山肌に沿って細い路地や階段が続き、アーケードの商店街、軒下に連なる赤い提灯など、郷愁をそそる風景がそこにあった。
かつて9世帯しかなかった寒村の仇份にゴールドラッシュが訪れたのは1893年。基隆河の鉄道橋工事の際に渓流から砂金が発見されたことがきっかけで金鉱が掘り当てられた。しかし採掘量の減少とともに衰退。1971年には完全に閉山となった。
仇份が観光地として再び輝きを取り戻したのは、1989年に公開された映画「悲情城市」から。戦後の激動の歴史を描いたこの映画は大ヒットとなり、古い石畳の街並みも注目されるようになった。
仇份の観光は、古き良き時代の風情。街全体から漂う懐かしさゆえに、年少時代に帰ったような心地よい安心感に包まれる。
基山街から階段を下った左手奥にひっそりたたずむ「昇平戯院」。長らく廃墟となっていたようだが、シアターとして復活し、昔の息吹を取り戻してる。まさに日本の昭和時代のような息吹。。
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