」、③同「ホルン協奏曲第4番ホ長調K.495」、④プロコフィエフ「交響曲第1番ニ長調”古典”」です。年に2回のうち1回は指揮者なしで演奏するとのことで、今回の公演は指揮者なしです。②③のホルン独奏は東京藝術大学准教授・日高剛です
東京藝大チェンバーオーケストラは2003年に創設され、同大学音楽学部と大学院に在籍する弦楽器の学生たちが中心となって活動している室内オーケストラです
全席自由のためどこに座るか迷いましたが、室内楽規模のオケなので出来るだけ前の席にしようと、1階6列24番のセンターブロック右通路側席を押さえました 会場は入場料1,500円と格安のためか8~9割方埋まっている感じです
オケのメンバーが登場します。左から第1ヴァイオリン、第2バイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスというオーソドックスな編成です。相変わらず女性奏者が多く、男子学生は数えるほどしか見当たりません 前半のコンサート・ミストレス(女性のコンサート・マスター)は、第62回全日本学生音楽コンクール大阪大会高校の部第1位、東京藝大大学院修士課程1年在学中の石田紗樹です。この人の演奏はかつて聴いたことがあります。JTアートホールだったでしょうか
チューニングの後、通常だと指揮者が登場するわけですが、今回は指揮者なしでの演奏なので、石田の合図により阿吽の呼吸でハイドン「交響曲第94番ト長調」第1楽章が始まります
この曲は1791年(つまりモーツアルトが死去した年)ロンドンで書かれた通称「ザロモン・セット」のうちの1曲ですが、第2楽章の途中で急に大きな音を出して聴衆をビックりさせることで有名な曲です まさにユーモア作曲家ハイドンの真骨頂の名曲です
さて、「指揮者なしでの演奏はいかがなものか?」と、半ば不安げに聴きはじめたのですが、杞憂に終わりました 演奏する若者たちの真剣な眼差しが印象的です。弦も管も素晴らしく、交響曲を確立したハイドンの名曲を愉悦に満ちた見事なアンサンブルで聴かせてくれました
次いで、東京藝大卒業後、広島交響楽団、日本フィル、読売日響、NHK交響楽団と渡り歩いて、現在東京藝大准教授を務める日高剛が登場し、モーツアルトの「ホルン協奏曲第1番」を演奏します 協奏曲では珍しく2楽章から成ります。モーツアルトは24歳年上のロイトゲープのために4曲のホルン協奏曲を書きましたが、そのうちの1つです 現在有力視されている説によると、第1楽章をモーツアルトが1791年に完成した後、死去したため、弟子のジュスマイヤーが翌1792年に第3楽章を補筆して完成させたようです。したがってケッヘル番号はK.412+K.514(386b)となっています。この曲は第1番となっていますが、第3楽章の完成が1年後になった関係で、作曲順は2番→4番→3番→1番ということで最後の協奏曲という可能性が高いとのことです
日高は牧歌的なフレーズを朗々と奏で、明るく伸び伸びと演奏しました 第2楽章の冒頭のメロディーを聴くと、まるで歌劇「魔笛」のパパゲーノが出てきて歌い出しそうな感じさえしました
休憩後は、コンミスが長尾春花に代わります。彼女は2008年にロン=ティボー国際コンクール第5位入賞者です 私はかつて、彼女がドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を、たしか東京交響楽団をバックに演奏したのを覚えています その後、同じこの奏楽堂でメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲で第1ヴァイオリンを弾いたの記憶しています
モーツアルト「ホルン協奏曲第4番」は歌劇「フィガロの結婚」初演から2か月後の1786年6月に完成しました。プログラムの解説によると、当時のバルブのないナチュナルホルンで演奏するにはかなり高度なテクニックが必要な曲だということです ロイトゲゲープという演奏家がいかに技巧的に優れていたかが分かります
第1楽章の冒頭を聴いた瞬間、オケの音が引き締まったのを感じました。もちろん、第1番と第4番の曲想の違いはあるのですが、コンミスが代わったことによる影響もあるのではないか、と感じました 前半のコンミス石田紗樹はどちらかというと明るく感情を外に出すタイプ、それに対し後半の長尾春花は生真面目で感情を秘めるタイプ、と言ったら良いのでしょうか。その点、4曲のプログラムにおけるコンミスの役割分担は絶妙だったと言わざるをえません
この曲は第1楽章と第3楽章にホルンのカデンツァがありますが、日高は何の困難もなく明るいモーツアルトを表現しました。さすがは5年間N響で首席代行を務めただけのことはあります
最後はプロコフィエフ「交響曲第1番”古典”」です。再びオケだけの演奏に戻ります。この曲は1917年に作曲されました。彼自身「現在ハイドンが生きていたら作曲したであろうような作品を書こうと思った」として作った曲です 全曲を通して明快で溌剌とした曲です。第1楽章、第2楽章と顔色を変えず生真面目に演奏していたコンミスの長尾が、第3楽章に入ろうとするとき、若干腰を浮かして「さあ、みんな行くわよ」という感じで満面の笑顔で弾き始め、第2ヴァイオリン首席に移った石田をはじめ他のメンバーが長尾に呼応して生き生きと演奏し始めたのが印象に残ります
そして、最後の第4楽章のフィナーレを迎えます。指揮者なしでモルト・ヴィヴァーチェを突っ走ります 指揮者がいても、彼らはそっちのけで弾き切るのではないか、と思うほど乗りまくっています 爽快な素晴らしい演奏でした
会場一杯の拍手に応え、アンコールにいま演奏したばかりのプロコフィエフの第4楽章を演奏しました
プログラムに挟み込まれたチラシによると、次会の定期演奏会は6月21日(土)午後3時からで、プログラムは①エルガー「序奏とアレグロ」、②オネゲル「交響曲第2番」、③ワーグナー「ジークフリート牧歌」、④モーツアルト「交響曲第41番”ジュピター」で、指揮は新国立劇場芸術監督で東京藝大で後進の指導に当たっている尾高忠明とのこと 残念ながら私は、その頃コンサートの日程が超過密ダイヤのため聴きに行けません 全自由席1,500円は超格安です。チケットの前売りは2月26日開始予定とのこと。学生オケを馬鹿にすることなかれ 迷うことなくお薦めします