アルコール依存症の舅と拘っていた頃、流血事件は日常茶飯事だった
大抵は転んで怪我をする
アルコールを飲んでいるから出血の量も半端じゃない
いつも電話がきて夫が病院へ連れて行く
私が次の日にその血を掃除しに行く
1番凄かったのはやはり階段から転げ落ちて
玄関のガラス扉に突っ込んで行ったときだろう
夜中に姑から電話が来て夫が駆けつけたとき
舅は割れたガラスに頭を突っ込んで血だらけで倒れていたそうだ
ギザギザに割れたガラスが今にも首に刺さりそうで舅は右にも左にも向けず
ただ天井を見つめていたそうだ
夫はそれをみて「遂に死んだか」と思うほどの血の海だったらしい
手で丁寧にガラスを避けて病院へ運んだ
以外にも手首を切っただけで他は大丈夫だった
次の日掃除しに行くと本当に凄い量の血だまりが出来ていた
私は人間の血があれ程生臭いとは知らなかった
こみ上げる吐き気を抑えて掃除をした
そんな事を繰り返しても血というものになかなかなれることは出来ないものだ
なぜかよく血を流して倒れている人に出くわす
初めて息子を連れて大きなお祭りに行った時も
フラフラ酔ってと食堂から出てきたおじいさんが
私と息子の目の前で頭から転んだ
ビックリして「大丈夫ですか?」と聞く
「あぁ」と行って振り向いたおじいさんは頭から血がダラーと流れ出した
私は慌ててティッシュを渡したが血の量が多くて追いつかなかった
夫を探したが凄く遠くでタバコを吸って見ているだけだった
なんて冷たいんだ・・・と腹が立った
息子は怖がって大声で泣き出してしまった
お祭りの係りの人が来て救急車を呼んでくれた
私が夫のところへ行って「逃げるなんて酷い」と怒った
「俺、酔っ払って血流してるやつ見ると殴ってやりたくなるんだ」と言った
私と結婚するずっと前から酔った舅は喧嘩してナイフで刺されたり、交通事故にあったりしてその度に夫は嫌々世話をし続けてきたからなのだろう
私も今はやっぱり酔った人は敬遠してしまう
酔って道端に寝転んでいる人
酔って怒鳴り声をあげてる人を見ると
体がガタガタと震えて止まらなくなってしまう
今日は息子の帰りが遅いなと思ってドアを開けて様子を見ようとした
すると道の向こうに男の人がこちらに足を向けてバタバタと暴れていた
凄く苦しそうに手をブルブルと震わせて倒れていた
ビックリして「どうしたんですか」と声を掛けて見た
返事がない。
そのうち動かなくなった
急いで走って近づくと血が流れていることに気がついた
一瞬舅が来て転んだのかと思った
どう見ても違う人だけれど舅が今にも立ち上がって私に襲い掛かって来そうに錯覚してしまった
でもとにかく気を取り直して救急車を呼んだ
救急車の人に
「意識はありますか?」
「何処から出血してますか?」
「呼吸はしてますか?」と矢継ぎ早に質問されるけれど
恐くて近づけないのだ
どうしても目の前に倒れているこの人が舅に見えてしまうのだ
とにかく勇気をだしてと自分に言い聞かせて
「大丈夫ですよ。今救急車が来ますからね」と言った
その時
「うーん」と返事をした
近所の人が出てきて後はいろいろやってくれた
その人は救急車に無事乗せられて行った
酔って倒れているように見えたけれどそうではなかったらしい
持病の発作だったそうだ
私は血を見ただけで酔っているんだ。恐いと思ってしまった
近所の人が来ていなかったらどうなったのだろうと考えると
私は逃げ出してしまったかもしれない
その人は途中から意識を回復して起き上がろうとしていた
近所の人が「寝ていたほうがいい」と言って側についていた
私はその人が最初に起き上がったとき本当に恐いと感じてしまったのだ
今も手が冷たくなって動きづらい
私は最後までその人の側には行けなかった
情けない。
自分はまだ舅に心を縛られたままなのだなと思った
あの人は何も悪くないのに私はどんな目で見つめていたのだろう
きっと軽蔑の目をしていたに違いない・・・
アルコール依存症の「病を憎んで人を憎まず」の教えが全く出来ていなかった
反省させられる出来事だった
大抵は転んで怪我をする
アルコールを飲んでいるから出血の量も半端じゃない
いつも電話がきて夫が病院へ連れて行く
私が次の日にその血を掃除しに行く
1番凄かったのはやはり階段から転げ落ちて
玄関のガラス扉に突っ込んで行ったときだろう
夜中に姑から電話が来て夫が駆けつけたとき
舅は割れたガラスに頭を突っ込んで血だらけで倒れていたそうだ
ギザギザに割れたガラスが今にも首に刺さりそうで舅は右にも左にも向けず
ただ天井を見つめていたそうだ
夫はそれをみて「遂に死んだか」と思うほどの血の海だったらしい
手で丁寧にガラスを避けて病院へ運んだ
以外にも手首を切っただけで他は大丈夫だった
次の日掃除しに行くと本当に凄い量の血だまりが出来ていた
私は人間の血があれ程生臭いとは知らなかった
こみ上げる吐き気を抑えて掃除をした
そんな事を繰り返しても血というものになかなかなれることは出来ないものだ
なぜかよく血を流して倒れている人に出くわす
初めて息子を連れて大きなお祭りに行った時も
フラフラ酔ってと食堂から出てきたおじいさんが
私と息子の目の前で頭から転んだ
ビックリして「大丈夫ですか?」と聞く
「あぁ」と行って振り向いたおじいさんは頭から血がダラーと流れ出した
私は慌ててティッシュを渡したが血の量が多くて追いつかなかった
夫を探したが凄く遠くでタバコを吸って見ているだけだった
