京都で地蔵尊信仰は古くから盛んで、町のいたるところに地蔵尊が祀られている。
そして、地蔵尊の行事といえば、「地蔵盆」と「六地蔵めぐり」。京都人にとってこれは仏教行事というよりも生活に混ざりこんだ民間信仰の色合いが強い行事と思われているようだ。
「六地蔵めぐり」は、8月22日、23日の両日に、都の旧街道入口6ヵ所にあるお地蔵さんを巡拝して、家内安全、無病息災を祈願することである。各寺で授与された6種のお幡(はた)を家の入口に吊すと、厄病退散、福徳招来するといわれており、保元年間(1156~59)に始まり、800年も続いている伝統行事である。
その6つの地蔵尊とは、
1.奈良街道-大善寺・・伏見六地蔵 4.周山街道-源光寺・・常盤地蔵
2.西国街道-浄禅寺・・鳥羽地蔵 5.鞍馬口街道-上善寺・・鞍馬口地蔵
3.丹波街道-地蔵寺・・桂地蔵 6.東海道 -徳林庵・・山科地蔵
である。
京のはしはしにあることからすべては巡れないと、南側半分の「三地蔵めぐり」にして8月23日に廻る。
《大善寺・伏見六地蔵》
京都駅からJR奈良線で六地蔵駅に下車。道筋は旧奈良街道なのか古い家を多く見かける。

6体の地蔵尊は、平安時代の初め小野篁(おののたかむら)が、一度息絶えて冥土に行き、生身の地蔵菩薩を拝した後に蘇り、1本の桜の大木から6体の地蔵菩薩を彫り、大善寺に祀ったといわれる。
小野篁という人物は、嵯峨薬師寺の「送り地蔵盆」にも登場する。
初めはここ大善寺に6体の地蔵尊が安置されていたため、大善寺は現在でも「六地蔵」と呼ばれ、親しまれており、地名の由来にもなっている。
平安時代末期の保元年間になり、平清盛が西光法師に命じ、都を往来する旅人たちの路上安全、庶民の疫病退散、福徳招来を願い、都に通じる主要街道の入口6ヶ所に分けて、地蔵堂を建て祀ったことから「六地蔵めぐり」の風習が生まれたといわれ、大善寺が「六地蔵めぐり」の発端となった。
南山門 表山門
地蔵堂(六角堂)
お幡
南山門の参道脇に地蔵尊を安置している小祠 地蔵盆が行われている集会場
旧奈良街道を挟んだ集会場に地蔵盆の提灯が下がっていたので見学を申し込んだのだが 今年は六地蔵めぐりと重なって南山門参道脇の地蔵尊を運べず 見せるほどのこともないといわれた 残念!
《浄禅寺・鳥羽六地蔵》
六地蔵から次の浄禅寺へは、京阪宇治線で中書島に出て、そこから京都駅行の市バスで浄禅寺の近くまで行く予定だったが、時刻表を見ると、1時間に1本の本数きりバスはなく、中書島からの市バスは出たばかりであった。通りががりのタクシーがあったから良かったものの、京都市内で1時間に1本のバスダイヤなんて考えておらず驚きだ。
境内にある袈裟御前(けさごぜん)の首塚(恋塚)から、恋塚浄禅寺とも呼ばれている。
平安末期の北面武士、遠藤盛遠(もりとう)は、渡辺渡(わたる)の妻・袈裟御前(けさごぜん)に恋し、彼と縁を切ることを迫ったところ、袈裟御前は夫を殺してくれと盛遠にもちかけ、操を守るため自分が夫の身代りとなって盛遠に殺されてしまう。自分の罪を恥じた盛遠は出家して文覚上人となり、袈裟御前の菩提を弔うために当寺を建立したとされている。
鳥羽地蔵 お幡
「源平盛衰記」では文覚上人の出家した原因が、袈裟御前に横恋慕して誤って殺してしまったことにあると記されている。
映画では、長谷川一夫が遠藤盛遠に、京マチ子が袈裟御前に扮し、『地獄門』という題名で、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。監督は衣笠貞之助。
小説では、菊池寛の「袈裟の良人(映画『地獄門』の原作)」や芥川龍之介の「袈裟と盛遠」がある。上方落語にも「袈裟御前」という噺がある。
《徳林庵・・山科地蔵》
徳林庵には、市営烏丸線の竹田から京都駅に出て、JR東海道・湖西線で山科に向かった。
四ノ宮河原の地蔵尊として親しまれてきた。
東海道三条通の道筋にある徳林庵は、「山科地蔵」「目の神さん」「ひとやすさん」「さねやすさん」などと呼ばれて親しまれている。この地は盲目の「琵琶法師の聖地」といわれている。
平安時代前期、第54代仁明天皇の第4皇子・人康親王(さねやすしんのう・831~72)は高熱により、両目を失い宮中を追われ、山科御所(山科宮)を造営、隠棲(いんせい)し、出家する。法性と号した。
『伊勢物語』に「山科の禅師親王」として登場する。
ここ「四ノ宮」の地名は親王が第4皇子とされることに由来する。
かつてこの付近に四ノ宮川が流れ、四ノ宮河原と呼ばれ都の境界にあたっていた。平安時代、1184(寿永3・治承8)年、源義経に敗れた木曽義仲(1154~84)が都落ちする際にここを通った。兵士はわずか7騎のみとなっていたという(『平家物語』)。
六角堂
(左)一番右の地蔵尊は琵琶を持つといわれるが分りにくい
(右)人康親王・蝉丸供養の宝篋塔 南北朝時代の作といわれる
2日間 秘仏「大閻魔尊天」がご開帳
《鴨川納涼床》
徳林庵から市営東西線で京都市街に出る。
納涼床(のうりょうゆか)は、「鴨川の右岸の二条大橋から五条大橋までの区間において、飲食を提供するために設置される高床形式の仮設の工作物」と京都府鴨川条例に定義している。
川筋には90軒ほどの店が並んでいる。京料理以外にも中華や焼肉など各国の料理があるので、気軽に納涼床を楽しむことができる。
大衆的なチェーン店であるスターバックス京都三条大橋店が納涼床を設営しているので、ここでコーヒーを楽しもう思っていたが、床は満席で店内には待ち客もいるようなので、残念ながら鴨川の涼を味わうことができなかった。
夏の風物詩でもある川床、京都だけではなく大阪北浜でも楽しむことができる。
そして、以外にも今年から都内初の川床が日本橋川に「東京かわてらす」として登場しているという。やがては京都だけの夏の風物詩ではなくなってしまい、全国の河川に広まっていくようだ。
スターバックス京都三条大橋店