Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

アルマンジョン師の『この世の終わりと未来の生命の玄義』

2007年09月17日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

兄弟姉妹の皆様、
 有名なアルマンジョン師『この世の終わりと未来の生命の玄義』をインターネット上で読むことが出来ます。


 聖テレジア自叙伝「カルメル山の小さき花」(カルメル会修道院訳 1951年初版 112-113ページより)

「久しく前から私は自分の霊的生活を『基督に倣いて(イミタシオ)』の中に含まれている「純粋な小麦粉」で養っておりました。その頃私はまだ福音の中に隠されている宝を見出すことを存じませんでしたので、これが私のためになる唯一の本なのでございました。この小さい本は片時も私の側から離れませんでした。それで家の者は面白がり、叔母上などは度々『イミタシオ』をとって、どこでも手当たり次第に開けながら、丁度出た章を私にそらで言わせて御覧になるのでした。

 十四歳になりました頃、天主様は私の知識欲を御覧になって、純粋な小麦粉に、更に「密と油とを豊かに」添えねばならないとお考えになりました。そしてこの密と油とをアルマンジョン師の『この世の終わりと未来の生命の玄義』という講義録の中で味わわせて下さいました。この本を読みながら私の霊魂はこの世ならぬ幸福の中にひたり、天主様が御自分を愛し奉る者のために備えておおきになるものを既に予感したのでございます。そしてこの世の些細な犠牲には余りにも釣り合わないほど大きな永遠の報いを見て、私はイエズス様を愛したい、もう熱中してお愛しし、今この世でまだ出来る間に、出来るだけ沢山いろいろと優しい愛のしるしをお捧げしたいと望みました。」

Depuis longtemps je soutenais ma vie spirituelle avec « la plus pure farine » contenue dans l'Imitation. C'était le seul livre qui me fît du bien ; car je n'avais pas découvert les trésors cachés dans le saint Evangile. Ce petit livre ne me quitta jamais. Dans la famille on s'en amusait beaucoup; et souvent ma tante, l'ouvrant au hasard, me faisait réciter le chapitre tombé sous ses yeux.

A quatorze ans, avec mon désir de science, le bon Dieu trouva nécessaire de joindre à « la plus pure farine, du miel de l'huile en abondance ». Ce miel et cette huile, il me les fit goûter dans les conférences de M. l'abbé Arminjon sur la fin du monde présent et les mystères de la vie future. La lecture de cet ouvrage plongea mon âme dans un bonheur qui n'est pas de la terre; je pressentais déjà ce que Dieu réserve à ceux qui l'aiment; et, voyant ces récompenses éternelles si disproportionnées avec les légers sacrifices de cette vie, je voulais aimer, aimer Jésus avec passion, lui donner mille marques de tendresse pendant que je lé pouvais encore.


日本初のカトリックの首相が誕生することを祈りつつ

2007年09月17日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

 日本初のカトリックの首相が誕生することを祈りつつ、心から麻生氏のために、日本のために祈ります。

 至聖なるイエズスの聖心よ、我らを憐れみ給え!
 聖母の汚れ無き御心よ、我らを憐れみ給え!
 大天使聖ミカエル、我らのために祈り給え!
 聖フランシスコ・ザベリオ、我らのために祈り給え!
 アシジの聖フランシスコ、我らのために祈り給え!
 幼きイエズスの聖テレジア、我らのために祈り給え!
 日本の尊き殉教者、我らのために祈り給え!

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■ カトリック典礼が普通に有するべき三つの性質:新しいミサはこの三つの特徴を満たすか?
■ モンシニョール・クラウス・ガンバー(Msgr Klaus Gamber)の「ローマ典礼の改革」
■ 新しいミサの神学的な問題点: 新しいミサの基礎になっている考えとは何か?
■ ミサ聖祭とは何か? (『聖ピオ十世の公教要理』による説明)
■ 新しいミサについて(第二ヴァチカン公会議が始まるわずか数年まえのピオ十二世の言葉)
■ 新しいミサに関するベネディクト十六世教皇の言葉
■ 新しいミサについての権威者のコメント
■ ミサ聖祭とは何か。1952年の「公教要理」による説明と今の流行の説明
■ 聖伝のミサの自由化:リベラルな司教様たちは反対、何故か?

聖ピオ十世会韓国のホームページ
トリエント公会議(第19回公会議)決議文
第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
聖ピオ五世教皇 大勅令『クォー・プリームム』(Quo Primum)
新しい「ミサ司式」の批判的研究 (オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿)Breve Exame Critico del Novus Ordo Missae
グレゴリオ聖歌に親しむ会

【参考資料】ベネディクト十六世教皇の自発使徒書簡 Motu Proprio 『スンモールム・ポンティフィクム SUMMORUM PONTIFICUM 』の非公式日本語訳
【参考資料】ベネディクト十六世教皇の自発使徒書簡 Motu Proprio 『スンモールム・ポンティフィクム SUMMORUM PONTIFICUM 』の非公式韓国語訳
【参考資料】第二バチカン公会議宣言『信教の自由に関する宣言』


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

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