なんて冷たいんだ・・・と腹が立った
息子は怖がって大声で泣き出してしまった
お祭りの係りの人が来て救急車を呼んでくれた
私が夫のところへ行って「逃げるなんて酷い」と怒った
「俺、酔っ払って血流してるやつ見ると殴ってやりたくなるんだ」と言った
私と結婚するずっと前から酔った舅は喧嘩してナイフで刺されたり、交通事故にあったりしてその度に夫は嫌々世話をし続けてきたからなのだろう
私も今はやっぱり酔った人は敬遠してしまう
酔って道端に寝転んでいる人
酔って怒鳴り声をあげてる人を見ると
体がガタガタと震えて止まらなくなってしまう
今日は息子の帰りが遅いなと思ってドアを開けて様子を見ようとした
すると道の向こうに男の人がこちらに足を向けてバタバタと暴れていた
凄く苦しそうに手をブルブルと震わせて倒れていた
ビックリして「どうしたんですか」と声を掛けて見た
返事がない。
そのうち動かなくなった
急いで走って近づくと血が流れていることに気がついた
一瞬舅が来て転んだのかと思った
どう見ても違う人だけれど舅が今にも立ち上がって私に襲い掛かって来そうに錯覚してしまった
でもとにかく気を取り直して救急車を呼んだ
救急車の人に
「意識はありますか?」
「何処から出血してますか?」
「呼吸はしてますか?」と矢継ぎ早に質問されるけれど
恐くて近づけないのだ
どうしても目の前に倒れているこの人が舅に見えてしまうのだ
とにかく勇気をだしてと自分に言い聞かせて
「大丈夫ですよ。今救急車が来ますからね」と言った
その時
「うーん」と返事をした
近所の人が出てきて後はいろいろやってくれた
その人は救急車に無事乗せられて行った
酔って倒れているように見えたけれどそうではなかったらしい
持病の発作だったそうだ
私は血を見ただけで酔っているんだ。恐いと思ってしまった
近所の人が来ていなかったらどうなったのだろうと考えると
私は逃げ出してしまったかもしれない
その人は途中から意識を回復して起き上がろうとしていた
近所の人が「寝ていたほうがいい」と言って側についていた
私はその人が最初に起き上がったとき本当に恐いと感じてしまったのだ
今も手が冷たくなって動きづらい
私は最後までその人の側には行けなかった
情けない。
自分はまだ舅に心を縛られたままなのだなと思った
あの人は何も悪くないのに私はどんな目で見つめていたのだろう
きっと軽蔑の目をしていたに違いない・・・
アルコール依存症の「病を憎んで人を憎まず」の教えが全く出来ていなかった
反省させられる出来事だった
餌をあげる度に鈴を鳴らしていたら、鈴の音を聞くだけでよだれがでてくるという実験。
条件反射ですね。
流血をみると、酔っている人と浮かんできて、酔っている人をお舅さんと結び付けてしまう。
ちっこさんも条件に反射しているんですね。
しかし、これは、再学習や思い込みの解除によって変えられるのだそうです。
ちっこさんはすでに気付かれているので、思い込みの解除の道を歩んでいるように感じますよ。
お舅さんと結び付けることなく、過ごせる日も近いように感じます。
気がついていませんでした
ヤンマーさんのコメントでハッとしました
聞いてもらえてよかったです
あれからも恐怖心が抜けずよく眠ることができませんでした
そうですね
流血イコール酔っ払いじゃなかったという経験を私は積んだんですね
あの人は酔っていなかった
血を流して倒れていたけれど酔っていなかったんですよね
凄く安心しました
ありがとうございました
人助けできて\(^O^)/よかったですネ。
ティッシュわたしただけって感じで情けないです
でも、本当に大した事がなくてよかったです
流血を繰り返す舅さんへのお世話、大変でしたね。
依存症の方は、底つきしてもらわないと自覚しないので、
かかわる方々はそれこそ身を削って接しなければならないと思います。
ちっこさんは、倒れた他人に対してちゃんと近より声をかけ、
救急車を呼ばれた、すごいことです。
嫌悪感を覚えるのは自分のことですが、それと分けて
他人を助けるべく行動したのです。
何も自分を責める必要はないと思いますよ。
「病を憎んで人を憎まず」なんて
そんな神さま仏様みたいなことはできないのは当たり前。
特に、被害に遭った当事者に聖人を求めるって酷です。
そんなこと、第3者が思って実行すればいいことです。
そういう意味では、身内だけで対処せず、第3者が介入することの
大切さを思うのです。
私は、「モラハラを憎んで夫を憎まず」なんてことはできません。
夫とは顔も見たくない、話したくもない。
そして、夫は決して「底つき」なんてしないでしょうから。
そういう意味で、ちっこさんが舅さんとかかわることをやめたのは
勇気ある、正しい決断でした。
かかわることをやめる辛さに耐えるちっこさん、すごいです。
本当に「病を憎んで人を憎まず」難しいです
舅を憎むと言うより恐ろしい人というのが抜けないんです
いつも、いつもドアを開けるときにそこに舅が立っているような気がしたり
道を歩いていると後ろから舅が声をかけてきたらどうしようみたいな恐怖が付きまとって離れないんですね
拘ることをやめる辛さは本当に自分の中の問題なんだなと感じています
それを克服できる日がくるといいなと毎日思っています
ウメさんに励ましてもらえると説得力あって元気がでます
「負けないぞー」と思えました
ありがとう